パウリのスピンと相対性理論
Pauli(パウリ)の導入した電子などのスピンという概念は,Dirac(ディラック)方程式という量子論の相対論的波動方程式が導入されて初めてその意味が明らかになったというのは,恐らく歴史的にはその通りであろうと思います。
すなわち,まず自由粒子のDirac方程式:(γp-m)Ψ=0 において電磁場の極小相互作用(minimal interaction)の原理を用いて,粒子の4元運動量pをp→p-eAと置き換えて,電磁場がある場合の方程式{γ(p-eA)-m}Ψ=0 を作ります。
そして,4×4行列γを2×2のPauli行列:σで表現し,正エネルギー解の4成分スピノルΨ=t(ψ,χ)において,大成分の部分である上2成分のスピノルψだけを取り出します。(反粒子なら大成分は下2成分χです。)
そして,例えばFoldy-Wouthuysen変換などを用いて相対論的方程式の非相対論の極限を取れば,非相対論での波動方程式=Scrödinger方程式においてスピンの存在を意味するPauli項:{-e/(2m)}σBψが自然に得られるというわけです。
(この項は,スピンによる磁気モーメントの磁気回転比gがg=2となることも説明します。)
しかし,このマジックは,別に非相対論の波動方程式を相対論的に修正したために生じたわけではなく,方程式を線形な行列方程式にしたために生じたのです。
つまり,波動関数がスピノルであることを明示したことが,Pauli項を浮き出させた原因であり,たまたま相対論的Dirac方程式においてそのことが顕在化しただけであるということを,このトピックで強調しておこうと思った次第です。
(※決して,Diracの歴史的発見を貶めよう。。とかの意図は
ありません。)
非相対論的量子力学でも,電子はスピンが1/2のFermi粒子であることを考慮して,最初から"Scrödinger方程式の解の波動関数が2成分のスピノルである。"ことを意識していればPauli項は自然に得られるのです。
波動関数が2成分スピノルであることを意識するなら,非相対論で
の自由粒子のHamiltonian:H=p2/(2m)が,Pauli行列σを用いて
H=(σp)2/(2m)とも表現できることに気付くはずです。
自由粒子ならどちらの表現も同じで,ワザワザσを導入することに何の意味もないのですが,電磁場の極小相互作用変換:p→p-eA,すなわち,p→p-eA,かつH→H-eΦを実行して電磁場があるケースにするなら事情は違ってきます。
H=p2/(2m)からp→p-eA,H→H-eΦと変形しても
H=(p-eA)2/(2m)+eΦで何の変哲も生じないのですが,
これをH=(σp)2/(2m)を出発点として変形し,
H={σ(p-eA)}2/(2m)+eΦとすれば,何と不思議なこと
に自然にPauli項が得られるのです。
これは非可換なPauli行列σがあることにより,
{-e/(2m)}(σipiσjAj+σjAjσipi)の項から,
{-e/(2m)}(pA+Ap)以外の項が得られるからです。
スピン行列は,i=jのときにはσiσj=1でi≠jのときには
σiσj=-σjσi=iεijkσkなる性質を持っています。
そして,(σiσjpiAj+σjσiAjpi)の項でpi=-i∂iとし,
εijk=εkijであることと,ベクトルポテンシャルAから磁場
BがBk=εkij∂iAjによって与えられることを組み合わせます。
すると,波動関数に掛かる係数として(pA+Ap)なる項の
他にσBが得られるのです。
※(注):↑文章だけではわかりにくく不親切なので追加です。
まず,{σ(p-eA)}2=σ(p-eA)σ(p-eA)
={(σp)2+(eσA)2-e(σpσA+σAσp)}です。
(σp)2+(eσA)2=p2+(eA)2ですが,最後の項は波動関数
Ψに作用する演算子としては,
(σpσA+σAσp)Ψ=(σiσjpiAj+σjσiAjpi)Ψ
=(pA+Ap)Ψ+i(εijkσkpiAj-εijkσkAjpi)Ψ
=(pA+Ap)Ψ+(εijkσk∂iΨAj-εijkσkAj∂iΨ)
+(εijk∂iAjσk)Ψ
となります。
右辺の2番目の項は同じ項の差なのでゼロです。
そこで残りは(pA+Ap)Ψ+σBΨです。
それ故,{σ(p-eA)}2Ψ={(p-eA)2-σB}Ψが得られます。
(注終わり)※
というわけで,パウリの1/2のスピンは単に3次元回転群の2価表現の1つであって,相対論とは直接には何の関係もない,のでした。
ここでは,簡単のために,c=hc=1とする自然単位系を取りましたが,通常のSI単位系なら,
Pauli項{-e/(2m)}σBψは{-ehc/(2m)}σBψとなります。
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