宇宙の果て
数学の用語で「コホモロジー(cohomology)」というのがあります。
これは,微分形式の言葉では「完全形式は閉形式である。」,つまり,「微分形式の外微分はゼロである。」という「ポアンカレの補題(Poincare’s Lemma)」を意味します。
実際には,「可縮な領域では閉形式は完全形式である。」というこれの逆命題(これも「ポアンカレの補題」です。)の方が,物理学でなじみが深い命題でしょう。
これは,「エントロピーの存在」や「保存力場である,または"渦無し=非回転的:回転(rot) or 循環がゼロ"なら,スカラーポテンシャルが存在する。」とか,「湧き出しや吸い込みが無い,または発散(div)がゼロなら,ベクトルポテンシャルが存在する。」というベクトル解析で重要な命題と同等です。
これと「ストークス(Stokes)の定理」を組み合わせると,微分形式の法則を積分形式に置き換えることもできます。
このコホモロジーを局所的構造とすると,これと双対(そうつい:dual)な概念として大域的な「ホモロジー(homology)」という構造があります。
すなわち,コホモロジーでの「微分形式ωの外微分dωはゼロである。」というポアンカレの補題に双対なホモロジーの命題は「閉領域の境界の境界は空集合である。」,or 「閉領域の境界には境界がない。」というトポロジーの命題です。
(ただし,トポロジー(toplogy)というのはオイラー(Euler)の一筆書きの法則に始まる位相幾何学のことです。)
例えば,三角形の境界であるつながった3辺には境界となる点はありません。
また,地球のような閉じた球の境界である球の表面には,もちろん境界はありませんね。
同様に,「4次元擬リーマン多様体(semi-Riemannian manifold)(特にローレンツ多様体(Lorentz manifold))」である宇宙という時空多様体の境界はある3次元超曲面ですが,これにも境界がないだろうと類推されます。
これらのことから,風船の表面には境界がないという意味で,宇宙空間という3次元空間は有限だが境界はない,というような説明がよくなされます。
しかし,"宇宙には果てがない" or "境界がない"ということは,こういう描像を思い浮かべることで説明が可能なのでしょうか?
4次元時空多様体の時刻 t を固定した3次元超曲面を考えると,これは例えば時空が正定値計量のリーマン多様体,特に4次元球なら,その4番目の座標を固定した"3次元球=普通の球"には,明らかに2次元球面という境界があります。
これは,xyz3次元空間の球: x2+y2+z2=R2でzをz=a(≦R)と固定すると,円: x2+y2=r2 (r≡(R2-a2)になるという描像で次元を1つだけ上げただけです。
"円=1次元球面"にももちろん円周という境界があります。
では,ローレンツ多様体なので計量が正定値ではない,ということに論及する必要があるのでしょうか?
一方, そうした描像とは別に謂わゆる「宇宙原理」を採用して,空間の一様性,等方性を要求し,共動座標系を用いて空間に共通な宇宙時間 t を導入すると,「ロバートソン・ウォーカーの計量(Robertson-Waker metric)」が得られます。
「宇宙原理」というのは,そもそも,「宇宙はどの点から見ても同じように見える。」という原理ですが,これを採用することは,既に「宇宙には"端=境界"がない。」ことを最初から認めたことになるとも考えられます。
「ロバートソン・ウォーカーの計量」とは,ds2=c2dt2-a(t)2{dr2/(1-kr2)+r2(dθ2+sin2θdφ2)}で与えられる計量です。
ここでa(t)は膨張因子とか空間の径という長さの次元を持つ量で,他方rの方は座標を示す無次元のパラメータです。
さらに宇宙の空間曲率が,正,負,ゼロに応じて,それぞれ,パラメータkを,k=1,0,-1とします。
これを見ると,例えばk=0 のときのdt=0 (t=一定)の3次元空間は,正にユークリッド空間になることが自明です。
しかも,kやa(t)の値とは無関係にrは 0 から∞ までの任意の値を取ることが許されているし,正の数rが決まれば,どこが中心でどこが端ということもないですから,境界とか端がないという意味はわかる気がします。
この計量を「アインシュタイン(Einstein)の重力場の方程式」に代入すると,a(t)が従う2つの独立な常微分方程式が得られます。
これらに,さらに状態方程式を追加し,宇宙項をゼロと仮定します。
すると,d2a/dt2<0 が得られますから,da/dtは単調に減少していて,a=a(t)のa-t曲線は上に凸です。
これに,現在の時刻の観測では宇宙空間は膨張している,つまりda/dt> 0 なることを考慮すると,時間を過去に遡ると必ずa=0 となる瞬間があることになるため,この時刻をt=0 とします。
そして,これより以前には宇宙は存在しないと仮定します。
このとき,"ハブル定数(Hubble's constant)=膨張係数"を,H≡(da/dt)/aで定義します。
現在の時刻をt0 とし,現在のハブル定数をH0=(da/dt)0/a(t0)とすれば,t0<1/H0となります。
これはt=0 でa=0 の上に凸なa-t曲線を書けば,図から明らかなのですが,敢えて計算に頼ります。
すなわち,t=0 から現在までの時刻:0≦t<t0では常にda/dt>(da/dt)0=H0a(t0)ですから,a(t0)=∫0t0(da/dt)dt>∫0t0(da/dt)0dtです。
そこでa(t0)>∫0t0H0a(t0)dt=H0a(t0)t0ですから,t0<1/H0となることがわかります。
また,k=0 または-1のときは永久に膨張を続け,k=1のときは圧力Pが正である限りいつかは収縮に転じます。
これら宇宙原理や重力場の方程式が正しいとして,現在の観測での曲率がゼロに近いということが正しいなら,宇宙は平坦であり,k=0 のユークリッド空間となって永久に膨張を続けることになります。
私の宇宙や星に関する他の疑問の1つは,ブラックホールの形成に要する重力崩壊の局所座標時間が無限大であることと,ブラックホールが存在していることが矛盾してるのではないか?ということかな?
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コメント
世間で存在すると言われてるのは「外から見てブラックホール」だから、本物かどうかなんて問題にしてないんじゃありません?
そもそも、そのブラックホールに落ち込む観測者にとっても、地平線に達したとたんに蒸発してしまうんだから、本物かどうか分からないし、最初にブラックホールを作るために集まった質量にとってもそうなんだろうから・・・
投稿: hirota | 2008年2月 6日 (水) 11時55分
こんにちは。。。耕士さん、TOSHIです。
>ブラックホール(ブラックホールになりつつある星ではなく)は本当に存在しているのでしょうか?
それが、僕にもわかりません。存在するとちまたでは言われているみたいなので。。。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2006年5月28日 (日) 22時27分
> 「ブラックホール」の形成に要する「重力崩壊」の局所座標時間が無限大であるということ、と「ブラックホールが存在している」ことが矛盾しているのではないか?
ブラックホール(ブラックホールになりつつある星ではなく)は本当に存在しているのでしょうか?
投稿: 耕士 | 2006年5月28日 (日) 22時13分