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2006年5月

2006年5月30日 (火)

正則関数

 酔っ払っているけど,久しぶりに数学の問題を出そう。

 ある点Pの座標がわかっていて,ある閉じた図形(たとえば四角形ABCD)の頂点の座標も全てわかっているとき,問題の点Pがその図形の内部にあるか,それとも外側にあるか?を計算によって判断するにはどうすればいいでしょうか? という問題です。

 ヒントは,2次元の問題だから(複素)関数論のコーシー(Cauchy)の積分定理(留数定理とか)などの中にもあります。

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2006年5月29日 (月)

漫画雑感

 昔からベストセラーとか,大ヒットした映画とかというのは何故か敬遠していますが,「ダヴィンチ・コード」だけは2月頃読み,その後,ダン・ブラウンの作品は全部読んでしまいました。

 一旦,1つのものに凝ると,のめりこんでしまうのは私の性格でしょう。

 推理小説は,昔はエラリー・クイーンやアガサ・クリスティなど海外物ばかりだったのですが最近は日本のものに移行しました。

 今は結構,内田康夫氏のものを「死者の木霊」以来続けて読んでいます。とはいっても,もはや見境なくなってて海外とか日本にはこだわらなくなっています。

 ともあれ,「タイタニック」とか「ハリー・ポッター」などは見てないし,見たり読んだりする気も起こりませんね。

 さて,漫画の話ですが,私の時代は「少年サンデー」,「少年マガジン」,「少年キング」,「少年ジャンプ」,「少年チャンピオン」などと少年漫画雑誌が発刊されて全盛となった時代でした。

 さらに大人の漫画でも「漫画アクション」,「漫画サンデー」,「ビッグコミック」とその「スピリッツ」,「オリジナル」など読み応えのある週間雑誌が多かったです。

 今は,それほど読まないのですが,そうした雑誌を毎週全部読んでいた時代もありました。

 もちろん,手塚治虫,石森正太郎,赤塚不二夫,藤子不二雄氏などは別格ですが,私は特に松本零士氏と黒鉄ヒロシ氏の作品は好きでしたですね。

 ジョージ秋山氏の作品は興味はありましたが,いまいちしっくりきませんでした。

 その他では,私がお気に入りとして今も単行本として所有しているものは小池一夫氏の原作のものが多いようです。

 古くは「同棲時代」や「子連れ狼」などが有名ですが,それらはちょっと私の趣味ではありません。

 氏の作には,現在は,さいとうたかお氏の作・画となっていますが,初期の「ゴルゴ13」もあります。

 小池一夫作で私が特に所持しているのは,画が平野仁氏の「少年の町ZF(ゼフ)」とか,池上遼一氏の画の「I・餓男(アイウエオ)」ですが,できれば誰の画の作か(平野仁氏かな?)わからないけれど,諸葛孔明のす春を描いた「青春の尻尾」も手に入れたいと思っています。

 その他,つげ義春氏の「ねじ式」や「必殺するめ固め」,「江口寿史のお蔵出し」などマニアックな性格のものも所持しています。

 小山ゆう氏の作品では今ヒットしている「あずみ」も悪くはないですが,何といっても壮大なSF物の「愛がゆく」が一番の傑作だと私的には思っています。

 ただ,世間では「石垣直角」や「スプリンター」などのほうが有名らしいです。。。。

 ちばてつや氏にしても「あしたのジョー」よりは「餓鬼」のほうが好きです。

 私の特別な[思いとしては,山上たつひこ氏の「がきデカ」や「光る風」,どおくまん氏の「花の応援団」,畑中純氏の「まんだら屋の良太」などを読むと,この人たちは天才なんじゃないかという思いがあります。。

 なぜか,嫌いな漫画家もいます。

 分別くさい柳沢きみお氏や弘兼憲次氏,そして同じナンセンスでも、いしいひさいち氏は大好きなのに植田まさし氏は大嫌いです。

 何故か?と聞かれても説明はできませんが。。。。

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2006年5月28日 (日)

生きる

 生きること,生きのびることが人生の目的ではなく,ある目的のために生きること,これが贅沢だと謗られるような社会(地球)なら,生きていく必要なんかないのじゃないか,とときどき思う。

 青臭いと言われるならそれもいい。

 家畜としての牛や豚は何のために生きているのか?人に食われるために生まれて来るのか?神によって弱肉強食の食物連鎖という輪廻の中で踊らされているのか?犬や猫の生はどうだ?

 人間だけに許された贅沢にひたっていていいのか?

 生き物が生まれてくる目的は,恐らく子孫を残すことだろう。

 人間もそうなのだろうか?

 そもそも,こうしたことを考える故に不幸なのだろう。

 イブがリンゴを食べた。パンドラの箱を開けたことにより悟性が目覚めた。

 その罪のために,鳥たちのように働くこともなく糧を得るという生き方が許されず,一生,「労苦というクビキ」から逃れられない生き物になってしまったのだろう

  ただ生きて,子孫を残して死んでいく。それで満足すべきかも知れない。

 人生とは愛すべきものを愛することが目的だろうから。。。

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2006年5月27日 (土)

宇宙の果て

 数学の用語で「コホモロジー(cohomology)」というのがあります。

 これは,微分形式の言葉では「完全形式は閉形式である。」,つまり,「微分形式の外微分はゼロである。」という「ポアンカレの補題(Poincare’s Lemma)」を意味します。

 実際には,「可縮な領域では閉形式は完全形式である。」というこれの逆命題(これも「ポアンカレの補題」です。)の方が,物理学でなじみが深い命題でしょう。

 これは,「エントロピーの存在」や「保存力場である,または"渦無し=非回転的:回転(rot) or 循環がゼロ"なら,スカラーポテンシャルが存在する。」とか,「湧き出しや吸い込みが無い,または発散(div)がゼロなら,ベクトルポテンシャルが存在する。」というベクトル解析で重要な命題と同等です。

 これと「ストークス(Stokes)の定理」を組み合わせると,微分形式の法則を積分形式に置き換えることもできます。

 このコホモロジーを局所的構造とすると,これと双対(そうつい:dual)な概念として大域的な「ホモロジー(homology)」という構造があります。

 すなわち,コホモロジーでの「微分形式ωの外微分dωはゼロである。」というポアンカレの補題に双対なホモロジーの命題は「閉領域の境界の境界は空集合である。」,or 「閉領域の境界には境界がない。」というトポロジーの命題です。

(ただし,トポロジー(toplogy)というのはオイラー(Euler)の一筆書きの法則に始まる位相幾何学のことです。)

 例えば,三角形の境界であるつながった3辺には境界となる点はありません。

 また,地球のような閉じた球の境界である球の表面には,もちろん境界はありませんね。

 同様に,「4次元擬リーマン多様体(semi-Riemannian manifold)(特にローレンツ多様体(Lorentz manifold))」である宇宙という時空多様体の境界はある3次元超曲面ですが,これにも境界がないだろうと類推されます。

 これらのことから,風船の表面には境界がないという意味で,宇宙空間という3次元空間は有限だが境界はない,というような説明がよくなされます。

 しかし,"宇宙には果てがない" or "境界がない"ということは,こういう描像を思い浮かべることで説明が可能なのでしょうか?

 4次元時空多様体の時刻 t を固定した3次元超曲面を考えると,これは例えば時空が正定値計量のリーマン多様体,特に4次元球なら,その4番目の座標を固定した"3次元球=普通の球"には,明らかに2次元球面という境界があります。

 これは,xyz3次元空間の球: x2+y2+z2=R2でzをz=a(≦R)と固定すると,円: x2+y2=r2 (r≡(R2-a2)になるという描像で次元を1つだけ上げただけです。

 "円=1次元球面"にももちろん円周という境界があります。

 では,ローレンツ多様体なので計量が正定値ではない,ということに論及する必要があるのでしょうか?

 一方, そうした描像とは別に謂わゆる「宇宙原理」を採用して,空間の一様性,等方性を要求し,共動座標系を用いて空間に共通な宇宙時間 t を導入すると,「ロバートソン・ウォーカーの計量(Robertson-Waker metric)」が得られます。

 「宇宙原理」というのは,そもそも,「宇宙はどの点から見ても同じように見える。」という原理ですが,これを採用することは,既に「宇宙には"端=境界"がない。」ことを最初から認めたことになるとも考えられます。

 「ロバートソン・ウォーカーの計量」とは,ds2=c2dt2-a(t)2{dr2/(1-kr2)2(dθ2+sin2θdφ2)}で与えられる計量です。

 ここでa(t)は膨張因子とか空間の径という長さの次元を持つ量で,他方rの方は座標を示す無次元のパラメータです。

 さらに宇宙の空間曲率が,正,負,ゼロに応じて,それぞれ,パラメータkを,k=1,0,-1とします。

 これを見ると,例えばk=0 のときのdt=0 (t=一定)の3次元空間は,正にユークリッド空間になることが自明です。

 しかも,kやa(t)の値とは無関係にrは 0 から∞ までの任意の値を取ることが許されているし,正の数rが決まれば,どこが中心でどこが端ということもないですから,境界とか端がないという意味はわかる気がします。

 この計量を「アインシュタイン(Einstein)の重力場の方程式」に代入すると,a(t)が従う2つの独立な常微分方程式が得られます。

 これらに,さらに状態方程式を追加し,宇宙項をゼロと仮定します。

 すると,d2a/dt2<0 が得られますから,da/dtは単調に減少していて,a=a(t)のa-t曲線は上に凸です。

 これに,現在の時刻の観測では宇宙空間は膨張している,つまりda/dt> 0 なることを考慮すると,時間を過去に遡ると必ずa=0 となる瞬間があることになるため,この時刻をt=0 とします。

 そして,これより以前には宇宙は存在しないと仮定します。

 このとき,"ハブル定数(Hubble's constant)=膨張係数"を,H≡(da/dt)/aで定義します。

 現在の時刻をt0 とし,現在のハブル定数をH0=(da/dt)0/a(t0)とすれば,t0<1/H0となります。

 これはt=0 でa=0 の上に凸なa-t曲線を書けば,図から明らかなのですが,敢えて計算に頼ります。

 すなわち,t=0 から現在までの時刻:0≦t<t0では常にda/dt>(da/dt)0=H0a(t0)ですから,a(t0)=∫0t0(da/dt)dt>∫0t0(da/dt)0dtです。

 そこでa(t0)>0t00a(t0)dt=H0a(t0)t0ですから,t0<1/H0となることがわかります。

 また,k=0 または-1のときは永久に膨張を続け,k=1のときは圧力Pが正である限りいつかは収縮に転じます。

 これら宇宙原理や重力場の方程式が正しいとして,現在の観測での曲率がゼロに近いということが正しいなら,宇宙は平坦であり,k=0 のユークリッド空間となって永久に膨張を続けることになります。

 私の宇宙や星に関する他の疑問の1つは,ブラックホールの形成に要する重力崩壊の局所座標時間が無限大であることと,ブラックホールが存在していることが矛盾してるのではないか?ということかな?

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2006年5月26日 (金)

光子の干渉とコヒ-レンス

 ヤングの干渉実験(Young's double-slit interferance experiment)については古典論的には,"光=電磁波"の干渉という意味でよく知られています。

 一般に,光源というのは古典的な電流であり,それによって放射された電磁波はあらゆる方向を向いたカオス光となります。そのうちでコヒーレント(coherent:可干渉)な波だけが干渉します。

 この可干渉性((コヒ-レンス)は時間的なものと空間的なものがありますが,一般に電磁波のうち電場の自己相関関数で表現できます。同時刻に位置と方向がほぼ重なり合った波同士しか干渉できません。

 一方,量子論では光は1個,2個とカウントできるもので光子(フォトン:photon)と呼ばれます。ヤングの実験は光子が1個しかないような弱い光でも干渉し,強い光と同じ結果を示すことが知られています。

 QED(量子電磁力学)で古典電流から発生する光子の散乱行列(S行列)を計算すると,運動量空間のある領域に光子が n 個検知される確率は平均光子数 m に関するポアソン分布Pn=e -nn /n!で与えられます。ただし,mは電磁カレントJμ から決まります。

 (PS:後の記事ですが,2006年12/16の「電流によって発生する光子の個数分布」参照)

 しかも,量子論的には光子数を確定させると,波としての位相φは全く不確定になります。これは,交換関係: [n ,φ]=1/2 に由来するΔn Δφ ≧ 1/2 で表現されます。

 これは粒子性と波動性が相反するものであるから予想されることです。そもそも純粋な粒子は干渉できないはずですから,1個の光子が干渉するとはどういう意味なのか?についての考慮がなされるべきです。

 上述したことなどから,量子論的に1個の光子が干渉している状態というのは平均光子数が1個のポアソン分布をした光子群が干渉していると見なすことができると思います。

 つまり,量子論的にコヒーレント(可干渉)である状態とは丁度 Δn Δφ=1/2 であって個数と位相を同時確定できない限界にある状態です。

 量子光学では1個の光子のコヒーレント状態とは,光子の平均個数が1のポアソン分布をした状態であると定義されているようです。

(追伸 : ここらへんの話は私自身,ちょっと誤解があるかもしれません。

 今,Loudon著(小島訳)の「光の量子論」(内田老鶴圃)を読んで検討中です。その後,「光電効果」を波動論で説明することができるかどうかという問題に挑戦する予定です。)

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2006年5月25日 (木)

小,中,高校時代(その2)

  最近は自然科学以外のブログネタには結構困っています。まさか盗作はしませんが,まだ死ぬわけじゃないのになぜかこのところ,回顧録のようなものばかり書いている気がします。

 この年になって,いまさら学生,生徒時代の学業の成績がどうのこうの,というこだわりは持っていないつもりですが,なにしろ当時はそれが生活の大部分を占めていたのは事実でした。

  私立の金光学園中学に入学したのが1962年のことでした。

 当時はラーメン一杯や素うどん一杯,コカコーラ一本がそれぞれ30円くらいで,国立大学の授業料が1ヶ月千円くらいという時代でしたが,金光学園中学や高校の授業料は月2~3千円であったと記憶しています。

 (実は,この時代の授業料は親か兄に封筒に入れてもらった金を学校に届けただけでその中身も見てないので,本当のところはよく知りません。)

  高校の小学区制が厳しくて,越境入学はしづらい時代で,岡山市の公立高校は結構レベルが高かったけれど,倉敷市以西の公立高校では東大や京大に入るのがむずかしい時代でした。

 金光学園高校は当時,330人前後の卒業生のうち,岡山大学に70人以上合格し,東大,京大,阪大合わせて10人?程度の合格者があって,県内西部では唯一結構,レベルの高い私立高校だったので,親の勧めもあって,その6年制の学校の中学部に入学したわけです。

  小学校の頃は子供の足で10分程度の公立小学校に徒歩で通っていたので,2つ西の駅まで,僅か7~8分程度ですが毎日7時半頃の電車に乗って通学するのは初めの内は新鮮でした。

 もっとも自宅から玉島駅(現新倉敷駅)まで15分くらい歩き,また金光駅についてからも田舎道を10分前後歩く必要がありました。

  中学に入ってからも厳格な父のせいで,クラブ活動など許されなかったため,ひたすら勉強するしかなかったという日々でした。

 まあ,あまり学校での授業以外に勉強しなくても,成績は学年で3番くらいの中には常に入っていましたが。。。

 もっとも,記憶しなければいけないことが増えたので,記憶中心の科目では,試験の前に一夜づけしてもいました。

 そして,3年のときの2学期末試験だったか?で1度だけ学年トップになったことがありました。

 中学は1クラスが55人の4クラスで各クラスはだいたい男子が40人で女子が15人の共学でした。

  そして,中学の卒業式前後に父が肝硬変で倒れ,岡山の「済生会病院」に入院しました。当時は,むしろ厳格な父が自宅にいないので春休みは自由にTVが見れたりして少し喜んでいました。

 そして,丁度,父の母校の岡山東商が平松を擁して春の選抜高校野球で岡山県の高校としては,後にも先にもない優勝をした日の1965年(昭和40年)4月1日に父は46歳で亡くなりました。

 「酒もタバコもやらないのに働き過ぎで肝臓で死ぬなんて」というのが以後私の反面教師ともなりました。

 もっとも戦時中に沖縄へ行く途中の護衛艦から肝臓病(姉の話では足のケガ)で松山で降ろされたため,父は生き延びて結果的に私が生まれたわけですから,肝臓病(足のケガ)がなければ,私はこの世にはいないわけですが。。。

  2年2ヶ月年上の次兄は「自分が大学に行けなくなるのでは?」と心配していましたが,私は当時はまだ,そういうことを考えるほど成長していなかったので,むしろこれ幸いと高校に入ってすぐに卓球部に入り,羽を延ばすことを考えていました。

 金銭的には母子家庭ということで高校入学後には月3千円の特別奨学金をもらっていました。

 中学3年の220人はエスカレーター式で高校に入れるけど,高校では新たに110人を補充選抜して合計330人の6クラスにするために実施される"高校の入学試験=1次試験"は我々には高みの見物でした。

 その頃は高1のカリキュラムを中3のときに終わるという授業のシステムになっていたので,補充の110人は,春休み返上で入学前の1ヶ月ほどの補習で我々に追いつく必要がありました。

 その後,入学式直前に英数国の3科目での2次試験がクラス分けのために行われました。

 そのときの学内に張り出された試験結果では,私はM君(後に京大電子工学科に現役で合格)に順位で負けただけで,330人中2番の成績でした。

  中学で158cmまで伸びていた身長は高校卒業までに今の身長の176cmまで伸びて,最終的には当時の男子高校生としては身長が高い方になりましたが,体重は中学のときは35kg 前後で,小学生の頃の虚弱体質よりはましでしたが,ガリガリにやせていました。

 しかし,高校では卓球部に入り1年から3年の8月の国体予選で敗れて,引退し学業に専念するまでは,1年に4日しか練習に休みはないというハードな状態の生活でした。

(※確か正月1日にも朝4時に自転車等で集まり,全員で高さ400mくらいの遥照山に駆けのぼって初日の出を見ながら素振りをし,さらに気合を入れるという名目でキャプテンとビンタをし合うという具合でした。)

 毎日,まず学校の周囲 800m を2周走り,次に400mずつ,左右の片足で走り,さらに200mうさぎ跳びをしたのちに,体育館で腕立て伏せと腹筋を30回ずつ,そして素振り500回をするのが練習前の日課でした。

 自宅でも毎日20kgのバーベルを20回上げるなどのトレーニングをしているうち,卒業時には体重は55kgくらいになりました。

  金光学園は,当時は一応進学校で大体あまり強いスポーツのクラブはなかったのですが,中学校からやっていたこともあり,剣道部と卓球部は団体で県のベスト4かベスト8に入れるこらいのレベルの特別なクラブでした。

 私は中学からのメンバーに追いつくことはできず,団体戦メンバーには最後まで入れませんでした。それでも勉強以上に夢中になり頑張りました。

 けれども,大体12人くらいいた男子部員の中で6番目くらいの強さでしたから,団体戦メンバーは無理でした。

 手首が弱いので親指付近の手首の骨を曲げて,無理やり固定する握り方をして,ペンホルダーグリップのドライブマンでしたね。

 個人戦では一年生のときから常に出場しましたが,大体あがり症なので試合に出ても早々と負けるケースが多かったです。

 しかし,当時まだ許されていたぶっつけサーブという特殊なサーブをマスターしたこともあり,玉島近郷卓球大会ではベスト16まで行ってさらに対戦した相手にフルセットで,19対14で負けていたのに7本連続でポイントを取って逆転勝ちしベスト8まで行ったことがあります。

(※準々決勝では,金光学園中学から外部(玉島高校?)に進学した旧友の守谷君に惜しくも敗けました。)

 また,2年のときの県の新人戦では,大体県全体で 800人くらいの選手が参加していましたが,5回戦で関西高校の1年生で第3シードの「新谷(にいや)君」にフルセットで負けるところまで行って,ベスト64まで行ったのは最高でした。

 私の試合は当日の最後の試合となり,大勢に注目されましたが,私はあがり過ぎが昂じて却って調子に乗ってしまったようです。

 もしもこれに勝ってれば,後日山陽総合体育館で行われたベスト32が出られる大会にも出ることができて,当時人気だった水泳の,「木原美智子」を生で見られるはずでしたが,第3シードから1セットを取ったことに満足してしまい,最終セットはズルズルと負けてしまいました。

  結局,勉強と両立などできるはずもなく,学業成績は学年で10番前後まで下がってしまいました。

 3年のときは,理科系2クラス,文科系4クラスに分かれていて,進路指導の先生は私には東大理科1類か京大工学部を受けることを勧めました。

 しかし,中学の後半「数式を使わない物理学入門」というブルーバックスを読んで物理にめざめていた私は,ノーベル賞の湯川にあこがれて京大の理学部を受けて失敗しました。

 東大は嫌いだったので最初から眼中にありませんでした。

 その当時は,東大理科1類を受けていても京大理学部より試験はやさしかったはずと思っていましたが,受けても合格できた保証はありません。(← これ,単なる強がりかも。。。)

 しかし,ともかく我が校の学業成績トップクラスは何故か東大よりも京大を好んでいたようです。理科系でトップであったM君は京大工学部電子工学科,2番のE君は京大理学部に入りました。

 東大に入ったのは理科系ではN君,文科系ではO君とあと1名は誰だったか覚えていませんが,とにかく成績はトップ5より下だったような?。

 数学が全校でトップだったK.M田君は神戸大経済に入りました。

 女子で国立で一番レベルの高い大学への合格者は,一時東京に転居して都立西校に転校し帰ってきてお茶大に入ったC.Mさんかな?

 早稲田とか慶応とかには,それぞれ延べで20名くらい合格しました。

 例えば,同じ卓球部に少しだけいて中学時代は卓球が県ベスト4で生徒会長もやった文武両道のK君は慶応の経済に入りましたが,同窓会名簿によれば親の跡を継いで,地元で金物店をやっているらしいです。

 いずれにしろ,親が貧乏というか母子家庭だった私には授業料の高い私立大学という選択は無いのでこれは関係ない話でした。

 京大入試の場合,合否に関わらず,得点は後日学校に知らされます。

 私は900点満点の549点で,工学部なら約半分の学科に入れる成績でしたが,理学部なので34点足りず,涙を飲んだわけです。

(※京大工学部は学科により最低点にかなりバラつきがあり点が悪ければ第2志望の学科まで許されたはずです。例えば電気系に落ちても機械系や石油系,金属系には入れるとか。。)

 私の点数内訳は国語86/200 英語105/200 数学135/200 理科146/200 社会77/100でした。

(※↑イヤ,執念深くよく覚えているもんです。まだ未練があるのでしょうか?)

 そこで,もしも国語が6割の120点もあったなら合格できたことになります。

 当時,私が模試で最も得意だったのが国語(特に漢文)で次に得意だったのが化学でしたからくやしい結果でした。

 当時の京大の国語にはよそと違って作文があり,その当時国語の普通の問題は大得意だったのに,読書は結構していましたが作文は苦手だった私は結局これで失敗してしまいました。

(※今だったら,どこの入試でも「小論文」というのもあるらしいので,受験のために作文の訓練もしていたかもしれません。)

 一応,3月後半に二期校のS大理学部物理学科を受けて合格しましたが,既に浪人することを決めていたので,入学手続きをしなかったら入学手続き締切日にS大から「本当に来ないのですか?」と自宅に電話がありました。

  その後,浪人時代は,400人くらいの生徒がいた「福山英数学館」という広島県福山市の予備校に通って,一応高校よりレベルの高い授業に集中したため成績はどんどん上がりました。

 予備校なのでクラブ活動もなく,より自由を感じた私は野原を駆けまわり,とても楽しい日々を過ごしました。

 模擬テストは「広島英数学館」の500人?をも加えた全員で毎月模擬テストを受け,入試直前に4番になった以外,常に成績は900人?全体でトップでした。

 特に1回だけ阪大模試を受けたときには,試験官の阪大女子学生が気になって気が散ってしょうがなかったのに,全国で6番の成績でしたし,得意でもなかった物理が科目別で単独トップだった記憶があります。

 理系の阪大模試結果の名簿で私の6位より上位に載っていたのは,第一志望が阪大医学部か京大の生徒だけでした。

 一方,何回か受けた京大模試はあまり上位に入った記憶はありません。。(当時,阪大なら,ちょろかった,ということだったのかな?)

 夢精などで精通は既にしていたとは思いますが,この時代に初めてオナニーを覚えてヤリだしたらしいですからずいぶん奥手でしたね。

 インキンの治療で夜中に自分で患部にオロナイン軟膏を塗っていたら,つい勃起して気持ちよくなり,先っちょから白いものが勢いよく飛び出して,とてもびっくりして,あわててちり紙でふいて処理したのが,最初だったと記憶しています。

 それからはオナニーを覚えて,ときたまふとんの中でパンツの中に精液を出し,ゴワゴワのそれを母親に洗濯させていたわけでしだから,当然母には気付かれていたのでしょうが,母親も知らぬふりをしていてくれたようでした。

 しかし,結局,それに夢中になって勉強が疎かになるというほどでもありませんでした。

(※高校卒業後,直ちにまだ売春OKだった沖縄に買春旅行に行ったという同窓生のM君は,今思えばそういう点では進んでいましたネ。)

 パチンコやたばこも,この浪人時代に初めて覚えたものです

 この年(1969年)の入試は生憎く,安田講堂騒ぎで東大が入試中止になり,ほとんどの東大志望生が京大入試に流れて来ました。

 さらに,京大の入試問題はいつもと異なり,何故か東大の1次試験のような内容で問題がやさしかったです。

 そして一緒に京大理学部を受けるはずだった予備校同窓生のK君は,京大封鎖中のため,京都工繊大で行われた京大入試の当日,私との待ち合わせに現れず,後日,阪大を受けて合格したことがわかりました。

 私はといえば,やはり頑固に京大理学部にこだわり,もちろん問題は例年よりやさしかったので,得点は前年より100点以上高かったけど,受験には失敗しました。

 結局,再び国立二期校のS大理学部物理学科を受けて合格しました。

 まあ,こうしたわけで少しばかり挫折を感じながら,1969年(昭和44年)3月をもって多感でしたが優等生的価値観の時代は終わったわけです。

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2006年5月24日 (水)

小,中,高校時代(その1)

 私の高校時代以前というともう40年くらいも昔になります。

 大学入学を境として価値観が全くひっくり返ったわけですから,その頃の生き方は肯定できないところが多いですが,まあ私の半生の一部であることには違いありません。

 大学入学以前の話は既に時効と思うので学校名まで実名で書いてみます。

 中学までは親(教育パパの父親)の言うがまま,学校の成績が全てでした。

 玉島市立長尾小学校(現,倉敷市立玉島長尾小学校)では,1クラス50人の2クラスで1学年だった,と記憶していますが,成績は体育を除けばオール5で6年間全て学年トップでした。

 そして,とんでもなく恥ずかしいことに小6当時の将来の夢として先生に提出したものが,親父に書かされたのだろうとは思いますが,「T大法学部を出て総理大臣になる。」というものでしたから,今思うと呆れた話です。

 というわけで,恥ずかしがりやで人前に立つのは嫌でしたし,自分から率先して発言するのも得意でなかったにも関わらず,その頃は成績トップの生徒がやると決まっていたらしい学級委員長という,いわゆるクラスの会議の議長のようなことを常にやらされていました。

 結局,卒業式には答辞というのを,父親が書いた原稿そのままに読むという羽目になりました。(ここら辺,ちょっと記憶が定かではなく,5年生のときの送辞だったかもしれません。)

 ペーパーテストは100点を取るのが当たり前のようで,ちょっと難しいテストのときでも90点はありました。

 体育でも音楽でも図工でもペーパーテストならトップでした。

 別に,ガリ勉だったわけではありません。

 何もしなくても,なぜか授業さえ聞いていれば点は取れたのです。まあ,上には上がいることなどまだ何も知らない田舎の優等生だったわけです。

 体育については,そもそも早生まれの上に虚弱体質で,おまけにあがり症だったので,近所の遊びでの駆けっこならそこそこ勝てるのに,体育の時間に先生にヨーイドンとやられると,下には下がいるもので短距離走ではビリではなかったけど大体ビリから2番目でした。

 胃腸が弱く,朝礼の途中でも吐きそうになってしゃがむこともあるという体質だったので,体育の時間は見学だけのことも多かったようです。

 体力がない上に,コツもつかめない,運痴というのか,鉄棒の坂上がりもできず,勇気がなかったためか,跳び箱もできませんでした。ですから,そういうことのお祭りである「体育祭=運動会」は大体嫌いでした。

 球技も,ソフトボールでピッチャーをやるのだけはなぜか得意でしたが,バッターは三振か内野ゴロばかり,素手でやる守備もだめでした。

 ドッヂボールももちろん下手でしたが,それでも休み時間は結構元気に遊んでいたようです。

 自転車も3年生くらいまでには普通に乗れるようになっていました。

 体育だけは5段階評価の3が普通で,ときには2のこともありましたが,冬,3学期だけは4でした。

 それは「長距離=マラソン」(といっても小学校では1~2kmくらい)だけはトップクラスだったからです。

 実は先天性の不整脈なので脈拍数が何故か他人よりも少ないと勘違いしてスポーツ心臓か?と思っていたこともあり,本当はどうだかわからなかったのですが,変に自信を持ったせいか?持久走だけは得意だったのです。

  ゲームでも,クラスで流行った「五目ならべ」や将棋は大体ビリから2番目でしたし,将棋は今思うと大して強くもない親父に勝てなかったので,からっきし下手だったのでしょう。

 図工も,絵はまあまあか少し上手かな?という程度でしたが,工作はからきし下手でした。でも,嫌いというわけではなかったです。

 要するに手先は不器用で,しかも運痴に近かったのですが,将棋も弱いのですか,ら本当は頭もいいわけではなかったのです。

 しかし,後に高校の卓球部では平均より上だったと思いますし,社会人で本格的に始めた将棋もそこそこでそこまで弱くはないと思います。

 私の場合,成績がよかったのも先生が授業中に話すことを集中して聞いていたからに過ぎなかっただけでしょう。

 つまり,興味を持って訓練したものに限っては他人より上達する傾向があったというのが真実でしょう。結局,興味があると集中心が偏執的になるのかな?

 音楽は何故か幼児のころ親がハーモニカを買ってくれて,自然と覚えたので実技も得意でした。

 スペリオパイプの時間も私だけはハーモニカでいい,という音楽の先生の特別扱いを受けていましたが,おかげでスペリオパイプを覚えるのは他人より遅れてしまいました。

 音楽の先生だけが担任とは違う,女の先生でした。

 「赤面症=赤面恐怖症」,つまりガキのころから自意識過剰で色情狂であったため,教室で教科書を読まされるのにも赤面して汗をかいていたのですが,それでも自己顕示欲には勝てず,皆が答えない問題にも手を挙げていました。

 そういうわけで,音楽で歌を歌うのも赤くはなりましたが,音程ははずさなかったようです。もちろん当時は「ボーイソプラノ」でした。

 5年生のときには,何故か,6年の女子ばかりの合唱団に3人の5年生の男子が入るという構成の男子の1人に選ばれて,市のコンクールで「不思議な泉」という題目の合唱での独唱部分を歌いましたが賞はもらえませんでした。

 6年生のときには,今度は独唱の方で唯一の小学校代表として「おぼろ月夜」という曲を小学校講堂で披露した後に,市のコンクールに出ました。

 コンクールの当日は,生憎風邪を引いていましたが,一応歌い切りました,そして銀賞をもらったと記憶しています。金賞なら県大会に出られたらしいです。

 6年生の後半は金光学園という私立中学の入試を受けるため,夜9時頃まで小学校で補習を受けて,帰宅時には長兄が迎えに来たこともしばしばありました。

 しかし,お迎えが来るとき以外は友達と夜道を歩いて帰るのも楽しく,また自分が夜に学校にいるという状況も,近くに厳格な父がいないという理由もあって,なぜか楽しくてワクワクしていたという記憶がありますね。

 私立金光学園中学に入ったときには,男子は国語,算数,理科,社会の400点満点のうち最低320点あればいいということで,近隣や県外の小学校から男女220人が合格しました。

 後で聞くと全体で9番の成績で合格したらしいです。小学校の音楽の先生には「勉強もできたのね。」と言われました。

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2006年5月22日 (月)

エルゴード問題と次元

 

 昨日書いた「ブラウン運動とフラクタル次元」の中で書き

 漏らしていた重要な話題を,本日思い出したのでここに書く

 ことにします。

 

 それは統計物理学において,"等重率の原理とか等確率の原理

 (principle of equal a-priori probability)"とか呼ばれて

 いる話題です。

  統計物理学,あるいは統計力学で現在明確に確立されているのは,

  平衡系の統計力学というものです。

 これは,熱平衡状態にある巨視的な熱力学系の問題を,分子論的,

 つまり微視的な多数の分子の運動の平均値という見方から統計的

 分布問題として見直す物理学を意味するものです。

 例えば,たった1リットルの体積の容器中に酸素を常温,常圧で

 閉じ込めたとしても,その中にはおよそ1022個もの酸素分子が

 あるわけです。

 そして,それら分子約1022個の全てが容器の壁に衝突する衝撃

 総和を壁の面積で割って,それをさらに非常に長時間にわたって

 時間平均したものを,巨視的量である壁への圧力と同一視します。

 

 しかしながら,圧力など熱物理学の巨視的量を平均量として求める

 ため,容器の中の巨大な個数の分子の各々に関して,古典力学なら

 ニュートンの運動法則(Newton's laws of motion)に従う軌跡を

 実際に追跡計算して,それらの非常に長時間の平均から平均値を

 得ることは超大なコンピュータを用いても非常に困難なことです。

 

 (※しかし,最近ではコンピューターの性能の急速な進歩と相俟って

 実際にこうしたシミュレーション計算を試みる「計算物理学」なる

 分野もあるらしいですが。。。)

 ところが,統計物理学では,"等重率の原理"という基本原理があり

 それに従って統計平均を取ることで巨視的平均値を計算できると

 考えます。

 これは,「長時間の間に各分子はそれぞれ全ての可能な軌道を

 一様に取る。」という原理です。

 

 つまり,今の場合なら「長時間のうちに,容器内の個々の分子

 は総分子数が一定で分子の総エネルギーが系のこの温度での

 内部エネルギーに等しいという条件を満たす限り,運動方程式

 の可能な全ての解の軌道を取る。」という仮定を採用した原理

 のことです。

 この仮定は実は巨視的な量の「長時間平均」は分子全体の軌道

 の作る「相空間平均」と一致する,ということと同じ意味で,

 これを数学的には「エルゴード仮定(エルゴード仮説;

 ergodic hypothesis)」と呼び,この仮定が実際に成立するか

 どうか?を研究する問題を「エルゴード問題」といいます。

 

 こうした問題を考える背景には,長時間平均を求めるよりも相空間

 平均を求める方がはるかに簡単な計算で済む,という事があるわけ

 です。

 

 ただ,N個の分子が描く相空間の軌道(位置と運動量)は時間という

 ただ1つのパラメータの6N次元空間への写像です。

 ですから,その像もたった1次元のはずなのですが,相空間自身

 の次元は位置と運動量合わせて6N次元です。

 そして,エネルギーが一定であるという条件が1つ入った超平面

 は(6N-1)次元ですから,いずれにしろ全く次元が合いません。

 まあ,背景となる空間が何次元であろうと,軌道というからには像

 は常に1次元であるわけです。

 

 もちろん,古典力学でなく量子力学であれば,像を構成するのは

 古典軌道ではなくて状態である,ということになりますが,次元

 が合わないということに変わりはないでしょう。

 普通に考えると,例えばこの3次元空間の世界での普通の質点

 の軌道を考え,どんな1つの小さい容器を取ってきて,その中に

 1次元の軌道のどれだけ莫大な量を集めて入れても,この容器

 を満たすことは不可能です。

 そこで,前の記事で述べたフラクタル次元,ハウスドルフ次元

 (Hausdorff次元),またはペアノ曲線(Peano曲線)を考えれば,

 この矛盾は解消されると思ったわけです。

 実際,軌道の長さは無限大で,総本数も無限大個あると考えても

 いいわけですからね。

 まあ,確かにエルゴード仮説が成立すれば,「等重率の原理」が

 成立するはずです。

 したがって,現在の平衡系の統計力学の成立する基礎原理の成立

 が保証されるわけです。

 実際,今の統計物理学で熱力学をうまく説明できているわけです

 から問題はないのですが,少し大げさかな?という気もします。

 というのも,先の例のような小さい容器の中でも,分子が全ての

 軌道を尽くしてその容器全体を覆って塗りつぶしてしまうまで

 には,恐らく宇宙の始まりから今までを1000回繰り返すよりも,

 はるかに長い時間がかかることがわかっているからです。

 

 これについては,ポアンカレの再帰定理

 (Poincare' recurrence thorem)におけるポアンカレ周期

 (Poincare' period)について書かれている文献を参照して

 ください。

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2006年5月21日 (日)

ブラウン運動とフラクタル次元

  風邪が峠を越して快癒に向かっています。ですがあまり食べていないので気力と体力は少し萎えています。

 今日はブラウン運動と確率微分などについて少しの知見を書いてみようと思います。

 そもそもこういう話を最初に紹介してくれたのは,予備校MアカデミーのS田先生です。彼はもともと宇宙航空関係の仕事をしていたらしいのですが本当の専門はやはり私と同じく素粒子論です。

 ただし,私より様々な自然科学分野の興味が広いらしいので教えてもらったことも多いです。

 ただ,自然科学以外に興味を持たないのが彼の若干の欠点かもしれません。それでよく子供ができたものだと思います。(大きなお世話か?)

 彼の紹介してくれた話は,自然科学におけるブラウン運動は確率過程の一種であり,マルチンゲールと関わる株価変動の過程と非常に類似しているという内容のことです。

 確率微分方程式つまり,通常の微分ではなくて確定値をもたない確率変数による微分で積分を定義する伊藤積分を使用することにより,例えば確率分布を対数正規分布と仮定して株価を予測するブラック・ショールズ方程式(Black-Scholes)などを構成できるというものです。

 マルチンゲール(Martingale)というのは現在の時点で将来の期待値を予測計算すると,それは現在の値に等しいという性質のことで,何のことはない,将来を予測しても平均すると今と同じにしかならないということです。

 (ゼロ・サム(zero-sum)という意味でしょう。)

 マルチンゲールは,上に述べたように株価変動のような確率過程(stochastic process)は時間が経過していっても,結局,基本的には何も儲かることはない,というのが原点の話のようです。

 何か,株価を左右する作用因となるモデルを挿入しない限り,株価を予想することはできない,ということになる当たり前の話です。

 ブラック・ショールズのモデル式も理論的には「ノーベル経済学賞」をもらったほどの優秀な理論ですが,実用的意味で株価予測モデルとして使えるかどうかは,疑問です。

 実は,私も以前,保江邦夫氏の書いたブルーバックスを参照して,ブラック・ショールズモデルによる株価予測プログラムをエクセル(MS-Excel)で作ったことがあります。

 しかし,そのときの作用因は「月齢」というまったく非科学的で根拠のないものです。まあ,お遊びですから,月の満ち欠け次第で,株価が上がったり下がったりするというようなプログラムを作ってみただけです。

 一方,ブラウン運動の経路というのは,いたるところ微分不可能であるようなジグザグ曲線で,有限な領域を運動しているにも関わらず,その経路の長さは無限大になります。

 しかし,実は当然のことでブラウン運動の経路は曲線であるにも関わらず,ハウスドルフ次元(Hausdorff dimension)が1次元ではなくて2次元なのです。

 つまり,ブラウン運動の描くのは,見た目では曲線であるものの,ある意味で面を塗り潰しているようなものです。

 それは面積としてはいくら小さくても,その面積を全部,線の長さに変えてしまうと,長さとしては無限大になるというわけです。

 有名なところでは,ペアノ曲線(Peano Curve)というのがあります。これは平面や立体などを全部,曲線で覆うことができるというもので,ペアノの発見した驚くべき話です。

 一般に,トポロジー(topology:位相幾何学)の見方では,次元というのは写像に関しての不変量です。つまり,「集合をある連続写像で別の集合に写したときには,元の集合と写された集合の次元は全く同じでなければならない,のが当然である。」というわけです。

 したがって,トポロジー的(位相的)には「1次元の写像である曲線で2次元の面を覆う。」などというのは,"トンデモない話"であるわけです。

 このトポロジーでの,われわれが通常用いている空間3次元,平面2次元などの次元のことは位相次元といいます。

 では,なぜペアノ曲線などが有り得るのか?というと,それは次のような理由になります。

 トポロジーによると,2つの集合AとBの間に「連続写像で,かつその逆写像も存在して連続である。」という同相写像の存在条件が満たされていることがAとBが同相(homeomorhic:位相同型)であるための必要十分条件です。

 そして,先の命題は,「同相な多様体(空間,集合)では,その次元も同じである。」ということを述べているに過ぎないわけです。

 したがって,花粉の運動から発見されたブラウン運動などは連続な曲線を描くのですが,いたるところ微分不可能な曲線である。ということは,「逆写像が存在して連続である。」というわけではないということになります。

 このブラウン運動の描く軌道曲線の写像は,当然ながら,トポロジーの意味で同相写像ではないということですね。

 ブラウン運動の曲線長さは有界変動ではないので,これを積分の測度として解析学などで普通に積分として使用されているルベーグ-スティルチェス積分(Lebesgue-Stieltjes integral)の線積分を定義しようとしても定義できません。

 そこで,有界変動でないものについても積分を定義できる方法を第2次大戦中だったか,その直後だったかに考え出したのが,日本の伊藤清氏です。

 彼の考案した確率積分を伊藤積分と呼びます。これはマルチンゲールの性質を満たしています。

 こうした特殊な積分では,積分和を作るのに微小積分区間の先頭の値を取るか,中央の値を取るか,後ろの値を取るか,によって極限値としての積分が異なるのですが,伊藤積分は先頭値を取ることによりマルチンゲールが成立するようになっています。

 中央値を取る積分はストラトノヴィッチ積分(Stratonovich integral)と呼ばれます。例えば量子力学での経路積分(path-integral)は,通常は中央値を用いて定義されるので,ストラトノヴィッチ積分に相当するものです。

  最近フラクタル(fractale)という話もよく聞きますが,フラクタル次元というのはハウスドルフ次元と同じような意味で使います。

 例えば,日本の国のある島の面積の値なら確かに測定することにより決めることができますが,その島の周りの長さというものは,いくら測定しても事実上決定することはできません。

 つまり,「島の周りの長さを測る物差しのサイズが小さければ小さいほど,その長さが大きい値に測定されてしまう。」ということが起こるからです。

 フラクタルというのは,三陸やフィヨルド(fjord)にあるような「リアス式海岸」の形に似ていて,図形の各部分が元の図形と相似である,つまり,図形の輪郭の細部を顕微鏡で見ると大きさは小さいが形は全体と全く同じ,というものです。

 こうしたフラクタル図形の周囲の長さ,非常に短い物差しで測ると,測り切れなくて,長さの総和は物差しのサイズがゼロの極限では無限大になってしまうことになります。

 厳密には,ハウスドルフ次元が,位相次元を超えるものが「フラクタル」と呼ばれるものです。

 長さというのは,位相次元が1の量なのに,それで測って無限大の長さになるということは,ハウスドルフ次元が"位相次元=1"より大きいということです。

  ハウスドルフ次元の定義というのは,説明が結構むずかしいです。

 参考書によれば,

"ある図形を一辺の長さが高々δであるような位相次元sの微小部分のN 個の集まりとしたとき,H (s)≡N・δs (δ→ 0, N→ ∞ )の値が,s<mなら無限大に, s>mではゼロとなるとき,その境界の m をこの図形のハウスドルフ次元と呼ぶ。"

とあります。

 例えば,位相次元が2の正方形の各辺を等分すると,次元 2の微小な正方形の集まりとなります。それを全部加えると,どんなに細分しても合計の面積は有限で同じ値になります。

 ところが,その面積を次元1の微小な線分の集まりとすると,通常はその全ての線分の長さの合計は無限大になります。

 一方,次元が3の立方体の集まりと考えると,体積としては常に高さがゼロなので総体積はゼロです。

 したがって,無限大とゼロの境界の次元2がハウスドルフ次元となると解釈されます。

 フラクタルとか,ブラウン運動とかではない通常の図形の場合なら,ハウスドルフ次元は位相次元と一致するわけですね。

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2006年5月19日 (金)

清潔と日本人

   先週土曜日から風邪を引いていて,気温の変化がどうも変な様子なのでなかなか直りません。

 夜勤の仕事に出かけるときは何とか元気なのですが帰りは異常に足が重くなって20m歩くごとに止まって深呼吸するほどの状態になります。

 狭心症の気もあるし,いつ逝くかわからないのでブログも少し手を抜きます。

 「日本人は世界一清潔だ。」などといわれて嬉しがっている人々もいると聞きますが,私に言わせれば,「くそくらえ」ですね。洗濯や食器洗い,風呂に何のこだわりもなく野放図に,日本ではほとんど只(無料)の水を使う。

 果ては,電気釜で米を炊くのに,米を洗うのも含めてペットボトルのミネラルウォーターを使う人もいるらしい。

 中東などの砂漠では水はとても貴重です。飲料として以外に使うのは想定できないことです。リンゴを落としたからといって水で洗ったりはしない,ズボンなどで拭けば済むことですね。

 日本の今の子供たちは,リンゴも皮をむかなければ食べられない子も多いと聞いています。

 昔はさびた水道の蛇口に口を寄せてサビの混じった水を喜んで飲んだものですが,今は水道の水をそのままでは飲まない人が多い。

 日本も只であったはずの水を買う時代になっています。他人のことは非難しても,私もそういう傾向になってきています。

 日本人よ,清潔というのは贅沢なのだということを思い知るがいい。

  「名誉白人」と呼ばれたり,「清潔大国」と呼ばれて喜んでいる飽食日本よ!,くたばってしまえ!! 未だ世界の全員を賄うに足りる地球全体の食糧需給が成立していないにも関わらず,一部の人間は肥え太り,グルメだダイエットだと抜かして喜んでいるようです。

 まあ,私のような貧乏人のひがみかも知れないけれど,かつてデブでもあった私は,今それを恥じています。

 何かがおかしい。しかし今日は疲れたので,このくらいにします。

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2006年5月18日 (木)

塾,予備校,専門学校講師

   地方の国立二期のS大学に入学して下宿するために3万円余りを持って岡山県の故郷を出て,まず机や椅子,本箱などを買いました。ふとんは故郷の母が送ってくれていました。

 父は中学3年のとき肝硬変で亡くなっており,母子家庭でもあるので当時は毎月8千円の特別奨学金をもらいました。

 もちろん,留年したので,そのときは奨学金をもらえませんでしたが,その町ではその頃は共同風呂つきの4畳半の下宿(つまり,トイレも風呂も無しの4畳半の部屋)は下宿代が5千円くらいで,食費も生協の学食を利用すれば月6~7千円で足りるという時代でした。

 私の長兄は8つ年上で,彼が大学に行っていたころは,まだ親父は健在でそれなりの収入もあったことから既に就職していた長兄に,ときどき5千円を仕送りしてもらいましたが,それでは足りないので,すぐにアルバイトを探す必要がありました。

  まずは,同じ下宿の友人の関係で7月から,人文学部の先生の紹介により済生会病院の医者の息子,中2と小5を週3回で1回2時間,月7千円で,2人まとめて教えるという家庭教師をすることになり,これが人生最初のアルバイトとなりました。

 これが私が子供を教えるという経験の最初のことでした。

   まあ,弟のほうが頭がいいというかのみこみが早くて,自分が答えがわかっていても質問してきて,兄から私を取り上げたいというくらい,なつかれてしまったのですが,結局は私には教えるという才能などほとんどないということが次第にわかってきました。

 つまり,のみこみが早い生徒にしか私の言うことは理解されないようだと感じてきました。私が教えるのではなく相手が勝手に理解するだけなんですね。

 一応,音楽,図工も含めて全ての科目を教えました。体育としては家の隣に空き地があって,サッカーなどをして過ごしました。さらには夏休みの宿題などの絵や作文も手伝って,その結果,あるときには子供が賞をもらってきたりしたので,さすがにこれはまずいと思って,直接手を貸すのはやめました。

 私の家庭教師のせいかどうかはともかく,2年後に弟はS大学の付属中に入学し,兄も私立ですがそれなりの高校に入ったということで,私の最初の家庭教師体験は終わりました。

 私は教育者には向いてないという自覚ができたので,それからは長崎屋の棚卸とかコカコーラの使用済みボトルの掃除とか,白蟻の駆除とか高速道路のパーキングのガードマンとか,短期の肉体労働的アルバイトに切り替えて数十種類のアルバイトをしましたが,人と接触する仕事だけは苦手だったので,接客業はさけていました。

 そして金があるうちはゴロゴロし,無くなると飯代と交通費を借りてバイトにいく,という自転車操業的な生活を大学時代最後まで続けました。こうした行き当たりばったり的な生き方は結局今も変わってないと思いますね。

 関西の大学院に入った当時,私は阪急の西灘駅(現,王子公園駅)付近に住んでいました。

 当初は,まだノイローゼで仕事ができる状態ではなかったのですが,やがて東大から来ていた田中さんという1年先輩に,2つ隣の御影という駅の近くに住んでいる,東大合格者が多いことで有名な灘高の1年生を紹介してもらいました。

 相手は住友重機の重役の男のお子さんで,彼が苦手という数学と物理を週1回,2時間,月3万円で教えるという家庭教師の仕事を得ました。

 この生徒はテニス部に入っているので勉強がおろそかになるという理由だけで家庭教師を付けたということで,元々灘高生で頭のいい生徒だったので,問題を出して解く競走をするというスタイルだけで,とても楽でした。

 ときには,やはり頭脳明晰と思えた彼の妹も教えましたが,丁度3年間教えて,私が東京に就職が決まったたときには,灘高生の彼も東大理科1類に合格して,礼金をいくらかいただきました。

   会社に就職後に,社内でこの話をしたら,灘高から東大に行ったという先輩(M前さん)から,「灘高生は家庭教師など付けない。」と激高した様子で反論されましたが,何と言われようとこれは事実なのですから仕方ありません。

 大学院時代は,下宿代はずっと9千円で奨学金も正規の学生だった2年間は月3万円前後もらっていました。

 それでも,1つのアルバイトだけでは足りず,芦屋のマンションで宝塚歌劇にあこがれていた2人の甲南女子中の中学生を教えたり,逆瀬川で報徳学園の高校生男子1人を教えたりしましたが,やはり教え方がまずいのか長続きはしませんでした。

 そうした間にも,立聖館予備校やYMCA予備校などで講師をしたりしていました。とにかく,講師の時給は今と同じくらいの額でとてもよかったですね。

 夏期講習では姫路のYMCAにも行きました。そこでは中学生を教えましたが女子が多く,当時は芸能界で「中3三人娘」などがもてはやされていたので,そうした話題で盛り上がりました。

 例によって私の講義は無難なもので,わからない生徒については,何がわからないのかが理解できない,という失格教師だったと思います。

   就職して,40歳になった2月に,ちょっと会社で私が上司とのイザコザで頭にきたことがあり,しかも人を使う管理職へと仕事を変えられそうだったので,自分から3月に依願退職しました。

 わずかな退職金を元手に,10歳年下で酒場で知り合って5年くらい付き合っていたO崎という神田のS学園の化学の高校教師を9年ほどやってやめたばかりの人と共同経営で4月から西巣鴨に「理進ゼミ」という理科系志望専門の現役高校生相手の塾を開きました。

 O崎氏が3年生と2年生合わせて20人余りのS学園の男子高校生を連れてきたので,最初のうちは経営はうまくいっていました。彼が3年の数学と化学,私が2年の数学と物理を受け持ち,英語の先生を1人やといました。

 結局は1年で3年生がいなくなると,家賃を払うのがやっとという状態になり,私は,元々嘱託社員として他にも塾より収入の多い仕事があったし,O崎氏も昼間は正業があったということもあって,いいかげんな経営は1年限りで終わりました。

 私は,結局,嘱託をしている会社に正社員として入り,それから1年後くらいにはバブルも終わって,プー太郎になりました。

 そして,今ある「都営大江戸線」を作るための月島工事現場などでガードマンをしたりしながら,食いつないでいたのですが,その頃住んでいた木場(豊洲)の3DKのマンションのローンが払えなくなり,売っぱらってしまいました。

 まだ,バブル崩壊中半だったので,マンション購買額2千万円弱の1.7倍くらいで売れましたし,頭金も含めて9年間の支払いで多少は元金も減少していたので差額で安いワンルームマンションを,より都心の巣鴨に買って,その余った金で1年くらいは優雅に暮らしました。

 本当に行き当たりばったりですねえ。

 そのころ,御茶ノ水の湯島聖堂近くのMアカデミーという現役専門の予備校に応募して,非常勤講師として採用されました。教壇に上がって講師をすることもありましたが,主にRQC(ランダムクエスチョンコーナー)と個人教授の講師として働きました。

 RQCには,毎日のように数学の難問を10問前後持ってきて先生に聞く女子高生(K野さん)がいました。どうも,そこの専任講師(H田先生)に個人指導されていて,いつも宿題として持たされていたようですが自力では解けないらしくRQCに持ち込んでいたようです。

 しかし,RQCには私のように40代中半(当時)の比較的経験豊富な講師はいなくて,他はほとんどアルバイト学生ですから,偏差値のいい大学の学生ばかりとはいっても,なかなか対応できませんでした。

 そこで教師である大学生の方に私が外の廊下でこっそりアドバイスをするということも結構あり,結局,彼女は私が個人指導することになりました。聞けば,文科系志望で数学は共通1次だけだというので,何であんな指導をしていたのか疑問でしたね。(イジめていたとしか思えません。)

 結局,入試直前まで,共通1次の過去問を片っ端から解いて練習をすることを繰り返しましたけれど,第一志望の国立の千葉大教育学部には落ちて,私立の明大に入りましたから,結局,数学の勉強は大学入学の役には立たなかったということになりますね。

  とにかく,ここの予備校のモットーは「わかるとできるは違う。(わかってもできなければしょうがない)」というものでしたから,私の方針とは正反対でした。

 私は「たとえ,入試などのクイズのような問題は解けなくても,わかるということこそが大切なんだ。」と思っていましたからね。

 もっとも「わからなければできないだろう。」と言われればその通りで,「わかってしかもできる。」ことを求めるならその方がいいのですが。。

 例えば私は別に「公文式」に偏見は持ってはいないつもりですが,「公文式」のように原理,理屈はわからなくても計算方法がわかっていれば自動的に「条件反射」のような感じで問題の解答ができるという手法は私の思想からは対極にあるものです。

 結局,この予備校は学生アルバイトを主体にして年寄りは切る,という方針になり,数年でやめることになりました。しかし,その間に後にそこの専任の数学と物理の講師になったS田先生の紹介で池袋の専門学校の非常勤講師の職にありつきました。

 そして,専門学校では平成8年度から13年度まで主に教養としての物理学を教えました。予備校をクビになるまでは,専門学校と予備校の両方で教えていました。

 しかし,入試ではなく資格を取ることが目的の専門学校の生徒にとって資格と関係ない教養科目の講義というのは,特にモチベーションがないので,授業はしらけて私の声のみがむなしく響くということも多く,ときには孤立感覚に陥って背筋が寒くなるようなこともありました。

 そうした経験から,生徒に無関係に私の話したいことをできるだけ大声でヒステリックにしゃべることでしらけるのを防ぐようにするようになりました。

 それでも,比較的出来のよい入試で選抜された生徒のクラスよりも,何か遊び人タイプの生徒の多い,いわゆる不良生徒のクラスの方がなぜか受けが良く,質問もたくさん出て教えていて嬉しかった,という記憶があります。

 (たとえ答えるのがむずかしい質問であっても,講師にとっては質問を受けるとか生徒の反応があるだけでも嬉しいものです。それで時間を食ってしまっても,うまくノルマを果たすくらいの技術はありました。)

 もちろん,勉強以外の話にも花が咲くのが私の授業の特徴でありました。

 ある年には,数学で微積分だけを教えてくれと言われましたが,それでは面白くないだろうと思った私は「実数の連続性」など大学数学科の3年で教えるような専門レベルの話を多くしました。

 比較的女子が多かった病院などで採血や検査などをする臨床検査技師養成クラスの数学が担当で,かなり受けは良かったのですが,何故かそうした講義内容が教科主任にバレて,他の専任講師からクレームがきました。

 「積分や微分の計算方法だけを教えてくれ」というわけです。結局,これも1年で降ろされました。

 専門学校最後の契約の年度には,パソコンのワード,エクセルなどを,週1回180分で教えるという仕事もありましたが,大体は私自身本質的には素人なので,その種の本で予習しては,それをそのまま教えていたものです。

 むしろ,生徒は何かとんでもない操作をしているらしくて,ウィンドウズそのものがフリーズしたりとか,別のトラブルの方が多く発生し,見たこともないエラーなどを出されたりで,その面倒を見ることの方に窮々としていました。しかし,こうした経験は今の私自身のパソコンの趣味には役立っています。

 ここでは,半数が女子だったのですが,寝転んで携帯をする子,勝手に、トイレに行くとか言っていつまでも帰ってこない子,しきりに甘える子,毎回遅刻しては「下痢で遅れた。」とか若い女性らしくない言い訳をする子とか色々でした。

 男の子の方は油断すると,家から持ってきたCDを入れてゲームをやったり,お絵かきソフトで漫画を描いていたりという具合で,まあ,小中学校ではないけれど「学級崩壊状態」でした。

 しかし,私は怒れない性格だし,いい大人に義務教育でもないのに勉強以外の情操教育をする気にもなれませんでしたので,一応注意はしたけれど放任していました。

 ここでも私の趣味でエクセルで2の平方根やπを計算させるとかもしましたが,評判はいまいちでした。彼ら,彼女らは放射線技師の卵とかで,ブラインドタッチ(blind touch)を教えることも要求されました。

 しかし,私自身大型コンピュータのカードのキーパンチ時代の昔からずっと中指1本でキイを叩いてきたものですから,これはごまかしてやらせるしかなかったのですが,結局,「手本を見せてくれ。」などと言われて,ごまかし切れませんでしたが,それでも何とかなりました。

 極め付けしては,竹ノ塚の小中学塾で,優秀な中3のクラスで男子ばかり15人くらいに対して,数学の時間にピンク映画の講義をして,後でまじめな生徒の密告があったためか,クビになった,ということもありました。

 私本人はいたって真面目で,そのころの日本映画の斜陽について述べ,今見る価値があるのは日本映画では時代劇と喜劇とポルノだけだ,という自説を中学生相手に主張しただけです。

 当時の日活ロマンポルノの藤田敏八や,神代辰巳,今村昌平,若松孝二らの監督した映画がいい,という話をしたんですが,やはり数学の時間にするべきことではなくて,私が「失格教師」である,ということが明らかになりました。

 今日はここまでにします。

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2006年5月17日 (水)

低煙源拡散モデル(JEA式)

 与太話が続いているので,ここらで少しアカデミック(Academic)な話をします。

 アカデミックといえば以前,会社でNHC(練馬変態倶楽部)を創設した私より年齢が1つ上のフィクサーのような人がいまして,私のことを「チミはアカデミックというよりは垢デミック(垢だらけ)だね」と評されました。

 確かに当時は学生時代の延長で,私は会社で2番目に不潔だと言われていましたから身に覚えがあることです。

 彼と私は共にシュールレアリストを標榜していまして,彼は「シュールレアリストは結婚しない。」というのが口癖でした。私が40歳で退職した翌年に高血圧なのに毎日,飲酒し,しかも過労であったということが原因か,北区のアパートで亡くなっているのが尋ねた人によって発見されました。

 彼(シイタケマン)こそ本当の破滅型人間でしたね。

   本題に入ります。

 以前,4月中旬にS社での「会社員新人時代の思い出」という内容で記事を書きましたが,当時,配属されてすぐの仕事はコンピュータを使うことではなくて,後に環境庁(現在は環境省)の窒素酸化物総量規制マニュアルでJEA式(日本環境庁式)という名称で掲載されることになった自動車からのNOxの解析的拡散式を開発することでした。

 この拡散式は,通常のガウス型拡散式にパスキル・ギフォード(Pasquill-Gifford)流のシアーを持たせたものとは異なり,水平風速と拡散係数が地面からの鉛直高さzのベキ乗に比例すると仮定した,より現実に近いパラメータに従う移流拡散方程式の定常解を基準にした模型(モデル)です。

 まず,こうした定常解をコンピュータの数値計算に頼るのではなく,頭でつまり紙とペンで解析的に解くというのが配属されて最初の仕事内容でした。

 自動車という線煙源が高架ではなく,高さゼロの道路上にあってy軸に沿って無限大の長さを持っており,それに直角に風が吹く場合については,線煙源からの距離xと高さ:zの関数としてロバーツ(Roberts)の式という解があることは既にわかっていました。

 そして,私の使命は,まずは直角風ではなく無風(calm)のときと無限線煙源に平行な風(平行風)が吹く場合の解を求めることでした。

 特に高架道路のように,必ずしも線煙源の高さがゼロでなくて,有効高さHeをを持つとして,一般化して解きました。結果的に,直角風の場合のロバーツの式も有効高さHeがゼロでない場合に拡張することに成功しました。

 まずは,境界条件に合う無風時の解を求めることに挑戦しました。

 原理的には点煙源に対する3次元の解がわかれば,それを線煙源のあるy軸に沿って積分することで線煙源に対する2次元の解が得られます。

 そこで,まず3次元の無風の場合の偏微分方程式を解くことから始めました。そのため,解を点煙源からの距離 r と高さ z について変数分離しました。

 結局,変数分離で得られるそれぞれの常微分方程式の解は r については 0 次の第2種変形ベッセル関数(modified Bessel's functio)になり,z についても第1種変形ベッセル関数になることがわかりました。

 そこで,後は発生源条件に合うようにベッセル展開をする,つまり展開係数を求めれば解は得られるわけです。

 実を言うと,ここから最終解に到達するのに,岩波の「数学公式集」と2ヶ月以上にらめっこして,やっと運良く境界条件,発生源条件に合致する解を発見することができました。

 ここからは,点煙源の位置;yで-∞から+∞まで積分すればいいわけですが結果は超幾何関数になります。しかし,特に有効高さHeがゼロのときには初等関数に帰着することがわかりました。

 そして,2次元無限線煙源の場合には平行風に対する方程式も無風時のときの方程式と同一なので,平行風の解は無風時と同じということで,これは即座に解決しました。

 しかし,風がゼロではなく有風時には,実はzのベキ乗に特殊な条件がある場合について,既に3次元の解(Yeh-Huangの解)が存在している,ことが後にわかり,直角風も平行風も共に単にこの既存の解を煙源に沿って積分することで2次元の解が求まることがわかりました。

 これを積分した結果から,直角風の場合の解はHeがゼロのときはロバーツの式に一致し,Heがゼロでないときには第1種変形ベッセル関数になることもわかりました。

  こうして無限線源の解は全て求まりましたが,現実の道路は曲がりくねっており,ある軸に沿って無限の長さで一直線に伸びているわけではありません。

 しかし,これら2次元の解を求める過程において3次元解が既知となったので,有限長さの場合の解は,yについて-∞から+∞でなく有限区間で積分すれば得られるはずです。

 幸いにして,直角風のときはyの有限区間で積分しても単に無限線煙源の解にガウスの誤差関数がかかるだけという結果となり,平行風の場合も不完全γ関数がかかるだけ,無風の場合も逆正接関数がかかるだけの式で近似できることがわかりました。

 平行風の場合の不完全γ関数をガウス誤差関数で近似することにし,これで所期の定常拡散方程式の解,または近似解の形は全て初等関数やそれに順ずる解析的関数という形で得られました。

 実際には風が線煙源に直角や平行でなく一般の風向であっても,3次元の点煙源解がわかっているので,積分により解を求めることは可能で,計算してみると風向角θを含む第2種変形ベッセル関数となって解は求まります。

 しかし,実際に法律として運用するモデルとしては煩雑なので,有風時(風速1m/s以上)については直角風解と平行風解のみで対応することにしました。

 また,3次元の定常拡散方程式はx,y,zのうちを yによる微分項を時間 t によるそれに置き換え,その拡散係数であったzのベキ乗を z のゼロ乗,つまり定数に取ることで,x.,zの2次元の非定常方程式になるので,元の3次元定常解が2次元の非定常解として得られるわけです。

 これらは任意風向の場合の解と同じく,敢えて発表しませんでした。

 そして風向と線煙源との鋭角θが40度を境として直角風であるか,平行風であるかを判定することにして,両者の式のどちらかを適用することにしました。

 また,ベッセル関数の計算の煩雑さを避けて高さHeがゼロのときの適用に限ることにして,このモデル式を以ってJEA式 としました。

 実際のパラメータ類を決める作業は,大阪府が府内の地形環境が異なる各地で各種の気象条件下において,約200mのパイプの多くの排出口からトレーサーガス(SF6:6フッ化イオウ)を撒いて,それを採取する実験で得た種々の濃度データを利用しました。

 当時の大型コンピュータによって,地形環境,および気象条件ごとにトレーサーガス濃度観測の実測値と先のJEA式による計算値との差の二乗和が最小となるように,多次元ニュートン法による非線形最小二乗法でJEA式の幾つかの未知パラメータの最適値を計算で決めました。

 そして,各地形環境ごとに,得られた式パラメータと気象条件をグラフにプロットし比較して,地形ごとに気象とパラメータの関係を求めることで最終的なモデルが完成したわけです。

  なお,後に六本木や西新宿での高架道路のデータをもとにHeがゼロでない場合の変形ベッセル関数を含むJEA式を修正して「東京都修正モデル」を作ったという記憶もあります。

 実は,当時の資料は今はどこにあるか見つけられなかったのですが,中国から日本の環境アセスメントを知るための研修にきた中国人の役人と大学(専門学校?)の先生の2人に会社の会議室で説明したときに作った英文の資料が見つかったので当時の記憶がかなり鮮明によみがえったわけです。

  うーん,でもこれは企業秘密の部類の一部で一種の自慢話になるかなあ,まあ,もう時効だろうし,ブログだから備忘録として残すのもいいかな。。。

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2006年5月15日 (月)

学生運動の時代

 かつては,正義漢を気取って大学生という恵まれた身分のくせに一人前に社会運動などをしていたこともありました。

   最初は小田実(おだまこと)の「ベトナムに平和を市民連合」,いわゆるベ平連から入りましたが,そのうちヘルメットをかぶってノンセクトだけれども新左翼と呼ばれるグループにのめりこんでいきました。

 当時の学生はみんながゲバ棒を持ってそういう運動をしていたと思われ勝ちですが,実はほとんどの学生はむしろ暴力反対を叫ぶ「日本共産党系=民青系=民主主義青年同盟系(代々木系)」でした。

 我々の側は「反代々木系」とか「反日共系」と呼ばれていましたが,私のいた大学理学部の物理学科のクラス40人余りの中でも,私を含めて5 ~ 6 名しか同志はいませんでした。

 したがって,クラスでも大勢を相手に過激な議論をするという状態がほとんどだったので,今でいうディベートのようなもので,そのせいで相手を完全に論破するコツのようなものが自然と身についたような気がします。

 民青は裏では暴力沙汰を起こしていて暴力革命を否定しなかったくせに,表面上は暴力反対をとなえて一般学生を取り込んでいきました。だから我々は大抵は200人くらいの相手に30人くらいで突っ込んでいった,ほんの一握りの少数派であったというのが真実です。

  米軍の北富士演習場に行ったときには,山梨県の忍野村(おしのむら)というところで「忍草(しもくさ)母の会」と一緒に,入会地での米軍の実弾演習の中で実弾を浴びるという名目で演習場内に入っていった同志を支援するためにピケを張っていた山梨県警の機動隊に突進していきました。

 北富士には都合2回行きました。夜は全員が土間でざこ寝したのですが,10月の末でも北山梨は寒くて最初のときは寝袋がない私は寒くて眠れませんでした。それに懲りて2回目はちゃんと寝袋を持っていきました。

 そして石を投げて機動隊に1km以上追いかけられて追い抜かれたりもしたのですが,田んぼの中に逃げてつかまりはしませんでした。

 ポケットの中の石を捨てるのを忘れて逃げたので,もしつかまっていたら凶器準備集合罪の証拠品を身に付けていたわけで,後とから考えるとヤバイことをしていました。

 実は彼ら機動隊員の目的は"女=女子学生"だったらしく,私などは眼中になかったようです。

 深追いしてくる機動隊員は重い装備を付けて走って疲れていて一人孤立するので,普通はゲバ棒を持った奴らが袋叩きにするはずなのに,だらしのないことに奴ら先導者たちもちりぢりに逃げてしまったらしく,そのときは女子を中心に数人が逮捕されたことを後で聞きました。

 1kmくらいも全力で逃げたので,胃腸の弱かった私は気分が悪くなってうずくまっていたところへ,三多摩反戦の女子を後に乗せたバイクが1台通りかかり,結局,3人乗りで走って,背中をずっとさすってくれた彼女のヘルメットの中にゲロを吐いてしまいました。

 折りしも「忍草母の会」の車が通りがかり,私はその車で"公民館=宿舎"まで連れて帰ってもらいました。でも,また30分くらい後には,演習場にピケを張った山梨の機動隊に向かって突進していったものでした。

   成田の「三里塚芝山連合空港反対同盟」の支援に行ったときは,3月でひと月くらい滞在したのですが,その間に大学の「憲法」の追試験を受けなかったために,結局,教員の免許は取らずじまいになりました。

 まあ,これはどうでもいいことですが。。。。

 三里塚に行ったときは,「いいだもも」氏主宰の「共産主義労働者党」の学生組織であった民学同左派から生まれたプロ学同のさらに下部の組織である「赤色戦線(せきしょくせんせん)」の一員として行きました。

 やはり宿舎は公民館でした。このときもざこ寝でしたが畳の上で夜露はしのげたので寒さに震えることはありませんでした。

 食事は,朝昼兼用と夜の2食で調理は「江坂書記長の奥さん」の担当で,ご飯は各人どんぶり一杯あるのですが,おかずはいつもさつまいもの切り身の入ったみそ汁だけでした。

 ぜいたくは言えません。毎日,交代で2人が「ドカチン」に行き,2人で1日約4千円なりを稼いできていただけでそれが全員の食費なのですから。。。

  私も2回ドカチンに行きました。

 最初は「松本の屋根屋さん」という,とび職の人に連れられて成田のボウリング場の建設現場に行きました。

 土方といってもコンクリートのこびりついた釘をダイスできれいにするだけなので全然辛くはありませんでした。土方仲間は東北からの出稼ぎがほとんどで,一人のにいちゃんに「土方はそんなに一所懸命にやるもんじゃない,適当に息抜きしないと持たないぞ」とやさしい言葉をかけてもらったものでした。

 そして夜帰るときには,松本のオヤジ(車の運転をしてましたが)にワンカップを一杯ごちそうになりました。

  2回目は何の木だったか(イチョウ?),畑に2人で千本の苗木を植えるという仕事で,これはかなり体にこたえました。

 そうこうしてるうちに,ときたま空き缶をたたく音がカンカンカンカンと鳴ります。これは「強制代執行」が始まるという合図で,これを聞くと我々は農民と一緒に無免許運転のトラックの荷台に乗って,「すわりこみ」のために現場に行きます。

 途中で有名な「長谷川タケばあさん」も拾って,ショベルカーでこわされる穴の中にいる同志のために,農民に化けて「すわりこみ」をやりました。機動隊が2,3人がかりで,一人ずつ退去させられたのですが,学生であることがばれると逮捕されます。

 ズボンに落書きをしていて「おまえ学生だろう」と言われてしきりに否定していた馬鹿な奴もいれば,あばれて肩を脱臼した奴もいました。

  あとで,「革共同中核派」の機関紙である「前進」の一面に,「闘う農民達」という題名で我々と農民のすわりこみの全体の写真が載っていたのを見たときには少しばかり笑ってしまいました。

 公民館には当然,農民もいます。

 彼らと我々がなぜ空港建設に反対したかといえば,農民が長年かかって不毛な火山灰だらけのシラス台地を開墾してスイカや落花生,イモなどの取れる畑を作ってきたのに,その農民の命ともいうべき農地を「公共の利益」の名のもとに取り上げるというのは暴挙だと思ったからです。

 当時は少数だった海外旅行をするような一部のお金持ちのための国際空港なるものを作るため,苦労して開墾した農地を強制的に取り上げるという権力の横暴が許せなかったからです。「条件派」のようにお金や代替地をもらって満足できるはずはありません。

 そうしたことの意味を,年端も行かない「三里塚少年行動隊」の連中が完全に理解しているのには驚きました。

 これこそ,教育なんだ,教師なんていらない,自己による自己自身の教育,これこそが教育のあるべき姿,理想の姿なんだと感じたものでした。

  公民館に寝泊り,するだけではなくて,「援農」といって農家に寝泊りして畑仕事も手伝いました。私は「松本の屋根屋さん」のうちに居候してイモ堀りとか落花生の皮剥きとかいろいろやりました。もしかしたら邪魔をしただけで迷惑だったのかもしれませんが。。。。

 そこの奥さんは,30代前半だったでしょうか,快活な人で,私が風呂をいただいていたときに,いきなり戸を開けてきて「湯加減どうだかね」と言われたときは,まだ純(うぶ)だった私は動転してしまいましたが,それを感じてケラケラと笑われたこともなつかしい思い出です。

 食事のおかずは無茶苦茶しょっぱいお新香の山盛りとみそ汁だけでしたが,それでも公民館の食事よりはましでした。トイレは家の外の小屋にあって,夜は少しばかり怖かったです。しかも,大きいほうをしたとき,お尻を拭くのは新聞紙と縄だったので少し痛かったですね。

 まあ,まだいろいろあるけれど,このくらいにしときます。ただ,私は多くのその時代の人々が言うように"若気の至りだった"などとは言いたくありません。

 (だから,ばんばひろふみ氏は嫌いじゃないけど,今でも「いちご白書をもう一度」という歌をカラオケで誰かに歌われたら,口には出さないけどちょっとイヤなんです。) 

 「理想を求めて何が悪いんだ」,と今も思っている私は,現在は自分自身も貧乏ですが,せいぜい,悲惨な生活を強いられている人々に対してささやかな募金をするくらいのことしかしていないので,口先だけで何も大きなことは言えませんが。。。

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2006年5月14日 (日)

アメイジング・グレイス(我は主をしりぬ)(作詞)

 今は亡き本田美奈子も歌った「アメイジング・グレイス(Amazing Grace)」,賛美歌でありゴスペル(黒人霊歌)でありアメリカ第2の国歌とも言われるこの曲の訳詞を作ってみてくれと,行き付けの和風スナック「けやき」のママに頼まれたので,拙い訳詞をつけてみました。

 (私は,昔高田馬場の将棋道場に通っていた頃,帰りに高田馬場駅前の店で試聴して声に感銘を受けて買ったLeAnn RimesのCDアルバム中の「Amazing Grace」を普通は聴いています。) 

 現代口語ではむずかしかったので文語調で詞をつけてみました。

     Amazing  Grace(我は主をしりぬ)

1.      Amazing Grace, how sweet the sound

      素晴らしきー主のめぐみー甘きーしらべー

      That saved a wretch like me

      落ちぶれしー我をー救いー

       I once was lost but now I'm found

      迷いしときにー我をー導きー

      Was blind but now I see

       盲(めし)いし我にー光明(ひかり)を与えぬー

 2.   'Twas Grace that taught my heart to fear

       主はー我が心にー恐れを教えー

      And Grace my fears relieved

       恐れしーこの身をー救いぬー

      How precious did that Grace appear

      なんとー尊きー主のめぐみー

      The hour I first believed

      我はー主をー識(し)りぬー

3.    Through many dangers,toils and snares

      艱難(かんなん),辛苦,誘惑ーあまたー

      I have already come

       我はー乗り越えー識(し)りぬー

      'Tis Grace have brought me safe thus far

      安らけきー道をー示しし主はー

      And Grace will lead me home

      永遠(とわ)にー我をー導かんー 

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2006年5月13日 (土)

イジメとノーローゼ

  私はうつ病という精神病と30年以上つきあっています。39歳のときから糖尿病でもあるのですが,糖脳病(とうのうびょう)でもある,というわけです。特に季節の変わり目,その中でも3月から4月ごろが最も憂鬱な時期ですかね。

 もっとも,友人によると,私はうつ(鬱)というより,そう(躁)ではないか?と言われます。とにかく素面(しらふ)でも大きな声でのべつまくなしで話をして,うるさくてしょうがない,というハイな感じの日も多々あるからです。

  しかし,それはうつの裏返しで自分では本性は無口なのだと思っています。「しゃべる」のは,実はそうしないといられない,しらけた状態と感じる雰囲気になり間が持たない状態が怖くて,落ち着いていられないからだろう,と自己分析しています。

 といっても現在の状態はほとんど治癒していて,この年齢になると図々しくなったせいとか,感性が鈍ってきたためでしょうが,これも実は悲しいことではあります。

 若いとき(会社員時代)には山上たつひこの「がきデカ」にちなんで「NHC(練馬変態倶楽部)」というのが会社にあって,私はその副会長をしていました。

 そのクラブでのバレンタインデーの飲み会の帰りに,酔った勢いで後輩女子社員(T.O)さんの引き出しに「T.Tより愛をこめてというカードをつけたパンティーの缶詰」をこっそり入れておいたりして,翌日誰が入れたかがバレて落ち込んだりしていたので,この病気も自業自得であるという意味もありますけどね。

  そもそも,こういう病気になったのは大学5年生(23~24歳)のときに強烈な「イジメ=ムラハチ(村八分)」にあったからです。

 そのころの私は高校までの,おとなしい優等生的な性格から,大学闘争の中でマルキシズムの洗礼を受けたせいで,むしろ少し狂暴なくらいの性格に変わっていました。

 きっかけは転居して入ったばかりのアパート(下宿)で真上の階の部屋のステレオ騒音が頭にきたので,大声で「うるさい」とどなったり,壁や天井をどついたりしたことです。

 運が悪いことに、実は私以外のそのアパートの住人はほとんど全てが大学の自動車部の仲間達だったらしく,まず,そのアパート全体でムラハチにあってしまいました。

  彼らの友人の中には私を知っている私の学生運動仲間達もいて,うわさはどんどん広がっていきました。

 ここらへんからただの「私の妄想=被害妄想」か,本当にイジメにあっているのか,の区別がつかなくなっていき,いわゆるノイローゼ状態,精神の緊張状態が続き,手がふるえたり,食堂での食事がうまくのどを通らなくなったりしていきました。

 そしてS市だけでなく,その隣の市までその全体が私の敵だと思えるくらいの状況になっていきました。

 全てが自分の妄想というわけではなく,実際,シカトや嘲笑がたくさんありました。特に親友だと思っていた奴らの"裏切り"は一番こたえました。

 もしも暴力によるイジメであったなら,私は黙って殴られる人間ではないので,当然,多勢に無勢でも対抗する用意はあったのですが,精神的圧迫に対しては,こちらがムキになるほど滑稽なピエロになるだけだという悪循環に陥るしかなかったのです。

  イジメている側はどうってことない,と思っているはずだからいくらでも休息はあるはずですが,私のほうは四六時中自分と向き合わねばならないのは辛いことでした。

 しかし,その当時の私にも既に個人主義的思想の萌芽は芽生えていたので自殺という道を考えたこともありましたが,こんなことくらいで自殺してたまるか,と思いとどまったものでした。

 よく自殺志願者に「死ぬ気になれば何でもできる。」などとはげます人がいますが,これはある意味で逆効果ですし,何の気休めにもなりません。

 そもそも,本人にとっては「やるべきことがどうしてもできなくて,死ぬ以外に道はない。」と思っているのですから"死ぬ気になれば,死ぬ"しかないわけですからね。

 ともあれ,この状況でも仕送りのない私が生活してゆくにはバイト(アルバイト)するしか道はなかったので,S市から離れたK市やH市まで行ってとびこみのバイトを続けました。

 そして,結局,就職も決まっていましたが,精神不安定のためあきらめて,親戚がたくさんある関西の大学院をかたっぱしから受けて,ひとつだけ引っかかりました。

 そして,その大学の病院の精神神経科で薬物療法を受け,その後,就職して東京へ移っても 病院で同じ薬物を投与され,次第にその量を減らして快癒していき現在にいたるわけです。

 快癒の鍵となるのは「妄想を抱いている本人が思うほど他人は暇じゃないので私のことなど眼中に無い時間のほうがはるかに多いものだ。」と自然に思えるようになれることです。

 しかし,それでさえ渦中の最中にあるときの私には,薬物を用いて,自意識過剰の状態から感性が眠ったように麻痺した状態へと無理に移行させる必要があったわけです。

  こうしたトラウマは,時偶夢の中でイジメられている自分がいて汗びっしょりになって目覚めることがあることから考えても生涯消えるものではありません。

 そもそもトラウマというのは漫画家の赤塚不二夫氏のウナギ犬に似た発想で吾妻ひでお氏がパロッたところの虎と馬の合体動物:虎馬ではなく「心的外傷=心に受けた傷跡」のことです。

 これは「トロイメライ」というシューマン作曲の楽曲にもあるように"ドイツ語ではトロイメ(die träume)=英語ではドリーム(dream)"という言葉のラテン語かギリシャ語から派生したと思うので,夢でうなされるのも無理はないのかもしれません。

 とにかく,イジメた側は年月が経つとほとんど覚えていないのに対し,一人で多数を相手に精神的に戦ったイジメられた側は生涯覚えているもので,忘れたようでもトラウマがあるものです。

 だからこそ,近年の事件の中でも大阪の池田小学校での殺傷事件や,高校時代の恨みを数年後にはらした,という殺人などもおこったのではないかと思うわけです。

 もちろん,別にこれらを正当化するつもりは毛頭ありませんが,イジメられる側にもイジメの責任の一端があるという考えには大反対で,自分が経験したから言うわけではないけれど,絶対にイジメる側に全ての責任があると思います。

 犯罪人に対するマスコミによる社会的抹殺という権力による刑罰に加えての二重の刑罰もイジメのひとつだと思います。

 まあ,三面記事に興味を持つ人民が顧客ですから,商売上仕方ないというところでしょうけど,そういう風にもっと大切な事柄から人民の目を逸らすという意味でも私は支持したくないことです。

 ただ,イジメというのは悪口(陰口)を言うことと同様,一種人間,いや動物の本能に根ざしているものだとは思います。

 子供のころ,田舎の自宅で狭い小屋に20羽ほどのニワトリを閉じ込めて飼っていたのですが,明らかにただ1羽は背中の部分の羽が一部なくて地肌にこづかれた傷がたくさんありました。

 要するに狭い小屋に閉じ込められているというストレスから,1羽が選ばれて他の全てのニワトリからイジメを受けていたのだと思います。

 聞いた話だと,飯場の土方たちは雨が続いて仕事ができないと"精神的に一番弱い"土方をイジメる,らしいです。まあ,社会的ストレスというのは狭い日本にはいくらでもあるので本能的なイジメも"神の摂理"なのでしょうかね。

 こうした人間の性分は,かつての権力者の分割統治にも利用されていましたね。いわゆる,平等なはずの人間にわざわざ身分というものを与え,庶民同士で「身分が上だ下だ。」といがみあわせて権力者への風当たりを弱くするというやり方です。

 ときの権力は四民の下にさらに「人であって,人に非ず。」という,現在では差別語でもある"エタ(穢多?),非人"という身分まで作るという周到さでした。「俺たちはイチバン下じゃない,下には下がいる。」ってことでしょう。

 現在でも「職業に貴賎なし。」などというのはウソっぱちで,ある種,セレブなどという身分もあるようです。

 その昔,江戸城などのお城から"汚穢(おわい)"を搬出した人,街頭の死体を片付け処理した人,牛や豚を屠殺し解体して,肉や皮革を扱った人,河原乞食と称して現在の芸人(芸能人)の源をつくった人々(出雲阿国ら)などの子孫たちを被差別部落民として部落に押し込めていた過去があります。

 そして,比較的自由になった今でも,被差別部落出身人の名簿なるものが出回っているらしいです。こうした病んだ社会の構造も,このイジメの本能を権力者が自在にあやつってきた結果でしょうね。

 うつ病の話に移りますが,独立国家となった当初から個人主義が徹底してゆきわたっていたという,かの大国ではうつ病も肩こりもないらしいですね。

 この,うつ病,あるいは私のような強迫神経症?は被害妄想という自意識過剰のいやらしさを必ず伴います。

 そもそも,全ての精神病,神経症について,「多いほうが正常で,少ないほうが異常である。」と考えるのはウソだと思います。病気の方には,明らかに「妄想=被害妄想」が伴いますから,たとえ,そうした人の方が多くなっても,とても正常であるとは思えません。

 また,「天才と気違いは紙一重である。」などと言って,「頭のいい人は気違い=精神病や神経症になることが多い。」という迷信のようなのもありますね。(サヴァン症候群という迷信ではない例もありますが。。。)

  まあ,実際,ニュートンやショーペンハウエルは一時期,被害妄想のために田舎で静養したりしているし,晩年のニーチェは鞭で打たれる馬の首にすがって「許してくれ。」と泣きわめいたといわれています。

 もっとも,ニーチェは心因性ではなくて,親の梅毒?のせいかどうかで脳梅になったのだ,と言われていますから,他の二人とは違うようですね。

 私はといえば,大して頭がいいわけでもないのに,眠れない,食べられないという晩年のゲーデルと似た症状で,かつて30代に80kg近くあってブタといわれていた体重(身長は176cm)が50kg程度まで落ちて,次第に衰弱していっているようで困ったものです。

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2006年5月11日 (木)

波動関数の位相と電磁場

 唐突ですが,物理学で現在も関心を持っている話の一つについて書いてみます。ちょっと古臭い話題ですが,量子電磁力学(QED)の話です。

 電磁場Aμがあって相互作用が極小相互作用結合(minimal coupling) (i∂μ-eAμ)で与えられる場合の波動関数をψ(x)とします。

 このとき,ψ(x)=exp(-ie∫xμ(y)dyμ)Φ(x)と書けば,電磁場Aμ(x)というのはこれがない自由場のときの波動関数Φ(x)の位相因子部分だけに作用するものであると考えることができます。

 これは確か波動関数の1価性の要請により閉路における線積分での位相変化が2πの整数倍になる必要があることから,Diracのモノポール(磁気単極子:magnetic monopole)に基づく電荷の量子化にも関連していたと記憶しています。

 また,これはカイラル・ワード高橋恒等式(Ward-Takahashi identity)におけるS.L.Adler,R.Jackewらの示した量子異常項を摂動論によらず導くためにHagenやReissらが示唆した形式でもあります。

 量子異常(quantum anomaly)は私の学生時代のメインの研究テーマだったので,これはずいぶん昔に見たなつかしい形式なのですが,最近,量子論に おける位相に興味があって少し見直してみました。

 量子論での波動関数というのは位相は任意であって,むしろ射線(ray)という概念のみが重要であり,状態ベクトルを波動関数で表わすというのは位相を無視した一種の"同値類=射線"という意味,つまり確率としての意味だけを考えればよい。

 つまり,個々の位相には大した意味がない,という考え方の方がかつての主流だったと思います。

 しかし,Aharonov-Bohm効果の存在などが検証されたことなどもあり,位相のような一見観測不可能と思われる量をも無視できないという認識が生まれ,波動関数の位相も実は極めて重要な量であるということが私の学生時代前後の頃には見直されてきていたという経緯があります。

 Hagenの論文における先に挙げた形式では,一般に電磁場Aμの"4次元回転(rotation):rotAμ=Fμν"はゼロではなく丁度,電場や磁場という場の強さに相当するために,Aμの線積分がその経路に依存して一意的には決まらないことが指摘されています。

 このことは,Aμの閉路にわたる線積分がゼロにならないことを意味しますが,これはStokesの定理により線積分が閉路の囲む面積上でのの面積分に一致することからいえることです。

 そこで,閉じた経路を無限小の点に収縮させた極限を考えると,その結果として,双局所カイラルカレント(bilocal chilal current)の"短距離特異性=局所発散性"とこの位相因子の長さの無限小の経路の寄与が積として相殺します。

 そこで,結局はゼロでも無限大でもないある有限なAdler-Jackewアノマリー項が異常項として出現するという帰結が導かれるものです。

 これは当時としてはなかなか興味深い話でありました。

 そして,勝手なスカラー関数Λの勾配∂μΛをAμに加えても勾配の回転はゼロ:rot(grad)=0 なので,その寄与は経路によらず単純な共通位相にしかならないという意味でゲージ不変性(gauge invariance)が満たされるのも,この形式の優れたところであるかな,と改めて思いました。

 そもそもカイラルカレントのような同一点での場の双一次形式は超関数となって一般には定義できない,というのもこの形式が考えられた動機の1つです。

 具体的なカイラルカレントはεだけ離れた双局所カレントで,(x|ε)≡ψ(x-ε/2)+γ0γ5γμψ(x+ε/2)と表わされます。

 こうしたカレントは純粋なQEDでは出現しないのですが,光子が電荷を持つハドロン(hadron)やレプトン(lepton)と相互作用する際の中間過程として,強い相互作用や弱い相互作用と関連して現われるものです。

 そして,位相因子部分の積分x-ε/2x+ε/2μdyμε→ 0 の極限ではεの1次のオーダーの無限小になるのに対し,超関数としての双局所的形式:Φ(x-ε/2)+γ0γ5γμΦ(x+ε/2)は 1/εのオーダーで無限大に発散するので,位相因子と掛け合わせた結果が有限なアノマリー項となります。

 QEDの摂動論では通常はFurryの定理によって奇数次の摂動項の寄与は常にゼロとなるのですが,素朴なQEDでは現れないγ5の存在のために,3次の摂動=三角形グラフ(triangle diagram)"からもゼロでない寄与があり,それから1/εのオーダーの発散が生じるわけです。

 すなわち,ε→ 0 ではexp (-i ex-ε/2x+ε/2μ(y)dyμ)~ 1-iex-ε/2x+ε/2μ(y)dyμ=1+O(ε)であり,Cが閉路ならStokesの定理によってCμ(y)dyμSμν(y)dSμνとなります。

(ただしSはCによって囲まれる曲面です。)

そして,Fμν≡∂μν-∂νμμの4次元回転であり,電磁場Aμの強さ,つまり電場と磁場ですから,これはもちろんSで恒等的にゼロではありません。

 

よって,一般にxμ(y)dyμはxの1価関数ではないということができます。

 

一方,Φ(x-ε/2)+γ0γ5γμΦ(x+ε/2)~O(1/ε)ですから,これとexp(-iex-ε/2x+ε/2μ(y)dyμ) ~ 1+O(ε)との積を作ると,1との積は ∞ なのですが,O(ε)との積は有限になります。

 

そこで,適当な正則化によるくりこみの手法で1との積からの寄与である∞ の発散を除去したときに残る有意な計算値に加えて,ある有限な補正項として量子異常項が得られるわけです。

 

ワード・高橋恒等式:μ=2imj5+{α/(4π)}εξστρξστρ=2imj5+(2α/π)において,右辺最後の項は純粋な理論的意味では存在しない項で摂動計算でのみ現われる量子異常項です。

 

この項が存在するために,質量mがゼロである場合でもカイラル・カレントjが保存しません。

 

いいかえると,カイラル対称性が正確には成り立ちません。

 

そして,カイラル不変性が自発的に破れた結果としてのゼロ質量の南部・Goldstoneボソンの1つであると考えられている擬スカラー粒子の"中性パイ中間子=π0"については,

 

理論的に正しい異常項のない恒等式:μ=2imj5からは,質量mがゼロという近似で,その崩壊確率は厳密にゼロになります。

 

mがゼロでなく有限としても実験結果より過小な寄与しかしません。

 

しかし,実際の摂動計算では"輻射補正=くりこみ"の結果として,上に述べたような理由から,右辺に量子異常項(2α/π)が出現し,これによりmがゼロでもゼロでない有限な崩壊確率が得られます。

 

そして,これがπ0の崩壊における支配的な反応であるπ0 → 2γの崩壊確率の実験結果を正しく再現していることがわかります。

 

こうした量子異常(アノマリー)の存在の真の原因は,"γ5の存在=カイラリティ(chirality)"のせいで,”ゲージ場を共変的にくりこむことが不可能である”ということの内にあることがわかったのは,それからまもなくのことでした。

 

参考文献:Stephan.L.Adler "Perturbation Theory Anomalies" in Lectures on Elementary Particles and Quantum Field Theory,1970-Brandeis University Summer Institute in Theoretical physics Vol.1,C.R.Hagen,Phys.Rev.,Vol.188,p2416(1969)etc.

 

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2006年5月 9日 (火)

ユダはインテリより上だった。

 以前,「『インテり=裏切り者』のルーツ」という題目で,"インテリ=ユダ(イスカリオテ)"がイエスを裏切ったのがそのルーツで,彼はイエスの死を見届けることなく首をつって死に,その死体の下に落ちていたイエスの血で購われ呪われた30枚の銀貨は誰も拾わなかった云々,ということを書きました。

(4/26の記事 「インテリ=裏切り者」のルーツ 参照) 

 しかし,最近になって,どうやらイスカリオテのユダがそういうことをしたという事実はなく,実は間違いだったのかもしれないようだという話が出ています。

 まあ,クリスチャンでなければどうでもいいことかもしれませんが。。。。

 というのも,昨日,友人が「ユダの福音書」という本を読んでいて,彼によるとそれには,"イスカリオテのユダは,自分が裏切り者であるという物語を作って自分が悪者を演じることが「イエス=キリスト」のため(布教のため?)になると考えた。",というようなことが書かれているらしいのです。

 そもそも,福音書というのはイエスが十字架にかかったあとに書かれた,あるいは編纂された,ものですから,福音書があるということは,ユダは首吊り自殺などせずに生きていたことになります。

 それに,別にユダが裏切らなくてもイエスが十字架にかかることは既に預言により予定になっていたのですから,もし福音書が本物で本当のことを書いているなら,そういうことがあってもおかしくはないな,と思いました。

 友人が読み終わったらこの「ユダの福音書」を借りて読むつもりですが,小説の「ダヴィンチ・コード」にしても,実はイエスには子供がいてその子孫が今もいる,という話です。

 キリスト教(当時はカトリックしかなかった)には,実は多くの福音書があったけれど,マタイ,マルコ,ヨハネ,ルカなど都合のいいものだけを聖書として残し,「イエスとマグダラのマリアの間に子供がいた。」などというようなことを書いているものなどは,キリストの神性(イエス=キリスト)が失われるというので捨てた,というのがダン・ブラウンの小説の内容です。

 これが,その通りの真実であるなら,ユダに関する作り話をしたこともまた有り得るかなと思いました。

 そうだとすると,イスカリオテのユダが12使徒の中で一番頭がよかったというのは事実だったということなので,「彼はインテリよりも上だった。インテリよりももっと賢かった。」というのが真実だということになりますね。

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2006年5月 8日 (月)

お酒(飲み屋でのお話)

  今日(昨日か?)も連休最後の日なので,せっかくのGWがもったいないことに,また飲んだくれた酔っ払いの状態でこれを書いています。

 銀行がしまっていて千円しかお金もないのに,つけの効かない店で4700円のつけをしてしまいました。反省!!

 お酒が入ると,ついついカラオケで唄を歌ってしまいました。いつも会う客に「てめえの唄は声がでかいばかりで趣もなにもない,心がこもってないよ,進歩が全然ない。」と言われましたが私は「好きで唄っているのだし,そんなこといわれる覚えはねえや」と一瞬思いましたが,真剣に聞いてくれるお客さんもいる,これは逆に有りがたいことだなあ,と思い直しました。

 カラオケボックスだとストレス解消なんだし,勝手にガナリたてていればいい,ということだと思いますが,スナックじゃ他にお客がいるし,他人でも聞いてくれる人がいるなら,むしろ有りがたいことなので,自己満足だじゃいけないな,と反省したものでした。

  おふくろが,私の若い頃よく「おまえは飲み屋に行くといいお客になって喜ばれるよ。」と言っていたものでしたが,確かにツケはしないし,むしろ経営者やお客を喜ばすことに専念しているので,今のところ自分で言うのも何ですが,その通りになってるようです。

 何故か酔っ払いとけんかに会うのは大好きで,ぐでんぐでんでろれつも回らないお客とか,やくざ屋さんが来ると,お店の人もわかっていて必ず私の隣に座らせるようです。

 いつだったかずいぶん昔の東中野の店では青森弁の「関東電気工事」に勤めているらしいおじさんが同じ話を繰り返すので,解読するのに苦労しましたが,そのうち何を言ってるのかがわかってきて,結局仲良くなりました。

 また,昔,中野の行き着けの店では,あるやくざ屋さん,といってもチンピラなんですが,何故か「兄貴,兄貴」と言うので「おまえいくつなんだ?」と聞いたら俺より一つ上だったので「おめえのほうが兄貴じゃねえか」と言ったら「いいじゃねえか兄貴は兄貴だよ」と言われました。

 それから,しばらく飲み友達だったのですが,1年以上も会えなくて,久しぶりに会ったら「別荘に言ってた」というので「どうした?」と聞いたら「俺はけんかの常習犯なんだ。」といってました。あぶない奴だったんですねえ。。

 こいつは淋しい奴なんだな,と私は彼のことが逆にいとおしくなりました。そいつは,年末に私が町を歩いていると,「兄貴,兄貴」と呼ぶので何かなと思っていると「正月のおかざりを買ってくれよ」というので,「しかたねえなあ」と思って7千円也で買ってやったということもあり,懐かしい思い出です。今頃はどうしているんだろう。

 一度,彼の「手相をみてやろう。」と言って左手を見たら小指が第一関節からないので「どうしたんだ?」と聞いたら,それには答えず「俺の兄貴なんて小指と薬指で4回もつめた」と言います。

 「どうして?」と聞いたら,「兄貴は無茶苦茶人がいいから自分の部下の責任も全部引き受けてしまうんだ。」ということでした。その偉い人とも隣で飲んだことがありますが,ある組の「代貸し」だということで,さすがに貫禄があって静かなひとでした。

 これは別に自慢話をしている(粋がってる)つもりでも何でもなくて,本当にやくざは淋しがりやだと思ってて,別にその稼業を肯定するつもりはないです。

 しかし,「俺は週に1回ここにきて楽しんでるんだ。たかが,やくざが来たからって何で帰らなきゃならないんだ。俺はカタギなんだぞ,やくざがナンボのもんじゃい,カタギのほうが偉いんだ,カタギを殴ってイキがっても自慢にゃならんだろうが。」と思っていたわけです。

 さすがに見るからにやくざだとわかると他の客は帰ってしまうので,必然的にやくざと仲良くならざるを得なかっただけのことです。

  実際,深夜まで飲んでるといろいんなことがあります。

 神楽坂の「フォアローズ」という店で初めて会ったパチンコ屋の兄ちゃんがからまれて深夜12時頃けんかになったのを,止めにはいって少し殴られましたが,身元引き受け人がないというので神楽坂警察で朝の4時半頃まで待ったこともあります。

 別に期待していたわけではないけれど,次に会ったときには,おごってもらいました。

 また,東中野の「ハイブリッジ(高橋)」という店で,朝の4時頃,高円寺に帰るタクシーを拾おうと思って手をあげていたら,「おじさん金を貸せよ。」と暴走族の二人組にいんねんをつけられました。

 「なんでおめえらに金貸さなきゃいけねーんだ。」と言ったら,タクシーに乗る寸前に雪駄でみぞおちを蹴られたらしいのですが,帰って寝て次の日同じ服装で普通に会社に行ったら,後輩に「TOSHIさん,おなかに雪駄のあとがついてるよ。」と言われて昨日のことを思い出したということもあります。

 本当,まだまだいろいろありましたね。

 思い出すときりがないのでこれで終わります。

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2006年5月 6日 (土)

測地線(双子のパラドックス)

   一般相対論によると,われわれの宇宙は4次元の擬リーマン多様体(semi-Riemanian-manifold),特にローレンツ多様体(Lorentz manifold)であるらしいです。

 つまり,一般に質量やエネルギーのある付近では"測地線(geodesic)=最短距離=直線"は引力を受けたと同じような具合に湾曲します。

 局所的(local)には等価原理が成り立ちます。

 すなわち,ローレンツ多様体なので各点の近傍は"ミンコフスキー空間(Minkowski space)=特殊相対論の成り立つ空間"となり,最小作用の原理が成り立つ作用は固有時間(proper time)の積分にマイナス符号がついたもので表わされます。

 つまり,測地線に沿う運動では固有時間が最大になります。われわれが普通に重力に逆らうことなく自由落下や静止をしているときに経過する時間が最大になるのです。

 これに逆らう機械的な運動,例えば測地線に逆らう宇宙旅行などをすると彼の固有時間は静止している最大固有時間よりも当然小さくなるので時間は遅れるということになります。

 特に,われわれの時空は「シルヴェスターの慣性律(シルベスターの慣性律)(Sylvester's law of inertia)」によって特殊相対論と同じ計量構造を持つので,平坦なときのミンコフスキー空間と同じく,直線=測地線でつくった三角形の1辺の長さは他の2辺の和より長くなります。

 それ故,"まわり道をするほど時間は少なくて済む"という「双子のパラドックス(twin paradox)」が生まれるのです。

 昔,浦島太郎は,別の星へと亀の形をした宇宙船に乗って星間旅行をして帰ってきたのではないか?,という推測から,この時間の遅れを日本では「ウラシマ効果」ともいいます。

 実際,光速に近いスピードで最短の恒星系へ行って帰っても,その間に地球で数十年から数百年たっていた。というのは当然ある話です。

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前立腺マッサージ

  巣鴨が起源の性感エステで「前立腺マッサージ」というのがあります。

 前立腺というのは男にしかない器官で,よくは知らないけど精子をつくる精巣なんかに関係しているらしいです。

 昔,ウィンクの片割れの相田祥子が,何かの診察にいって事前のアンケートに前立腺という項目があり,"異常ありません"に丸をつけたら,医者に「あなたにはありません。」と言われたというのは有名な笑い話です。

  「前立腺マッサージ」という性感エステの商売は,昔,TV朝日の「トゥナイト」という番組での山本晋也カントクのレポートだったか?で初めて全国的に紹介されたと記憶しています。

 前立腺マッサージをやる女性は,別に巷の性的サービスのような色っぽい服装や裸体で客に接するわけではなく,医者か看護婦(看護師)のように白衣を着ています。

 そして,体にさわらせるわけでもなく,指サックをして「男性=患者」の肛門から指を入れてマッサージするだけなのですが,これでイカされる男どもは,女性がレイプされて感じることがあるとしたら,まるでそれと同じように被征服感にさいなまれる凄い快感を感じるらしいということでした。

 マゾの私としては,1度,体験してみたいところですが,その勇気も金もないし,いまや前立腺もあまり元気ではないのです。

 でも,この番組を見たとき,私などはこれは昔から医者か看護婦が男性患者から精子をとる必要がある場合,なかなか射精しない患者から精子を採取するために使っていた方法であると知っていたし,「昔のトルコ=今のソープランド」のベテランの女性なら誰でも知っていた,ことだと思っていたから,別段驚きはしませんでした。

 私自身はノン気(のんけ)ですが,別にホモではなくてもケツを刺激されたりケツを掘られたりするとアレが立つのは昔からその筋では知られていたし,実際健康な男子ならその通りなのですから,当たり前のことだという認識があったのですが,それを商売にするというのはやはり「巣鴨は進んでいるなあ」と感じたものでした。

 そういえば,アルチュール・ランボーも1870年の世界で唯一のアナキスト革命である「パリ・コミューン」のときに逮捕されて明らかに獄中で「おカマ」を掘られたと思われる詩が「地獄の季節」の中にあったような気がします。

 私には,大昔からある娼婦とか,そういうたぐいの商売についてもタブーはないし,そういう女性に対する差別意識(偏見)もない,と思っています。

 むしろそうした女性は「生き神様である=この世の観音様であり,弁天様である」と思っています。だからといって,女性に対し劣等感の方のコンプレックスはあっても,女性をバカにしているなどというコンプレックスは毛頭ありません。

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2006年5月 5日 (金)

民主主義(稚拙な疑問)

  民主主義というのは,結局,最終的には多数決原理です。

 ということはある事柄についてAを選ぶと有利な人々とBを選ぶと有利な人々がいて,AとBが相反するものである場合,どちらの人間が多いかによって,正当,不当に関係なく結論は下されます。

 それに到る経緯で,少数意見の尊重などがあっても結論は変わりません。

 例えば,ある小学校の40人のクラスで25人が男子,15人が女子だったのですが「便所掃除は女子がやるべきだ」という動議が提出され,男子のほうが多かったので,これは多数決により可決されました。。これって「民主主義」?

 私はといえば,昔から結局は官僚,代議士や企業などの利権の行方で決まる「衆愚政治」よりは,一代限りかもしれないけど「絶対専制哲人政治」のほうがましだという考えがありますね。

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巣鴨地蔵尊

   巣鴨には,有名な「とげぬき地蔵」があります。昨日は四のつく日で,しかも祭日だったので,さぞかしすごいにぎわいであっただろうと思います。

 地蔵通りにある店で飲んで朝帰りするときは,普通はついでに,このお地蔵さん(高岩寺)を遠くから拝んで後に家まで歩いて帰るのですが,今日は本当の?「巣鴨地蔵尊」である江戸六地蔵の一つがある江戸府内33番目の真性寺に行って,そこのお地蔵様を拝んでみました。

    

 これは「とげぬき地蔵」(高岩寺)から,ほんの100mくらいの地蔵通り入り口付近にあって,通りがかりでもよく見えて大仏様のように座っている大きな偶像のお地蔵様なのですが,大抵の"おのぼりさん"は気がつかないようです。    

     

 で,たった50円のお賽銭で何を祈ったのかって? それはもちろん「罪深きこの身をお許しください。」と祈りました,でもその本心はというと「ばくちで大もうけさせてください。」だって「この罰当たりがぁ!!」

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2006年5月 4日 (木)

量子通信(神はサイコロ遊びをなさる「つづき」)

量子コンピュータの話をしたので,ついでに量子通信の可能性について述べておきましょう。

一般に情報の伝達速度は最高でも真空中での"電波=電磁波"の速さでしかない,つまり光速以上の速さでは意味のある物や事は伝わらないというのが現代の常識です。

光速を超える速さの粒子としては,かつてオーストラリアの学生だったか?が,後にタキオン(tachyon)と名付けられた超光速粒子を発見したというニュースがあったらしいです。

 

しかし,それを追検証しようと当時の人々が努力したにも関わらず,結局再び観測することはできず,結局,幻の粒子とされたという経緯があったと聞きます。

タキオンというのは,日本では競馬の馬の名前にもなりましたが,もしそうした粒子が存在すれば,それは虚数質量を持ち,決して止まることはできず必ず光速以上の速度を持っていて,加速しようとエネルギーを与えると逆に減速してしまうという奇妙な粒子(ロバ粒子?)です。

 

それに,虚数質量というのは物理的にはどういう意味なのかもわかっていません。

かつて,日本で唯一?のハードSFの作家であり遅筆で有名な堀晃(ほりあきら)氏の短編小説集で「太陽風交点」とか「恐怖省」とかというのを読みました。

 

その中ではよくタキオン通信というのが描かれていて,担当者はその通信をした代償として記憶喪失になる,というのがありました。

 

実際,タキオンがあると"巨視的因果律=結果は必ず原因よりも後に起こる。"という自然現象の基本原理が破れてしまうので記憶喪失というのはよくできた設定だと思います。

一方,量子通信というのは,別にタキオンを利用するわけではなく(そもそもそんなものは今のところ存在が確認されていません。),量子力学の非局所性(non-locality)を利用するものです。

つまり,量子テレポーテーションという言葉もあるように,量子力学では2つ以上の場所に同時に存在できるわけです。

  

しかし,これは相対論にも反することで先に述べた巨視的因果律にも違反します。

 

かつて,アインシュタイン(A.Einstein)らは「EPRのパラドックス(Einstein-Podolski-Rosen paradox)」という思考実験を提示し,量子論の一般的解釈は相対論(特に因果律)に矛盾するから間違っている,と主張しました。

これについては,記号論理学で成り立つベルの不等式(Bell's inequality)が,"量子論的なブール代数=量子論理"では破れるということがわかっていたのですが,そのことを実際に実験で確かめることで決着が付きました。

 

それは1980年代に実施されたアスペ(Aspect)の実験などの種々の実験の結果でした。この結果,アインシュタインらの主張が斥けられて彼らの敗北という結果になったわけです。

 

やはり,神はサイコロ遊びをなさる。(God does play dice.)というのが正しかったのですね。

量子論では2つの場所に同時に存在できるわけです。

  

粒子といえども完全に粒子ではなくて拡がりのある波(wave)でもあるわけですから,これは決して不思議ではなく,同じ1つの波の一部がそれぞれ確率的に東京と大阪に同時にあっても不思議ではないわけです。

  

極端にいえば,ハイゼンベルク(Heisenberg)の不確定性原理により,"速度の確定した1つの波=平面波"であれば同一の確率で全宇宙のあらゆるところに同時に行き渡っているということになります

量子論の方程式であるシュレーディンガー方程式(Schrödinger equation)は自由粒子の場合には,いわゆる古典的拡散方程式の時間という実数パラメータを純虚数時間に置き換えれば得られるものです。

 

そもそも拡散方程式は,放物型の偏微分方程式であるということもあって,解は波(波動)とはならず,拡散現象は相対論を破る非局所的な解をもたらす方程式です。

 

つまり,拡散は光速よりも速く影響が瞬時に伝わるという定式化になっています。(アメリカ大陸の西海岸で大地震が起きると,タイムラグもなく即座に日本の海岸で津波が起きるというような方程式です。)

この拡散方程式の時間を虚数にして得られるものがシュレーディンガー方程式ですから,その解が非局所的でテレポーテーションが可能なことを示し,巨視的因果律を破るものであるとしても不思議ではないわけです。

  

しかし,虚数を入れたために放物型方程式なのに解は波動になります。

 

シュレーディンガー方程式を特殊相対論と結合したディラック方程式(Dirac equation)においても状況は同じです。

 

ただ解である波動関数,あるいは確率波は直接観測にかかる量ではないので,その意味では因果律を破るとは言えないかもしれません。

相対論を含む現代の量子論では,巨視的因果律は破れても微視的因果律は破れてはいません。

  

後者は"空間的(space-like)に離れた2時空点における物理量の交換関係はゼロである,つまり物理的に無関係である。"というものです。

 

空間的に離れた2時空点というのは,光速信号でつなぐことが不可能な2つの事象(出来事)のことです。

だから,情報伝達が可能であるかどうか?という意味では量子論の非局所性は実用的ではないのではないか?

  

(つまり,たとえ東京と大阪のように離れていても相関(EPR相関)のある情報であっても,それとは別に東京で得た情報を即座に大阪に伝えられる実用的手段がないなら個々独立に情報を得るのと同じで,一方で得た情報を超光速で情報を知らない他方に伝えるという意味はない。)

 

と私は思っていたのですが,量子コンピュータと同じくそうした問題はクリアされる道があるらしいということです。

 

ただ,それについては,私はまだ上に述べてきた認識があるくらいで十分な知識を仕入れているわけではありません。

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公開キー暗号(神はサイコロ遊びをなさる)

 先ほど「パズル・パレス(迷宮)(The Puzzle Palace)」という暗号の解読に関わる小説を読み終えたところです。

 

 これは「ダヴィンチ・コード(The Da Vinci Code)」というベストセラー小説を書いたダン・ブラウン(Dan Brown)の処女作です

 

 確かに両方の著書はよく似ています。この著者は小説の中に自然科学とか数学とかを神秘的なテーマとして含ませるのが特徴のようです。

小説「パズル・パレス(迷宮)」の中では暗号特に公開鍵(キー)暗号の話がよく出てきます。

 

この暗号はアメリカの中央情報局(C.I.A)などが実際に使っているらしく,現状では事実上解読不可能なものですが,もしも後述するような量子コンピュータができたなら解読できるだろうと予測されるものです。

公開キー暗号,特にRSA式公開キー暗号について私が興味を持ったのは,シルヴァーマン(J.H.Silverman)著の「はじめての数論」という整数論の本を,一昨年だったか昨年だったかに読んで,その中に書かれていた内容からそれを知ったのがきっかけでした。

 

この本は,私がスタッフをやっている「ニフティ・物理フォーラム(@nifty Fphys)」の母胎の「ニフティ・サイエンスフォーラム(nifty-serve FSCI)」の数学会議室で長年の間,"議長=世話役"をやっておられ,ホームページに移った後もスタッフとして残っておられる「プークさん=鈴木治郎氏」が翻訳されたものです。

 

RSA式公開キー暗号は,いわゆる合同式に関する方程式を解くことで解読するものです。そこでまず,合同式というのはどういうものか?ということから説明しましょう。

 

a,bを整数の組として,a≡b(mod 7)のように書かれた式を合同式といいます。この記号は,"7を法(modulo)としてaはbと合同である。"と読みます。

 

そして,a≡b(mod 7)は,"aとbをそれぞれ7で割ったとき,それらの余りが全く同じである"ことを意味します。例えば,6≡20(mod 7),6≡-1(mod 7),103≡68(mod 7)...ということになります。

 

言い換えると,a≡b(mod 7)というのは,"aとbの差:(a-b)が7で割り切れるとき,そのときに限ってaとbは合同である。"という意味ですね。法(modulo)は7とは限らず,一般に,8≡41(mod 3),222≡57(mod 11)などと書けます。

RSA式暗号では,"複雑な合同式x131758(mod 1073)を満たす最小の自然数xを求めよ。"というような合同式の方程式を解くことが暗号解読につながります。

 

この合同式の方程式x131758(mod 1073)をどうやって解くのかについては,話が長くなるので省略しますが,要するに1073をすべて素数の積に素因数分解できればこれを解くことができます。

素因数分解というのは,例えば120=2×2×2×3×5というように,左辺の120を全てが素数の積に因数分解することを言います。もちろん,素数(prime number)とは1以外で自分自身と1以外に約数を持たない自然数のことです。

1073の場合は,素因数分解が1073=29×37だということは容易にわかるので,その結果としてx=905と計算できるわけです。つまり,905131 758(mod 1073)という式が成立します。

例えば,xk ≡y (mod m)という合同式において,予めk=79921,m=163276821という値を知っていて,右辺のyとして5つの数のリスト:(145387828,47164891,152020614,27279275,353564912)が暗号として送られてきたとします。

 

これらの最初の数:y=145387828についての方程式79921 ≡145387828 (mod 163276821)の解xを求めるには,mがm=163276821=12553×13007と素因数分解できることがわかる必要があります。

 これがわかっていれば,解読結果として,x=30182523が得られます。

 

 そして5つの暗号数yについて全て解いて,その結果のxの値を2桁毎に分けて順に並べます。先のx=30182523は,30 18 25 23と並べられます。

 

 5つの解xの全てについて並べたものは次のようになります。

     30 18 25 23 26 29 25 24 19 29 19 24 30 28 25 31 12 22 15

ですね。

 

 これらの数に,アルファベット(Alphabet)を対応させて当てはめれば,暗号は解読されます。

 一般に,11=A,12=B,13=C,....36=Zというように2桁の数にアルファベットを対応させるのが普通です。

 

 これを行うと,上記暗号は,

  T H O M P S O N I S I N T R O U B L E

つまり,"Thompson is in trouble."(トンプソンがトラブルにあっている)と解読されるわけです。

  しかし,暗号というのは他人に解かれては困りますが,本人には解けないと困ります。

 

 そこで,暗号を解いて欲しい人だけに,m=163276821については鍵(key:キー)として,"163276821が12553と13007の積に素因数分解できる。"ことを教えておくわけですね。

 

 具体的には,暗号は解くプロセスをコンピュータにプログラムしておき,キーとyのリストを入力すると直ちにxのリストが計算されて文章に変換された解読結果が得られるようにしておくわけです。

 m=163276821の素因数分解程度なら,大した労力もなくできるので,これは暗号としての意味を持ちません。

 

 しかし,mの桁を200桁とか400桁とかにしておくと,現在のコンピュータでは因数分解に何年か何十年かがかかるはずなので,それで解けたとしてももはや暗号としての価値はなくなっていることになります。

 

 そこでキーを持っている人だけに通じる秘密となります。これが公開(キー)暗号の一つRSA暗号の仕組みです。

 

 では,具体的にコンピュータでmの素因数を見つけるというのはどうすればいいのでしょうか? それは,もちろん単純には2から順にmを割っていって1つ1つ割り切れるかどうかを調べればいいのですが。。

 

 でも例えば 613という整数が何かの整数で割り切れるかどうか,を調べるのに2から 612まで600回程度も割り算をする必要はありません。

613は25×25=625よりも小さいので,仮に613が何かの整数で割り切れるとすると,それはまず2つの整数の積に表わせるはずですが,その2つの整数のうち,一方は必ず25以上で他方は25以下です。

 

そこで,2から25までの間の数で割り切れないなら,これの素因数はない,つまり613は素数であるということになります。

 

実際にはこれより効率のいい素因数探しのアルゴリズム(algorithm)もあるとは思いますが,基本的には8桁まで,つまり1億までの数が素数かどうかを調べるとか,その素因数を全て探すとかが目的なら,"せいぜい4桁の試行回数=1万回の割り算"をするだけでいいことになります。

しかし,もしmが200桁ならどうでしょうか。基本的には1から100桁までの全ての数で試行錯誤して割り算をやって余りがでるかどうかを検算する必要があります。

 

これは現在のコンピュータでも莫大な計算量なので,工夫しても何年かはかかるでしょう。というわけで,事実上解けない暗号ということになるわけです。

 

もっともパスワード(password)である"素因数=鍵(キー)そのもの"を盗まれたら意味はないわけですけどね。

ところが,いまの工学(technology)の世界では,現在のコンピュータの計算時間をはるかに縮めることができる"量子コンピュータ"という可能性があります。例の小説の中では既にこれが完成して実用化されていて世界中の暗号が無力化されたことになっています。

 

しかし,実際には,まだ量子コンピュータは,せいぜい数桁の因数分解に成功したというレベル(level)にしか到達してないらしいです。

 

しも,量子コンピュータが完成すれば,それは現在のコンピュータが何年,何十年とかかる計算を,因数分解などの計算の種類によっては数秒,数分で解いてしまうということになります。

 

今の暗号は役に立たないことになり,新しいものを考え出す必要にせまられるでしょう。

 

そもそも,コンピュータといのは,数でいえば全ての数を2進法で表わす,つまり1と 0 だけで表わすことが基本になっています。0 は 0 ,1は1,2は10,3は11,4は100,5は101,6は110,という感じです。

 

このときの1と 0 で表わされた各桁をビット(bit)といいます。また,面倒なので,ビットが8桁集まったものをまとめてバイト(Byte)と呼びます。

これを利用すると,片手の指だけで 0 から 31まで32個の数をカウントすることができます。手を開いた状態が 0 ,親指を折ると1,人差し指を折って親指を元に戻して立てると2,人差し指と親指を折ると3,中指まで使うと7まで数えられます。

 

指が1本増えるごとに折った状態と立てた状態の2通りがあるので数えられる数の個数は2倍に増える,というわけです。片手を握った状態は31ですね。

 

このことから,両手を使うと 0 から1023まで数えられる,ことになります。足の指を折るのは大変ですが,もしも可能なら手足の指は全部で20本あるので 0 から(1024×1024-1)まで,実に100万以上まで数えることができます。

手足の指:20ビットだけでもそこまで数えられるのですが,現在のパソコンの最先端には64ビットのマシンというのもあって,それだと整数だけでも莫大な数(264-1)まで数えられるということがわかります。

 

コンピュータの具体的な計算には,媒体(メディア)としてメモリーとか,時には大容量のディスクなども利用しますが,基本的に一度にバサッと足し算や掛け算などの演算をするものは,32ビットマシンなら2進法で32桁,64ビットマシンなら2進法で64桁くらいのレジスターと呼ばれるものです。

電気回路的には,"通電=(電流が流れている状態)がon=1"で,"(電流が流れていない状態)がoff=0 "であり,これによって電流で数:1,0 を表現することができます。

 

これをうまく組み合わせれば,全ての数を表わすこともできるのです。

 

さらには論理回路といって,いわゆるブール代数の論理を表現する電気回路もコンピュータの中に構成されています。

   

だいたい,"NOT=(否定)"という回路があればほとんどの論理を表現できます。"NOT=(否定)"というのは1がくれば 0 を, 0 がくれば1を返す論理回路です。

 

例えば"YES=(肯定)"なら,"NOT=(否定)"を2つ直列に並べればいいわけです。逆に"YES=(肯定)"だけの回路からはどうしても"NOT=(否定)"をつくることはできません。

ですから,例えばコンピュータの内部で割り算の試行錯誤を行なう場合,1ビットなら 0 の場合と1の場合の2通りを行うのですから最低2回の計算をする必要があるわけです。

 

そして2ビットなら4回,3ビットなら8回というように計算回数はネズミ算的に増加していきます。

 

そこで,単純に考えても200桁の数 ~ 10200なら,10100回,つまり約3300ビット=23300回くらいの計算回数が必要ということになり,コンピュータの能力をもってしても莫大な計算回数となって事実上不可能になるわけです。

ところが,量子コンピュータのアイデアはブール代数の単純な論理では表現できない量子力学に従う論理回路を利用することで,計算のスピードが飛躍的に上昇して,こうした時間的限界を突破できるというものです。

 

かつて,アインシュタイン(A.Einstein)は,"神はサイコロ遊びをなさらない。"とか,"神はサイコロを振らない。"(英語では"God does not play dice.")とか述べたと言われています。

 

これこそは"アインシュタイン生涯最大のあやまち"です。実際は"神はサイコロ遊びをなさる。(God does play dice.)"というのが正しいのです。

  

これについては後で量子通信について述べるときに詳しく説明しますが,"神がサイコロ遊びをする。"というのは量子力学の1つの真髄を示す言葉です。

現在のコンピュータというのは 0 の場合と1の場合で"2通り=2回の計算"が必要なわけですが,これが1回で済めば結局,"何桁=何ビット"であろうと1回の計算で済むわけですから,計算時間は飛躍的に短くなることは自明です。

 

これを実現しようというのが量子コンピュータという概念ですね。

量子論というのは全ての事象(event)は確率的にしか存在できない,つまり"粒子といえども実は存在する確率というものの波=確率波 or 量子(quantum)"でしかない,というものです。

ですから,確実に 0 である,とか確実に1であるとかいう確率として100%の状態ももちろんあるのですが,0 と1が半分ずつの確率で存在しているような中途半端な重ね合わせ状態も存在可能なわけです。

  

したがって,最初から確実に 0 であるとか1であるとかではなく,0 と1の両方の可能性を持つ状態を入力信号として入力すれば,0 に対する結果と1に対する結果が重ね合わされたものとして出力されるはずというのが,量子コンピュータの基本的なアイデアです。

 

つまり,入力信号の 0 である状態と1である状態のそれぞれの確率を示す係数さえ知っていれば,結果もその割合の重ね合わせで出力されるので,その結果, 0 の場合と1の場合の計算結果を並列して同時に得ることが可能になるのです。

  

しかしながら,技術的には,まだ色々な問題点があるので実用化には到っていないらしい,という話です。

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2006年5月 2日 (火)

歯無しの話と竹内古文書

 日頃の不摂生のせいか,とうとう,まだ50代なのに上の前歯1本を残して永久歯が全てなくなってしまいました。

 

 つまり,ほとんどまったく総入れ歯になりました。

 

 平均の総入れ歯年齢より10年程度も若いのではないかと思います。

 

 そういう状態になったのが今年の初めのころで,巣鴨の自宅の近くの恵愛歯科という所で義歯を作ってもらいましたが,このごろやっと慣れてきたところです。

 

 一番安い義歯を注文したのに何故か保険が利かないとのことで,なけなしの大枚をはたいてしまいましたが,代わりに今まで痛くて食べられなかった好物のアタリメ(スルメ)やピーナッツなど硬いものは食べられるようになったのは幸いです。

 

 しかし,肝心のパンやご飯など比較的軟らかいものは,やはりうまく噛めないようで困ったものです。

 

 そもそも私は長年の間テキトーな歯磨きしかしていなかったのですが,動物などは,もちろん恒常的な歯磨きなどしないはずだし,大昔の古代人もそうしたことはしなかったと思いますから,まあ,砂糖を含むものをたくさん食べるようになった現代人の宿命かもしれませんね。

 

 それはさておき,歯の平均寿命というのは,元々せいぜい50年か60年くらいなのかも知れないとも思いました。

  

 昔,織田信長は「人間五十年」と謡ったそうです。

 

 戦国武士であったからそうなのかもしれませんが,そうした冷暖房もない昔のきびしい自然環境の中にいて,しかも現代のような医学や薬学などのなかった時代には人の寿命というのは高々50年程度であった,と言われても不思議ではありません。

 

 現代人の肉体の寿命が元々の歯の寿命を追い越してしまったために,義歯が必要とされるようになったと勝手に解釈することにします。

 

 しかし,昔,私の在籍した大学院の1年先輩で宇宙線が専門であったN氏は修士論文として「人間の寿命と宇宙線の関係」なる冗談のような題目の論文を書いたらしいです。

 

 嘘か本当か私には定かかではないのですが,その論文の中で「もし人間が宇宙線という放射線を全く受けることが無いなら天災や不慮の事故などによる死亡を除けば150年から200年は生きられるはずだ。」というような結論を導いたと聞いています。

 

 宇宙線というのは,宇宙,といっても主に太陽から地球上に隕石のように飛来して降りかかる(素)粒子のことを言うわけです。もちろん光もその一種です。

 

 一部の安定な粒子(電子,陽子,光子など)を除けば,大抵の素粒子は不安定なので普通に考えると,それらの粒子は太陽から地球に届く前に崩壊し消滅してしまうはず,と思われる程の極く短い寿命しか持たないのですが,実際にはちゃんと地球上の我々まで届きます。

 

 これは,相対論的効果によって,素粒子から見ると共に高速で運動している太陽と地球の間の距離がローレンツ収縮してほとんどくっついたような短かさになるためですね。

 

 同じことですが,地球から見ると高速で運動している素粒子自身の時間が遅れるため,地球で十分な時間が経っても素粒子自身にとっては,まだほとんど時間が経っていないことになるためと言ってもいいです。

 

 宇宙線にはπ中間子などのパイ・シャワーもあれば,ニュートリノのように人体には全く無害で地球まで素通りしてしまうものもあります。

 

 素粒子論研究者は巨大な加速器による実験データを必要としますが,加速器がなくても自然に存在する高エネルギーの宇宙線を観測することで,さまざまな有用なデータを得てきました。

 

 神岡鉱山の地下に設置してある「カミオカンデ」などはそうした観測基地のいい例です。

 

 実際には,一見無害な宇宙線に見える紫外線でさえ殺菌,つまり虫を殺すわけですから,人間に害があっても決しておかしくはなく,最近はUVカット(UV=ultra-viole=紫外線)なども推奨されているようです。

 

 また,極地では一日のほとんどが夜であるために酸素分子を分解してオゾンを生成するのに十分な光が少なく,またオゾンから酸素分子という逆反応も起きるのに,フロン濃度が高いため,この正反応が起きにくい状況にあるらしいです。

 

 しかも,南半球は大陸が少ない故,攪拌する気流も小さいという理由で「オゾン層の破壊」が進み,それが集中して「オゾンホール」が拡大している南極の近くのオーストラリア南部などでは,紫外線のせいで"皮膚がん"になる人が急増していると聞いています。

 

 また,放射線の大量被曝による原爆病の症状は急速な老衰に似ているらしい,ということからも,宇宙線被爆による寿命の短縮というのは十分あり得る話だと思います。

 

 旧約聖書の中では,「メトセラ」という名の男性が960歳くらいまで生きたとか書かれています。

 

 そういえば,日本の神話時代の古代天皇にも中には数百歳まで生きたとかいう記述があったと記憶しています。(記憶違いかな?)

 

「武内宿禰(たけうちのすくね)」の子孫を標榜した「竹内巨麿(たけうちきよまろ)」のおこした天津教のバイブルである「神代史=竹内古文書」(一般には偽書とされている)によると,

 

 ノアの洪水というのは地球規模で起こった天変地異であり,それが原因で人間はそれ以前より寿命が十分の一くらいまで縮んで現代に至っているといいます。

  

 つまり,その天変地異によって,電離層だの,ヴァン・アレン帯だの,オゾン層だのがかなり破壊された結果,太陽からの宇宙線が直接降り注ぎ,その放射能のせいで老衰が促進されたというわけです。

 

 実際,メソポタミアの叙事詩である「ギルガメッシュ」にも,また,ホメロスの書いた「オデュッセイア」にも大洪水があったということが記してあるらしいので,

 

 恐らく古代のある時期にノアの洪水のようなものが,全地球規模であって,その記憶がそれらに記されているのかもしれません。

 

 そればかりではなく,古代インドの聖典「リグ・ヴェーダ」の中だったか?叙事詩の「マハーバーラタ」や「ラーマーヤナ」の中だったか?

 

 そこには,古代にも既に核戦争があったとも取れる記述がある,と聞いています。そして,前記の天変地異は,その超古代の核戦争の結果かもしれない,とも言われています。

 

 まあ,核戦争,核爆発といえば,聖書の中の神による「ソドムとゴモラの破壊」にも,それらしいものがありますね。

 

 また,ノアの箱舟といえば,その残骸がトルコ北部のアララト山に残っているという話も聞きます。

 

 イヤ,完全な検証は不可能とはいえ,何でもアリですねえ。。。

 

 まあ,そもそも,旧約聖書も含めて,こうした神話というものは多かれ少なかれ荒唐無稽なものですから頭から信じるわけにはいかないのはもちろんですが。。

 

 もっとも,そうしたオゾン層なりが今よりはるかに厚かったとすれば,ノアの洪水以前の地球は今よりえらく暗くて寒かったことになり,逆の意味で生きていけるかどうかも疑問です。

 

 人間を含む生物が生きていくための全エネルギーは,地熱を除けば全て太陽から注がれる光(放射線)によって得られるものです。(石炭,石油の化石燃料も実は太陽が源です。)

 

 太陽からは良質の(ントロピーの低い)エネルギーを受け取って,それを消費してエントロピーを増大させる,というメカニズムで生物が生きていけるわけです。

 

 太陽無しでは,地球生物は一日たりとも生きてはいけません。

 

 そういう意味では太陽はいわゆる両刃の剣ですね。

 

 「竹内文書」というのも非常に荒唐無稽なもので,山根キクの「光は東方より」という書と同じく,イエス・キリストは,その幼年から少年時代を日本で暮らしたとされています。

 

 その書では,イエスは,少年時には天つ神を祀った皇祖皇大神宮に仕え,青年になってから命を受けてユダヤに渡り,「決して死んではならぬ」という命令を守って,弟のイスキリを身替わりにして日本に帰り,「八戸太郎天空」なる名前で天寿を全うしたとされているそうです。

 

 そして,青森県は戸来村(へらいむら)(=現在の新郷村)の十和利山(とわりさん)付近の十来塚(とらいづか)がキリストの墓であるとか,その弟の墓である(死体はエルサレムで耳だけ祀られている)とかが,書かれているそうです。

 

 さらには,モーゼ,マホメットや釈迦(ブッダ)など,昔の有名人はみんな日本で修行したと書かれているそうですから,ここまでくると,ちょっとアキれてしまいますね。

 

 まあ,ユダヤ教やイスラム教では,イエスは「キリスト=メシア=神の子」ではなく,

 

 マホメットなどと同じく単なる預言者(=神の言葉を預かる者という意味でノストラダムスや,ネブカドネザル王に仕えたダニエルなどの"予言者=超能力者"とは異なる)の一人に過ぎないとされています。

 

「イエスは神の子ではなく普通の人間である」とされた方が,私には現実的ではありますが。。

 

 ただ,川守田何某かの研究によると,青森のその近辺には「ナニャドラョ」などというヘブライ語らしい歌詞の民謡があるというし,赤ん坊の頭に赤い十字の印をつけるという風習もあるらしいともいうし何かしら不思議ですね。

 

 もっとも,日本と「ヘブライ=ユダヤ」との関係というと,伊勢神宮の紋章であるカゴメの印がユダヤの紋章:"ダビデの星"にそっくりなのは有名です。

 

 また,「小谷部全一郎」氏らのいわゆる「日本シュメール学派」によるものだったか?ちょっと忘れましたが,

 

 日本人はユダヤ十二支族のうちの失われた十支族のいわゆる"ミッシングリンク"(ハム族(ホモ族)に対するセム族)に属するものである,という説があり,これは国学者「津田左右吉氏」らによって痛烈に批判されたという歴史もあったと聞きます。(日本・ユダヤ同根説)

 

 皇祖皇大神宮という大層な名前もそうですが,日本は神の国であり,世界の中心であるという強烈な鼻持ちならないナショナリズムが芬芬なのは,大八州(おおやしま?)と小八州という考えです。

 

 これは日本という国は,"世界=地球=大八州"の縮図であり,小八州である,というものです。

 

 つまり,九州がアフリカ,四国がオセアニア,本州がアジアとヨーロッパのユーラシア,樺太と北海道がナ南北アメリカというように,日本の各地方は世界の大陸の縮図となるようにできていて,これこそが日本が"世界の中心"である証拠である,というわけです。

 

 言われてみれば,そうも見えてくるから不思議ですが,全く呆れてしまいますね。これは大東亜共栄圏の思想にも通じる話ですね。

 

 まあ,こうした選民思想は,戦前のナチスやワスプ,そしてユダヤにもあったわけで,

 

 今では"God bless America(神はアメリカを賛美する)"という歌の歌詞に象徴されるごとく"世界の警察"たらんとする傲慢な大国:アメリカ合衆国に受け継がれているようです。

 

 まだまだ「竹内文書」には,色々書かれているようで,古代地図には「ミヨイ」と「タミアラ」という大陸があって,これらが,それぞれ「ムー」と「アトランティス」に対応しているといいます。

 

 また,古代天皇は天鳥船(あめのとりふね)に乗って,世界を空から巡幸してまわったともいわれています。

 

 まあ,海外でも,ピラミッドやストーンヘンジの設計で,黄金分割やファイ螺旋が使われていて,いわゆる「フィボナッチ数列」が何らかの形で関与しているのも不思議なことです。

 

 荒唐無稽というと,先に述べた「ギルガメッシュ」などの神話もそうですが,新約聖書の中でも謎に満ちたヨハネの「黙示録」があるし,ダンテの「神曲」とか,新しい方では,スウェーデンボルグの臨死体験やデニケンの「神=宇宙人説」などの様々な諸説など色々ありますね。

 

 その他,日本でも韓国のハングル(諺文)に似た,超古代の文字である「神代文字」が存在していた,という話があります。

 

 また,秦(はた)という姓の日本人は,秦の始皇帝の命を受けて東海にある蓬莱山へと,不老不死の妙薬を求めて旅立ち熊野に漂着した徐福(じょふく)の一族の末裔であるという話もあります。

 

 あるいは,京都の太秦(うずまさ)とはローマのことで,日本語では理解できない,"うずまさ"という読み方をするとか,山車を"ダシ"と読むのはインド付近のシルクロードの言葉だ,とかまだ色々あります。

 

 近代に近いほうでは,「義経はジンギスカンである。」という話もありますね。

 

 これも「小谷部全一郎」が始まりらしいですが,義経がジンギスカンと同一人物であるというのはともかく,義経が影武者を犠牲にして弁慶と共に蝦夷方面へ落ちのびた,というのは有りそうな話だと思います。

 

 鞍馬寺の義経祭は,歴史的な義経の誕生日や命日ではなく,ジンギスカンの命日である八月十五日に行われるらしいのも不思議です。

 

 高木彬光氏の小説「成吉思汗の秘密」によると,義経の死後,白拍子の静御前が「しずやしず・・中略・・・昔を今になすよしもがな」と歌ったことへの返歌として,

 

 実際はまだ生きていた義経が「成吉思汗(なすよしもがな)=ジンギスカン」という名前で返したのではないか?という落ちになっているのは,とても興味深いです。

 

 なお,記事本文での「竹内文書」など"超古代"に関するモノの出典は,昔,正会社員の時代に読みふけった佐治芳彦氏著の多くの啓蒙書による記憶に頼るところが,ほとんどです。

 

 もちろん,これらを丸呑みに信じているわけではありませんが,自然科学と違って,歴史,特に古代史では"トンデモ学説?"と呼ばれているものをも完全に否定することはできません。

 

 これらを実験で確かめる方法としては,それこそ,タイムマシンに乗ることくらいしかありませんから。。。

 

 まだまだ,例えば「ナスカの地上絵」などは気球から見ることなら古代でも可能ですが,古代にはるか上空からしか見てもわからないような絵を描いたのは何故か?ということを含め,色々と私には不思議でたまらないことは尽きません。

 

 しかし,私自身が思想的には正反対であるのにも関わらず,それを抜きにして好奇心を持つと夢中になってしまうのは今も昔も変わらない困った性分ですねえ。。

 

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2006年5月 1日 (月)

靖国問題(つづき)

 以前,首相の靖国神社参拝問題と信仰の自由との関連について述べましたが今日はそのつづきを述べます。(3/20の記事「 靖国問題」参照)

 首相自身は「個人が何を信仰して何を拝もうと信教の自由である。日本のために亡くなった英霊を拝んでいるのだから,韓国や中国などにそれを批判されても見当違いである云々」なる意趣の発言をなされています。

 これについては公人たる首相が信仰の自由を盾に「オウム真理教だろうと何だろうと,これを拝むのは勝手だ。」というのはいかがなものか,という話をしました。

 しかし,振り返ってみると,これは首相の一種のポーズかもしれないし,または「お姉さん」や秘書官によって引き起こされた作為の発言かもしません。

 裏には選挙公約であるとか,参拝したほうが政治的に有利であるとかの意図があって,信仰の自由である,とかの取って付けたような稚拙で誰でも簡単に反迫できるような言辞を弄するのは,実は腹に一物あってのことかもしれません。

 国の主権とか,内政干渉だとかの理由については,わが国は過去に軍隊による侵略という大きな内政干渉を起こした国ですから,その被害国による干渉に限ってはわが国が批判するには値しないと思います。

 まあ,中国国内での反日運動については,それはかの国の1つの戦略という面もあるでしょう。

 また,日本は過去の侵略の清算などもあってODAなどで多大な経済援助をしていますが,それらは中国共産党の幹部を含む一部の富裕層のみが独占していて,過激な反日デモをしている庶民たちは日本の援助の事実さえ知らないらしい。ですからある意味では仕方のないことかもしれません。

 韓国との竹島問題についても,たかが小さな島の一つや二つと思っても実は国土の二百海里以内とかいう領海における漁業権という利権の話がメインであろうと思われますから,かなり大きな問題なのは事実です。

 しかし,日本の庶民よりも韓国の人々のほうがはるかに過熱しているように思えるのは,かの国が日本よりも「愛国心=ナショナリズム」の意識が高く,またそれを扇動する国のフィクサーたちの「政治的意図」も働いているのでしょう。

  とにかく,日本だけではなく各国の政治的思惑がからんでいるらしいので,単純に信仰の自由とかの道義的問題だけではないのは確かだと思います。

  しかし,国の主権とか利権とかで争うのはいいかげんにしたらどうだろうかと私は思います。

 例えば,竹島問題では両国で仲良く漁獲量の上限を決めるとかして妥協することも必要でしょう。中国との尖閣列島の油田の問題にしても同様です。

 とにかく全ての地域で宗教や人種などの問題で反目しあっていた人々によるそれぞれの民族の独立が終わったあかつきには,次には国境のない地球という理想に向かって欲しいです。

 これを達成するために,永続的な社会革命によってしか得られないとも言われている全人類個々の意識革命による人間性の変革を完成させる必要があるでしょう。

 「存在が意識を規定する」のですから,他者と社会的に関わること無しには自己の変革は有り得ないわけだし,逆に社会が変わるためにはすべての各個人の変革をもってするしか道はないと考えるわけです。

   

   ↑ 靖国神社(Wikiより)

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