ボルツマン方程式とH定理
今日は不可逆過程と関連してボルツマン方程式とボルツマン
(Boltzmann)のH定理について述べたいと思います。
まず,質量がmで全分子数がNの気体が速度vとv+dvの間
にある粒子数の分布をf(v)dvとします。
簡単な考察によって,絶対温度Tで熱平衡状態
にある場合には,f(v)はMaxwell-Boltzmann分布:
f(v)=N[m/(2πkBT)]3/2exp[-mv2/(2kBT)]
に従うことがわかります。
これは,∫f(v)dv=Nと規格化されています。
次に同じ気体分子が非平衡状態にあるとして,その分布関数
を位置rと速度v,および時刻tの関数としf(r,v,t)と
します。
つまり,時刻tにrとr+drの間,vとv+dvの間にある
分子数をf(r,v,t)drdvとするわけです。
これも∫f(r,v,t)drdv=Nと規格化しておきます。
このとき,粒子の衝突を無視した自由運動による各位置の近傍
での粒子数の保存を示す連続の方程式は,
∂f/∂t+v∇f=0 となります。
これはLiouville方程式を分布関数で与えたものとなっています。
しかし,一般に非平衡状態では衝突による粒子数変化の
湧き出し項として衝突項が存在し,連続の方程式は
∂f/∂t+v∇f=(∂f/∂t)collとなるはずです。
これをBoltzmann方程式と呼びます。
ある時刻tに速度v'とv1'をもつ粒子対が衝突して単位時間
に速度vとv1との粒子対となってv~v+dv,v1~v1+dv1
領域に入ってくるプロセスの頻度をσ(v,v1|v',v1')
とします。
これと全く逆に,v~v+dv,v1~v1+dv1領域から出て
行くプロセスの頻度をσ(v',v1'|v,v1)とすれば,
衝突(湧き出し)項は,(∂f/∂t)coll=∫σ(v,v1|v',v1')
f(r,v',t)f(r,v1',t)dvdv1dv'dv1'
-∫σ(v',v1'|v,v1)f(r,v,t)f(r,v1,t)
dvdv1dv'dv1'なる式で与えられるはずです。
ところで,力学の時間反転に対する対称性よって,vとv1から
v'とv1'に変わる頻度は-v'と-v1'から-vと-v1に変化する
頻度に等しい:
つまりσ(v',v1'|v,v1)=σ(-v,-v1|-v',-v1')
と考えられます。
これを「衝突数算定の仮定」と呼びます。
さらに座標軸の向きを逆転させても,こうしたプロセスの頻度は
同じと考えられるので,
σ(-v,-v1|-v',-v1')=σ(v,v1|v',v1') です。
そこで,結局σ(v,v1|v',v1')=σ(v',v1'|v,v1)として
よいと考えられます。
ここで略記法として,f≡f(r,v,t),f'≡f(r,v',t),
f1≡f(r,v1,t),f1'≡f(r,v1',t)と書くと,
(∂f/∂t)coll
=∫σ(v,v1|v',v1')(f'f1'-ff1)dv1dv'dv1'
となります。
気体分子の衝突は,弾性衝突で衝突の前後でエネルギーも運動量
も保存されると考えられるため,
v+v1=v'+v1',かつ,v2+v12=v'2+v1'2
以外の場合には,σ(v,v1|v',v1')=0 です。
Boltzmann方程式が不可逆過程を記述することを示すため,
ここでBoltzmannのH関数という関数Hを,
H(r,t)≡∫f(r,v,t)logf(r,v,t)dv
で定義します。ここでlogは自然対数:lnです。
このとき,∂H/∂t=∫(∂f/∂t)(logf+1)dvと
書けますが,
Boltzmann方程式:∂f/∂t+v∇f=(∂f/∂t)coll
を代入すると,
∂H/∂t=∫(logf+1)[-v∇f+(∂f/∂t)coll ]
=-∇[∫v∇(flogf)dv]+∫(logf+1)(∂f/∂t)colldv
となります。
この右辺のうちで,1×衝突項の部分の積分は
∫(∂f/∂t)colldv
=∫σ(v,v1|v',v1')(f'f1'-ff1)dvdv1dv'dv1'
です。
これはσ(v,v1|v',v1')のv,v1,v',v1'における粒子の
交換に対する対称性と(f'f1'-ff1)の粒子交換の反対称性から
ゼロとなります。
したがって,Hの流れとして,JH≡∫v(flogf)dvを定義
すると,∂H/∂t+∇JH=∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv
となります。
これは,BoltzmannのH関数の流出入以外の正味の生成である
dH/dt=∂H/∂t+∇JH が∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv
によって与えられることを示しています。
そして,∫(logf)(∂f/∂t)colldv
=∫(logf)σ(v,v1|v',v1')(f'f1'-ff1)dvdv1dv'dv1'
です。
この式の右辺は,
∫(logf1)σ(v1,v|v1',v')(f1'f'-f1f)dvdv1dv'dv1',
∫(logf')σ(v',v1'|v,v1)(ff1-f'f1')dvdv1dv'dv1',
∫(logf1')σ(v1',v'|v1,v)(f1f-f1'f')dvdv1dv'dv1'
の全てと等しいことになります。
しかも対称性から,これらのσは全て等しいので,簡略化して
σ(v,v1|v',v1')を単にσと略記することにします。
すると,∫(logf)(∂f/∂t)colldv
=(1/4)∫σ(f'f1'-ff1)(logf+logf1-logf'-logf1')
dvdv1dv'dv1'
=(1/4)∫σ(f'f1'-ff1)log(ff1/f'f1')dvdv1dv'dv1'
と書けることになります。
ところが,σは衝突頻度ですから,当然σ≧0 であり,しかも
(x-y)log(y/x)≦0 ですから,
結局,dH/dt=∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv≦0 が
示されたことになります。
つまり,BoltzmannのH関数は時間と共に常に一定,または減少
するということが示されたわけです。
こうして,"時間反転不変=可逆な力学法則から,どういうわけか
不可逆変化が導かれました。
これを"BoltzmannのH定理"といいます。
しかし,この定理に対しては,"Loschmidtの逆行性批判"という
有名な反論があります。
すなわち,"ある瞬間に時間的変化を反転する,つまり全粒子の向き
を逆転させると,逆にHは過去に向かって減少する,または未来に
向かっては増加するということになる" という反論です。
これは,まことにもっともな話です。
こうしたさまざまな反論に悩んだ末,とうとうBoltzmannは自殺
に追い込まれてしまったのです。
今考えると,H定理は実は確率法則による定理であり,例えば衝突
頻度σに対して「衝突数算定の仮定」が導入されています。
既に"速度空間の大きい体積の方には小さい体積よりも粒子数
が多いはずである"などの「等重率原理」のような確率的構想
が入っていて,単純な可逆的力学法則からの確率概念的な飛躍
があることに気付きます。
というわけで,確率法則としてはBoltzmannのH定理は正当である
と認めて何ら問題はありません。
ところで,H関数は非平衡状態に対して与えられたものですが,
熱平衡状態は∫[(logf)(∂f/∂t)coll]dv=0,
つまりff1=f'f1'に対応します。
そして,このときはfをrで積分したものはMaxwell-Boltzmann分布
となります。
平衡統計力学においてのみ定義されるエントロピー(entropy):
Sを計算すると,これはBoltzmannのH関数と
S=-kB∫H(r,t)dr+(定数)なる関係にあることが
わかります。
そこで,エントロピー概念を拡張して非平衡状態でもエントロピーを,
S=-kB∫H(r,t)dr+(定数)で定義すればいいのでは,
と考えることができます。
"孤立系=流出入のない系ではエントロピーは常に増加する"
という熱力学第2法則は,平衡状態でのBoltzmannのH定理の
いい換えに過ぎないということになります。
参考文献;北原和夫 著「非平衡系の統計力学」(岩波書店)、テル・ハール 著「熱統計学」(みすず書房)
http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー) TOSHI
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