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2007年5月15日 (火)

シルヴェスターの慣性律とローレンツ多様体

 我々の宇宙である時空多様体は,その計量(metric)が正定値ではなく,

不定計量であり,空間としてcompactではなく,謂わゆる擬Riemann多様体

(semi-Riemannian manifold)の一種です。

 

 この時空の計量を与える対称テンソルG≡(gμν)は,擬Riemann

計量です。

 

 そして,"適当な一般座標変換を行うことで任意の点の近傍では局所的にMinkowski計量を持つ空間にすることができる"という等価原理の1つの表現である局所平坦性が成立します。

 

 この意味で,時空の計量G≡(gμν)を一般座標変換により対角化したとき,"対角成分の符号は(0,1,2,3)成分についてMinkowski計量ημνと同じく,(+,-,-,-),または(-,+,+,+)になります。

 

 そこで,どのような一般座標を取ろうと計量の行列式g≡det(G)=det(gμν)は負の数になることがわかります。

 

 こうした各点での接空間がMinkowski空間になっているという特別な計量構造を持つ擬Riemann多様体を,特にLorentz多様体(Lorentz manifold)と呼びますから時空多様体は一種のLorentz多様体であるといえます。

 

 ということは"計量テンソルGを任意の正則行列Qによって,

'=tGQと変換したとき,Gの固有値における(+)符号の数と

(-)符号の数,およびゼロの数はG'の固有値におけるそれらの数

の組と全く同一である。"という性質が成立する必要があります。

 ,

 実はこの規則は線形代数学によって確かに成立することが保証されて

おり,Sylvesterの慣性律(Slvester's law of inertia;シルヴェスター

の慣性律)として知られています。

 

 局所平坦性により,=(Xμ)を時空座標=(xμ)に対応する

Minkowski計量の座標として,局所一般座標変換をd=A()d

or dXμ=aμν()dxν;A()≡(aμν())で表わすことに

します。

 

 このとき,計量を表わす2次形式の不変式:ds2=gμνdxμdxν

=ημνdXμdXνから,

 

 gμνdxμdxν=ηλσλμσνdxμdxνなる等式が成立

 します。

 

すなわち,μν=ηλσλμσνとなるのですが,これは

行列表現では,G=tAΗAです。

 

ただし,tAはAの転置行列でG()≡(gμν()),Ημν)

です。

 

ここで,P≡A-1とおけばΗ=tPGPとも書くことができます。

 

こうしたPが存在することが,計量Gを持つ多様体がLorentz多様体

になるための必要十分条件です。

 

一般にTを直交行列,すなわちtT=T-1とすれば,det(tTGT-λE)

=det[T-1(G-λE)T]=det(G-λE)より,Gに対する固有値

方程式はtTGT=T-1GTに対するそれと全く一致することがわ

かり,したがって両者の固有値は完全に一致します。

 

そして,Gは実対称行列なので,帰納法を用いると適当な直交行列

Tを用いた直交変換:G→tTGTによって,Gを常に対角化する

ことが可能であることが証明できます。

 

そして,そのときの対角成分は,既に述べたことから全てGの固有値

ですが,λを1つの固有値とすると"G=λ,0 を満たす

ベクトル:つまりGの固有ベクトル"が存在します。

 

Gは実行列なので,G=λの複素共役を取ればG*=λ**

なりますが,Gは対称行列:tG=Gでもあるので.t(G)*

t*が成立します。

 

それ故,λ(txx*)=λ*(txx*)が得られますが,txx*>0 なので,

λ=λ*です。つまり,λは実数であると結論されます。

 

よって,"対角行列:tTGTの対角成分:Gの固有値"は全て実数です。

 

したがって,Gを4次に限らずn次の実対称正方行列として,

そのn個の固有値をλ12,...,λnとすると,適当な直交行列:

による変換:'=Tにより,

 

実2次形式:t'G'は,t(T)G(T)=t(tTGT)

Σjλj(xj)2という簡単な形になります。

 

そして,固有値λ12,..,λnのうちp個が正,q個が負,残りがゼロの

場合は,簡単のために,λ1,..,λp>0 ,λp+1,..,λp+q<0 ,λp+q+1,..,

λn=0 と仮定します。

 

(※必要なら基底の並べ替えを行なえばいいだけです。)

 

ここで,対角行列Sを,その対角成分が,1)-1/2,..,(λp)-1/2,

(-λp+1)-1/2,..,(-λp+q)-1/2,1,..,1であるように作れば,

 

P≡TSと取ることによって,Pは正則となり,一般座標変換:

'=Pに対し,t(tPGP)(x1)2 +..+(xp)2-(xp+1)2

-..-(xp+q)2 なる標準形の表現が得られるわけです。

 

そして,こうした表現で,"正整数の対(p,q)が一意的であること" 

を証明するには,まず,(tP'GP')が標準形になるような変換:

"=P'が別に存在すると仮定して,

 

この変換で,(p,q)に相当するものを(p',q')とすると,

p+q=p'+q'=rankGなる等式が成立することを示す

必要があります。

 

さらに,p'>pと仮定し,ベクトルとして特別なベクトルを仮定

すれば矛盾に導かれることから,p'=p,q'=qとなるしかない

ことを示す必要があります。

 

しかし,証明は線型代数のテキストに譲ることにして,ここでは省略

してこれらは成立するとします。

 

結局,Gの固有値λ12,..,λnと,tPGPの固有値:

1,1,..,1,-1,-1,..,-1,0,0,..,0 は,一般に異なりますが,

その(+)符号の数と(-)符号の数,およびゼロの数は同じで

あることがわかります。

 

そこで,値(p,q)の組は行列Gが与えられれば完全に決まり,

一意的です。

 

さらに,任意の正則行列Qに対する変換:G'tQGQにおいても,

R≡Q-1Pと置けば,tPGP=t'Rと書けますから,正則行列

Rによって'をGと同じ標準形にすることができます。

 

それ故,変換G'tQGQに対して,GとG'の両者でその固有値は

一般に異なりますが,固有値における(+)符号の数と(-)符号の数,

およびゼロの数は同一であることが示されたわけです。

 

われわれの時空は空間と時間を含めて4次元,つまりn=4ですから,

次元Lorentz多様体であり,ことさら一般のn次元Lorentz多様体を

意識する必要はりませんが,例えば弦理論ではn=26,またはn=10

となることが知られています。

 

いずれの場合もnは偶数なので,例えばn=26のとき,そのMinkowski

計量のn次元空間での時間1次元の符号を(-)に,残りの空間25次元

の符号を全て(+)としても,その逆の符号に設定しても計量の行列式

の符号は共に負になるため,どちらでもいいと思われます。

 

しかし,次元が大きいときに扱いがより簡単なためでしょうか?

通常の弦理論では前者を採用することが多いようです。

 

これに対して,通常の点粒子の4次元相対論では(+,-,-,-)

の方が多く採用されているようです。

 

いずれにしろ,Minkowski計量をどちらに取るか次第で,Sylvesterの

慣性律で決まる計量に固有の(+)符号の数と(-)符号の数の組は異

なるわけですが,理論はどちらで定式化しても同じです。

 

(※電気理論の歴史においては,当時の人が勝手に決めた,

"電流=電荷(キャリア)の流れ"の符号と,後にその主要なキャリア

であることがわかった電子の流れが逆符号であった,という歴史的

経緯がありました。

 

これを見てもわかるように,(+)とか(-)とかいう符号自体は

人間が勝手に決めた概念です。

 

数学を含め自然科学を扱う際,例えば現状と逆に符号を定め,

今は(+)とされているものを(-)に,(-)とされているものを

(+)に,という符号選択をしても,理論全体の本質には全く影響

がない,という鏡のような相似対称性があります。※)

 

つまり,理論は,計量全体に(-1)を掛けても変わらないということ

です。

 

計量を指定したときの理論を構成する変換群を,位数が2の集合

{±1}で割った商群の方が本質的な意味を持ちます。

 

ただ,最近の統一超弦理論といわれているブレイン理論では,

n=11で,次元nが奇数らしいのですが,これについては,今の

ところ,私は齧ったことさえないので,よく知りません。

 

参考文献:佐竹一郎 著「線型代数学」(裳華房)

 

追伸:後で知ったのですが。。

 

本日の私の記事は,ちょうど5月16日零時頃にアップされたT_NAKA

さんのブログの,Weil(ワイル)著「空間・時間・物質」に関する

記事:

 

http://teenaka.at.webry.info/200705/article_16.html

  

と内容がかぶってしまったようです。

 

まあ,最近,Weylの書籍について書かれているのは知ってはいた

ですが,内容がほぼ一致したのは全くの偶然です。

   

http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャー

 

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コメント

 ども明男さん、コメントありがとうございます。TOSHIです。

 確かに「正定値」のまちがいだったので修正しておきます。私のIMEは登録しないと「正定置」としか変換しないようです。

 nが奇数でわからない、というのは、普通、+++...-でも---...+でも理論は等価であるべきだと思っているのですが、nが奇数だと計量の行列式gは、前者では負ですが、後者だと正になりますから、ふつう「共変微分」の表現で出てくる√-gを使った表現が後者では√gになるのはどうかな?と思っただけです。

 √|g|と絶対値で表わせば問題ないので、nが偶数でなきゃというのは「先入観」かとも思いますが、ディラックのスピノールの成分の数は空間次元nに対して2^(n/2)で、たとえばnが4の普通の時空では4成分ですが、nが奇数だと??と思うのでした。

                TOSHI

投稿: TOSHI | 2007年5月16日 (水) 18時28分

こんにちは、明男です。
重箱の隅ですが、最初の行の正定置は「正定値」でしょうか。
それはともかく、nが奇数なので分からない、とは何が分からないのか、良ければ教えてください。なんか、気になっちゃって(理解できる可能性は低いですが^^;)。

投稿: 明男 | 2007年5月16日 (水) 11時59分

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前回の記事はTOSHIさんの「シルヴェスターの慣性律とローレンツ多様体」 http://maldoror-ducasse.cocolog-nifty.com/blog/2007/05/post_caf0.html と内容がかぶったようですね。 そう言えば、この本では前回紹介した定理を「慣性定理」と呼んでいます。 さて、その慣性定理を負の次元数sに対して書き直しておく必要がありますね。書いてみましょう。... [続きを読む]

受信: 2007年5月17日 (木) 01時19分

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