フォノンと多体問題(超伝導の基礎)(3)
本題のフォノン(phonon)そのものを説明する段階となりました。
格子を形成するイオンの配列の周期構造を全く考慮しない粗い近似のジェリウム・モデルに加えて,格子イオンが電子の運動と比較して静止しているという断熱近似のままでは,電子の運動とは別にイオン振動に起因すると思われるさまざまな固体物理の現象をうまく説明することはできません。
イオン振動は,一方では常温における金属の電気抵抗の主要な原因となり,他方では電子間に引力を与え,この引力が超伝導を引き起こす原因をなします。
イオン振動を考察する上でも周期構造は必要ないので,粗い近似のジェリウム・モデルをそのまま採用します。すなわち,イオン系の全体を連続媒質とみなすのは前と同じです。
しかし,ここでは金属-イオン系は静止した一様な単なる背景場ではなく自身が運動し得る弾性媒質であると考え,その位置rにおける時刻tでの各イオンの平衡位置からの変位は微小であると仮定して,その変位の場をu(r,t)と書きます。
一般に弾性体における波:弾性波,あるいは音波で主要な役割を果たすのは縦波成分のみである場合が多いので,ここでのイオン振動でも話を縦振動に限定する近似を採用します。
このとき,変位u(r,t)は次のような形のフーリエ(Fourier)展開として表現できます。すなわち,u(r,t)=V-1/2∑kik-1kηk(t)exp(ikr)です。
ここでは,ik-1ηk(t)がkとtの任意関数で与えられるフーリエ展開の係数を示しており,単位ベクトルk-1kは振動が縦波であることを保証します。また,変位u(r,t)は実数なので,ηk*=η-kです。
イオン振動は,最初に何らかの原因で生じたイオンの"平衡位置からのずれ=変位"によって誘起された分極のために生じた電場により,電荷を持ったイオン自身が力を受けてさらに変位する。という関係式を表現した運動方程式で記述されます。
すなわち,イオン1個の正電荷を-Zeとし単位体積当たりのイオンの個数をniとすると,変位uによって誘起される単位体積当たりの電気分極は,P=-Zeniuです。
このとき,イオンの変位により誘起される電荷密度ΔρiはΔρi=-divPで与えられるので,これをフーリエ級数で表わすとΔρi(r)=-V-1/2∑kZenikηkexp(ikr)となります。
Δρiによって金属内に生じる電場の静電ポテンシャルをA0(r)とし,イオン1個の質量をMとすると,運動方程式は,M(∂2u/∂t2)=Ze(∂A0/∂r)となります。
そこで,これに変位のフーリエ展開表現u(r,t)=V-1/2∑kik-1kηk(t)exp(ikr)とA0(r)のフーリエ展開表現A0(r)=V-1/2∑kAkexp(ikr)を代入すると,波数ベクトルkによる運動方程式の表現d2ηk/dt2=-(Ze/M)kAkが得られます。
ここで,静電場のポアソン方程式-ε(k)k2Ak=4πqkにおいて,右辺の電荷成分qkがイオン分極電荷の表現Δρi=-V-1/2∑kZenikηkexp(ikr)により,qk=Zenikηkで与えられることに注意すれば,イオンの運動方程式はd2ηk/dt2=-ωk2ηkという単振動の方程式に帰着することがわかります。
これは,u(r,t)=V-1/2∑kik-1kηk(t)exp(ikr)なる表示と合わせて考えると,イオン振動が多数の調和振動子の集まりであることを示していると考えられます。
ここで,ωk≡Ωp{ε(k)}-1/2は波数kのイオン振動の角周波数であり,Ωp≡(4πZ2e2ni/M)1/2は電子雲によるシールド(遮蔽)を無視したとき,つまりε(k)=1としたときの波数kに無関係なイオン振動の角周波数に相当するイオンプラズマ周波数です。これは金属の場合には,Ωp~1013sec-1程度です。
既に電子の誘電分極の項目で述べたように,電子雲による遮蔽を考慮すると,誘電率ε(k)はε(k)=1+ks2/k2,ks=(6πne2/εF)1/2と表現できます。
この遮蔽効果は,長波長k<<ksの振動に著しく影響します。すなわち,k<<ksでは,ωk~sk,s≡Ωpks-1/2=(Zm/3M)1/2vFとなります。
つまり,長波長の振動は近似的に周波数が波長に反比例し,群速度が位相速度に一致する波となります。比例定数sは通常の"金属弾性波の速度の大きさ=金属の音速"です。
金属の音速sの大きさは,105cm・sec-1=103m・sec-1程度です。
イオンの振動エネルギーは,イオンの運動エネルギーと,イオンの運動による変位により生じた誘導電荷Δρiに伴なう静電エネルギーとの和で表わされます。
すなわち,体積Vの関数であるという意味で"ハミルトニアン=エネルギー"をHVと書くと,それはHV=∫dr{(1/2)Mni(∂u/∂t)2)+(1/2)A0Δρi}と表現できます。
これに,u=V-1/2∑kik-1kηkexp(ikr),A0=V-1/2∑kAkexp(ikr),Δρi=V-1/2∑kZenikηkexp(ikr)を代入して積分を実行し,さらにAkをηkで表現すると,ハミルトニアン=エネルギーHVは,ηkの2次式になります。
すなわち,HV=∑kk'∫dr(1/2)[(Mni/V)k-1k'-1kk'(dηk/dt)(dηk'/dt)+ (4πZ2e2ni2k-1k'/V){ε(k)ε(k')}-1/2ηkηk']exp{i(k+k')r}を計算すると,結果としてHV=∑k(1/2)(Mni)[(dηk/dt)(dη-k/dt)+ωk2ηkη-k]を得ます。
ここで,4πZ2e2ni2/ε(k)=Mniωk2なる等式を用いました。なおη-k=ηk*という付帯条件があります。
一方,d2ηk/dt2=-ωk2ηkの一般解は積分定数をBkとすると,ηk=(2Mni)-1/2[Bk exp(-iωkt)+B-k+exp(iωkt)]と書くことができます。
これから,(dηk/dt)(dη-k/dt)=[ωk2/(2Mni)][BkBk*-BkB-k exp(-2iωkt)-B-k*Bk*exp(2iωkt)+B-k*B-k],ηkη-k=[1/(2Mni)][BkBk*+BkB-kexp(-2iωkt)+B-k*Bk*exp(2iωkt)+B-k*B-k]が得られます。
それゆえ,結局,古典論でのイオンの振動エネルギーの波数による表現はHV=∑kωk2Bk*Bkとなります。ここで,総和するkには正,負,0 の許される全ての値が含まれています。
ここで許される全ての値と書いたのは,金属バルクは振動の自由度が無限大の本当の連続体ではなくて,実際には波長は格子間隔オーダーより短かくなれない。という"短波長の限界=切断波長(cutoff)"があるので,全ての実数値を取ることができるわけではないという意味です。
つまり,金属バルク全体のイオンの個数はNiという有限値で与えられているので,振動の自由度は3Niという有限な値であって無限大ではありません。そして,縦波に限定するなら振動の自由度はNiです。
したがって,ジェリウム・モデルという近似においてもkの大きさには上限値kmがあると考えます。
そして,上限値kmは,大きさkがkm以下の波数kの総数がNiであるという条件から決まります。
前記事でフェルミ波数kFをkF=(3π2n)1/2;n=N/Vと求めたのと同様にして,波数の上限値kmはkm=(6π2ni)1/2~108cm-1;ni=Ni/Vで与えられることがわかります。そして,対応する周波数の上限値はωm~skm~1013sec-1です。
ここで振動の量子化を行ないます。弾性波,つまり音波を量子論的に表現したときに現われる粒子をフォノンと呼びます。
振動エネルギーに対する古典力学の表式:HV=∑kωk2Bk*Bkが任意の正の(非負の)値を取り得るのに対して,量子力学はこの表式がNk=0,1,2,..としてNkhcωkという,とびとびの値しか取り得ないことを表現する理論です。(hc≡h/(2π)でhはプランク定数)
もっとも,正しくは量子論では不確定性原理のもたらす,ゆらぎのため,HV=∑k(Nk+1/2)∑hcωk=∑kNkhcωk+(1/2)∑khcωkとなって,全てのNkがゼロの"最低エネルギー状態=真空"でも無限大の零点エネルギー(1/2)∑khcωkが必然的に存在することになります。
しかし,実際のエネルギーを"最低エネルギー状態=真空"の値を基準にして,そこから測ることにすれば上述の論旨を変更する必要はありません。
hcωkを波数kを持った"1個の粒子=フォノン"のエネルギーといいNkをそうした粒子フォノンの個数,あるいは電子気体の場合に倣って占有数と呼ぶことにします。
量子化の数学的な手続きとしては,イオン振動の変位uあるいは同じことですが振幅Bk,Bk*という古典論においては単なる数であるものを,状態に作用する線形演算子と見なすことが対応します。
すなわち,Bk→(hc/ωk)1/2bk,Bk*→(hc/ωk)1/2bk+とし,bk,bk+を互いにエルミート共役な線形演算子であるとします。
∀φ,χについて,<φ|bk |χ>*=<χ|bk+|φ>が成立します。したがって,積bk+bkはエルミートであり,それ故,その固有値は全て実数です。
そして,古典論での振動エネルギーの表式HV=∑kωk2Bk*Bkは量子論では,HV=∑khcωkbk+bkとなります。
量子論におけるエネルギーは,このHVの固有値ですから演算子bk+bkの固有値が丁度フォノンの占有数Nkに他ならないことがわかります。
一方,演算子bk自身はフォノンを1個消滅させ,bk+はそれを1個生成させる働きを持ちます。
bkとbk+がこうした働きを持つことを示すために,調和振動の演算子を特徴付ける交換関係に着目します。
2つの演算子A,Bの交換子を[A,B]≡AB-BAで定義すると,bkおよびbk+の交換関係は[bk,bk'+]=δkk'=1 (k=k'), 0 (k≠k'), [bk,bk']=[bk,bk'+]=0 で与えられます。
そして古典論のHV=∑kωk2Bk*Bkというエネルギーの表式を変換して,量子論ではHV=∑k(Nk+1/2)hcωkという表式が得られます。
右辺に,余分の零点エネルギーが出現する原因は,古典論ではBkとBk*が交換可能な数であるのに対して,量子論ではこれを読み変えたbkとbk+が交換不可能な演算子であることです。
bk+bkの固有値がnであるときの固有関数をΦnと書き,これにbk+を作用させたものをχ≡bk+Φnと書くことにします。
たった今記述した交換関係によれば,bk+bkχ=bk+(1+bk+bk)Φn=(n+1)χですから,Φnと比較してχ=bk+Φnはbk+bkの固有値が(n+1)に属する固有関数になっており,それ故,χ=bk+Φnはフォノンが1個増加した状態を表わすと解釈されます。
同様に,bkΦnはbk+bkの固有値が(n-1)に属する固有関数になっており,それ故,bkΦnはフォノンが1個減少した状態を表わします。ただし,n=0 の場合はbkΦ0=0 です。
そこで,ハミルトニアンHV=∑khcωkbk+bkの固有値は∑khcωkNk (Nk=0,1,2,..)の形になりますから,イオン振動はフォノンからできた1種の完全気体(理想気体)と見ることができます。
電子気体の場合とは異なり,占有数は 0と1だけではなく,任意のゼロ以上の整数値を取れるので,フォノンはボーズ粒子(Boson)です。
このフォノン気体の電子気体とのもう1つの違いは,金属中の電子の総数がNという固定した値に限定されているのとは異なって,金属中のフォノンの総数は固定したものではないということです。
まず,絶対零度:T=0 でのフォノン数はフォノン気体の全エネルギーが最小になるという条件から決まります。この最低エネルギー状態はkm以下の全てのkについてNk=0 なる状態,つまりフォノンが全く存在しないという意味での真空です。
この真空を表わす状態関数をΦ0とすると,全てのkについてbkΦ0=0 が成り立ちます。逆に,このことがΦ0が"真空=最低エネルギー状態"を示す状態関数であるための必要十分条件になっています。
温度が上昇すると,フォノンは熱的に励起されます。その平均数を求めるには電子気体の場合と同じくボーズ粒子から成る気体のエントロピーS=kBΣk[(1+<Nk>)log(1+<Nk>)-<Nk>log<Nk>]を極大にすることを考えればいいです。
この場合は,副条件としては全エネルギーが一定であるという条件だけでよく,フォノンの総数が一定という制約は不要です。
そこで,ラグランジュの未定係数法での1つの未定係数としてのフォノンの化学ポテンシャルμは光子気体の場合のそれと同じくゼロしてよいことになります。
こうして,Ω≡E-TS,δΩ/δ<Nk>=0 なる変分方程式を解くわけです。
これを実行する具体的計算は省略して結果だけを書くと,絶対温度Tで熱平衡にあるフォノン気体では,"波数kを持つ平均フォノン数=平均占有数"<Nk>は,<Nk>=1/[exp{hcωk/(kBT)}-1]なるプランク分布になります。
すなわち,熱平衡でのフォノンの平均数は,空洞に閉じ込められて熱平衡にある"電磁波=光子気体"の光子(フォトン)の平均数と同じ分布形で与えられます。
フォノンの数は無制限ですが,1個のフォノンのエネルギーには上限があり,それはhcωm=hcskmで与えられます。これを温度に換算したΘD=hcωm/kBをデバイ温度と呼びます。ΘDは100K程度です。
<Nk>=1/[exp{hcωk/(kBT)}-1]において,温度TがΘDよりずっと高いなら,hcωk<Nk>~kBTとなります。
このときのフォノン気体の比熱cVを計算すると,これには縦波だけでなく横波も寄与するので,<HV>=∑khcωk<Nk>~3NikBT→cV=∂<HV>/∂Tによって,固体が温度に依らない3NikBという比熱を有するというデュロン・プティの法則が得られます。
これは常温では電子気体の比熱の100倍程度なので,こうした温度では電子による比熱の寄与は無視され,イオン振動による寄与のみで固体比熱を説明することができます。
他方,ΘD=hcωm/kBよりずっと低い温度Tでは,イオン系については長波長のフォノンだけが熱的に励起されています。
この場合ωkはkに比例することに注意して計算してみると,フォノン数,エントロピー,比熱は全てT3に比例することがわかります。
上記の命題を表現するデバイ(Debye)の比熱理論については,既に過去記事でも何度か書いたので,計算式のみを羅列してみます。
弾性波の位相速度をsとすると,ω=sk,k=2π/λです。固体バルクを一辺Lの立方体と理想化すると,λ=L,L/2,L/3,..よりω=2πs/L,2(2πs/L),3(2πs/L),..です。
そこで,(2πs/L)3d3n=d3ω,またはd3n=ω2Vdω/(2π2s3)です。しかし,実は波の自由度が縦波と横波を合わせて3なので,d3n=3ω2Vdω/(2π2s3)です。
そこで,∫0ωm[3ω2Vdω/(2π2s3)]=3Niですから,ωm=(6π2Ni)1/3sです。つまり,ωm3=6π2Nis3であり,そこで,(kBΘD)3=hc3ωm3=6π2Nis3hc3です。それ故,3V/(2π2s3)=9Nihc3V/(kBΘD)3とも書けます。
そして,フォノンの総数はNph=[3V/(2π2s3)]∫0ωmω2dω/[exp{hcω/(kBT)}-1}~[9Ni(T/ΘD)3]∫0∞x2dx/[exp(x)-1]=3Ni(T/ΘD)3Γ(3)ζ(3)≒21.6Ni(T/ΘD)3で与えられます。
また,エネルギーはE=[3V/(2π2s3)]∫0ωmhcω3dω/[exp{hcω/(kBT)}-1]~[9RT(T/ΘD)3]∫0∞x3dx/[exp(x)-1]=(3/5)π4RT(T/ΘD)3です。
よって,フォノンによる比熱はcV ~(12/5)π4R(T/ΘD)3です。
次に,フォノンによるエントロピーは,S=E/T-∑kkBlog[1-exp{-hcω/(kBT)}]=E/T-Φ;Φ=[3kBV/(2π2s3)]∫0ωmω2 log[1-exp{-hcω/(kBT)}]dω~[9Ni(T/ΘD)3]∫0∞x2 log[1-exp(-x)]dx∝T3で与えられます。
実際,簡単な金属比熱の計測実験によれば,常温では比熱の値が温度に無関係であり,低温で正常状態にある場合には,cV ~ γT+βT3という形の温度依存性を有することがわかっています。
このうち,γTの部分は,フォノン気体によるのではなく,電子気体の寄与によるものです。
今日はここまでにします。次回はイオン系をフォノンとみなすだけではなく,電子系も生成・消滅演算子で表現して電子波を粒子をとして扱い,それによって電子-フォノン相互作用を説明する予定です。
参考文献:中嶋貞雄 著「超伝導入門」(培風館)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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