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2007年7月 7日 (土)

条件付確率と条件付期待値

ブラウン運動と伊藤積分(確率積分)の理論を展開していく上で,既にそのいくつかの性質を利用しましたが,以後もしばしば前置きも証明も無く条件付期待値やそれに関する色々な公式を用いる予定です。

 

そこで,以前に約束したように,ここで,まとめて条件付期待値や,それに関する公式等の解説をしておきたいと思います。

まず,確率空間を与えて正確に条件付確率と条件付期待値(平均値)を定義しておきます。

確率空間(Ω,,P)が与えられ,P(B)>0 を満たすある事象B∈が確実におきるという前提の下で,Bを標本空間とした1つの確率測度PB(A)≡P(A∩B)/P(B)∀A∈を定義したとき,"PB(A)は事象Bに関するAの条件付確率である。"といいます。

 

このPB(A)≡P(A∩B)/P(B)を一般にP(A|B)と書きます。

同様に,確率変数を(ω) ω∈Ωとします。

 

初等確率論では確率変数はその値をN次元ユークリッド空間N あるいは,その部分集合に取ります。すなわち,通常は(ω)∈Nとするわけです。

 

しかし,私のブログ記事「ブラウン運動と伊藤積分」では確率変数の値域をNよりもっと広い一般の距離空間Ξに取っています。すなわち,(ω)∈Ξとしています。

そして,(ω)∀ω∈Ωが与えられたとき,のPBに関する平均値をE[|B]≡∫Ω(ω)PB(dω)=∫B(ω)P(dω)/P(B)で定義し,"E[|B]は事象Bに関するの条件付期待値,または条件付平均値である。"といいます。

ここで,E[|B]≡∫Ω(ω)PB(dω)=∫B(ω)P(dω)/P(B)においてPB(dω)あるいはP(dω)というのは確率変数がωω+dωの範囲にある確率測度dPを表わしたものです。

 

右辺は,有界変動の関数のルベーグ・スティルチェス積分を表わしています。

※余談ですが,dPとか,dωとかによる積分は古来から定義することが可能なルベーグ・スティルチェス積分であり,私の記事「ブラウン運動と伊藤積分」で説明している"確率積分=伊藤積分"は,それら通常の概念の積分ではありません。

 

確率積分は確率変数(ω)による測度をd=d(ω)と書いた積分のことです。

(ω)は確定した値ではなく,ω∈Ωとその確率Pによって確率的に変動するもので,そもそもブラウン運動などでは(ω)は有界変動の関数ではありません。

 

すなわち,例えばブラウン運動では,その有限な経路の長さが有限ではなく無限大になります。

 

こうした確率変数による確率積分を初めて定義することに成功したのがわが国の伊藤清氏です。そこで確率積分の定義式や性質などは伊藤積分とか伊藤の公式と呼ばれています。

条件付確率,および条件付期待値を1つの事象B∈という条件に対するものではなく,2個以上の事象,つまりに含まれる部分σ加法族という条件に対して定義します。

 

そのため,B∈に対しE[,B]≡E[・1B]=∫B(ω)P(dω)と置きます。この積分はBに関して絶対連続です。

 

つまり,P(B)=0 ならE[,B]=∫B(ω)P(dω)=0 です。

そこで,「ラドン・ニコディムの定理」によって適当な-可測関数(ω)が存在して,E[,B]=∫B(ω)P(dω)=∫B(ω)P(dω)と書くことができます。

  

※これは抽象的で何を述べているのか理解できないと思われる方もおられるかもしれません。簡単に言えば,E[,B]=E[(ω)・1B]=E[(ω)・1B]=E[,B]なることを示しています。

そもそもσ-有限な測度空間(X,,μ)での集合A∈の関数=集合関数:Φ(A)は必ずしもその測度μに関する密度関数 f(x);x∈X を持っていて常にΦ(A)=∫A(x)μ(dx)という形に表現できるとは限らないわけです。

  

(Φ(A)が事象Aの確率P(A)を表わす場合なら,f(x)は確率密度関数p(x)です。)

 

ところが,「ラドン・ニコディムの定理」というのは,"もしもΦ(A)が絶対連続である:つまり,μ(E)=0 E∈なら常にΦ(A)=0 である。という条件を満足するなら適当な密度関数 f(x)が存在してΦ(A)=∫A(x)μ(dx)と表現できる。"というものです。

 

より一般には,定理の前半として"任意の集合関数は絶対連続な集合関数と特異な(絶対連続でない)集合関数との和に一意的に分解される。"という命題も含まれています。ただし,この定理の証明は省略します。※

そして,E[,B]=∫B(ω)P(dω)=∫B(ω)P(dω)=E[(ω),B]となるような-可測な密度関数:(ω)をE[|]と書いての下での条件付期待値と呼びます。

 

特に,A∈に対して確率変数を(ω)≡1A(ω)=集合Aの定義関数としたときの条件付期待値E[1A|]を,P(A|)≡E[1A|]と書いてP(A|)を条件付確率と呼びます。

こうした条件付期待値の定義は抽象的でわかりにくいものです。

 

むしろ,歴史的にはより具体的な定義が先に与えられ,それが今与えた定義と一致することから,こうした抽象的な定義が採用されるようになったといえるでしょう。

 

つまり,∀B∈についてE[,B]=E[E[|],B]を満足するE[|]は一意的に決まるので,それを条件付期待値として定義したということです。

がΩの-可測な有限分割であるとします。

 

Ω=∪i=1niiij=φ(i≠j)=σ({Bi}1≦i≦n)となっている場合を想定します。

 

このとき,∀iに対しP(Bi)>0 と仮定すると,E[|](ω)=Σi=1n[|Bi]1Bi(ω)となります。

 

また,A∈に対して,P(A|)(ω)=Σi=1n(A|Bi)1Bi(ω)と表現されます。

 

ここで,前に定義した通りE[|Bi]やP(A|Bi)(i=1,2,..,n)は,E[|Bi]≡∫Ω(ω)PBi(dω)=∫Bi(ω)P(dω)/P(Bi)でP(A|Bi)=PBi(A)≡P(A∩Bi)/P(Bi)etc.で与えられます。

条件付期待値の有限分割に対する後の定義E[|](ω)=Σi=1n[|Bi]1Bi(ω)が,先の抽象的な定義でのE[|](ω)=(ω)と一致することを見るにはE[,B]=∫B(ω)P(dω)が∀B∈について∫BΣi=1n[|Bi]1Bi(ω)P(dω)と一致することを見ればいいわけです。

 

実際,分割の各Biの上では両辺は共に∫Bi(ω)P(dω)=E[|Bi]P(Bi)となって一致しています。

条件付確率の定義:P(A|)(ω)=Σi=1n(A|Bi)1Bi(ω)については,これはE[|](ω)=Σi=1n[|Bi]1Bi(ω)で(ω)=1A(ω)の特別な場合なので、E[|](ω)について成立することはもちろんP(A|)(ω)についても成立しますから,改めて示すまでもありません。

これらが共にE[,B]に一致することと前後の定義が同等であることが同値であることは次のように証明されます。

 

もし仮に,2つの1(ω),2(ω)が存在してE[,B]=E[1,B]=E[2,B] ∀B∈が成立すれば,E[(12),B]=0 ∀B∈より,12(a.s.=ほとんど確実に),あるいは(a.e.=ほとんどいたるところで))なることがわかります。

  

つまり確率1で12は一致することがわかるのです。

次に条件付期待値の代表的な7つの性質を述べて証明します。

 

ただし,証明においては(a.s)や(a.e)を省略します。

,,n(n∈)は可積分な確率変数とする。

(1) ∀a,b∈に対してE[a+b|]=aE[|]+bE[|] (a.s) 

 

(証明)これは期待値の定義から自明です。

(2)≧0 ならE[|]≧0 (a.s) (証明)これも自明です。

(3)G-可測で積XYが可積分ならE[XY|]=E[|] (a.s),特にE[|]= (a.s)である。

(証明)E[|]はG-可測ですから,E[XY,B]=E[E[|],B] ∀B∈を示せば十分です。

 

まず,=1A,A∈のときはE[1A[|],B]=E[E[|],A∩B]=E[,A∩B]=E[1A,B]ですから,E[1A,B]=E[1A[|],B] ∀B∈が成立します。

そこで-可測な単関数=Σi=1niAi(n∈,ai)のときにも,E[XY,]=E[E[|],B]∀B∈が成立します。

 

さらに極限を取ることにより,が一般のG-可測関数のときにも,この等式は成立します。

 

それ故,E[XY|]=E[|]です。特に=1と取ればE[|]=を得ます。

(4),の部分σ-加法族でとすれば,E[E[|]|]=E[|] (a.s),特にE[E[|]]=E[] (a.s)である。

(証明) 両辺ともH-可測ですから,E[E[E[|]|],B]=E[,B]∀B∈を示せば十分です。

 

ところが,条件付期待値の定義によって∀B∈ に対してE[E[E[|]|],B]=E[E[|],B]です。

 

そして,なので,∀B∈はB∈を意味しますから,E[E[|],B]=E[,B]∀B∈ です。すなわち,E[E[E[|]|],B]=E[,B]∀B∈,つまりE[E[|]|]=E[|]が得られます。

  

そして,特に≡{φ,Ω}と取ってを自明なσ-加法族とすれば,明らかに任意のσ-加法族に対してであり,E[,Ω]=E[],E[,φ]=0です。

 

それ故,E[E[|],Ω]=E[],E[E[|],φ]=0 が必要十分なので,E[|]=E[]です。

  

(つまりE[|]=E[]1Ω0・1φ=E[])

 

よって,この特別な場合を考えると,E[E[|]|]=E[|]はE[E[|]]=E[]に帰着します。

(5)(Jensenの不等式):ψは上の実数値関数で下に凸である(ψ(λx+(1-λ)y)≦λψ(x)+(1-λ)ψ(y),∀x,y∈,0≦∀λ≦1)とする。

 

ψ(X)が可積分ならψ(E[X|])≦E[ψ(X)|](a.s)となる。

 

特に,X∈Lp≡Lp(Ω,F,P),p≧1(E[|X|p]<∞)なら|E[X|]|p≦E[|X|p|] (a.s)である。

(証明) ψは下に凸なので,この曲線はその上の任意の点の接線より上にあります。

 

すなわち,∀a∈に対してc=c(a)∈が存在して,ψ(x)≧ψ(a)+c(x-a),x∈とできます。

 

特にx=X,a=E[X|]と取れば,G-可測関数c~=c~(ω)=c(E[X|])が存在してψ(X)≧ψ(E[X|])+c~(X-E[X|])であることがわかります。

したがって,(1),(2)よりE[ψ(X)|]≧E[ψ(E[X|])|]+E[c~(X-E[X|])|]が成立します。

 

ところが,ψ(E[X|])はG-可測なので(3)によりE[ψ(E[X|])|]=ψ(E[X|])です。そして,やはり(3)よりE[c~(X-E[X|])|]=c~(E[X|]-E[E[X|]|]=0 です。

 

以上から,Jensenの不等式:ψ(E[X|])≦E[ψ(X)|]が証明されました。

そして,ψ(x)≡|x|p,p≧1と置けば,これは下に凸ですから第2の不等式が得られます。

(6)n as n→ ∞ で,∈L1ならE[n|]→E[|] as n→ ∞ であってE[|]∈L1である。

(証明) (1),(5),(4)を順に用います。

E{|E[n|]-E[|]|}=E[|E[(n)|]|] ≦ E[E{|n||]=E{|n|→ 0 as n→ ∞ より,命題は証明されました。

(7)が独立なら,E[X|]=E[X]である。したがって,fを上のボレル関数としてf()が可積分なら,E[f()|]=E[f()]である。

(証明)は独立なので,∀B∈に対してE[,B]=E[]P(B)=E[E[],B]ですが,これはE[|]=E[]を意味します。

 

が独立なら,f()とも独立になるのでの代わりにf()と置けばE[f()|]=E[f()]が得られます。

以上です。

参考文献:舟木直久著「確率微分方程式」(岩波書店):小谷眞一 著「測度と確率」(岩波書店)

 

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309. 確率・統計」カテゴリの記事

コメント

 どもコメントありがとうございます。TOSHIです。

 ご質問に答えることは可能ですがブログ1記事分くらい必要です。本文で証明を略しているのは簡単であるからではなくそのために抽象的な定義と微妙な補助的な定理の証明の連鎖が必要だからです。

 証明はたいていの測度論か確率論関係の本に載っています。図書館かなんかでさがして読んでください。あるいはfolomy掲示板の数学の部屋で質問してみてください。

 私も本の証明を読んだことがあるだけでそれをタイプだけする気になりません。

 結論は当然とも思えますが証明は微妙で白紙状態から理解するのは結構大変です。素養がおありなら短くてすむのでお読みください。お役に立てなくてごめんなさい。

               TOSHI

投稿: TOSHI | 2009年2月18日 (水) 17時03分

すいません。突然ですが今すごく困っている問題を教えてもらえませんか。
「有界変動関数は絶対連続関数と特異関数の和で表わせることを示す」
できれば具体的に教えてください。お願いします。

投稿: | 2009年2月17日 (火) 22時42分

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