ブラウン運動とフラクタル次元
風邪が峠を越して快癒に向かっています。ですがあまり食べていないので気力と体力は少し萎えています。
今日はブラウン運動と確率微分などについて少しの知見を書いてみようと思います。
そもそもこういう話を最初に紹介してくれたのは,予備校MアカデミーのS田先生です。彼はもともと宇宙航空関係の仕事をしていたらしいのですが本当の専門はやはり私と同じく素粒子論です。
ただし,私より様々な自然科学分野の興味が広いらしいので教えてもらったことも多いです。
ただ,自然科学以外に興味を持たないのが彼の若干の欠点かもしれません。それでよく子供ができたものだと思います。(大きなお世話か?)
彼の紹介してくれた話は,自然科学におけるブラウン運動は確率過程の一種であり,マルチンゲールと関わる株価変動の過程と非常に類似しているという内容のことです。
確率微分方程式つまり,通常の微分ではなくて確定値をもたない確率変数による微分で積分を定義する伊藤積分を使用することにより,例えば確率分布を対数正規分布と仮定して株価を予測するブラック・ショールズ方程式(Black-Scholes)などを構成できるというものです。
マルチンゲール(Martingale)というのは現在の時点で将来の期待値を予測計算すると,それは現在の値に等しいという性質のことで,何のことはない,将来を予測しても平均すると今と同じにしかならないということです。
(ゼロ・サム(zero-sum)という意味でしょう。)
マルチンゲールは,上に述べたように株価変動のような確率過程(stochastic process)は時間が経過していっても,結局,基本的には何も儲かることはない,というのが原点の話のようです。
何か,株価を左右する作用因となるモデルを挿入しない限り,株価を予想することはできない,ということになる当たり前の話です。
ブラック・ショールズのモデル式も理論的には「ノーベル経済学賞」をもらったほどの優秀な理論ですが,実用的意味で株価予測モデルとして使えるかどうかは,疑問です。
実は,私も以前,保江邦夫氏の書いたブルーバックスを参照して,ブラック・ショールズモデルによる株価予測プログラムをエクセル(MS-Excel)で作ったことがあります。
しかし,そのときの作用因は「月齢」というまったく非科学的で根拠のないものです。まあ,お遊びですから,月の満ち欠け次第で,株価が上がったり下がったりするというようなプログラムを作ってみただけです。
一方,ブラウン運動の経路というのは,いたるところ微分不可能であるようなジグザグ曲線で,有限な領域を運動しているにも関わらず,その経路の長さは無限大になります。
しかし,実は当然のことでブラウン運動の経路は曲線であるにも関わらず,ハウスドルフ次元(Hausdorff dimension)が1次元ではなくて2次元なのです。
つまり,ブラウン運動の描くのは,見た目では曲線であるものの,ある意味で面を塗り潰しているようなものです。
それは面積としてはいくら小さくても,その面積を全部,線の長さに変えてしまうと,長さとしては無限大になるというわけです。
有名なところでは,ペアノ曲線(Peano Curve)というのがあります。これは平面や立体などを全部,曲線で覆うことができるというもので,ペアノの発見した驚くべき話です。
一般に,トポロジー(topology:位相幾何学)の見方では,次元というのは写像に関しての不変量です。つまり,「集合をある連続写像で別の集合に写したときには,元の集合と写された集合の次元は全く同じでなければならない,のが当然である。」というわけです。
したがって,トポロジー的(位相的)には「1次元の写像である曲線で2次元の面を覆う。」などというのは,"トンデモない話"であるわけです。
このトポロジーでの,われわれが通常用いている空間3次元,平面2次元などの次元のことは位相次元といいます。
では,なぜペアノ曲線などが有り得るのか?というと,それは次のような理由になります。
トポロジーによると,2つの集合AとBの間に「連続写像で,かつその逆写像も存在して連続である。」という同相写像の存在条件が満たされていることがAとBが同相(homeomorhic:位相同型)であるための必要十分条件です。
そして,先の命題は,「同相な多様体(空間,集合)では,その次元も同じである。」ということを述べているに過ぎないわけです。
したがって,花粉の運動から発見されたブラウン運動などは連続な曲線を描くのですが,いたるところ微分不可能な曲線である。ということは,「逆写像が存在して連続である。」というわけではないということになります。
このブラウン運動の描く軌道曲線の写像は,当然ながら,トポロジーの意味で同相写像ではないということですね。
ブラウン運動の曲線長さは有界変動ではないので,これを積分の測度として解析学などで普通に積分として使用されているルベーグ-スティルチェス積分(Lebesgue-Stieltjes integral)の線積分を定義しようとしても定義できません。
そこで,有界変動でないものについても積分を定義できる方法を第2次大戦中だったか,その直後だったかに考え出したのが,日本の伊藤清氏です。
彼の考案した確率積分を伊藤積分と呼びます。これはマルチンゲールの性質を満たしています。
こうした特殊な積分では,積分和を作るのに微小積分区間の先頭の値を取るか,中央の値を取るか,後ろの値を取るか,によって極限値としての積分が異なるのですが,伊藤積分は先頭値を取ることによりマルチンゲールが成立するようになっています。
中央値を取る積分はストラトノヴィッチ積分(Stratonovich integral)と呼ばれます。例えば量子力学での経路積分(path-integral)は,通常は中央値を用いて定義されるので,ストラトノヴィッチ積分に相当するものです。
最近フラクタル(fractale)という話もよく聞きますが,フラクタル次元というのはハウスドルフ次元と同じような意味で使います。
例えば,日本の国のある島の面積の値なら確かに測定することにより決めることができますが,その島の周りの長さというものは,いくら測定しても事実上決定することはできません。
つまり,「島の周りの長さを測る物差しのサイズが小さければ小さいほど,その長さが大きい値に測定されてしまう。」ということが起こるからです。
フラクタルというのは,三陸やフィヨルド(fjord)にあるような「リアス式海岸」の形に似ていて,図形の各部分が元の図形と相似である,つまり,図形の輪郭の細部を顕微鏡で見ると大きさは小さいが形は全体と全く同じ,というものです。
こうしたフラクタル図形の周囲の長さを,非常に短い物差しで測ると,測り切れなくて,長さの総和は物差しのサイズがゼロの極限では無限大になってしまうことになります。
厳密には,ハウスドルフ次元が,位相次元を超えるものが「フラクタル」と呼ばれるものです。
長さというのは,位相次元が1の量なのに,それで測って無限大の長さになるということは,ハウスドルフ次元が"位相次元=1"より大きいということです。
ハウスドルフ次元の定義というのは,説明が結構むずかしいです。
参考書によれば,
"ある図形を一辺の長さが高々δであるような位相次元sの微小部分のN 個の集まりとしたとき,H (s)≡N・δs (δ→ 0, N→ ∞ )の値が,s<mなら無限大に, s>mではゼロとなるとき,その境界の m をこの図形のハウスドルフ次元と呼ぶ。"
とあります。
例えば,位相次元が2の正方形の各辺を等分すると,次元 2の微小な正方形の集まりとなります。それを全部加えると,どんなに細分しても合計の面積は有限で同じ値になります。
ところが,その面積を次元1の微小な線分の集まりとすると,通常はその全ての線分の長さの合計は無限大になります。
一方,次元が3の立方体の集まりと考えると,体積としては常に高さがゼロなので総体積はゼロです。
したがって,無限大とゼロの境界の次元2がハウスドルフ次元となると解釈されます。
フラクタルとか,ブラウン運動とかではない通常の図形の場合なら,ハウスドルフ次元は位相次元と一致するわけですね。
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