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2007年6月27日 (水)

フォノンと多体問題(超伝導の基礎)(2)

  本題に入ります。

 今日はフォノン(phonon)を導入する前段階として,イオン-電子系

に対する平均場近似とジェリウム・モデルを中心に金属電子の基礎

理論の概要を紹介します。 

まず,対象はバルクな金属であるとして,その内部のイオンや電子

による場を考察します。

イオンの振動は電子よりはるかに遅いので,電子を考える際には

"イオンが静止しているという近似=断熱近似"を用いても

それほどの誤差は生じません。 

そして,ある電子に着目し,この電子の位置をとするとき,これ

がイオン全体から受ける力のポテンシャルをUI()と書くこと

にします。

 

また,他の電子の運動に伴うCoulomb力の変動を無視してCoulomb

反発力をその平均値で置き換えます。

これを平均場近似とか,ハートリー近似(Hartree近似)といいます。

金属内の電子が平均密度n()で分布しているものとし,e<0

を電子の電荷とすると,これらによるCoulomb反発力のポテンシャル

は, Ue()=∫d'e2(') /|'| です。

 

着目した1電子は,ポテンシャル場U=UI+Ueの中を単独で運動

しているものと仮定します。

 

こうして電子の取り得るエネルギーεは,近似的に1粒子の

Schroedinger方程式:{-hc22/(2m)+U()}w()=εw()

(hc≡h/(2π);hはPlanck定数)の固有値として与えられます。

金属は総計でN個の電子を含み,これらの各電子の波動関数が,

それぞれ規格化された固有関数w1,w2,..,wNで与えられる状態

にあるとすると,n()=∑i=1N|wi()|2です。

 

この密度がUe()=∫d'e2(') /|'|において

仮定された密度と一致しているならば近似は無矛盾であること

になります。

始めから無矛盾な解を求めたいなら,n()=∑i=1N|wi()|2

e()=∫d'e2(') /|'|に代入すればよいわけ

で,こうすれば1粒子Schroedinger方程式は微分積分方程式になり

自己無撞着な方程式となります。

イオンのポテンシャルUI()については,これの周期性を問題

するなら個々の電子はブロッホ(Bloch)電子であるとして,

いわゆる固体電子のバンド理論が得られます。

 

ここでは,そうした理論を必要としないので,全体のイオン系も

電子系と同じくある平均電荷密度で分布した連続媒質であると

見なします。特に平均電荷密度は空間的に一様な正電荷密度で

あると仮定します。

 

このような仮定に基づいた近似モデルを,ジェリウム・モデル

といいます。

1個のイオンの電荷を-Zeとし,金属バルク全体の体積Vの中

にNi個のイオンが含まれているとすると,ジェリウム・モデルに

おいてイオン系に置き換わるべき正電荷の密度は,

-ZeNi/V=-Zeni (ni≡Ni/Vはイオンの平均数密度)

で与えられます。

 

そして金属は平均的には中性なので,この正電荷密度は

-eN/V=-e<n()>

(ただし,<n()>≡{∫d'n(')}/V=N/Vは電子の

平均数密度) に等しいので,<n()>=Zni,つまりN=Zi

であるという当然成り立つべき等式が得られます。 

結局,ジェリウム・モデルでは,ポテンシャルUIを作る正電荷

eを作る負電荷とが打ち消しあって,電子は外力の働かない

自由粒子として運動することになります。

 

したがって,ポテンシャルU()=UI()+Ue()は定数で,

この定数をU()=U0とすると,これは電子のエネルギーを

測る原点の選び方に依存するだけです。

 

電子のエネルギー原点は不純物の個数など,種々の条件によって

変化するので,便宜上これは決めないでおきます。 

こうすると,1電子Schroedinger方程式

{-hc22/(2m)+U()}w()=εw()の固有値と固有関数

は次の形になります。

すなわち,ε=εk=U0+hc22/(2m),

w()=wk()=V-1/2exp(ikr) です。

ただし,境界条件としてはバルクの大きさが有限であるが故に

波数が離散的で,その個数が有限体積Vによって正確に規定

される,という事実のみが重要なので,一般性を失うことなく

周期的境界条件を採用して,金属は一辺がLの立方体である

とし波動関数w()は向かい合った面の向かい合った点で等

しい値を取るとしてよいでしょう。

したがって,(2πlx/L,2πly/L,2πlz/L);

ただし lx,ly,lz0,±1,±2,..と書くことができます。

 

そして,固有関数wk()は電子が確定運動量hcを持って

運動している状態を表わし,この運動に伴なって1電子当たり

(ehc/m)だけの電流が運ばれます。

想定している近似の下では,電子系全体を一種の完全気体(理想気体)

と見なすことができます。これを電子気体とか電子ガスと呼びます。

 

そして,電子はスピン角運動量として±hc/2のみを取るという2つ

の自由度を有するFermi粒子なので,パウリの排他原理

(Pauli's exclusion principle)を満足し,Fermi統計に従います。

 

そこで,スピン角運動量±hc/2のそれぞれに応じて,このスピンの

値をσ=↑,↓で表現することにします。

 

電子気体において,運動量hcとスピンσを持つ状態を(,σ)

で指定し,その状態にある電子の個数をnkσと書いて,(,σ)の

占有数と呼べば,kσの値はパウリの排他原理によってnkσ0,

または1に限られます。

 

そして,N個の電子について(,σ)の占有数kσが全て与えられ

ればN電子系全体の定常状態波動関数はHartree-Fock近似の項目

で定義したスレーター(Slater)行列式で与えられますが,ここでは

そうした波動関数の具体的表現は必要ではありません。

むしろ,(,σ)の占有数kσの方が重要であり,以後は各N電子

状態を1からNまでkσを順に並べた順序数で表現するという

個数表示:{kσ}(kσ) を採用することにします。

 

こうすれば,"第二量子化=場の量子化"が可能で,理論を電子の

生成,消滅演算子で表現することができます。

 

そして,電子系全体の電子数NやエネルギーEは,次のように

表わされます。N=ΣkΣσkσ,E=ΣkΣσεkkσです。 

特に絶対零度:T=0 ではエネルギーEが最低の状態が実現されます。

つまり,Nの値が一定値に拘束された条件の下でEが最小値を取る

という状態を考えれば,これがT=0 の状態であると考えられます。

εk=U0+hc22/(2m)はの単調増加関数であり,パウリの

排他原理が成り立つことから,

T=0  のエネルギーEが最低の状態というのは,

(2πlx/L,2πly/L,2πlz/L);lx,ly,lz0,±1,±2,..という

波数許された値に対して,lx,ly,lz0 から順につまり小さい

方のから順にミクロな状態(,σ)にN個の電子を全て詰めて

いった結果として得られる状態と考えることができます。

したがって,その最低エネルギー状態は"波数で作られる3次元

-空間=波数空間"を想定して原点が中心で半径がkFで与えら

れる球を考えると,その球の内部のみが全て電子で占有されていて

外部はまったく空であるような状態であると考えられます。

 

これは,すなわちnkσ1 (for k≡||<F),

kσ0 (for k≡||>F)という表現で表わされます。

 

そして,この"-空間=波数空間"での半径kF球を

Fermi球の球面をFermi面と呼び,

"Fermi球の半径=境界の波数の絶対値kF"をFermi波数

と呼びます。 

そして,Fermi波数Fの値は電子の総数Nが,

N=ΣlxlylzΣσ{L/(2π)}3ΣkΣσ=[2V/(8π3)](4πF3/3)

で与えられなければならない,という拘束条件によって,

F(3π2n)1/3という表式で与えられます。

ここでn≡N/Vは電子数密度です。

 

通常の金属では,大体n~1022cm-3ですから,F 108cm-1です。

 

故にフFermi波数Fに対応するFermiエネルギー:

εF≡U0+hc2F2/(2m)は,00 として,εF 5eV,

Fermi速度vFcF/mは,vF 108cm/sec程度です。

このように絶対零度T=0 でも電子はvF 108cm/sec 程度

の高速度で運動しています。これを零点運動と言います。

 

しかし,運動方向の分布は全く等方的なので,電流の総和

=ΣkΣσ(ehckσ/m) はゼロです。

次に,nkσ1 (for k≡||<F),kσ0 (for k≡||>F)

をE=ΣkΣσεkkσに代入して得られるエネルギーの最小値は

電子数Nの関数ですから,それをE0(N)と表現します。

 

NはN ~ 1022という莫大な数ですから,Nが1だけ変化するとき

の変化率は,1をNに比べて無限小と考えることにより,

μ≡E0(N+1)-E0(N)~∂E0(N)/∂Nと書くことができます。

 

このμを電子の絶対零度における化学ポテンシャルといいます。

N電子系の最低エネルギー状態に,もう1個余分の電子を付け

加えると考えれば,パウリの排他原理によりこの余分の電子の

波数はF以下では有り得ません。

 

つまり,この余分の電子は明らかにFermi面のすぐ上に載って

いるとしてよいと考えられます。

それ故,絶対零度:T=0 では,μ=U0c2F2/(2m)

=εFです。

2つの物体が接触しているとき,両者の間に熱平衡が成立する

条件は温度が等しいことですが,2つの金属が接触して電子を

交換して,その数Nが変化し得るという条件の下では,熱力学

的平衡の条件は,化学ポテンシャルμが等しいことです。

今,絶対零度:T=0 で2つの金属が接触しているとし,一方の

金属の電子数をN,最低エネルギーをE(N),もう一方の電子数

をNb,最低エネルギーをEb(Nb)と書くことにします。

 

このとき,Nは全電子数Ntot=N+Nbが一定という条件下で,

さまざまな値を取ることが可能ですが,熱力学的平衡の条件は

全エネルギーEtot=E(N)+Eb(Ntot-N)がNの関数として

極小になることです。

それ故,熱力学的平衡の条件は,μ=μbで与えられます。

ここにμ=∂E(N)/∂N,μb=∂Eb(N)/∂Nは,それぞれ

の金属における電子の化学ポテンシャルです。

 

これは,1つの金属を,それ自身マクロな系と見てよいような

部分系に分けて考えた場合にも,2つの部分系の間の電子の移

動に関する平衡条件を与えます。 

例えば,外部から電荷を持ち込む場合,すなわち例えば母体原子

と原子価Zの異なる不純物原子などを持ち込むような場合には,

電子はすばやく分布を変えてこの外部電荷をシールド(遮蔽)

しようとします。

 

外部電荷は密度q()で分布しているとし,これによって電気的

中性の条件が破れて電子気体内部に静電ポテンシャルA0()で

表わされる電場が発生したとします。

 

この電場によって,1電子はδU≡e0()だけ余分の

ポテンシャルエネルギーを持ちます。

そして,δUの空間的な変化は緩やかであり,全電子系を多数の

部分系に分けて考えると,各部分系でδUは近似的に定数と見て

よいと考えます。

他方,電子気体が平衡状態にあるとすれば,化学ポテンシャル

μ=U0c2F2/(2m)は全ての部分系で共通の値を持つこと

になります。

 

したがって,右辺のポテンシャル0の変動δUを打ち消すだけ

Fが変動することになります。

 

そして,kF(3π2n)1/3ですから,Fの変動δFはnの変動

δnによって与えられます。 

δnの1次までを考えると,-δU=c2FδF/m

=[hc2F2/(2m)](2/kF)δFFδF/kF

F2(1/3)(3π2n)-2/3δn/(3π2n)1/3 です。

 

したがって,δn=-{3n/(F)}δUと表わすことができます。

そしてこれに伴なって電荷密度の移動eδnが生じます。

それ故,静電ポテンシャル0()の満たすべきPoisson方程式

は,-∇204π(q+eδn)です。

 

この右辺に,δn=-{3n/(F)}δU,δU=e0を代入します。

一方,0,qをFourier展開すると,

0()=(V)-1/2Σkkexp(ikr),

q()=(V)-1/2Σkkexp(ikr) となります。

 

そこで,方程式:

-∇204π(q+eδn)=4π{q-3ne20/(F)}は,

(k2+6πne2F)k4πqk と表現されます。

したがって,これを電子気体の誘電率ε()を考慮したCoulomb

静電場のPoisson方程式による表現:ε()k2k4πqkと比較

すると,ε()=1+ks2/k2,ks≡(6πne2F)1/2と書けばよい

ことがわかります。

ここでksはThomas-Fermiの波数と呼ばれる定数です。

 

これらのことは,既に過去の記事「ハートリー・フォック近似」

の遮蔽現象について述べた内容と一致しています。

例えば,母体金属より価数がΔZだけ大きい不純物原子がある

として,これを座標原点に置かれたQ≡-ΔZeの点電荷と見る

と,電荷密度はq()=Qδ()=(V)-1/2Σk(V)-1/2Qexp(ikr)

で与えられますから,

k (V)-1/24πQ(k2+ks2)であり,

0()=Qexp(-ksr)/r="遮蔽ポテンシャル"

が得られます。

次に絶対零度:T=0 ではなくて,有限温度での電子気体の励起

状態を考えると,これは最低エネルギー状態からFermi面内の電子

をいくつか消してFermi面上に空孔を作り,同じ数だけの電子が

Fermi面の外にあるとすれば得られる状態です。

そして占有数nkσはT=0 の場合のように一意的ではなく,

T>0 では統計的にゆらいでいるので,励起状態は統計平均:

<nkσ>で指定される状態であると考えられます。

 

統計力学によれば,マクロな物体におけるミクロな運動の秩序)

の度合はエントロピーSによって表現されます。

 

そして,Fermionのエントロピーは

S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ

+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)]

で与えられることがわかっています。

特に絶対零度T=0 で,この表現によるエントロピーSの値を

考えると,この場合には<nkσ>=nkσ= 0,または1なので,

S=0 となります。

 

これに対して,一般にT>0 ではS>0 です。

 

電子気体が熱平衡にあるときのエントロピー:

S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ

+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)]は,N=ΣkΣσ<nkσ

とE=ΣkΣσεk<nkσ>を共に一定に保つという副条件下

でSが極大でなければならないという条件から決定されます。

この,"熱平衡でエントロピーが極大である"という条件は,

1/T,μ/Tを未定係数とするLagrangeの未定係数法を

考えるなら,副条件無しでδ(S-E/T+μN/T)=0 が

満たされるという条件と同等です。

 

Tやμは定数なので,これはまた副条件無しで,

Ω≡E-TS-μNを極小にするという条件と同等です。

この変分方程式:δΩ/δ<nkσ>=0 に,

S=-kBΣkΣσ[<nkσ>log<nkσ

+(1-<nkσ>)log(1-<nkσ>)],N=ΣkΣσ<nkσ>,

およびE=ΣkΣσεk<nkσ>という表式を全て代入して,

"<nkσ>の値=解"を求めます。

 

結局,絶対温度Tでの熱平衡状態でのミクロな状態(,σ)に

おける平均占有数<nkσ>の表式は,

<nkσ>=f(εk-μ);f(x)≡1/[exp(x/kBT)+1]

で与えられることになります。

 

これは量子統計力学で良く知られたFermi分布です。

特に,T=0 では,f(x)=1 (x<0),f(x)=0 (x>0)です

から,これは<nkσ>=nkσkσ1 (for k≡||<F),

kσ0 (for k≡||>F)という最低エネルギー状態の表現

に帰着します。

今日はここまでとします。 

参考文献:中嶋貞雄 著「超伝導入門」(培風館) 

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