解の一意性のための必要十分条件(2)(岡村博氏による)
まず前回からの続きです。
前回の終わりでは解の一意性のための十分条件を拡張することによって,未知関数が1個の場合には一意性のための必要十分条件が得られる,という結論に到達しました。
しかし,そうした条件,殊に必要条件の形式,および証明について,他にも取ることができるかどうかを改めて考えます。
まず,先に到達した条件は形式的にはまだまだ拡張できることがすぐわかります。
実際,関数φの連続性や微分可能性は仮定せず,ただz=0,z>0 に応じてφ(x,z)=0,φ(x,z)>0 であり,さらにφ(x,z)は方程式dz/dx=f(x,z)の解曲線に沿ってxの非増加関数である,とのみ仮定しても一意性の十分条件となることは容易にわかります。
そして,これが一意性の必要条件でもあることは,この場合はきわめて簡単に証明されます。
実際,dz/dx=f(x,z)の解が一意であるという条件で,そのようなφを作るには便宜上f(x,z)は領域{0≦x≦a,-∞<z<∞}にまで定義域が延長されていて,そこで連続かつ有界であるとし,φ(x,z)としては点(x,z)から左に出てくる全ての解z(x)に対する|z(0)|の最小値をとればいいのです。
こう取れば,z>0 に対してφ(x,z)>0 となります。
これは解z=z(x)の初期値z(0)に関する半連続性とz=z(x)の一意性の仮定によってわかります。
すなわち,z>0 のときのφ(x,z)の値はz>0 の(x,z)から左に出る(x>0 かつz>0 の(x,z)を通る)解z=z(x)の初期値z(0)に対して|z(0)|で与えられるので,元々φ(x,z)=|z(0)|≧0 です。
そして,解の一意性の仮定によって初期条件がz(0)=0 の解,つまり原点(0,0)を通って右に出る解はz≡0 (x軸)しかないという理由から,z>0 のときはφ(x,z)=|z(0)|>0 となるしかないからです。
そしてまた,φ(x,z(x))がxの非増加関数である,ことはφ(x,z(x))≡|z(0)|=(一定)なので明らかです。
しかし,これで得られた必要十分条件は先の条件と比較して,あまり意味のない一般化であると言えます。
むしろ,先に与えた元々の条件ではφに連続微分可能という余計な性質を加えてはいますが,そのために非増加という性質は直接Dfφ≦0 というfに関する不等式として表わされるという意味で幾分数学的なものとなっています。
以上に述べた2種類の必要十分条件は未知関数が1個の場合に対するものですが,一般の連立方程式に対してはどうなるか?を考えます。
第2の条件は,そのままn元連立方程式に拡張するのが容易です。ただzの代わりに(z1,z2,..,zn)とし,z=0,z>0 をn次元ベクトルz=(z1,z2,..,zn)のノルム|z|を用いて|z|=0,|z|>0 と表現すればいいだけです。
一方,第1の条件においても,一意性の十分条件としては,そのまま,連立方程式にまで拡張して成り立つことは明らかです。
しかし,それが一意性の必要条件であることの1変数に対する上述の証明はn変数に拡張することが困難です。
なぜなら,高次元では1つの積分φ=Cは曲線ではないので,それをdz/dx=g(x,z)の積分として求めるわけにはいかないからです。
つまり,n変数の連立方程式では,条件に現われるφという連続微分可能な関数をいかにして獲得するかが問題になります。
著者は,この問題について数年間,解決を求めて得られなかったけれども,あるとき(1940年1月1日)急に新しい理論を思いつき,それによって解の一意性が保証されている方程式に対して条件に合うφが存在することを証明することができた,と書いています。
そして,このn元連立方程式の場合は特にz=0 などという特別な値に頼る必要もなく,初期条件が任意のときに解が一意的に決まる条件として,先に連立方程式の場合の一意性の十分条件として与えた条件を採用し,その際に述べた(2n+1)変数の関数Φ=Φ(x,y,z)の存在の必要性が証明されるということで解決に至っています。
以下ではn元連立方程式の場合の必要性の証明について述べます。
まず,n次元空間での曲線族Ωを考えます。∀C∈Ωは,区間ICで定義されたn個の微分可能な関数yi(x)(i=1,2,..,n) によって曲線の方程式yi=yi(x) (i=1,2,..,n)で表わされるとします。
そしてΩに属する曲線C上の(n+1)次元空間の点(x,y)の全ての集合をEとし,E上の各点Pにおいて,Pを通るΩの曲線が2本以上あるとき,それらはPで同じ方向を持っていてPでお互いに接する,つまりdyi(x)/dxが一致するとします。
そうすれば点集合Eの上でΩによって方向の場が決まるので,それを表わす微分方程式として,例えばdyi/dx=Fi(x,y)(i=1,2,..,n)のようなものができます。
しかし,Ωはその微分方程式の一般解,すなわち全ての解を与えるかどうかはわかりません。
つまり,その微分方程式の解曲線でΩに属さないものがE上にあるかもしれないからです。そのような曲線が存在すればそれを包絡線と呼ぶことにします。
そこで,与えられた微分方程式がpeano点を持たないというのは,一般解をΩとするときにΩがEを1重に覆い,Ωは包絡線を持たないということです。しかし一般のΩではそうとは言えません。
ところで,以下で我々はEの任意の2点がΩに応ずる微分方程式の同一の解曲線上にあるための条件を論じます。
我々れの目的を考えて,今後Ωは次の仮定を満足するとします。
Ωの個々の曲線Cの定義域であるxの区間IC はC によらず一定であるとします。たとえば,IC=I(a≦x≦b)としEは閉集合で,かつΩによって決まる方程式dyi/dx=Fi(x,y)(i=1,2,..,n)において右辺の関数Fi(x,y)はE上で連続かつ有界とします。
次に,今後の理論に主要となる1つの関数:D(P,Q)というものを,以下のように定義します。
Eの任意の2点をP(xP,yP),Q(xQ,yQ) (xP≦xQ )とします。
そして区間[xP,xQ]を細分しxP=ξ0≦ξ1≦..≦ξk≦..≦ξν=xQとして,Ωの1つの曲線Ck上でのξk-1≦x≦ξk に対応する弧をPkQk(左端をPk,右端をQk;k=1,2,..,ν)とします。
そして,これらの点Pk,Qkに対して和S≡|Q0P1|+|Q1P2|+..+|Qν-1Pν|+|QνPν+1|を作ります。ただしQ0=P,Pν+1=Qとし|QkPk+1|は平面x=ξk上における2点QkとPk+1の間の距離を表わしているものとします。
点PとQは固定し,それ以外すなわち区間[xP,xQ]を細分した分点ξkとその個数ν,およびその点を通るΩの曲線Ckについては,あらゆる取り方を許すものとしてSの取ることが可能な全ての値の下限をD(P,Q)で表わすことにするわけです。
このとき,もちろんD(P,Q)≧0 です。そしてxP=xQ なら明らかにD(P,Q)=|PQ|です。このように定義されたD(P,Q)について次の定理が成立します。
(a) 2点P,Q(xP≦xQ)がE上で方程式:dyi/dx=Fi(x,y)
(i=1,2,..,n)の同一の解曲線上にあればD(P,Q)=0 である。
(b)Eの2点P,Q(xP≦xQ)に対してD(P,Q)=0 なら,2点P,Q
はE上で方程式:dyi/dx=Fi(x,y)(i=1,2,..,n)の同一の解
曲線上にある。
まず(a)を証明します。
P,Qが共にその上にある解曲線をΓとしξk-1=xP+(k-1)(xQ-xP)/ν (k=1,2,..,ν,ν+1)に応じたΓ上の点をPkとします。
そしてPkを通る解曲線の1つをCkとして,和S≡|Q0P1|+|Q1P2|+..+|Qν-1Pν|+|QνPν+1|を作れば,これはν→ ∞ のとき,S→ 0 を満たします。
何故なら,Fiは有界なので|Fi|≦Mとすれば,ξk-1≦x≦ξkに応ずるΓ上の点Pk,Pk+1もCk上の点Qkも,全てPkから[(xQ-xP)/ν](1+nM2)1/2以下の距離にあり,もちろんν→∞ でゼロになります。
一方、Pk+1とQkは同じ座標x=ξkに対応するΓの上とCkの上の点であってPk+1,Qkの座標をそれぞれPk+1=(ξk,ζk),Qk=(ξk,ηk)とすれば,|QkPk+1|=|ζk-ηk|です。
このとき,Pkの座標は(ξk-1,ζk-1)であって,たった今述べたようにν→ ∞ のとき|PkPk+1|,|PkQk|≦[(xQ-xP)/ν](1+nM2)1/2→ 0 となります。
(またξk=ξk-1+(xQ-xP)/νも成立しています。)
ところが,ξk-1≦x≦ξkにあるΓとその近傍CkでのFiの連続性によってFiはΓの近傍で一様連続です。
よって,任意にε>0 を与えると,それに対しあるδ>0 が存在して,|PkPk+1|,|PkQk|≦δならξk-1≦x≦ξkのxに対して|Fi(x,y)-Fi(ξk-1,ζk-1)|≦ε/2が成り立つようにできます。
すなわち,Γ上のPkPk+1とCk上のPkQkの両方で,その曲線の傾きFi(x,y)が [Fi(ξk-1,ζk-1)-ε/2]≦Fi(x,y)≦[Fi(ξk-1,ζk-1)+ε/2]の範囲内にあることになります。
それ故,|PkPk+1|,|PkQk|≦δなら|QkPk+1|=|ζk-ηk|≦ε[(xQ-xP)/ν]ですからS=Σk|ζk-ηk|≦ε(xQ-xP)です。
したがって,ν→ ∞ のとき,|PkPk+1|,|PkQk|→ 0 なのでν→ ∞ のとき,S → 0 が成立します。
次に(b)を証明します。
xP=xQ ならD(P,Q)=|PQ|ですから,D(P,Q)=0 はPとQとが一致することを意味し,PとQは同じ解曲線上にあるのは自明です。
そこで,以下では,xP<xQとします。
そして,このときD(P,Q)の定義においても,ξk-1<ξk (ξk-1≠ξk)と仮定してもかまわないのでそうします。
仮定によって,Sの列{S(μ)}μ=1,2,..が存在してμ→∞ に対してS(μ)→ 0 です。ただしS(μ)=Σk|Qk(μ)Pk+1(μ)|です。
そしてxP≦x≦xQなるxに対して,関数Yi(μ)(x)を次のように定義します:yi=Yi(μ)(x)はx=xPではPを,x=xQではQを与えxP<x<xQ なるxでは各区間ξk-1(μ)<x<ξk(μ)に対してΩの曲線Ckを与えるものとします。
このyi=Yi(μ)(x)は不連続であるとしても,それはせいぜい
点x=ξk(μ)(k=1,2,..,ν)においてのみですから,
σi(μ)(x)を不連続点における全ての正負の飛躍の代数和とすれば,
Yi(μ)(x)-σi(μ)(x)は区間xP≦x≦xQ で連続であり,明らかに
|σi(μ)(x)|≦S(μ) (xP≦x≦xQ)です。
yi=Yi(μ)(x)はx=ξk(μ)(k=1,2,..,ν)以外ではdyi/dx=Fi(x,y)の解ですから,Yi(μ)(x)-σi(μ)(x)=Yi(μ)(xP)-σi(μ)(xP)+∫xPxFi(t,Y (μ)(t))dtです。
ところがFiが有界なので{Yi(μ)(x)-σi(μ)(x)}μ=1,2,..は一様有界,同等連続であり,
したがって,「Ascoli-Arzelaの定理」によって一様収束する部分列を
持ちます。
|σi(μ)(x)|≦S(μ)でS(μ)→ 0 (μ→∞)ですから,この部分列の極限をYi(x)とすると,極限においてYi(x)=Yi(xP)+∫xPxFi(t,Y(t))dtが得られます。
これによって,dyi/dx=Fi(x,y)の解曲線yi=Yi(x)が2点P,Qを通ることがわかり,Eは閉集合なので,それはE上にあります。(以上証明終わり)
ここで,D(P,Q)を定義するための和:SをSPQと書くことにし,P,Q,RをEの3点でxP≦xQ≦xR とすれば,SPQ+SQRは1つのSPRを構成するので,下限を取ることでinfSPR≦infSPQ+infSQRを得ます。
すなわち,一般にD(P,R)≦D(P,Q)+D(Q,R)が成立します。
このことから,D(P,Q)はPを固定して点Qがdyi/dx=Fi(x,y)の1つの解曲線に沿って動くとき,Qのx座標x=xQの関数と見てxの1つの非増加関数です。
そして,一般的に成り立つ不等式:D(P,R)≦D(P,Q)+D(Q,R)において,特にxQ =xRとすればD(Q,R)=|QR|なので,|D(P,Q)-D(P,R)|≦|QR|=|yQ-yR|と書くことができます。
それ故,Pを固定したとき,D(P,Q)はQの座標(xQ,yQ)の関数と見てLipdchitz条件を満足することがわかります。
さらに,D(P,Q)は点Qの座標(xQ,yQ)の関数と見て連続であることもいえるのですが,長くなるのでこれの証明は割愛します。
かくして,
"方程式dyi/dx=Fi(x,y)(i=1,2,..,n)において,Fi(x,y)
は領域E={0≦x≦a,-∞≦yi≦∞ (i=1,2,..,n)}で連続かつ
有界とし,この方程式の原点O(x=y1=y2=..=yn=0)から右に
出る解は一意的に決まり,それはx軸(yi≡0)である。
したがってもちろんFi(x,0)=0 である。"
という前提が成立しているとき,次の命題が成り立ちます。
"Eにおけるdyi/dx=Fi(x,y)の全ての解曲線は全区間
0≦x≦aまで延長される。この解曲線の族をΩとする。
そして,このときP=(x,y1,y2,..,yn)として関数:
φ(x,y1,y2,..,yn)=φ(P)≡D(O,P)を作ると,φ(P)は
Oから出てくる解の一意性の仮定によってPがx 軸上にあるとき
にのみφ(P)=0 を満たし,それ以外ではφ(P)>0 となる。
さらにφ(P)=D(O,P)は1つの解曲線の上で非増加関数,かつ
連続関数であり,しかもLipschitz条件をも満たす。"
ということになります。
そして,Lipschitz条件を満たすということは,D+φ(x,y(x))
≡limsuph→0[{φ(x+h,y(x+h))-φ(x,y(x))}/h]が,
その点におけるyi(x)の方向比dyi/dxのみから完全に確定
することを意味します。
実際,2曲線yi=yi(x),yi=zi(x)に対して,考えている点xで
yi(x)=zi(x)はもちろん,dyi/dx=dzi/dxも成立して
いるとすると,
そのxで,(d/dx){φ(x,y(x))-φ(x,z(x))}=0 ,
つまり,そのxの近傍で恒等的に,φ(x,y(x))=φ(x,z(x))が
成り立つことが,Lipschitz条件から従う,ことになるからです。
そこで,D+φは(x,y)における方向比Fi(x,y)に対して決まり,
かくしてφが解曲線に沿ってxの非増加関数であるということは
D+φ≦0 に置き換えられます。
この不等式は方程式dyi/dx=Fi(x,y)に対して,その解yに
依存することなく,単にFiに関する条件となっています。
これらを総合して,方程式dyi/dx=Fi(x,y)に関する条件が
得られましたが,この条件は解の一意性のための必要条件であり,
しかも十分条件でもあることがわかります。
上記の関数φと性質が同じで連続微分可能なものは,いわゆる積分平均の方法などで作ることが可能です。
そのとき条件D+φ≦0 は,DFφ≡∂φ/∂x+Σi (∂φ/∂yi)Fi≦0 になります。
あとは必要十分条件のもう1つの表現,つまり別の関数Φ(x,y,z)による表現を明確に証明するのみです。
"方程式dyi/dx=Fi(x,y)の右辺の関数Fi(x,y)は,ある領域Dで連続とし,Dの各点(x,y)から右に出る方程式の解が一意的に決まるとき,Dの内部の任意の点に対しその近傍V上の2点(x,y),(x,z)について定義され,以下の性質を満たす関数Φ(x,y,z)が存在する。
Φは連続微分可能,かつ,|y-z|=0 ならΦ(x,y,z)=0 ,|y-z|>0 ならΦ(x,y,z)>0 を満たし,さらにDFΦ≡∂Φ/∂x+Σi(∂Φ/∂yi)Fi(x,y)+Σj(∂Φ/∂zj)Fj(x,z)≦0 という不等式を実現する。"というものです。
これは,点P,Q,...を座標が(x,y1,y2,..,yn,z1,z2,..,zn)などで与えられる(2n+1)次元空間の点であると見なして,前と同じように関数D(P,Q)を定義し,φ(Q)=φ(x,y,z)≡infP∈ED(P,Q)とおくことから出発して最終的に連続微分可能で条件を満たすΦ(x,y,z)の存在を証明する,というプロセスです。
そこで,これを具体的に述べればいい,ということになりますが,まあ,本質的な部分ではないと思うので,これを割愛し,この項についてはここで終わりにします。
しかし,昔からある程度の知見があって既に何度も考えたことのある
トピックについて書くのとは異なり,ちょっと本屋で買った書物を読
んだだけでそれを理解してその解説をブログに書くには,それを読んだり理解したりする時間も必要なので,
いくら暇だからといっても,四六時中ブログを書くという作業だけ
やってるというわけにもいきませんね。
参考文献:岡村博 著「微分方程式序説」(共立出版)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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