フォノンと多体問題(超伝導の基礎)(2)
本題に入ります。
今日はフォノン(phonon)を導入する前段階として,イオン-電子系
に対する平均場近似とジェリウム・モデルを中心に金属電子の基礎
理論の概要を紹介します。
まず,対象はバルクな金属であるとして,その内部のイオンや電子
による場を考察します。
イオンの振動は電子よりはるかに遅いので,電子を考える際には
"イオンが静止しているという近似=断熱近似"を用いても
それほどの誤差は生じません。
そして,ある電子に着目し,この電子の位置をrとするとき,これ
がイオン全体から受ける力のポテンシャルをUI(r)と書くこと
にします。
また,他の電子の運動に伴うCoulomb力の変動を無視してCoulomb
反発力をその平均値で置き換えます。
これを平均場近似とか,ハートリー近似(Hartree近似)といいます。
金属内の電子が平均密度n(r)で分布しているものとし,e<0
を電子の電荷とすると,これらによるCoulomb反発力のポテンシャル
は, Ue(r)=∫dr'e2n(r') /|r-r'| です。
着目した1電子は,ポテンシャル場U=UI+Ueの中を単独で運動
しているものと仮定します。
こうして電子の取り得るエネルギーεは,近似的に1粒子の
Schroedinger方程式:{-hc2∇2/(2m)+U(r)}w(r)=εw(r)
(hc≡h/(2π);hはPlanck定数)の固有値として与えられます。
金属は総計でN個の電子を含み,これらの各電子の波動関数が,
それぞれ規格化された固有関数w1,w2,..,wNで与えられる状態
にあるとすると,n(r)=∑i=1N|wi(r)|2です。
この密度がUe(r)=∫dr'e2n(r') /|r-r'|において
仮定された密度と一致しているならば近似は無矛盾であること
になります。
始めから無矛盾な解を求めたいなら,n(r)=∑i=1N|wi(r)|2
をUe(r)=∫dr'e2n(r') /|r-r'|に代入すればよいわけ
で,こうすれば1粒子Schroedinger方程式は微分積分方程式になり
自己無撞着な方程式となります。
イオンのポテンシャルUI(r)については,これの周期性を問題
にするなら個々の電子はブロッホ(Bloch)電子であるとして,
いわゆる固体電子のバンド理論が得られます。
ここでは,そうした理論を必要としないので,全体のイオン系も
電子系と同じくある平均電荷密度で分布した連続媒質であると
見なします。特に平均電荷密度は空間的に一様な正電荷密度で
あると仮定します。
このような仮定に基づいた近似モデルを,ジェリウム・モデル
といいます。
1個のイオンの電荷を-Zeとし,金属バルク全体の体積Vの中
にNi個のイオンが含まれているとすると,ジェリウム・モデルに
おいてイオン系に置き換わるべき正電荷の密度は,
-ZeNi/V=-Zeni (ni≡Ni/Vはイオンの平均数密度)
で与えられます。
そして金属は平均的には中性なので,この正電荷密度は
-eN/V=-e<n(r)>
(ただし,<n(r)>≡{∫dr'n(r')}/V=N/Vは電子の
平均数密度) に等しいので,<n(r)>=Zni,つまりN=ZNi
であるという当然成り立つべき等式が得られます。
結局,ジェリウム・モデルでは,ポテンシャルUIを作る正電荷
とUeを作る負電荷とが打ち消しあって,電子は外力の働かない
自由粒子として運動することになります。
したがって,ポテンシャルU(r)=UI(r)+Ue(r)は定数で,
この定数をU(r)=U0とすると,これは電子のエネルギーを
測る原点の選び方に依存するだけです。
電子のエネルギー原点は不純物の個数など,種々の条件によって
変化するので,便宜上これは決めないでおきます。
こうすると,1電子Schroedinger方程式
{-hc2∇2/(2m)+U(r)}w(r)=εw(r)の固有値と固有関数
は次の形になります。
すなわち,ε=εk=U0+hc2k2/(2m),
w(r)=wk(r)=V-1/2exp(ikr) です。
ただし,境界条件としてはバルクの大きさが有限であるが故に
波数kが離散的で,その個数が有限体積Vによって正確に規定
される,という事実のみが重要なので,一般性を失うことなく
周期的境界条件を採用して,金属は一辺がLの立方体である
とし波動関数w(r)は向かい合った面の向かい合った点で等
しい値を取るとしてよいでしょう。
したがって,k=(2πlx/L,2πly/L,2πlz/L);
ただし lx,ly,lz=0,±1,±2,..と書くことができます。
そして,固有関数wk(r)は電子が確定運動量hckを持って
運動している状態を表わし,この運動に伴なって1電子当たり
(ehck/m)だけの電流が運ばれます。
想定している近似の下では,電子系全体を一種の完全気体(理想気体)
と見なすことができます。これを電子気体とか電子ガスと呼びます。
そして,電子はスピン角運動量として±hc/2のみを取るという2つ
の自由度を有するFermi粒子なので,パウリの排他原理
(Pauli's exclusion principle)を満足し,Fermi統計に従います。
そこで,スピン角運動量±hc/2のそれぞれに応じて,このスピンの
値をσ=↑,↓で表現することにします。
電子気体において,運動量hckとスピンσを持つ状態を(k,σ)
で指定し,その状態にある電子の個数をnkσと書いて,(k,σ)の
占有数と呼べば,nkσの値はパウリの排他原理によってnkσ=0,
または1に限られます。
そして,N個の電子について(k,σ)の占有数nkσが全て与えられ
ればN電子系全体の定常状態波動関数はHartree-Fock近似の項目
で定義したスレーター(Slater)行列式で与えられますが,ここでは
そうした波動関数の具体的表現は必要ではありません。
むしろ,(k,σ)の占有数nkσの方が重要であり,以後は各N電子
状態を1からNまでnkσを順に並べた順序数で表現するという
個数表示:{nkσ}(kσ) を採用することにします。
こうすれば,"第二量子化=場の量子化"が可能で,理論を電子の
生成,消滅演算子で表現することができます。
そして,電子系全体の電子数NやエネルギーEは,次のように
表わされます。N=ΣkΣσnkσ,E=ΣkΣσεknkσです。
特に絶対零度:T=0 ではエネルギーEが最低の状態が実現されます。
つまり,Nの値が一定値に拘束された条件の下でEが最小値を取る
という状態を考えれば,これがT=0 の状態であると考えられます。
εk=U0+hc2k2/(2m)はkの単調増加関数であり,パウリの
排他原理が成り立つことから,
T=0 のエネルギーEが最低の状態というのは,
k=(2πlx/L,2πly/L,2πlz/L);lx,ly,lz=0,±1,±2,..という
波数kの許された値に対して,lx,ly,lz=0 から順につまり小さい
方のkから順にミクロな状態(k,σ)にN個の電子を全て詰めて
いった結果として得られる状態と考えることができます。
したがって,その最低エネルギー状態は"波数kで作られる3次元
のk-空間=波数空間"を想定して原点が中心で半径がkFで与えら
れる球を考えると,その球の内部のみが全て電子で占有されていて
外部はまったく空であるような状態であると考えられます。
これは,すなわちnkσ=1 (for k≡|k|<kF),
nkσ=0 (for k≡|k|>kF)という表現で表わされます。
そして,この"k-空間=波数空間"での半径kFの球を
Fermi球の球面をFermi面と呼び,
"Fermi球の半径=境界の波数の絶対値kF"をFermi波数
と呼びます。
そして,Fermi波数kFの値は電子の総数Nが,
N=ΣlxlylzΣσ={L/(2π)}3ΣkΣσ=[2V/(8π3)](4πkF3/3)
で与えられなければならない,という拘束条件によって,
kF=(3π2n)1/3という表式で与えられます。
ここでn≡N/Vは電子数密度です。
通常の金属では,大体n~1022cm-3ですから,kF ~108cm-1です。
故にフFermi波数kFに対応するFermiエネルギー:
εF≡U0+hc2kF2/(2m)は,U0=0 として,εF ~ 5eV,
Fermi速度vF≡hckF/mは,vF ~108cm/sec程度です。
このように絶対零度T=0 でも電子はvF ~ 108cm/sec 程度
の高速度で運動しています。これを零点運動と言います。
しかし,運動方向の分布は全く等方的なので,電流の総和
J=ΣkΣσ(ehcknkσ/m) はゼロです。
次に,nkσ=1 (for k≡|k|<kF),nkσ=0 (for k≡|k|>kF)
をE=ΣkΣσεknkσに代入して得られるエネルギーの最小値は
電子数Nの関数ですから,それをE0(N)と表現します。
NはN ~ 1022という莫大な数ですから,Nが1だけ変化するとき
の変化率は,1をNに比べて無限小と考えることにより,
μ≡E0(N+1)-E0(N)~∂E0(N)/∂Nと書くことができます。
このμを電子の絶対零度における化学ポテンシャルといいます。
N電子系の最低エネルギー状態に,もう1個余分の電子を付け
加えると考えれば,パウリの排他原理によりこの余分の電子の
波数はkF以下では有り得ません。
つまり,この余分の電子は明らかにFermi面のすぐ上に載って
いるとしてよいと考えられます。
それ故,絶対零度:T=0 では,μ=U0+hc2kF2/(2m)
=εFです。
2つの物体が接触しているとき,両者の間に熱平衡が成立する
条件は温度が等しいことですが,2つの金属が接触して電子を
交換して,その数Nが変化し得るという条件の下では,熱力学
的平衡の条件は,化学ポテンシャルμが等しいことです。
今,絶対零度:T=0 で2つの金属が接触しているとし,一方の
金属の電子数をN,最低エネルギーをE(N),もう一方の電子数
をNb,最低エネルギーをEb(Nb)と書くことにします。
このとき,Nは全電子数Ntot=N+Nbが一定という条件下で,
さまざまな値を取ることが可能ですが,熱力学的平衡の条件は
全エネルギーEtot=E(N)+Eb(Ntot-N)がNの関数として
極小になることです。
それ故,熱力学的平衡の条件は,μ=μbで与えられます。
ここにμ=∂E(N)/∂N,μb=∂Eb(N)/∂Nは,それぞれ
の金属における電子の化学ポテンシャルです。
これは,1つの金属を,それ自身マクロな系と見てよいような
部分系に分けて考えた場合にも,2つの部分系の間の電子の移
動に関する平衡条件を与えます。
例えば,外部から電荷を持ち込む場合,すなわち例えば母体原子
と原子価Zの異なる不純物原子などを持ち込むような場合には,
電子はすばやく分布を変えてこの外部電荷をシールド(遮蔽)
しようとします。
外部電荷は密度q(r)で分布しているとし,これによって電気的
中性の条件が破れて電子気体内部に静電ポテンシャルA0(r)で
表わされる電場が発生したとします。
この電場によって,1電子はδU≡eA0(r)だけ余分の
ポテンシャルエネルギーを持ちます。
そして,δUの空間的な変化は緩やかであり,全電子系を多数の
部分系に分けて考えると,各部分系でδUは近似的に定数と見て
よいと考えます。
他方,電子気体が平衡状態にあるとすれば,化学ポテンシャル
μ=U0+hc2kF2/(2m)は全ての部分系で共通の値を持つこと
になります。
したがって,右辺のポテンシャルU0の変動δUを打ち消すだけ
kFが変動することになります。
そして,kF=(3π2n)1/3ですから,kFの変動δkFはnの変動
δnによって与えられます。
δnの1次までを考えると,-δU=hc2kFδkF/m
=[hc2kF2/(2m)](2/kF)δkF=2εFδkF/kF
=2εF3π2(1/3)(3π2n)-2/3δn/(3π2n)1/3 です。
したがって,δn=-{3n/(2εF)}δUと表わすことができます。
そしてこれに伴なって電荷密度の移動eδnが生じます。
それ故,静電ポテンシャルA0(r)の満たすべきPoisson方程式
は,-∇2A0=4π(q+eδn)です。
この右辺に,δn=-{3n/(2εF)}δU,δU=eA0を代入します。
一方,A0,qをFourier展開すると,
A0(r)=(V)-1/2ΣkAkexp(ikr),
q(r)=(V)-1/2Σkqkexp(ikr) となります。
そこで,方程式:
-∇2A0=4π(q+eδn)=4π{q-3ne2A0/(2εF)}は,
(k2+6πne2/εF)Ak=4πqk と表現されます。
したがって,これを電子気体の誘電率ε(k)を考慮したCoulomb
静電場のPoisson方程式による表現:ε(k)k2Ak=4πqkと比較
すると,ε(k)=1+ks2/k2,ks≡(6πne2/εF)1/2と書けばよい
ことがわかります。
ここでksはThomas-Fermiの波数と呼ばれる定数です。
これらのことは,既に過去の記事「ハートリー・フォック近似」
の遮蔽現象について述べた内容と一致しています。
例えば,母体金属より価数がΔZだけ大きい不純物原子がある
として,これを座標原点に置かれたQ≡-ΔZeの点電荷と見る
と,電荷密度はq(r)=Qδ(r)=(V)-1/2Σk(V)-1/2Qexp(ikr)
で与えられますから,
Ak= (V)-1/24πQ(k2+ks2)であり,
A0(r)=Qexp(-ksr)/r="遮蔽ポテンシャル"
が得られます。
次に絶対零度:T=0 ではなくて,有限温度での電子気体の励起
状態を考えると,これは最低エネルギー状態からFermi面内の電子
をいくつか消してFermi面上に空孔を作り,同じ数だけの電子が
Fermi面の外にあるとすれば得られる状態です。
そして占有数nkσはT=0 の場合のように一意的ではなく,
T>0 では統計的にゆらいでいるので,励起状態は統計平均:
<nkσ>で指定される状態であると考えられます。
統計力学によれば,マクロな物体におけるミクロな運動の秩序)
の度合はエントロピーSによって表現されます。
そして,Fermionのエントロピーは
S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ>
+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)]
で与えられることがわかっています。
特に絶対零度T=0 で,この表現によるエントロピーSの値を
考えると,この場合には<nkσ>=nkσ= 0,または1なので,
S=0 となります。
これに対して,一般にT>0 ではS>0 です。
電子気体が熱平衡にあるときのエントロピー:
S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ>
+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)]は,N=ΣkΣσ<nkσ>
とE=ΣkΣσεk<nkσ>を共に一定に保つという副条件下
でSが極大でなければならないという条件から決定されます。
この,"熱平衡でエントロピーが極大である"という条件は,
-1/T,μ/Tを未定係数とするLagrangeの未定係数法を
考えるなら,副条件無しでδ(S-E/T+μN/T)=0 が
満たされるという条件と同等です。
Tやμは定数なので,これはまた副条件無しで,
Ω≡E-TS-μNを極小にするという条件と同等です。
この変分方程式:δΩ/δ<nkσ>=0 に,
S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ>
+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)],N=ΣkΣσ<nkσ>,
およびE=ΣkΣσεk<nkσ>という表式を全て代入して,
"<nkσ>の値=解"を求めます。
結局,絶対温度Tでの熱平衡状態でのミクロな状態(k,σ)に
おける平均占有数<nkσ>の表式は,
<nkσ>=f(εk-μ);f(x)≡1/[exp(x/kBT)+1]
で与えられることになります。
これは量子統計力学で良く知られたFermi分布です。
特に,T=0 では,f(x)=1 (x<0),f(x)=0 (x>0)です
から,これは<nkσ>=nkσ;nkσ=1 (for k≡|k|<kF),
nkσ=0 (for k≡|k|>kF)という最低エネルギー状態の表現
に帰着します。
今日はここまでとします。
参考文献:中嶋貞雄 著「超伝導入門」(培風館)
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