赤外発散の問題(エネルギーゼロの光子)
先の12/16の記事「電流によって発生する光子の個数分布」では,
古典電流密度の横波成分:
JT(x)=∫0∞dk0(2π)-1∫d3k(2π)-3/2[Σλ=12ε(k,λ)
{j(k,λ)exp(-ikx)+j*(k,λ))exp(ikx)}]
により,輻射される"電磁波=光子(photon)"の個数分布について
考察しました。
そして,n個の光子が放出(輻射)される確率Pnは,
平均個数:<n>=∫d3k{Σλ=1,2|j(k,λ)|2}/(2|k|)
のPoisson分布(ポアソン分布):
Pn=[e-<n><n>n]/(n! )で与えられることを見ました。
例えば,t<0 に速度β≡v/cで運動していた電荷がt=0
にキックされ,それ以降はβ'≡v'/cの速度で運動する場合,
その運動電荷による電流密度の横波成分は,
Σλ=1,2ε(k,λ)j(k,λ)
~ ec{β/(k0-kβ)-β'/(k0-kβ')}
となります。
何故なら,この電荷による電流はt<0 では,
JT(x)=ecβδ3(x-z(t))θ(-t)
で与えられるからです。
ここで,z(t)=vt=cβtであり,θ(t)はHeaviside関数:
θ(t)≡1 (t>0 ),θ(t)≡0 (t<0 )です。
Heaviside関数はFourier変換で表わすと,
θ(t)={-1/(2πi)}∫-∞∞dω[exp(-iωt)/(ω+iε)]
となります。
そこで,JT(x)={iecβ/(2π)4}∫d3k[exp{ik(x-z(t))}]
∫dω[exp(iωt)/(ω+iε)]
={iecβ/(2π)4}∫d3kdω[exp{ikx-i(ckβ-ω)t}]
={ecβ/(2π)4}∫0∞dk0∫d3kq(k)exp(-ik0x0+ikx)
です。(x0=ct)
ただし,エネルギーk0が正のj(k,λ)成分のみを考慮し,k0<0
に対応するj*(k,λ)成分は落としました。
1={c/(2π)}∫dk0dtexp(-ik0x0)を挿入しています。
q(k)≡{ic/(2π)}∫dωdt[exp{i(ck0-ckβ+ω)t}
/(ω+iε)]=(-i)/(k0-kβ)ですから,目的の式:
Σλ=1,2 ε(k,λ)j(k,λ)~ -ecβ/(k0-kβ)
が得られます。
このとき,k≡|k|=k0 ~ 0 では,この運動電荷から放出
される光子の平均個数は,
<n>=∫d3k{Σλ=12|j(k,λ)|2}/(2|k|)
~∫d3k/k3=4πlogk ~ ∞ となります。
この長波長極限での発散という困難を赤外破局
(infrared catastrophe),
または赤外発散(infrared divergence)といいます。
すなわち,こうした電流密度に対しては放出される光子の
平均個数<n>が無限大ですから,
Pn=[e-<n><n>n]/n! → 0 です。
これは,エネルギーがゼロの光子を有限個(n個)放出する確率
は全てゼロで,無限個放出される確率のみゼロでないことを
意味します。
それでも,もちろん全確率はΣPn=1であって,確率の総和
は確かに有限です。
たとえば,Rを領域 0≦|k|≦Δ に選べば,先の記事に述べた
Pn(R)=P0[∫R d3k{Σλ=12|j(k,λ)|2}/(2|k|)]n/n!,
P0≡exp[-∫d3k{Σλ=12|j(k,λ)|2}/(2|k|)]により,
ΣPn(|k|≦Δ)
=exp[-∫d3k{Σλ=12|j(k,λ)|2}/(2|k|)]
exp[∫|k|≦Δd3k{Σλ=12|j(k,λ)|2}/(2|k|)]
です。
そこで,ΣPn(|k|≦Δ)
=exp[-∫|k|>Δd3k{Σλ=12|j(k,λ)|2}/(2|k|)]
となります。
また,(n+1)個の光子を放出する確率のn個放出に対する比
を求めると,{1/(n+1)}∫d3k{Σλ=12|j(k,λ)|2}/(2|k|)
です。
これは,~α∫dk/k→ ∞ as k→0 であり,k~0 では
発散します。
ただし,α≡e2/(4π)は微細構造定数 ~1/137です。
それ故,αのべき展開に基づく摂動論の計算は加速電荷の
長波長の輻射(λ~ 1/k~ ∞)に対しては
正しくありません。
この赤外発散の最初の解析と解決は1937年にBlochとNordsieck
によって与えられ,その後1961年のYennie-Frauchi-Suura に
よって完全に解決されました。
私自身は,数年前に後者(Yennie-Frauchi-Suura)の70数ページ
にわたる論文を精読しましたが。。。
赤外発散は,|k|≦Δを満たす全光子の放出確率の計算値が
ΣPn(|k|≦Δ)
=exp[-∫|k|>Δd3k{Σλ=12|j(k,λ)|2}/(2|k|)]
で与えられるという事実から判明します。
そこで,無限大の発散は全ての摂動級数を総和して得られる
指数関数exp[]の肩:[ ]のマイナス符号の付いた量で起こる
ものです。
無限個のエネルギーゼロの実光子の放出確率は,exp(-∞)
に比例するという意味で検出される確率への寄与は無いに
等しいものです。
しかし,一方,同じようにエネルギーがほぼゼロの無限個
の仮想光子は,exp(+∞)に比例する寄与をします。
そこで,摂動の中間状態という仮想プロセスの存在を認める
立場からは,こちらの方がはるかに深刻です。
ところが,厳密な計算で摂動級数を総和すると,実は実光子
と仮想光子の寄与は積として相殺され,結局ゼロでも無限大
でもない有限な正しい寄与を与えることになります。
そこで,結局,この問題は解決されることになります。
参考文献;J.D.Bjorken S.D.Drell
"Relativistic Quantum Fields"(McGraw-Hill Books Company)
F.Bloch A.Nordsieck
"Note on the Radiation Field of the Electron"
Phys.Rev.Vol.52 pp54 (1937)
D.Yennie S.Frauchi H.suura
"The Infrared Divergence Phenomena and High-Energy
Processes" Ann.Phys.Vol.13 pp379-452 (1961)
http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」
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コメント
こんばんは。TOSHIです。
普通の黒体輻射のエネルギー密度はρ(ν,T)dν=(8πν^2/c^3)<ε>dνです。
零点輻射=「輻射を調和振動子の集まりと量子化したときの零点エネルギー」まで入れるとプランクの公式から<ε>=hν/2+hν/[exp(hν/kT)-1]なのでT=0 だと零点輻射<ε>=hν/2のみ残りρ(ν,0)dν=(4πhν^3/c^3)dν=(4πh/λ^3)d(c/λ)で積分すると∞ですね。
Tが大きいときhν/[exp(hν/kT)-1]=hν/[Σ(hν/kT)^n/n!]~kT[1-(hν/kT)/2]=kT-hν/2より零点輻射がないとエネルギー等分配のつじつまも合いません。
黒体輻射などの光子、つまり電磁輻射の零点振動ではありませんが、原子内の電子の分極による零点振動をくり込むと「分子間力=ファン・デル・ワールス力」になるという話は2006年10月14日の私のブログ記事「零点エネルギーとファン・デル・ワールス力」に書いてありますが、電磁輻射の場合の零点振動がホーキング輻射に寄与するという話もありそうです。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2007年8月 1日 (水) 21時44分
かなり前、どこか (日経サイエンスかな?) で「零点輻射」なんてものを読んだんですが、これも同様に計算されるんですかね?
「零点輻射」とは、エネルギー源も何も無い真空中でも存在する電磁場の揺らぎとかで、波長の3乗の強度の電磁波で満たされてるとか書いてあったような・・
さらに、それを曲がった空間に座標変換するとホーキング輻射 (の電磁波部分) になるとかも別の所で読んだ記憶がある。
投稿: hirota | 2007年7月30日 (月) 15時39分