膨張宇宙における赤方偏移1
膨張する宇宙において,膨張因子:a(t)を含む,
Robertson-Walker計量を書き下すと,
ds2=c2dt2-a(t)2[dr2/(1-kr2)+r2(dθ2+sin2θdφ2)
となります。
そこで,この宇宙の計量(metric)による線素の中で光が伝播するとき,
その振動数が,どのように変化するか?を見てみます。
謂わゆる赤方偏移(red-shift)と呼ばれる現象について,以下で
記述してみましょう。
遠方の銀河(r=r1)から観測者(r=0)まで光が伝播するとし,
簡単のために,光の進む方向をθ=φ=0 (一定)とします。
そして光源から光の出る時刻をt=t1,それが観測者に到達する
時刻をt=t0とします。
すると,ds2=0 より,(c/a)(dt/dr)=±1/(1-kr2)1/2
ですが,tの増加に対してrが減少する現象を考えているので,
(-)符号を取って,c∫t1t0dt/a(t)=∫0r1dr/(1-kr2)1/2
となります。
同様に,t1+δt1に発射された光がt0+δt0に観測者に到達する
とすれば,c∫t1+δt1t0+δt0dt/a(t)=∫0r1dr/(1-kr2)1/2
=c∫t1t0dt/a(t)です。
そこで,a(t)の変化する時間に比べてδtが十分小さいなら,
δt0/a(t0)=δt1/a(t1) なる等式が成立します。
そこで,もしも光源において,光がδt1の間にn回振動していた
なら,光源での振動数をν1,観測者が観測する振動数をν0とすると,
ν1=n/δt1, ν0=n/δt0 により,
ν1/ν0=δt0/δt1=a(t0)/a(t1)
となるはずです。
これを振動数の代わりに波長λ1,λ0で表現すれば,
λ0/λ1=a(t0)/a(t1) ですね。
光の赤方偏移:zの定義は,z≡(λ0-λ1)/λ1=(λ0/λ1)-1
で与えられますから,z+1=a(t0)/a(t1)です。
これによって,a(t0)>a(t1)と宇宙が膨張している場合には,
z>0 となります。
また,c∫t1t0dt/a(t)=∫0r1dr/(1-kr2)1/2より,
rが小さいならr1 ~ c(t0-t1)/a(t0) と近似できます。
一方,a(t1)はa(t1)=a(t0)
-(t0-t1)[(da/dt)/a]0/a(t0)+...
とTaylor展開できて,
H0をHubble定数とすると,H0=[(da/dt)/a]0なので,
1/(1+z)=a(t1)/a(t0)=1-H0(t0-t1)+...
となります。
無次元のパラメータrに対して実際の長さの単位を持つ固有距離;
R≡arを用いると,zが小さい範囲では,
z ~ H0(t0-t1)~ a(t0)r1H0/c=H0R/c,
すなわち,cz~ H0R と書けます。
ここで,赤方偏移を膨張によって光源が遠ざかることによる
Doppler効果の結果であるとみなすこともできます。
一般にDoppler効果は,ν1=ν0[1-(v・e)]/(1-v2/c2)1/2
(vは光源の運動速度,eは光の進む光線の向き)で与えられます。
今の,θ=φ=0 (一定)の場合には,
ν1~ν0(1+v/c) ⇔ (ν1/ν0)-1=v/c
⇔ (λ0/λ1)-1=v/c,
すなわち,z~v/c と書けます。
結局,v=cz=H0Rが得られますが,これはHubbleの膨張則
そのものですね。
こうして,赤方偏移は一種のDoppler効果と捉えることも
できます。
この意味が明らかに見えるように,先に求めた式:
ν1/ν0=δt0/δt1=a(t0)/a(t1)
を見直してみます。
すなわち,微小時間間隔Δtを伝播する間に起こるDoppler効果
による振動数の偏移をΔνとすると,これはΔν=-(v/c)νです。
これとHubbleの膨張則:v=HR=[(da/dt)/a]cΔtから
Δν/ν=-Δa/a,
すなわち,a(t)ν(t)=(一定)という結果が得られます。
これは,先に計量から求めたのと全く同じ式を表わしていますね。
この赤方偏移は,観測者が光源に対して運動する座標系から観測
するために光子のエネルギーが減少する(hν0<hν1)ことを表わ
しています。
しかし,これを"光子が何らかの作用でエネルギーを失なっている,
と考えるのは,妥当ではありません。
そもそも粒子の速度は座標系の取り方によって違うので,
座標系が異なればエネルギーも運動量も異なるのです。
例えば,旅客機の乗客が機内で移動するときの乗客の運動
エネルギーは,旅客機を基準座標系とすれば微々たるものです
が,地上を基準座標系とすれば,かなり大きい値になります。
光の場合は速度の大きさは座標系に依存しませんが,
エネルギーや運動量は座標系に依存すると考えていいです。
光子がエネルギーを失なっていると見るならば,そのエネル
ギーが何に転化しているのか?が問題になりますが,
今の場合は,次々に光のエネルギーが減少していると見える
座標系に移って観測しているだけですね。
(つづく)
http://fphys.nifty.com/(ニフティ「物理フォーラム」サブマネージャー) TOSHI
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コメント
忘れてしまっていて、大変申し訳ありませんでしたが、TOSHIさまの治療に関わられた、医療機関の方々のご尽力につきましても、大変感謝いたしております。
投稿: 凡人 | 2007年6月 5日 (火) 23時47分
どうも凡人さん。コメント頂きありがとうございます。TOSHIです。
>遅くなりまして申し訳ありませんでしたが、病のご快復おめでとうございました。
TOSHIさまが病を克服する事が出来て、私は本当に心から喜んでいると同時に、大変勇気付けられております。
いやいや、私はただ寝ていただけだと思っているので恐れ入ります。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2007年6月 5日 (火) 23時04分
T_NAKAさま。お久しぶりです。
この度も、理知的なコメントをいただき、大変有難うございました。
TOSHIさま。
遅くなりまして申し訳ありませんでしたが、病のご快復おめでとうございました。
TOSHIさまが病を克服する事が出来て、私は本当に心から喜んでいると同時に、大変勇気付けられております。
投稿: 凡人 | 2007年6月 5日 (火) 22時46分
「凍結」した光の固有時とはds^2=0(ゼロ測地線)で表される。TOSHIさんのこの記事でも初めの方に出てきているのです。
ミンコフスキー計量ならば、-c^2dt^2+dx^2+dy^2+dz^2=0 となり、これは
c^2=Vx^2+Vy^2+Vz^2 という光の軌跡を規定したものになります。
さて、個人の思想なのでとやかく言えませんが、光の立場では世界はどう見えるだろうと考えても、何か新しいことが判明するとも思えません。
投稿: T_NAKA | 2007年6月 5日 (火) 12時50分
仮に何かが、「光源と観測者との距離」を「宇宙空間を飛んでいる光子」に伝えても、光子は「飛んでいる」状態の中で、何も為す事は出来ないのではないでしょうか?
何故ならば、光子の固有時(もしそういうものが存在すればですがですが)は、相対論によれば、「凍結」していると思うからです。
「凍結」した時間の中で、光子が出来ることは、「光源」から「観測者」の所まで、到達する事だけだと思うのです。
投稿: 凡人 | 2007年5月26日 (土) 11時52分
ご回答ありがとうございます。
今関心がありますのは、宇宙空間を飛んでいる光子に、光源と観測者との距離を伝えるものは、いったい何なのか、という疑問です。
光速で飛んでいる光子にいったい何が情報を伝達するのでしょうか。
投稿: 若枝 | 2007年5月13日 (日) 23時00分
こんにちは。。若枝さん、TOSHIです。
コメントありがとうございます。
ご存知と思いますが、実際に「赤方偏移」zを測定する方法としてよく知られているのは次の方法です。
観測する光スペクトルの波長と「赤方偏移」がないとき=静止時の同じスペクトルの波長との比を求めることができれば望ましいのですが、それを直接知るのはむずかしいので、普通は「隣り合う輝線スペクトル」の静止時の「波長の差」Δλが既にわかっているときに、この「2つのスペクトル」に関して、星から飛来するものを観測して得られる「波長の差」はΔλ/(1+z)になるはずなので、比較して「赤方偏移」zを決めます。
必要ならば、複数の「隣り合う輝線スペクトルの対」からzを測って平均します。
そして、星の明るさ=光度と星までの距離の関係を表わす経験的な関係式に対して、既にわかっている「赤方偏移」zによる補正、を加えたものと観測される光度を比較すれば星までの距離がだいたい推定できるということになります。
ですから、「超光速で距離を伝えるもの」が存在するとしても、われわれはそれとは関係なく通常のスペクトルなどの観測から距離を推定しています。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2007年5月13日 (日) 11時17分
光源から放たれた光は、その後も、光源と観測者との距離に影響を受けるということですよね。
では、光源と観測者との距離を伝える何ものかは、光の速度を超えた因子でなければならないように感じます。
この世界には時空を超越した素地が存在するのかもしれませんね。
投稿: 若枝 | 2007年5月13日 (日) 07時50分