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2006年9月23日 (土)

磁石と鉄球の引力(誤解答の例)

@nifty物理フォーラムの古典物理の部屋で次のような質問を受けたことがありました。(前半はそれに対する私の誤解答で後半は訂正です。)

 

"表面磁束密度がBの磁石(表面積は∞)からL(m)離れた所にある直径Dの鉄球に働く力は計算できるのでしょうか?

 

F=(B2S)/2μという式をインターネットで見つけました。

 

ここでこのBにはいったい何を代入すればよいのでしょうか?鉄球のある位置での磁束密度?それだと鉄球の材質は関係ないのでしょうか?それとSは何の面積なのでしょうか?鉄球の投影面積でしょうか?"

 

という質問を受けて私は次のように回答しました。

電磁気学は専門というわけではないので,ちょっと計算してみましたが結果には自信がありません。私の計算では力は距離Lには無関係という結果になりました。

 

結果から書くと,力Fの大きさはF=(3π2/4)D22(μ-μ0)/{μ0(2μ0+μ)}となりました。

 

単位は合っていると思いますが,一応MKSA単位です。

 
 磁石の表面積が∞ なら磁束の連続性から,それは直線のまま無限遠まで延びるはずなので,強磁性体(例えば鉄)の周りは空気でしょうけど,それは無視するとして真空の磁束密度Bは距離Lに無関係に一様と考えました。

 

ただし,μは鉄の透磁率です。これは真空の透磁率μ0よりはるかに大きいはずです。

 
 一様磁場のなかでの磁性体球の磁化M(単位体積あたりの磁気モーメント)は電場の中の誘電体球の誘電分極からのアナロジーを用いると,向きも大きさも一様でM={3(μ-μ0)/(2μ0+μ)}B/μ0になります。

 

各半径位置xでの磁化電流(環状電流)をI,そこでの面積をSとすると,

IS=MSΔxとなりますから,I=MΔxです。

(xにおける半径をrとするとS=πr2です。)

 

磁場から受ける力の寄与ΔFは,位置xでの半径rを

r=[(D2/4)-x2]1/2とすると,各環状電流の長さが(2πr)なので,

ΔF=IB(2πr)=2πMBrΔx となります。

 

これを半径x=-D/2~D/2の範囲で積分すると鉄球全体に及ぼす力Fが求まると思って計算しました。

 

しかし,強磁性体については単純な磁場と磁化の比例関係は一般には成立しないので,比例係数を示す透磁率,比透磁率などの概念で定式化したのはかなり無理があるかもしれません。

 

でも別に鉄の磁化Mの磁場Bによる関数形:M=F(B),あるいはHによる関数形か実測値などがわかったなら,

 

F=(3π2/4)D22(μ-μ0)/{μ0(2μ0+μ)}の代わりに,

F=(π2/4)D22Mとなるだけの話です。

そして,横軸がHで縦軸が磁化Mであるような磁気ヒステリシス曲線(履歴曲線)で磁化Mを読み取ればいいことになります。

 

一般に,H=(B/μ0)-Mですが,磁石や鉄のない外部空間では磁化Mはゼロなのでヒステリシス横軸のHについては磁化の元になる真空のH=B/μ0を取ればいいと思います。

 ただし,実際の鉄の周りの外部磁場を求めるのであれば,真空の一様磁場Bの他に,磁化された鉄自身の発生する磁束密度を加えた重ね合わせ,になるので,その鉄球付近の外部磁場はもはや一様な磁束密度ではないです。

 

しかし,鉄球に働く力には自分自身の発生する磁場(自己力)は効かず,ただ自分自身の磁化と磁石による一様磁場Bの相互作用のみが効くだろうという場の考え方で計算しています。

 ヒステリシス曲線などの磁化や磁気モーメントの定義については,既にμ0のかかっているもの,つまり私の今用いている定義の磁化Mでいうと,μ0Mを磁化と称して示している曲線図などもあるので,単位や定義等については注意してください。"

  などと偉そうに答えていたのですが,まことに恥ずかしいことに,ここまでの私の議論は全くの間違いだったということに答えている私自身が気付いたのです。

 つまり,実は"一様磁場の中で鉄球に働く力はゼロであり引力も斥力も全く働かない"ことにやっと気付いたのですね。

 

磁気による力を総和することにばかり専心していて,その向きを考慮することが完全に抜けていたわけです。

 

鉄は強磁性体なので磁化され,その向きはトルクが最小,つまりゼロになる向きですから,磁場の向きと一致します。

 

ところで,磁化されて磁石となった鉄の磁荷ですが,電荷と異なりN極とS極のそれぞれが必ず磁石の両側に同じ大きさだけ現れることになり,NかSが単独で存在するもの(モノポール:単極子monopole)は今のところ見つかっていません。

 ということで,一方の磁荷には引力,他方の磁荷には斥力が同じ大きさだけ働くことになり結果として鉄は動かない,つまり力は釣り合ってゼロであるということになります。

 常識では磁石は必ず鉄を引き付けますが,それは磁場が一様ではなくて,磁石が有限の大きさなので近いところの方が遠いところより磁力が大きいことになり引力の方が斥力に勝るためです。

  したがって,初めに"こうした問題が何故巷の演習書などにありふれていないのか不思議だ。"などと考えていたのは私の誤りで,

 

こうした設定を扱った文献等が全く見当たらないのは,"この設定がつまらないというか無意味であるというか非現実的である"せいだったのだということがわかりました。

 N極から出た磁力線は必ずS極に向かって進み,そこで終わるわけですから一様磁場なら,かなたに ∞-表面積のS極があることになるわけです。

 

このNとSの間に鉄や磁石があっても,結局は両側から同じ力で引かれる結果として動きませんね。

 実際は磁石表面(たとえばN極)は片側にしかないわけですが,表面積が ∞ でS極がどこにもないのなら,結局は無限遠の仮想S極を探して真っ直ぐ伸びていくので同じことです。

 

これは,電気の平面コンデンサーで考えてみると同じことであるとわかるでしょうね。

 

電気なら帯電した無限平面から出る電気力線は,やはり一様電場の直線ですが,電荷ならプラスかマイナスかの一方だけで存在することが可能なので,単極の電荷があればそれには電気力が働きます。

 

しかし,もしこうした電場の中に磁場の中の磁石のように両側に同じ大きさのプラスとマイナス電荷が固定されるよう帯電した棒があるなら,この電場でもその棒全体に働く力はやはりゼロです。

 これは帯電していないもの:電荷のない中性のものを電場の中に置いたのと同じですから,それに働く電気力はゼロです。

 したがって,磁力の場合も磁石は必ず両側にNとSがあるので磁場の磁束が直線でなくて曲がっていない限り,引力など働かないことになります。

 つまり,∞ の表面積ではダメで,有限な表面積の磁束の磁石でないと,こうした問題そのものが成立しないでしょう。

 

とおわびし,訂正をして回答を終わったわけでした。

 

というわけで偉そうに長々と答えた回答が実は大間違いであったという私の失敗談をお話しました。

 

※(蛇足):間違いはそれに気が付けば訂正して謝ればいいだけです。

誤認逮捕や冤罪,それに手術ミスなど人命に関わるような取り返しのつかない間違いは別で謝っただけじゃ済まないでしょうが。。。

 

私は軽薄なのでメンツに傷が付く程度なら謝ります。

(↑メンツもカネもないくせに。。)

 

スグ謝る軽率なヤツと言われ,いくらか信用は失墜しますが,謝らずにごまかしたりしているうち,自ら恥ずかしくなって同じ名前ではネットに出てこれなくなった人が少なからずいるようです。

 

ま,それを職業:メシの種としたり自己のステータスの中心にしている人なら信用失墜が致命的な場合もあるでしょうから,こういうのは無責任野郎の私にしかできないかもネ。。。

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