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2006年10月12日 (木)

算術幾何平均と楕円積分

今日はちょっとマニアックですが算術幾何平均と楕円積分

との関係について述べてみたいと思います。

 

 まず,算術幾何平均(Aeithmetic geometric mean)とは何か?

という定義から始めるとa>0,b>0 の場合には次のように

定義されます。

すなわち,a0=a,b0=b,an+1(an+bn)/2,bn+1(ann)1/2

によって算術平均と幾何平均の交互の数列{an},{bn}をつくります。

 

すると,仮にa≧bならnn+1n+1nであり,

b≧aならann+1n+1nなので,2つの数列は共に

上下に有界です。

しかも単調増加,または単調減少なので共に収束します。

 

{an},{bn}のn→ ∞での極限値をそれぞれα,βとすると,

α=(α+β)/2,β=(αβ)1/2より,α=βとなります。

この極限値α=βをaとbの算術幾何平均と定義し,

これをM(a,b)と書くことにします。

 

一方,第1種の楕円積分(Elliptic integral)を

F(φ,k)≡∫0φdφ/(1-k2sin2φ)1/2で定義します。

 

ここで,x=sinφとおくと,

dx=cosφdφ,or dφ=dx/(1-x2)1/2なので

F(φ,k)=∫0xdx/{(1-x2)(1-k22)}1/2とも書けます。

 

 この積分をu(x)とおくと,ksinφがφ=2π=(π/2)×4

の周期を持つことに対応して,u(x)の逆関数x(u)は,

2つの定積分:K=∫01dx/{(1-x2)(1-k22)}1/2,

K'=∫01dx/{(1-x2)(1-k'22)}1/2

から決まる周期:4Kと2iK'を持つことを確かめる

ことができます。

ただし,k'2=1-k2です。

 

本記事での目的は,1/M(1,k')=2K/π,かつ

1/M(1,k)=2K'/πを示すことです。

 

 結果としてk=√2,k'=iを代入したとき,ω≡F(π/2,i)

=∫0π/2dφ/(1+sin2φ)1/2=∫01dx/(1-x4)1/2とおけば,

ω=(π/2)/M(1,√2)が示されます。

 

つまり,レムニスケート(Lemniscate)積分:

0π/2dφ/(1+sin2φ)1/2=∫01dx/(1-x4)1/2の値が

1と√2の算術幾何平均に等しいことがわかります。

 

もっとも,1/M(1,k')=2K/π,k'=i によって,

(π/2)/M(1,i)=F(π/2,√2)=∫0π/2dφ/(1-2sin2φ)1/2

=∫01dx/{(1-x2)(1-2x2)}1/2の方を示すのには,

算術幾何平均を正の実数だけでなく複素数の範囲まで拡張する

必要があるので,ここでは割愛します。

 

さて,(π/2)/M(1,√2)=ω≡F(π/2,i)に対して,

Gaussの2つの証明を紹介しましょう。

 

まず,1つ目の証明は,M(λa,λb)=λM(a,b)=λM(an,bn)

なる性質から,等式:M[1+2t/(1+t2),1-2t/(1+t2)]

=M[(1+t)2,(1-t)2]/(1+t2)=M(1+t2,1-t2)/(1+t2)

が得られることから出発します。

 

一方,M(b,a)=M(a,b)からM(1+k,1-k)はkの偶関数より,

1/M(1+k,1-k)=1+a12+a24+..と展開可能とします。

k=2t/(1+t2)とすると,M[1+2t/(1+t2),1-2t/(1+t2)]

=M(1+t2,1-t2)/(1+t2)から,

1+a1[2t/(1+t2)]2+a2[2t/(1+t2)]4+..

(1+t2)(1+a14+a28+..)です。

 

両辺を(1+t2)で割って2tを掛けると,

2t/(1+t2)+a1[2t/(1+t2)]3+a2[2t/(1+t2)]5+..

2t(1+a14+a28+..) が得られます。

 

左辺をtのベキ級数に展開するため,

1/(1+t2)=1-t2+t4-t6+..,(1+t2)-3

=∑m=1[(-1)(-3-1)...(1-3-m+1)t2m/m!] etc.

を用います。

 

そして,上の恒等式の両辺のtのベキの係数を比較すると,

 0 =1-4a19a116a225a236a3=..

 =(2n-1)2n-1(2n)2n が得られます。

 

よって,n[1・3・5・..(2n-1)/{2・4・6・...(2n)}]2

[1・3・5・..(2n-1)/(2n!)]2 です。

 

この結果をまとめると,

1/M(1+k,1-k)=∑n=1[1・3・5・..(2n-1)/(2n!)]22n

となります。

 

一方,1/(1-k2sin2φ)1/2

1+(1/2)2sin2φ+(1/2)2(1・3)4sin4φ/2!

(1/2)3(1・3・5)6sin6φ/3!+..と展開できます。

そして,∫0π/2sin2nφdφ=[1・3・5・...(2n-1)/ (2n!)](π/2)

ですから,結局,

(2/π)K=n=1[[1・3・5・...(2n-1)/(2n!)]22n

となることがわかります。

 

以上から,1/M(1+k,1-k)=(2/π)Kですが,

M(1+k,1-k)=M[1,(1―k2)1/2]=M(1,k')ですから

1/(1,k')=(2/π)Kです。

 

kをk'=(1―k2)1/2で置き換えれば,

1/M(1,k)=(2/π)K'も得られ,結局,

(π/2)/M(1,√2)=ω≡F(π/2,i)=∫dφ/(1+sin2φ)1/2

=∫dx/(1-x4)1/2 が示されたことになるように見えます。

 

しかし,実は上に求めた級数の収束半径は1なので,Lemniscate積分

には適用できません。

 

そこで,Gaussの与えたもう一つの証明を見てみましょう。

 

まず,次の積分I(a,b)を,

I(a,b)≡∫0π/2[dφ/(a2cos2φ+b2sin2φ)1/2

で定義します。

この積分において,sinφ=2asinφ'/{a+b+(a-b)sin2φ'}

によって変数変換をして置換積分をすると,

I(a,b)≡∫0π/2dφ/(a2cos2φ+b2sin2φ)1/2

=∫0π/2dφ'/(a12cos2φ'+b12sin2φ')1/2=I(a1,b1)

となります。

 

もちろん,1(a+b)/2,b1(ab)1/2です。

(a,b)=I(a1,b1)=I(a2,b2)=...=I(an,bn)=...

ですから,n → ∞ に対してI(an,bn) → I(a,b)です。

 

ところが,an → M(a,b),bn → M(a,b)より,

I(a,b)=I(M(a,b),M(a,b))

=1/M(a,b)]∫0π/2dφ/(cos2φ+sin2φ)1/2

=π/[2M(a,b)] が得られます。

 

この結果から,a=1,b=kにより,やはり1/M(1.k)=(2/π)K'

が得られます。

 

上に証明された結論に基づいて,ω≡F(π/2,i)

=∫0π/2dφ/(1+sin2φ)1/2=∫01dx/(1-x4)1/2

を計算する代わりに,

実際にエクセル(Excel)を使って算術幾何平均を計算する

ことによって(π/2)/M(1,√2)を求めてみました。

 

これは,10回程度の繰り返し計算でほぼ収束して,

ω=1.311028777146なる値になることがわかりました。

 

 話は変わりますが,こうしたことに興味を抱いたのは斉藤利弥 著の

「線形微分方程式とフックス関数(ポアンカレ)を読む)」

(河合文化教育研究所)に興味を持ったためです。

 

zの1価解析関数F(z)があるとき,これが変換群Gに属する任意

の変換Tに対してF(Tz)=F(z)を満たすなら,この関数FをG

に対する保型関数と呼びます。

 

そして,特に群Gがメビウス変換=1次分数変換:

T=(az+b)/(cz+d)の集合で,これがある条件を満足する

ときに構成されるFuchs(フックス)群であるときにはGに対する

保型関数をFuchs関数と言います。

 

特に,2階線形常微分方程式d2y/dx2 =Q(x)yの2つの

独立な解f(x)とφ(x)の比をz(x)=f(x)/φ(x)とします。

 

 複素平面上の1点xからxに戻る有向閉曲線で作られる

ホモトピークラスの作る群である基本群から派生する変換に対して

閉曲線1回転でxに戻ったとき,t(f(x),φ(x))が変換される

1次変換の2行2列の行列をモノドロミー行列(Monodromy matrix)

といいます。

 

この行列の作るMonodromy群の行列で,z(x)=f(x)/φ(x)

がメビウス変換を受けてもxの方は1回転で単に元に戻ることから,

z(x)の逆関数x(z)が1価ならメビウス変換群の保型関数になる

ことがわかります。

 

こうしたFuchsの発想から,係数に確定特異点のある線形常微分方程式

の解の多価性と関連してFuchs関数を分析することで,

壮大なPoincare'(ポアンカレ)の世界が広がります。

 

これの第1歩として,今日のトピックである算術幾何平均と楕円関数

の話題があるわけです。私はまだ端緒に付いたにすぎません。

 

参考文献;

斉藤利弥著「線形微分方程式とフックス関数(ポアンカレを読む)」

(河合文化教育研究所), J.J.グレイ著「線形微分方程式と群論」

(シュプリンガーフェアラーク東京),

久賀道郎著「ガロアの夢」(日本評論社),

高木貞治著「近世数学史談」(共立出版)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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コメント

tの冪を比較して
0=…のところがよくわかりません。
奇数次だけを取り出しているということでしょうか?
なぜかのようになるのでしょう。

投稿: とど | 2019年7月26日 (金) 12時15分

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