空気の重力分離
さて,本日の話題ですが,そもそも地上の空気はそのほとんどが
約80%の窒素(分子量28)と約20%の酸素(分子量32)との混合物
であり,同じ温度ではそれぞれにかかる重力はそれぞれの分子量
に比例するはずです。
ではわれわれが住んでいるこの地上の部屋の中などでは,何故
軽い窒素が天井の方に向かい重い酸素が床の方に向かって分離
した形態では存在せず分子量が約28.964でほぼ均一に混合した
空気として存在しているのでしょうか?
一酸化炭素も窒素と同じく分子量が28ですが,それが漏れたとき
の検知装置は軽いという理由で天井に設けられるようです。
では一酸化炭素の場合と窒素で何が異なるというのでしょうか?
例えば,遠心分離装置においては,中に色々な質量の物質を入れた
とき,停止しているときには,それらの物質が適当に混ざって存在
していますが,装置を回転させると遠心力のために重いものは外周
部へ軽いものは内周部へと分離します。
これは例えば車を急発進させたときに,われわれ人間なら空気より
重いのでシートに押し付けられますが,空気より軽いヘリウム風船
なら逆に前方へと飛んでいくというように軽ければ慣性力がむしろ
浮力として働くことで説明されますね。
重力はこの遠心力,慣性力と等価な力なので(等価原理),混合物の
うち軽い物質は上方へ重い物質は下方へと重力分離されても不思議
はないと思えます。
小倉義光 著「一般気象学」(東京大学出版会)によると,米国の
データだそうですが,空気の分子量は地上 0 kmから80kmまでは
一定値の28.964という数字が並んでいました。
しかし90kmでは分子量は28.91になり,さらに1000kmまでは次第
に減少して1000kmでは3.94という値になっていました。
地上から1000kmの上空では,大気はもはや酸素と窒素の混合物と
いうのではなく,水素やヘリウムがメインの成分になっているの
でしょう。
われわれの住む局所的な地上のごく薄い層ではなく,大域的な意味
では,確かに重力のために軽いものは上層に,重いものは下層に成層
しているようです。
結局,上層には軽い水素やヘリウムしかなく,さらには電離層
などのプラズマ層を経て,ほぼ真空の宇宙空間へと続いていく
ようですね。
気体ではなく水とアルコールや油のような液体の場合には,結構
はっきりとした重力分離が見られることが多いですが,液体では
親水性とか界面活性とか気体には無い性質が関わってきます
まあ液体は気体よりも平均自由行程がはるかに短かく分子間力も
大きいので,液体分子は自由粒子とは見なせないでしょうが,気体
だと分子間力を無視する近似が成立しますね。
一方,重力とは無関係に孤立系では混合物質は均一になった
方がエントロピーは大きくなり,そういう方向に向かう傾向
があります。
例えば極低温では,等方性という対称性が自発的に破れて,
固体物質の磁場の向きがある特定の向きに揃うというような
非対称性が生じ,エントロピーの小さい状態になろうとする
傾向があります。
常温では,どの方向も同等なので通常は均質で磁場のない
エントロピーの大きい状態へと向かうのが自然です。
物質が2種類以上あって,混合し合うのはそのほうが確率的
に大きい状態に移行する,つまりエントロピーが増加する
方向であるという意味ですね。
これは,例えば水に赤インクを落としても自然に全体が赤く
なっていくという現象です。これを拡散現象と呼んでいます。
それぞれの流体に"質量保存の方程式=連続の方程式"を考える
と,それぞれの物質が独立に保存するので,その方程式系のうち
のある特定の物質に着目すると,それの濃度に対する移流拡散
方程式が得られるわけです。
これらのことから,窒素と酸素の混合と分離の関係については
分子拡散による均一拡散混合傾向と,重力に比例する重力拡散
流束による重力分離傾向の競合が起こると考えました。
高度80kmまでは,仮に分子拡散の方が小さいとしても非平衡
なら流体の運動は非線形で不安定なカオスとなり乱流拡散に移行
するため,拡散による攪拌の方が重力分離を上回るのではないか
と思います。
結局は混合気体の運動は,重力を内部エネルギーに取り込んで計算
したGibbsの自由エネルギーを最小にする方向に向かうと思います。
拡散方程式は,濃度をcとするとρ(Dc/Dt)=-∇iで
与えられます。
ここでD/DtはLagrabge微分です。そして,iは拡散流束ベクトル
を表わしています。
拡散流束iは濃度勾配と温度勾配に依存しますが,とりあえず
混合流体の"化学ポテンシャルμ='空気分子'1個当たりの自由
エネルギーの勾配"にのみ依存し温度勾配はゼロと考えます。
そうすると,拡散流束は i=-α∇μとなるはずです。
μはGibbs自由エネルギー Gの濃度による勾配です。
右辺の(-α∇μ)は平衡状態からのずれの程度を表わしており,
μが大きい方から小さい方へと拡散すべきことを要求する式に
なっています。そこで"拡散係数=比例係数"αは正です。
ところで,
dμ=(∂μ/∂c)dc+(∂μ/∂T)dT+(∂μ/∂p)dp
と書くことができます。
ただし,温度勾配dTの寄与は小さいとしこれを無視すると
dμ=(∂μ/∂c)dc+(∂μ/∂p)dpです。
そして静力学平衡の式:dp=-ρgdzを用いると,dpの項,
つまり"圧力勾配=重力分離項"は,∇p=-ρgk
(kは鉛直上向きの単位ベクトル)となります。
そして,元の拡散方程式:ρ(Dc/Dt)=-∇iの両辺を流体密度
ρで割ったものをDc/Dt=-∇jと書き,改めてj≡(i/ρ)を
拡散流束と考えて,これを拡散方程式と考えます。
主要な拡散係数をK≡(α/ρ)(∂μ/∂c)と置きます。
(∂G/∂p)=Vですから,(∂μ/∂p)=(∂V/∂c)により,
kp≡p(∂V/∂c)/(∂μ/∂c)と定義すれば,
j=-K{∇c+(kp/p)∇p}となります。
拡散流のうちの右辺の重力項-K(kp/p)∇pの係数:K(kp/p)
の符号を考えます。
まず,K=(α/ρ)(∂μ/∂c)は正と考えます。
kp≡p(∂V/∂c)/(∂μ/∂c)は,圧力p一定の下で濃度が上昇
する(∂μ/∂c)ときに,比体積V=1/ρが増える(∂V/∂c>0),
つまり密度が減るなら符号は正,逆に密度が増えれば負です。
ところが窒素濃度を考えた場合,窒素は酸素より軽いため窒素濃度
が増えれば全体としての密度が減るので,この係数K(kp/p)の符号
は正です。
圧力勾配∇pの向きは鉛直下向きなので,jの向きは重力項:
-K(kp/p)∇pについては予想通り上向きになります。
(これは浮力です。)
一方,温度,圧力一定のもとでは分子拡散係数は,
K=(α/ρ)(∂μ/∂c)であり,そしてμ=(∂G/∂c)ですが,
平衡状態付近でGは濃度cについて下に凸の関数ですから,Kは
必ず正の値になります。
つまり分子拡散の流れは,常に濃度の大きい方から小さい方へと
流れます。
窒素の場合は,先にも述べた通りその濃度が増えるほど比体積:
V=1/ρは大きくなるので,重力拡散は常に浮力として働きます。
こうして,分子拡散と重力分離が競合することを数式的に説明
することができたと考えれらます。
ここでの化学ポテンシャルμの定義については注意が必要です。
通常は空気を窒素と酸素だけの混合物としてそれぞれの単位質量
当たりの分子数をn1,n2とすると,空気としての分子数は
(n1+n2)です。
そこで,単位体積当たりの自由エネルギーをGとすれば,空気1分子
当たりの自由エネルギーであるG/(n1+n2)を化学ポテンシャルμ
と考えるのが自然です。こう考えたμをμordと表記します。
しかし,ここでは温度,圧力一定のもとで自由エネルギーGを窒素濃度
cで微分したものをμと定義しています。
つまり,μ≡(∂G/∂c)です。これを一応,濃度化学ポテンシャル
とでも呼んでおきます。
通常の定義での窒素,酸素の1分子の化学ポテンシャルを,それぞれ
μ1,μ2とするとμ1=(∂G/∂n1),μ2=(∂G/∂n2)であって,
G=μ1n1+μ2n2です。
それ故,通常の定義での化学ポテンシャルは,
μord=G/(n1+n2)=μ1n1/(n1+n2)+μ2n2/(n1+n2)
です。
ところが,窒素,酸素の1分子の質量をm1,m2とすると,濃度cと
いうのは質量濃度であって,通常の80%とか20%とかいう体積濃度,
c=n1/(n1+n2)ではなくc=n1m1で与えられます。
したがって,1-c=n2m2,つまりn1m1+n2m2=1が成立しています。
一方,Gibbsの自由エネルギーの方は,
dG=-sdT+Vdp+μ1dn1+μ2dn2ですから,先に定義
した濃度化学ポテンシャルという意味でのμは,
c=n1m1,1-c=n2m2より,μ=(∂G/∂c)=μ1/m1-μ2/m2
となります。
それ故,μは通常の化学ポテンシャル
μord={μ1c/m1+μ2(1-c)/m2}/(n1+n2)とは意味が異なる
ようです。
そして,例えばμの表式における右辺がゼロ,すなわち,
μ1/m1-μ2/m2=0 なら温度,圧力一定の下でdG=μdc=0 ,
つまり平衡状態になってGは最小で,もはや物質濃度cに起因する
拡散は起きないというわけです。
(※追伸:最近読んだ北原和夫 著「非平衡統計力学」(岩波書店)
の混合物の拡散の項目によれば,この濃度化学ポテンシャルμを
"溶質=窒素"の単位質量当たりの化学ポテンシャルとして採用する
のが正解らしいです。
"溶媒=酸素"の化学ポテンシャルが引き算の項として現われるのは,
溶質と溶媒が独立ではないためである,ということがわかりました。
(2006年7月17日(月)記す。)※)
そして,一酸化炭素についてですが,全圧力あるいは全体の密度に
よって重力分離が小さくなる可能性も考えられますが,重力分離
が分圧に依存するわけではありません。
そこで,一酸化炭素濃度も窒素と同等な影響しか受けないという
結果しか得られず,一酸化炭素が窒素と異なる挙動をするとは考
えられません。
したがって,結局天井に検知器を置くのは,この場合一酸化炭素は
燃焼によって生じ,その温度が周辺大気のそれよりも高く大きな
浮力を持つために上昇する。。
つまり何のことはなくて,初期に一酸化炭素のみが熱を持っていて
他より軽いという単純な理由からだという結論になりました。
参考文献;ランダウ=リフシッツ著「流体力学1」(東京図書)
http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー) TOSHI
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