ポアンカレ群と粒子のスピン
今日はポアンカレ(Poincare')群,特にローレンツ(Lorentz)群と粒子のスピンの関係について書いてみます。
ポアンカレ群という変換群は,座標系のローレンツ変換の作るローレンツ群に,時空座標の平行移動群を加えたミンコフスキー空間(Minkowski space)の合同変換群全体を指します。
このうち,平行移動に関係する物理量は,ネーター(Noether)の定理でご存知のように"平行移動変換群の生成子=エネルギーと運動量"です。
そして,それらの生成子から作られ,既約表現ごとに異なる固有値を与えるカシミア(Casimir)演算子は質量の2乗を示す演算子です。
そして,平行移動変換群の表現に対して"平行移動のカシミア演算子の固有値=質量の2乗"が負なら,その表現はタキオン(tachyon)を表わします。
また,それがゼロなら,例えばベクトル場(スピンが1)だと光子(photon)を表わします。
他方,正なら既約表現での固有状態は有限質量の実在粒子を表わします。
結局,自由粒子はその質量により平行移動群の既約表現に分解されるというわけです。
一方,ローレンツ群の表現の方には,その表現空間に応じてスピノル,ベクトル,テンソルなどがあります。
しかし,これらは4次元ミンコフスキー空間のスピノル,ベクトル,テンソルではなく,3次元ユークリッド空間(Euclidian space)のそれです。
そして,粒子のスピンが,s=0,1/2,1,3/2,2,..であるという性質も,質量の2乗が正でエネルギーも正の場合なら,3次元回転群:SO(3)のカシミア演算子による既約表現の分類から得られるわけです。
ただ,質量がゼロの特別な場合は,SO(3)ではなく"E(2)=2次元ユークリッド群"に関係するという理由から,光子はベクトルなのに独立成分が2つしかないのですね。
また,質量の2乗が負の既約表現に属するタキオンなら,3次元ローレンツ群:SO(2,1)に関係します。
そして,一般に,これら回転群の生成子はスピン,軌道を含めた角運動量演算子であるということになりますが,自由粒子なら軌道角運動量は関係ないのでスピンのみです。
ローレンツ変換は4次元空間の回転であるはずなのに,これはどういう意味か?というと,ウィグナー(E.P.Wigner)によってリトル・グループ(小群)なる概念に基づいて分類可能なことがわかっているからです。
まず,上記のように,平行移動群の表現をその既約表現の不変部分空間に分割することにより,質量の如何によって各表現ごとに生成子である4元運動量の固有値は限定されます。
実粒子であってエネルギーが正である範疇に属する4元運動量の固有値の任意の1つをkとして,それを不変に保つローレンツ変換:Λの集合,
すなわち,Λk=kを満たす変換Λの集合を作ると,これはローレンツ群の1つの部分群になります。
こうして作られた部分群の1つ1つをローレンツ群のリトル・グループ(little-group)と呼びます。
このとき,4元運動量の1つの固有値kとして,その静止系での値:k=(m,0,0,0)(m>0)を取れば,このリトル・グループが3次元回転群:SO(3)に一致するのは明らかでしょう。
ただし,質量がゼロでエネルギーが正の場合は,例えばk=(E,E,0,0)(E>0)を4元運動量の1つの固有値に取ればよく,リトル・グループは2次元ユークリッド群E(2)になります。
とにかく,ローレンツ群のユニタリな既約表現はリトル・グループの1価または2価のユニタリな既約表現を全て与えることで尽くされます。
そのため,質量が正の実粒子なら4次元空間のローレンツ群の既約表現を与えるのは3次元空間の回転群のそれを与えることと一致します。
そして,3次元空間の回転群については既に通常の非相対論においてスピンによって分類できることがわかっています。
なぜ,群の種々の表現のうちで,既約表現を特別視するのでしょうか?
それは,例えば質量やスピンを考えるとわかるように,量子論では超選択則(superselection rule)によって,"特別な場合を除いて1つの既約表現の基底空間から他の既約表現の基底空間への遷移が禁止されている"からです。
特別な場合というのは,,粒子の崩壊などの非弾性相互作用がある状況です。
要するに,変換群の示す対称性が成立しなくなる場合に相当します。
相対性理論の粒子の4つの運動量成分(E,P)は,実は全てが独立というのではなくて,その質量mによって制限されています。
(※:E2-P2=m2です。これは運動量空間の波動方程式(E2-P2-m2)|Ψ>=0 を意味します。)
そこで,,自由なパラメータは実は4つではなく3つなのです。
運動量空間での波動方程式は,フーリエ変換すれば座標空間での波動方程式になりますから,座標空間でも自由なパラメータは3つという状況は同じです。
そこで,高々3つのパラメータで決まるローレンツ変換群の部分群であるリトル・グループ,例えば3次元回転群で,その全てを記述できるわけです。
したがって,非相対論的量子論でも現われる通常の3次元空間でのスピンが,相対論の4次元空間でも主役になるわけですね。
参考文献:大貫義郎著「ポアンカレ群と波動方程式」(岩波書店)
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著者:小川 洋子 |
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