スピンと統計の関係(微視的因果律)
数学,それもPoincare'のトポロジーへの入門とはいえ,解析学的な話題
ばかりが続いたので,ここで物理学に戻って量子論の軽い話題にでも触
れておきたいと思います。
そこで,今日は特にスピンがゼロのBosonとスピンが1/2 のFermion
に対するスピンと統計の間に成立すべき関係を,いくらか詳細に論
じてみます。
Lorentz共変性の要請を満たす,唯1つの"基底状態(ground-state)
=真空(Vacuum)"を持つ局所的理論において,
"もしも,微視的因果律(microscopic causality)の成立条件を満たす
べきことを要請するなら,
整数スピンの場は"Bose場=Bose統計に従う場"として,
半奇数スピンの場は"Fermi場=Fermi統計に従う場"として,
量子化されなければならない。"
という命題を証明します。
"ここで,微視的因果律の成立条件を満たす。"というのは,
「観測可能な作用素(演算子)Oの局所密度をρ(x)=ρ(x,t),
つまり,O≡∫d3xρ(x,t)とするとき,
xとyが空間的(space-like)に離れている場合には,
ρ(x)とρ(y)は干渉することが不可能であり,それ故,
交換すること が要求されること」を意味します。
つまり,"(x-y)2<0 なら[ρ(x),ρ(y)]-=0 "
なることが微視的因果律の成立条件です。
空間的に離れている:(x-y)2<0 "というのは,
ct=|x0-y0|と書けば,|x-y|>ctなることを
意味します。
これは,2つの事象の空間的距離の差が|x-y|,時間座標の差
がtなので,3次元の空間内の2点x,yの一方の点から他方の
点まで,相対論で限界速さとされている光速cの信号でも到達
不可能な場合です。
微視的因果律とは「超光速信号が存在しない限り一方が原因で
他方が結果とは成り得ない場合には,両者の観測可能量が作用素
として交換する(=無関係である)べきこと」を主張します。
ここでは,任意の2つの作用素A,Bに対して交換子を,
[A,B]-≡AB-BAで,反交換子を[A,B]+≡AB+BA
で定義します。
粒子場に,この微視的因果律の要請を課せば,それは特に
「スピンがゼロのKlein-Gordon場の反交換子による量子化,および
スピンが1/2のDirac場の交換子による量子化とは相容れない。」
ということを以下で示そうと思います。
電荷密度ρ(x,t)や電流密度jμ(x,t)のような理論における
観測可能量の密度は,場を表わす作用素(場の演算子)の2次形式
(または双1次形式)で構成されています。
すなわち,粒子場の成分を場の作用素(演算子)としてφa(x)etc.
で表現すれば,観測可能量の密度ρ(x)は,
ρ(x)≡φa(x)φb(x),または,これらの代数和
で与えられます。
そして,これらが空間的に離れた2点x,yでは交換すること
を要請すると,これは(x-y)2<0 なら,
[ρ(x),ρ(y)]-=[φa(x)φb(x),φa(y)φb(y)]-=0
を意味します。
[ρ(x),ρ(y)]-の場の演算子の交換子による表現は,
[φa(x)φb(x),φa(y)φb(y)]-
=φa(x)[φb(x),φa(y)]-φb(y)
+φa(x)φa(y)[φb(x),φb(y)]-
+[φa(x),φa(y)]-φb(x)φb(y)
+φa(y)[φb(x),φa(y)]-φb(x)
となります。
一方,同じ[ρ(x),ρ(y)]-の場の反交換子による表現は,
[ρ(x),ρ(y)]-=φa(x)[φb(x),φa(y)]+φb(y)
-φa(x)φa(y)[φb(x),φb(y)]+
+[φa(x),φa(y)]+φb(x)φb(y)
-φa(y)[φb(x),φa(y)]+φb(x)
です。
ここで,φr(x),φs(y)をKlein-Gordon場のφ,φ*の組み合わせ,
または,Dirac場のψやψ+γ0の異なるスピノル成分の組み合わせ
とします。
すると,上述の[ρ(x),ρ(y)]-の表現式から,
空間的に離れた(x-y)2<0 を満足する2点x,yに対して,
[φr(x),φs(y)]-=0 (Bose条件),または
[φr(x),φs(y)]+=0 (Fermi条件)が成立することは,
[ρ(x),ρ(y)]-=0 が成立するための十分条件になって
いることがわかります。
もちろん,十分条件ですが,必要十分条件ではないので,これらの
交換関係に基づく統計性の他にも,謂わゆるパラ統計などが成立
する可能性もありますが,
ここでは上記の交換子,あるいは反交換子による定式化の2つ
だけに限定して考えます。
特に,(x-y)2<0 なら,あるLorentz系ではx0=y0,x≠yと
することができるので,同時刻で(反)交換関係がゼロであるとい
う条件は,
(x-y)2<0 を満たす任意のx,yに対し(反)交換関係がゼロ
であるという条件と同等です。
そして,Klein-Gordon場に対しては,通常はLorentz不変性と
同時刻正準交換関係に基づいて正準量子化が実行され,相互作用
が存在するときでも
(x-y)2<0 の2点x,yに対して,[φr(x),φs(y)]-=0
のBose条件が満足されるとします。
しかし,もしもKlein-Gordon場をFermi場のような反交換子を
基にして定式化しようと試みるなら,
場の反交換子の真空期待値:
Δ1'(x-y)δrs=<0|[φr(x),φs(y)]+|0>を考える
ことによって,微視的因果律と矛盾することが示されます。
すなわち,この定式化では相互作用のある自由ではない
Klein-Gordon場の不変デルタ関数(反交換子の真空期待値):
Δ1'(x-y)は,
自由場の不変デルタ関数(反交換子の真空期待値):
Δ1(x-y)=∫d3k[1/{(2π)3(2ωk)}]{e-ik(x-y)+eik(x-y)}
でスペクトル表示できます。
これは,Δ1'(x-y)=ZΔ1(x-y)
+∫m2dσ2ρ(σ2)Δ1(x-y,σ2) です。
ただし,Zはくりこみ定数の1つです。
また,右辺のΔ1(x-y,σ2)は,平方質量がσ2のときの
自由反交換子の期待値:Δ1(x-y)を意味します。
そして,Δ1(x-y,σ2)(またはΔ1(x-y))は,もちろん自由場
のKlein-Gordon方程式に従います。
(x-y)2<0 のとき,通常の交換子による定式化での不変デルタ
関数(交換子の真空期待値):
iΔ(x-y)=∫d3k[1/{(2π)3(2ωk)}{e-ik(x-y)-eik(x-y)}
が確かにゼロになるのに反し,Δ1(x-y)はゼロとはならない
ことを示すことができます。
具体的表現はΔ1(x)=∫d3k[1/{(2π)3(2ωk)}](e-ikx+eikx)
=[-1/(2π2|x|)](∂/∂|x|)[∫0∞(cos(kx)/(k2+m2)1/2)
cos{(k2+m2)1/2t}dk]です。
そして,x2<0 のときのΔ1(x)はLorentz不変性により,t=0
を仮定して計算しても同じです。
t=0 のときには,|x|=(-x2)1/2=(|x|2-t2)1/2なので,
これを一般化して|x|→(-x2)1/2とおくことにします。
一方,通常の交換子による定式化でのΔ(x)は,Δ1(x)の
cos{(k2+m2)1/2t}なる因子がsin{(k2+m2)1/2t}に
変わるだけなので,t=0 のLorentz系を取れば,これは確かに
ゼロになることがわかります。
ところが,Δ1(x)の方は,K0(z)を第2種の変形Bessel関数
とすると,
Δ1(x)=[-1/{2π2(-x2)1/2|]{∂/∂(-x2)1/2}
K0[m(-x2)1/2]
=[m/{2π2(-x2)1/2|]K0'[m(-x2)1/2] と表現されます。
K0(z)は大きいzに対しては,
K0(z)~{π/(2z)}1/2exp(-z)と
漸近近似されます。
したがって,その微分係数の漸近近似は
K0'(z)~(π/2)1/2(-z-3/2/2-z-1/2)exp(-z)
となります。
それ故,-x2>1/m2のような大きく離れた空間的距離
では,Δ1(x)=Δ1(x,t,m2)~[m1/2/(2π)3/2}
exp[-m(|x|2-t2)1/2]/(|x|2-t2)3/4となり,
大きい|x|に対して
Δ1'(x,0)
~Ze-m|x|/|x|3/2+∫m2dσ2ρ(σ2)e-σ|x|/|x|3/2
となります。
そこで,(x-y)2<0 となる空間的なx,yに対し,
Δ1'(x-y)≡<0|[φr(x),φs(y)]+|0>がゼロには
なりません。
これは,この定式化での微視的因果律成立の条件である,
(x-y)2< 0 で[φr(x),φs(y)]+=0 になるという
ことに矛盾するため,正当な定式化とは成り得ません。
一方,スピンが1/2のFermi場を通常の反交換子によって定式化
すると,考察すべきLorentz不変な関数
(=場の反交換子の真空期待値)は,
Sαβ'(x-y)=<0|[ψα(x),(ψ+γ0)β(y)]+|0>ですが,
これは,∫0∞dM2{ρ1(M2)(iγμ∂μ)+ρ2(M2)}αβ
×Δ(x-y;M)なるスペクトル表示で表現されます。
しかし,もしもスピンが 1/2 のFermi場を交換子で表現しよう
とするなら,その定式化で考察すべき場の交換子の真空期待値
の表現は,
上に与えた場の反交換子の真空期待値の表式で
反交換子:[ψα(x),(ψ+γ0)β(y)]+を交換子:
[ψα(x),(ψ+γ0)β(y)]-に置き換える必要があります。
これによって,スペクトル表示はΔ(x-y;M)を
Δ1(x-y;M)
に変えた表式に変更されます。
それ故,微視的因果律成立の条件である,(x-y)2< 0 なる
x,yに対して [ψα(x),(ψ+γ0)β(y)]-=0 となるべき
ことに矛盾するという結果が得られます。
スピンが1/2より大きい粒子場は,全てスピン1/2の粒子場の直積
で表わされ,こうしたスピンの大きい自由粒子は,いわゆる
Berdman-Wignerの方程式に従う場で記述されます。
このうち,スピンが整数の場合は,この方程式はFieltz-Pauli
の方程式というKlein-Gordon方程式を高次元に一般化したもの
にゲージ条件を加えたものへと変換されます。
一方,スピンが半奇数の場合は,Dirac方程式を高次元に一般化
して,ガンマ行列による拘束条件を付加した謂わゆるスピンが
(n+1/2)のRarita-Schwingerの方程式に従う場となります。
いずれにしても,場の交換子,反交換子の真空期待値を表わす
不変デルタ関数は,スピンが整数の場合に反交換子で定式化したり
スピンが半奇数の場合に交換子で定式化すると微視的因果律に
矛盾する結果となります。
それ故,微視的因果律の要請を認める局所場の理論では,粒子の
統計を表わす同時刻の正準関係が交換子,または反交換子のみで
表現される,というような二者択一的な定式化に従うことを前提
とする場合,
粒子のスピンが整数の場合にはBose統計に,粒子のスピンが半奇数
の場合にはFermi統計に従うものしか観測可能量を表現する物理的
粒子として存在できない,という結論が得られます。
理論が局所的対称性(つまり大域的だけではなく位置座標に依存
する対称性)を持つために,ゲージ不変性を有する場合には,共変
的量子化を行うためにゲージを共変ゲージに固定する必要があり
ます。
このときは,通常要求されるFPゴースト(Fadeev-Popov Ghost)
を記述する粒子はスピンが1/2なのにBose統計に従うものがあり
ます。
それ故,これらゴースト粒子は微視的因果律の要請を満たしません
が,ゴーストは補助場として理論に関係するのみで現実の観測可能
量を記述する際には埋没してしまう非物理的粒子なので,これらは
矛盾の種にはなり得ません。
参考文献:J.D.Bjorken S.D.Drell 「Relativistic Quantum Fields」 (McGraw-Hill) 大貫義郎 著「ポアンカレ群と波動方程式」(岩波書店)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」
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