解の一意性のための必要十分条件(1)(岡村博氏による)
2006年12月6日のブログ記事「常微分方程式の解の存在定理①(アスコリの定理)において,次のような記事を書きました。それは以下のような前置きで始まっています。
「常微分方程式の解の存在定理」について,何回かに分けて述べてみたい,
と思います。
ただし,,主題は「解の存在定理」のみであって,謂わゆる通常の教科書に載
っているLipschitz(リプシッツ)条件を仮定した「解の存在と一意性の定理」
ではありません。
Lipschitz条件は解の一意性の十分条件ですが,かつて日本人 岡村博氏により解の一意性の必要十分条件が発見されたことは有名です。
これの内容については読んだことはありませんが.岡村博 著「微分方程式序説」に掲載されていると思います。(最近,復刻されたようで新装版が神田神保町の三省堂書店5階にありました。)
そこで,まず,「Peano(ペアノ)の存在定理」でもいいのですが,その代わりに「Euler-Cauchyの逐次近似法(折れ線法)」による存在定理を証明しようと考えたので,それを述べたいと思います。
というのが既に記載した記事の書き出しでした。
ここで,「Euler-Cauchyの逐次近似法」,あるいは「Picard(ピカール)の逐次近似法」というのは,その存在を証明したい解の定義域である独立変数 x の区間を多くの小区間に分割して,各小区間では正規形の1階常微分方程式d y/d x = f (x ,y) の右辺=傾きが一定値であると近似した折れ線近似解によるものです。
※下は微分方程式の解の折れ線近似の模式図です。
結局,この近似において,この区間分割の細分の極限として得られる連続曲線が元の微分方程式の厳密な解になっていることを示すことにより,解の存在を証明する方法ですが,内容的には「Peanoの存在定理」と変わりありません。
そして,この記事の前置き以下では,存在定理の証明に必要な補助定理である"ある区間で一様有界で同等連続な関数の集合が,その区間で一様収束する関数列を含む"という内容の「Ascoli-Arzelaの定理」を証明しています。
そして続く2006年12月7日のブログ記事「常微分方程式の解の存在定理②」において解の存在定理の証明が完了しています。
ところで,先日神保町の古書店で岡村博 著「微分方程式序説」(共立出版)を入手したので,著者自身の手による解の一意性の必要十分条件の導出と証明を私なりに把握したものを、ここで紹介したいと思います。
この本は76ページまでの1~5章が従来の「解の存在と一意性の定理」や「Peanoによる存在定理」の解説に費やされており,77ページから100ページまでの第6章,わずか24ページが解の一意性についての従来の研究と著者自身の独自の研究成果に割かれていました。
彼=著者(岡村博氏)が対象としている微分方程式は最初から1個の独立変数 x に対してn個の未知関数 yi(x)を求める連立n元1階常微分方程式系であり,その一般形が正規形 d yi/d x =Fi(x,y1,y2,..,yn)(i=1,2,..,n)で与えられるものです。
ただし,(n+1)次元のベクトル(x,y1,y2,..,yn)を単に(x,y)と書いて
d yi/d x=Fi(x,y)という表記も用いています。
もっとも,未知関数が有限個である限り,解の存在定理の証明は未知関数が
1個 (n=1)の場合の単なる直線的拡張なので,気にする必要はないと思い
ます。
通常,標準的教科書に載っている「解の存在と一意性の定理」は「Cauchy-Lipschitzの方法」と呼ばれるものです。
これは微分方程式が,正規形 :d yi/d x=Fi(x,y) (i=1,2,...,n)
で与えられているとき,,
(n+1)次元空間のある領域で(x,y)について,右辺の関数Fi(x,y)が
連続で,かつこの領域に属する2点 (x,y),(x,z)に対してLipschitz条件
という解の一意性のための十分条件:|Fi(x,y)-Fi(x,z)|≦L|y-z|
(L>0 はある定数)を満足するという前提に立っています。
そして,与えられた領域の各点(x 0,y 0)≡(x 0,y 10,y 20,..,y n0)に対し
,y i(x)= y i0+∫x0x Fi(x ,y(x))dx という形式的に微分方程式の両辺
を積分しただけの等式において,
右辺の被積分関数の中の y(x)に最初は y0 を代入し,結果として左辺に
得られる近似解を再び右辺の y(x)に代入するという操作を繰り返します。
これによって得られる逐次近似解の関数列が,初期条件 yi(x 0)=y i0を
満足する唯一の極限関数に一様収束することを示し,結局はその極限関数
が d yi/d x = Fi(x,y)の一意的な解であることを証明します。
ただし,Lipschitz条件|Fi(x,y)-Fi(x,z)|≦L|y-z|の左辺の| |は単なる絶対値ですが,右辺の| |はn次元空間での (y-z)のノルムを示しており,このノルムは n=1の場合には絶対値に一致するように定義されています。
Lipscitz条件は,例えば対象とする領域で Fi(x,y)が yjについて連続
偏微分可能,つまり偏導関数(∂Fi/∂yj)(i,j=1,2,..,n )が存在して
,全てが (x,y)について連続なら満足されます。
それ故,Fi(x,y)の連続性の他に,Lipschitz条件の代わりに Fiが yjで連続偏微分可能という条件を加えた場合にも,解の存在と一意性は成立します。
ところが,Peanoは右辺の関数 Fi(x,y)の連続性のみを仮定して,微分方程式の解の存在を証明しました。
ただし,この連続という仮定だけでは一般に解の一意性は成立しません。
例えば,n=1の常微分方程式:d y/d x= 3y 2/3においては,右辺は y≧0 の領域で連続ですが,y=0 の近傍ではLipschitz条件を満足しません。
そして,これは一般解として曲線族 y=(x+C)3を持つと同時に, y=0 という特異解を持ちます。
したがって,x 軸(y=0)上の各点 (-C,0)において,これを通る解として,常に y=0 と y=(x+C)3の2つが存在するので,初期条件 y(0)=-C を満足する解は存在するのですが一意的ではありません。
2つの解は,点(-C,0)で d y/d x が共通なので接線を共有します。
すなわち,特異解 y=0 (x軸)は一般解y=(x+C)3の包絡線と呼ばれる曲線を表わしています。
こうした初期条件を満足する解が一意的に決まらないような初期値に対応する点,今の場合 x 軸上の全ての点(-C,0)をPeano点と呼びます。
ところで,先にあ述べたLipschitz条件は,解の一意性の十分条件ですが,必要十分条件ではないです。
そこで,,もっと緩やかな条件で解の一意性の必要かつ十分な条件を模索する試みがなされてきました。
Peanoの一意性を含まない解の存在定理の証明 の後,Osgood(1898)
によって提出された方程式:d y/d x=F(x,y)に対する解の一意性の
十分条件は,|F(x,y)-F(x,z)|≦φ(|y-z|)という条件です。
ただし,φ(u)は u>0 のとき正となる連続関数で
∫0u d u /φ(u)=∞(u >0)となるものです。
Tonelli(1925)による条件は,これをさらに拡張して,
|F(x,y)-F(x,z)|≦A(x)φ(|y-z|)というものです。
ここで,関数Φに関しては上と同様で, A は正の関数であり,対象としている x の区間でLebesgueの意味で積分が有限なものです。
その頃,吉江(1925)は解の一意性のための1つの必要十分条件を与えて
います。
これは注目に値しますが,それは古典的な一般理論の単なる総合に留まり,
それとは別にその後も解の一意性の十分条件は種々に拡張されたものが
発表されてゆきました。
日本では南雲(1926),清水・福原・弥永(1928)ら,さらに稲葉三男(1929),南雲(1930),福原の総合報告(1932)等が発表されましたが,ここで初めて変数の変換を利用する,という考え方が現われてきました。
つまり,方程式 d y/d x = F(x,y)において例えば y=φ(x,z)で
未知変数 y を z に変数変換したとき方程式が d z/d x = f (x,z)
となり,f (x,z)は領域 D={0≦ x ≦a, 0≦ z ≦b}で連続になるように
できるとします。
そして,このときこの方程式は(x.z)=(0,0)を通って右側 x ≧0 の領域へと出て行く解の1つとして,z ≡0 (x 軸)を有するとします。
z ≡0 が解なので,当然ながら f (x,0)= 0 ですが,さらに y=φ(x,z)となるφ(x,z)が実際に存在して,これが条件:"z=0 なら φ(x,z)=0;z>0 なら φ(x,z)>0,および Dfφ≡∂φ/∂x+(∂φ/∂z) f (x,z)≦0 "を満足するとします。
このときD上で原点から右側 x ≧0 に出る解はz=0 しか存在しない,という定理が成り立ちます。
これは, z=0 なら φ(x ,z)=0 という仮定があるので解 z≡0 は y≡φ(x ,0)≡0 に一致しますが,Dfφ= d y/d x =F(x ,y)≦ 0 なので y=φ(x,z)は1変数 x のみの関数として非増加関数でもあります。
初期条件によって ,x=0 では y=0 ですから,d y/d x ≦0より,x ≧0 では y=φ(x,z)≦0 です。
ところが,同じく仮定により z >0 なら φ(x,z)>0
(そして z<0 なら φ(x,z)<0 なのですが,今の場合は定義域が z ≧0
に限られているので z<0は考慮する必要はありません。)ですから,
φ(x,z)≦0 というのはz=0 を意味することになり,x ≧0 では,解はただ
1つ:z=0 しか存在できないわけです。
したがって,この仮定が解の一意性のための十分条件になっていることが示されたわけです。
ここで φ は全く一般の変換を表わしていますから,この定理はφを適当に取り連続性の仮定などをゆるめることによって,既に得られているさまざまな周知の条件や,その他ほとんど全ての解の一意性のための十分条件を変数変換の結果として表わすものであろうと思われます。
ここで,この定理を未知関数が n 個の方程式:
d yi/d x=Fi(x,y)(i=1,2,...,n)の解である一般の場合に拡張して
上で述べた解の一意性のための十分条件の n 変数に対する命題を書き
下しておきます。
方程式の右辺の関数 Fiが,ある(n+1)次元の領域 Dで定義されていると
し,D の任意の点に対してその点のまわりにある近傍 V が存在するとして,
V の2点 (x ,y)と (x ,z)に対して,それらから決まる(2n+1)次元の点
(x ,y,z)から成る領域を W とします。
"W で定義された連続微分可能な関数Φ(x ,y,z)があって,
ΦやFiの定義域では,常に ,|y-z|=0 ならΦ(x ,y,z)=0;
|y-z|>0 なら Φ(x ,y,z)>0 ,
かつ,D FΦ≡∂Φ/∂x+Σi(∂Φ/∂yi)Fi(x ,y)+
Σj(∂Φ/∂zj)Fj(x ,z)≦0 が成立する。"
とすれば,この条件が d yi/d x=Fi(x ,y)の解曲線はDの各点 (x 0,y 0)
から右 (x ≧x 0)に向かってもし存在すれば一意的である,という解の一意
性のための十分条件になっていることがわかります。
つまり,解が存在したとして,それを yi=yi(x),および yi=zi(x)とすれば,
yi(x 0)=zi(x 0)=yi0で,関数φ(x)をφ(x)≡Φ(x ,y(x),z(x))とおけば
dφ(x)/d x=D FΦ(x ,y,z)|y=y(x),z=z(x)≦0 より,
φ(x)は非増加関数です。
|y-z|=0 ならΦ(x ,y,z)=0 ,yi(x 0)=zi(x 0)= yi0 より,
φ(x 0)=Φ(x 0,y(x 0),z(x 0))=0 ですから,,
x ≧ x 0ではφ(x)≦ 0 です。
しかし,φ(x)≡Φ(x ,y(x),z(x))であって |y-z|>0 なら Φ(x ,y,z)>0
ですから φ(x)=0 でしか有り得ないので yi(x)=zi(x)(x ≧ x 0)となる
しかないということから,解の一意性がいえるわけです。
そして,この定理で D FΦ≦0 だけを逆の不等式 D FΦ≧0 に置き換えれ
ば,x=x 0の左側 x ≦x 0 への一意性の十分条件となりますから,これらを
合わせると左右両方への一意性の十分条件が得られます。
そうして,先に述べた1変数に関する十分条件は,これの n =1の場合に相当しています。
そして,これが実は必要条件でもあるとしたら,それはどういう意味であるかと考えると解が一意的な微分方程式ならそれらは全てこのような条件を満たすということになります。
それ故,これを示す大体の方針を述べてみます。
すなわち,d z/d x= f (x,z)において f (x,z)は D で連続で f (x,0)=0 ,
かつ,D 上で原点から右に出る解は z=0 だけしかないとします。
これに対して、先の条件を満たすような関数φが少なくとも1つ取れるということを,実際にφをつくることによって示せばいいわけです。
そこで,曲線族φ=C を方程式 d z/d x = g(x,z)の積分として求めます。
ここで, g(x,z)は{0≦ x ≦a,z ≧0}で連続,かつ z > 0 で連続微分可能で
g(x,0)=0 ,かつ g(x,z)≧ f (x,z)と なり,しかも d z/d x = g(x,z)は
x 軸 : z=0 上にもPeano点を持たないとします。
こうした g は一種の補間法によって作られます。
その際に d z/d x = f (x,z)の解が z =0 のところで x =0 での初期値 :
z(0)に関して連続であることが重要ですが,これは一意解を持つという仮定
から従います。
そしてφ(x,z) (z >0 )の連続微分可能性は g のそれから従います。
さらに φ(x,0)=0 ,かつ∂φ/∂z> 0 (z > 0)と取ることができることも
容易にわかります。
そうするとDgφ=0 と g ≧ f によって Dfφ≦0 が得られます。
z =0 で ∂φ/∂x,∂φ/∂z が連続であるようにとれることも証明でき
ます。
今日はここまでにします。
参考文献:岡村博 著「微分方程式序説」(共立出版)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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