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2007年6月

2007年6月30日 (土)

ブラウン運動と伊藤積分(5)

続きです。 

次項でのマルチンゲール(martingale)の説明への準備として停止時刻とσ加法族の増大系の関係についての種々の性質を紹介しましょう。

まずτを停止時刻とします。このとき,τ{A∈:A∩{τ≦t}∈t ∀t}と置けばτはσ加法族となることを証明します。

(証明)φ∈τは明らかです。A∈τのとき,A∈よりAcです。そして,τは停止時刻なので{τ≦t}∈t,それ故,{τ>t}∈tが成立します。

 

c∩{τ≦t}=(A∪{τ>t})cですが,(A∩{τ≦t})∪{τ>t}∈tですから,A∪{τ>t}∈tとなります。よって,Ac∩{τ≦t}∈tが得られ,結局Acτとなることがわかります。

次にAnτ,n=1,2,..なら,Anより,∪n=1nです。また,An∩{τ≦t}∈t∀tより,(∪n=1n)∩{τ≦t}=∪n=1(An∩{τ≦t})∈t ∀tです。

 

それ故,∪n=1nτも成立します。以上から,τが1つのσ加法族であることが示されました。(証明終わり)

次に主な6つの性質を列記して証明します。

 

(補題4.7):σ,τ,σn,n=1,2,..を停止時刻とする。(ただし,場合によっては,文字σをσnの極限値として用います。そのときはσnは停止時刻ですが,極限値σは停止時刻とは仮定されていません。) 

 

このとき,

(ⅰ)σ∨τ,σ∧τは共に停止時刻である。

(ⅱ)σn↑(nについて単調増加)のとき,σ≡lim n→∞σnは停止時刻である。また,tが右連続のとき,σn↓(nについて単調減少)なら,σ≡limn→∞σnは停止時刻である。

(ⅲ)σ(ω)≦τ(ω)∀ωなら,στである。

(ⅳ)tが右連続のとき,σn(ω)↓σ(ω)∀ωなら,∩n=1σnσである。

(ⅴ)σ∧τστである。

(ⅵ){τ<σ},{τ≦σ},{τ=σ}∈στである。

(証明)(ⅰ){(σ∨τ)≦t}={σ≦t}∩{τ≦t},{(σ∧τ)≦t}={σ≦t}∪{τ≦t}が成立します。

 

そこでσ,τが停止時刻であること:{σ≦t}∈t {τ≦t}∈t,およびtがσ加法族であることから,{(σ∨τ)≦t}∈tとなります。それ故,{(σ∧τ)も停止時刻であることは自明です。

(ⅱ)σn↑のとき,{σ≦t}={σ>t}c=(∪n=1n>t})cです。よってσnが停止時刻なら{σn>t}={σn≦t}ct ∀nです。

 

そこで,σ≡lim n→∞σnが停止時刻であることは自明です。

 

σn↓のとき,{σ<t}=∪n=1n<t}で{σn<t}∈t ∀nです。したがって{σ<t}∈t ですが,t が右連続なのでσ≡lim n→∞σnは,やはり停止時刻です。

(ⅲ)σ(ω)≦τ(ω) ∀ωなら,{τ≦t}={σ≦t}∩{τ≦t}です。故に,A∩{τ≦t}=A∩{σ≦t}∩{τ≦t}です。そこで,A∩{σ≦t}∈tなら,{τ≦t}∈tよりA∩{τ≦t}∈tとなります。

 

すなわち,A∈σならA∈τです。つまりστです。

(ⅳ)A∩{σ≦t}∈tなら,A∩{σ<t}∈tです。また,A∩{σ<t}∈tなら∩n=1{σ<t+1/n}∩A∈∩n=1t+1/nよりA∩{σ≦t}∈t+です。

 

したがって,tが右連続:t+tなら,A∩{σ≦t}∈tとA∩{σ<t}∈tは同値です。

σn(ω)↓σ(ω) ∀ωなら,{σ<t}=∪n=1n<t}ですから,A∩{σ<t}=∪n=1(A∩{σn<t})です。

 

そして,σ≦σn∀nより,σσn ∀nです。それ故,σ⊂∩n=1σnです。

 

一方,A∩{σn<t}∈t∀n,すなわちA∈∩n=1σnならσ=limn→∞σntがσ加法族であることから,A∩{σ<t}∈tです。

 

それ故,A∈σですから,∩n=1σnσも成立します。以上からtが右連続なら,∩n=1σnσです。

(ⅴ)σ∧τ≦σ,σ∧τ≦τですから,(ⅲ)よりσ∧τστとなります。

 

一方,等式A∩{σ∧τ≦t}=(A∩{σ≦t})∪(A∩{τ≦t})により,A∈στなら,A∩{σ≦t}∈t,かつA∩{τ≦t}∈tなのでA∩{σ∧τ≦t}∈tです。

 

したがって,στσ∧τも成立します。以上から,σ∧τστを得ます。

(ⅵ) {σ≦τ}∩{τ≦t}={σ≦t}∩{τ≦t}∩{σ∧t≦τ∧t}です。そうして,σ∧t,τ∧tはt-可測です。

(なぜなら,{σ∧t≦a}={σ≦a}∪{t≦a}={σ≦a}(if t>a), Ω(ift≦a)です。

 

そこで,σは停止時刻ですからt>aならatより,{σ≦a}∈at:すなわち,t>aなら{σ∧t≦a}={σ≦a}∈tです。

 

一方,t≦aならtがσ加法族なので,{σ∧t≦a}=Ω∈tです。

 

したがって,いずれにしても,{σ∧t≦a}∈tですから,σ∧tはt-可測です。同様にして,τ∧tがt-可測であることも示すことができます。)

よって,{σ∧t≦τ∧t}∈tです。一方σ,τは停止時刻なので,{σ≦t}∈t,{τ≦t}∈tですから,結局{σ≦τ}∩{τ≦t}∈tです。それ故,{σ≦τ}∈τが成立します。そこで,{σ>τ}={σ≦τ}cτです。

 

また,{σ<τ}∩{τ≦t}={σ∧t<τ∧t}∩{τ≦t}なので,{σ<τ}∩{τ≦t}∈t:すなわち{σ<τ}∈τです。

さらに,{σ=τ}={σ≦τ}∩{σ≧τ}∈τです。σとτを入れ換えることにより,{τ<σ},{σ>τ},{τ≦σ},{σ≦τ},{τ=σ}∈στσ∧τが成立することがわかります。(証明終わり)

(定義4.8):確率過程{t}は次の(ⅰ),(ⅱ),(ⅲ)を満たすときN次元t-ブラウン運動であるという。

 

(ⅰ){t}はtに適合している。

(ⅱ)各t>s≧0 に対して(ts)はsと独立な:平均ベクトルがゼロ,共分散行列が(t-s)EのN次元ガウス変数である。

(ⅲ){t}は連続確率過程である。

そして,上の(定義4.8)の(ⅱ)は,条件付期待値の特性関数に関する等式E[exp{itξ(ts)}|s]=exp{-|ξ|2(t-s)/2}が成立することと同値です。

(証明)E[exp{itξ(ts)}|s]=exp{-|ξ|2(t-s)/2}なら,∀A∈sに対してω∈Aであるという条件付期待値はE[exp{itξ(ts)};A]=E[E[exp{itξ(ts)}|s];A]=exp{-|ξ|2(t-s)/2}P(A)を意味しますから,(ts)はsと独立です。

 

確かに,平均ベクトルはゼロ,共分散行列は(t-s)Eです。逆が成立することは自明です。(証明終わり)

例えば,N次元ブラウン運動:{t}={(Bt1,Bt2,..,BtN)}に対して,tB≡σ(s;s≦t)と置くと,各Bti:i=1,2,..,Nは1次元tBi-ブラウン運動です。

また,{t}をN次元ブラウン運動とすると,(t+ss)はs+Bと独立で,{t}はN次元t+B-ブラウン運動となります。

(証明)E[exp{itξ(ts)}|s+B]=exp{-|ξ|2(t-s)/2}を示せばいいです。

t>s+1/nのとき,E[exp{itξ(ts+1/n)}|s+1/nB]=exp{-|ξ|2(t-s-1/n)/2}より,∀A∈s+Bに対してE[exp{itξ(ts+1/n)};A]=exp{-|ξ|2(t-s-1/n)/2}P(A)です。

 

n→ ∞の極限では,E[exp{itξ(ts+1/n)};A]=exp{-|ξ|2(t-s)/2}P(A)を得ます。(証明終わり)

(補題4.9):N次元t-ブラウン運動{t}={(Bt1,Bt2,..,BtN)}について,∀t≧s>0 に対し(ⅰ)E[Bti|s]=Bsi:i=1,2,..,N (ⅱ) E[(Bti-Bsi)(Btj-Bsj)|s]=δij(t-s)である。

(証明)既に,E[exp{itξ(ts)}|s]=exp{-|ξ|2(t-s)/2}であることを示しました。(ⅰ)ξiで微分してξ0 と置くと,E[i(Bti-Bsi)|s]=[-ξiexp{-|ξ|2(t-s)/2}]ξ0 =0 です。

 

故に,E[Bti|s]=Bsi:i=1,2,..,Nです。(ⅱ)ξijで微分してξ0 と置くと,E[(Bti-Bsi)(Btj-Bsj)|s]=δij(t-s)です。(証明終わり)

(補題4.10):{t}を確率空間(Ω,,P)で定義された,初期分布をνとするN次元ブラウン運動とする。

 

tB≡σ(s;s≦t),B≡∨t≧0tB,≡{F⊂Ω:F⊂∃GcB,P(G)=0},ttBとすると,t+tである。

 

(ここで,2つの集合族,に対して集合族≡{F|∃E∈:(F-E)∪(E-F)∈}で定義します。)

(証明)以前に導入した密度関数:g(t,)=(2πt)-N/2exp{-||2/(2t)},∈RN,t>0 を用いて,Ttf()=∫g(t,)f()dと定義します。

 

このとき,f()が有界可測ならTtf()も有界可測です。また,先に示したことにより,(t+ss)はs+Bと独立なN次元t+B-ブラウン運動です。

そこで,s≦t1<t2としf1,f2を有界可測とすると,E[f1(t1)f2(t2)|s+B]=E[f1(t1)E[f2(t2t1+Bt1)|t1+B]|s+B]=E[f1(t1)Tt2-t12(t1)|s+B]=Tt1-s1{Tt2-t12 }(s)=E[f1(t1)f2(t2)|sB](P-a.s)=(確率的にほとんど確実に)となります。

これを繰り返せば,0≦t1<t2<..<tk-1<s<tk<tk+1<..<tnと有界可測なf1,f2,..,fnに対して,E[f1(t1)f2(t2)..fn(tn)|s+B]=f1(t1)f2(t2)..fk-1(tk-1)E[fk(tk)..fn(tn)|s+B]=f1(t1)f2(t2)..fk-1(tk-1)E[fk(tk)..fn(tn)|sB] (P-a.s)を得ます。

特に,有界可測な関数をfi()≡1Γi()(Γiはボレル集合,i=1,2,..,n)に取れば,P(t1∈Γ1,t2∈Γ2,..,tn∈Γn|s+B)=1{Bt1∈Γ1,Bt2∈Γ2,..Btk-1∈Γk-1}P[tk∈Γk,..,tn∈Γn|sB] (P-a.s)となります。

したがって,{F∈B:P(F|s+B)がsB可測な修正を持つ}と定義するときはディンキン系(族)(Dynkin class)です。

(ディンキン系の定義):Ωをある集合としΩの部分集合からなる集合族が次の条件を満たすとき,はディンキン系(ディンキン族)である,と言います。

(ⅰ)Ω∈(ⅱ)A,B∈,A⊂BならB-A∈(ⅲ)An,An⊂An+1,n=1,2,..なら∪n=1n

     (ディンキン系の定理)ディンキン系の有する性質の1つです。

をΩの部分集合からなる族でA,B∈ならA∩B∈となるものとする。()をを含む最小のディンキン系とすると,()はσ()である。

 

(つまり,を含む最小のσ加法族と一致する。)(証明は簡単なのでここでは証明しません。)

 よって,ディンキン系の定理を用いると,(B)=σ(B)より,Bですから,∀G∈Bに対してP(G|s+B)はsB可測な修正を持ちます。

 

 その修正を1~Gと表わすことにします。つまりG∈s+Bを取ったとき,G~≡{1~G=1}はGの修正ですから,明らかに(G-G~)∪(G~-G)=[{1~G≠1G}∩(G∪G~)]∈です。(P[{1~G≠1G}∩(G∪G~)]=0 です。)

 

それ故,G∈ssBが成立します。

あらゆる閉集合:F∈s+=∩n=1s+1/nに対し,各nについてGns+1/n,(F-Gn)∪(Gn-F)∈なるGnが存在するので,G=∩n=1nと取れば(G-F)∈,かつ(F-G)∈です。

 

しかも,G∈s+BsですからF∈s:すなわち,s+sが得られます。したがって,結局s+sが得られました。(証明終わり)

切りがいいので,今日はここまでにします。

 

なお,条件付期待値に関する演算の性質については,時を改めてやさしい解説記事を書くつもりです。

参考文献:長井英生 著「確率微分方程式」(共立出版)

 

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2007年6月29日 (金)

ブラウン運動と伊藤積分(4)

確率過程というのは確率変数の時間発展であり,その"過去の軌跡"を情報と見るとき,これは情報の増大系であるということができます。

 

これを数学的に表現するものは,"フィルトレーション=σ加法族の増大系"です。

今日は,確率過程,特にブラウン運動を時刻と共に我々に得られる情報が増加していくプロセス,つまり,"情報を獲得する1つのフィルター=σ加法族の増大系"というものであると捉える理論について述べたいと思います。

(定義4.1):確率空間(Ω,,P)と={Ωの部分集合の族でσ加法族}の部分集合の族{t }t∈で次の(ⅰ),(ⅱ)を満たすものが与えられているとする。

 

(ⅰ) 0≦s<t に対してs t

(ⅱ)各t∈に対してt はσ加法族である。このとき,(Ω,,P;t)をフィルター付き確率空間と呼ぶ。

(例) 確率空間(Ω,,P)で定義されたN次元ブラウン運動を{t}とするとき,tB≡σ(s;s≦t)={s}s≦tを可測にする最小のσ加法族と置けば,(Ω,,P;tB)はフィルター付き確率空間です。

 

この{tB }を,ブラウン運動{t}の生成する"フィルトレーション"といいます。

以下ではフィルター付き確率空間(Ω,,P;t)が与えられているものとします。

(定義4.2):{t}を距離空間:Ξ上の確率過程とする。

 

(ⅰ) 各tに対しtt-可測であるとき(すなわちAをΞの任意の開集合とするとき:{ω∈Ω:t(ω)∈A}∈tとなるとき),{t}はtに適合している。という。

 

(ⅱ)各tに対し,写像:(s,ω)∈[0,t]×Ω→s(ω)∈Ξが([0,t])×t-可測であるとき,確率過程{t}はt-発展的可測であるという。

 

まず,t-発展的可測性に関する1つの補題を述べて証明します。

(補題4.3):確率過程{t}がtに適合していて,tがtに関して左(右)連続ならば{t}はt-発展的可測である。

(証明)tが右連続であるとして証明します。

まず,s(n)(ω)≡(k+1)t/2n(ω) for kt/2n<s≦(k+1)t/2n,k=0,1,2,..,2n-1と定義します。

 

仮定によって(k+1)t/2n(ω)と1{kt/2n≦s≦(k+1)t/2n}は共に([0,t])×t-可測であり,s(n)(ω)は(k+1)t/2n(ω)と1{kt/2n≦s≦(k+1)t/2n}の合成関数ですから,(s,ω)→s(n)(ω)は([0,t])×t-可測です。

 

(1{kt/2n≦s≦(k+1)t/2n}のような階段集合の定義関数の上でsに依らず一定値:(k+1)t/2n(ω)を取るような単純階段関数は無条件で可測関数であることが自明です。)

 

そして,s(ω)=limn→∞s(n)(ω),(s,ω)∈[0,t]×Ωがsのsに関する右連続性によって成立するので補題の結論が従います。(証明終わり)

(注)一般にσ加法族の可算加法性と半連続性から可測性を導くのはルベーグの測度論において詳しく論じられている内容です。

(定義4.4):t+≡∩τ>0t+τと定義する。t+t となるときt は右連続であるという。(t-≡∩τ>0t-τと定義する。t-t となるとき,t は左連続であるという。)

次に,{t}を(Ω,,P)で定義されたブラウン運動とします。tB≡σ(s;s≦t)は左連続ですが右連続ではないことを証明しましょう。

(証明)tB≡σ(s;s≦t)はA={ω:(t0,t1,..,tk)∈G},0=t0<t1<t2<..<tk =t,G:Ωの開集合で生成されるσ加法族です。

 

n↑t as n→ ∞ のときtlimn→∞snですから,A=∪j=1n=j{ω:(t0,t1,..,sn)∈G}∈t–Bです。故に,tBt–B:すなわちtBは左連続です。

一方,Hn{ω:Bt+1/ni-Bti≧0 (i=1,2,..,N)}と定義し,H≡∪m=1n=mnとおけば,H=∪m=kn=mnt+1/kB ∀kよりH∈t+です。

 

しかし,Hn≡{ω:Bt+1/ni-Bti≧0}はtB≡σ(s;s≦t)には属さないので,H≡∪m=1n=mnt+の元ですがt の元ではありません。故に,tBt+B:すなわちtBは右連続ではありません。(証明終わり)

(定義4.5):[0,∞)に値をとる確率変数τ(ω)は,各tに対して{ω:τ(ω)≦t}∈tとなるとき停止時刻である,あるいはマルコフ時刻であるという。

 

※(注)停止時刻というのは,元々ゼロサムゲームの1つであるマルチンゲール(martingale)という賭博ゲームで賭博をいつやめるか?という時刻,を定める条件を示したもので,未来の未知情報によるのではなく,"現在までに獲得した確実な情報=フィルターt"をベースに,賭博をやめる時刻を決定すべきであるという条件になっています。)

ここでtが右連続のときにはτ(ω)が停止時刻であること:{ω:τ(ω)≦t}∈t であることは,τ(ω)=tの等式を含まない集合{ω:τ(ω)<t}について{ω:τ(ω)<t}∈tとなることと同値であること,そしてまた,t(ω)≡1[0,τ(ω)](t)がt に適合していることと同値であることを証明します。

(ωの集合Aの定義関数1Aは,ω∈Aなら1A= 1,ω∈Aでなければ1A= 0 となるようなωの集合Aの集合関数と定義されます。

  

そして,1A(t)と書いたとき,これは集合Aを定義する関数1Aが時刻tの関数であること:つまりωの集合A自身がtと共に変化していく過程であることを示しています。)

(証明) τ(ω)が停止時刻:すなわち{ω:τ(ω)≦t}∈tであると仮定すると,{ω:τ(ω)<t}∈tであることは自明です。

 

逆に任意のtについて{ω:τ(ω)<t}∈tであって,tが右連続:tt+であるとすれば,{ω:τ(ω)<t+1/k}∈t+1/kです。そこで,∩n=k{ω:τ(ω)<t+1/n}∈t+1/kとなります。

 

それ故,{ω:τ(ω)≦t}∈t+tが得られます。すなわち,τ(ω)は停止時刻です。

また,{ω:1[0,τ(ω)]=1}={ω:0≦t≦τ(ω)}={ω:τ(ω)≧t}={ω:τ(ω)<t}cですから,{ω:1[0,τ(ω)]=0}={ω:1[0,τ(ω)]=1}c={ω:τ(ω)<t}です。

 

t(ω)≡{ω:1[0,τ(ω)]=1}={ω:τ(ω)<t}ct に適合していることは,tがσ加法族なので{ω:1[0,τ(ω)]=0}={ω:τ(ω)<t}∈tであることと同値です。そこでtが右連続:tt+なら,これはτ(ω)が停止時刻であることと同値です。(証明終わり)

さらに停止時刻に関する補題を述べて証明します。 

(補題4.6):{t}を距離空間Ξ上の確率過程とする。そして,tは右連続でtに適合しているとする。さらにtも右連続とする。

 

Ξの任意の開部分集合Gに対して,[0,∞)に属する値σGをσG≡inf{t≧0,t∈G} ({t≧0,t∈G}≠φのとき);σG≡∞ ({t≧0,t∈G}=φのとき);で定義すると,σGは停止時刻である。

 

また,Ξの閉部分集合Fに対してσFを同様に定義するとき,tが連続でtに適合しているならばσFも停止時刻である。

(証明){ωG≧t}={ω:s(ω)∈Gc,s<t}=∩τ<t,τ∈Q+{ω:τ(ω)∈Gc} (Q+は正の有理数の集合)が成立します。

 

ここに,σGはΞの開集合Gに対してt∈Gとなるt≧0 の下限です。そこで,σG≧tであるということは,tはt∈Gとなるtの下限以下なのですから,∀s<tのsに対してs∈Gcであることを意味します。

 それ故,{ωG<t}=∪τ<t,t∈Q+{ω:τ(ω)∈G}です。

 

 Xtが右連続でtに適合しているので,{ω:τ(ω)∈G}∈ττの右連続性から,∩τ<t,τ∈Q+{ω:τ(ω)∈G}={ω:t(ω)∈G}∈tです。

 

 つまり,{ωG<t}∈tです。tが右連続なので,先に示した停止時刻の性質から,これはσGが停止時刻であることを意味します。

 一方,FをΞのある閉集合とします。ρを距離空間Ξの距離であるとして集合GnをGn{∈Ξ:ρ(,F)<1/n}と定義します。(ρ(,F)=inf∈Fρ(,)です。)

そして,σ≡limn→∞σGnと置くと,経路tの連続性によってσ=limn→∞σGnとなりますが,σGn≦σF ∀nです。

 

(なぜなら,σGn=inf{t≧0,ρ(t,F)<1/n},σF≡inf{t≧0,t∈F}ですが,{t≧0,t∈F}⊂{t≧0,ρ(t,F)<1/n}であるからです。) それ故,n→ ∞の極限を取るとσ≦σFです。

 

一方,σGn+1∈Gnより,σ∈Gn∀nですからσ∈∩n=1∞n=Fとなり,σ≧σFも成り立ちます。

 

したがって,σ=σFとなることがわかりますから,{ωF≦t}={ω:σ≦t}=∩n=1∞{ωGn<t}∈tが得られます。つまり,σFも1つの停止時刻であることが示されました。(証明終わり)

途中ですが少し疲れたので,続きは明日以降にして,今日はここまでにします。 

参考文献:長井英生 著「確率微分方程式」(共立出版)

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2007年6月27日 (水)

フォノンと多体問題(超伝導の基礎)(2)

  本題に入ります。

 今日はフォノン(phonon)を導入する前段階として,イオン-電子系

に対する平均場近似とジェリウム・モデルを中心に金属電子の基礎

理論の概要を紹介します。 

まず,対象はバルクな金属であるとして,その内部のイオンや電子

による場を考察します。

イオンの振動は電子よりはるかに遅いので,電子を考える際には

"イオンが静止しているという近似=断熱近似"を用いても

それほどの誤差は生じません。 

そして,ある電子に着目し,この電子の位置をとするとき,これ

がイオン全体から受ける力のポテンシャルをUI()と書くこと

にします。

 

また,他の電子の運動に伴うCoulomb力の変動を無視してCoulomb

反発力をその平均値で置き換えます。

これを平均場近似とか,ハートリー近似(Hartree近似)といいます。

金属内の電子が平均密度n()で分布しているものとし,e<0

を電子の電荷とすると,これらによるCoulomb反発力のポテンシャル

は, Ue()=∫d'e2(') /|'| です。

 

着目した1電子は,ポテンシャル場U=UI+Ueの中を単独で運動

しているものと仮定します。

 

こうして電子の取り得るエネルギーεは,近似的に1粒子の

Schroedinger方程式:{-hc22/(2m)+U()}w()=εw()

(hc≡h/(2π);hはPlanck定数)の固有値として与えられます。

金属は総計でN個の電子を含み,これらの各電子の波動関数が,

それぞれ規格化された固有関数w1,w2,..,wNで与えられる状態

にあるとすると,n()=∑i=1N|wi()|2です。

 

この密度がUe()=∫d'e2(') /|'|において

仮定された密度と一致しているならば近似は無矛盾であること

になります。

始めから無矛盾な解を求めたいなら,n()=∑i=1N|wi()|2

e()=∫d'e2(') /|'|に代入すればよいわけ

で,こうすれば1粒子Schroedinger方程式は微分積分方程式になり

自己無撞着な方程式となります。

イオンのポテンシャルUI()については,これの周期性を問題

するなら個々の電子はブロッホ(Bloch)電子であるとして,

いわゆる固体電子のバンド理論が得られます。

 

ここでは,そうした理論を必要としないので,全体のイオン系も

電子系と同じくある平均電荷密度で分布した連続媒質であると

見なします。特に平均電荷密度は空間的に一様な正電荷密度で

あると仮定します。

 

このような仮定に基づいた近似モデルを,ジェリウム・モデル

といいます。

1個のイオンの電荷を-Zeとし,金属バルク全体の体積Vの中

にNi個のイオンが含まれているとすると,ジェリウム・モデルに

おいてイオン系に置き換わるべき正電荷の密度は,

-ZeNi/V=-Zeni (ni≡Ni/Vはイオンの平均数密度)

で与えられます。

 

そして金属は平均的には中性なので,この正電荷密度は

-eN/V=-e<n()>

(ただし,<n()>≡{∫d'n(')}/V=N/Vは電子の

平均数密度) に等しいので,<n()>=Zni,つまりN=Zi

であるという当然成り立つべき等式が得られます。 

結局,ジェリウム・モデルでは,ポテンシャルUIを作る正電荷

eを作る負電荷とが打ち消しあって,電子は外力の働かない

自由粒子として運動することになります。

 

したがって,ポテンシャルU()=UI()+Ue()は定数で,

この定数をU()=U0とすると,これは電子のエネルギーを

測る原点の選び方に依存するだけです。

 

電子のエネルギー原点は不純物の個数など,種々の条件によって

変化するので,便宜上これは決めないでおきます。 

こうすると,1電子Schroedinger方程式

{-hc22/(2m)+U()}w()=εw()の固有値と固有関数

は次の形になります。

すなわち,ε=εk=U0+hc22/(2m),

w()=wk()=V-1/2exp(ikr) です。

ただし,境界条件としてはバルクの大きさが有限であるが故に

波数が離散的で,その個数が有限体積Vによって正確に規定

される,という事実のみが重要なので,一般性を失うことなく

周期的境界条件を採用して,金属は一辺がLの立方体である

とし波動関数w()は向かい合った面の向かい合った点で等

しい値を取るとしてよいでしょう。

したがって,(2πlx/L,2πly/L,2πlz/L);

ただし lx,ly,lz0,±1,±2,..と書くことができます。

 

そして,固有関数wk()は電子が確定運動量hcを持って

運動している状態を表わし,この運動に伴なって1電子当たり

(ehc/m)だけの電流が運ばれます。

想定している近似の下では,電子系全体を一種の完全気体(理想気体)

と見なすことができます。これを電子気体とか電子ガスと呼びます。

 

そして,電子はスピン角運動量として±hc/2のみを取るという2つ

の自由度を有するFermi粒子なので,パウリの排他原理

(Pauli's exclusion principle)を満足し,Fermi統計に従います。

 

そこで,スピン角運動量±hc/2のそれぞれに応じて,このスピンの

値をσ=↑,↓で表現することにします。

 

電子気体において,運動量hcとスピンσを持つ状態を(,σ)

で指定し,その状態にある電子の個数をnkσと書いて,(,σ)の

占有数と呼べば,kσの値はパウリの排他原理によってnkσ0,

または1に限られます。

 

そして,N個の電子について(,σ)の占有数kσが全て与えられ

ればN電子系全体の定常状態波動関数はHartree-Fock近似の項目

で定義したスレーター(Slater)行列式で与えられますが,ここでは

そうした波動関数の具体的表現は必要ではありません。

むしろ,(,σ)の占有数kσの方が重要であり,以後は各N電子

状態を1からNまでkσを順に並べた順序数で表現するという

個数表示:{kσ}(kσ) を採用することにします。

 

こうすれば,"第二量子化=場の量子化"が可能で,理論を電子の

生成,消滅演算子で表現することができます。

 

そして,電子系全体の電子数NやエネルギーEは,次のように

表わされます。N=ΣkΣσkσ,E=ΣkΣσεkkσです。 

特に絶対零度:T=0 ではエネルギーEが最低の状態が実現されます。

つまり,Nの値が一定値に拘束された条件の下でEが最小値を取る

という状態を考えれば,これがT=0 の状態であると考えられます。

εk=U0+hc22/(2m)はの単調増加関数であり,パウリの

排他原理が成り立つことから,

T=0  のエネルギーEが最低の状態というのは,

(2πlx/L,2πly/L,2πlz/L);lx,ly,lz0,±1,±2,..という

波数許された値に対して,lx,ly,lz0 から順につまり小さい

方のから順にミクロな状態(,σ)にN個の電子を全て詰めて

いった結果として得られる状態と考えることができます。

したがって,その最低エネルギー状態は"波数で作られる3次元

-空間=波数空間"を想定して原点が中心で半径がkFで与えら

れる球を考えると,その球の内部のみが全て電子で占有されていて

外部はまったく空であるような状態であると考えられます。

 

これは,すなわちnkσ1 (for k≡||<F),

kσ0 (for k≡||>F)という表現で表わされます。

 

そして,この"-空間=波数空間"での半径kF球を

Fermi球の球面をFermi面と呼び,

"Fermi球の半径=境界の波数の絶対値kF"をFermi波数

と呼びます。 

そして,Fermi波数Fの値は電子の総数Nが,

N=ΣlxlylzΣσ{L/(2π)}3ΣkΣσ=[2V/(8π3)](4πF3/3)

で与えられなければならない,という拘束条件によって,

F(3π2n)1/3という表式で与えられます。

ここでn≡N/Vは電子数密度です。

 

通常の金属では,大体n~1022cm-3ですから,F 108cm-1です。

 

故にフFermi波数Fに対応するFermiエネルギー:

εF≡U0+hc2F2/(2m)は,00 として,εF 5eV,

Fermi速度vFcF/mは,vF 108cm/sec程度です。

このように絶対零度T=0 でも電子はvF 108cm/sec 程度

の高速度で運動しています。これを零点運動と言います。

 

しかし,運動方向の分布は全く等方的なので,電流の総和

=ΣkΣσ(ehckσ/m) はゼロです。

次に,nkσ1 (for k≡||<F),kσ0 (for k≡||>F)

をE=ΣkΣσεkkσに代入して得られるエネルギーの最小値は

電子数Nの関数ですから,それをE0(N)と表現します。

 

NはN ~ 1022という莫大な数ですから,Nが1だけ変化するとき

の変化率は,1をNに比べて無限小と考えることにより,

μ≡E0(N+1)-E0(N)~∂E0(N)/∂Nと書くことができます。

 

このμを電子の絶対零度における化学ポテンシャルといいます。

N電子系の最低エネルギー状態に,もう1個余分の電子を付け

加えると考えれば,パウリの排他原理によりこの余分の電子の

波数はF以下では有り得ません。

 

つまり,この余分の電子は明らかにFermi面のすぐ上に載って

いるとしてよいと考えられます。

それ故,絶対零度:T=0 では,μ=U0c2F2/(2m)

=εFです。

2つの物体が接触しているとき,両者の間に熱平衡が成立する

条件は温度が等しいことですが,2つの金属が接触して電子を

交換して,その数Nが変化し得るという条件の下では,熱力学

的平衡の条件は,化学ポテンシャルμが等しいことです。

今,絶対零度:T=0 で2つの金属が接触しているとし,一方の

金属の電子数をN,最低エネルギーをE(N),もう一方の電子数

をNb,最低エネルギーをEb(Nb)と書くことにします。

 

このとき,Nは全電子数Ntot=N+Nbが一定という条件下で,

さまざまな値を取ることが可能ですが,熱力学的平衡の条件は

全エネルギーEtot=E(N)+Eb(Ntot-N)がNの関数として

極小になることです。

それ故,熱力学的平衡の条件は,μ=μbで与えられます。

ここにμ=∂E(N)/∂N,μb=∂Eb(N)/∂Nは,それぞれ

の金属における電子の化学ポテンシャルです。

 

これは,1つの金属を,それ自身マクロな系と見てよいような

部分系に分けて考えた場合にも,2つの部分系の間の電子の移

動に関する平衡条件を与えます。 

例えば,外部から電荷を持ち込む場合,すなわち例えば母体原子

と原子価Zの異なる不純物原子などを持ち込むような場合には,

電子はすばやく分布を変えてこの外部電荷をシールド(遮蔽)

しようとします。

 

外部電荷は密度q()で分布しているとし,これによって電気的

中性の条件が破れて電子気体内部に静電ポテンシャルA0()で

表わされる電場が発生したとします。

 

この電場によって,1電子はδU≡e0()だけ余分の

ポテンシャルエネルギーを持ちます。

そして,δUの空間的な変化は緩やかであり,全電子系を多数の

部分系に分けて考えると,各部分系でδUは近似的に定数と見て

よいと考えます。

他方,電子気体が平衡状態にあるとすれば,化学ポテンシャル

μ=U0c2F2/(2m)は全ての部分系で共通の値を持つこと

になります。

 

したがって,右辺のポテンシャル0の変動δUを打ち消すだけ

Fが変動することになります。

 

そして,kF(3π2n)1/3ですから,Fの変動δFはnの変動

δnによって与えられます。 

δnの1次までを考えると,-δU=c2FδF/m

=[hc2F2/(2m)](2/kF)δFFδF/kF

F2(1/3)(3π2n)-2/3δn/(3π2n)1/3 です。

 

したがって,δn=-{3n/(F)}δUと表わすことができます。

そしてこれに伴なって電荷密度の移動eδnが生じます。

それ故,静電ポテンシャル0()の満たすべきPoisson方程式

は,-∇204π(q+eδn)です。

 

この右辺に,δn=-{3n/(F)}δU,δU=e0を代入します。

一方,0,qをFourier展開すると,

0()=(V)-1/2Σkkexp(ikr),

q()=(V)-1/2Σkkexp(ikr) となります。

 

そこで,方程式:

-∇204π(q+eδn)=4π{q-3ne20/(F)}は,

(k2+6πne2F)k4πqk と表現されます。

したがって,これを電子気体の誘電率ε()を考慮したCoulomb

静電場のPoisson方程式による表現:ε()k2k4πqkと比較

すると,ε()=1+ks2/k2,ks≡(6πne2F)1/2と書けばよい

ことがわかります。

ここでksはThomas-Fermiの波数と呼ばれる定数です。

 

これらのことは,既に過去の記事「ハートリー・フォック近似」

の遮蔽現象について述べた内容と一致しています。

例えば,母体金属より価数がΔZだけ大きい不純物原子がある

として,これを座標原点に置かれたQ≡-ΔZeの点電荷と見る

と,電荷密度はq()=Qδ()=(V)-1/2Σk(V)-1/2Qexp(ikr)

で与えられますから,

k (V)-1/24πQ(k2+ks2)であり,

0()=Qexp(-ksr)/r="遮蔽ポテンシャル"

が得られます。

次に絶対零度:T=0 ではなくて,有限温度での電子気体の励起

状態を考えると,これは最低エネルギー状態からFermi面内の電子

をいくつか消してFermi面上に空孔を作り,同じ数だけの電子が

Fermi面の外にあるとすれば得られる状態です。

そして占有数nkσはT=0 の場合のように一意的ではなく,

T>0 では統計的にゆらいでいるので,励起状態は統計平均:

<nkσ>で指定される状態であると考えられます。

 

統計力学によれば,マクロな物体におけるミクロな運動の秩序)

の度合はエントロピーSによって表現されます。

 

そして,Fermionのエントロピーは

S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ

+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)]

で与えられることがわかっています。

特に絶対零度T=0 で,この表現によるエントロピーSの値を

考えると,この場合には<nkσ>=nkσ= 0,または1なので,

S=0 となります。

 

これに対して,一般にT>0 ではS>0 です。

 

電子気体が熱平衡にあるときのエントロピー:

S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ

+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)]は,N=ΣkΣσ<nkσ

とE=ΣkΣσεk<nkσ>を共に一定に保つという副条件下

でSが極大でなければならないという条件から決定されます。

この,"熱平衡でエントロピーが極大である"という条件は,

1/T,μ/Tを未定係数とするLagrangeの未定係数法を

考えるなら,副条件無しでδ(S-E/T+μN/T)=0 が

満たされるという条件と同等です。

 

Tやμは定数なので,これはまた副条件無しで,

Ω≡E-TS-μNを極小にするという条件と同等です。

この変分方程式:δΩ/δ<nkσ>=0 に,

S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ

+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)],N=ΣkΣσ<nkσ>,

およびE=ΣkΣσεk<nkσ>という表式を全て代入して,

"<nkσ>の値=解"を求めます。

 

結局,絶対温度Tでの熱平衡状態でのミクロな状態(,σ)に

おける平均占有数<nkσ>の表式は,

<nkσ>=f(εk-μ);f(x)≡1/[exp(x/kBT)+1]

で与えられることになります。

 

これは量子統計力学で良く知られたFermi分布です。

特に,T=0 では,f(x)=1 (x<0),f(x)=0 (x>0)です

から,これは<nkσ>=nkσkσ1 (for k≡||<F),

kσ0 (for k≡||>F)という最低エネルギー状態の表現

に帰着します。

今日はここまでとします。 

参考文献:中嶋貞雄 著「超伝導入門」(培風館) 

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2007年6月26日 (火)

フォノンと多体問題(超伝導の基礎)(1)

アシュクロフト・マーミン著「固体物理の基礎」については,

私は1995年6月に読み始めてすぐに飽きて半年後の1996年1月

初めに再開して,1998年の3月頃までに上Ⅱの途中まで読んで

中断しています。

 

しかし,例えば量子論の演算子として,大分配関数のトレース

(対角和):Z=tr[exp(-β(H-μN)]を解析したり,これや,

その他の一般の熱力学関数などを対象にしたクラスター展開,

リング近似などの手法,

 

あるいは"第二量子化=個数表示"を利用して正準的,または

経路積分的に考えて摂動級数展開をし,その計算法として松原

グリーン関数などを伝播関数=積分核とした中間状態積分を

行なうグリ-ン関数法など,多体問題の本格的な手法に関する

話題は,この本ではほとんど取り上げられていないようです。

これらの多体問題の手法については,例えば1995年8月中旬から

1997年8月末までにアシュクロフト・マーミンと平行して読んで,

結局,読了した阿部龍蔵氏著の「統計力学(第2版)」

(東京大学出版会)や,

 

あるいは所持しているだけで本格的には読んでいない培風館の

物理学シリーズである高野文彦著の「多体問題」,その他私の

所持本では量子電磁力学での"Ward-Takahashi identity"で有名

な高橋康氏 著の「物性研究者のための場の量子論Ⅰ,Ⅱ」,

そして永長直人氏著の「物性論における場の量子論」(岩波書店)

などにくわしく載っているはずです。

しかし,電子-フォノン相互作用に関する限り中嶋貞雄先生による

超伝導の入門書である,培風館の「超伝導入門」の第1章の,簡略

モデルである"平均場近似=ジェリウム・モデル"による独立電子

近似から始まって第二量子化からフォノンの扱いへと移る部分が,

かなりわかりやすい説明になっているような気がします。

 

そこで,まずはこれから紹介しようと思っています。

私の専門の素粒子論については,実際に象牙の塔で教師に師事

して色々と勉強したのですが,畠違いの物性論,固体物理につい

ては1995年前後に,急に超伝導や金属のバンド理論,半導体の理論

を中心に,それらを詳しく知りたい,という欲求が起こって集中的

に独学しただけです。

 

本を読んで考えるという勉強法は,素粒子でも物性でも理論物理

を勉強する方法としては変わらないと思うのですが,独学なので,

これらの分野では曲解した部分があるかも知れません。

実際,いささか自信があるのは基礎物理ばかりで,応用物理につい

ては現実の現象の本質やその実験結果についての理解が乏しく,

またそれに対応できる頭もないので結構苦労しています。 

まあ,だからこそ,私は工学や実験物理でなく理論物理,それも

数理物理や相関理化学に近い方にのみ興味が片寄ってしまった。

というわけなんでしょうけどね。 

とにかく私は,いわゆる機械いじりが好きだったり,星を見るの

が好きだったり,あるいは花や昆虫や動物が好きだったり,とい

うような通常世間で考えられていると想像される典型的な科学

少年とは全く非なるものだったわけです。

 

そうした興味とは異なる動機で自然科学を志すようになった人間

ですから,パソコンとかオーディオとかにしても,ソフトであれば

結構得意な分野ですが,ハードだと手先も不器用なのですが,機械

とか薬品とかを扱うのは,苦手なほうです。

私の場合,同じ美を追求するアーティスト(artist)であるとしても

自然現象そのものの美しさよりも,それに内在している数学的理論

体系の美しさの方にはるかに魅かれるので,むしろ,物理学より抽象

的な数学のようなものに魅かれる傾向があるのかもしれません。 

というわけで脱線しましたが,中嶋貞雄氏著の「超伝導入門」

(培風館)も1996年2月の下旬から1997年10月頃まで熟読して

いました。

 

ところが,その10月には第6章不純物効果に入っていたのですが,

そこで磁性不純物についてのアプリコソフ・ゴリコフ理論

(Aprikosov Gor'kov)での計算式展開の中の一行が,私には単なる

ミスプリ以上の根本的間違いと思われ,その式が間違いなら以後

の理論展開は全く成立しないので,困ってしまいました。

そこで,大胆にも中嶋先生本人に質問しようと思って東海大学

に電話しましたが,その頃にはもう東海大学には居られなくて,

応対した人も現住所,電話等も教えられない,

ということでしたから,代わりに有名な御子柴先生に意見を

聞こうと思って彼の研究室に電話しました。

しかし,そのときは御子柴先生も不在で,研究室の助手の方

しか居られず,しかもその助手の方の専門は超伝導ではない

ので質問内容が理解できない,というご返事でした。

 

よく考えたら本の著者自身ならともかく,電話で本の一部分

の式だけについて質問してすぐに解答できるような話では

ないのは明らかですから,それも仕方がありません。

しかし,運よく彼から中嶋先生の現住所を教えて頂くことが

できたので,改めて中嶋先生宛に詳細を記した手紙を出しました。

 

期待はしていませんでしたが,案の定無視されたようです。

まあ,そうしたどこの馬の骨だかわからないような人間から

わけのわからない質問の手紙を受けるのは日常茶飯事だった

でしょうから,手紙が本人まで到着しない,到着しても封を開

ける気にもならないだろう,

とは私も手紙を出す前から予想できたので,すぐにあきら

めました。 

したがって,仕方ないので自力で解決しようと思って他の日本語

の書物を調べましたが結局解決できませんでした。

 

そこで,超伝導のBCS理論の創始者の1人であるシュリーファー(J.R.Schrieffer)著の洋書「Theory of Superconductivity」を丸善

から取り寄せて,読み始めたのですが,英語は得意ではないので最初

の方で挫折してしまいました。

 

そして,そのうち興味が別の分野に移って現在に至っています。

まあ,誰でもそうだとは思いますが専門書を読んでいて1行でも

理解できないとか納得いかないことがあれば,5年でも10年でも

それが解決するまでは先に進めない,というのはよくあることで

しょうが,とにかく困ったものです。

今日は余談ばかりでしたが,次回から本題に入ろうと思います。

  

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2007年6月25日 (月)

ブラウン運動と伊藤積分(3)

さらに前記事の続きです。

すぐ前の記事において,確率空間N,N,P)の上で定義され,ほぼブラウン運動の条件を満たす確率過程{t}の存在が確認されました。

 

その確率過程{t}の修正として,連続確率過程{t}が存在し,それによって実際にブラウン運動が実現されることを示すのが,今日の記事の目的です。

 

そして,その目的に到達するために,いきなり次の定理を述べることから始めます。

(定理3.2):確率空間(Ω,,P)で定義された確率過程{t}t∈[0,1]が次の条件を満たしているとする。

 

すなわち,"E[|ts|α]≦c|t-s|1+β;0≦s,t≦1,∃α,β,c> 0 "を満たしているとする。このとき,"{t}の修正である連続確率過程{t}が存在して,あるδ>0 に対し,P(ω:∃η(ω)>0 such that sup0≦s、t≦1,|t-s|<η(ω){|ts|/|t-s|λ}≦δ)=1,for some λ:0<λ≦β/α"なる命題が成り立つ。

これを証明するためには補題として,次の「ボレル・カンテリの補題(Borel-Cantelli lemma)」が必要です。

(ボレル・カンテリの補題):"{An}n=1,2,.を集合列とし,Aをこれらの集合の無限個の共通に含まれる要素の集合とし,Pを確率測度とする。

 

このとき,「(a)ΣP(An)<∞ならP(A)=0 」,「(b)ΣP(An)=∞で事象Anが独立ならP(A)=1」である。"

(上の補題の証明)(a) A=∩r=1n=rnと書けます。よって∀rについてA⊂∪n=rnです。

 

ΣP(An)<∞より,ΣP(An)は収束するので,ε>0 を任意に取れば十分大きいrに対して,P(A)≦P(∪n=rn)≦Σn=rP(An)<εと書けます。ε>0 は任意なのでP(A)=0 です。

(b) A=∩r=1n=rnよりAc=∪r=1n=rncです。1-P(A)=P(Ac)=P(∪r=1n=rnc)≦Σr=1P(∩n=rnc)≦Σr=1Πn=r[1-P(An)]です。

 

ここで,ΣP(An)=∞なので,各rについて無限積はゼロに発散します。(つまりΣlog[1-P(An)]≦-ΣP(An)=-∞より,Πn=r[1-P(An)]=exp(-∞)=0 です。)

 

故に,P(A)=1です。(補題の証明終わり)

(定理3.2の証明)仮定によって,任意のε>0 に対してP(|ts|>ε)≦E[|ts|α]/εα≦cε|t-s|1+βが成立します。

 

(なぜなら,E[|ts|α]≧(|ts|>ε)・εα)

よって,ε≡2-λn0<λ<β/αとすると,(sup1≦k≦2n|k/2nk-1/2n|>2-λn)=P(∪k=12n(|k/2nk-1/2n|>2-λn))≦Σk=12nP(|k/2nk-1/2n|>2-λn)≦2n2-n(1+β-αλ)=c2-n(β-αλ)が成立します。

 

そして,(β-λα)>0 よりΣn2-n(β-αλ)<∞ です。それ故,Σn(sup1≦k≦2n|k/2nk-1/2n|>2-λn)<∞ を得ます。

 

故にボレル・カンテリの補題より,∀nに対して,sup1≦k≦2n|k/2nk-1/2n|>2-λn なる集合をA⊂Ωとすると,P(A)=0 です。

そこで,Ω0≡Acとおけば,P0)=1でΩ0です。

 

そして,"∀ω∈Ω0に対して,∃n0(ω)∈+:sup1≦k≦2n|k/2nk-1/2n|<2-λn if n≧n0(ω)"が成立します。

 

(+は正の整数全体の集合)

ここでDn{k/2n:k=0,1,2,..,2n},D≡∪n=1nとします。

 

s,t∈Dn,n>n0(ω)とし,さらに 0<t-s<2-n0(ω)とすると,n0(ω)<m<nなるmがあって,1/2m+1≦t-s<1/2mとなります。

 

1≡min{s'∈Dn-1,s≦s'},t1≡max{t'∈Dn-1,t'≦t}とおくと,|s-s1|,|t-t1|≦1/2n です。

ここで,"P0)=1なるΩ0が存在して,∀ω∈Ω0に対し∃n0(ω)∈Z+:sup1≦k≦2n|k/2nk-1/2n|>2-λn if n≧n0(ω)"となるので,そのΩ0について,∀ω∈Ω0に対し|tt1|,|ss1|≦2-λnとなります。

 

したがって,|ts|≦21-λn|t1s1|,s1,t1∈Dn-1,t1-s1<1/2m を得ます。

 

s,tをs1,t1に置き換えることによって,s,tを基にした選択から新パラメータs1,t1を獲得したようにs1,t1を基にして同様にs2,t2を獲得することができます。

これを繰り返して,s3,t3,..を逐次取っていくと,sn-(m+1),tn-(m+1)∈Dm+1;|ts|≦2Σj=0n-(m+2)2-λ(n-j)|tn-(m+1)sn-(m+1)|とすることができます。

 

このとき,tn-(m+1)-sn-(m+1)=1/2m+1となるので,結局,|ts|≦2Σj=0n-(m+1)2-λ(n-j){2/(1-2)}(2)m+1≦δ|t-s|λ (δ≡2/(1-2))となります。

 

これで,各ω∈Ω0に対してt(ω)のヘルダー(Hölder)連続性:|t(ω)-s(ω)|≦δ|t-s|λが成立することが示されました。

Ω0に属さないωに対しては,t(ω)≡0と置きます。

 

ω∈Ω0に対しては,t∈[0,1]なる各tについてtn∈D,limn→∞|tn-t|=0 となる2進数の数列{tn}を取って,t(ω)≡limn→∞tn(ω)と定義することができます。

0)=1であり,0<t-s<2-n0(ω)なるs,t∈[0,1]とω∈Ω0に対して|ts|≦δ|t-s|λとなるので,このようにして構成した{t}はP(ω:∃η(ω)>0 such that sup0≦s,t≦1,|t-s|<η(ω){|ts|/|t-s|λ≦δ})=1を確かに満足します。

また,t∈Dなるtに対しては,ほとんどいたるところで,つまり確率1でttです。

 

一方,t∈Dc∩[0,1]なるtに対しては,任意のε>0 に対しP(|ts|>ε)≦E[|ts|α]/εα≦cε|t-s|1+βが成り立ちますから,limn→∞(|tnt|>ε)=0 for ∀ε>0 です。

 

これと,P(limn→∞(|tnt|=0)=1から,P(|tt|=0)=1 が得られます。つまり,ttの修正である,ことが示されました。(証明終わり)

(注)ここでは,t∈[0,1]としましたが一般性を失うことなく,t∈[0,T]とすることができるのは明らかです。

 

それ故,定理は容易にパラメータ空間を[0,∞)にした確率過程に適用できるよう拡張できます。

ここで,(定理3.1)とg(t,)≡(2πt)-N/2exp{-||2/(2t)},∈RN,t>0,00<t1<t2<..<tn に対して,μt0,t1,..tn(B0×B1×..×Bn )≡∫B0×B1×..×Bnν(d0i=1Ng(ti-ti-1,ii-1)d12..dnで作った(ΩN,N,P)上の確率過程{t}の各成分{Xti}(i=1,2,..,N)について,φ(ξ)≡E[exp{iξ(Xti-Xsi)}]=exp{-(t-s)ξ2/2}=Σk=0[(-1/2)k(t-s) kξ2k/k!]です。

したがって,φ(2n)(ξ)=Σk=0[(-1/2)k(t-s)k/k!](2k)(2k-1)..(2k-2n+1)ξ2k-2nですから,φ(2n)(0)=(-1/2)n(t-s)n(2n)!/n!です。

 

 それ故,E[|Xti-Xsi|2n]=|φ(2n)(0)|=cn|t-s|n;cn≡(2n)!/2nn! For ∀n;i=1,2,..,Nが成立します。

 

つまり,α=2n,β=n-1,c≧cnとすれば,E[|Xti-Xsi|α]≦c|t-s|1+βが成り立ち,0<λ<β/αは 0<λ<1/2となります。

 

こうして,N,N,P)上で定義された{t}の修正である連続確率過程{t}があって,その標本路は確率1で,λ次ヘルダー連続(0<λ<1/2)であることがわかりました。

 

以上のことから,.(ω):ΩN → WNを用いて,P^(ω)をP^(ω)≡P(.(ω)-1)で定義し,∈WNの座標関数をt()≡(t)と取れば,確率空間(WN,N,P^)で定義された連続確率過程{t}は初期分布をνとするN次元ブラウン運動になります

これで当面の目的を達成したので,今日はここまでとします。

参考文献:長井英生 著「確率微分方程式」(共立出版)

 

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2007年6月24日 (日)

ブラウン運動と伊藤積分(2)

前記事の続きです。

NN≡C([0,∞);RN),すなわち[0,∞)で定義され,RNに値をとる連続関数の全体とします。

 

そして,{t}をN次元ブラウン運動とすると,その定義によって,全体として確率が1のΩの元ω∈Ωに対し,t(ω)はtの連続関数ですから,t(ω)はΩからNへの写像であると見ることができます。

 

この写像:Ω→WN:ω∈Ω{t(ω)}t∈[0,∞)Nを,.(ω)と表わすことにすれば,.(ω)={t(ω)}t∈[0,∞)です。

 

上述の"確率が1のΩの元ω∈Ωに対して"という意味は,"P(ω∈Ω:.(ω)N)=1に属するωに対して"と表現できます。

任意の1,2Nに対して,d(1,2)≡∑n=02-n(sup0≦t≦n|1(t)-2(t)|∧1)と置けば,Nはdを距離とする完備距離空間になります。

 

そして,その位相的ボレルσ加法族(Nの全ての開集合を含む最小のσ加法族)を(N)とし,各.(ω)Nに対して集合関数μB(F)をμB(F)≡P(-1(F))=P(ω∈Ω:.(ω)∈F);F∈(N)によって定義すれば,このμBは(N,(N))上の分布になります。

 

この分布をN次元ウィーナー測度と言います。

特に,P(0)=1;∈RNなるN次元ブラウン運動{t(ω)}t∈[0、∞)が与えられたとき,対応するμB(・)を,Px(・)と表わすことにします。

 

Nに対し座標関数:t()≡(t)(0()≡(0)=)を取ると,tは確率空間(N,(N),Px)で定義された∈RNから出発するブラウン運動です。

ここでは,逆にブラウン運動を構成するに当たって,これをこの空間(N,(N))に実現することを考えます。

 

つまり,確率空間(N,(N),Px)における確率過程として,ブラウン運動というものが本当に存在することを示したいと思います。

 

言わばブラウン運動の存在定理の証明を以下において試みます。

そのため,まず,より広い空間ΩN(RN)[0,∞)≡{ωω(・)∈ΩN[0,∞)→RN}を用意します。

 

座標関数t(ω)≡ω(t),ω∈ΩNにより,ωの有限個の座標を指定することによって,ΩNの部分集合が定まります。

 

これを筒集合と呼びます。

 

すなわち,k=1,2,..に対して,0≦t1<t2<..<tk;B1,B2,..,Bk(RN)を取ったとき,{ω∈ΩN:t1(ω)∈B1,t2(ω)∈B2,..,tk(ω)∈Bk}の形の部分集合のことを筒集合と呼ぶわけです。

筒集合の有限和の全体は,明らかに有限加法族です。この有限加法族を含む最小のσ加法族をNと書くことにします。

 

そしてN,N)上の確率測度を作るわけですが,これを実行する手続きにおいて「コルモゴロフの拡張定理(Kolmogorov)」を利用します。

 

与えられた確率空間(Ω,,P)上で,[0,∞)をパラメータとする確率過程{t}に対し,その有限次元分布μt1,t2,..tnは,μt1,t2,..tn(B1×B2×..×Bn)≡P((t1)∈B1,(t2)∈B2,..,(tn)∈Bn)で定められます。

 

そして,逆に分布の族{μt1,t2,..,tn}:0<t1<t2<..<tn ,n=1,2,..が与えられたとき,それらを有限次元分布とする確率過程が存在するために課せられる条件が,次の「コルモゴロフの拡張定理」の整合性条件です。

つまり,"μt1,t2,..,ti-1,ti+1,..,tn(B1×B2×..×Bi-1×Bi+1×..×Bn)=μt1,t2,..,ti-1,ti,ti+1,..,tn(B1×B2×..×Bi-1×RN×Bi+1×..×Bn);i=1,2,..,n;B1,B2,..,Bn(RN)"なる条件が「コルモゴロフの拡張定理」が成立するための整合性条件です。

(定理3.1):「コルモゴロフの拡張定理」

上述の整合性条件を満たす分布の族t1,t2,..,tn}:0<t1<t2<..<tn ,n=1,2,..が与えられているとする。

 

このとき,N,N)上に確率測度Pが唯1つ存在して,確率過程{t}の有限次元分布はμt1,t2,..,tnに等しい。

これを証明するためには,次の補題が必要です。

(補題)P1,P2,..が,それぞれ(RN,(RN)),(R2N,(R2N)),..,上の確率測度で,Pn+1(B×RN)=Pn(B)を満たすならば,((RN),((RN)))上の確率測度Pが存在して,P(B)=Pn(B),B∈(RnN)を満たす。

(証明) 写像πn:(RN)→(RN)nを,ω=(ω1,ω2,..,ωn,..)∈(RN)→ πn(ω)≡(ω1,ω2,..,ωn)∈(RN)n で定義すると,C≡{πn-1(B):B∈(RnN),n=1,2,..}は(RN)上の1つの有限加法族を定義します。

 

(※なぜなら,φ∈(RnN)に対しπn-1(φ)=φによりφ∈Cです。    (∵φ×RM=φ)

 

また,πn-1(B)∪πn-1(Bc)=πn-1(B∪Bc)=πn-1(RnN)=(RN)です。故に,(πn-1(B))c=πn-1(Bc),よって,"A∈C⇒Ac∈C"も成立します。

 

また,A1,A2∈Cなら,あるB1,B2(RnN)が存在してA1=πn-1(B1),A2=πn-1(B2)と書けますから,A1∪A2=πn-1(B1)∪πn-1(B2)=πn-1(B1∪B2)で,B1∪B2(RnN)より,A1∪A2∈Cであるからです。※)

F∈Cに対してP(F)≡Pn(B),F=πn-1(B),B∈(RnN):P(F)≡Pnn(F))(あるいはP(πn-1(B))=Pn(B))と定義するとき,PはC上で有限加法的です。

(※なぜなら,n≧kに対してπn,k((ω1,ω2,..,ωn))≡(ω1,ω2,..,ωk)∈RkNと定義すると,仮定Pn+1(B×RN)=Pn(B)により,∀B0(R(n-1)N)に対してπn,n-1-1(B0) ∈RnNです。

 

nn,n-1-1(B0))=Pn-1(B0)etc.であり,明らかに∀B0(RkN)に対してπn,k-1(B0)∈RnNでPnn,k-1(B0))=Pk(B0)です。そして明らかにπn-1n,k-1(B0))=πk-1(B0)です

したがって,F1,F2,..,Fk∈CでFi∩Fj=φ(i≠j)なるものを取ると,i=1,2,..,kの全てのiについて共通のnが存在してFi=πn-1(Fi0);Fi0(RnN),Fi0∩Fj0=φ(i≠j)であるとしてよく,

 

P(∪i=1ki)=P(∪i=1kπn-1(Fi0))=P(πn-1(∪i=1ki0))=Pn(∪i=1ki0)=∑i=1kn(Fi0)=∑i=1kP(πn-1(Fi0))=∑i=1kP(Fi),つまりP(∪i=1ki)=∑i=1kP(Fi)ですから,PはCの上で有限加法的です。※)

(注)有限加法的測度がσ加法族の上で完全加法的測度に拡張できることは自明なので敢えてそれを証明はしません。

次にFk↓φのときにP(Fk)→ 0 as k→∞を示します。(つまりP(φ)=0 を証明します。)

そのために,limk→∞P(Fk)=ε>0 と仮定します。一般性を失うことなくFk=πk-1(Fk0);Fk0(RkN)とします。

また,Pk(RkN,(RkN))の確率測度なので,上に与えられたε>0 に対してPk(Fk0-Ak0)<ε/2k+1なるコンパクト集合Ak0が存在します。(これの理由はルベーグ測度論を参照してください。)

 

したがって,定義からP(πk-1(Fk0-Ak0))<ε/2k+1です。

そこで,Bk≡∩i=1kπi-1(Ai0)⊂Fkとおくと,P(Fk)-P(Bk)=P(πk-1(Fk0)-Bk)≦Σi=1kP(πk-1(Fk0)-πi-1(Ai0))≦Σi=1kP(πi-1(Fi0)-πi-1(Ai0))=Σi=1kP(πi-1(Fi0-Ai0))<ε/2よりlimk→∞P(Bk)>ε/2>0 が得られます。

ところが,ω(ω1(k),ω2(k),..)∈Bk=∩i=1kπi-1(Ai0)⊂Fkとすると,πk(ω)=(ω1(k),ω2(k),..,ωk(k))∈πk(Bk)=∩i=1ki0ですから,k=1,2,..,のうちでk1jω1(k1j)が収束するような自然数の添字の部分列,k2jをk1jの部分列でω(k2j)が収束する部分列というように次々に添字の数列を取ってゆけば,liml→∞(ω1(k1j),ω2(k2j),..,ωl(klj))∈∩i=1li0=πl(Bl),l=1,2,..,となります。

 

そこで,(ω1(kll),ω2(kll),..,ωl(kll))を取れば,これはl→ ∞ に対して収束します。

liml→∞ωj(kllωjとすると,liml→∞(ω1(k1j),ω2(k2j),..,ωl(klj))=(ω1,ω2,..,ωi)∈πi(Bi),i=1,2,..,ですから,(ω1,ω2,..)∈Bk,k=1,2,.. for ∀k,すなわち∩k=1k⊂∩k=1kであって∩k=1k≠φです。

 

つまり,lim k→∞k≠φとなるので,lim k→∞k≠φです。したがって,これはFk↓φ,すなわちlim k→∞k=φに矛盾します。

 

これは,limk→∞P(Fk)=ε>0 という仮定が正しくないことを示していますから,Fk↓φならlimk→∞P(Fk)=0 です。それ故,P(φ)=0 です。

そこで,補題の結論P(B)=Pn(B)を,P(πn-1(B))=Pn(B)の意味と解釈することにより,上記の補題が成り立つことが証明されました。(補題の証明終わり)

(定理3.1の証明)≡[0,∞)に対しτ≡(1,t2,..),i,i=1,2,..を取り,Pnτ(B)≡μt1,t2,..,tn(B),B∈(RnN)と定義すれば,整合性条件によってPnτは補題の条件Pn+1τ(B×RN)=Pnτ(B)を満たします。

 

そこで,これは((RN),((RN)))上の確率測度Pτを一意的に定義します。

  

 πτ(ω)≡(ω(t1),ω(t2),..,ω(tn),..),ω∈(RN),(ω10,ω20,..)≡(ω(t1),ω(t2),..)∈(RN)k(ω0)≡(ω10,ω20,..,ωk0)とおくと,Pτ・π-1k=μt1,t2,..,tkです。

ここで,≡σ{(πτ)-1(B);B∈((RN)),τ,τは可算集合)}とし,P((πτ) -1(B))=Pτ(B)とすると,このP,あるいはP・(πτ) -1上の確率測度を一意的に定義することを示します。

B=τ1)-1(B10)=(πτ2)-1(B20),Bi0((RN)),i=1,2とするとき,あるB30((RN))があって,B=(πτ1∪τ2)-1(B30)なので,ττ'⊂とするときPτ(B)=Pτ'(B)が言えればいいのですが,実はこれはPτ・π-1k=μt1,t2,..,tkから明らかです。

Pの可算加法性については,Bnτn)-1(Bn0),Bn0((RN))とし,Bnは互いに素な集合とすると,Bn0も互いに素で,∪n=1τnτは可算集合です。

 

そこで,P(∪n=1n)=P(∪n=1τn)-1(Bn0))=Pτ(∪n=1n0)=Σn=1τ(Bn0)=Σn=1P((πτn)-1(Bn0))=Σn=1P(Bn)が確かに成立します。(証明終わり)

次に,νを(RN,(RN))上のある確率測度とし,∈RN,t>0 に対して,g(t,)≡(2πt)-N/2 exp{-||2/(2t)}とします。

 

このとき,"00<t1<t2<..<tnに対しμt0,t1,..,tn(B0×B1×..×Bn )≡∫B0×B1×..×Bnν(d0i=1Ng(ti-ti-1,ii-1)d12..dnと置けば,μt0,t1,..,tnは整合性条件を示す。"という命題が成立することを示します。

簡単のためにN=1で証明します。

∫dti{2π(ti-ti-1)}-1/2{2π(ti+1-ti)}-1/2exp[-(xi-xi-1)2/{2(ti-ti-1)}-(xi+1-xi)2/{2(ti+1-ti)}]={2π(ti+1-ti-1)}-1/2 exp[-(xi+1-xi-1)2/{2(ti+1-ti-1)}]を示せばよいわけですが,具体的に計算すれば間単に示すことができるので,詳細な計算は省略します。

"(定理3.1)=「コルモゴロフの拡張定理」と上記の具体的な確率測度の式によって,(ΩN,N)上に確率測度Pが存在し{t}の有限次元分布はμt0,t1,..,tnとなっていること,がわかります。

 

さらにその定義によりtsは平均がゼロ,共分散行列が(t-s)EのN次元ガウス型確率変数です。またtsは各u≦sに対してuと独立になっています。しかしt(ω);ω∈ΩNは必ずしもtの連続関数になっていません。

また,一般にWNNの元ではありません。これを証明します。

(証明)⊂[0,∞)に対して,S≡σ(t:t∈)とし,*≡∪S:可算Sとおきます。

 

このとき,An*なら∃n⊂[0,∞):可算,AnSn,(n=1,2,..)ですから,*≡∪n=1nとすると*も可算集合です。

 

それ故.∪n=1nS*なので*はσ加法族です。しかも,*は全ての筒集合,すなわち{ω∈ΩN: t1(ω)∈B1,t2(ω)∈B2,..,tk(ω)∈Bk}={ω(・)∈ΩN:ω(t1)∈B1,ω(t1)∈B1,..,ω(tk)∈Bk} ( 0≦t1<t2<..<tk;B1,B2,..,Bk(RN))の形の部分集合全体を含みますから*Nです。

そして,もしWNNであるとすると,ある可算集合[0,∞)が存在してWNS=σ(t:t∈)となります。

 

したがって,N≡C([0,∞);RN)=([0,∞)で定義され,RNに値をとる連続関数の全体)がSの元ですから,∈WNのときに∀t∈についてt()=t('),すなわち,(t)='(t)ならば,t()とt(')より,(t)と'(t)はSの元として全く同じものを表わしている,ことになりますから'∈WNとならなければなりません。

しかしながら,(t)='(t) for ∀t∈でもは単なる可算集合ですから,'(t)が以外の点t∈[0,∞)で不連続な場合もあるのでこれは'∈WNと矛盾します。つまり,一般にWNNではありません。(証明終わり)

途中ですが今日はここまでとします。

参考文献:長井英生 著「確率微分方程式」(共立出版)

 

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2007年6月21日 (木)

ブラウン運動と伊藤積分(1)

 2006年5月21日の記事「ブラウン運動とフラクタル次元で書いた内容をより詳細に記述してみようと思います。

表題の項目は,金融工学における株価予測のモデルであるブラック・ショールズ方程式や量子力学を実在論的な確率過程として捉えて定式化することを試みるネルソン方程式などに利用されています。

 

以下において紹介する記事は,2000年7月下旬から2001年1月上旬までかけて途中まで読んで,中断している長井英生 著「確率微分方程式」(共立出版)を読解した内容を,当時まとめたノートに基づくものです。

 その頃,友人の医師たちと共に巨視的個数の人体細胞の状態の時系列を確率過程と捉えて確率空間として細胞の病理状態の集合で構成される"病態位相空間"を想定することにより,病理学の分野での病態の予測モデルを作ろうという計画が持ち上がりました。

 

 私は,その数学理論による基礎付け部分を担当するスタッフの1人だったのですが,色々と模索しているうちにこの分野を知ったのですが,結局,病態の予測モデルの計画そのものは,私にとっては挫折しました。

 ではまず,言葉の定義から厳密に与えていきましょう。 

初等確率論では確率変数はその値をN次元ユークリッド空間N,あるいはその部分集合に取りますが,ここではその取る値が距離空間の点であるとします。 

 Ωを標本空間,すなわち,"試行=根源事象ω"の全体とし,はΩの部分集合で"σ加法族=完全加法族,あるいは可算加法族",そしてPをその確率とする確率空間を(Ω,,P)とします。

 

 つまり,は"(ⅰ)∀A∈に対してA (AはAの閉包),(ⅱ)A1,A2,..∈ ⇒ ∪n=1n ,(ⅲ)Ω∈ "なる条件を満たしています。

  

 そして,集合関数Pは"(ⅰ)∀A∈に対してP(A)≧0,(ⅱ)P(Ω)=1,(ⅲ)i≠jのとき,Ai∩Aj=φなる事象列{An}に対してP(∪n=1n)=Σn=1(An)"なる条件を満足しています。

 また,Ξを距離空間とし,(Ξ)をその部分集合から成る位相的ボレル集合体(ボレル加法族)とします。

 

 ボレル集合体(Borel field)とは,"定義空間=Ξ"内の開集合全体を含む最小のσ加法族のことです。

 

(開集合の余集合は閉集合ですから,ボレル集合体は閉集合全体を含む最小のσ加法族でもあります。)

(定義1.1):B∈(Ξ)に対してμX(B)≡P(X-1(B))=P(ω:X(ω)∈B)によってμXを定義すると,μX(Ξ,(Ξ))の上の1つの確率測度であるが,これをXの分布という。

 

(空間Ωにおける集合関数としての確率測度とは,μ(Ω)=1を満たす測度μのことである。)

 

(定義1.2):(ⅰ)m∈R12∈R1が与えられたとき,確率変数Xの特性関数φ(ξ)≡E[exp(iξX)]が,φ(ξ)=exp(iξm-σ2ξ2/2)で与えられるなら,Xを1次元ガウス型確率変数という。

 

(実際,分布が連続型で1次元確率密度で表現可能なとき,それがガウス分布=正規分布f(x;m,σ2)≡[1/{(2π)1/2σ}]exp{-(x-m)2/(2σ2)}で与えられる場合,特性関数の定義であるexp(iξX)の期待値E[exp(iξX)]は,確かにE[exp(iξX)]=∫-∞(x;m,σ2)exp(iξx)dx=exp(iξm-σ2ξ2/2)となります。)

(ⅱ)Nとし,Vを非負定値対称行列とするとき,確率変数t(X1,X2,..,XN)の特性関数φ(ξ)がφ(ξ)≡E[exp(itξX)]=exp(itξMtξξ/2) ;ξN で与えられるなら,XをN次元ガウス型確率変数という。(tAは行列Aの転置行列です。)

 

(定義1.3):(確率過程の定義):Ξを距離空間とするとき,Ξに値をとる確率変数の族{t}t∈Tを確率過程という。

 

ただし,はパラメータ空間で,例えば[0,∞)とか,=[0,T]とか,=Z+と定義する。

 

{t}は,しばしば{(t)}と書かれたり,あるいは確率変数であることを明確にするため,{t(ω)}とか{(t,ω)}ω∈Ωと書かれる。

Ξ上の確率過程{(t)}t∈Tが与えられたとき,0<t1<t2<..<tn<∞ に対し,μt1,t2,..,tn(B1×B2×..×Bn)≡P[(t1)∈B1,(t2)∈B2,..,(tn)∈Bn]と置けば,μt1,t2,..,tnn)上の分布をただ1つ定める。

 

ただし,Ξnは,もちろんΞのn個の直積空間である。これによって,nとt1,t2,..,tnを動かしたとき,それぞれ分布が定まりますが,それらを総称して有限次元分布という。

 

(定義1.4):Ξ上の確率過程{t}t∈T,および{t}t∈Tが与えられたとき,P(tt)=1 for∀t∈が成立するなら,{Yt}t∈T{t}t∈T({t}t∈T{t}t∈T)修正であるという。

(定義1.5):Ξ上の確率過程{t}t∈Tが与えられたとき,{s}s≦tを可測にする最小のσ加法族をσ(s;s≦t)と書くことにする。

(定義1.6):Ξ上の確率過程{t}t∈Tについて,P0)=1を満たすΩ0 があって,ω∈Ω0に対しt(ω)がtの(左,または右)連続関数であるとき,この確率過程を(左,または右)連続確率過程という。

次に,ブラウン運動(Brownian motion)について考察します。 

(定義2.1):(ブラウン運動の定義)

確率空間(Ω,,P)で定義されたN上の確率過程{t}t∈[0,∞)がN次元ブラウン運動であるとは,この確率過程が以下の条件を満足することをいう。 

(ⅰ) 0≦s≦tに対して(ts)は平均ベクトルがゼロ,共分散行列が(t-s)EのN次元ガウス型確率変数である。

 

すなわち,φ(ξ)≡E[exp{itξ(ts)}]=exp[-(t-s)|ξ|2/2]で,連続確率密度はp()=(2π)-N/2(det(t-s)E)-1/2exp[-txx/{2(t-s)}]={2π(t-s)}-N/2exp[-||2/{2(t-s)}]である。

 

(ⅱ) 0≦s≦tに対して,(ts)はσ(u;u≦s)と独立である。つまり,例えば{Bt}が1次元なら,P((Bt-Bs)≦x,Bu≦y)=P((Bt-Bs)≦x)P(Bu≦y)である。

 

(ⅲ){t}は連続確率過程である。つまり,∀t∈[0,∞)においてtはtの連続関数である。

 

N次元ブラウン運動の初期分布:ν()≡P(0),(N)を予め規定することも多いです。

 

特に,ν(dz)=δx(dz)のとき,すなわちP(0)=1のとき,から出発するブラウン運動と言います。

ここで,N上の確率過程{s}={(Bs1,Bs2,…BsN)}について,{s}がゼロから出発するN次元ブラウン運動であるとすると,これは各{Bsi}(i=1,2,..N)がゼロから出発する1次元ブラウン運動で,{Bs1},{Bs2},..,{BsN}が独立であることと同値です

 

つまり,全体の特性関数が各々の1次元特性関数の積になることと同値です。

なぜなら,{t}がゼロから出発するN次元ブラウン運動であるなら,∀t>s≧0 についてE[exp{itξ(ts)}]=exp[-(t-s)|ξ|2/2]=Πi=1Nexp[-(t-s)|ξi|2/2]=Πi=1N[exp{iξi(Bti-Bsi)}です。

 

それ故,{ti-Bsi}(i=1,2,..,N)は独立です。そして,{t}がゼロから出発するので,s=0 と選べば,P(si=0 )=1 なので結局∀t ≧0  に対して{ti}(i=1,2,..N)の独立性も成立します。

  

また,各iで{ti}がゼロから出発することも自明です。

そして,N次元ブラウン運動の定義から,0=t0<t1<..<tlなる∀t0,t1,..,tl対し,{tk+1tk}(k=0,1,..,l-1)は独立ですから,i=1,2,..,Nの各々のiについて,{tk+1i-Btki} (k=0,1,..,l-1)は独立です。

 

こうして,{ti}(i=1,2,..,N)は全て独立な1次元ブラウン運動であることがわかります。逆もまた自明です。

次に,ブラウン運動の幾つかの性質を証明を交えて列挙します。 

(ⅰ){t}をゼロから出発する1次元ブラウン運動とすると,

E[ts]=t∧s≡min(t,s),およびE[t4]=3t2が成立する。

  

(証明)φ(ξ)≡E[exp{iξ(Bt-Bs)}]=exp[-|t-s|ξ2/2]より,(-d2φ(ξ)/dξ2)|ξ=0[(Bt-Bs)2]|t-s|です。

 

したがって,[Bt2]=t,E[Bs2]=sです。

 

そして,[(Bt-Bs)2][Bt2]-2E[ts]+[Bs2]と展開できますから,E[ts]=(t+s-|t-s|)/2=t∧sを得ます。

 

また,(d4φ(ξ)/dξ4)|ξ=0[(Bt-Bs)4]=3(t-s)4ですから,E[t4]=3t2も得られます。(証明終わり)

 

(ⅱ)回転不変性:{t}をN次元ブラウン運動としAをN次元直交行列とする。このとき,{At}もN次元ブラウン運動である。

  

(証明)φ(ξ)≡E[exp{itξ(At-As)}]=E[exp{itξ(A(ts))}]=exp[-(t-s) (tξtAAξ)/2]となります。

 

ここで,AはN次元直交行列なのでtAA=Eですから,結局φ(ξ)=exp[-(t-s)|ξ|2/2] を得ます。(証明終わり)

(ⅲ)スケール則:{t}をN次元ブラウン運動とする。このとき,各c>0 に対し{(c)-1/2t}もN次元ブラウン運動である。

  

(証明)φ(ξ)≡E[exp{itξ((c)-1/2t(c)-1/2s)}]=E[exp{itξ((c)-1/2(ts))}]=exp[-c(t-s)|ξ/c|2/2 ]=exp[-(t-s)|ξ|2/2]です。(証明終わり)

(ⅳ){t}をN次元ブラウン運動とすると{t+ss}t≧00 から出発するN次元ブラウン運動である。

  

(証明) {t}をN次元ブラウン運動とするとき{t+ss}t≧0もN次元ブラウン運動であることは自明です。

 

しかも,{t+ss}t=0{ss}より,P[(0+ss)=0]=1 が成立します。(証明終わり)

"ブラウン運動の経路はどんな時間tの幅を取ってもその経路は長さを持たない,つまり長さは無限大である",という性質を持ちます。

 

しかし,2次変分を取ると,それは有限になります。すなわち,長さの2乗和は有限です。このことを以下で示します。

 

また,後述するように2次変分が有限であるという性質はマルチンゲール(martingale)性に基づくものです。

 

そして,この性質は後に確率積分を定義する基礎になります。

(定理2.2):{t}t∈Tを1次元ブラウン運動とすると,P(tはt∈で微分可能な点を持たない)=1である。

(証明) P(00)=1としても,一般性を失うことはないのでそのように仮定します。そして≡[0,T]とします。

 

m,k≡{ω∈Ω;∃t∈[0,T]:|t(ω)-s(ω)|≦m|t-s| for ∀t∈[s-T/k,s+T/k]}⊂Ωと置きます。

 

{ω∈Ω;∃t∈[0,T]:∃limh→0[{t(ω)-s(ω)}/h]}⊂∪m=1k=1m,kですから,∀mに対してP(∪k=1m,k)=0 が成立することを示せばいいことになります。

  

n≡∪i=1n-2n,i;En,i≡∩l=ii+2{|lT/n(ω)-(l-1)T/n(ω)|≦(5mT/n)}(i=1,2,..,n-2)とおくと,Dm,k⊂∩n=5knです。

 

実際,ω∈Dm,k,s∈[(i-1)T/n,(i+2)T/n]で,かつn≧5kであれば,|lT/n(ω)-(l-1)T/n(ω)|≦|lT/n(ω)-s(ω)|+|s(ω)-(l-1)T/n(ω)|≦(5mT/n)(l=i,i+1,i+2)となるからです。

これの理由を詳細に述べると,次のようになります。

  

s∈[(i-1)T/n,(i+2)T/n]ですが,n≧5kよりT/k≧5T/nですから,-T/k≦-5T/nです。それ故,s-T/k≦(i-3)/T,s+T/k≧(i+4)T/n,すなわち[(i-3)/T,(i+4)T/n]⊂[s-T/k,s+T/k]となります。

そこで,l=i,i+1,i+2 についてlT/n,(l-1)T/n∈[(i-3)/T,(i+4)T/n]⊂[s-T/k,s+T/k]ですから,ω∈Dm,kによって|lT/n(ω)-s(ω)|≦m|lT/n-s|,|s(ω)-(l-1)T/n(ω)|≦m|s-(l-1)T/n|,s∈[(i-1)/T,(i+2)T/n]です。

 

(i+2)T/n-(i-1)/T=3T/nですから,max(i-1)T/n≦s≦(i+2)T/n{|lT/n-s|+|s-(l-1)T/n|}=5T/nとなります。

 

したがって,結局|lT/n(ω)-s(ω)|+|s(ω)-(l-1)T/n(ω)|≦(5mT/n) (l=i,i+1,i+2)が得られたわけです。

そして,P[|lT/n(ω)-(l-1)T/n(ω)|≦(5mT/n)]=P[|T/n(ω)|≦(5mT/n)]ですから,P(En,i)=P[∩l=ii+2|lT/n(ω)-(l-1)T/n(ω)|≦(5mT/n)]=P[|T/n(ω)|≦(5mT/n)]3が成立します。

 

そこで,P(En)≦∑i=1n-2P(En,i)=(n-2)P[|T/n(ω)|≦(5mT/n)]3と書くことができます。

 

ここでスケール則を用いると,P(En)≦(n-2)P[(T/n)1/2|B1|≦(5mT/n)]3≦23(n-2)(2π)-3/2(5m(T/n)1/2]3 となります。

 

最後の不等式は,P[(T/n)1/2|B1|≦(5mT/n)]=P[|B1|≦(5m(T/n)1/2]=(2π)-1/2-5m(T/n)1/25m(T/n)1/2[exp(-u2)]du≦2(2π)-1/2(5m(T/n)1/2 によって得られます。

そこで,P(∪k=1m,k)=P(∪k=1n=5kEn)≦liminfP(En)=0 が成立します。すなわち,P(tはtで微分可能な点を持たない)=1 が示されました。(証明終わり)

(定理2.3):{t}t∈TをN次元ブラウン運動とする。

 

t>0,t∈に対し,分割Δ:0=t0<t1<..<tn<t<tn+1を任意に取って,|Δ|≡maxi|ti+1-ti|→ 0 とすると,∀t∈に対してE[(∑i=0n-1|ti+1ti|2+1tn|2-Nt)2]→ 0 となる。

 

(証明)N=1で示せば十分なので,N=1で考察します。

 t(B;Δ)≡∑i=0n-11ti+1ti|2+1tn|2と置くと,E[Qt(B;Δ)]=∑i=0n-1(ti+1-ti)+(t-tn)=tとなります。

 

なぜなら,E[|ts|2]=-∑i(∂2φ/∂ξi2)=N(t-s)であるからです。 

したがって,E[(Qt(B;Δ)-t)2]=E[{∑i=0n-1(|ti+1ti|2-(ti+1-ti))+|tn|2+(t-tn)}2]=∑i=0n-1E[{|ti+1ti|2-(ti+1-ti)}2]+E[{|ttn|2-(t-tn)}2]=∑i=0n-1{3(ti+1-ti)2-(ti+1-ti)2}+3(t-tn)2-(t-tn)2=∑i=0n-12(ti+1-ti)2+2(t-tn)2≦2t[maxi|ti+1-ti |]を得ます。

 

(ここで,確率変数の独立性によって,"(積の期待値)=(期待値の積)"になることを用いています。)

よって,|Δ|≡maxi|ti+1-ti |→ 0 のとき,E[(∑i=0n-1|ti+1ti|2+|ttn|2-t)2]=E[(Qt(B;Δ)-t)2]→ 0 が得られます。(証明終わり)

(定理2.3の系):N次元ブラウン運動{t}t∈Tの標本路の全変動をVt≡supΔ(∑i=0n-1|ti+1ti|+1ttn|)とすると,∀t>0 に対してP(Vt=∞)=1である。

  

(証明) Qt(;Δ)≡∑i=0n-1|ti+1ti|2+|ttn|2≦Vt supi{|ti+1ti|∨|ttn|} (ただしt∨s≡max(t,s))と書けます。

 

そして,iim|Δ|→0 supi{|ti+1ti|∨|ttn|}=0 ですから、もし仮に,P(Vt<∞)>0 であるとすると,P(iim|Δ|→0t(;Δ)=0)>0 となります。

  

これは,(定理2.3)の[{iim|Δ|→0t(;Δ)=Nt}]=1 に矛盾します。それ故,P(Vt<∞)=0 or P(Vt=∞)=1 です。(証明終わり)

すなわち,その存在確率がゼロである経路の集合を除いて,ほとんど全てのブラウン運動の標本経路の時刻 0 からtまでの長さは有限ではなく無限大であることが示されたわけです。

今日はここまでにします。 

参考文献:長井英生 著「確率微分方程式」(共立出版) 

 

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2007年6月19日 (火)

フォノンによる電子間引力(超伝導の基礎)

超伝導の理論において1対の電子がクーパー対を作り複号粒子としてボーズ粒子(Boson)となる原因は理論的には低温ではクーロン斥力が"フォノン(phonon)=格子振動"によって遮蔽されて引力に変わるためである,とされています。

 

前項でハートリー・フォック近似(Hartree-Fock近似)を述べて電子間引力を説明する準備ができたのでそれを紹介します。

ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(2)」で与えた遮蔽効果の議論では格子イオンを何の働きもないただの一様な正電荷のバックグラウンドである,として扱いました。

 

しかし,これは外部電荷が電子だけでなくイオンの電荷分布もゆがめ,それにより誘起電場を生じさせるという事実を見逃がしています。

そこで,通常やるように,外部電荷によるポテンシャルφext()と遮蔽も含めた全電場のポテンシャルφtot()のフーリエ(Fourier)変換を,それぞれφext()とφtot()とします。

 

そして,それらの間にはε(tot()=φext()なる線形関係が存在するとします。ここで比例係数ε()を全誘電定数と呼びます。

さらに,電子のみによる誘電定数をεel()とし,電子なしでイオンだけがある場合の裸のイオンの誘電定数をεbareion()とします。

 

また,遮蔽電子の雲をまとった衣を着たイオンの誘電定数をεdression()といます。

媒質は電子だけでイオンによるポテンシャルφionは外部の電荷源に寄与すると考えれば,εel(tot()=φext()+φion()です。

 

一方,媒質は電子のない裸のイオンだけであるとすると,εbareion(tot()=φext()+φel()です。

それ故,el()+εbareion()-ε())φtot()=φext()+φel()+φion()=φtot()という等式が成立します。

 

これらの関係により,ε()=εel()+εbareion()-1なる表式が得られます。

 

一方,εdression(tot()=φext()/εel()ですから,1/ε()=1/[εdression(el()]であり,εdression()=1+[εbareion()-1]/εel()も得られます。

ここで,話題を少し戻して,金属中に振動電場があるとき,一般に金属中でイオン等によって散乱を受けている電子の誘電定数はどうなるかということについて考察してみましょう。

金属中で電子が散乱を受ける際の衝突頻度を 1/τとします。つまり緩和時間をτとすると,時刻tで電場(t)の内部にある電子の運動量(t)はd/dt=-/τ-eという運動方程式に従います。

 

なぜなら,ニュートンの運動法則によれば,1個の電子はt~t+Δtの間に(-e(t))Δtなる運動量を獲得します。

 

一方,確率Δt/τで衝突して,その運動方向の運動量を失なうので,結果として,(t+Δt)=(1-Δt/τ)((t)-e(t)Δt+O[(Δt)2])Δt+O[(Δt)2]となるからです。

そして,時間変動をする場を(t)=Σω(ω)exp(-iωt)のように振動数ωの調和振動に分解した表現で展開すると,先の運動方程式は-iω(ω)=-(ω)/τ-e(ω)と変換されます。

 

したがって,電流密度=-neを振動数表現して,(ω)=-ne(ω)/mとすれば,(ω)=(ne2/m)(ω)/(1/τ-iω)となります。(ここにneは電子数密度,mは電子質量です。)

 

この表式を,振動数に依存した電気伝導度をσ(ω)とした通常のオームの法則(ω)=σ(ω)(ω)と対応させると,σ(ω)=σ0/(1-iωτ);σ0 ≡ne2τ/mと書くことができます。

 

ここで,電荷のない空間におけるマクスウェル方程式∇= 0,∇= 0 ,∇×=-(1/c)(∂/∂t),∇×=4π/c+(1/c)(∂E/∂t)(伝統的なc.g.s単位)から,振動数表現での電磁波の方程式を求めることができます。

 

∇×=-(1/c)(∂/∂t)の回転を取れば,∇×(∇×)=-∇2(iω/c)(∇×)=(iω/c)(4πσ/c-iω/c)です。すなわち-∇22/c2)(1+4πiσ/ω)が得られます。

ところで,誘電定数(誘電率)がεの誘電体中での電場に対する波動方程式は∇2(ε/c2)(∂2/∂t2)です。(c.g.s単位では真空の誘電定数ε0は1) これは振動数表現では,-∇22/c2です。

これを-∇22/c2)(1+4πiσ/ω)と比較すれば,振動数に依存した誘電定数ε(ω)がε(ω)=1+4πiσ(ω)/ω=1+4πiσ0 /{ω(1-iωτ)}によって与えられることがわかります。

 

それ故,ωτ>>1ではε(ω)~1-(4πne2/m)/ω21-ωp22なる誘電定数の表現式を得ます。ここで,ωp24πne2/mで与えられるωpは電子のプラズマ振動数と呼ばれています。

上の議論を電子の振動による誘電定数ではなく,イオンの振動による誘電定数に置き換えると,εbareion(,ω)~1-Ωp22,Ωp24πni(Ze)2/M=(Zm/M)ωp2 (ni=ne/Zはイオン数密度,Mはイオン質量)となります。

さらに,εel()をトーマス・フェルミの遮蔽理論で与えられた電子で遮蔽され誘電定数εel(,ω)=1+02/q2である,とすれば,結局ε(,ω)=εel(,ω)+εbareion(,ω)-1 は,ε(,ω)=1+02/q2-Ωp22と書けます。

 

ここで,εdression(,ω)=1+[εbareion(,ω)-1]/εel(,ω)を利用してεdression(,ω)=1-Ωp2/{εel(,ω)ω2}≡1-ω()22ω()を定義すると,1/ε(,ω)=1/[εdression(,ω)εel(,ω)]により,1/ε(,ω)=1/(1+02/q2)[ω2/{ω2-ω()2}]と書くこともできます。

記事「ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(2)」において電子のみによって遮蔽されたクーロンポテンシャル=遮蔽ポテンシャルのフーリエ変換が,4πe2/[εel(,ω)k2]=4πe2/(k202)で与えられることを見ました。

 

完全な誘電定数ε(,ω)を用いた遮蔽ポテンシャルは,等式:1/ε(,ω)=1/[εdression(,ω)εel(,ω)]によれば,4πe2/[ε(,ω)k2]=[4πe2/(k202)][ω2/{ω2-ω()2}]で与えられることがわかります。

それ故,波数ベクトル'を持つ1対の電子について,'とし,交換される"フォノン=格子振動"の角振動数をω=(εk-εk')/hcとすれば,クーロン力は有効相互作用として[4πe2/(q202)][ω2/{ω2-ω()2}]なる表現で与えらます。

衣を着たフォノンの振動数ω()はデバイ振動数ωD程度です。

 

そこで,1対の電子のエネルギーεk k'の差がhcωDよりずっと大きいときにはフォノンによる補正は無視できますが,εk k'の差がhcωD 以下になると,ω2<ω()2となってフォノンによる寄与:2/{ω2-ω()2}]は負になります。

 

このため,クーロン力の有効相互作用が符号を変えて,斥力から引力に変わろことになります。

 

この過剰遮蔽が,近代的な超伝導理論において,決定的役割を果たすわけです。

 

なお,Ωp2p2=(Zm/M)<<1であり,振動数がω~ωD~Ωp程度の格子振動に対しては,ε(ω)=1+4πiσ(ω)/ω=1+iωp2τ/{ω(1-iωτ)}~1+iωp2τより,金属は不透明であり,

 

ん?おかしいなあ。。c.g.s単位では,ω→ 0の極限でε(ω) → 1となるはずなのに。。。,そうか,そもそもω→ 0では-∇22/c2)(1+4πiσ/ω)や-∇22/c2などの電磁波の振動数表現という設定そのものが破綻していますね。

 

それ故,いずれにしてもω~ωD~Ωp程度の長波長,低振動数の格子振動=フォノン,について論じている限り,誘電定数を見積もる際にεel(,ω)においてε(ω)=1+4πiσ(ω)/ωの第2項の寄与は無視してよいはずです。

 

まあ,こういうところが"物理学は完全に数学であるというわけではない"というところでしょうかね。

参考文献:アシュクロフト・マーミン 著(松原武生・町田一成 共訳)「固体物理の基礎(上・Ⅰ)(下・Ⅰ)」(吉岡書店)

 

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2007年6月18日 (月)

ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(3)

次に,主としてLandauによるFermi液体論の概要を紹介します。

 

これは,次の疑問(a),(b)を明らかにするものです。

 

(a) 電子間相互作用が強いのに,なぜ独立電子近似

(相互作用している多くの電子が存在するという実際の問題

各電子個々のSchroedinger方程式を考えることで近似する

方法)がうまくいくのか?

 

(b) 多くの場合,特に輸送現象の計算において,電子間相互作用

の結果をどう定性的に考慮すればいいか?

 

実際,これまでの議論で電子間相互作用を解析してきた結果として,

1電子準位と波数ベクトルとの関係は,かなりの変更を受けること

を知りました。

 

しかし,ここで対象としてきたハートリー近似やハートリー・

フォック近似にしても,"金属の電子的性質は1電子準位の特定

の組の占有によって決まる"という独立電子近似であるという

基本的構造は変わっていません。

 

そこで,まず一般の相互作用をしていない電子の系を想定し,それ

らにゆっくりと相互作用が入ってゆくという描像を考えます。

 

このとき2種類の効果が生じます。

 

(ⅰ)各1電子準位のエネルギーが変化する。

 

 これは既にハートリー・フォック近似とその改良されたもの

で示されました。

 

(ⅱ)電子は散乱されて電子の準位から出たり入ったりする。

もはや定常ではない。

 

 これはハートリー・フォック近似においては生じなかった

ことです。

 

ここで,(ⅱ)の散乱が独立電子近似を無効にする程深刻なもので

あるか否かは,散乱の頻度がどの程度のものであるかに依存して

います。

 

それが十分少ないものであれば,輸送現象の説明に用いた緩和時間

を導入して他の散乱メカニズムと同様な議論で扱うことができます。

 

そして,電子-電子散乱における緩和時間が他の緩和時間より

はるかに長いとすれば,この散乱を無視し去ってよいので,

1電子準位と波数ベクトルとの関係を変更しさえすれば,

独立電子近似を用いて差し支えない,

ということができます。

 

Coulonb相互作用は遮蔽されたときでさえ強いので,通常は

電子-電子散乱の頻度はかなり高いと考えてよいと思われます。

 

しかし,Pauliの排他原理は,着目する多くの場合に散乱頻度を

極端に減らすように働きます。

 

電子の配置が熱平衡からあまりずれていないときには,こうした

減少効果が起こります。

 

例えば,N電子の場合にこうした排他原理による散乱頻度への影響

を見るため,

 

まず,N電子状態が,満ちたFermi球(T=0 での平衡状態)と,

エネルギー準位εがε=ε1>εFの励起電子から成ると仮定

します。

 

このε=ε1>εFの電子が散乱されるためには,εFより小さい

エネルギー:ε=ε2<εFを持つ電子と相互作用する必要があり

ますが,電子のエネルギーがεFより小さい電子状態は全て占有

されているので,

 

排他原理によって散乱相互作用の後には,この2つの電子は,

空いている状態にのみ散乱されます。

 

したがって,それらの状態のエネルギー準位をε=ε34

すればε3>εF4>εFが満たされています。

 

それ故,ε1>εF2<εF3>εF4>εFで,

ε1+ε2=ε3+ε4 となります。

 

ε=ε1が丁度εFに等しいとき,つまりε1=εFを満たすときには,

エネルギー保存:ε1+ε2=ε3+ε4は,ε2=ε3=ε4=εFの場合

にのみ満足されます。

 

すなわち,このときには電子2,3,4にとって許される波数

ベクトル空間の体積がゼロの領域:Fermi上のみです。

 

そして,Fermi面は面積はあっても体積がゼロのため,

これによる散乱過程に許される位相体積はゼロです

から,散乱断面積への寄与は無限に小さいということ

になります。

 

これは,T=0 でのFermi面上の電子の寿命は無限大であると

表現することもできます。

 

ε=ε1がεFと少し異なる場合には,

散乱過程に許される位相体積は少し増加するため,電子2,3,4

はFermi面をはさんだ厚さが|ε1-εF|程度の殻の中を,

ε1>εF2<εF3>εF,ε4>εF,かつ,

ε1+ε2=ε3+ε4を満足しながら動くため,

散乱の頻度は1-εF)2程度の大きさになります。

 

励起電子準位を,T=0 の"詰まったFermi球"に付け加えられた

準位ではなく,有限温度T>0 での電子の熱平衡の分布に付け

加わえられたものとすれば,

 

εFを中心として(kBT)程度の幅の殻の中に部分的に占有された

準位が存在します。

 

このため,ε1=εFであってもε1+ε2=ε3+ε4を満足する

エネルギーには選択の余地があって,(kBT)程度の幅を持つため,

この位相体積が,散乱頻度:1/τ(τは緩和時間)に,(kB)2程度

の寄与をします。

 

以上から,有限温度:T>0 でFermi面の付近にあってエネルギー

値がε=ε1で指定された電子が受ける散乱頻度:1/τは,

 

エネルギー:ε1と温度Tの両方に依存し,ε1やTに依らない係数

,bを用いて,1/τ~a(ε1-εF)2+b(kB)2なる近似式で

表現できるとわかります。

 

ほとんどの低エネルギーの金属の性質は,Fermi球の内部にある

凍結された電子ではなくFermiエネルギーεFから(kBT)程度の

範囲にある電子に強く影響されるので,

 

物理的に意味のある緩和時間τは 1/T2のように挙動します。

 

この1/τを定量的に見積もるための議論をしてみます。

 

まず,緩和時間τの温度依存性は完全に1/T2で規定されるとします。

 

"最低次の摂動論:Born近似"を用いると,1/τは,

相互作用ポテンシャルのFourier変換の平方の形で電子-電子

相互作用に依存します。

 

遮蔽に対する議論によって,それは 4πe2/k02より常に小さい

Thomas-Fermiの遮蔽ポテンシャルで表現できます。

 

したがって,緩和時間:1/τは温度依存がT2で規定され,さらに

4πe2/k02の平方の形で相互作用に依存するので,

1/τ∝(kB)2(4πe2/k02)2,あるいは,

1/τ∝(kB)22c2/mkF2)2 なる形になります。

 

これの比例定数を求めるために,(kB)2は固定して,

他にはkF,m,hcのみを使って次元解析をすると,

1/τ=A(kB)2/(hcεF);εF=hc2F2/(2m)を作る

ことができます。

 

無次元量Aはオーダー的に,1~100程度としておきます。

 

常温で(kBT)は10-2eV程度Fは1eV程度ですから,

(kB)2F10-4eV程度です。

 

それ故,上の評価式では金属内の電子-電子散乱の寿命τは,

10-10 秒程度になります。

 

これは典型的な金属の常温での緩和時間10-14秒に対応する

主要な散乱機構に対して,電子-電子散乱が104倍だけ少ない

頻度でしか起こらないことを意味します。

 

しかも,低温では寿命τは 1/T2で増加しますから,

電子-電子散乱は全温度でほとんど影響がないとみてよい

ことになります。

 

こうして,少なくともFermiエネルギー:εFから(kBT)の

領域の状態については,電子-電子相互作用によって独立

電子近似が無効になることはないことが示されました。

 

以上の議論は,もし独立電子近似が第1近似として"よいもの"

であれば,少なくともFermiエネルギー:εFの付近では,たとえ

相互作用が強くても.この独立電子描像が有効でなくなること

はない,ということを主張しています。

 

しかし,"電子-電子相互作用が強いときに独立電子近似が第1

近似として正しい。"ということは全く有りそうもないこと

ですから,上述の論理をどう解釈すべきか?を調べる必要が

あります。

 

Landauウはこの難問を,"独立電子描像は正しい出発点ではない。"

と初めから認めることによって解決しました。

 

しかし,彼は,もし電子ではなく"独立なある何か"が正しい第1近似

を表わしているなら,上の議論は適用可能であることを強調しました。

 

そして,彼はこの"独立なある何か"が存在するとしたき,それを

"準粒子(quasi-particle)"と名付けました。

 

Landauによると"準粒子"の定義の概要は次のようなものです。

 

相互作用をしていない電子系に電子-電子相互作用が入って

ゆき,やがて強く相互作用するN電子系の状態へと移行してゆく

際,相互作用をしていない電子系状態と1対1に対応付けられる

状態へと連続的に移行すると仮定します。

 

相互作用をしていないN電子系の励起状態は,基底状態からどの

程度異なっているか?,

 

すなわち,kF以上を占有する準位の波数ベクトル1,2,..,n

と,kF 以下の空いている準位1',2',..,m'とを列挙すること

で特徴付けることができます。

 

そこで,強く相互作用しているN電子系について,上のように特徴

付けられた系の状態と1対1に対応付けられる状態を,

 

m個の電子1',2',..,m'の準位から励起して,

n個が励起準位:1,2,..,nに存在する,ということ

記述することにします。

 

このとき,励起状態のエネルギーは,基底状態のエネルギーに

ε(1)+ε(2)+..+ε(n)-ε(1')

-ε(2')-..-ε(m') を加えたものです。

 

このように記述できる状態を"準粒子"といいます。

 

ただしε()の具体的形,つまり,εとの関係を決定するのは

とても難しい問題です。

 

Fermi液体,すなわち相互作用のあるFermi粒子系を考察して

電子-電子相互作用がどのように作用するかを調べてみます。

 

ここでFermi-Dirac統計に従う相互作用粒子系を,正常Fermi系

と呼びます。そして,以下,正常Fermi液体を想定します

 

多くの電子が相互作用している系において,"準粒子描像"が正しい

とすると,電子-電子相互作用によって,まずは自由電子とは異なる

励起エネルギーの値ε()が生じます。

 

これは,輸送過程の構造に重要な意味を持っています。

 

すなわち,金属中に電流や熱流が生じたとき,電子の分布関数

g()は熱平衡のときの値:f()から変化します。

 

ここで,もし電子が独立であるとすると,金属中に電流や熱流が

生じても,これはεとの関係式に何の影響も与えません。

 

しかし,"準粒子"の場合のエネルギーは電子-電子相互作用の帰結

ですから,他の電子の配置が変化すれば変わるはずです。

 

分布関数がδn()=g()-f()だけ変われば,

 

線形応答理論によって, 

"準粒子"のエネルギーは,

δε()=(1/V)Σkk'(,')δn(')だけ変化を

受けます。

 

これはハートリー・フォック理論で,誘電定数が,

ε()=1+(4πe2/q2)[∂n0/∂μ]で与えられる

ときに見たのと同じ事態です。

 

そこでは,f(,')は4πe2/(')2なる形でした。

より正確にはfは遮蔽されたハートリー・フォック理論の

形:4πe2/[(')2+k02]で与えられます。

 

一般には,どちらの近似形も正しいわけではなく正確なf関数

を計算するのは困難です。

 

しかし,正しい輸送理論においては,

δε()=(1/V)Σkk'(,')δn(')

という関係式が存在するということだけは間違いない

と思われます。

 

しかし,ここで最も重要な結論の1つは,時間に依存しない過程

ではf関数は輸送理論から落ちて効かず,輸送理論では電子-電

子相互作用は非定常な散乱過程による散乱頻度に影響する

という意味でのみ重要になる。ということです。

つまり,単純な独立電子近似は定常過程のみに対応し,

"準粒子近似"は非定常散乱を伴う過程に対応しています。

 

そして,単なる電子ではなく実は"準粒子"を扱っているのだ

ということを認識していて忘れないなら,独立電子描像は極

めて正しい扱いであると考えてよいでしょう。

  

以上でこの項目,ハートリー・フォック近似を終わります。

 

参考文献:アシュクロフト・マーミン 著(松原武生・町田一成 共訳)「固体物理の基礎(上・Ⅱ)(固体のバンド理論)」(吉岡書店)

 

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2007年6月17日 (日)

ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(2)

電子間相互作用の最も単純で重要な現象は遮蔽効果です。

 

 周期ポテンシャルがある場合の遮蔽はかなり複雑で,

これを論じるのにも自由電子の形を使わざるを得ない

場合もあります。

 

 そこで,簡単のために自由電子ガス近似が有効な場合

遮蔽に話を限定します。

 

 正電荷を持った重い粒子が,電子ガスの中の与えられた

位置に置かれ,そこに固定されているとします。

 

 その粒子は電子を引き付け,自分の近くに余分の負電荷

を作り出すため,正電荷の正味の量に対応する場を減少さ

せます。これを電子による遮蔽効果と呼びます。 

 

 この遮蔽効果を扱うのに2つの静電ポテンシャルを導入

します。

 

 第1のポテンシャル:φextは正電荷粒子そのものから生じる

もので,その電荷密度をρextとすると,これはPoisson方程式:

 -∇2φext()=4πρext() を満足します。

 

 また,第2のポテンシャル:φは正電荷粒子と.それが生み

出した遮蔽電子雲とで作られたもので,遮蔽も含めた全電荷密度

をρとすると,Poisson方程式:-∇2φ()=4πρ()を満足

します。

 

 ここで,全電荷密度ρ()は,ρ()=ρext()+ρind()

与えられます。

ただし,ρind()は外部電荷密度ρext()によって誘起された

電荷密度を示しています。

 

 誘電体の理論と同じく,φとφextはε(,')を局所誘電率

として,方程式:φext()=∫d'ε(,')φ(')で線形

に結ばれているとします。

 

 空間的に一様な電子ガスであると仮定すれば,ε(,')は

2点,'の相対的な距離だけに依存すると考えられるので

ε(,')=ε(')としてよいことになります。

 

 このとき,φext()=∫d'ε(')φ(')

です。

 

 これは,2つの関数のたたみこみ積分なのでこれの

Fourier変換は,それぞれの関数のFourie変換の積に

なります。

 

 すなわち,

 ε()=∫dexp(-iqr)ε()

 ⇔ε()=∫d(2π)-3exp(iqr)ε() 

 φ()=∫dexp(-iqr)φ()

 ⇔φ()=∫d(2π)-3exp(iqr)φ();

 φext()=∫dexp(-iqrext()

 ⇔φext()=∫d(2π)-3exp(iqrext()

とすれば,

 

 φext()=ε()φ() です。

 

 ε()は金属の誘電定数と呼ばれるもので,

 φ()=φext()/ε()とも書けます。

 

 直接計算するのに最も便利な量はε()ではなく,電子ガスに

誘起された電荷密度ρind()です。

 

 ρindとφが線形関係にあるとして,それをFourier変換の形で

 ρind()=χ()φ()と書けば,

 

 -∇2φext()=4πρext(),-∇2φ()=4πρ(),および,

 ρ()=ρext()+ρind()より,

 

 {q2/(4π)}[φ()-φext()]=χ()φ(),

または,φ()=φext()/[1-4πχ()/q2]

が得られます。

 

 これと,φ()=φext()/ε()から,

ε()=1-4πχ()/q21-4πρind()/{q2φ()}

を得ます。

 

 ここまでは,外部の電荷の作用が十分に弱い摂動であるため,

それに対する電子ガスの応答が線形である,という仮定をした

ことを除けば,何も近似をしていません。

 

 しかし,χを計算しようとすると,重大な近似をすることが必要

になります。

 

 そして,χの計算には2つの良く知られた理論があります。

 

 その第1の理論はThomas-Fermiの方法で,第2の理論は

 Lindhard(リンドハルト)法です。

 

 これらは両者とも不純物に誘起された電荷を一般的な

Hartree理論を用いて計算するものを簡単化したものです。

 

 まず,Thomas-Fermiの遮蔽理論です。

 

 全ポテンシャル:φ=φext+φindがあるときの電荷密度を

見出すためにHartree近似を用いる場合,基本的には1電子

のSchroedinger方程式:

{-hc2/(2m)}2ψi()-eφ(i()=εiψi()

を解き,ρ()=-eΣii()|2を用いて1電子波動関数:

ψi()の組から電子密度を求める必要があります。

 

 Thomas-Fermiの方法は,全ポテンシャルφ()が対して

"十分ゆっくり変化する"関数の場合に実行可能な近似の単純化

です。

 

 ここで,"十分ゆっくり変化する"というのは,"位置にある

電子のエネルギーと波数ベクトルの関係式を指定することが

意味を持つ"としてよいということとします。

 

そして,その関係式をε()=hc22/(2m)-eφ()によって

指定します。

 

左辺がの関数なのに,右辺のポテンシャルはの関数

与えられるという等式になっているという表現が,

"十分ゆっくり変化する"という仮定の内容を表わして

います。

 そして,この表式によれば,この場合の1電子のエネルギー

自由電子の値から全ポテンシャルの値だけ異なることが

わかります。

 明らかに,ε()=hc22/(2m)-eφ()は波束を考えるとき

にだけ意味を持ちます。そして,その波束は少なくとも 1/kF

程度の拡がりを持ちます。

 そこで,計算はk<<kFに対してのみ近似的に正しいと考えら

れます。

 

したがって,

{-hc2/(2m)}2ψi()-eφ(i()=εiψi()の解は,

ε()=hc22/(2m)-eφ()のエネルギーを持つ電子を記述

しています。

 

 そうした電子によって作られる全電荷密度

ρ()=-en()=-eΣii()|2を計算するために

フェルミ粒子(Fermion)の熱平衡状態での数密度()

に対する表式を用いることに

すると,

 n()

={1/(4π3)}∫d/[exp(β{c22/(2m)-eφ()-μ}+1]

(β=1/kBT) が得られます。 

 誘起された電荷密度はρind()=-en()+en0

与えられます。

 これの右辺第2項は一様な正電荷のバックグラウンドに

よる電荷密度です。

 

 バックグラウンドの数密度n0(μ)はφextがないとき,それ故,

φがないときの数密度ですから,

0(μ)={1/(4π3)}∫d/[exp(β{c22/(2m)-μ}+1]

なる表式で与えられます。

 

 この表式では,0(μ+eφ)=n()

={1/(4π3)}∫d/[exp(β{c22/(2m)-eφ()-μ}+1]

とも表現できますから,

ρind()=-e[n0(μ+eφ)-en0(μ)]という形に書けます。

これがThomas-Fermi理論の基礎方程式です。

φが十分小さいなら,ρind()=-e[n0(μ+eφ)-en0(μ)]

の右辺を,そのTaylor展開の初項で置き換えて,

ρind()=-e2φ[0 /∂μ]と書くことができます。

 

 これをρind()=χ()φ()と比較すれば,χ()は

依らない定数で与えられ,χ()=-e2[0 /∂μ]

となります。

 そして,これをまた

ε()=1-4πχ()/q21-4πρind()/{q2φ()}

に代入すると,ε()=1+4πe2[0 /∂μ]/q2なる

誘電定数ε()の表現が得られます。 

 ここでThomas-Fermiの波数と呼ばれる定数k0

024πe2[0 /∂μ]で定義すると,ε()=1+02/k2

となります。

 

 k0の意味を見るために,外部ポテンシャルが点電荷のそれ:

 φext()=Q/r,φext()=4πQ/q2である場合を考えます。

 

 この場合,φ()=φext()/ε()=4πQ/(q202)

ですから,φ()=(4πQ)∫d(2π)-3exp(iqr)/(q202)

=Qexp(-0)/rとなります。

 

 これは,遮蔽型のCoulombポテンシャルとか,湯川ポテンシャル

として,よく知られているものです。

 次に,Lindhaldの遮蔽理論です。

 

 Lindhaldの方法でも1電子Schroedinger方程式:

 {-hc2/(2m)}2ψ()-eφ()ψ()=εψ()

から出発します。

 

 Thomas-Fermiの方法とは異なり,φがゆっくり変化する

という半古典近似は使用しません。

 その代わり,初めから誘起されたポテンシャルには

全ポテンシャルの1次の寄与までを必要とするという摂動論

を用います。

φ≡0 のときの1電子Schroedinger方程式の波数ベクトル

対応する解をψk0()とすると,摂動V()=-eφ()に

対する定常摂動論により,これの1次までの波動関数は

ψk()=ψk0()+Σk'[<ψk'0|V|ψk0>/{ε0()-ε0(')}]

となります。

 

 ただし,ε0()は波数ベクトルに対応するエネルギーです。

 そして,波数の電子がFermi分布:

1/[exp(β{c22/(2m)-μ}+1](β=1/kBT)

従って分布しているとして,

ψk()=ψk0()+Σk'[<ψk'0|V|ψk0>/{ε0()-ε0(')}]

を電荷密度の表式:

ρ()=-eΣk()|2=ρ0()+ρind()

に代入してρind()

を求めるわけです。

 

 実際にρind()のFourier変換:ρind()を求めると,

 ρind()

 ={-e2/(4π3)}∫d(fq/2-fq/2)φ()/{c2(kq)/m}

 となります。

 

 すなわち,χ()=ρind()/φ()

={-e2/(4π3)}∫d(fq/2-fq/2)/{c2(kq)/m}

が得られます。

 

qがkFに比べて小さいときには0 の周りで展開して,

±q/2=f±{hc2(kq)/(2m)}[∂f/∂μ]+O(q2)

となり,右辺第1項のqの1次項はThomas-Fermiの結果を

与えます。

 

しかし,qがkF程度になるとLindhaldの誘電定数には

かなりの構造が現われてきます。

特に,T~ 0 では正確に積分が実行できて,

χ()={-e2mkF/(hc2π2)}[(1/2)

{(1-x2)/(4x)}log|(1+x)/(1-x)|

;x≡q/(2kF)

が得られます。

 q~F (x=1)では誘電定数ε=1-4πχ/q2は解析的

ではありません。

 そのため,点電荷の遮蔽ポテンシャルは遠くで

φ(r)~cos(2kF)/r3のようにゆっくり振動しながら減衰する

という挙動を持つ項を含んでいます。 

 また,外部の電荷密度に時間依存性exp(-iωt)がある場合

には誘起されたポテンシャルと電荷密度もまた同じ依存性を

示し,誘電定数は波数だけでなく角周波数ωにも依存する

と考えられます。

 

 衝突が無視できるような極限では定常摂動論のLindhaldの

議論を非定常摂動論に容易に一般化できます。

 すなわち,ε()=1

+[e2/(π22)]∫d(fq/2-fq/2)/[c2(kq)/m]

の被積分関数の分母にhcωを加えるという修正を行なうだけ

でいいので,

ε(,ω)=1

+[e2/(π22)]∫d(fq/2-fq/2)/[c2(kq)/m+hcω]

となります。

 ここまで外部から与えられた電荷分布に対する金属電子の

遮蔽効果を論じてきました。しかし,遮蔽は金属内の2つの

電子の相互作用にも影響を与えます。

 

というのは,残りの電荷から見て,その2つの電子を外部電荷

とみなすことができるからです。

 こう考えることでHartree-Fock方程式に戻ると重要な改善

をすることができます。 

 自己無撞着なHartree場の項は,それ自身が遮蔽を与える項

なので,これを勝手にいじるわけにはいきませんが,

"自由電子近似での交換項の期待値"

=-(4πe2/V)Σk,k'(1/|'|2)

=-{4πe2/(2π)3}∫k<kF'(1/|'|2)

=-(2e2F/π)F(k/kF)

F(x)≡(1/2)+{(1-x2)/(4x)}log|(1+x)/(1-x)|

において,Coulomb相互作用の寄与 1/|'|2を遮蔽

された形の 1/[ε(')|'|2]に置き換える

補正を加えるのが妥当と考えられます。

 

 前記事でも述べたように,この補正によって,k~kF

金属の速度()=[(∂ε()/∂)/hc]が異常発散する

という特異性を除去することができます。

参考文献:アシュクロフト・マーミン 著(松原武生・町田一成 共訳)「固体物理の基礎(上・Ⅱ)(固体のバンド理論)」(吉岡書店)

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2007年6月15日 (金)

ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(1)

前記事までの陽イオン(ion)の格子振動をフォノン

(phonon)と捉えて論じる,という描像とは前後しますが,

 

謂わゆる"静止格子模型"においての金属中の電子の性質

を調べるための方法として採用されるもの,を考察します。

 

 

すなわち,今日は,静止した格子イオンの周期ポテンシャル

の中で,電子-電子相互作用の効果をも取り入れた多体近似式

の1つとしてハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似に

ついて,おさらいをしてみます。

 

格子イオンによる周期ポテンシャルが存在している金属内

電子間相互作用の効果をも含めると,独立電子近似として

各電子ごとに独立した1粒子のSchroedinger方程式:

{-hc2/(2m)}2ψ()+U()ψ(r)=εψ()

を設定する際のポテンシャルU()をうまく選定すること

すら,かなり厄介な問題となります。

 

基本的には,こうしたU()を粗い近似としてではなく,精密

に選ぶことは不可能であると思われます。

 

ただし,hc≡h/(2π)でhはPlanck定数です。

 

近似によらず,金属中の電子を正しく計算しようとすれば,

改めて莫大な個数:全N個の電子のN粒子波動関数を,

Ψ(11,22,..,NN)として,

 

H^Ψ=Σi=1N[{-hc2/(2m)}i2Ψ-Ze2ΣR(1/|i|)Ψ]

+(1/2)Σi≠j(e2/|ij|)Ψ=EΨ

という正しい表式から出発すべきでしょう。

 

もちろん,こうした方程式を近似を行なうことなく解くことは,

不可能と思われるので,物理的考察を行なって簡単化する必要が

あります。

 

(※↑もっとも,昨今はコンピュータも進化し,数値計算技法も

発達してきているので,数値計算の近似以外の近似を行なうこと

なく,強引に解いてしまう計算物理学的手法もありそうですが。。)

 

1つには,再び,1電子Schroedinger方程式:

{-hc2/(2m)}2ψ()+U()ψ(r)=εψ()

を想定して,これが意味を失わない程度にポテンシャル:U()

を比較的正しい近似で表現することを考えるやり方があります。

 

 

このU()は,まず,イオンによる効果:

ion()≡-Ze2ΣR(1/||) を含んでいます。

 

さらに,注目している1電子は他の全ての電子の作る電場

をも感じるはずですから,電子が今のところは未知の電荷

密度:ρ()=-eΣii()|2で分布していると仮定して,

 

電子間相互作用を平均化近似した平均場ポテンシャル:

el()≡-e∫d'ρ(')/|'|

を作ります。

 

全体の独立電子ポテンシャル:U()には,これの効果も含まれる

はずです。

 

ここでψi()は,この金属系において準位iにある個々の電子の

1電子波動関数です。

 

それ故,

()=Uion()+Uel()とおいて1電子方程式を作れば,

形式的な方程式系:

{-hc2/(2m)}2ψi()+Uion(i(r)

+[e2∫djj()|2/|'|]=εiψi()

が得られます。

 

 

このように各々の占有された1電子準位ψi()に,それぞれ,

1電子方程式が存在しているという近似で得られた一連の方程式

はハートリー方程式(Hartree equation)として知られています。

 

そして,この方程式を具体的に解くには,

まず,1電子波動関数:ψi()を適当に予測仮定して,

el()=e2∫djj()|2/|'|を作り,

 

そのUel()に対する1電子方程式:

{-hc2/(2m)}2ψi()+Uion(i(r)

+[e2∫djj()|2/|'|]=εiψi()

を,例えば数値計算によって解きます。

 

そして,これで得られた近似解:ψi()をUel()の表式に代入

して,新たに得られた1電子方程式を解くという逐次近似の方法

を採用します。

 

理想的には,この逐次近似法の繰り返しは,Uel()が繰り返し計算

の前後で不変になるまで続ければいいということになります。

 

こうした理由で,"Hartree方程式を用いたこの近似=Hartree近似"

は自己無撞着場(self-consistent)の近似と呼ばれています。

 

電子-電子相互作用の存在によって生じる問題は,こうした単純な

自己無撞着場近似を用いて正しく扱うことはできませんが,この

近似を通じて把握できる幾つかの重要な物理的側面があります。

 

例えば,以下のような側面です。

 

(ⅰ)自己無撞着場の方程式を拡張し,交換相互作用として知られる

相互作用を取り入れる。

 

(ⅱ)遮蔽現象:これは電子間相互作用に対するもっと正確な理論

展開する際や,イオン,不純物,他の電子などの荷電粒子に対する

金属中の電子の応答を調べる際には重要になる。

 

(ⅲ)LandauのFermi液体論:これについては金属の電子的性質に対

する電子間相互作用の定性的な効果を研究するための現象論的な

手段を与える。

 

 

などです。

 

以下では,これらを論じます。

 

なお,電子間相互作用を系統的,かつ本格的に扱うという問題

多体問題と呼ばれ,これを扱う系統的方法として,場の理論

や,それにおける摂動法での伝播関数の描像をも含めた一般的

なGreen関数の方法などがあるようです。

 

では,まず(ⅰ)の交換相互作用(交換力)について論じましょう。

 

まず,N電子系の正確なSchroedinger方程式:H^Ψ=EΨに

戻ります。

 

量子論の変分原理によれば,これの解Ψは,

これと等価な変分形式:H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>

を停留値にする状態:Ψを求めることで得られます。

 

特に,基底状態の波動関数は,<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>

を最小にするΨです。

 

そこで,Hartree方程式の解は,

Ψ(11,22,..,NN)

=ψ1(112(22)..ψN(NN)の形の全てのΨについて

<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>を最小にするものを求める

ことから得られる,と考えられます。