線形常微分方程式の確定特異点と不確定特異点
入院中に勉強した成果のノートから,いくらか抜書きしていこうと
思います。
y'≡dy/dx,y"≡d2y/dx2として2階の斉次線形常微分方程式y"-3y'+2y=0 の一般解を求める問題は,通常の演算子法と同等な手法で簡単に解けます。
これは特性方程式がλ2-3λ+2=0 であり,その根が1と2なので一般解はa,bを任意定数としてy=aexp(2x)+bexp(x)となります。
簡単な線形常微分方程式すが,わざわざ,解がy=Σn=0∞cnxnとベキ級数展開できると仮定して,方程式にこれを代入すると,未定係数法により,
(n+1){(n+2)cn+2-3cn+1}=(n+1)cn+1-3cn (n=0.1,2,...)
なる漸化式が得られます。
そして,これを満たす{cn}がcn=(2na+b)/n!で与えられることは
簡単にわかります。
このcnによるベキ級数表現:y=Σn=0∞cnxnの右辺が収束するなら,このyは与えられた常微分方程式の解となります。
そして,今の場合これが確かに先に求めた一般解の表式:
y=aexp(2x)+bexp(x)と完全に一致します。
こうして,求めた微分方程式のベキ級数解を形式解と呼びます。
ある領域でこの級数が収束するときには,そこでは実際にこれがその微分方程式の解という意味を持ちます。
上に例示したものではベキ級数の収束半径ρが∞なので,全てのxで意味を持ちます。
さて,より一般的に扱うため,独立変数xを複素数と考えてzという文字で表記します。
そして,n個の未知関数yiに対する1階連立微分方程式系を考察対象と
して,これを正規形で表現すると,yi'=fi(z,yj)(i=1,2,...,n)と
なります。
左辺のyi'は,もちろん,dyi/dzを意味します。
ここで,(z,y)≡(z,y1,y2,...,yn)∈Cn+1と数ベクトル表示すると,「Cauchy-Kovalevskaya(コーシー・コワレフスカヤ)の定理」により,
"∀iについてfiが点(α,β1,β2,..,βn)で正則であるとすると,
yi'=fi(z,y)の解yi=yi(z)(i=1,2,..,n)で,z=αにおいて
正則,かつ初期条件βi=yi(α)を満たすものがただ1つ存在する。
という"正則解=ベキ級数解の存在と一意性の定理"が成立します。
この場合,"正則解=ベキ級数解"はyi(z)=Σn=0∞cn(z-α)nなる形になり,この形は収束半径をρとすれば|z-α|<ρの領域にあるzに対してのみ意味を持ち,yi'(z)=fi(z,y(z))が恒等的に成り立ちます。
しかし,この範囲を超えてyi(z)とfi(z,y(z))を同時に解析接続すると,αの近傍では両者は一致しているのですから,「一致の定理」によって,両者は解析接続可能な全領域で一致することになります。
この正則解yi(z)をさらに繰り返し解析接続していけば,これ以上延長不可能な解まで延長されます。
1階連立微分方程式系が1階線形連立微分方程式系である場合,n個の複素未知関数yi(z)(i=1,2,...,n)について方程式の形は,
yi'=Σj=1naij(z)yj(z)+bi(z)であるはずです。
もしもbi(z)≡0 (i=1,2,...,n)なら,この系は斉次方程式,さもなければ非斉次方程式と呼ばれます。
ここで,y(z)=t(y1(z),y2(z), ..,yn(z)),
b(z)=t(b1(z),b2(z),...,bn(z))のように,y(z),b(z)なる
縦ベクトル表示を採用し,微分方程式の右辺の係数を行列:
A(z)=[aij(z)]で表示すれば,与えられた連立方程式の系は
y'=A(z)y+b(z)と簡単な形になります。
特に,b(z)≡0 の斉次方程式ならy'=A(z)yですね。
ところで斉次方程式y'=A(z)yのn個の一次独立な解を,
w1(z),w2(z),...,wn(z)とすれば,
その一般解はy=w(z)≡Σj=1ncjwj(z)と表わすことができます。
つまり,斉次方程式の解全体の集合である解空間Vは,n次元複素線形空間となるわけです。
そして,Y(z)を非斉次方程式y'=A(z)y+b(z)の1つの解と
すると,そのn個の任意定数を伴う一般解を
y=Y(z)+w(z)=Y(z)+Σj=1ncjwj(z)と表わすことができる
のは線形微分方程式の一般論からよく知られています。
以下では斉次方程式y'=A(z)yのみを考察します。
そして,
"行列A(z)がz平面のある領域Dで1価正則なら,z=αをD内の1点
としβを任意のn成分複素定数縦ベクトルとすると,
初期条件β=φ(α)を満たす斉次方程式y'=A(z)yの解:
y=φ(z)はD全体で定義されそこで正則である。"
という定理が成立することが既にわかっています。
こうしたD内の点αは正則点といわれます。
ところが,領域Dは領域というからには連結ですが,これが単連結でない
場合には,一般に解析接続は接続の経路に依存するため,D上でy(z)が
多価関数になる可能性があります。
ここで,再び斉次方程式y'=A(z)yのn個の一次独立な解を,
w1(z),w2(z),...,wn(z)とし,n次正方行列W(z)を,
W(z)≡(w1(z),w2(z),...,wn(z))で定義すれば,
方程式の一般解yはc=t(c1,c2,...,cn)を任意の定数ベクトルと
して,y=w(z)≡Σj=1ncjwj(z)=W(z)cと表現することができ
ます。
このW(z)をy'=A(z)yの基本行列と呼びます。
これは,W(z)'=A(z)W(z)を満足します。
逆にW(z)'=A(z)W(z),det[W(z)]≠0 を満足する任意の関数行列W(z)はy'=A(z)yの基本行列になります。
そこで,W(z)を1つの基本行列とし,Pをdet(P)≠0 を満たすn次複素定数行列とすると,Y(z)=W(z)Pも1つの基本行列となります。
逆にP(z)≡W(z)-1Y(z)と置くと,dP(z)/dz=0 なのでP(z)はdet(P)≠0 なる定数行列Pとなります。
つまりY(z)とW(z)が共に基本行列ならば,det(P)≠0 なる定数行列Pが存在してY(z)=W(z)Pと表わすことができます。
A(z)がz=αで正則ならばy'=A(z)yの解はz=αで正則であることは既に述べた通りですが,
A(z)がz=αに極を持つ場合はどうでしょうか?
まず,一般性を失うことなくこの"特異点=極"の位置をz平面の原点,
つまりα=0 とすることができます。
解析関数の極は常に孤立しているので,r>0 を十分小さく取れば,
領域D:0<|z|<rではA(z)が1価正則であるようにできます。
しかしDは単連結ではないので,y'=A(z)yの解y(z)は一般に
Dにおいて多価関数になります。
つまり,y(z)はz=0 に分岐点を持つ可能性がありますから,
単葉z平面の代わりに例えば正の実軸に沿ってz=0 からz=∞ まで
の切断を持つ複葉z平面から成るRiemann面を考える必要性が生じます。
再び,W(z)をy'=A(z)yの1つの基本行列とします。
そして,z=0 にA(z)が孤立した極を持つ領域Dにおいて,
z+≡exp(2πi)zとします。
DにおいてW(z)'=A(z)W(z),det[W(z)]≠0 ですが,z+も,
もちろんD内の点ですからW(z+)'=A(z+)W(z+)と書くことが
できます。
W(z+)をzの関数とみなしてW+(z)=W(z+)と書けば,
A(z)は領域Dにおいて1価正則なので,A(z+)=A(z)故,
W+(z)'=A(z)W+(z)となります。
したがって,W+(z)=W(z+)もy'=A(z)yの1つの基本行列となるので,ある定数行列M(det(M)≠0)が存在してW(z+)=W(z)Mと掛けます。この行列MをMonodromy(モノドロミー)行列と呼びます。
もしも,W(z)でなくY(z)≡W(z)Pを基本行列とする場合には,相似変換によりMonodromy行列はP-1MPとなります。
そこで,はじめから相似変換によってMoodromy行列P-1MPが,ジョルダン標準形:JとなるようにY(z)を選びます。
つまりY(z+)=Y(z)Jです。
そして,J≡exp(2πiΛ)とおき,Monodromy行列:Jのnj重に縮退した固有値をαjとすると,n次の正方定数行列Λは,2πiΛj=logαj+σj,σjm=0 (m≧nj)が成り立つようなnj次の正方行列Λjを対角線上に並べたものになります。
そして,Y(z)≡Φ(z)exp(Λlogz)によってn次の正方行列Φ(z)を
定義し,zをz+≡exp(2πi)zに置き換えると,
Y(z+)=Φ(z+)exp(Λlogz)exp(2πiΛ)
=Φ(z+)exp(Λlogz)J
となります。
元々,Y(z+)=Y(z)J=Φ(z)exp(Λlogz)JとなるようなY(z)
を考えているので,Φ(z+)=Φ(z)を得ます。
つまり,行列:Φ(z)は領域Dで1価正則です。
ここで,極の位置を原点z=0 からz=αに戻し,Y(z+)=Y(z)J
なるY(z)を改めてW(z)と書けば,
結局,W(z)はDで1価正則なΦ(z)とn次の定数行列Λを用いて
W(z)=Φ(z)exp[Λlog(z-α)]と表わせることになります。
そして,Φ(z)は一般にDに属さないz=αでは特異点を持つことが
あり得ます。
しかし,Dで1価正則なのでそれは分岐点ではありません。
そこでz=αがたかだかΦ(z)の極であるときには,それを確定特異点
であるといい,z=αがΦ(z)の真性特異点であるときには,それを
不確定特異点であるといいます。
そして,W(z)=Φ(z)exp[Λlog(z-α)]という形から,Wj(z),
Φj(z)をΛjに対応するnj次の正方行列とすれば,
ρj≡(logαj)/(2πi)とおくとき,Wj(z)
=Φj(z)(z-α)ρjexp[σjlog(z-α)/(2πi)]
となります。
σjm=0 (m≧nj)なので,係数exp[σjlog(z-α)/(2πi)]は,
log(z-α)の(nj-1)次多項式となります。
特に固有値αjが縮退していない場合には,Wj(z)=Φj(z)(z-α)ρj
であり,このときはWj(z),Φj(z)は行列ではなくてn個の独立解の
1つを表わしています。
以上が帝京大病院での入院初期時に勉強して得られた成果です。
参考文献:稲見武雄 著「常微分方程式」(岩波書店)
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