複素数に対する算術幾何平均1
a,bが負の数であったり,一般の複素数である場合のa,bの算術幾何平均(arithmetic-geometric-mean):M'a,b)をGaussに従って定義します。
算術平均a:1=(a+b)/2 については,全く任意性なく一意的に定義できますが,幾何平均:b1=(ab)1/2については,a,bが一般の複素数である場合,こう表わしただけではb1を一意的に定めることはできません。
a=-bのときは算術平均がa1=0 となり,b1の如何に関わらず,
次の幾何平均はb2=(a1b1)1/2=0 ですから,このときは,
算術幾何平均はM(a,b)=0 であるとしていいでしょう。
そして,またaかbの少なくとも一方がゼロのときも明らかに
M(a,b)=0 としていいので,これらの場合は,これから与える
算術幾何平均の定義から除くことにして,
以下ではa≠0,b≠0 かつb/a≠-1であるとします。
そこで,an≠0,bn≠0,bn/an≠-1なるan,bnが定まったとき,
(anbn)1/2の2つの値のうち,どちらをbn+1と定めるべきか?が
問題になります。
※(注):複素数a,bの2π未満の偏角をα,βとするとa=|a|exp(iα),
b=|b|exp(iα)なのでその算術平均は,
a1=(a+b)/2={|a|exp(iα)+|b|exp(iβ)}/2です。
そして,|a1|2=a1a1*
={|a|exp(iα)+|b|exp(iβ)}{|a|exp(-iα)+|b|exp(-iβ)}/4
=(|a|2+|b|2}+|a||b|[exp{i(α-β)}+exp{-i(α-β])/4
ですから,
a1の絶対値は|a1|=[|a|2+|b|2}+2|a||b|cos(α-β)]1/2/2
であり,偏角はこの絶対値に対してexp(iγ)=a1/|a1|を満たす角
γで与えられます。
いずれにしても算術平均:a1の方は明確に一意に決まります。
しかし,ab=|a||b|exp{i(α+β+2kπ)}なので,
幾何平均:b1=(ab)1/2としては,(|a||b|)1/2exp{i(α+β)}と
(|a||b|)1/2exp{i(α+β+π)}=-(|a||b|)1/2exp{i(α+β)}
の2つの取り方があります。(下に図示)(注終わり※)

an+1=(an+bn)/2ですが(anbn)1/2の2つの値は複素平面上の位置ベクトルとして"絶対値=長さ"が同じで複素平面上原点を通る直線上で互いに原点に関して点対称な位置にあります。
このうち,|an+1-bn+1|≦|an+1+bn+1|を満たすbn+1をan,bnの幾何平均
として採用します,
つまり,複素平面上の位置ベクトルとして算術平均のan+1は,an,bnの
中点ですが,これとbn+1のつくる三角形の第3辺の長さ|an+1-bn+1|
がan+1とbn+1のつくる平行四辺形の対角線の長さ|an+1+bn+1|より
短かくなるようなanbnの平方根の方をbn+1として採用すること
にします。
ただし,|an+1-bn+1|=| an+1+bn+1|の場合は,この定義でもまだbn+1は
決まらないので,Im(bn+1/an+1)>0 となる方をbn+1とします。
こうして作成した数列{an},{bn}においてbnが有限個を除いて上記の正しい選択で定められているとき,"{an},{bn}はよい数列である"ということにします。
"数列{an},{bn}はbnの選択の仕方に依らず共通の極限に収束する。
ただし,平方根の選択がよい数列でないなら,この共通の極限は常にゼロ
であり,よい数列であるときには共通の極限は常にゼロとは異なる。"
という命題の成立することが証明できるらしいです。
これは,Gaussの遺稿から,こうした定義を読み取って論文にした D.A.Cox(コックス)という数学者の論文に示されているとのことですが,参考文献では省略されており,内容は見当がつかないので認めることにして,先に進もうと思います。
そして,このゼロと異なる{an},{bn}の共通の極限をM(a,b)と書いて"a,bの算術幾何平均=ag(M)"と定義します。
しかし,実はbnが有限個を除いて正しい選択で定められているということもあり,よい数列の作り方は無数に存在しますから,M(a,b)の値も一意的ではなく,M(a,b)は一般にa,bの多価関数です。
この多価性がどのようなものかを示すためにガウスが用いたのは驚くべき方法でした。
まず,τを複素上半平面のある数(Imτ>0)とし,q≡exp(iπτ)とおいて次の3つの関数を考察します。
すなわち,p(τ)≡1+2Σ1∞qn2,q(τ)≡1+2Σ1∞(-1)nqn2,r(τ)≡2Σ1∞q(n-1/2)2の3つの関数です。
これらは現在Jacobi(ヤコービ)のテータ関数(Jacobian theta functions)として知られている次の関数:
θ3(z|τ)≡1+2Σ1∞qn2cos(2nz),
θ4(z|τ)≡1+2Σ1∞(-1)nqn2cos(2nz),
θ2(z|τ)≡2Σ1∞(-1)nq(n-1/2)2cos[(2n-1)z]
において,z=0 としたものと一致しています。
Imτ>0 なので,|q|=|exp(iπτ)|<1ですから,これらの級数は絶対収束します。そして,Gaussはまず次のことを証明します。
"k'(τ)≡p2(τ)/q2(τ)とするとき,k'(τ)=b/aとなるτでImτ>0 なるものが存在すれば,そのτに対するμ≡a/p2(τ)はM(a,b)の1つの値を与える。
そして,このμはよい数列:an=μp2(2nτ),bn=μq2(2nτ)の共通の極限になっている。"
ということです。
証明するには,まずp(τ),q(τ),r(τ)を無限積表示します。
p(τ)=Π1∞(1-q2n)(1+q2n-1)2,
q(τ)=Π1∞(1-q2n)(1-q2n-1)2,
r(τ)=2q1/4Π1∞(1-q2n)(1+q2n)2
です。
これらは現在ではJacobiのテータ関数に対する公式として公式集にも
載っているので,あえて証明せず天下り的に認めることにします。
そして,無限級数表示の方から,p(τ)+q(τ)=2(1+2Σ1∞q4n2)
=2p(4τ),p(τ)-q(τ)=4Σ1∞q4(n-1/2)2=2r(4τ)と書けます。
そこで,辺々掛け合わせると,p2(τ)-q2(τ)=4p(4τ)r(4τ)
となります。
また,無限積表示からp(4τ)r(4τ)=[Π1∞(1-q5n)(1+q8n-4)2]
[2qΠ1∞(1-q8n)(1+q8n)2]=2qΠ1∞(1-q4n)2(1+q4n)4
=r2(2τ)/2となることがわかります。
以上から,p2(τ)-q2(τ)=2r2(2τ)が得られました。
一方,同様にしてp(τ)q(τ)を計算すると,p(τ)q(τ)
=Π1∞(1-q4n)2(1-q4n-2)4=q2(2τ)です。
先に無限級数表示から求めたp(τ)+q(τ)=2p(4τ),
p(τ)-q(τ)=2r(4τ)からp(4τ)+r(4τ)=p(τ),
p(4τ)-r(4τ)=q(τ)も得られます。
結局p2(4τ)-r2(4τ)=p(τ)q(τ)=q2(2τ),
つまり,p2(2τ)-r2(2τ)=q2(τ)です。
これとp2(τ)-q2(τ)=2r2(2τ)からp2(τ)+q2(τ)=2p2(2τ)を
得ます。
まとめるとp2(τ)+q2(τ)=2p2(2τ),p2(τ)-q2(τ)=2r2(2τ),
p(τ)q(τ)=q2(2τ)です。
そこで,これらから得られるものとしてp2(τ),q2(τ)の算術平均が
p2(2τ),幾何平均がq2(2τ)である,ということができます。
ここで,μ=a/p2(τ).p2(τ)/q2(τ)=b/aですから,
a=μp2(τ),b=μq2(τ)です。
これから,M(a,b)=M(μp2(τ),μq2(τ))=μM(p2(τ),
q2(τ))=μM[p2(2τ),q2(2τ)]=μM[p2(22τ),q2(22τ)]
=... が得られます。
こうして,最終的にM(a,b)=μlimn→∞M[p2(2nτ),q2(2nτ)]
が得られましたが,Imτ>0 なので無限級数表示p(τ)≡1+2Σ1∞qn2,
q(τ)≡1+2Σ1∞(-1)nqn2を見れば明らかなように,
limn→∞p(2nτ)=1,limn→∞q(2nτ)=1となることがわかります。
それ故,確かにM(a,b)=μです。そして,極限μがゼロではないこと
から{an},{bn}={μp2(2nτ)},{μq2(2nτ)}はよい数列であると
いえます。
今日はここまでにします。
この部分は1998年頃に読んだところで,それからかなりブランクが
ありますが,まだ今回の入院中に読んだ部分には入っていません。
参考文献:斎藤利弥 著「線形微分方程式とフックス関数I(ポアンカレを読む)」(河合文化教育研究所)
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コメント
どもhirotaさん、TOSHIです。コメントご苦労さまです。
著者が省略したのを証明は見当が付かないと書いて私はそういうものかと館単に認め、細部を敬遠したのですが今思うと安易な気持ちであったと後悔しています。余裕がなかったのですね。歳かな?
証明、かなりくわしいんで助かります。本文にも載せたいところですが。。。
TOSHI
投稿: TOSHI | 2007年9月10日 (月) 01時29分
「良選択/悪選択 で 非0/0 収束」の証明が本当に出来るのか気になったんで、証明してみました。
まず簡単な良選択の方ですが、a(n) と b(n) の偏角の差を 0 ≦ A(n) <π としますと、良選択では 0 ≦ A(n+1) ≦ A(n)/2 で、
| a(n+1) |^2 = ( | a(n) |^2 + 2 | a(n) b(n) | cos A(n) + | b(n) |^2 )/4
≧ (1+ cos A(n) ) min ( | a(n) | , | b(n) | )^2 /2
= (1- (sin (A(n)/2))^2 ) min ( | a(n) | , | b(n) | )^2
b(n+1) の方も | b(n+1) | ≧ min ( | a(n) | , | b(n) | ) なので、合わせて
min ( | a(n+1) | , | b(n+1) | )^2 ≧ (1- (sin (A(n)/2))^2 ) min ( | a(n) | , | b(n) | )^2
≧ (1- (A(n)/2)^2 ) min ( | a(n) | , | b(n) | )^2
≧ min ( | a(n) | , | b(n) | )^2 - (A(n)/2)^2 max ( | a( 0 ) | , | b( 0 ) | )^2
A(n) は 0 に収束するから、適当に大きい N を選べば
(A( N )/2)^2 ≦ min ( | a( N ) | , | b( N ) | )^2 / ( 2 max ( | a( 0 ) | , | b( 0 ) | )^2 )
とできるので、
min ( | a( N + n) | , | b( N + n) | )^2
≧ min ( | a( N ) | , | b( N ) | )^2
- (Σ{ 1/4^j ; 0 ≦ j ≦ n-1} ) (A( N )/2)^2 max ( | a( 0 ) | , | b( 0 ) | )^2
≧ min ( | a( N ) | , | b( N ) | )^2 - (4/3) (A( N )/2)^2 max ( | a( 0 ) | , | b( 0 ) | )^2
≧ min ( | a( N ) | , | b( N ) | )^2 / 3
となって、非0 収束が証明できる。
悪選択の方は、b(n+1) を悪選択とすると π/2 <π- A(n)/2 ≦ A(n+1) <π で、
| a(n+2) |^2 = ( | a(n+1) |^2 + 2 | a(n+1) b(n+1) | cos A(n+1) + | b(n+1) |^2 )/4
≦ (1+ cos A(n+1) ) max ( | a(n+1) | , | b(n+1) | )^2 /2
< max ( | a(n+1) | , | b(n+1) | )^2 /2
∴ | a(n+2) | < max ( | a(n+1) | , | b(n+1) | )/√2
| b(n+2) | ≦ max ( | a(n+1) | , | b(n+1) | ) と合わせて、さらに次の平均は
| a(n+3) | ≦ ( | a(n+2) | + | b(n+2) | )/2
≦ (1+ 1/√2 ) max ( | a(n+1) | , | b(n+1) | )/2
| b(n+3) |^2 = | a(n+2) b(n+2) | ≦ max ( | a(n+1) | , | b(n+1) | )^2 /√2
∴ max ( | a(n+3) | , | b(n+3) | )
≦ max ( (1+ 1/√2 )/2 , 2^(-1/4) ) max ( | a(n+1) | , | b(n+1) | )
max ( (1+ 1/√2 )/2 , 2^(-1/4) ) < 1 だから、
悪選択が無限回あると 0 に収束する。(あら、意外と簡単)
投稿: hirota | 2007年9月 6日 (木) 16時10分
たぶん、同じ意味なんだろうな~と思ってました。
偏角で説明したほうが読者に分かりやすく、収束の証明も見当が付く。という意味だったんです。
「良選択で非 0 収束」の大雑把すぎる証明 (?) は書きましたから、ついでに「悪選択で 0 収束」の大雑把証明も書いときますと、a(n) と b(n) の偏角の差がπより大きい方向 (悪選択) に b(n+1) を取りますと、b(n+1) の偏角は a(n) と b(n) の真ん中ですから、どちらに対しても偏角の差は π/2 以上になって、a(n+1) とも π/2 以上になります。
すると、その次の相加平均 a(n+2) では絶対値が 1/√2 以下になります ( 2 つの絶対値が同じ場合しか考えてません) から、悪選択が 2 回あれば 1/2 以下 (良選択が挟まっても絶対値は大きくならない)、悪選択が無限回あれば 0 に収束します。(大雑把すぎて穴だらけなので、証明の雰囲気だけですが)
投稿: hirota | 2007年8月28日 (火) 13時32分
こんばんは、hirotaさん、TOSHIです。コメントありがとうございます。
図に描けばわかるのですが本文に書いた取り方はhirotaさんの書かれた取り方と同じです。
式だと面倒くさいけど証明してみました。
an=|an|・exp(iθ1)、bn=|bn|・exp(iθ2);0≦θ1,θ2<2πのときbn+1≡r・exp(iΘ)でr≡|an・bn|^1/2、Θ=Θk≡(θ1+θ2)/2+kπ (k=0,1)とします。
偏角を0と2πの間に限ると偏角は0≦Θ0<2π,π≦Θ+<3π,-π≦Θ-<πでexp(iΘ+)=exp(iΘ-)です。
一般性を失うことなくθ1≦θ2と仮定します。0≦θ2-θ1<2πでθ1≦Θ0≦θ2,θ1+π≦Θ+≦θ2+π,θ1-π≦Θ-≦θ2-πです。
そしてθ2-θ1<πならΘ=Θ0,そうでなければΘ=Θ±と選択します。
an+1±bn+1=c±r・exp(iΘ);c≡(an+bn)/2と書けるので|an+1±bn+1|^2=|c|^2+r^2±r{c・exp(-iΘ)+c*・exp(iΘ)}です。
ここでc・exp(-iΘ)+c*・exp(iΘ)=|an|cos(θ1-Θ)+|bn|cos(θ2-Θ)なので|an+1±bn+1|^2=|c|^2+r^2±[|an|cos(θ1-Θ)+|bn|cos(θ2-Θ)]です。
θ1-Θ0=(θ1-θ2)/2,θ2-Θ0=(θ2-θ1)/2ですが,cos(θ1-Θ±)=-cos(θ1-Θ0),かつcos(θ2-Θ±)=-cos(θ2-Θ0)なのでc・exp(-iΘ)+c*・exp(iΘ)=[|an|cos(θ1-Θ)+|bn|cos(θ2-Θ)]は、Θ=Θ0と取るか、Θ=Θ±と取るかで符号が変わります。(終わり)
TOSHI
投稿: TOSHI | 2007年8月27日 (月) 21時27分
b(n+1) の決め方は 「 a(n) と b(n) の偏角の差がπより小さい方向 」で良いんじゃないですか?
式で書けば、「 Im [ b(n) / a(n) ] と Im [ b(n+1) / a(n) ] を同符号にする 」です。
a(n+1) も a(n) と b(n) の偏角の差がπより小さい方向にあり、b(n+1) の偏角は a(n) と b(n) の真ん中だから、「偏角の差」は step 毎に半分以下になり、a(n) の絶対値減少率は cos(偏角の差) で押さえられますから、0 に収束することはないでしょう。
投稿: hirota | 2007年8月27日 (月) 17時51分