ハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似(1)
前記事までの陽イオン(ion)の格子振動をフォノン
(phonon)と捉えて論じる,という描像とは前後しますが,
謂わゆる"静止格子模型"においての金属中の電子の性質
を調べるための方法として採用されるもの,を考察します。
すなわち,今日は,静止した格子イオンの周期ポテンシャル
の中で,電子-電子相互作用の効果をも取り入れた多体近似式
の1つとしてハートリー・フォック(Hartree-Fock)近似に
ついて,おさらいをしてみます。
格子イオンによる周期ポテンシャルが存在している金属内
で電子間相互作用の効果をも含めると,独立電子近似として
各電子ごとに独立した1粒子のSchroedinger方程式:
{-hc2/(2m)}∇2ψ(r)+U(r)ψ(r)=εψ(r)
を設定する際のポテンシャルU(r)をうまく選定すること
すら,かなり厄介な問題となります。
基本的には,こうしたU(r)を粗い近似としてではなく,精密
に選ぶことは不可能であると思われます。
ただし,hc≡h/(2π)でhはPlanck定数です。
近似によらず,金属中の電子を正しく計算しようとすれば,
改めて莫大な個数:全N個の電子のN粒子波動関数を,
Ψ(r1s1,r2s2,..,rNsN)として,
H^Ψ=Σi=1N[{-hc2/(2m)}∇i2Ψ-Ze2ΣR(1/|ri-R|)Ψ]
+(1/2)Σi≠j(e2/|ri-rj|)Ψ=EΨ
という正しい表式から出発すべきでしょう。
もちろん,こうした方程式を近似を行なうことなく解くことは,
不可能と思われるので,物理的考察を行なって簡単化する必要が
あります。
(※↑もっとも,昨今はコンピュータも進化し,数値計算技法も
発達してきているので,数値計算の近似以外の近似を行なうこと
なく,強引に解いてしまう計算物理学的手法もありそうですが。。)
1つには,再び,1電子Schroedinger方程式:
{-hc2/(2m)}∇2ψ(r)+U(r)ψ(r)=εψ(r)
を想定して,これが意味を失わない程度にポテンシャル:U(r)
を比較的正しい近似で表現することを考えるやり方があります。
このU(r)は,まず,イオンによる効果:
Uion(r)≡-Ze2ΣR(1/|r-R|) を含んでいます。
さらに,注目している1電子は他の全ての電子の作る電場
をも感じるはずですから,電子が今のところは未知の電荷
密度:ρ(r)=-eΣi|ψi(r)|2で分布していると仮定して,
電子間相互作用を平均化近似した平均場ポテンシャル:
Uel(r)≡-e∫dr'ρ(r')/|r-r'|
を作ります。
全体の独立電子ポテンシャル:U(r)には,これの効果も含まれる
はずです。
ここでψi(r)は,この金属系において準位iにある個々の電子の
1電子波動関数です。
それ故,
U(r)=Uion(r)+Uel(r)とおいて1電子方程式を作れば,
形式的な方程式系:
{-hc2/(2m)}∇2ψi(r)+Uion(r)ψi(r)
+[e2∫dr'Σj|ψj(r)|2/|r-r'|]=εiψi(r)
が得られます。
このように各々の占有された1電子準位ψi(r)に,それぞれ,
1電子方程式が存在しているという近似で得られた一連の方程式
はハートリー方程式(Hartree equation)として知られています。
そして,この方程式を具体的に解くには,
まず,1電子波動関数:ψi(r)を適当に予測仮定して,
Uel(r)=e2∫dr'Σj|ψj(r)|2/|r-r'|を作り,
そのUel(r)に対する1電子方程式:
{-hc2/(2m)}∇2ψi(r)+Uion(r)ψi(r)
+[e2∫dr'Σj|ψj(r)|2/|r-r'|]=εiψi(r)
を,例えば数値計算によって解きます。
そして,これで得られた近似解:ψi(r)をUel(r)の表式に代入
して,新たに得られた1電子方程式を解くという逐次近似の方法
を採用します。
理想的には,この逐次近似法の繰り返しは,Uel(r)が繰り返し計算
の前後で不変になるまで続ければいいということになります。
こうした理由で,"Hartree方程式を用いたこの近似=Hartree近似"
は自己無撞着場(self-consistent)の近似と呼ばれています。
電子-電子相互作用の存在によって生じる問題は,こうした単純な
自己無撞着場近似を用いて正しく扱うことはできませんが,この
近似を通じて把握できる幾つかの重要な物理的側面があります。
例えば,以下のような側面です。
(ⅰ)自己無撞着場の方程式を拡張し,交換相互作用として知られる
相互作用を取り入れる。
(ⅱ)遮蔽現象:これは電子間相互作用に対するもっと正確な理論
を展開する際や,イオン,不純物,他の電子などの荷電粒子に対する
金属中の電子の応答を調べる際には重要になる。
(ⅲ)LandauのFermi液体論:これについては金属の電子的性質に対
する電子間相互作用の定性的な効果を研究するための現象論的な
手段を与える。
などです。
以下では,これらを論じます。
なお,電子間相互作用を系統的,かつ本格的に扱うという問題
は多体問題と呼ばれ,これを扱う系統的方法として,場の理論
や,それにおける摂動法での伝播関数の描像をも含めた一般的
なGreen関数の方法などがあるようです。
では,まず(ⅰ)の交換相互作用(交換力)について論じましょう。
まず,N電子系の正確なSchroedinger方程式:H^Ψ=EΨに
戻ります。
量子論の変分原理によれば,これの解Ψは,
これと等価な変分形式:<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>
を停留値にする状態:Ψを求めることで得られます。
特に,基底状態の波動関数は,<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>
を最小にするΨです。
そこで,Hartree方程式の解は,
Ψ(r1s1,r2s2,..,rNsN)
=ψ1(r1s1)ψ2(r2s2)..ψN(rNsN)の形の全てのΨについて
<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>を最小にするものを求める
ことから得られる,と考えられます。
ここで,{ψi(risi)}(i=1,2,..,N)は,直交規格化されたN個
の1電子波動関数の組です。
しかし,このN体電子の波動関数Ψの,Ψ=ψ1ψ2..ψNという単純
な形式のままでは,一般に,"N体電子の波動関数は任意の1対の
電子の位置とスピンの変数の入れ換えに対して反対称であるべき
である。"という,Pauliの原理とは相容れません。
したがって,最も簡単には,Hartree近似を一般化して波動関数Ψ
を単純に反対称化すればいいわけです。
それ故,Ψのψiによる表式として,謂わゆるSlator行列式を採用
することにします。
すなわち,
{ψi(rjsj)}を,ψi(rjsj)を(i,j)成分の行列要素とする
N×N行列とし,Ψは,その行列式(determinant)を規格化した
Ψ(r1s1,r2s2,..,rNsN)=(1/N!)1/2det{ψi(rjsj)}
という表現,を採用します。
これを用いてエネルギーの期待値:
<H>Ψ=<Ψ|H^|Ψ>/<Ψ|Ψ>を計算すれば,
<H>Ψ=Σi∫drψi*(r)[{-hc2/(2m)}∇2+Uion(r)]ψi(r)
+(e2/2)Σi,j∫drdr'[1/|r-r'|]|ψi(r)|2|ψj(r')|2
-(e2/2)Σi,jδsisj∫drdr'ψi*(r)ψi(r')[1/|r-r'|]
ψj*(r')ψj(r)
となります。
右辺の最後の項は負であり,通常の1電子の組み合わせ:|ψi(r)|2
の代わりに,積:ψi*(r)ψi(r')を含んでいます。
このエネルギー期待値に対して,ψi*の変分に対する変分原理を
適用すると,
{-hc2/(2m)}∇2ψi(r)+Uion(r)ψi(r)+Uel(r)ψi(r)
-(e2/2)Σjδsisj∫dr'[1/|r-r'|]ψj*(r')ψi(r')ψj(r)
=εiψi(r)
が得られます。
これを,Hartree-Fock方程式と呼び,この近似をHartree-Fock近似
といいます。
そして,この方程式は,左辺の第3項の分だけHartree方程式とは
異なっています。この余分の左辺第3項を交換項と呼びます。
この方程式もHartree方程式と同じく非線形の方程式です。
しかも,交換項は∫V(r,r')dr'という積分演算子の形になって
いますから,これの扱いは,さらにむずかしいものといえます。
例外は,周期ポテンシャルがゼロ,または定数の自由電子の場合で,
このときには,ψiを直交規格化された平面波と取ることによって,
方程式は正確に解けます。
もっとも,自由電子の場合の解を現実の金属中に束縛されている
電子の場合に適用するのは疑問です。
しかし,これは周期ポテンシャルがゼロでも定数でもない現実の
金属電子のHartree-Fock方程式を,より取り扱いやすくするため
の近似を考える際の助けにはなります。
すなわち,自由な平面波:
ψi(rs)=(1/V)1/2exp(ikr)×(スピン関数)
を考えると,これはHartree-Fock方程式の1つの解となって
います。
ただし,Fermi波数:kFより小さい波数ベクトル:kはスピンの向き
(up,down)の各々に対応してSlator行列式の中に2度出現します。
実際,上記の平面波の組が解であるなら,Uelを決める電荷密度は
一様になりますが,自由電子ではイオンも正に帯電した一様な分布
で表わせるので,これらは互いに打ち消しあって,U=Uion+Uel=0
となりますから,相互作用項ポテンシャルの項としては,交換項だけ
が残ることになります。
ここで,CoulombポテンシャルをFourier変換すると,
e2/|r-r'|=(4πe2/V)Σ(1/q2)exp{iq(r-r')}
→ (4πe2)∫dq[1/{(2π)3q2}exp{iq(r-r')}
なる表式が得られます。
これと,自由平面波:ψi(rs)=(1/V)1/2exp(ikr)
×(スピン関数)をHartree-Fock方程式の左辺に代入すれば,
{-hc2/(2m)}∇2ψi(r)+Uion(r)ψi(r)
+[e2∫dr'Σj|ψj(r)|2/|r-r'|]=εi(k)ψi(r)
となります。
ここに,εi(k)=hc2k2/(2m)-(4πe2/V)Σk,k'(1/|k-k'|2)
=hc2k2/(2m)-{4πe2/(2π)3}∫k<kFdk'(1/|k-k'|2)
=hc2k2/(2m)-(2e2kF/π)F(k/kF)
ただし,
F(x)≡(1/2)+{(1-x2)/(4x)}log|(1+x)/(1-x)| です。
よって,確かに自由平面波がHartree-Fock方程式の1つの解である
ことが示され,波数ベクトルkの1電子準位のエネルギーが,
上記のεi(k)で与えられることがわかりました。
そして,N電子系の全エネルギーは,この自由電子近似では,
E=2Σk<kF{hc2k2/(2m)}-(e2kF/π)
Σk<kF [1+{(kF2-k2)/(2kkF)}log|(kF+k)/(kF-k)|]
となります。
そして,第2項の和を積分に変えれば,
E=N[3εF/5-3e2kF/(4π)]が得られます。
この結果は,Rydberg単位:Ry≡e2/(2a0)≒13.6eV
(a0はBohr半径)と,パラメータ:(rs/a0)(rsはV/N=4πrs3/3
で与えられる1電子の占める体積の半径),を用いると,
E/N=e2/(2a0)[3(kFa0)2/5-3(kFa0)/(2π)]
≒[2.21/(rs/a0)2-0.916/(rs/a0)]Ry
と簡単になります。
金属中の(rs/a0)は大体 2~6なので,第2項は第1項と同程度
の大きさですから,金属中の電子のエネルギーを自由電子近似で
評価するときには電子間相互作用を無視できません。
より詳しい計算によれば,
電子ガスの基底状態の高密度展開(小さい(rs/a0)による展開)
の主要項が,E/N≒[2.21/(rs/a0)2-0.916/(rs/a0)
+0.0622log(rs/a0)-0.096+O(rs/a0)]Ry
となることがわかっています。
ただし,1電子の占有する平均半径:rsは,
kF=(3π2n)1/3=(9π/4)1/3(1/rs)を満たす長さです。
これによれば,右辺の初めの2項はHartree-Fock近似の結果と
一致しています。
しかし,金属の(rs/a0)は小さくないので,金属電子に対しては
この展開自体が疑問です。
それ故,実際には右辺第3項以下は物理的な意味のない誤差に
過ぎないと思われます。
しかし,こうした展開式の導出は電子間相互作用のより正確な
理論を作るための最初の系統立った試みの1つになりました。
この表式では,自由1電子のエネルギー:hc2k2/(2m)からの
交換項による平均の変化分は,丁度E/Nの表式の右辺第2項
で与えられます。
すなわち,<Eexcha>=-3e2kF/(4π)=-0.916Ry/(rs/a0)
です。
この形から,Slaterは次のような指摘をしました。
すなわち,非一様な系,特に格子の周期ポテンシャルがあるとき,
局所的密度から求めたkFを持つ,
<Eexcha>=-3e2kF/(4π)=-0.916Ry/(rs/a0)
の2倍で与えられる局所エネルギーを,交換項に置き換えれば
Hartree-Fock方程式を簡単化できるという指摘をしました。
つまり,∫Vn(r)dr=N=V/(4πrs3/3)=nV,かつ,
n(r)=kF(r)3/(3π2)(n=kF3/(3π2))より,
Uexcha(r)=-3kF(r)a0Ry/π
=-(81/π)1/3(a03n(r))1/3Ry≒-2.95(a03n(r))1/3Ry
を,U(r)=Uion(r)+Uel(r)に,さらに加えることで交換項
に代える方程式を提案したわけです。
まあ,これらは粗い近似であり,単に種々の近似方法の1つに
しか過ぎないことがわかっていて,特筆すべきほどのものでは
ありません。
最後に自由電子近似でのエネルギーの表式:
εi(k)=hc2k2/(2m)-(2e2kF/π)F(k/kF);
F(x)≡(1/2)+{(1-x2)/(4x)}log|(1+x)/(1-x)|
によれば,k=kFにおいては金属内電子の速度:
[(∂εi(k)/∂k)/hc]が対数的に無限大になります。
このため,低温の電子比熱がTに比例するという法則を求める
際に用いたSommerfeld展開が有効でなくなり,低温の電子比熱
の表現に,[T/{log(T)}]に比例する特異な項が現われます。
これは,Coulombポテンシャル:e2/rのFourier変換:(4πe2/k2)
がk=0 において発散することに起因していますから,
Coulombポテンシャル:e2/rを湯川型の遮蔽ポテンシャル:
e2 exp(-k0r)/rで置き換かえれば,発散は除去されます。
次回はこの遮蔽効果について述べることにして,
今日はここまでにします。
(※なお,ここでは,記述の簡明さのために電磁気の単位として
MKSA単位ではなく,c.g.s単位を採用しています。)
参考文献:アシュクロフト・マーミン 著(松原武生・町田一成 共訳)
「固体物理の基礎(上・Ⅱ)(固体のバンド理論)」(吉岡書店)
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