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2006年5月11日 (木)

波動関数の位相と電磁場

 唐突ですが,物理学で現在も関心を持っている話の一つについて書いてみます。ちょっと古臭い話題ですが,量子電磁力学(QED)の話です。

 電磁場Aμがあって相互作用が極小相互作用結合(minimal coupling) (i∂μ-eAμ)で与えられる場合の波動関数をψ(x)とします。

 このとき,ψ(x)=exp(-ie∫xμ(y)dyμ)Φ(x)と書けば,電磁場Aμ(x)というのはこれがない自由場のときの波動関数Φ(x)の位相因子部分だけに作用するものであると考えることができます。

 これは確か波動関数の1価性の要請により閉路における線積分での位相変化が2πの整数倍になる必要があることから,Diracのモノポール(磁気単極子:magnetic monopole)に基づく電荷の量子化にも関連していたと記憶しています。

 また,これはカイラル・ワード高橋恒等式(Ward-Takahashi identity)におけるS.L.Adler,R.Jackewらの示した量子異常項を摂動論によらず導くためにHagenやReissらが示唆した形式でもあります。

 量子異常(quantum anomaly)は私の学生時代のメインの研究テーマだったので,これはずいぶん昔に見たなつかしい形式なのですが,最近,量子論に おける位相に興味があって少し見直してみました。

 量子論での波動関数というのは位相は任意であって,むしろ射線(ray)という概念のみが重要であり,状態ベクトルを波動関数で表わすというのは位相を無視した一種の"同値類=射線"という意味,つまり確率としての意味だけを考えればよい。

 つまり,個々の位相には大した意味がない,という考え方の方がかつての主流だったと思います。

 しかし,Aharonov-Bohm効果の存在などが検証されたことなどもあり,位相のような一見観測不可能と思われる量をも無視できないという認識が生まれ,波動関数の位相も実は極めて重要な量であるということが私の学生時代前後の頃には見直されてきていたという経緯があります。

 Hagenの論文における先に挙げた形式では,一般に電磁場Aμの"4次元回転(rotation):rotAμ=Fμν"はゼロではなく丁度,電場や磁場という場の強さに相当するために,Aμの線積分がその経路に依存して一意的には決まらないことが指摘されています。

 このことは,Aμの閉路にわたる線積分がゼロにならないことを意味しますが,これはStokesの定理により線積分が閉路の囲む面積上でのの面積分に一致することからいえることです。

 そこで,閉じた経路を無限小の点に収縮させた極限を考えると,その結果として,双局所カイラルカレント(bilocal chilal current)の"短距離特異性=局所発散性"とこの位相因子の長さの無限小の経路の寄与が積として相殺します。

 そこで,結局はゼロでも無限大でもないある有限なAdler-Jackewアノマリー項が異常項として出現するという帰結が導かれるものです。

 これは当時としてはなかなか興味深い話でありました。

 そして,勝手なスカラー関数Λの勾配∂μΛをAμに加えても勾配の回転はゼロ:rot(grad)=0 なので,その寄与は経路によらず単純な共通位相にしかならないという意味でゲージ不変性(gauge invariance)が満たされるのも,この形式の優れたところであるかな,と改めて思いました。

 そもそもカイラルカレントのような同一点での場の双一次形式は超関数となって一般には定義できない,というのもこの形式が考えられた動機の1つです。

 具体的なカイラルカレントはεだけ離れた双局所カレントで,(x|ε)≡ψ(x-ε/2)+γ0γ5γμψ(x+ε/2)と表わされます。

 こうしたカレントは純粋なQEDでは出現しないのですが,光子が電荷を持つハドロン(hadron)やレプトン(lepton)と相互作用する際の中間過程として,強い相互作用や弱い相互作用と関連して現われるものです。

 そして,位相因子部分の積分x-ε/2x+ε/2μdyμε→ 0 の極限ではεの1次のオーダーの無限小になるのに対し,超関数としての双局所的形式:Φ(x-ε/2)+γ0γ5γμΦ(x+ε/2)は 1/εのオーダーで無限大に発散するので,位相因子と掛け合わせた結果が有限なアノマリー項となります。

 QEDの摂動論では通常はFurryの定理によって奇数次の摂動項の寄与は常にゼロとなるのですが,素朴なQEDでは現れないγ5の存在のために,3次の摂動=三角形グラフ(triangle diagram)"からもゼロでない寄与があり,それから1/εのオーダーの発散が生じるわけです。

 すなわち,ε→ 0 ではexp (-i ex-ε/2x+ε/2μ(y)dyμ)~ 1-iex-ε/2x+ε/2μ(y)dyμ=1+O(ε)であり,Cが閉路ならStokesの定理によってCμ(y)dyμSμν(y)dSμνとなります。

(ただしSはCによって囲まれる曲面です。)

そして,Fμν≡∂μν-∂νμμの4次元回転であり,電磁場Aμの強さ,つまり電場と磁場ですから,これはもちろんSで恒等的にゼロではありません。

 

よって,一般にxμ(y)dyμはxの1価関数ではないということができます。

 

一方,Φ(x-ε/2)+γ0γ5γμΦ(x+ε/2)~O(1/ε)ですから,これとexp(-iex-ε/2x+ε/2μ(y)dyμ) ~ 1+O(ε)との積を作ると,1との積は ∞ なのですが,O(ε)との積は有限になります。

 

そこで,適当な正則化によるくりこみの手法で1との積からの寄与である∞ の発散を除去したときに残る有意な計算値に加えて,ある有限な補正項として量子異常項が得られるわけです。

 

ワード・高橋恒等式:μ=2imj5+{α/(4π)}εξστρξστρ=2imj5+(2α/π)において,右辺最後の項は純粋な理論的意味では存在しない項で摂動計算でのみ現われる量子異常項です。

 

この項が存在するために,質量mがゼロである場合でもカイラル・カレントjが保存しません。

 

いいかえると,カイラル対称性が正確には成り立ちません。

 

そして,カイラル不変性が自発的に破れた結果としてのゼロ質量の南部・Goldstoneボソンの1つであると考えられている擬スカラー粒子の"中性パイ中間子=π0"については,

 

理論的に正しい異常項のない恒等式:μ=2imj5からは,質量mがゼロという近似で,その崩壊確率は厳密にゼロになります。

 

mがゼロでなく有限としても実験結果より過小な寄与しかしません。

 

しかし,実際の摂動計算では"輻射補正=くりこみ"の結果として,上に述べたような理由から,右辺に量子異常項(2α/π)が出現し,これによりmがゼロでもゼロでない有限な崩壊確率が得られます。

 

そして,これがπ0の崩壊における支配的な反応であるπ0 → 2γの崩壊確率の実験結果を正しく再現していることがわかります。

 

こうした量子異常(アノマリー)の存在の真の原因は,"γ5の存在=カイラリティ(chirality)"のせいで,”ゲージ場を共変的にくりこむことが不可能である”ということの内にあることがわかったのは,それからまもなくのことでした。

 

参考文献:Stephan.L.Adler "Perturbation Theory Anomalies" in Lectures on Elementary Particles and Quantum Field Theory,1970-Brandeis University Summer Institute in Theoretical physics Vol.1,C.R.Hagen,Phys.Rev.,Vol.188,p2416(1969)etc.

 

http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー)

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