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2007年6月 9日 (土)

フォノン(1)(静止格子模型の破綻)

 電磁波に対する光子(光量子:photon)のアナロジーから,固体の結晶格子を構成するイオン振動は量子化され,格子振動波の粒子(量子)としてフォノン(phonon)という物理的実体を生み出しました。 

この,フォノン(音子)とは何か?ということについて,数回に分けて解説しようと思います。 

今日は,まずその前段階として,格子を構成する各イオンは静止していて完全な周期的構造を持つという静止格子模型がどのようにして破綻したのか?について,おさらいをしたいと思います。

  

金属の外殻電子を自由電子と見なす金属の自由電子論で説明不可能なことは,金属や絶縁体が格子状に配列したイオンと,それに束縛された電子から成るという描像,つまり周期的ポテンシャルの存在を想定して,それによって束縛されるブロッホ電子の運動を詳細に調べることにより克服されました。 

しかし,そうした議論においてはイオンは固定した不動の周期的な配列物とみなされています。

 

ところが,イオンは無限に重いわけでもないし,それを格子点に束縛する力も無限大ではないので,この静止格子の模型というのは1つの近似に過ぎません。

  

したがって,静止格子の模型は古典論では絶対温度Tがゼロのときにのみ正しいことになりますが,量子論では絶対温度Tがゼロでも零点振動があるため正しくありません。

 

量子論ではT=0 でも,不確定性原理ΔxΔp~hにより,局在した:Δx~ 0 のイオンはゼロではない運動量pのゆらぎを持ちます。

金属を理解する上で,静止格子模型に基づく理論と現実の間にある多くのギャップを埋め,また,絶縁体については電子系が充満したバンドに束縛されていて,ほとんど変化の自由度がない,という初歩的な理論構造を越えて先へ進むためには,イオンは平衡位置の周りで運動しているという描像を想定することが必要になってきます。 

静止格子模型の主な欠点を3つの範疇に分けて論じてみます。

 

1.平衡状態の性質の説明の破綻

 

(ⅰ)比熱 

静止格子模型では金属の比熱を電子の自由度にのみ負わせています。

 

それは,フェルミ温度(フェルミエネルギーをEFとしたときのTF ≡ EF/kB)より十分下の温度(融点)までの全ての温度,すなわち,10Kくいまでの比熱が温度Tに比例することを予測します。

 しかし,それよりやや高温では,金属の比熱は,より急激にT3に比例して増加し,さらに我々の常温付近ではほぼ一定値を取ります。

 この比熱への余分の寄与は,無視されてきた格子を形成するイオンの自由度によるものです。

 絶縁体ではさらに深刻で静止格子模型が正しいなら,絶縁体の熱エネルギーはT=0 の値より,せいぜいエネルギーギャップE0を横切って電子が熱励起される程度にしか増加し得ないと考えられます。

 そのように熱によって励起される電子の数はE0/kB以下の温度でu ~ (定数)×exp(-0/2kB)の温度依存性を持ちます。

 そして,これが絶縁体の定積比熱:Cv=du/dTを支配しますから,比熱CvのT依存性は指数関数的であるはずですが,現実には3に比例して変化します。

(ⅱ)平衡密度と凝集エネルギー 

 固体の基底状態のエネルギーの計算には,量子論に基づいた零点振動を含めなければなりません。したがって,平衡密度や凝集エネルギーを評価するのにもそれを含める必要があります。

 もっとも,格子イオンの零点振動の寄与は,大抵の結晶ではポテンシャルエネルギーの項よりはるかに小さいのですが,ネオンやアルゴンのような不活性物質では容易に観測できるほどの効果を与えます。

(ⅲ)熱膨張 

 固体の平衡密度は温度に依存します。

 静止格子模型では唯一の温度依存性の効果は電子の励起です。

 そして絶縁体では,励起はE0/kB以下の温度では無視できる程度の寄与しかしません。

 それ故,金属もそうですが,特に絶縁体の熱膨張にはイオンの自由度が重大な意味を持っています。

(ⅳ)融解 

 十分高温で固体は融解します。

 すなわち,イオンは平衡位置を離れ,その結果生じた液体の中を長距離にわたって,さまよいまわることになります。

 液化や気化など相転移の話になると,もはや微小振動,あるいはフォノンという描像さえも怪しくなってくるように思えます。

2.輸送的性質の説明の破綻(ⅰ)電子緩和時間の温度依存性 

 完全に周期的なポテンシャルの中では,電子は何の衝突も受けず,したがって,そのような金属の電気伝導度や熱伝導度は無限大になります。

 つまり,電気抵抗などはゼロです。

 高校の物理学でも現われる初期のドゥルーデ模型では,自由電子がイオン芯と衝突して散乱され,その結果,有限な緩和時間τを持ち,そのτに反比例する電気抵抗を持つ,という説明がよくなされています。

 しかし周期的なポテンシャルの中でのブロッホ電子の理論によれば,そうしたイオンとの衝突があっても,電子は単に向きを変えるだけであり平均として見ると何ら抵抗には寄与しない,という結論になります。

 しかし,現実に電子緩和時間τは無限大ではなく電気伝導度や熱伝導度は無限大ではないわけですから,電子は何らかによって散乱を受けていると考えられます。

 金属中の電子の散乱の主要な原因はイオンの熱振動による完全な周期性からのずれです。

 量子論で言えば電子はフォノンと衝突して散乱されるということです。これが低温での電気抵抗の特徴的なT5項や高温でのTの線形項の原因です。

(ⅱ)ヴィ-デマン・フランツの法則の破綻 

 中間温度におけるヴィ-デマン・フランツの法則(電気伝導度と熱伝導度は比例関係にあるという法則)の破綻は,電子の格子振動による散乱理論によって説明されます。

(ⅲ)超伝導 

 ある種の金属の比抵抗は,ある温度以下で突然ゼロに落ちます。

 これを説明する理論での最も重要な部分は,格子振動が原因で電子間にクーロン斥力を上回る引力が働くことです。

 すなわち,量子電磁力学(QED)によれば,クーロン力に代表される電気的,磁気的な力の源はフォトン(仮想光子)の交換という現象の帰結として生じる引力あるいは斥力である,ということが知られています。

 これと同じように,"斥け合うはずの電子同士が引き合ってクーパー対を作り,それが複合粒子としてボーズ粒子(Boson)になる結果として,低温でボーズ・アインシュタイン凝縮を起こし,超流動,超伝導の現象を形成する。これのそもそもの原因はフォノンの交換によって生じる引力である。"ということが超伝導の基礎理論であるBCS理論の重要な部分を成しています。

 余談ですが,2006年4月12日と13日の記事「重力場(ファインマン)つづき」と「重力場(ファインマン)つづき,その2で書いたように,

電気力は交換する媒介ゲージボーズ粒子のスピンが奇数です(光子はベクトル粒子でスピンは1)から,引力と斥力の両方があるのに対し重力は媒介粒子のスピンが偶数です(重力子はテンソル粒子でスピンは2)から引力だけしかありません。

 フォノンの場合,クーパー対の軌道がs軌道の状態ならフォノンのスピンはゼロ=偶数のはずで,相互に働く力は引力のみです。

 主要なケースは,こうした基底状態によって構成されると思うのでこの描像が当てはまると思います。

(ⅳ)絶縁体の熱伝導度 

 通常の金属の性質は電気的絶縁体の中には似たものがないことが多いのですが,電気的絶縁体も金属ほどではないけれど熱を伝えます。

 この絶縁体の熱伝導度は全面的に格子イオンの自由度によるものです。

(ⅴ)音の伝播 

 絶縁体は熱だけでなく,イオンの格子振動の波の形で音(音波)も同様に伝えますが,静止格子模型であれば,絶縁体は音を伝えません。

 3.種々の型の輻射と固体の相互作用を説明する際の破綻 

 輻射と固体の相互作用については,X線折と格子構造の関係や金属の光学的性などに関して,イオンの固定配列中の電子の応答のみをもっては説明できなうな,輻射に対する固体の応答を示す追加的な豊富なデータが存在しいます。

(ⅰ)イオンの結晶の屈折率 

イオン結晶は,その電子的エネルギーギャップよりはるかに低いhνの値に対応する赤外振動数のところに屈折率の鋭いピークを示します。

 この現象は輻射の中で電場が陽イオンと陰イオンを反対に向かわせる力を及ぼし,そのために互いに変位させることから生じます。

 これの適切な説明には格子振動の理論が必要です。

(ⅱ)光の非弾性散乱 

 レーザー光源が結晶によって散乱されるとき,反射された光線のある部分は振動数に,僅かなずれを持ちます(ブリリュアン(Brillouin)散乱),およびラマン(Raman)散乱)。

 これの説明には格子振動の量子論が必要です。

(ⅲ)X線の散乱 

 静止格子模型から予測されるブラッグ・ピーク(Bragg peak)のX線の強度は現実を正しく反映していません。

 零点振動も含めたイオンの平衡位置のまわりの熱振動がブラッグ・ピークを小さくします。

 さらに格子が静止していないためにブラッグ条件を満足しない方向にも散乱されるX線の背景輻射が存在します。

(ⅳ)中性子の散乱 

 中性子が結晶固体によって散乱されるとき,それは定まった離散的な分量だけエネルギーを失うことが見出されていますが,その分量は散乱に際して受ける運動量の変化に依存します。

 これは量子化された格子振動によって容易に説明されます。

 次回は,格子イオンの運動を平衡位置のまわりの微小な調和振動と見なし,それを量子化する前段階として,まず,調和振動の古典論を説明する予定です。 

参考文献:アシュクロフト・マーミン 著(松原武生・町田一成 共訳)「固体物理の基礎(下・Ⅰ)(固体フォノンの諸問題)」(吉岡書店)

 

http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。

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