気液平衡の統計力学
温度Tと気圧Pが一定の下で,水と水蒸気が2相平衡にあるため
の条件は,熱力学では水,水蒸気の"化学ポテンシャル=分子1個
当たりのギブス(Gibbs)自由エネルギー"が等しいことです。
すなわち,水,水蒸気の化学ポテンシャルをμl,μgとすると,
2相平衡の条件はμl=μgで与えられます。
これは,分子論の統計力学ではどういう意味を持つのでしょうか?
まず,水蒸気を理想気体と考えると,その気体分子としての
エネルギーは,Eg=(∑p2)/(2m)です。
一方,液体の水分子は,分子平衡位置においても分子間力等に
より,金属の仕事関数に相当して液体分子1個を格子点位置の
付近に束縛するエネルギー(-χ)(χ>0)を持つため,
エネルギーはEl=(∑p2)/2m+U+(-χ)と表わされます。
ここで,∑は1個の分子の運動の全ての自由度にわたる和です。
また,Uは分子平衡位置からのずれによる振動の位置
エネルギーです。
そして,1モルの潜熱=蒸発熱をLとすると,Lはエンタルピー
Ui+PV (Uiは内部エネルギー)で定義されているので
L=NAχ+PV=NAχ+NAkBTです。
ここで,NAはAvogadro数で,NA~ 6.02×1023です。Vは体積です。
さらにλ≡L/NAと置いて,"1分子当たりの潜熱=1分子当たり
の蒸発熱"としてλを定義します。
統計力学によれば,分配関数をZとすると化学ポテンシャルμは
μ=-kBTlog(Z/N)で与えられます。
そして理想気体では,分子の自由度をfとするとCを規格化定数
としてZ=Zg=V(CkBT)f/2=NkBT(CkBT)f/2なので,
μ=μg=-kBT[(1+f/2)logT-logP+const.] となります。
特に水蒸気は3原子分子なので,f=6であり,それ故,
μ=μg=-kBT(4logT-logP+const.) です。
一方,液体の場合は固体の調和振動子モデル(運動エネルギーの
自由度が3で振動エネルギーU=(1/2)kr2の自由度も3)を
取るか,V=0(運動エネルギーの自由度のみで,それが6のモデル
を取るとします。
まあ,いずれにしても,自由度fはf=6です。
気体の場合との違いは体積V=Vl=Nvlを近似的に,温度T
にも圧力Pにも依存しない定数であると見なせることです。
そこで,Z=Nvl(CkBT)f/2,f=6,μ=-kBTlog(Z/N)
から液体分子としての水の化学ポテンシャルμ=μlを求めれ
ばいいのです。
しかし,液体分子と気体分子の共通のエネルギーの原点として,
気相の静止した位置を基準に取れば,液体の原点は(-χ)になる
ので,気体分子の原点を基準にすると,
μ=μl=-χ-kBT(3logT+const.)となります。
したがって,結局μl=μgという条件は,
logP=logT-λ/(kBT)-1+const. となります。
それ故,P=(const.)Texp{-λ/(kBT)}
=(const.)Texp{-L/(RT)} となります。
これは,相平衡を表わす有名なClapeyron-Clausius
(クラペイロン・クラウジウス)の公式;
dP/dT=LP/(RT2),あるいは logP=-λ/kBT+const.
の修正式になっています。
(※PS:バックナンバーではなく後記事ですが,2010年12/20の
ブログ記事「水滴の成長と蒸発(2)」の中に,熱力学的な考察
に基づくClausius-Clapeyronの公式の導出があります。
この記事の中では,Clausius-Clapeyronの公式は
dP/dT=LeM/{T(Vg-Vl)}から,Vl<<VgよりVlを
無視してdP/dT=LeM/(TVg)という形で表わされています。
Leは単位質量たりの蒸発の潜熱ですが,これから1モルの
潜熱LはL=MLe(Mは分子量)です。
故に,書き直すとdP/dT=L/{T(Vg-Vl)},
またはdP/dT=L/(TVg)ですが,理想気体の状態方程式
により,Vg=RT/Pなので後者はdP/dT=(LP/RT2)
と表わせます。※)
(↓下図はネット検索で入手した図の転載です。)
ところで,分子論的には,相平衡とは分子の蒸発数と凝結数が
同じであることを意味します。
今,単位体積中の水の平均分子数をnlとし,これが単位体積中の
水蒸気分子数ngに移行したと見ると,運動エネルギーに差がない
なら熱平衡ではng=nlexp{-χ/(kBT)}です。
水蒸気の方は理想気体の状態方程式P=ngkBTを満足すると
してよいので,結局nlを定数として,
logP=logT-λ/kBT+const.となり上述の結果と同じ式が
得られます。
結局,平衡状態で,"化学ポテンシャルの値が一致する。"という
熱力学での相平衡の条件の意味が,"分子の蒸発数と凝結数が同じ
である。"という分子論的,統計力学的な意味での相平衡と同じで
あることがわかりました。
参考文献:中村 伝 著「統計力学」(岩波書店),
原島 鮮 著「熱力学・統計力学」(培風館),
クドリャフツェフ著(豊田博慈 訳)「熱と分子の物理学」(東京図書)
http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー) TOSHI
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