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2006年9月18日 (月)

中心極限定理と多世界解釈

 確率現象で現われる中心極限定理(the central limit theorem)とは,

 

 通常の意味でのそれは,

 

 "m個の確率変数:Xj(j=1,2,..,m)が互いに独立で,平均値μjと分散σj2を持つとき,X=∑j=1m(j-μj)/(∑j=1mσj2)1/2の従う分布はm→∞ のとき,正規分布:N(0,1)に収束する。"という定理を言います。

 

 すなわち,定理は,

 "変数X=∑j=1m(j-μj)/(∑j=1mσj2)1/2がa≦X≦bの範囲にある確率Pr(a≦X≦b)は,m→∞ の極限では∫ab(2π)-1/2exp(-x2/2)dxに収束する。"

 

 というものです。

これを証明するには,特性関数:"[exp(itx)]=exp(itx)の期待値"がm→∞ の極限でexp(-t2/2)に近づくことを示せばいいだけです。

  

しかし,これを示すのは比較的簡単なので,この意味での中心極限定理の証明は割愛します。

 

 一方,大数の法則においてよく引き合いに出されるのは独立試行(ベルヌーイ試行)の分布における試行回数が無限大の極限です。

 

 ある事象が起こる確率をpとするとき,N回の独立試行でその事象がX=n回起こる確率:Pr(X=n)が,二項分布:Pr(X=n)=NnnN-n (q=1-p)に従うことはよく知られています

 

 この分布では,平均値がμ=Np,分散がσ2=Npqですが,これらが有限値のままN→ ∞ に移行した極限では,これはまずポアソン(Poisson)分布に近づきます。

 

 そして,Y=(-μ)/(σ2)1/2=(-Np)/(Npq)1/2と変数変換すれば,Yの確率分布は正規分布:N(0,1)に近づくことになります。

 

 この二項分布の正規近似も,やはり中心極限定理と呼ばれると私は思っています

 これは,具体的にはStirlingの公式と対数のTaylor展開公式から,

 NnnN-n → [N/{2πn(N-n)}]1/2(Np/n)n[Nq/(N-n)]N-n

         (2πNpq)-1/2exp[-(n-Np)2/(2Npq)]

 が導かれることから従うわけです。

 ところで,「数理科学」2002年7月号の和田純夫氏の記事「状態の保存と波動関数の解釈」(多世界解釈)には,次のような意味のことが書かれていました。

 

 例えば,スピンのアップ・ダウンのように超選択則に関わる2値関係の物理量,つまり測定値がα,βのいずれか2値しか取り得ない物理量に関して,系の状態ベクトルがa|α>+b|β> (|a|2+|b|2=1)で与えられるとします。

 

 このとき,N回の測定において測定値がαである頻度とは,この同じ状態にある粒子をN個用意して全てを同時に測定したとき測定値がαである個数のNに対する比率のことです。

 そして,a|α>+b|β>(|a|2+|b|2=1)で示される全く同等な状態粒子をN個用意した状態は,|N>≡(a|α>+b|β>)Nなる状態ベクトルで表わされます。

 

 そして,"N回の独立な測定で測定値がαになる回数がrである状態=相対頻度がr=n/Nである状態"|r>は規格化すると,

 

 |r>≡(Nn)-1/2{|α>n|β>N-n+(これらの全ての置換項)}

 という形で与えられるはずです。

 

 この|r>によって,|N>=(a|α>+b|β>)Nを|N>=∑c(r)|r>と展開したとき,展開係数のノルムの平方|c(r)|2は相対頻度がr=n/Nであるときの"共存度"を意味します。

 そして,具体的に上のc(r)を書き下すと,c(r)=(Nn)-1/2nN-n となるはずです。

 

 それ故,共存度は|c(r)|2Nn|a|2n|b|2(N-n)で与えられます。

 これはp=|a|2,q=1-p=|b|2の二項分布です。

もしも,N|a|2とN|a|2|b|2がN→∞ に対して有限に留まるなら上述の二項分布の中心極限定理によって,|c(r)|2

  

(2πN|a|2|b|2)-1/2exp[-(n-N|a|2)2/(2N|a|2|b|2)] 

となるはずです。

 

しかし,今の場合N→∞ に対して|a|2がゼロに収束するわけではないのでN|a|2は有限ではなく,むしろ|a|2自身が有限かつ一定です。

 

そこで,nではなくてr=n/Nを変数として規格化して,|c(r)|2は,

[N/(|a|2|b|2)]1/2exp[-(r-|a|2)2/(2|a|2|b|2/N)] 

になると考えるべきです。

  

この極限での,|c(r)|2はrで積分すると1になりますが,分散はσ2|a|2|b|2/N→ 0 となります。

 

したがって,N→∞での|c(r)|2の極限は,rの関数としてはr=|a|2でのみ ∞でそれ以外ではゼロであり,しかもrで積分すると1となるようなrの関数ですから,

 

|c(r)|2 δ(r-|a|2) であるはずです。

 

この計算結果は,"1回の測定で状態が|α>である確率が|a|2である"という通常の波動関数の意味での確率解釈が,

 

"測定回数Nが無限大のときの相対頻度:r=n/Nが,大数の法則に従う結果|a|2になる" という形で実現される例になっています。

 

以上が,この「数理科学」の記事に対する私の解釈ですが,私自身はエヴェレット(Hugh Everett)に始まる多世界解釈について,必ずしも全面的に信奉しているわけではありません。

 

一方,ロジャー・ペンローズ(Roger Penrose)らによる多世界解釈に対する批判があります。

 

これは,そもそもスピンであれば,アップとダウン|α>と|β>の重ね合わせ状態,また|猫生>と|猫死>の重ね合わせ状態も多世界解釈では観測できることになるというのがおかしい,というものだと思います。

 

しかし,そうした人間の意識や観測装置による超選択則がなぜ生じるのか?例えば陽子と中性子は観測されるのに,なぜその重ね合わせ粒子は観測されないのか?などという問題については,

  

観測の解釈とは本質的に別の問題であると私は思っています。

http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー)                                       TOSHI

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コメント

いや、本文の内容には関係なく、「重ね合わせ状態が観測できることになる、というのがおかしい」 という部分だけに対して、誤差のない理想的なスピンの観測なら確定した固有値が得られるが、観測誤差のため 「 99% アップである 」 などという観測結果が得られた場合は 「 99% アップ + 1% ダウン 」 という重ね合わせ状態が観測できたことになってるのじゃないか? と思ったまでです。

投稿: hirota | 2007年7月18日 (水) 12時10分

こんにちは。hirotaさん。TOSHIです。コメントありがとうございます。

>スピンのアップとダウンの重ね合わせ状態って、単に誤差のある観測結果ってだけじゃないですか?

 おっしゃっている意味がよくわかりませんが、猫生と猫死の重ね合わせもスピンの重ね合わせも、もちろん状態としては存在しますが、観測する場合には、これは誤差云々じゃなくて、1回ごとの観測にかかるのは確定した固有値だけだという意味で書いたのですが。。。

 この固有値がどうして決まるのかというとスピンであれば観測する人間がその測定の向きを選択したから、ということになり、別の向きで観測したら別の向きの固有値になりますね。

 猫の生死も実は人間には生と死というその向きの固有値しか認識できない、だから人間が生死の向きを選択したから、そう観測されるだけなのではないかという意味で書きました。

 つまり、解釈が多世界とか否か、ということとは関係なく、私は観測行為は物理的実在ですが、状態や状態関数は実在ではない、という立場なので( だから、非実在の状態ベクトルとしてなら、EPR相関のように非局所的であっても全く問題ない、という立場です。)こういうことは認識の問題であり、むしろ「超選択則」というものに属するのではないかと書いたつもりです。

            TOSHI

投稿: TOSHI | 2007年7月18日 (水) 09時41分

スピンのアップとダウンの重ね合わせ状態って、単に誤差のある観測結果ってだけじゃないですか?

投稿: hirota | 2007年7月17日 (火) 18時22分

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