零点エネルギーとファン・デル・ワールス力
希ガスの原子が分極して振動していると仮定して,"2つの同種の中性原子間に働く引力=ファン・デル・ワールス力(ファンデルワールスの力:Van der Waals force)のエネルギーを見積もってみましょう。
まず,2つの原子の原子核が大きく離れているとして,その一方を原点Oとし,他方の原子核の位置ベクトルをRとします。
そして,それぞれの原子の分極ベクトルをd1,d2とします。
ただし,分極ベクトルとは外郭電子全体の平均位置を始点として原子核を終点とするベクトルです。
一般に,原子番号をZ,素電荷をe>0 とすると分極ベクトルがdなら双極子ベクトルpはp=Zedとなります。
このとき,"相互作用Hamiltonian=2つの同種中性原子の間に働くCoulomb相互作用のエネルギー"は,
H'=Z2e2(1/|R|-1/|R-d1|-1/|R-d2|+1/|R-d1+d2|)
と表わされます。
ここで,R=|R|,d=|d|とし,θをRとdのなす角とすれば,
Rdcosθ=(R・d)ですから,1/|R-d|
=1/(R2+d2-2Rdcosθ)1/2 と書けます。
これはcosθを変数とするLegendre多項式で展開すると,
1/|R-d|=1/(R2+d2-2Rdcosθ)1/2
=(1/R)∑n=0∞Pn(cosθ)(-d/R)n となります。
そして,d1=|d1|,d2=|d2|とし,Rとd1のなす角をθ1,Rとd2のなす角をθ2,Rと(d1-d2)のなす角をθ3とすれば,
[R・(d1-d2)]=(R・d1)-(R・d2) なので,
|d1-d2|cosθ3=d1cosθ1-d2cosθ2 が成立します。
それ故,(1/|R|-1/|R-d1|-1/|R-d2|+1/|R-d1+d2|)
=(1/R)[1-∑n=0∞Pn(cosθ1)(-d1/R)n-∑n=0∞Pn(cosθ2)(-d2/R)n+∑n=0∞Pn(cosθ3)(-|d1-d2|/R)n] と展開されます。
P0(cosθ)=1,P1(cosθ)=cosθ,P2(cosθ)=(3cos2θ-1)/2ですから,n=0 とn=1の項は相殺されて消えてしまいます。
そこで,Rが大きいことを考慮して,n=3 以降の項を無視し,ゼロでない最初の項のn=2の項だけを取ると,
[(d1・d2)-3(n・d1)(n・d2)]/R3 となります。
ただしn≡(R/R)です。
結局,近似的に,H'=(Z2e2/R3)[(d1・d2)-3(n・d1)(n・d2)]となります。
ところで,希ガス原子の質量をmとして,その分極振動を角振動数ω0の1次元調和振動子で近似すると,
H0=p12/m2+mω02d12/2+p22/m2+mω02d22/2
=pS2/m2+mω02dS2/2+pA2/m2+mω02dA2/2
となります。
ただし,この表現では,dS=(d1+d2)/√2,dA=(d1-d2)/√2とし,対応して運動量もpS=(p1+p2)/√2,pA=(p1-p2)/√2としました。
一方,上記の2次の摂動Hamiltonian:
H'=(Z2e2/R3)[(d1・d2)-3(n・d1)(n・d2)]は,
H'={Z2e2/(2R3)}[dS2-3(n・dS)2]-{Z2e2/(2R3)}[dA2-3(n・dA)2]=-{Z2e2/(2R3)}P2(cosθS)dS2+{Z2e2/(2R3)}P2(cosθA)dA2となります。
ここで,さらにP2(cosθS)≒P2(cosθA)=C(一定)と近似します・
こうすれば,トータルのHamiltonian:H=H0+H'は,
H=pS2/m2+[mω02-(CZ2e2/R3)]dS2/2+pA2/m2+[mω02dA2+(CZ2e2/R3)]dA2/2となります。
そこで,ω±≡[ω02±{CZ2e2/(mR3)}]1/2~ ω0[1±{CZ2e2/(mR3ω0)}/2 -{CZ2e2/(mR3ω0)}2/8±...](複号同順)と定義すれば,Hamiltonian:Hは角振動数ω±の1次元調和振動子の和で書けます。
元のH0の基底状態の零点エネルギーは,hc≡h/(2π)(hはPlanck定数)とおくと,(1/2)hcω0×2=hcω0ですが,
Coulomb力の摂動を受けたH=H0+H'の基底状態の零点エネルギーは,
(1/2)hc(ω-+ω+)≡hcω0+ΔUとなります。
ただし,相互作用エネルギー:ΔUはΔU≡-hcω0{CZ2e2/(mR3ω0)}2/8=-A/R6(A>0)です。
これは,中性原子同士が引き付け合う距離の6乗に反比例するファン・デル・ワールス(Van der Waals)の引力です。
ここでは,中性原子間の引力としてVan der Waals力を紹介しましたが,通常はむしろ電気的に中性な気体分子の分子間力を与えるものとして知られています。
参考文献;キッテル「固体物理学入門:第6版」(丸善), べシィック・スミス共著(町田一成訳)「ボーズ・アインシュタイン凝縮」(吉岡書店),犬井鉄郎「偏微分方程式とその応用」(コロナ社)
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