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2006年11月26日 (日)

高密度状態での陽子の中性子化(2)

前記事の続きです。

簡単のために水素原子を考えます。水素原子の半径はほぼボーア半径:aB=hc2/(me2)=0.53×10-8cmで与えられます。

 

ここで,hc≡h/(2π),hはPlanck定数でmeは電子の(換算)質量です。

 

原子が密着して配列しているなら水素原子の密度:ρHはρH=mH/(4πaB3/3)で与えられますが,この密度以上に物質が圧縮されると原子がバラバラに配列している状態から外れて,とても高密度な状態にあるといえます。

 

ただしmH は水素原子の質量です。

例えば,原子が半径aの空間に圧縮されれば,電子の陽子との間に働く静電エネルギーはc.g.s単位でEe=e2/aです。

 

一方,不確定性関係:ΔpΔx~hcより,半径aの空間に閉じ込められた電子は(hc/a)程度の運動量を持ち,そこでEk=hc2/(2me2)程度の運動エネルギーで運動しています。

このエネルギーは,密度:n~1/a3の縮退エネルギー,

つまりFermiエネルギー:εF=pF2/(2me)

[{3/(4πgh3)}}1/31/3]2/(2me)

=(3π2)}2/3c2/(2me2) と同程度です。

 

ちなみに,ρH=mH/(4πaB2/3)の密度では,

k/Ee={hc2/(2me2)}/aB=1/2~1なので,

kとEeは同じオーダーになります。

しかし,aが小さくなるとEk/Ee=aB/(2a)は大きくなります。

 

やがて電子のエネルギーEk=hc2/(2me2)が大きくなって,陽子の束縛をはずれて自由に飛び回るようになります。

 

これを圧力電離(pressure ionization)といいます。

 

電離された電子は密度が大きくなるにつれて静電相互作用を無視して一様密度の自由粒子の気体のように挙動するようになります。

一方,陽子の量子的運動エネルギーをEK とし,その陽子同士の静電エネルギーをEpと書くとEK/Ep={aB/(2a)}(me/mp)です。

 

pは陽子の質量です。

 

KがEpより大きくなるのは電子の場合と比べて,aが(me/mp)倍まで小さくなったとき,密度にして1010倍大きくなったときです。

 

したがって,その密度が達成されるまでは陽子は静電エネルギーが最小となるような配列で規則正しく並ぶことになります。

しかし,温度Tがゼロ近傍の低温ではなく十分高温になり,BT>c2/(2mp2)となった場合,EKは縮退エネルギーである量子的運動エネルギーよりも,主として熱運動エネルギーで与えられることになります。

 

そこで,このときはEpとEKの比Γは,Γ=Ep/EK ~ e2/(aB)となります。

 

そしてΓ>1なら陽子は規則正しく結晶状に配列すると予想されます。

陽子ではなく,質量数がAで電荷がZのイオンなら密度はρ=AmpnなのでΓ~ (Ze2)/(aB)=2.27×106(Z2/A1/3){ρ(kg/m3)}1/3/T

です。

 

コンピュータによる結晶化の仮想数値実験によると,Γ~1では局所的に秩序のある液体状態を保っていますが,Γが50~170程度になるとはじめて結晶化するらしいです。

つまり,結晶化が崩れる温度は,大体T>2.3×104(100/Γ)(Z2/A1/3){ρ(kg/m3)}1/3Kであることになります。

これら圧力電離が生じ始めるのは,ρ<2×109 kg/m3程度の高密度状態ですが,これ以上の高密度状態になると陽子の中性子化が起きます。

中性子と陽子の質量差は,Q=(mn-mp)c2=1.29 MeVで中性子の方が陽子より重いので通常は陽子のほうが安定で中性子が陽子に崩壊します。

 

これが弱い相互作用によるベータ崩壊(β-decay)です。

 

当然のことですが自然の崩壊現象というのは重い粒子が軽い粒子に崩壊するものです。逆反応は自然には有り得ません。

しかし,Q=(mn-mp)c2=1.29MeVよりも大きいエネルギーを持つ電子を陽子に照射すればベータ崩壊の逆反応である陽子による電子捕獲(electron capture):p+e-→n+νeなる反応が起こります。

 

物質密度が非常に高くなり,aが小さくなって電子の縮退エネルギー="絶対温度Tで電子の取り得る上限のエネルギー"εF=(3π2)}2/3c2/(2me2)が,この捕獲反応を起こすほど大きくなると,陽子は電子を吸収しどんどん中性子化してゆきます。

今,簡単のためにT=0 として陽子,電子,中性子のみから成る気体を仮想して平衡状態における組成を検討してみましょう。

高密度状態で先に述べた電子捕獲の反応が起こって,ベータ崩壊と平衡状態に達するとします。

  

温度一定:dT=0 ,密度一定:dV=0 のときは平衡になる条件はHelmholtzの自由エネルギーF≡U-TSが極小になることです。

粒子を通さない壁で仕切られた2つの異なる系があって,2つの系のうち系2は十分大きい熱浴であるとして,これらが平衡にごく近い状態にあるとすると,T1=T2=T,P1=P2=Pです。

 

2つの系全体では孤立系なので,反応は総エントロピーS=S1+S2が増加する方向,すなわちdS1+dS20 の方向に進むはずです。

ところが,反応の前後で全エネルギーも全体積も保存するはずですから,dU1=-dU2,dV1=-dV2です。

  

したがって,dS2(dU2+PdV2)/T=(dU1+PdV1)/Tなので,反応が進む条件は,dS1(dU1+PdV1)/T0 となります。

熱浴ではない系1の反応だけに着目して,添字1をはずすとdS-(dU+PdV)/T0 です。dT=0,dV=0ではPdV=0 なので,この条件はd(TS-U)/T=-dF/T≧0,つまりdF≦0 になります。

 

それ故に,平衡の条件はHelmholtzの自由エネルギー:F≡U-TSが極小であることになるわけです。

そして,今はT=0 の場合を考えているので,F=Uですから平衡になる条件は内部エネルギーUが極小になることです。

 

そして体積が一定dV=0 の条件では,これは内部エネルギー密度E=U/Vが極小になることと同じことですね。

p+e-→n+νeの反応で発生した電子ニュートリノ:νeは物質との相互作用が極端に小さく何でも通り抜けてしまうため,これは高密度領域からすぐに逃げてしまうと考えられるので,これの効果は無視することにします。

核子の数密度:nBの保存と電荷の保存から陽子,電子,中性子の数密度を,それぞれnp,ne,nnとすると,np+nn=nB かつnp=neが成立するので,与えられた一定のnBに対してnnが与えられれば全ての組成は決まってしまいます。

 

そして陽子,中性子,電子のそれぞれについて質量を除いた内部エネルギーの密度をE=U/Vとすると,全エネルギー密度ξはξ=nmc2+Eで与えられます。

 

系全体のエネルギー密度はξ=ξn+ξp+ξeです。

そして先に述べた平衡の条件は相対論まで含めれば質量のエネルギーと運動エネルギーを加えた広い意味での内部エネルギーが極小になる条件ですから,結局ξが極小になるという条件に同等です。

そこで平衡になるときの組成を得るためには,nn の変化に対してξが極小になる条件を求めればいいことになります。

 

すなわち,dξ/dnn=dξn/dnn+dξp/dnn+dξe/dnn=dξn/dnn-dξp/dnp-dξe/dne=0 です。

 

dn=(g/h3)pF2dpF,dE=(g/h3)d[∫0pFεp2dp]により,dE/dn=pF-2(d/dpF)[∫0pFεp2dp]=εFなのでdξi/dni=εFi+mi2 (i=n,p,e)となります。

したがって,平衡の条件はεFn+mn2=εFp+mp2+εFe+me2,すなわち,(pFn2+mn22)1/2=(pFp2+mp22)1/2+(pFe2+me22)1/2となります。

次はこの式からnp=neによってpFp=pFeであることに注意しながら(pFp/pFn)2を解くことを考えればよいことになります。

 

具体的な計算は煩雑なので省略して結果だけを書くと,(pFp/pFn)2=[1+(4Qmn/pFn2)+4(Q2-me24)mn2/pFn4]/[4{1+(mnc/pFn)2}]が得られます。

 

なお,この結果式においてはmp=mnとし,mpはmnで置き換えています。

p/nn=(pFp/pFn)3ですが,ρc≡mn43/(3π2c3)≒6.11×1018 kg/m3とおけば,mnc/pFn=(ρc/mnn)1/3となります。

 

そこで,np/nn

=(1/8)[(1+{4Q/(mn2)}(ρc/mnn)2/3+{4(Q2-me24)/(mn24)}(ρc/mnn)4/3)/(4{1+(ρc/mnn)2/3})]3/2

が得られます。

右辺をmnnで微分することにより,np/nnはnnの増加と共に大体において減少するが,ある値を境にして増加に転ずることがわかります。

 

(p/nn)は,nn~ 1.27×10-4ρc=7.74×1014 kg/m3のとき

最小値:(np/nn)min~[{Q+(Q2-me24)1/2}/(mn2)]3/2

≒1.34×10-4を取ります。 

 

 mnn>>ρcになると,極限値1/8に近づいていきます。

いずれにしても,圧縮されて密度が高くなると陽子はそのほとんどが中性子に変わり中性子の割合が大きくなります。

 

そして,中性子が崩壊しようにも,常にある量の電子が存在するため,崩壊によって生成される電子や陽子のエネルギー状態は既に占拠されているので中性子の崩壊が妨げられ,そのため不安定な粒子である中性子が安定に存在していると考えられます。

 

ただし,上述の議論は陽子,電子,中性子の系を理想気体と仮定した前提で得られたものです。

 

実際には高密度物質はこの理想化からは程遠い状態にあります。

 

しかも,核子は相互作用の無視できる自由運動をするわけではなく原子核の状態で存在します。

 

たとえ,そうでなくても核力によって強く相互作用するわけですから,核力の影響を無視できないことになります。

 

これらを考慮した話は中性子星を中心とした話になりますが,これについては機会があったらまた記事にしてみたいと思います。

参考文献;佐藤文隆 原 哲也 著「宇宙物理学」(朝倉書店)

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