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2006年5月17日 (水)

低煙源拡散モデル(JEA式)

 与太話が続いているので,ここらで少しアカデミック(Academic)な話をします。

 アカデミックといえば以前,会社でNHC(練馬変態倶楽部)を創設した私より年齢が1つ上のフィクサーのような人がいまして,私のことを「チミはアカデミックというよりは垢デミック(垢だらけ)だね」と評されました。

 確かに当時は学生時代の延長で,私は会社で2番目に不潔だと言われていましたから身に覚えがあることです。

 彼と私は共にシュールレアリストを標榜していまして,彼は「シュールレアリストは結婚しない。」というのが口癖でした。私が40歳で退職した翌年に高血圧なのに毎日,飲酒し,しかも過労であったということが原因か,北区のアパートで亡くなっているのが尋ねた人によって発見されました。

 彼(シイタケマン)こそ本当の破滅型人間でしたね。

   本題に入ります。

 以前,4月中旬にS社での「会社員新人時代の思い出」という内容で記事を書きましたが,当時,配属されてすぐの仕事はコンピュータを使うことではなくて,後に環境庁(現在は環境省)の窒素酸化物総量規制マニュアルでJEA式(日本環境庁式)という名称で掲載されることになった自動車からのNOxの解析的拡散式を開発することでした。

 この拡散式は,通常のガウス型拡散式にパスキル・ギフォード(Pasquill-Gifford)流のシアーを持たせたものとは異なり,水平風速と拡散係数が地面からの鉛直高さzのベキ乗に比例すると仮定した,より現実に近いパラメータに従う移流拡散方程式の定常解を基準にした模型(モデル)です。

 まず,こうした定常解をコンピュータの数値計算に頼るのではなく,頭でつまり紙とペンで解析的に解くというのが配属されて最初の仕事内容でした。

 自動車という線煙源が高架ではなく,高さゼロの道路上にあってy軸に沿って無限大の長さを持っており,それに直角に風が吹く場合については,線煙源からの距離xと高さ:zの関数としてロバーツ(Roberts)の式という解があることは既にわかっていました。

 そして,私の使命は,まずは直角風ではなく無風(calm)のときと無限線煙源に平行な風(平行風)が吹く場合の解を求めることでした。

 特に高架道路のように,必ずしも線煙源の高さがゼロでなくて,有効高さHeをを持つとして,一般化して解きました。結果的に,直角風の場合のロバーツの式も有効高さHeがゼロでない場合に拡張することに成功しました。

 まずは,境界条件に合う無風時の解を求めることに挑戦しました。

 原理的には点煙源に対する3次元の解がわかれば,それを線煙源のあるy軸に沿って積分することで線煙源に対する2次元の解が得られます。

 そこで,まず3次元の無風の場合の偏微分方程式を解くことから始めました。そのため,解を点煙源からの距離 r と高さ z について変数分離しました。

 結局,変数分離で得られるそれぞれの常微分方程式の解は r については 0 次の第2種変形ベッセル関数(modified Bessel's functio)になり,z についても第1種変形ベッセル関数になることがわかりました。

 そこで,後は発生源条件に合うようにベッセル展開をする,つまり展開係数を求めれば解は得られるわけです。

 実を言うと,ここから最終解に到達するのに,岩波の「数学公式集」と2ヶ月以上にらめっこして,やっと運良く境界条件,発生源条件に合致する解を発見することができました。

 ここからは,点煙源の位置;yで-∞から+∞まで積分すればいいわけですが結果は超幾何関数になります。しかし,特に有効高さHeがゼロのときには初等関数に帰着することがわかりました。

 そして,2次元無限線煙源の場合には平行風に対する方程式も無風時のときの方程式と同一なので,平行風の解は無風時と同じということで,これは即座に解決しました。

 しかし,風がゼロではなく有風時には,実はzのベキ乗に特殊な条件がある場合について,既に3次元の解(Yeh-Huangの解)が存在している,ことが後にわかり,直角風も平行風も共に単にこの既存の解を煙源に沿って積分することで2次元の解が求まることがわかりました。

 これを積分した結果から,直角風の場合の解はHeがゼロのときはロバーツの式に一致し,Heがゼロでないときには第1種変形ベッセル関数になることもわかりました。

  こうして無限線源の解は全て求まりましたが,現実の道路は曲がりくねっており,ある軸に沿って無限の長さで一直線に伸びているわけではありません。

 しかし,これら2次元の解を求める過程において3次元解が既知となったので,有限長さの場合の解は,yについて-∞から+∞でなく有限区間で積分すれば得られるはずです。

 幸いにして,直角風のときはyの有限区間で積分しても単に無限線煙源の解にガウスの誤差関数がかかるだけという結果となり,平行風の場合も不完全γ関数がかかるだけ,無風の場合も逆正接関数がかかるだけの式で近似できることがわかりました。

 平行風の場合の不完全γ関数をガウス誤差関数で近似することにし,これで所期の定常拡散方程式の解,または近似解の形は全て初等関数やそれに順ずる解析的関数という形で得られました。

 実際には風が線煙源に直角や平行でなく一般の風向であっても,3次元の点煙源解がわかっているので,積分により解を求めることは可能で,計算してみると風向角θを含む第2種変形ベッセル関数となって解は求まります。

 しかし,実際に法律として運用するモデルとしては煩雑なので,有風時(風速1m/s以上)については直角風解と平行風解のみで対応することにしました。

 また,3次元の定常拡散方程式はx,y,zのうちを yによる微分項を時間 t によるそれに置き換え,その拡散係数であったzのベキ乗を z のゼロ乗,つまり定数に取ることで,x.,zの2次元の非定常方程式になるので,元の3次元定常解が2次元の非定常解として得られるわけです。

 これらは任意風向の場合の解と同じく,敢えて発表しませんでした。

 そして風向と線煙源との鋭角θが40度を境として直角風であるか,平行風であるかを判定することにして,両者の式のどちらかを適用することにしました。

 また,ベッセル関数の計算の煩雑さを避けて高さHeがゼロのときの適用に限ることにして,このモデル式を以ってJEA式 としました。

 実際のパラメータ類を決める作業は,大阪府が府内の地形環境が異なる各地で各種の気象条件下において,約200mのパイプの多くの排出口からトレーサーガス(SF6:6フッ化イオウ)を撒いて,それを採取する実験で得た種々の濃度データを利用しました。

 当時の大型コンピュータによって,地形環境,および気象条件ごとにトレーサーガス濃度観測の実測値と先のJEA式による計算値との差の二乗和が最小となるように,多次元ニュートン法による非線形最小二乗法でJEA式の幾つかの未知パラメータの最適値を計算で決めました。

 そして,各地形環境ごとに,得られた式パラメータと気象条件をグラフにプロットし比較して,地形ごとに気象とパラメータの関係を求めることで最終的なモデルが完成したわけです。

  なお,後に六本木や西新宿での高架道路のデータをもとにHeがゼロでない場合の変形ベッセル関数を含むJEA式を修正して「東京都修正モデル」を作ったという記憶もあります。

 実は,当時の資料は今はどこにあるか見つけられなかったのですが,中国から日本の環境アセスメントを知るための研修にきた中国人の役人と大学(専門学校?)の先生の2人に会社の会議室で説明したときに作った英文の資料が見つかったので当時の記憶がかなり鮮明によみがえったわけです。

  うーん,でもこれは企業秘密の部類の一部で一種の自慢話になるかなあ,まあ,もう時効だろうし,ブログだから備忘録として残すのもいいかな。。。

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