算術幾何平均と楕円積分
今日はちょっとマニアックですが算術幾何平均と楕円積分
との関係について述べてみたいと思います。
まず,算術幾何平均(Aeithmetic geometric mean)とは何か?
という定義から始めるとa>0,b>0 の場合には次のように
定義されます。
すなわち,a0=a,b0=b,an+1=(an+bn)/2,bn+1=(anbn)1/2
によって算術平均と幾何平均の交互の数列{an},{bn}をつくります。
すると,仮にa≧bならbn≦bn+1≦an+1≦anであり,
b≧aならan≦bn+1≦an+1≦bnなので,2つの数列は共に
上下に有界です。
しかも単調増加,または単調減少なので共に収束します。
{an},{bn}のn→ ∞での極限値をそれぞれα,βとすると,
α=(α+β)/2,β=(αβ)1/2より,α=βとなります。
この極限値α=βをaとbの算術幾何平均と定義し,
これをM(a,b)と書くことにします。
一方,第1種の楕円積分(Elliptic integral)を
F(φ,k)≡∫0φdφ/(1-k2sin2φ)1/2で定義します。
ここで,x=sinφとおくと,
dx=cosφdφ,or dφ=dx/(1-x2)1/2なので
F(φ,k)=∫0xdx/{(1-x2)(1-k2x2)}1/2とも書けます。
この積分をu(x)とおくと,ksinφがφ=2π=(π/2)×4
の周期を持つことに対応して,u(x)の逆関数x(u)は,
2つの定積分:K=∫01dx/{(1-x2)(1-k2x2)}1/2,
K'=∫01dx/{(1-x2)(1-k'2x2)}1/2
から決まる周期:4Kと2iK'を持つことを確かめる
ことができます。
ただし,k'2=1-k2です。
本記事での目的は,1/M(1,k')=2K/π,かつ
1/M(1,k)=2K'/πを示すことです。
結果としてk=√2,k'=iを代入したとき,ω≡F(π/2,i)
=∫0π/2dφ/(1+sin2φ)1/2=∫01dx/(1-x4)1/2とおけば,
ω=(π/2)/M(1,√2)が示されます。
つまり,レムニスケート(Lemniscate)積分:
∫0π/2dφ/(1+sin2φ)1/2=∫01dx/(1-x4)1/2の値が
1と√2の算術幾何平均に等しいことがわかります。
もっとも,1/M(1,k')=2K/π,k'=i によって,
(π/2)/M(1,i)=F(π/2,√2)=∫0π/2dφ/(1-2sin2φ)1/2
=∫01dx/{(1-x2)(1-2x2)}1/2の方を示すのには,
算術幾何平均を正の実数だけでなく複素数の範囲まで拡張する
必要があるので,ここでは割愛します。
さて,(π/2)/M(1,√2)=ω≡F(π/2,i)に対して,
Gaussの2つの証明を紹介しましょう。
まず,1つ目の証明は,M(λa,λb)=λM(a,b)=λM(an,bn)
なる性質から,等式:M[1+2t/(1+t2),1-2t/(1+t2)]
=M[(1+t)2,(1-t)2]/(1+t2)=M(1+t2,1-t2)/(1+t2)
が得られることから出発します。
一方,M(b,a)=M(a,b)からM(1+k,1-k)はkの偶関数より,
1/M(1+k,1-k)=1+a1k2+a2k4+..と展開可能とします。
k=2t/(1+t2)とすると,M[1+2t/(1+t2),1-2t/(1+t2)]
=M(1+t2,1-t2)/(1+t2)から,
1+a1[2t/(1+t2)]2+a2[2t/(1+t2)]4+..
=(1+t2)(1+a1t4+a2t8+..)です。
両辺を(1+t2)で割って2tを掛けると,
2t/(1+t2)+a1[2t/(1+t2)]3+a2[2t/(1+t2)]5+..
= 2t(1+a1t4+a2t8+..) が得られます。
左辺をtのベキ級数に展開するため,
1/(1+t2)=1-t2+t4-t6+..,(1+t2)-3
=∑m=1∞[(-1)(-3-1)...(1-3-m+1)t2m/m!] etc.
を用います。
そして,上の恒等式の両辺のtのベキの係数を比較すると,
0 =1-4a1=9a1-16a2=25a2-36a3=..
=(2n-1)2an-1-(2n)2an が得られます。
よって,an=[1・3・5・..(2n-1)/{2・4・6・...(2n)}]2
=[1・3・5・..(2n-1)/(2nn!)]2 です。
この結果をまとめると,
1/M(1+k,1-k)=∑n=1∞[1・3・5・..(2n-1)/(2nn!)]2k2n
となります。
一方,1/(1-k2sin2φ)1/2
=1+(1/2)k2sin2φ+(1/2)2(1・3)k4sin4φ/2!
+(1/2)3(1・3・5)k6sin6φ/3!+..と展開できます。
そして,∫0π/2sin2nφdφ=[1・3・5・...(2n-1)/ (2nn!)](π/2)
ですから,結局,
(2/π)K=∑n=1∞[[1・3・5・...(2n-1)/(2nn!)]2k2n
となることがわかります。
以上から,1/M(1+k,1-k)=(2/π)Kですが,
M(1+k,1-k)=M[1,(1―k2)1/2]=M(1,k')ですから
1/M(1,k')=(2/π)Kです。
kをk'=(1―k2)1/2で置き換えれば,
1/M(1,k)=(2/π)K'も得られ,結局,
(π/2)/M(1,√2)=ω≡F(π/2,i)=∫dφ/(1+sin2φ)1/2
=∫dx/(1-x4)1/2 が示されたことになるように見えます。
しかし,実は上に求めた級数の収束半径は1なので,Lemniscate積分
には適用できません。
そこで,Gaussの与えたもう一つの証明を見てみましょう。
まず,次の積分I(a,b)を,
I(a,b)≡∫0π/2[dφ/(a2cos2φ+b2sin2φ)1/2
で定義します。
この積分において,sinφ=2asinφ'/{a+b+(a-b)sin2φ'}
によって変数変換をして置換積分をすると,
I(a,b)≡∫0π/2dφ/(a2cos2φ+b2sin2φ)1/2
=∫0π/2dφ'/(a12cos2φ'+b12sin2φ')1/2=I(a1,b1)
となります。
もちろん,a1=(a+b)/2,b1=(ab)1/2です。
I(a,b)=I(a1,b1)=I(a2,b2)=...=I(an,bn)=...
ですから,n → ∞ に対してI(an,bn) → I(a,b)です。
ところが,an → M(a,b),bn → M(a,b)より,
I(a,b)=I(M(a,b),M(a,b))
=1/M(a,b)]∫0π/2dφ/(cos2φ+sin2φ)1/2
=π/[2M(a,b)] が得られます。
この結果から,a=1,b=kにより,やはり1/M(1.k)=(2/π)K'
が得られます。
上に証明された結論に基づいて,ω≡F(π/2,i)
=∫0π/2dφ/(1+sin2φ)1/2=∫01dx/(1-x4)1/2
を計算する代わりに,
実際にエクセル(Excel)を使って算術幾何平均を計算する
ことによって(π/2)/M(1,√2)を求めてみました。
これは,10回程度の繰り返し計算でほぼ収束して,
ω=1.311028777146なる値になることがわかりました。
話は変わりますが,こうしたことに興味を抱いたのは斉藤利弥 著の
「線形微分方程式とフックス関数(ポアンカレ)を読む)」
(河合文化教育研究所)に興味を持ったためです。
zの1価解析関数F(z)があるとき,これが変換群Gに属する任意
の変換Tに対してF(Tz)=F(z)を満たすなら,この関数FをG
に対する保型関数と呼びます。
そして,特に群Gがメビウス変換=1次分数変換:
T=(az+b)/(cz+d)の集合で,これがある条件を満足する
ときに構成されるFuchs(フックス)群であるときにはGに対する
保型関数をFuchs関数と言います。
特に,2階線形常微分方程式d2y/dx2 =Q(x)yの2つの
独立な解f(x)とφ(x)の比をz(x)=f(x)/φ(x)とします。
複素平面上の1点xからxに戻る有向閉曲線で作られる
ホモトピークラスの作る群である基本群から派生する変換に対して
閉曲線1回転でxに戻ったとき,t(f(x),φ(x))が変換される
1次変換の2行2列の行列をモノドロミー行列(Monodromy matrix)
といいます。
この行列の作るMonodromy群の行列で,z(x)=f(x)/φ(x)
がメビウス変換を受けてもxの方は1回転で単に元に戻ることから,
z(x)の逆関数x(z)が1価ならメビウス変換群の保型関数になる
ことがわかります。
こうしたFuchsの発想から,係数に確定特異点のある線形常微分方程式
の解の多価性と関連してFuchs関数を分析することで,
壮大なPoincare'(ポアンカレ)の世界が広がります。
これの第1歩として,今日のトピックである算術幾何平均と楕円関数
の話題があるわけです。私はまだ端緒に付いたにすぎません。
参考文献;
斉藤利弥著「線形微分方程式とフックス関数(ポアンカレを読む)」
(河合文化教育研究所), J.J.グレイ著「線形微分方程式と群論」
(シュプリンガーフェアラーク東京),
久賀道郎著「ガロアの夢」(日本評論社),
高木貞治著「近世数学史談」(共立出版)
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コメント
tの冪を比較して
0=…のところがよくわかりません。
奇数次だけを取り出しているということでしょうか?
なぜかのようになるのでしょう。
投稿: とど | 2019年7月26日 (金) 12時15分