量子統計とグランドカノニカル分布
今日は久しぶりに物理学の話題を取り上げます。
量子統計の分布,すなわち,"F・D分布=Fermi-Dirac分布"
と"B・E分布=Bose-Einstein分布"と,いわゆる古典統計
の"グランド・カノニカル分布"の関係について述べてみます。
まず孤立系は総粒子数Nと総エネルギーEが一定に保たれて
いる系ですから,いわゆるミクロカノニカル集団の手法が適用
できます。
そして巨視的な個数N個の粒子をエネルギーのあまり違わない
多くの量子状態を束ねた細胞:1,2,...へ分配する粒子の個数の
分布D,すなわち,細胞iの粒子数Niを並べたもの:
D=(N1,N2,...)で表現し各Dに対応する確率分布を求めて
みます。
まず,ΣiNi=Nです。
そして,εiを細胞iの状態にある粒子の持つエネルギーとすると
ΣiNiεi=Eです。
古典統計,つまり"M・B分布=Maxwell-Boltzmann分布"
と"量子統計(F・D,B・E分布)"が異なるのは微視状態の数
WDの数え方です。
N個の粒子の分配の仕方は古典統計ではN!/(N1!N2!...)です
が,この因子は量子統計では1です。
何故なら,古典論と違って量子論では同種粒子は区別できない
からです。
したがって,量子統計では分布:D=(N1,N2,...)に属する微視
状態の数は,各細胞に割り当てられた粒子が,その細胞の中の量子
状態を占める方法の数だけです。
第1に,電子や陽子のように"spinが半奇数の粒子=Fermion"
ばかりから成る系に対して成立するF・D統計では,Pauliの
排他原理(Pauli's exclusion principle)によって,同一の量子
状態を2つ以上の粒子が占めることはできません。
そこで,細胞iに含まれるGi個の量子状態のうちNi個を取り出し
これらに区別できない粒子を1個ずつ分配すれば,これが1つの
微視状態になります。
i番目の細胞ではGi!/{Ni!(Gi-Ni)!} だけの微視状態がある
ので分布Dでの微視状態の総数WDは,
WD=ΠiGi!/{Ni!(Gi-Ni)!}で与えられます。
一方,光子(photon)やπ中間子のように"spinが整数の粒子
(=Boson"ばかりから成る系に対して成立するB・E統計では,
区別できない粒子を各量子状態に重複を許していくつでも分配
できます。
今,i番目の細胞iに着目して,この中の粒子数がNiである
とします。
そして,これらを各量子状態に対応するGi個の小さく仕切られた
部屋に割り当てます。
これはNi個の粒子を1列に並べて(Gi-1)個の仕切りで区切る
ことに相当しますから,その組み合わせの数は
(Ni+Gi-1)!/{Ni!(Gi-1)!}という謂わゆる重複組み合わせ
の個数に一致します。
したがって,この場合は微視状態の総数WDは,
WD=Πi(Ni+Gi-1)!/{Ni!(Gi-1)!}です。
ここで,Giが巨視的な値であるという仮定によって,(Gi-1)を
Giで置き換えてもいいですから,WD=Πi(Ni+Gi)!/(Ni!Gi!)
と書きます。
これらの結果に,巨視的なNに対する近似公式である
Stirlingの公式:log(N!)~NlogN-Nを適用すると,
F・D統計では,logWD ~Σi[GilogGi-(Gi-Ni)log(Gi-Ni)
-NilogNi}であり,
B・E統計では,logWD ~Σi[-GilogGi+(Gi+Ni)log(Gi+Ni)
-NilogNi} となります。
そして統計力学の基本原理である"等重率の原理"によれば,
求める確率分布は,ΣiNi=N,ΣiNiεi=Eなる拘束条件の
下で,logWDが最大になるような分布になります。
この分布を求めるためには,NiをδNiだけ変えたときのlogWD
の変分:δlogWDがゼロになる分布を探せばいいですね。
δlogWD=Σi{log(Gi-Ni)-logNi}δNi(FD統計),
δlogWD=Σi{log(Gi+Ni)-logNi}δNi(BE統計)
ですが,これらδlogWDが拘束条件下でゼロになる条件を求める
ためにLagrangeの未定乗数法を利用します。
すなわち,ΣiNi=Nによる変分条件ΣiδNi=0 に(-α)を
掛けたものと,ΣiNiεi=Eによる変分条件ΣiεiδNi=0
に(-β)を掛けたものを,
Σi{log(Gi-Ni)-logNi}δNi(F・D統計),
Σi{log(Gi+Ni)-logNi}δNi(B・E統計)
に加えて,これらの総和としての変分をゼロと置いた恒等式を
作り,左辺のδNiの係数がゼロという条件から,求める熱平衡
の分布が求めます。
こうして,log(Gi-Ni)-logNi-α-βεi=0 (FD統計),
または,log(Gi+Ni)-logNi-α-βεi=0 (BE統計)なる
式により,(Ni/Gi)=1/{exp(α+βεi)±1} が得られます。
この+の方の式に従う分布をFermi-Dirac(F・D)分布,
-の方の式に従う分布をBose-Einstein(B・E)分布
と呼びます。
(Ni/Gi)は細胞iに含まれる量子状態の1つを占める平均粒子数
を表わしています。
量子状態のラベルをrに書き換えてrを占める平均粒子数を
nr≡(Nr/Gr)で表わすと,分布はnr=1/{exp(α+βεr)±1}
になります。
この式でεrは全て正なので,expα>>1のとき,これらは
nr=exp(-α-βεr)と近似されます。
これは"M・B分布=Maxwell-Boltzmann分布",つまり古典分布
に他なりません。
そして,この古典分布における定数αとβの意味を,そのまま
量子分布に流用すれば,α=-μ/(kBT),β=1/(kBT)です。
そこで,得られたFermi-Dirac(F・D)分布とBose-Einstein
(B・E)分布の最終的な形は,
nr=1/[exp{(εr-μ)/(kBT)}±1]となります。
このことから,上記の古典統計近似ができるための条件:
expα>>1は条件:exp{-μ/(kBT)}>>1に相当すること
になります。
次に,孤立系ではなく熱の流出入があるためエネルギーは可変
ですが,温度Tと体積Vが一定で,粒子数も一定の系を考えます。
この場合,温度が一定なのは系が"大きな熱源=恒温槽の系"と
接触しているからです。
そして,この巨大な恒温槽が,"元々考えていた系と全く同じ構造
の系の集まり=カノニカル集団"でできていると考えます。
これら集団(ensenble)に属する系の1つ1つを"巨大な分子"と
考え,それらの間にはエネルギーの交換が起こり得る程度のごく
弱い相互作用があるとすると"多数の巨大な分子から成る理想系
=孤立系"が形成されます。
"対象としている系=巨大な分子1個"がエネルギーErにある
確率は,これら巨視的個数の個々の"巨大分子"が区別できない
ミクロな分子ではなく,区別できる粒子であるため,量子統計の
ミクロカノニカル分布でなく,古典統計のM・B分布:
Nr/N=(1/Z)exp{-Er/(kBT)}で与えられます。
ここに,Zは"分配関数=状態和"であり,今の場合
Z≡Σr exp{-Er/(kBT)}で与えられます。
同じく,T,V,μが一定ですが,粒子数が一定ではない系を考える
と,これは"巨大な熱源=恒温槽"と"巨大な粒子槽"に接触している
とみなすことができます。
系を再び,多くの区別できる"巨大な分子のグランドカノニカル集団
からなる理想系=孤立系"と見なすことで,
系の粒子数がNでエネルギー準位がEr(N)に見出される確率は,
グランドカノニカル分布:
wr(N)=(1/Ξ)exp[{Nμ-Er(N)}/(kBT)]で与えられること
がわかります。
ただし,Ξ≡ΣNexp{Nμ/(kBT)}ZN,
ZN≡Σr exp{-Er(N)/(kBT)}です。
Ξを大きな状態和といいます。
ここで,便宜上λ≡exp{μ/(kBT)}とおけば,
Ξ=ΣNλN [Σn1+n2+…=N exp{-Σnsεs/(kBT)}]ですが,
さらに,ys≡λexp{-εs/(kBT)}とおけば,
Ξ=Σn1,n2,…y1n1y2n2...となります。
F・D粒子系では,エネルギー準位がεsの状態sを占める粒子数
は,ns=0,またはns=1のケースしかないので
Σnsysns=1+ysです。
B・E粒子系では,粒子数に全く制限がないので,ns=0 ~ ∞
より,Σnsysns=(1-ys)-1となります。
したがって,F・D粒子,B・E粒子に応じて,
Ξ=Πs(1±ys)±1 ですね。
そこで,εsを占める平均粒子数:<ns>は,
<ns>=(1/Ξ)[Σn1,n2,…. nsy1n1y2n2...]
=ys{∂(logΞs)/∂ys} (ただし,Ξs=(1±ys)±1)
の右辺の計算で得られます。
結局,<ns>=ys/(1±ys)です。
最後に,変数ysをys=λexp{-εs/(kBT)},λ=exp{μ/(kBT)}
なる表記に戻すと,<ns>=1/[exp{(εr-μ)/(kBT)}±1]
となって,既に得られている,Fermi-Dirac(F・D)分布,および,
Bose-Einstein(B・E)分布が再現されます。
ここで重要なのは,カノニカル分布やグランドカノニカル分布
では,系が"区別できる粒子"なので古典統計に従うのに対し,
量子論のミクロカノニカル分布では,"区別できない粒子"なので
量子統計分布に従うということです。
まあ,いずれの方法も対等なので結果は同一になります。
参考文献;中村 伝 著「統計力学」(岩波書店)
http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー) TOSHI
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