バナッハ空間における逆写像定理
今日は解析学の課題として完備なノルム空間であるバナッハ空間(Banach)における"逆写像定理(=逆関数定理:Inverse-function Theorem)"を証明してみたいと思います。
まず,逆写像定理という定理の意味ですが,これは次の命題のことです。
"XをBanach空間としE⊂XをXにおける開集合とする。そして,fをE→XのC1級写像とし,a∈E,b=f(a)とする。
さらに,線形写像:A≡f'(a)は可逆(invertible),つまり,点aにおけるfの微分係数A=f'(a)は全単射で逆写像;A-1を持つ,とする。"
(定理の仮定)
(※もしも,Banach空間XがRnであれば,可逆とはf'(a)のJacobi行列式(Jacobian)がゼロでないことを意味します。※)
このとき,"a∈U⊂E,b∈Vを満たすXの開集合:U,Vが存在して,
(1)f:U→Vは全単射 (2)f-1はC1級写像となる。"(定理の結論)
というものです。
これを証明するためには2つの補題:「縮小写像定理(contraction lemma)or 不動点定理」と「平均値の定理」が必要です。
縮小写像定理(不動点定理)とは,
"(E,d)を完備な距離空間(complete metric space)とする。
fがE→Eの縮小写像である(0<ヨK<1:d(f(x),f(y))≦Kd(x,y) for ∀x,y∈E)なら,f(x)=xを満たすx∈Eが存在して一意的である。"
という定理です。
この定理の結論での一意的(unique)なxのことを不動点と言います。
これの証明は簡単です。
任意のx0∈Eを取り,これを基に,x1=f(x0),x2=f(x1),..,xn=f(xn-1),..と点列{xn}を逐次的に定義すると,
d(x2,x1)=d(f(x1),f(x0))≦Kd(x1,x0)...より,
帰納的にd(xn+1,xn)≦Knd(x1,x0)が成り立うことがわかります。
そこで,m>nのときにはd(xm,xn)≦{Kn/(1-K)}d(x1,x0)→ 0 as m,n→ ∞ です。
つまり{xn}はCauchy列になります。
したがって,(E,d)の完備性から,∃x∈E:d(x,xn)→ 0 です。
ところで,0<ヨK<1:d(f(x),f(y))≦Kd(x,y) for ∀x,y∈E であり,fはEの上で一様連続なので,
n→ ∞に対してf(xn)→ f(x)となります。
他方,d(f(xn),xn)≦Knd(x1,x0)が成立しますから,
n→ ∞の極限では,d(f(x),x)=0,つまりf(x)=xです。
もしも,これ以外に不動点x'があれば,d(x,x')=d(f(x),f(x'))≦Kd(x,x')<d(x,x'),つまりd(x,x')<d(x,x')となって明らかに矛盾です。
よって不動点xは一意的です。(証明終わり)
次に平均値の定理ですが,これは,
"XをBanach空間,U⊂XをXにおける開集合,さらに凸集合とする。
そして,fをUにおいてC1級の写像とする。
(※Banach空間というのは完備な線形ノルム空間です。
ノルム空間の距離空間としての距離dは,ノルム(norm)で与えられ,ノルムを|・|で表わすと,xとyの距離はd(x,y)=|x-y|です。※)
このとき,x,y∈Uに対しv=x+t(y-x)(0<t<1)が存在して,
|f(y)-f(x)|≦|y-x|sup|f'(v)|が成立する。"
というのが平均値の定理です。
これの証明は,F(t)≡f(x+t(y-x))とおけば,F'(t)=(y-x)f'(x+t(y-x))ですが,単純な実数関数の平均値の定理により
|F(1)-F(0)|=|F'(c)|なる 0<c<1 が存在するので完了です。
(つまり実数値関数h(t)≡|F(t)-F(0)|に平均値の定理を適用すればいいのですね。)
さて,いよいよ,逆写像定理の証明をします。
(証明) A≡f'(a)が可逆なのでA-1が存在しますから,1/λ≡|A-1|とおきます。
f'はEの上で連続でEは開集合なので,r>0 が存在して,
|x-a|≦rなら,x∈E,かつ|A-f'(x)|≦λ/2,
つまり|I-A-1f'(x)|≦1/2を満たすようにできます。
(ここで線形写像のノルムも同じノルム記号を使っています。)
次に,|y-b|≦λr/2なるy∈Xを取り固定します。
gy(x)≡x+A-1(y-f(x)とおけば,gy'(x)=I-A-1f'(x),
よって|gy'(x)|≦1/2 for ∀x:|x-a|≦rです。
平均値の定理により,∀x1,x2:|xi-a|≦r(i=1,2)に対して,
|gy(x1)-gy(x2)|≦(1/2)|x1-x2|が成立します。
特に,|x-a|≦rなら,|gy(x)-gy(a)|≦r/2,
また|gy(a)-a|=|A-1(y-b)|≦r/2,
つまり|gy(a)-a|≦rです。
しかも |gy(x1)-gy(x2)|≦(1/2)|x1-x2|より,gy(x)はUr(a)の閉包の上では縮小写像ですから,
縮小写像定理によって,Ur(a)の閉包の中にx*=gy(x*), or
y=f(x*)を満たすx*が一意的に存在します。
上のyは固定していましたが,これは任意なので,
Uλr(b)の閉包における任意のyに対して,Ur(a)の閉包の中に一意的なxが存在してy=f(x)が成立することが示されました。
そして,x=x+A-1(y-f(x)-A-1(y-f(x))より,
|x-a|≦|gy(x)-gy(a)|+|A-1(f(x)-b)|
≦|A-1||f(x)-b|+(1/2)|x-a|です。
よって,|f(x)-b|≧(λ/2)|x-a|であり,|x-a|≧rなら
|f(x)-b|≧λr/2です。
そこで,y=f(x)でy∈Uλr(b)ならx∈Ur(a)ですから,
"y∈Uλr(b)⇒x∈Ur(a)"の関係は,xの一意性により1対1対応であることがわかります。
ここで,U≡{x∈Ur(a)|f(x)∈Uλr(b)}とおけば,
fの連続性からUは開集合であり,V≡f(U)とおくと,
明らかにfはU→Vの上への写像になります。
結局,φ:V→Uなるfの逆写像φ≡f-1が存在することがわかります。
そこで,Vも開集合であることを証明するために,y0∈Vを取ります。
既に示したことから,y0=f(x0)を満たすx0∈Uが存在しますが,
Uは開集合なので|x-x0|<η⇒x∈Uなるη>0 が存在します。
ところが,先に導いた|f(x)-b|≧(λ/2)|x-a|と同じく,
|x-x0|≦(2/λ)|f(x)-y0|=(2/λ)|y-y0|ですから,
|y-y0|<λη/2なら|x-x0|<ηより,
x∈U,すなわちf(x)∈V,つまりy∈Vが成立します。
よってVも開集合です。
最後に,φ≡f-1がVの上でC1級写像であることを示しましょう。
x∈Ur(a)⇒|A-f'(x)|≦λ/2<λ=1/|A-1|から
f'(x)も可逆であることがわかります。
実際,微分係数f'(x)というのは線形写像を意味するのですが,
Tを,XからXへの|A-T|<λ=1/|A-1|を満たす任意の線形写像とすると,|(A-T)A-1|≦|A-T||A-1|<1なので,
δ≡|A-T||A-1|とおけば 0<δ<1であり,
|Σk=nm{(A-T)A-1}k|≦δn/(1-δ)→ 0 となります。
そして,Xの完備性により,Xの上の線形写像全体から成る線形空間:L(X)も完備ですから,極限:W≡Σn=0∞{(A-T)A-1}nが存在してW∈L(X)となります。
それ故,∀y∈Xに対しx≡A-1Wyとすると,
Tx={A-(A-T)}x={I-(A-T)A-1}Wy
=Σn=0∞{(A-T)A-1}ny-Σn=1∞{(A-T)A-1}ny=y
となることがわかります。
さらに,Tは1対1であることも示せるので,結局Aが可逆で,かつ
|A-T|<λ=1/|A-1|なら,Tも可逆ということになるからです。
そこで,B≡f'(x)-1とするとBは有界です。
y,y+k∈V,x=φ(y),h≡φ(y+k)-φ(y)とおけば,
k=f(x+h)-f(x)=f'(x)h+r(h)です。
ただし,|r(h)|/|h|→ 0 as |h|→ 0です。
それ故,Bk=h+Br(h):φ(y+k)-φ(y)=Bk-Br(h)
ですが,λ|h|/2≦|k|なので ,|k|→ 0 なら|h|→ 0 です。
したがって,φ'(y)が存在してφ'(y)=B=f'(φ(y))-1です。
そして,f'(x)が"連続=有界"でありφも連続故,合成写像φ'も"連続=有界"ですから,結局φ≡f-1はVの上でC1級写像です。(証明終わり)
※これは大学の物理学科3年のときに数学科の2年の解析学の講義にもぐりこんで取ったノ-トに基づいているので特に種本はありません。
http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー) TOSHI
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