ブラウン運動と伊藤積分(7)
続きです。今日は確率積分を定義して導入する準備として二次変分という量の説明をします。
以下,フィルター付確率空間(Ω,F,P;Ft)はFtが右連続であり,かつ次の条件を満たしているものとします。
すなわち,N≡{A∈Ω|∃B∈F:A⊂B,P(B)=0}⊂F0 (これは確率測度がゼロの全ての集合がF0 に,それ故全てのtに対するFtに含まれることを意味します。)
右連続な確率過程At(ω):[0,∞)×Ω→[0,∞)であって,Ftに適合しており,t1<t2ならAt1≦At2<∞ a.sを満たすものを増加過程といい,増加過程全体をA+で表わします。
そして,A+によって2つの確率過程の族A,およびA+,cを,次のように定義します。
A≡{A1-A2:A1,A2∈A+},およびA+,c≡{A={At}∈A+:Atは連続}です。さらにAc≡{A={At}∈A:Atは連続}と定義します。
一方,∀p≧1に対してマルチンゲールの族Mp,およびMp,cを,Mp≡{M={Mt}:MはマルチンゲールでE[|Mt|p]<∞,∀t},およびMp,c≡{M={Mt}∈Mp:Mtは連続}によって定義します。
以下では,連続な局所マルチンゲールM(後述:定義7.5)に対して,M2-<M>がまた局所マルチンゲールとなるような連続増加過程<M>∈A+,cが一意的に存在して,この連続増加過程が二次変分という意味を持つことを示します。
そして,この事実は後に確率積分を定義する基礎となります。
ここで展開する解析は伊藤の公式を証明する際に有効に働きます。
まず,いくつかの補題や定理を与えます。
(補題7.1):{Mt}を連続マルチンゲールとする。このとき,M∈Aならば Mt=M0 ∀t a.s である。
(証明) M0=0として分割Δ:0=t0<t1<t2<..<tn=tを取り,|Δ|≡max0≦i≦n-1|ti+1-ti|とおきます。
M0=0 なので有界なマルチンゲールMtに対して,E[Mt2]=Σi=0n-1E[Mti+12-Mti2]=Σi=0n-1E[(Mti+1-Mti)2]≦E[sup0≦i≦n-1|Mti+1-Mti|Σi=0 n-1 |Mti+1-Mti|]です。
なぜなら,Mt のマルチンゲール性によりE[Mti+1|Fti]=Mtiなので,E[Mti+1Mti|Fti]=E[Mti+1|Fti]Mti=Mti2です。
つまりE[Mti+1Mti]=E[Mti2]なので,E[(Mti+1-Mti)2]=E[(Mti+12+Mti2-2Mti+1Mti)]=E[Mti+12-Mti2]だからです。
M={Mt}∈A でM0=0 なので,A10=A20=0 なる増加過程A1,A2が存在して,M=A1-A2 (Mt=A1t-A2t),{A1t},{A2t}∈A+と書くことができます。
そして,τk≡inf{t:A1t+A2t>k}({ }≠φのとき),∞ ({ }=φのとき)なる量を定義して,Mkt≡Mt∧τkとおけば,(定理6.2)によりMktは有界な連続マルチンゲールです。
そこで,E[Mkt2]≦E[sup0≦i≦n-1|Mkti+1-Mkti|Σi=0 n-1|Mkti+1-Mkti|]です。
Σi=0 n-1|Mti+1-Mti|=Σi=0 n-1|ΔMi|=Σi=0 n-1|ΔA1i-ΔA2i|≦Σi=0 n-1(ΔA1i+ΔA2i)=A1tn+A2tn=A1t+A2t でMkt=Mt∧τkにおいてはA1t+A2t≦kですから,E[Mkt2]≦kE[sup0≦i≦n-1|Mkti+1-Mkti|]となります。
lim|Δ|→0E[sup0≦i≦n-1|Mkti+1-Mkti|]=0 なので,lim|Δ|→0E[Mkt2]=0 ,つまりMkt=0 a.sです。
それ故,Mt=0=M0 a.sです。M0=0 という仮定は一般性を失わない仮定なので補題は証明されました。
(証明終わり)
次に分割Δ:0=t0<t1<t2<..<tn<tn+1<..(tn<t<tn+1)に対して,Qt(M;Δ)≡Σi=0n-1(Mti+1-Mti)2+(Mt-Mtn)2,Q0(M;Δ)≡0 と置きます。
以前の記事でブラウン運動{Bt}に関するものとして,再掲(定理2.3):"{Bt}t∈TをN次元ブラウン運動とする。t>0 に対して分割 Δ:0=t0<t1<t2<..<tn<t<tn+1を取り,|Δ|≡maxi|ti+1-ti |→ 0 とすると,各tに対してE[(∑i=0n-11Bti+1-Bti|2+1Bt-Bn|2-Nt)2] → 0 となる。"という命題,
および"{Bt}を1次元ブラウン運動とすると,Bt, Bt2-tはそれぞれマルチンゲールである。"という命題が証明されています。
そこで,1次元ブラウン運動{Bt}に関し,|Δ|→ 0 のとき,Qt(B;Δ) → t in L2(Ω)(L2は2乗可積分の空間="収束する"ことが差の絶対値の2乗がゼロに収束することを意味する空間)なること,またBt2-tがマルチンゲールとなることが既にわかっています。
ここでは,これを任意のM={Mt}∈M4,cに対して一般化します。
(定理7.2):M={Mt}∈M4,cとする。
このとき<M>0=0 を満たす<M>∈A+,cが存在して,|Δ|→ 0 のときQt(M;Δ)→<M>t in L2(Ω) ∀tとなり,M2-<M>がマルチンゲールとなる。
そして,M2-<M>がマルチンゲールとなるような<M>∈A+,cで<M>0=0 を満たすものは唯1つである。
この定理を証明する前に準備として2つの補題を与え,証明します。
(補題7.3):M={Mt}∈M4,cとするとき,分割Δに依らない定数cが存在してE[Qt(M;Δ)2]≦cが成り立つ。
(補題7.3の証明)まず,ある定数K≧0 が存在して,|Mt|≦Kの場合に示します。
Δ:s0=0<s1<..<sl<t<..とします。
sl+1=tとおくと,Qt(M;Δ)2={Σk=0l(Msk+1-Msk)2}2=Σk=0l(Msk+1-Msk)4+2Σj<k(Msj+1-Msj)2(Msk+1-Msk)2=Σk=0l(Msk+1-Msk)4+2Σj(Msj+1-Msj)2{Qt(M;Δ)-Qsj+1(M;Δ)}=Σk=0l(Msk+1-Msk)4+2Σj{Qsj+1(M;Δ)-Qsj(M;Δ)}{Qt(M;Δ)-Qsj+1(M;Δ)}となります。
ここで,E[{Qsj+1(M;Δ)-Qsj(M;Δ)}{Qt(M;Δ)-Qsj+1(M;Δ)}]=E[{Qsj+1(M;Δ)-Qsj(M;Δ)}(Mt-Msj+1)2]です。
なぜなら,(補題7.1)の証明の中でMtのマルチンゲール性を用いてM0=0 の場合のE[Mt2]の表現式を与えましたが,一般のM0の場合にはE[Mt2-M02]=E[Qt(M;Δ)]が得られます。
よって,E[Qt(M;Δ)-Qsj+1(M;Δ)}=E[Mt2-Msj+12]=E[(Mt-Msj+1)2]となるからです。
ここで,条件付期待値の性質:XがG-可測で積XYが可積分ならE[XY|G ]=XE[Y|G ] (a.s),およびE「E[X|G]」=E[X] (a.s)が成り立つことから,一般にE[XY]=E[XE[Y]]と書けることを用いました。
そこで,結局,E[Qt(M;Δ)2]=E[Σj=0l(Msj+1-Msj)4]+2ΣjE[{Qsj+1(M;Δ)-Qsj(M;Δ)}(Mt-Msj+1)2]≦E[(supj|Msj+1-Msj|2+2supj|Mt-Msj+1|2)Qt(M;Δ)]≦12K2E[Qt(M;Δ)]が得られます。
ここで,再びMtのマルチンゲール性から,E[Qt(M;Δ)]=E[Mt2-M02]≦K2なる,ことを用いるとE[Qt(M;Δ)2]≦12K4<∞です。
以上で,ある定数K≧0 が存在して|Mt|≦Kの場合に,補題が証明されました。
一般の場合はM*t≡sups≦t|Ms|とおいて,supj|Msj+1-Msj|2≦4(M*t)2と評価すれば,E[Qt(M;Δ)2]≦E[12(M*t)2Qt(M;Δ)]≦E[122(M*t)4]1/2E[Qt(M;Δ)2]1/2です。(シュヴァルツの不等式)
そこで,E[Qt(M;Δ)2]≦E[122(M*t)4]が得られます。
前記事で示した定理;再掲(定理6.1)"{Xt}t∈Tを右連続非負劣マルチンゲールとし,X*T≡sup0≦t≦T|Xt|とおくと(ⅰ)λpP(X*T≧λ)≦E[|XT|p],p≧1 (ⅱ) E[|X*T|p]≦[p/(p-1)]pE[|XT|p],p>1 が成り立つ。"を用いると,E[(M*t)4]≦(4/3)4E[|Mt|4]です。
そこで,不等式E[Qt(M;Δ)2]≦122(4/3)4E[|Mt|4]を得ます。
M={Mt}∈M4,cなので,定義によってE[|Mt|4]<∞ですから,E[Qt(M;Δ)2]<∞と結論されます。(補題7.3の証明終わり)
(補題7.4):{Ysn}をFtに適合した連続確率過程でlimn,m→∞E[sups≦t|Ysn-Ysm|2]=0 なるものとする。
このとき,連続確率過程{Ys}でFtに適合したものがあり{Ysn}の適当な部分列{Ysnk}を取れば,P(sups≦t|Ysnk-Ys| → 0 as k→ ∞)=1であり,limk→∞E[sups≦t|Ysnk-Ys|2]=0 となる。
(補題7.4の証明) nkをnk≧nk-1,E[sups≦t|Ysn-Ysm|2]≦1/23k;n,m≧nkなるように取ります。
このとき,チェビシェフの不等式によって,P(sups≦t|Ysnk+1-Ysnk|>1/2k)≦22kE[sups≦t|Ysnk+1-Ysnk|2] ≦1/2k ですから,Σk=1∞P(sups≦t|Ysnk+1-Ysnk|>1/2k)<∞です。
それ故,再掲,ボレル・カンテリの補題:
"{An}n=1,2,..を集合列としAをこれらの集合の無限個の共通に含まれる要素の集合,Pを確率測度とする。このとき,(a)ΣP(An)<∞ならP(A)=0 (b)ΣP(An)=∞ で事象Anが独立ならばP(A)=1 である。"
からP(∩m=1∞∪k=m∞{sups≦t|Ysnk+1-Ysnk|>1/2k})=0 です。
すなわち,Ω0≡∪m=1∞∩k=m∞{sups≦t|Ysnk+1-Ysnk|≦1/2k}とおけば,P(Ω0)=1 です。
ω∈Ω0に対して,あるmが存在してk≧mなる∀kに対してsups≦t|Ysnk+1-Ysnk|≦1/2kですから,j≧i≧mに対してsups≦t|Ysni-Ysnj|≦Σl=ij-11/2l≦1/2i-1となります。
つまり,{Ysnk}はC([0,t](s∈[0,t]についての連続関数の集合に属するコーシー列) (a.s)ですから,ある連続確率過程Ysがあって,sups≦t|Ysnk-Ys|→ 0 as k→ ∞ a.sです。
また,limk→∞E[sups≦t|Ysnk-Ys|2]=limk→∞limj→∞E[sups≦t|Ysnk-Ysnj|2]≦limk→∞liminfj→∞E[sups≦t|Ysnk-Ysnj|2]=0 が得られます。
(補題7.4の証明終わり)
途中ですが,長くなったので,(定理7.2)を証明する準備ができたところで一旦終わります。
参考文献:長井英生 著「確率微分方程式」(共立出版)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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