遅い粘性流(4)(Oseen近似)
1982年6月の覚書きノートから抜粋して,1928年のゴールドスタイン(S.Goldstein)の方法により,球を過ぎる一様流に対する定常オセーン近似の解について記述します。
半径aの小球のまわりの線型粘性流の速度ベクトルをv(r)で表わし,lim|r|→∞v=Uiとします。
v=Ui+uとおけば,uに対するオセーン近似(Oseen近似)の方程式と連続の方程式は,U(∂u/∂x)=-gradp/ρ+η△u/ρ (1),divu=0 (2)と表わされます。ρは密度,ηは第一粘性率です。
小球の中心を原点とし,r=|r|とおけばuに対する境界条件は,u=-Ui at r=a (3),u=0 at r=∞ (4),p=p∞(一定) at r=∞ (5)と書けます。
(1),(2)より,△p=0 (6)なのでp=ρU(∂Φ/∂x)(あるいは,p=ρU(∂Φ/∂x)+p∞ (7),かつ△Φ=0 (8)を満たす関数Φ(r)が存在します。
なぜなら,一般にp=ρU(∂Φ/∂x)なら,∂(△Φ)/∂x=0 より,Fをy,zの任意関数として△Φ=F(y,z)と書けます。
特にΦ≡{1/(ρU)}∫-∞xp(x',y,z)dx'と置くと,r→ ∞ に対してp → p∞(一定)より∂p/∂x → 0 ですから,ρU△Φ=(∂p/∂x)+∫-∞x [(∂2p/∂y2)+(∂2p/∂z2)]=(∂p/∂x)-[(∂p(x',y,z)/∂x')]-∞x=0 が成立するからです。
ここで,特にu≡-gradΦ (9)とおけば(7),(8),(9)は明らかに(1),(2)の1つの解であることがわかります。
そこで,一般解を求めるためにu'をu≡-gradΦ+u'(10)で定義します。また,k=ρU/(2η) (11)とおきます。
このとき,(1),(2)は,それぞれ[△-2k(∂/∂x)]u'=0 (12),divu'=0 (13)となります。
渦度ωをω≡rotu=rotu' (14)で定義すると,[△-2k(∂/∂x)]ω=0 (15)が成立します。
ところで,x軸(θ=0)の周りで流れは完全に対称なので,この軸を含む任意の平面に関して流速ベクトルは左右対称であり,その平面を横切るような流速成分は存在しません。
したがって,uφ=0 であり渦線は極軸(θ=0)のまわりの円環を形成することがわかります。
すなわち,ωは上述の平面に垂直な成分のみを持つのでiω=0 ,つまりωx=0 (16) です。
故に,div(rot)=0 より(∂ωy /∂y)+(∂ωz /∂z)=0 (17)を得ます。そこで,xと(y2+z2)1/2のみ,つまりrcosθとrsinθのみの関数χ(r,θ)が存在してωy =-∂χ /∂z,ωz =-∂χ /∂y (18)と書けます。すなわち,ω=-rot(χi)です。
(15)より,∂[{△-2k(∂/∂x)}χ]/∂z=0,∂[{△-2k(∂/∂x)}χ]/∂y=0 なので,{△-2k(∂/∂x)}χ=g(x)と書けます。
ここで,df/dx=-e2kx∫g(x)e-2kxdx;g(x)≠0 なるf(x)に対してχ'≡χ+f(x)と置けば{△-2k(∂/∂x)}χ'=0 とできるので,一般性を失うことなく{△-2k(∂/∂x)}χ=0 (19)としてよいことになります。
ところで,rotω=rot(rotu')=grad(divu')-△u'=-△u'ですが,一方,ω=-rot(χi)よりrotω=-grad{div(χi)}+(△χ)iです。
これと,{△-2k(∂/∂x)}χ=0 (19)よりrotω=-∂(gradχ-2kχi)/∂x (20)を得ます。また,[△-2k(∂/∂x)]u'=0 (12)よりrotω=-2k(∂u'/∂x) (21)も成立します。
そこで,(20),(21)より∂{u'-gradχ/(2k)+χi}/∂x=0 (22)なので,u'≡ gradχ/(2k)-χi+A(y,z)と書けます。
ところで,divu'=0,rotu'=-rot(χi),[△-2k(∂/∂x)]u'=0,{△-2k(∂/∂x)}χ=0 なので,divA=0,rotA=0,△A=0 となります。
Aはy,zだけの関数なので,y,zだけの関数ψ(y,z)が存在してA=-gradψ,△ψ=(∂2ψ/∂y2)+(∂2ψ/∂z2)=0 と書けます。
そして,u=-gradΦ+u' (10)よりu=-grad(Φ+ψ)+gradχ/(2k)-χiとして良いことになります。∂ψ/∂x=0 ですからp=ρU(∂Φ/∂x) (7)はp=ρU{∂(Φ+ψ)/∂x} (7)'と書けます。
また.△Φ=0 (8)も△(Φ+ψ)=0 (8)'と書けます。それ故,ベクトルA=-gradψは解にとって本質的な量ではないので落としてもかまいません。
したがって,(22)よりu'= gradχ/(2k)-χi(23),あるいはu=-gradΦ+gradχ/(2k)-χi(24)と書いてよいことになります。
ところで,χ'≡e-k xχ ⇔ χ≡ekxχ'(25)によってχ'を定義すれば{△-2k(∂/∂x)}χ=0 (19)によってχ'に対してヘルムホルツの方程式(△-k2)χ'=0 (26)が成立します。
次に解を極座標系(r,θ,φ)で表わすことを考えます。r,θ,φ方向単位ベクトルをそれぞれer,eθ,eφと置きます。
任意関数fについてdf=(gradf)dr=(gradf)(drer+rdθeθ+rsinθdφeφ)なので,gradf=(∂f/∂r)er+(1/r)(∂f/∂θ)eθ+{1/(rsinθ)}(∂f/∂φ)eφです。
また,i=e1=(er,eθ,eφ)t(cosθ,-sinθ,0),j=e2=(er,eθ,eφ)t(sinθcosφ,cosθcosφ,-sinφ),k=e3=(er,eθ,eφ)t(sinθsinφ,cosθsinφ,cosφ)となります。
それ故,(i,j,k)=(e1,e2,e3)≡(er,eθ,eφ)Tで変換行列Tを定義すれば,t(ur,uθ,uφ)=Tt(u1,u2,u3)となります。
それ故,u=-gradφ+gradχ/(2k)-χi(24)を極座標表示すると
ur=-(∂Φ/∂r)+{1/(2k)}(∂χ/∂r)-χcosθ=-(∂Φ/∂r)+{ekx/(2k)}(∂χ'/∂r)-(ekx/2)χ'cosθ(27),
uθ=-(1/r)(∂Φ/∂θ)+{1/(2kr)}(∂χ/∂θ)+χsinθ=-(1/r)(∂Φ/∂θ)+{ekx/(2kr)}(∂χ'/∂θ) +(ekx/2)χ'sinθ(28),uφ≡0 (29)となります。
また,Φ,χ'をr,θで表わすと次式のようになります。
Φ=Σn=0∞(An/rn+1)Pn(cosθ) (30),χ'=Σn=0∞[Bnχn(kr)Pn(cosθ)] (31)です。ここに,χn(z)≡(2n+1){π/(2z)}1/2Kn+1/2(z) (32)です。
境界条件(3),(4)は,次のようになります。ur=-Ucosθ,uθ=-Usinθ at r=a (33),ur=uθ=0 at r=∞ (34)です。
(33)を用いると,半径aの球全体に働く抵抗DをΦとρ,Uのみを使って表現することができます。
以下にそれを証明します。
ニュートン・ストークスの公式によれば応力テンソルPijはPij=-pδij+2ηeij (35)で与えられます。
ここで,eijは歪み速度テンソルでeij≡(∂vi/∂xj+∂vj/∂xi)/2=(∂ui/∂xj+∂uj/∂xi)/2 (36)で定義されます。
そして,nを球面の外向き法線として,応力をf≡f(n)で表わすとfはfi=Pijnj (37)で与えられます。
球面の外向き法線方向は常にr方向に一致するので,(35),(37)よりfr=Prr=-p+2ηerr (38),fθ=Pθr=Prθ=2ηerθ (39),fφ=Pφr=Prφ=2ηerφ (40)となります。
直交曲線座標に関する定理を,線素dr,rdθ,rsinθdφに適用すると,err,erθ,erφは次のように表わされます。
err=∂ur/∂r (41),erθ=[(1/r)(∂ur/∂θ)+r{∂(uθ/r)/∂r}]/2 (42),erφ=[{1/(rsinθ)}(∂ur/∂φ)+r{∂(uφ/r)/∂r}]/2≡0 (43)です。よって,fφ=Prφ≡0 です。
そして,抵抗Dは次式で与えられます。
D=∫r=a[Prrt(cosθ,sinθcosφ,sinθsinφ)+Prθt(-sinθ,cosθcosφ,cosθsinφ)]dS (44) です。
fr=Prrおよびfθ=Prθは角変数φを含まないので,明らかにD2=D3=0 です。
そして,ゼロではない唯一の抵抗成分D1を改めてDと書けば,D=2πa2∫0πdθsinθ(Prrcosθ-Prθsinθ) (45)となります。
ここで,まず圧力pをφ,χで表現すると,p=ρU(∂Φ/∂x)=ρU{cosθ(∂Φ/∂r)-(sinθ/r)(∂Φ/∂θ)} (46)です。
また,(27),(41)よりerr=∂ur/∂r=-(∂2Φ/∂r2)+{1/(2k)}(∂2χ/∂r2)-(∂χ/∂r)cosθです。
△Φ=0 より,-(∂2Φ/∂r2)=(2/r)(∂Φ/∂r)+{1/(r2sinθ)}{sinθ(∂Φ/∂θ)}です。
また,{△-2k(∂/∂x)}χ=0 から,{1/(2k)}(∂2χ/∂r2)={-1/(kr)}(∂χ/∂r)-{1/(2kr2sinθ)}{sinθ(∂χ/∂θ)}+(∂χ/∂r)cosθ-(sinθ/r)(∂χ/∂θ)ですから,結局次式が得られます。
err=(-2/r)[-(∂Φ/∂r)+{1/(2k)}(∂χ/∂r)-χcosθ]-{1/(rsinθ)}(∂/∂θ)[(-1/r)(∂Φ/∂θ)+{1/(2kr)}(∂χ/∂θ)}+χsinθ],つまりerr=-2ur/r-{1/(rsinθ)}{∂(uθsinθ)/∂θ}=2Ucosθ/a-2Ucosθ/a≡0 (47)となります。
また,(27),(28),(42)よりerθ=[(1/r)(∂ur/∂θ)+r{∂(uθ/r)/∂r}]/2={-uθ/r(∂uθ/∂r)+(1/r)(∂ur/∂θ)}/2は次のように変形されます。
ここで,ノートには詳細な計算過程が記されていますが,erθについてもerr=∂ur/∂rの場合と同様なので,詳細は割愛します。
結局,erθ=ρU{(∂Φ/∂r)sinθ+(cosθ/r)(∂Φ/∂θ)} (48) となります。
(38),(39),および(47),(48)によりPrrcosθ-Prθsinθ=-ρU(∂Φ/∂r) (49)となります。
そこで,小球が流れの向きに受ける抵抗力の大きさは,D=2πa2∫0πdθsinθ(Prrcosθ-Prθsinθ) (45)によりD=-2πa2∫-11d(cosθ)[ρU(∂Φ/∂r)] (50)となります。
そして,Φ=Σn=0∞(An/rn+1)Pn(cosθ) (30)によれば∂Φ/∂r=-Σn=0∞{(n+1)AnPn(cosθ)/rn+2}なので,Pn(cosθ)の直交性により,結局D=4πρUA0 (51)なる重要な式が得られました。
以下は,もうノートには記載されていなくて手元にはゴールドスタイン(S.Goldstein)の論文しかないので概略のみ記述します。
uが境界条件:ur=-Ucosθ,uθ=-Usinθ at r=a (33),ur=uθ=0 at r=∞ (34)を満たすという条件から次式を得ます。
Φ=Σn=0∞(An/rn+1)Pn(cosθ) (30),χ'≡e-k xχ (25),χ'=Σn=0∞[Bnχn(kr)Pn(cosθ)] (31) (ただしχn(z)≡(2n+1){π/(2z)}1/2Kn+1/2(z))における係数AnとBnの関係が得られ,A0={π/(4k2)}Σm=0∞{(2m+1)Bm}です。
つまり,k=ρU/(2η) (11),D=4πρUA0 (51)から,D=(2π2η/k)Σm=0∞{(2m+1)Bm},あるいは抵抗係数をCD≡D/(ρπa2U2/2)とおいて,CD={2π/(ka)2}Σm=0∞{(2m+1)Bm /U}となります。
レイノルズ数RはR=ρUL/η=UL/ν=2ρUa/η=4kaとなるので,境界条件によってBnの満たすべき条件から,球Bessel関数χn(ka)を近似計算して抵抗係数CDを求め,(ka)あるいはRのべきで展開します。
それによって,この論文の結論となる近似式:CD=(24/R)[1+3R/16-19R2/1280+71R3/20480-30179R4/34406400+122519R5/560742400+...] (52)が得られます。
しかし,先に指摘したようにオセーン近似は遅い流れに対する単なる近似であり,そして近似としても重大な欠点を持っています。
それ故,この展開式(52)はオセーン近似の範囲内では正しくてもナビエ・ストークス方程式に基づく厳密な抵抗係数とはRの高次の項で一致しません。
したがって,この式のRの高次の展開項はある意味では意味がないと考えられます。
ナビエ・ストークス方程式に基づく厳密解によれば,これと同一の流体系での抵抗係数CDとしてCD=(24/R)[1+3R/16+(9R2/160)(logR+γ+2log2/3-323/360)+27R3logR/640+O(R3)] (53)なる表式が得られています。ここにγはEulerの定数γ=0.57721...です。
これを見ると,近似式(52)は第2項,つまりRの1次までしか厳密解を正しく表現していないことがわかります。
参考文献:Sydney.Goldstein,B.A.,Ph.D.St.John's College,Cambridge."Steady Flow of Viscous Fluid Spherical Obstacle at Small Reynolds Numbers"(Communicated by H.Jeffreys,F.R.S.-Received December31,1928) Proc.Roy.Soc.A 123,pp225-235,巽友正 著「流体力学」(1982)(培風館)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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