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2006年7月27日 (木)

オゾンホール(訂正)

 以前書いた7/12の記事「オゾンホール」での南極でのオゾンホールの生成原因について私の認識は誤りではないか?という旨のご指摘を受けました。

 そこで私自身が複数のホームページなどで得た知識に基づいて,その記事の訂正をしておきます。(気象が本職の「AXIONさん」に指摘を受けました。)

 極地の「極夜渦」によって現象が起きる,ということは間違いないらしいのですが,どうも真冬にオゾンホールが拡大するわけではなくて,春先からホールが大きくなり,冬には縮小あるいは消滅するようですから,紫外線量が少ないのが主因であるというわけではなさそうです。

 まあ,気象関係の話では,日射が最大の夏至の頃よりひと月もふた月も遅れて真夏の暑い季節になるし,潮汐現象でも確かに新月と満月のときに大潮にはなりますが,通常満潮になる時刻は月の南中時刻よりも「約12時間=半日」もずれています。

 ですから,気象と現象の時期がずれるということに,それほど神経質になる必要はないと思うのですが。。。(まあ夏とか冬とか言ってもどこの夏とか冬?という話もありますが。。。)

 紫外線量が少ないためにオゾン生成が起きにくい,という私見が完全に間違いというわけではないでしょうが,実際にはオゾンホールは日射量の多寡のためというよりも,むしろ温度が極度に低いことが主因で生じる現象らしいです。

 オゾンホールの本当の原因は,極度な低温のため極地上空に「PSC(極地成層圏雲)」という雲が形成され,オゾン破壊物質で構成されたフロンなどの化合物が凝結物資となって冬場に極渦の内部に固定されるためということです。

 そして,春先からの日射量によって雲の中に凝結されていた,そうした化合物が分解されて,オゾン破壊物質が多量に生成され,それによってオゾン層の破壊が進行してオゾンホールが生成拡大するというのが本当らしいのですね。

 日射量はむしろオゾン破壊には必要であるということですから,私見の方はピントはずれであったということになります。

 オゾン生成が減少することよりもむしろ,オゾン破壊が増加して進むことの方に着目すべきであった,ということです。

 やはり,「日射量=紫外線」が少ないことよりも,温度が極度に低いことのほうが主因のようですね。

 北極については,気流のために「PSC」が起きにくい,ということについては前の考察と内容的には同じです。

 おわびして訂正させていただきます。

http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー)                                       TOSHI

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コメント

なるほど、いま検索したばかりの
http://www8.ocn.ne.jp/~yohsuke/ozone_7.htm
のグラフを見ると、南極の春先10月に紫外線が当たり始めるとオゾンが最小になってますね。
でも直後に急増して、11月には最大になってますから、すぐに紫外線によるオゾン生成が起きてるようです。

投稿: hirota | 2007年6月28日 (木) 16時44分

こんばんは。。hirotaさん。。TOSHIです。いろいろコメントありがとうございます。張り合いになります。

>ええと、「オゾンホールが冬には縮小」の「冬」はどこの冬ですか?
日本の (北半球の) 冬なら、南極は夏ですが・・・

 おお、いいところに気づかれましたねえ、いや別に茶化しているわけではないですよ。

 実は、訂正前の記事を本職が気象庁の技官である「相対論の正しい間違え方」の著者の木下氏にじかに突っ込まれて、このときは結構あわてていまして、何も考えてなかったりします(^^;)が、もちろん、ここで冬というのは南極の冬ですから日本では夏です。

             TOSHI

投稿: TOSHI | 2007年6月26日 (火) 20時25分

ええと、「オゾンホールが冬には縮小」の「冬」はどこの冬ですか?
日本の (北半球の) 冬なら、南極は夏ですが・・・

投稿: hirota | 2007年6月26日 (火) 18時15分

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