ホイヘンスの原理の正当性
今日は,"光波=電磁波"に関するホイヘンスの原理
(Huygens' principle)を電磁気学の立場から証明することを
考えてみます。
線形波について成立すると考えられているHuygensの原理とは,
"ある時刻での先端波面上の各点を源とする波(要素波)全体
の重ね合わせから成る包絡面が,次に続く時刻の先端の波面
となって波が伝播する。そして,特に波は後戻りすることは
ない。
という原理・法則です。
(※↓下の説明図はネットで検索した図の流用(無断借用?)
です。)
さて,真空中の電磁場E,Bのうちで特に電場E=(Ex,Ey,Ez)の
成分の1つをψ(x,t)とします。
これは波動方程式△ψ=c-2(∂2ψ/∂t2),または
D'Alembert方程式:(△-c-2∂2/∂t2)ψ(x,t)=0
の解です。
初期時刻:t=t'における初期条件:ψ(x,t')=f(x,t')
および∂ψ(x,t')/∂t'=g(x,t')を満たす解:ψ(x,t)
を求める問題を,電場ψに対するCauchy問題(初期値問題)と
いいます。
これは,波動方程式に対するGreen関数:
D(x,t)={1/(4πc)}[δ(r-ct)-δ(r+ct)]/r
を用いるとすぐに解けます。r≡|x|です。
すなわち,ψ(x,t)
=∫d3x'[{∂D(x-x',t-t')/∂t}f(x',t')
+D(x-x',t-t')g(x',t')]
と表現できます。
ただし,Green関数:D(x,t)は,
t=0 でD(x,t)=0,∂D(x,t)/∂t=δ3(x)
を満たすD'Alembert方程式:
(△-c-2∂2/∂t2)D(x,t)=0 の解です。
つまり,D(x,t)は,
f(x,0)=0,g(x,0)=δ3(x)のCauchy問題の解になって
います。
このGreen関数は,D(x,t)
={1/(4πc)}[δ(r-ct)-δ(r+ct)]/r
=Dret(x,t)-Dadv(x,t)という形をしていて,
t>0 のときはD(x,t)=Dret(x,t),
t<0 のときはD(x,t)=-Dadv(x,t)
です。
そこで,θ(t)をHeaviside関数とすると,
Dret(x,t)=θ(t)D(x,t)と書けます。
これを遅延Green関数と呼びます。
遅延Green関数:Dret(x,t)は,
(△-c-2∂2/∂t2)Dret(x,t)
=-(1/c2)δ3(x)δ(t) なる方程式を満たします。
Huygensの原理は今の時刻の波面をもとにして,今より
後の波面を 予測する原理ですから,これの証明には,
遅延Green関数:Dret(x,t)=θ(t)D(x,t)だけを考慮
すれば十分と考えられます。
さて,閉曲面Sで囲まれた領域Vを考え,その中で定義された
任意の関数ψ(x,t)とφ(x,t)に対してGreenの定理を適用
します。
すなわち,
∫dt∫Vd3x[φ(x,t)△ψ(x,t)-ψ(x,t)△φ(x,t)]
=∫dt∫SdS[φ(x,t)(∂ψ(x,t)/∂n)
-ψ(x,t)(∂φ(x,t)/∂n)] です。
ただし,nは面積要素dSへの外向き法線方向です。
この式で,xをx'にtをt'に変更した後,
φ(x',t')=Dret(x-x',t-t')
={1/(4πcR)}δ(|x-x'|-c(t-t'))
を代入します。
ただし,R≡|x-x'|です。
△'ψ=c-2(∂2ψ/∂t'2),△'φ
=-c-2δ3(x-x')δ(t'-t)ですから,
R≡x-x'とおくとR=|R|であり,次式を得ます。
ψ(x,t)
=∫Vd3x'[Dret(x-x',t-t')
{∂ψ(x',t')/∂t'}
+{∂Dret(x-x',t-t')/∂t}ψ(x',t')]
+(1/4π)∫SdS'n'[∇'ψ(x',t')/R
-(R/R3)ψ(x',t')-{R/(cR2)}{∂ψ(x',t')/∂t'}]t'=t-R/c
です。
これをKirchhoffの積分表示といいます。
ここで,Huygensの原理を証明するために,原点Oにある点光源
から真空中に球面波が発射されるとします。
すると,時刻tで座標がx(r≡|x|)の観測点Pでの波は,
ψ(x,t)=(A/r)exp{-iω(t-r/c)}で与えられます。
Aは振幅です。これは一般には位置座標の関数:A=A(x)ですが,
特に球対称な波であるS波のみを考えてAは定数であるとします。
まず,Sで囲まれた領域Vは閉曲面Sの外部空間全体と考えます。
Kirchhoffの積分表示の右辺で,
Dret(x-x',t-t')
={1/(4πc)}[θ(t-t')δ(|x-x'|-c(t-t'))]
/|x-x'|を含む第1項では,t-t'>0 かつ
|x-x'|=c(t-t')を満たす領域V内の点x'以外の寄与
はゼロです。
今のケースでは,VをSの外部領域としているので,Pに到る
点においてV内の点x'には,光源からの光波はまだ全く届いて
ないはずなので,第1項の寄与はゼロです。
そこで,積分表示の式は右辺第2項だけになり,
ψ(x,t)={1/(4π)}∫SdS'n'[∇'ψ(x',t')/R
-(R/R3)ψ(x',t')
-{R/(cR2)}{∂ψ(x',t')/∂t'}]t'=t-R/c
なる形に帰します。
最後の表示式でn'を-n'に変更した後,
ψ(x',t')=(A/r')exp{-iω(t'-r'/c)}
を代入すると,
ψ(x,t)={A/(4π)}∫SdS'[{(x'n')/r'2+(Rn')/R2}
+(iω/c){(x'n')/r'+(Rn')/R}]
×(1/Rr')exp[-iω{t-(r'+R)/c}]
となります。
ここで,位置xで表わされる光の観測点Pは,閉曲面Sの中に
あっても外にあってもいいので,PはSの内側にあるとしてみます。
上の積分表式はSをどのように取っても不変ですから,Sとして
OとPを焦点とする回転楕円体表面を取ると,被積分関数はx'と
-Rの交換で反対称なので,PがSの内側の場合には,
ψ(x,t)=0 が得られます。
※つまり,x'と-Rの交換:x'→ -R,R→ -x'に対して
は,x→ -xで,かつ積分表示右辺の被積分関数が反対称です
から,ψ(x,t)→ ψ(-x,t)=-ψ(x,t)です。
ところが,OとPを焦点とする回転楕円体においては2つの焦点
OとPは全く対称ですから,ψ(O,t)=ψ(P,t)のはずです。
しかし,ベクトルとしてOP=x=x'+R=x,PO=-x
=-R-x'ですから,点OとPが対等で,ψ(O,t)=ψ(P,t)
なることはψ(x,t)=ψ(-x,t)を意味します。
(Oが原点でもPが原点でも同じ)
これと,先に得た式ψ(-x,t)=-ψ(x,t)から,
ψ(x,t)=-ψ(x,t)ですから,ψ(x,t)=0 が得られる
わけです。
閉曲面SをOとPを焦点とする回転楕円体表面に取ることが可能
なのは,もちろん,PがSの内部にあるときだけです。※
これは,"Huygensの原理=過去の波面の包絡面の進行した結果が現在
の包絡面になる"において,球面波の進行は外向きにのみ起こり内向き
波の包絡面の寄与は打ち消されてゼロになること,を示しています。
この事実は,この原理の弱点ではないか?と思われる部分を克服
しているという意味で重要であると思われます。
次に,PがSの外側にある場合を扱います。
簡単のため,表面Sを原点Oを中心とする半径r'の球面とします。
そして,r'とRは光波の波長λ=2πc/ωに比べて極めて大きいと
して,第1項を無視すると,
ψ(x,t)={iA/(2λ)}∫SdS'(1/Rr')
[(r'n')/r'+(Rn')/R]exp[-i{ωt-2π(r'+R)/λ}]
となります。
ここで,(R'n')/R=cosχとします。
(r'n')=r'であり,dS=2πr'2sinθdθ,
R2=r'2+r2-2rr'cosθ です。
RdR=rr'sinθdθですから,dS=(2πr'R)/rdRであり,
ψ(x,t)={iπA/(λr)}exp{-i(ωt-2πr'/λ)}
∫r-r'r+r'dR(1+cosχ)exp{i(2πR/λ)} となります。
以後は,球面SをPを中心とする半径がRの球面ごとにFresnel帯と
呼ばれる同心環の細い幅ΔRの輪帯:
Rk-1≦R≦Rk(k=1,2,..n:R0=r-r',Rn=r+r')
に分割します。
各同心輪帯の上では,χ=χk(一定),s=sk=1+cosχk(一定)
として,右辺の積分を級数:Σk=1nskexp{i(2πRk/λ)}ΔRで
近似します。
これのΔR→ 0 の極限では,
右辺の積分が得られ,"右辺=Kirchhoffの表示"が,
左辺=ψ(x,t)=(A/r)exp{-i(ωt-2πr/λ)}
に一致することを示すことができます。
結局,S波の球面波ではKirchhoffの積分表示は,確かに恒等式である
ことが示されたわけです。
S波以外の,P波,D波..についての証明は割愛します。
しかし,それら軸対称等の波は球対称のS波をx,y,zについて
有限回微分すれば得られる波ですから,S波に対して成立する
ことが証明された上記の恒等式において,両辺を微分すれば,
P波,D波..についても成立するのは明らかと考えられます。
以上でHuygens(ホイヘンス)の原理の正当性が証明されたと
考えます。
※追記:言うまでもないことですが,私の記事はただ単に参考文献となる本をコピーして記事にしているだけではありません。
大抵は,何年か十何年か何十年か前にそれを読んで,そのとき理解するために式などの行間を埋めてつくったノートをファイルしたものを取り出して読み返し,それから抽出して編集し直しているものです。
いわば自分自身の勉強のプロセスを覚書きとして書いていたものを公開した勉強の履歴が主です。
または,今現在ノートを取って勉強する代わりに,ブログ記事に書いている場合もあります。(細かい計算以外では紙(ノート)とペンを使う習慣が次第になくなってきています。)
まあ,本を丸写しするわけではないけど,単にそれを咀嚼した結果に過ぎない,という意味では大した違いはありませんけどね。。
とはいっても,本には数行でサラッと書かれていたことが,ノートでは
数ページにわたることも多々ありますが。。。
まあ,所詮,実体験するわけではなくて過去の歴史的蓄積を受け継い
で反芻する行為としての学問という意味では,こうした学問は全て
パクリです。
しかし,相対性理論のようなものも含めて,過去に発見された知見を
全て自分で再発明,再発見して実際に検証しなければ無意味だ,とい
うような完全な実証的経験主義に立ったのでは寿命がいくらあって
も足りないです。
それでは,何のためにこれまでの先人の歴史があったのか?疑問とい
うことになりますね。
もちろん,懐疑することは常に必要ですが先人の仕事を理解して受
容する「パクリの精神」もなければ,新しい時代の進歩はないでし
ょうね。
そもそも,"殴られた経験がないから,殴られると痛いということも
わからない"とか,または,"戦争体験がないから戦争のことを語る
資格がない"とかいうことなどもないと思っています。
実際の経験がなくても理解できるということが,成熟した大人と
子供の大きな違いではないかと思っています。
ちょっと脱線しました。これで終わります。
参考文献:砂川重信著「理論電磁気学(第2版)」(紀伊国屋書店)
(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー) TOSHI
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コメント
砂川理論電磁気学を用いたゼミでちょうどこの部分の担当になっていたので、参考にさせていただきました。わかりやすく説明されており、詰まっていたところが解決しました。ありがとうございます。また、追記に書かれていました「パクリの精神」に私も賛同します。
投稿: 物理学科の端くれ | 2022年3月17日 (木) 04時19分