演算子のスペクトル展開の例(空洞光子の量子場)
2006年8/19 に「スペクトル展開と超関数(量子力学)」という量子力学の演算子のスペクトル展開に関する記事を書きました。
これを再掲し,その応用として空洞輻射の光子(photon)を量子化した調和振動子の場としたときの密度演算子ρのスペクトル展開の例をあげてみます。
(※再掲記事開始)
まず,ある自己共役な線形演算子Aの固有値は離散的として,それをλn(n=1,2,..)とし,その固有状態のケットベクトルを|λn>とします。
簡単のため,縮退がないとすると,m≠nのとき<λm|A|λn>=λm<λm|λn>=λn<λm|λn>でλm≠λnより,|λm>と|λn>は直交していて<λm|λn>= 0 です。
一般に離散的固有値のみのときは<λm|λn>=δmnとHilbert空間のベクトルとして直交規格化することができます。
そして固有状態のベクトル系が完全系であれば,任意の状態のベクトル|ψ>は|ψ>=∑n|λn><λn|ψ>と展開できます。
特にA|ψ>=∑nA|λn><λn|ψ>=∑n|λn>λn<λn|ψ>と書くこともできるので,Pn≡|λn><λn|により射影演算子を定義すれば,形式的にA=∑nλnPnと表すことができます。
これを演算子のスペクトル展開と言います。
一方,Aが位置Xや運動量Pのような連続固有値を持つ場合はどうでしょうか?
運動量Pは閉じ込められたり束縛状態の場合には離散固有値も取りますが,自由粒子では連続固有値しか取りませんね。
このときのAの連続固有値をλ,固有ベクトルを|λ>とするとλ≠λ'なら,やはり<λ|λ'>=0 ですが,この場合は一般に固有ベクトルはノルムが有限でないため,Hilbert空間のベクトルではないので直交規格化することはできません。
例えば,X表示では<X|X'>=δ(X-X')というDiracのデルタ関数という,"関数とはいえないもの=超関数"という形でしか,直交規格化をうまく表現できません。
展開の方も,形式的には,|ψ>=∫|λ><λ|ψ>dλ,また,A|ψ>=∫|λ>λ<λ|ψ>dλと書き,
P(λ)≡|λ><λ|と定義して,A=∫λP(λ)dλと書いて,これを演算子のスペクトル展開である,としてもいいように思えます。
しかし,P(λ)=|λ><λ|なるものを記号的に射影演算子と定義してもこれ自身が"長さ=ノルム"が有限ではない超関数的な実体でHilbert空間の上の有限な演算子,または物理量という資格がありません。
A=∫λP(λ)dλという形式的展開を表わす右辺の積分もLebesgueやRiemannの意味での積分という通常の定義からはみだしています。
そこで,Aの固有値がλとλ+dλの間のP(λ)dλ=|λ>dλ<λ|に相当するものとして,dE(λ)なるものをスペクトル射影演算子として定義します。
そして,Stieltjes積分を使って|ψ>=∫|ψ>dE(λ)と展開し,またA=∫λdE(λ)と書けば,やっと演算子のスペクトル展開になるわけです。
超関数を気持ち悪いと考えないなら,DiracのオリジナルのA=∫λP(λ)dλ=∫|λ>λ<λ|dλを演算子のスペクトル展開としても別にかまわないと思います。
いずれの扱いでも積分の定義を拡大解釈することにより,離散的な場合をも含めて機能的に扱うことができます。
(再掲記事終了※)
さて,ここで量子論の演算子のスペクトル展開の例として単一モード(単一運動量)の空洞輻射の光子の熱励起を個数状態で展開した密度演算子(密度行列)ρ≡ΣnPn|n><n|を考えてみます。
統計力学によれば,光子がn個励起される確率は,
Pn=exp{-En/(kBT)}/[Σn=0∞exp{-En/(kBT)}]
で与えられます。
そして,量子化された場の調和振動子としての単一モードの光子のエネルギーは,Planck定数をh,hc≡h/(2π)とすれば,
En=(n+1/2)hcω (n=0,1,2..)で与えられます。
そこで,U≡exp{-hcω/(kBT)}とおけば,
n個の光子が励起される確率は,Pn=Un/Σ0∞Un=(1-U)Un
=[1-exp{-hcω/(kBT)}]exp{-nhcω/(kBT)} です。
したがって,密度演算子は,ρ≡ΣPn|n><n|
=[1-exp{-hcω/(kBT)}]exp{-nhcω/(kBT)}|n><n|
と書けます。
これが量子論の密度演算子ρのスペクトル展開ですが,完全系をなす"エネルギー固有状態=個数状態"によって,ρのあらゆる行列要素を求めると,
<m|ρ|n>=Pnδmnとなり,行列ρは対角要素しか持ち得ません。
<m|ρ|n>は演算子ρのあらゆる情報を網羅しているので,実は密度演算子ρはPnのnを演算子のn^=a^+a^に変えた式で,
ρ=Pa^+a^=[1-exp{-hcω/(kBT)}]exp{-hcω(a^+a^)/(kBT)}
と書くことができます。
これは,個数演算子:n^=a^+a^(=Σn=0∞n|n><n|)の固有状態によるスペクトル展開の形で表現された演算子としての,
密度演算子:ρ≡ΣnPn|n><n|が,
スペクトル展開の逆演算としてn^=a^+a^の関数として直接,陽に書けるようにできる例になっています。
参考文献;Loudon 著(小島忠宣・小島和子 共訳)「光の量子論」(内田老鶴圃)
http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー) TOSHI
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コメント
お久しぶりです。T_NAKAさん、TOSHIです。
私が今、読んでいるところは光は古典電磁場ではなく量子化されています。(光の場合、量子化とはすなわち最初から第2量子化です。)
しかし、まだ電子は通常の第1量子化の扱いです。最終的には原子に束縛された電子や自由な荷電粒子も光と同様「個数表示」=「第2量子化」した扱いへと進む予定です。
参考になれば幸いです。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2006年12月16日 (土) 09時06分
こちらには、久しぶりの書き込みとなります。
私のブログでも書きましたが、「光の量子論」というのに引っ掛かっています。
それで、ここに生成消滅演算子が出てくるのは、非常に面白いと感じました。
この記事の内容はなにかヒントになりそうなので、じっくり拝読させて頂こうかと。。
(まあ、数学に明るくないので、良くはわかってないですが。。)
投稿: T_NAKA | 2006年12月15日 (金) 23時03分