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2006年7月17日 (月)

集合の濃度(可算,非可算)

 今日はカントール(Georg Cantor)が創設した集合論において,集合の元(要素)の個数=濃度(cardinal number)というものが数学にとってどんな意味を持つのかについて若干の考察をしてみたいと思います。

 有限集合の濃度というのはまさに元の個数のことですから実際に数えればそれはわかります。

 一方,集合が無限集合,すなわち元の個数が有限でない集合の場合には,その元の個数=濃度を決めるには,濃度が既知の集合の元との1対1対応や上への写像の存在などを調べるという方法を取ります。

 もしも,自然数の集合 N={1, 2, 3, 4, ...}と 集合Aの元との間に全単射の対応がある場合にはAは可算集合(数えられる集合)である,といわれ,その濃度は \aleph_0(アレフ・ゼロ)で表わされます。

 一方,実数の集合のように数えられない集合のことを非可算集合と言います。ただし\aleph(アレフ)という記号はヘブライ語の文字であり,ギリシャ語のα(アルファ=最初という意味)と同じ意味です。

 無限集合とは不思議なもので,例えば整数の集合Z={...-3, -2, -1, 0, 1, 2, 3, 4, ..}はN を含む集合なのに,その濃度はN と同じ\aleph_0なんですね。

 これは数えるときに 0, 1, -1, 2, -2, 3, -3, 4, -4, ..と数えていけば,Nの 1, 2, 3, 4, 5 ..と1対1の対応ができるからなんです。

 また,正の偶数の集合はZ に含まれる部分集合なのですが{ 2, 4, 6, 8, ..}は,もちろん{ 1, 2, 3, 4, ..}に対応つけられますから 濃度はN と同じで\aleph_0です。奇数の集合も同じですね。

 だから,\aleph_0は何倍しても\aleph_0だし,それどころか\aleph_0×\aleph_0もまた\aleph_0なんですね。これはたとえば有理数集合Qの濃度も\aleph_0であることを意味します。

 これはQの元を1/1, 1/2, 2/1, 1/3, 2/2, 3/1, 1/4 ,2/3, 3/2, 4/1, ..というように分母と分子を足した数が同じである順番に数えていってダブルカウントやトリプルカウントした数などを全て間引きすれば数えられる,という意味ですね。

 これの濃度が \aleph_0×\aleph_0と同じことは自明ですから,上述のことは\aleph_0×\aleph_0\aleph_0を意味しています。

 上のことから帰納すると,一般にn次元の座標で成分が整数だけから成るもの ( k1, k2, k3, ..kn );ki∈Zの全体も可算無限集合ですから\aleph_0 のn乗も \aleph_0であるということになります。

 ところが集合Aの濃度が\aleph_0のとき,そのベキ集合の濃度,つまり集合Aの空集合φを含む全ての部分集合の個数は\aleph_0より"大きい"のです。

 一般に有限集合Pの元の個数をnとするとその部分集合の個数は各部分集合がPのn個のそれぞれの元についてそれを含むか含まないかの2通りしかないので2n個であるということになります。

 このことからのアナロジーで,可算無限集合Aのベキ集合の濃度をも2の\aleph_0乗であるといいます。これとは別に\aleph_0より"大きい"濃度が存在するとしたときに\aleph_0の次に"大きい"濃度を\aleph1(アレフ1)と定義します。

 そして以下同様に,\aleph2,\aleph3,...etc.をも定義していくするわけです。

 そしてカントールは実際に2の\aleph_0乗が\aleph_0よりも"大きい"ことを証明しましたから,\aleph_0より"大きい"濃度は確かに存在します。

 2の\aleph_0乗が\aleph_0より"大きい"ことを証明したカントールの方法は対角線論法と言われます。これはゲーデル(Gödel)の不完全性定理の証明にも利用され方法ですが,私もこの手法を使った証明を追体験してやってみます。

 Aのベキ集合の濃度,つまり,べき集合の元の個数は2の\aleph_0乗ですが,これは1と2だけで作った小数 0.121121222112..の全ての個数と同じであることは明らかですね。

 仮に,こうした小数の総個数が\aleph_0であるとすると,これらを1から順番に並べることが可能です。

 そこでこうした小数から次のような小数を1つ作ります。小数第1位は1番目の小数の第1位が1だったら2に,2だったら1にします。小数第2位は2番目の小数の第2位が1だったら2に2だったら1にします。

 これを繰り返して"最後までいく"ことができるとするとそのときできた小数は並べてある全ての小数と異なりますから,これは1と2だけで作ったすべての小数が順番に並べられるという仮定と矛盾します。そこで2の\aleph_0\aleph_0より大きいことが証明された。ということなんですね。

 でも,なんだかいかがわしいですね。私は未だに受け入れられないという気分も少しあります。"最後までいく"というあたりですね。

 まあ,ともかく証明はできました。そして閉区間[ 0 ,1]の間の全ての小数は,2進法で0 と1の2つの数の小数だけで表わすことが可能ですから,結局上の証明で小数を構成していた1と2を 0 と1 に変えるだけで閉区間[ 0 ,1]に属する全ての実数の濃度も2の\aleph_0乗に等しいということができます。

 そして,関数 y=tan(πx/2 ),x=(2/π)arctan(y),(x ∈[ 0 ,1], y∈ (-∞, ∞)) でのxとyの対応関係によって,全ての実数の集合Rは閉区間[ 0 ,1] と全単射の対応をつけることが可能です。

 そこで,実数全体Rの濃度も2の\aleph_0乗であり,しかも先に\aleph_0のときに述べたように,Rで作ったn次元の座標もRと同じ濃度ですから,n次元ユークリッド空間Rの濃度も2の\aleph_0乗ですね。

 2の\aleph_0乗はデデキント(Dedekind)が切断という有理数の集合である,として定義した連続な実数=実数連続体の濃度ですから連続無限個,あるいは連続濃度と呼ぶこともあります。

 そして,\aleph_0の次の濃度の\aleph1についても2の\aleph1乗は\aleph1より"大きい"はずなのでこの論法を繰り返し適用していくことにより,濃度には上に限りがない。ということもできます。

 これらをどのように数学の諸分野に適用するかについては,いろいろと考えることができます。

 まず,ヒルベルト(Hilbert)が問題として呈示した仮説である「連続体仮設(連続体仮説)=\aleph_02の\aleph_0の間には濃度は存在しない。つまり2の\aleph_0乗こそが\aleph_0のすぐ次の濃度\aleph1である。」という命題については,コーエン(Cohen)とゲーデルによって「現在の公理系からは証明することが不可能である。」と否定的に解決されています。

 そこで,公理論的集合論=ZF集合論(Zermelo-Fraenkel)を構成する際に,これを公理として採用するかどうかで数学そのものが変わってしまうということがあります。

 幾何学の第5公準=平行線公理を採用するかどうかでユークリッド幾何学になるかそうでないか,というようなものである,という意味ですね。

 しかし,まあ,一般的な話としては「ルベーグ測度=長さ,面積・・・」を考える際には濃度が可算か非可算かで大きな差があります。

 例えば閉区間[ 0 , 1]の長さは1ですが有理数=有理点の個数は可算,つまり\aleph_0個なので長さはゼロです。したがって,連続無限個2の\aleph_0個の無理数=無理点のみの長さは差し引き1ですね。

 これの証明は各有理点の長さはどんな小さな正の数εよりも短いのでそれらを全部(つまり\aleph_0個=可算個)加えてもε+ε/2+ε/22+ε/23+・・・=2εよりも短いので合計でゼロである,ということでなされます。

 つまり,無限小を可算個集めても無限小のままですが,非可算個集めると有限な大きさになることもある,というわけですね。

 2次元の面積や3次元の体積でも同じような話ができます。

  その他には,コンピュータはどうしてもアナログでなくディジタルであるということですが,コンピュータの2進桁数をいくら増やしても,現実的にはチューリングマシンであること,

 つまり,連続的な実数の演算をしているように見えても,それは仮想であってやはり高々可算個の離散的な演算で近似しているだけで,そこには大きな違いがあるだろうということとか。。。

 また,集合論と同じく数学の無矛盾性と関わるゲーデルの完全性定理や不完全性定理に関するものもあります。

 これは数理論理学や,数学基礎論の話ですね。証明)の回数が可算個=\aleph_0個であるようなツリー構造についてしか記号論理学は論及できないとかいうのもあったと思います

 ,まあ,ゲーデルの証明が対角線論法によるものですからね。これらは証明論の話です。

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コメント

あれホント、「2007.9.9 無限次元ヒルベルト空間」と同じ指摘がされてる。
こっちは見てなかったなー。

>受け入れられないという気分も少しあります。最後までいくというあたり

これは順に定義するんじゃなく一度に定義すれば違和感ないんじゃないですか?
n 番目の小数を a(n) として、小数 x の m 位を x[m] と書けば、
 x[n] = 3 - a(n)[n]
と定義したと言うことで。
たぶん、「順に定義」しかできなかったら厳密な証明とは見なされなくて、「一度に定義」の方は置換公理で正当化されてると思います。

投稿: hirota | 2008年2月 7日 (木) 10時53分

 どうも通りすがりさん、TOSHIです。

 有益なコメントありがとうございます。専門の方のお話はとても勉強になります。

             TOSHI

投稿: TOSHI | 2006年10月21日 (土) 09時28分

アレフ1 の定義は、アレフ0 の次の基数(濃度)です。
従って アレフ0 と アレフ1 の間の基数が存在しないことは定義そのものですね。
連続体仮説は 2^{アレフ0} = アレフ1 が成立するかどうかの仮説で、ゲーデルによりその整合性、コーエンによりその否定の整合性が証明されています。

投稿: 通りすがり | 2006年10月20日 (金) 17時13分

順序集合をどこかでわけたときに、端があるのはどっちか一方だけになるようなのが実数だ。。。という「切断」による定義はまぁいいのですが、そうやってあっさり定義しちゃった実数なるものの性質のほんの一部しか論理では表せないので、気づくことのできないけったいな性質がほとんどなのだろうなぁなどと思ってたりします。

投稿: 耕士 | 2006年7月19日 (水) 23時16分

 こんばんは。。。耕士さん、TOSHIです。

 コメントしてくれる人が少ないのでありがたいです。

 まあ、「切断」は公理というか定義ですから証明もなにもないようなものです、例えば「実数√2という切断」=「0以下の有理数全体+2乗が2より小さい正の有理数の集合」で、これを√2と同一視せよ、というような「遊び」ですからねえ。。これで上限がないというギャップを埋めるだけです。

TOSHI

投稿: TOSHI | 2006年7月19日 (水) 01時57分

数学的な証明がとりあつかえる範囲がせいぜい可算個なんで、人間は実数なんか本当は理解できないと思うのですが、それは私が理解できてないだけで、理解できている人もたまにはいるのでしょうか?

投稿: 耕士 | 2006年7月18日 (火) 23時51分

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