光電効果と光の量子論(2)
まず前記事の続きです。
光電効果(photoelectric effect)に関係する量に関して具体的計算を
しました。
まず,原子内の電子と光の相互作用Hamiltonianを与えます。
電子の質量をm,電荷を-e(e>0)とすると,相互作用の効果はj番目の電子の運動量をpj→pj+eAj,エネルギーをH→H-V(r)と置き換えることで得られるはずです。
ここでV(r)は静電相互作用のエネルギーを総称しています。
すなわち,Coulombゲージ:∇A=0 では,
H=[Σj{pj+eA(rj)}2]/(2m)+(1/2)∫ρ(r)φ(r)dr
+(1/2)∫{ε0ET2+B2/μ0}dr です。
ここでφ(r)は静電ポテンシャルでρ(r)は原子核や電子を含めた原子内部の電荷分布を連続体近似の電荷密度として表わしたものです。
ETはCoulombゲージで顕在する電磁波の電場Eの横波成分です。
電場Eの縦波成分の方は静電Coulombポテンシャルの中に埋没して
います。
一方,磁場Bには元々横波成分しかありません。
このうち,原子と輻射場の相互作用には静電エネルギーの部分:
(1/2)∫ρ(r)φ(r)drは無関係ですから,
摂動Hamiltonian:H'はHの表現の右辺第1項の,
H1'≡(e/m)ΣjA(rj)pj+{e2/(2m)}ΣjA(rj)2
の中に含まれています。
以下,詳細は省略して,H1'の中から相互作用の低次の近似で,最も
効いてくる電気双極子相互作用HEDのみを取り出すと,
HED≡eΣjrjET(R)=eDET(R) です。
ここで,Rは原子核の位置ベクトルを表わし,rjは原子核を原点
とした電子jの位置ベクトルです。
また,DはΣjrjを示しています。
原子の全電気双極子モーメントは-eDとなります。
一般に,通常の1粒子の量子力学では,エネルギー固有値がEnの定常
状態波動関数はψn(r,t)=exp(-iEnt/hc)φn(r)なる形をして
います。
ただし,hをPlanck定数として,hc≡h/(2π)です。
光の吸収,放出に伴って遷移により電子のエネルギー準位がE1と
E2(E2>E1)の束縛状態|1>と|2>を行き来する過程を考えると,
これは時間に依存する摂動論によって記述することができます。
ここで,hcω0≡E2-E1で定義されるω0を遷移周波数と呼びます。
電場や磁場との相互作用が全くないときの非摂動Hamiltonianを
H0≡HEとし,摂動とされる輻射場との相互作用Hamiltonianを
H'≡HIとすれば,全Hamiltonianは,H=H0+H'=HE+HIです。
そして,放出あるいは吸収される光の周波数がω0に近いときには,
波動関数はψ1(r,t)=exp(-iE1t/hc)φ1(r)と,
ψ2(r,t)=exp(-iE2t/hc)φ2(r)で表わされます。
ただし,HEφ1(r)=E1φ1(r),HEφ2(r)=E2φ2(r)です。
この過程では2つのエネルギー固有値E1,E2に属する固有状態:
|1>,|2>のみが問題となります。
E1≠E2なので∫ψ1*ψ1dr=∫ψ2*ψ2dr=1,
∫ψ1*ψ2dr=[∫ψ2*ψ1dr]*=0 と規格化されています。
この輻射過程に関与するのは,ほとんど全てにおいて選ばれた2つの
状態だけなので,この過程と関わる状態はこれらの状態|1>,|2>のみの
重ね合わせで近似できます。
つまり,どんな時刻tでも波動関数は,ψ(r,t)
=C1(t)ψ1(r,t)+C2(t)ψ2(r,t)のように表現される
はずです。
ここで,座標rには依存しない係数C1(t),C2(t)は規格化条件:
|C1(t)|2+|C2(t)|2=1を満足しなければなりません。
この表式を時間に依存する波動方程式:Hψ=ihc(∂ψ/∂t)に
代入すると,HI(C1ψ1+C2ψ2)=ihc{ψ1(dC1/dt)
+ψ2(dC2/dt)} となります。
この式の両辺に,それぞれ,左から複素共役ψ1*とψ2*を掛けた後に
全空間で積分するとC1,C2についての連立方程式:
C1I11+C2 exp(-iω0t)I12
=i(dC1/dt),C1 exp(iω0t)I21+C2I22=i(dC2/dt)
を得ます。
ここで,Imn (m,n=1,2)は,hcImn≡∫ψm*HIψndrによって
定義されます。
先に与えた輻射場との相互作用による電気双極子近似の
摂動Hamiltonian:HED=eΣjrjET(R)=eDET(R)は,今の
場合ET(R)が周波数ωの単色光電磁波,ET(R)~E0cos(ωt)
であるとしていいので,
HEDを全摂動Hamiltonianと考えて,
H'=HI≡HED=eDE0cos(ωt)と書けます。
また,D=Σjrjは奇のパリティ(偶奇性;parity)を持っています。
すなわち,rj→-rjに対してD→-Dです。
そこで,I11とI22の被積分関数は奇関数になるので全空間で積分した
結果,I11=I22=0 です。
一方,一般にI12とI21はゼロではなく,I21=I12*が成立します。
そして,I12はI12=Vcos(ωt),V≡eE0X12/hc,
X12≡∫ψ1*Xψ2dr;
XはDのE0方向の成分と表現されます。
これを,先のC1,C2についての連立方程式に代入すると,
Vcos(ωt)exp(-iω0t)C2
=i(dC1/dt),V*cos(ωt)exp(iω0t)C1=i(dC2/dt)
となります。
時刻t=0 には,原子がエネルギーレベル的に下の状態|1>にあるとすると,C1(0)=1,C2(0)=0 です。
この初期条件の下で上のC1,C2に対する連立微分方程式の解をVのベキ展開として求めると,Vの2次までで,
C1(t)=1+|V|2×(tの関数),
C2(t)=(V*/2)[{1-exp(i(ω0+ω)t)}/(ω0+ω)
+{1-exp(i(ω0-ω)t)}/(ω0-ω)]
となります。
|C2(t)|2は,t=0 に原子が確実に状態:|1>にあったとき,
時刻tに励起状態:|2>に見出される確率を示します。
そして原子がこの状態に見出される確率がtと共に増大する速さ
=単位時間当たりの遷移確率を量子力学的な遷移速度と言います。
ところで,C2(t)=(V*/2)[{1-exp(i(ω0+ω)t)}/(ω0+ω)
+{1-exp(i(ω0-ω)t)}/(ω0-ω)]なる式に着目します。
今は,ω ~ ω0のωを考えています。
ω→ ω0の極限を考えると,
C2(t)→ -{iV*/(2ω0)}{sin(ω0t) +ω0t}です。
元の式の右辺第1項が sin(ω0t)に,第2項がω0tに
対応しています。
原子遷移が起こる特有の時間間隔は,10-7sec,またはそれより長いですが,一方,代表的な遷移周波数ω0は1015Hz程度なので,ω0t>>1なることが極めてよく満たされています。
そこで,ω0t>>sin(ω0t)なので,元の式:
C2(t)=(V*/2)[{1-exp(i(ω0+ω)t)}/(ω0+ω)
+{1-exp(i(ω0-ω)t)}/(ω0-ω)]の右辺で第1項を
無視するのが良い近似となります。
C2(t)~ (V*/2){1-exp(i(ω0-ω)t)}/(ω0-ω)より,
|C2(t)|2~ |V|2sin2{(ω0-ω)t/2}/(ω0-ω)2となります。
さらに,tを無限大にした極限で,Diracのデルタ関数を用いると,
|C2(t)|2=(π|V|2t/2)δ(ω0-ω)と書けます。
ところで空洞内のような光子の数が変化する状況のメカニズム
は.Einsteinによる現象論で扱うことができます。
N個の同じ原子から成る気体が空洞内にあって各原子はエネルギーが
E1とE2の1対の束縛状態を持つとし,hcω=E2-E1とします。
そして,E1,E2のエネルギーを持つ原子数を,それぞれ,N1,N2で
表わすことにします。
周波数ωの輻射ビームに空洞を通過させて,これが通過するにつれて空洞内で失うビーム強度の比率を測定する状況を想定します。
空洞内の各周波数ωのビームは振動するので,その強度は時間と共に変動するはずですから,時間的に一定な量として評価するため,空洞内の周波数ωの強度は,全エネルギー密度を周期ごとに平均したサイクル平均W(ω)として評価します。
この全エネルギー密度W(ω)は,外部の電磁波の輻射源からの寄与WE(ω)の分だけ,自然に存在する熱的な部分WT(ω)より大きいはずです。すなわち,W(ω)=WE(ω)+WT(ω)です。
さて,Einsteinによる現象論とは次のようなものです。
まず状態2の原子が自発的に低い状態1に落ちてエネルギーhcωの光子を1個放出するという現象を記述する単位時間当たりの確率をA21で表わします。(自発放出)
一方,状態1の原子は周波数ωの輻射が存在しないなら状態2に移る道はありません。
しかし,エネルギー密度がW(ω)の輻射が存在すればhcωの吸収によって遷移1→ 2 が起きます。この'遷移速度'はW(ω)に比例するとしてその係数をB12とします。
また,W(ω)の存在は2→1の遷移速度も増加させます。
そこでその比例定数をB21とおき,これの遷移速度をB21W(ω)と
書きます。(誘導放出)
これら,3つのEinstein係数:A係数=A21,およびB係数=B12,B21
は,W(ω)に無関係であるように定義されていて,原子数N1,N2の
変化速度は,
dN1/dt=-dN2/dt=N2A21-N1B12W(ω)+N2B21W(ω)
なる表式で与えられます。
これがEinsteinによる現象論の骨子です。
この3つのパラメータA21,B12,B21の間の関係は,現象論的考察
だけで求まるのですが絶対的な値については現象論だけから見積
もることはできません。
この現象論におけるパラメータを,先の半古典的量子論による計算
結果と比較すると,半古典論で扱った量子遷移の確率;
|C2(t)|2=(π|V|2t/2)δ(ω0-ω)を時間tで割った,
単位時間当たりの確率が遷移速度B12W(ω)に相当しますから,
B12W(ω)=|C2(t)|2/tです。
しかし,実際の現象ではωはω0という確定値を持つのは不可能で,
ある限界が存在してω0の周りで,必ずある量Δωだけぼやけてい
ます。
この不確定さには根本的な理由:Heisenbergの不確定性原理
(tΔω> 1)があります。
これは実験的な分解能の限界の存在とはまた違う現象です。
それ故,V=eE0X12/hcとε0E02/2=∫W(ω)dωを用いて,
ωにΔωの幅があるとして,改めて計算を行えば,
|C2(t)|2=[2e2|X12|2/(ε0hc2)] ×
∫ω0-Δω/2ω0+Δω/2W(ω)sin2{(ω0-ω)t/2}/(ω0-ω)2dω
~ [2e2|X12|2/(ε0hc2)]W(ω0) ×
∫ω0-Δω/2ω0+Δω/2sin2{(ω0-ω)t/2}/(ω0-ω)2dω
となります。
先のδ関数での考察と同じく,
∫ω0-Δω/2ω0+Δω/2sin2{(ω0-ω)t/2}/(ω0-ω)2dω
=πt/2 が成立するので,
結局,B12=|C2(t)|2/[tW(ω0)]=πe2|X12|2/(ε0hc2)
が得られます。
ここで|X12|2を方向平均<|X12|2>~|D12|2/3で置き換えれば,
B12=πe2|D12|2/(3ε0hc2)となります。
一方,量子化された輻射場を考えた計算をします。
モード(波数)kにnk個の光子があり,原子の束縛状態としては
状態|1>にあるという結合系の状態を|nk,1>etc.で表わします。
これを用いると,光子の吸収に関する行列要素は
<nk-1,2|HED|nk,1>=ihcgkexp(-iωkt+ikR)nk1/2,
光子の放出に関する行列要素は<nk+1,1|HED|nk,2>
=ihcgk exp(iωkt-ikR)(nk+1)1/2 となります。
ここで,gk=e{ωk/(2ε0hcV)}1/2εkD12です。
ただし,D12≡<1|D|2>でεkはモードkごとに展開した電場の偏極(polarization)ベクトルの成分です。
例えば,光子の吸収過程を見る場合には,
「時刻t=0 に原子が状態:|1>にあって,そこへ波動ベクトルkを
持つ光子ビームが入射して相互作用して,その後の時刻tにおいて
その原子が状態|2>に励起されている確率を求めること」
を考えるわけです。
半古典論とは異なり,相互作用Hamiltonianに含まれる電磁場が古典場ではなく量子場であるという違いはありますが,量子論の摂動論としては全く同じに扱えます。
吸収過程の遷移確率が,状態ベクトル|2>による展開係数の絶対値の平方として|C2(t)|2で与えられるというのは半古典論の場合と全く同じです。
先に,半古典論で求めた|C2(t)|2=(π|V|2t/2)δ(ω0-ω)においては,|1>から|2>への遷移行列要素はhcI12=hcVcos(ωt)で与えられましたが,因子cos(ωt)のうちでexp(iωt)を無視するとhcI12~(hcV/2)exp(-iωt)です。
これは,量子化された場の理論では,|1>から|2>への遷移行列要素<nk-1,2|HED|nk,1>と同じものと見なすことができます。
そして,<nk-1,2|HED|nk,1>=ihcexp(-iωkt+ikR)nk1/2でにおいて,無関係な位相因子exp(ikR)を除けば,結局
|C2(t)|2=(π|V|2t/2)δ(ω0-ω)で,(V/2)を(ihcgknk1/2)
に,ωをωkに置き換えるだけで,量子化された場を用いた場合の遷移
確率にすることができます。
この結果,|C2(t)|2=2πgk2n k t δ(ω0-ωk)となります。
そこで,ビームのエネルギーをEk≡nkhcωkとすれば,遷移速度は
|C2(t)|2/t=(2πgk2Ekhcωk)δ(ω0-ωk)と書けます。
これらの結果は光子の始状態が|nk>,すなわち光子の個数が正確に指定されているビームに対して当てはまるものです。
より一般的な状態,例えばコヒーレント(可干渉;coherent)状態では,
個数nkを個数の重ね合わせ状態の平均個数:<nk>で置き換えれば
いいことになります。
いずれにしろ,通常は輻射が存在することによる摂動過程は自発的
過程ではなく,誘導的過程なのでEinsteinのB係数のみが関わるも
のですから,半古典的理論による計算でも完全に量子化された場の
理論による計算でも同じ結果が得られます。
そして,光電効果も誘導的過程ですから上に書いたことが,そのまま当てはまることになります。
つまり,光電効果の性質を記述するのにわざわざ光の
"第2量子化=個数表示化"を持ち出す必要はないという
ことになります。
以上のことから,
"半古典論は原子については量子論ですが,光については量子論では
ないので量子論ではない。"という立場を取るなら,
前記事,および昨年から一貫して述べてきたように,
"光電効果は,光を1個,2個と数えることを必要とせず,古典論だけで
説明できる。"
という主張が裏付けられたことになります。
霜田光一先生のご指摘も,こうした意味ではないかと推察されます。
Einsteinの現象論で予測された事実のうち,半古典論では説明でき
ず,完全に量子化された場の理論でのみ説明できる事実は,縮退の
ない1対の状態に対してはB12=B21であるという事実,
そして輻射が全くない状態,つまりnk=0 の状態でさえ遷移が
起こるA係数と関わる自発的過程の部分です。
参考文献:Loudon著(小島忠宣・小島和子 共訳)「光の量子論第2版」(内田老鶴圃)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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