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2006年6月 2日 (金)

流体力学の話

 私の学生時代の専門は理論物理学の素粒子論,特にQED(quantum electrodynamics:量子電磁力学)でしたが,第2の専門は最初に就職して15年間以上やった仕事に関連して流体力学でしょうか。

 もちろん,コンピュータによる数値計算もかなり詳しくなりましたけどね。

 今日は,層流や乱流,特に飛行機が飛ぶ場合の翼にかかる力や,その周りの流れについて書いてみます。

 まず,流体の定義ですが,「流体とは静止状態で圧力以外の応力を持たない連続体である。」ということになります。

 もちろん,静止状態以外では実在流体は"粘性=摩擦"がある方が普通ですが,静止状態でもそうした応力があれば必ず流れてしまうので静止状態であることに矛盾してしまいます。

 運動状態でも"粘性=摩擦"の無い理想的な流体を完全流体,または理想流体といいます。

 一般に,飛行機の翼にかかる抗力や揚力を考察する場合,翼を輪切りにした側面を含む平面内の2次元での空気の流れを考え空気を非圧縮の完全(理想)流体,特に渦なしの2次元ポテンシャル流として考えることが多いです。

 こう考えても妥当な理由は次のようなものです。

 まず,空気中を一定速度の高速で走る飛行機を考える際には,飛行機の翼を中心にして考えて,翼の方が静止していて,周りの空気という粘性流体の方が高速で一様に逆向きに流れていると見ます。

 そして,レイノルズ数(Reynolds number)と呼ばれる無次元の数:Re = UL/νが大きい場合には,運動中でも流体の"粘性=摩擦”は存在しないという近似が成立するからですね。

 ただし,Uは流体の代表的な速さ,Lは流体と物体の系における代表的な長さ,νは流体の動粘性係数です。そして,この単位のないレイノルズ数Reに対して比率 1/Reが”粘性=摩擦"の大きさの程度を表わします。

 翼の長さを L ,運動速度の大きさを U とし,νとして空気の分子動粘性係数をとると,Reは非常に大きくなりますから,空気中の飛行機の翼では事実上摩擦のない完全流体と見なせるわけです。

  しかし,実際にはどんな高速な気流でも翼の表面ではそれに完全に粘着する,つまり翼に対する相対速度が表面上では完全に ゼロになる,という性質は決して見逃がすことはできません。

 完全流体ならば翼の表面を滑るだけで粘着しませんが,いかに Reが大きかろうと実在流体なら表面を滑ることはなく必ず粘着します。

 では、これをどのように解釈すればいいのでしょうか?

 実はプラントル(Prandtl)という人が提唱した境界層理論というのがあります。

 翼などの物体表面にはきわめて薄い層があって,その層の外縁では速さが U で外側の速度に一致しますが,層の内側では内縁である翼表面に向かって表面で速さがゼロになるように急激にブレーキがかかっていく,と仮定する理論です。

 これによると,境界層の外縁では気流がx 軸の方向に速さUで運動しますが,内縁,つまり翼の表面では気流の速さはゼロで,この層の中では著しい"粘性=摩擦力"が在って,それによりエネルギーが散逸して熱となって霧消してしまいます。

 これが,たとえ翼が一様速度で飛んでいても抵抗が現われる原因となり,それ故,速度を維持するためには常に推力を必要とするという理由になるわけです。

  一方,境界層の外縁部分では完全流体の境界条件が成立し,完全に外側の速度Uと一致していて,流体は外縁上を滑るだけで層に垂直な成分はゼロということになります。

 そして,速度の垂直成分がない,ということは境界層の内部とのエネルギーのやり取りはない,ということになりますから,境界層の外縁部分を翼の表面と仮想する限り,完全流体の理論,特に渦なしのポテンシャル流の理論を適用してもいい,という結論が得られます。

 そして,そうした完全流体の2次元の理論では複素関数論を用いた「クッタ・ジューコフスキーの定理(Kutta-Joukowski)」という定理の成立がわかっています。

 これによると,物体にかかる抗力,つまり,"x軸の向き=水平方向"に受ける力は物体内部の領域にも流体があると仮定した場合の内部の特異点での吸い込み量の大きさ Q に比例することがわかります。

 一般に,完全流体内の物体というのは同じ大きさの湧き出しと吸い込みの対でつくった双極子と同等であり,それら双極子によって作られる流線のひとつが物体の輪郭に一致するようなものです。

 したがって,湧き出しと吸い込みが相殺して物体内部ではQ = 0 となり,結局,物体は全く抗力を受けることなく,推力なしで流体中をするりとすり抜けて運動していける,ということになります。

 経験では流体中を一様速度で運動しても,常に抵抗を感じるのに,完全流体で計算すると全くその抵抗がない,というパラドックス,いわゆる「ダランベールの背理(D'Alembert)」が成立する,ということになります。

 こうした,完全流体中でももちろん,一様流速ではなく加速度があれば物体が排除した水の分の慣性力を受けるため,この排除分に相当する誘導質量の効果で抵抗を受けますが,加速度の無い一様流速では理論上は全く抵抗を受けません。

 実際には,先に述べたように実在流体は粘性流体であり,レイノルズ数Reがいかに大きくても物体表面には境界層があるため,大きな抵抗を生じるので,これを考慮するなら現実の経験とは矛盾しないという結果になるわけです。

 一方,同じ「クッタ・ジューコフスキーの定理」によると,x 軸の正の向きから反時計回りに 90 度回転した向きをy軸の正の向きにとると,物体は y 軸の向きに物体の周りの流れの循環Γに比例した大きさの力を受けるという性質もあります。

 ただし,Γが負(時計回り)ならその力の向きはy軸の正の向きです。

 通常の翼ではy 軸の正の向きが鉛直上方になりますから,この力を揚力と言います。これが飛行機が上向きの力を受けて飛ぶ理由ですね。

 しかし,こうした力はクッタ・ジューコフスキーというような大げさな理論でなく,完全流体であれば,通常の「ベルヌーイ(Bernoulli)の定理」で説明できます。

 とにかく物体の外部を流れる流体は,境界層内部とはエネルギーのやり取りがないので,大域的には一様速度の流れなのですが,もしも翼の上部の境界層の上の局所流速の方が翼の下部境界層の下の局所流速よりも大きいなら揚力が発生することを説明できます。

 「ベルヌーイの定理」というのは,圧力という位置エネルギーと流れの運動エネルギーの和である力学的エネルギーは翼の上部でも下部でも同じであって差がないというエネルギー保存則です。

 そこで,下部の方が上部より流速が小さいなら,下部の圧力は上部の圧力より大きい,という圧力差を生じるという意味で,"上向きの力=揚力"が生じると言えるわけです。

 こうした場合には,上部から下部に向かって運動エネルギーが輸送されて,圧力に変わるわけですね。

 実際,この場合に翼の周りの循環Γを取ると,流れの向きを上部下部どちらもx軸の正の向きとすると,上部の方が下部より流速が大きいということは反時計回りを正とする循環Γは負になり,結局「クッタ・ジューコフスキーの定理」からの結論と同じになります。

 しかも,境界層はこうした上下向きの力については何の抵抗も示さないので境界層の存在は完全流体の揚力の理論においては何の影響も与えません。

 こういうわけで,完全流体の「クッタ・ジューコフスキーの定理」というのは揚力については,実は「ベルヌーイの定理」とほとんど同じものだと言えます。

 また,野球の変化球のように,ボール自身の"粘性=摩擦"が空気を引っ張って回転させるために生じるボールの曲がりという「マグナス効果(Magnus effect)」の現象についても,やはり「ベルヌーイの定理」で説明できます。

 しかし,飛行機の翼ではどういう理由で翼の上下の速度差が起きるか?を説明できなければ,「ベルヌーイの定理」による解釈もあまり説得力があるとは言えません。

 従来の「誤った定説」は,「翼を囲む流線に着目し翼形状が上部が長く,下部が比較的直線状なので短いということと,閉じた流線の近傍の先端部分を同時に通過した流体粒子は後端にも同時に到達するはずだから,上部の長い距離を通過したほうが流速が大きいはずであろう。」というような偏見的な予断に基づくものでした。

 そもそも,「流線が閉じていて同一の点を通過する。」というはずもなく,同時通過するというのは実験的にも否定されています。

 一般に流れが翼先端から翼後端に向かうとき,最初はレイノルズ数Re=UL/νのLが小さいので境界層は層流境界層ですが,Lが増すにつれReは増大します。

 大体は,流れが後端まで到達する途中でReは臨界レイノルズ数を超えて境界層は乱流境界層に変わり,最後には後端から伴流(ウェーキ)を生じるわけですから,流線が滑らかに後端まで伸びて閉じるというようなものではないですね。

 ところで,Reが大きいと粘着して安定した流れの状態から流体が遊離してゆくという剥離(はがれ)という現象が起きることがあります。

 この剥離が起きると,いわゆる失速という状態になり,伴流が太くなって渦列などが発生しやすく物体は大きな抵抗を受けて揚力も損なわれるということになってしまいます。

 剥離というのは層流境界層よりもむしろ乱流境界層のほうが起きにくい傾向があるので,ゴルフボールの飛距離を伸ばすために剥離を遅らせて抵抗を軽減するために,ボール表面にわざわざディンプルを入れて乱れを大きくして早く乱流境界層にするというような工夫もなされているようです。

  境界層の内部を記述する方程式としては層流境界層では素朴なナビエ・ストークスの方程式です。

 乱流境界層でも完全な計算力学的なシミュレーションが可能なら,同じ方程式でもいいでしょうが,初期条件が全く確率的な統計的分布をしていると仮定して「レイノルズ応力」を導入し,渦粘性係数などの考察を含めてモデル化し修正した「レイノルズ方程式」のような現象論的方程式を用いることが多いです。

  結局は翼の形のために揚力が得られるというよりは,仰え角(むかえかく)を与えれば平板でも揚力が得られる,というところに,むしろ揚力の原因があるのでは?と思います。

 もっとも,平板では前縁で剥離が起きやすく,このため前縁に丸みを与えると「ジューコフスキー翼」,つまり一般の翼の形状になってしまいます。また,迎え角の角度が大き過ぎると,やはり失速してしまいますが。。。

  この他,興味ある話題としては流速が音速を超えた場合の衝撃波という不連続面の発生です。

 つまり,「マッハ数」が1を超えれば,ポテンシャル流におけるポテンシャルの満たす線形近似方程式が"双曲型方程式=波動方程式"になって衝撃波を生じる,という話についても,余裕があるときに,突き詰めて考えてみたいものです。

http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー)                                                  TOSHI

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