« フォノン(3)(調和結晶の量子論) | トップページ | ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(2) »

2007年6月15日 (金)

ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(1)

前記事までの陽イオン(ion)の格子振動をフォノン

(phonon)と捉えて論じる,という描像とは前後しますが,

 

謂わゆる"静止格子模型"においての金属中の電子の性質

を調べるための方法として採用されるもの,を考察します。

 

 

すなわち,今日は,静止した格子イオンの周期ポテンシャル

の中で,電子-電子相互作用の効果をも取り入れた多体近似式

の1つとしてハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似に

ついて,おさらいをしてみます。

 

格子イオンによる周期ポテンシャルが存在している金属内

電子間相互作用の効果をも含めると,独立電子近似として

各電子ごとに独立した1粒子のSchroedinger方程式:

{-hc2/(2m)}2ψ()+U()ψ(r)=εψ()

を設定する際のポテンシャルU()をうまく選定すること

すら,かなり厄介な問題となります。

 

基本的には,こうしたU()を粗い近似としてではなく,精密

に選ぶことは不可能であると思われます。

 

ただし,hc≡h/(2π)でhはPlanck定数です。

 

近似によらず,金属中の電子を正しく計算しようとすれば,

改めて莫大な個数:全N個の電子のN粒子波動関数を,

Ψ(11,22,..,NN)として,

 

H^Ψ=Σi=1N[{-hc2/(2m)}i2Ψ-Ze2ΣR(1/|i|)Ψ]

+(1/2)Σi≠j(e2/|ij|)Ψ=EΨ

という正しい表式から出発すべきでしょう。

 

もちろん,こうした方程式を近似を行なうことなく解くことは,

不可能と思われるので,物理的考察を行なって簡単化する必要が

あります。

 

(※↑もっとも,昨今はコンピュータも進化し,数値計算技法も

発達してきているので,数値計算の近似以外の近似を行なうこと

なく,強引に解いてしまう計算物理学的手法もありそうですが。。)

 

1つには,再び,1電子Schroedinger方程式:

{-hc2/(2m)}2ψ()+U()ψ(r)=εψ()

を想定して,これが意味を失わない程度にポテンシャル:U()

を比較的正しい近似で表現することを考えるやり方があります。

 

 

このU()は,まず,イオンによる効果:

ion()≡-Ze2ΣR(1/||) を含んでいます。

 

さらに,注目している1電子は他の全ての電子の作る電場

をも感じるはずですから,電子が今のところは未知の電荷

密度:ρ()=-eΣii()|2で分布していると仮定して,

 

電子間相互作用を平均化近似した平均場ポテンシャル:

el()≡-e∫d'ρ(')/|'|

を作ります。

 

全体の独立電子ポテンシャル:U()には,これの効果も含まれる

はずです。

 

ここでψi()は,この金属系において準位iにある個々の電子の

1電子波動関数です。

 

それ故,

()=Uion()+Uel()とおいて1電子方程式を作れば,

形式的な方程式系:

{-hc2/(2m)}2ψi()+Uion(i(r)

+[e2∫djj()|2/|'|]=εiψi()

が得られます。

 

 

このように各々の占有された1電子準位ψi()に,それぞれ,

1電子方程式が存在しているという近似で得られた一連の方程式

はハートリー方程式(Hartree equation)として知られています。

 

そして,この方程式を具体的に解くには,

まず,1電子波動関数:ψi()を適当に予測仮定して,

el()=e2∫djj()|2/|'|を作り,

 

そのUel()に対する1電子方程式:

{-hc2/(2m)}2ψi()+Uion(i(r)

+[e2∫djj()|2/|'|]=εiψi()

を,例えば数値計算によって解きます。

 

そして,これで得られた近似解:ψi()をUel()の表式に代入

して,新たに得られた1電子方程式を解くという逐次近似の方法

を採用します。

 

理想的には,この逐次近似法の繰り返しは,Uel()が繰り返し計算

の前後で不変になるまで続ければいいということになります。

 

こうした理由で,"Hartree方程式を用いたこの近似=Hartree近似"

は自己無撞着場(self-consistent)の近似と呼ばれています。

 

電子-電子相互作用の存在によって生じる問題は,こうした単純な

自己無撞着場近似を用いて正しく扱うことはできませんが,この

近似を通じて把握できる幾つかの重要な物理的側面があります。

 

例えば,以下のような側面です。

 

(ⅰ)自己無撞着場の方程式を拡張し,交換相互作用として知られる

相互作用を取り入れる。

 

(ⅱ)遮蔽現象:これは電子間相互作用に対するもっと正確な理論

展開する際や,イオン,不純物,他の電子などの荷電粒子に対する

金属中の電子の応答を調べる際には重要になる。

 

(ⅲ)LandauのFermi液体論:これについては金属の電子的性質に対

する電子間相互作用の定性的な効果を研究するための現象論的な

手段を与える。

 

 

などです。

 

以下では,これらを論じます。

 

なお,電子間相互作用を系統的,かつ本格的に扱うという問題

多体問題と呼ばれ,これを扱う系統的方法として,場の理論

や,それにおける摂動法での伝播関数の描像をも含めた一般的

なGreen関数の方法などがあるようです。

 

では,まず(ⅰ)の交換相互作用(交換力)について論じましょう。

 

まず,N電子系の正確なSchroedinger方程式:H^Ψ=EΨに

戻ります。

 

量子論の変分原理によれば,これの解Ψは,

これと等価な変分形式:H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>

を停留値にする状態:Ψを求めることで得られます。

 

特に,基底状態の波動関数は,<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>

を最小にするΨです。

 

そこで,Hartree方程式の解は,

Ψ(11,22,..,NN)

=ψ1(112(22)..ψN(NN)の形の全てのΨについて

<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>を最小にするものを求める

ことから得られる,と考えられます。

 

ここで,{ψi(ii)}(i=1,2,..,N)は,直交規格化されたN個

の1電子波動関数の組です。

 

しかし,このN体電子の波動関数Ψの,Ψ=ψ1ψ2..ψNという単純

な形式のままでは,一般に,"N体電子の波動関数は任意の1対の

電子の位置とスピンの変数の入れ換えに対して反対称であるべき

である。"という,Pauliの原理とは相容れません。

 

したがって,最も簡単には,Hartree近似を一般化して波動関数Ψ

単純に反対称化すればいいわけです。

 

それ故,Ψのψiによる表式として,謂わゆるSlator行列式を採用

することにします。

 

 

すなわち,

i(jj)}を,ψi(jj)を(i,j)成分の行列要素とする

N×N行列とし,Ψは,その行列式(determinant)を規格化した

Ψ(11,22,..,NN)=(1/N!)1/2det{ψi(jj)}

という表現,を採用します。

 

これを用いてエネルギーの期待値:

<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>を計算すれば,

 

<H>Ψ=Σi∫dψi*()[{-hc2/(2m)}2+Uion()]ψi()

+(2/2)Σi,j∫d'[1/|'|]|ψi()|2j(')|2

(2/2)Σi,jδsisj∫di*()ψi(')[1/|'|]

ψj*(')ψj()

 

となります。

 

右辺の最後の項は負であり,通常の1電子の組み合わせ:|ψi()|2

の代わりに,積:ψi*()ψi(')を含んでいます。

 

このエネルギー期待値に対して,ψi*の変分に対する変分原理を

適用すると,

 

{-hc2/(2m)}2ψi()+Uion(i()+Uel(i()

-(2/2)Σjδsisj∫d'[1/|'|]ψj*(')ψi(')ψj()

=εiψi()

が得られます。

 

これを,Hartree-Fock方程式と呼び,この近似をHartree-Fock近似

といいます。

 

そして,この方程式は,左辺の第3項の分だけHartree方程式とは

異なっています。この余分の左辺第3項を交換項と呼びます。

 

この方程式もHartree方程式と同じく非線形の方程式です。

 

しかも,交換項は∫V(,')d'という積分演算子の形になって

いますから,これの扱いは,さらにむずかしいものといえます。

 

例外は,周期ポテンシャルがゼロ,または定数の自由電子の場合で,

このときには,ψiを直交規格化された平面波と取ることによって,

方程式は正確に解けます。

 

もっとも,自由電子の場合の解を現実の金属中に束縛されている

電子の場合に適用するのは疑問です。

 

しかし,これは周期ポテンシャルがゼロでも定数でもない現実の

金属電子のHartree-Fock方程式を,より取り扱いやすくするため

の近似を考える際の助けにはなります。

 

すなわち,自由な平面波:

ψi(s)=(1/V)1/2exp(ikr)×(スピン関数)

を考えると,これはHartree-Fock方程式の1つの解となって

います。

 

ただし,Fermi波数:kFより小さい波数ベクトル:はスピンの向き

(up,down)の各々に対応してSlator行列式の中に2度出現します。

 

実際,上記の平面波の組が解であるなら,Uelを決める電荷密度は

一様になりますが,自由電子ではイオンも正に帯電した一様な分布

で表わせるので,これらは互いに打ち消しあって,U=Uion+Uel0

となりますから,相互作用項ポテンシャルの項としては,交換項だけ

が残ることになります。

 

ここで,CoulombポテンシャルをFourier変換すると,

2/|'|=(4πe2/V)Σ(1/q2)exp{i(')}

→ (4πe2)∫d[1/{(2π)32}exp{i(')}

なる表式が得られます。

 

これと,自由平面波:ψi(s)=(1/V)1/2exp(ikr)

×(スピン関数)をHartree-Fock方程式の左辺に代入すれば,

{-hc2/(2m)}2ψi()+Uion(i(r)

+[e2∫djj()|2/|'|]=εi(i()

となります。

 

ここに,εi()=hc22/(2m)-(4πe2/V)Σk,k'(1/|'|2)

=hc22/(2m)-{4πe2/(2π)3}∫k<kF'(1/|'|2)

=hc22/(2m)-(2e2F/π)F(k/kF)

 

ただし,

F(x)≡(1/2)+{(1-x2)/(4x)}log|(1+x)/(1-x)| です。

 

よって,確かに自由平面波がHartree-Fock方程式の1つの解である

ことが示され,波数ベクトルの1電子準位のエネルギーが,

上記のεi()で与えられることがわかりました。

 

そして,N電子系の全エネルギーは,この自由電子近似では,

E=k<kF{hc22/(2m)}-(e2F/π)

Σk<kF [1+{(kF2-k2)/(2kkF)}log|(kF+k)/(kF-k)|]

となります。

 

そして,第2項の和を積分に変えれば,

E=N[3εF/5-3e2F/(4π)]が得られます。

 

この結果は,Rydberg単位:Ry≡e2/(2a0)≒13.6eV

(a0はBohr半径)と,パラメータ:(rs/0)(rsはV/N=4πrs3/3

で与えられる1電子の占める体積の半径),を用いると,

 

/N=e2/(2a0)[3(kF0)2/5-3(kF0)/(2π)]

≒[2.21/(s/0)2-0.916/(s/0)]Ry

と簡単になります。

 

金属中の(rs/0)は大体 2~6なので,第2項は第1項と同程度

大きさですから,金属中の電子のエネルギーを自由電子近似で

評価するときには電子間相互作用を無視できません。

 

より詳しい計算によれば,

電子ガスの基底状態の高密度展開(小さい(rs/0)による展開)

の主要項が,E/N≒[2.21/(s/0)2-0.916/(s/0)

+0.0622log(s/0)-0.096+O(s/0)]Ry

となることがわかっています。

 

ただし,1電子の占有する平均半径:sは,

F(3π2n)1/3=(9π/4)1/3(1/s)を満たす長さです。

 

これによれば,右辺の初めの2項はHartree-Fock近似の結果と

一致しています。

 

しかし,金属の(rs/0)は小さくないので,金属電子に対しては

この展開自体が疑問です。

 

それ故,実際には右辺第3項以下は物理的な意味のない誤差に

過ぎないと思われます。

 

しかし,こうした展開式の導出は電子間相互作用のより正確な

理論を作るための最初の系統立った試みの1つになりました。

 

 

この表式では,自由1電子のエネルギー:c22/(2m)からの

交換項による平均の変化分は,丁度E/Nの表式の右辺第2項

で与えられます。

 

すなわち,<Eexcha>=3e2F/(4π)=-0.916Ry/(s/0)

です。

 

この形から,Slaterは次のような指摘をしました。

 

すなわち,非一様な系,特に格子の周期ポテンシャルがあるとき,

局所的密度から求めたkFを持つ,

<Eexcha>=3e2F/(4π)=-0.916Ry/(s/0)

2倍で与えられる局所エネルギーを,交換項に置き換えれば

Hartree-Fock方程式を簡単化できるという指摘をしました。

 

つまり,∫V(r)d=N=V/(4πrs3/3)=nV,かつ,

(r)=kF()3/(3π2)(n=kF3/(3π2))より,

 

excha()=-3kF()a0y/π

=-(81/π)1/3(a03(r))1/3y≒-2.95(a03(r))1/3y

を,U()=Uion()+Uel()に,さらに加えることで交換項

に代える方程式を提案したわけです。

 

まあ,これらは粗い近似であり,単に種々の近似方法の1つに

しか過ぎないことがわかっていて,特筆すべきほどのものでは

ありません。

 

最後に自由電子近似でのエネルギーの表式:

εi()=hc22/(2m)-(2e2F/π)F(k/kF);

F(x)≡(1/2)+{(1-x2)/(4x)}log|(1+x)/(1-x)|

によれば,k=kFにおいては金属内電子の速度:

[(∂εi()/∂)/hc]対数的に無限大になります。

 

このため,低温の電子比熱がTに比例するという法則を求める

に用いたSommerfeld展開が有効でなくなり,低温の電子比熱

の表現に,[T/{log(T)}]に比例する特異な項が現われます。

 

これは,Coulombポテンシャル:e2/rのFourier変換:(4πe2/k2)

がk=0 において発散することに起因していますから,

Coulombポテンシャル:e2/rを湯川型の遮蔽ポテンシャル:

2 exp(-k0)/rで置き換かえれば,発散は除去されます。

 

次回はこの遮蔽効果について述べることにして,

今日はここまでにします。

 

(※なお,ここでは,記述の簡明さのために電磁気の単位として

MKSA単位ではなく,c.g.s単位を採用しています。)

 

参考文献:アシュクロフト・マーミン 著(松原武生・町田一成 共訳)

「固体物理の基礎(上・Ⅱ)(固体のバンド理論)」(吉岡書店)

 

http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」

サブマネージャーです。

 

人気blogランキングへ ← クリックして投票してください。

(1クリック=1投票です。1人1日1投票しかできません。)

 

http://homepage2.nifty.com/toshis-kaiga-auction/

「健康商品の店 タクザイ」

 

にほんブログ村 科学ブログへクリックして投票してください。

(ブログ村科学ブログランキング)

にほんブログ村 トラコミュ 物理学へ
 物理学

|

« フォノン(3)(調和結晶の量子論) | トップページ | ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(2) »

111. 量子論」カテゴリの記事

109. 物性物理」カテゴリの記事

コメント

YouTube Laboの石川と申します。

弊社の「YouTube Labo」を使えば、Googleの検索結果で
貴社の動画がトップ表示されます!
それによる貴社のメリットやお悩み解消をぜひご覧ください。


Google検索でトップ表示される利点とは?

・たくさんの人があなたの動画を見て、知名度が上がる!
・他の会社と違うところが目立つ!あなたの動画だけが特別になります!
・トップになった後も、ずっとそのままの位置に表示されます!
・なんと、売上が7倍になった実績あります!


こんなお悩みを解決します!

「もっとたくさんの人に自分のサービスや商品を知ってほしい」
「SEO対策や広告を試したけど、思ったような結果が得られなかった」
「集客にお金も人手も足りない」
「他の同じ業種の会社とどう違うかを見せたい」

これらの問題、全部解決しましょう!
さらに今なら対策用の動画6本を無料制作します。
キャンペーンコード:2ris98513


◆YouTube Laboの良いところ

Google検索で一番になると、たくさんの人に見てもらえます。
そして「貴社だけ」が目立ちます。

一番になるまでに必要な時間は、最短で1週間!
すごく早いです。

全ての作業を私たちに任せて大丈夫です。
面倒な作業は何も必要ありません。
更新作業も私たちが行います。

そして、続ける必要もありません。
一度上位になったら、そのままです。
これで集客にかかるコストも削減できます。


貴社の素敵なサービスや商品を、もっとたくさんの人に知らせましょう!
ぜひ「YouTube Labo」を使ってみてください!

もし興味をお持ちいただけましたらご案内いたしますので
下記からどうぞ。
http://yt-labo.jp/l/p9kmPo

また、サービスの詳細はこちらになります。
http://yt-labo.jp/l/uDyu9J


実例を記載しますのでぜひご覧ください。
つい最近対策開始したものもトップ表示されております。

http://yt-labo.jp/l/4riL9P
http://yt-labo.jp/l/HhnLai
※動画に入ると公開日が確認できます


それでは、ご連絡を心よりお待ちしております。


【配信停止はこちら】
今後のご案内が不要の場合は、お手数ですが下記よりお願いいたします。
http://yt-labo.jp/l/cTDyMa

もしくはこちらのメールの件名に「不要」または「停止」と記載しそのままお送りください。

申し訳ございませんが誤った注文・申し込み等はキャンセルとしていただきますようお願いいたします。

投稿: | 2023年7月26日 (水) 18時55分

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(1):

« フォノン(3)(調和結晶の量子論) | トップページ | ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(2) »