フォノンと多体問題(超伝導の基礎)(4)
前回はイオン系のイオン振動を量子化して,"調和振動をする自由粒子=フォノン(phonon)"の集まりとして定式化しましたが,今度は電子系を第2量子化して電子波の集まりとする定式化を行ないます。
運動量hckとスピンσを持つ電子を消滅する演算子をakσ,生成する演算子をakσ+と書けば,これらは互いにエルミート共役です。ただしhc≡h/(2π)でhはプランク定数です。
そして,フォノンにおいて,演算子bk+bkの固有値がその占有数Nkを与えたのと同じく,演算子akσ+akσもエルミート演算子であり,その固有値は電子系の状態:(k,σ)を占める電子の占有数:nkσです。
しかし,電子は"フェルミオン(Fermion)=フェルミ粒子"であり,nkσは 0と1の2つの値しか取ることができないというパウリの排他原理(禁制原理)があります。
これは,"フェルミオンから成る同種多粒子系の波動関数は粒子の入れ換えに対して反対称で,粒子を入れ換えると,その符号を変える"というより根源的な法則に根ざしています。
こうした法則は,生成・消滅演算子akσとakσ+が交換関係ではなくて,反交換関係を満足するとすれば,この関係の反映として自然に得ることができます。
すなわち,2つの演算子A,Bの反交換子を{A,B}≡AB+BAによって定義し,akσとakσ+の間には,次のような反交換関係が成立するとします。
{akσ,ak'σ'+}=δkk'δσσ',{akσ,ak'σ'}={akσ+,ak'σ'+}=0 です。
これに,k=k',σ=σ'を代入すれば,akσ2=(akσ+)2=0 となります。これは,同じ(k,σ)を持つ電子を2個以上生成したり消滅したりすることはできないことを意味し,確かにパウリの排他原理が実現されるための十分条件になっています。
また,(akσ+akσ)2=akσ+(1-akσ+akσ)akσ=akσ+akσなので,akσ+akσの固有値は確かに0と1の2つに限られます 。
電子気体の全エネルギーは,演算子He=∑k∑σεkakσ+akσの固有値と見なせます。そして,全電子数は演算子N =∑k∑σakσ+akσの固有値で与えられると考えられます。
ただし,正確な電子のエネルギーの表式は,He=∑k∑σεk(akσ+akσ-1/2)で,フォノンの場合と同じく最低状態でも零点エネルギーがあります。
ただ,電子のようなフェルミ粒子では,零点エネルギーは負の無限大になります。
いずれにしても,これによって,観測量としての物理的エネルギーを表現するには,エネルギーの原点をずらす必要があります。
(そういえば,過去にはボーズ粒子(boson)の零点エネルギーの正の無限大と,フェルミ粒子のそれの負の無限大が相殺する結果として,物理的世界が有限に収まるという主旨の論文もありました。
(超対称性(Boson-Fermion対称性)も,これを実現するようです。))
次に,運動量,または波数kによる表示の生成・消滅演算子akσ,akσ+を各点の位置rでの表現と考える座標表示の演算子を定義します。
すなわち,ψσ(r)をψσ(r)≡V-1/2∑kexp(ikr)akσ,ψσ+(r)≡V-1/2∑kexp(-ikr)akσ+によって定義します。
これが,電子波を表わす演算子であると考えると,そのフーリエ係数が運動量表示の生成・消滅演算子となります。結局,主要な論旨は"イオン振動=フォノン"の場合と同じになります。
電子気体のエネルギーHeや全電子数N は座標表示でも表現できて,He=∫drΣσψσ+(r)[-hc2∇2/(2m)+U0]ψσ(r),N =∫drΣσψσ+(r)ψσ(r)となります。
そこで,Σσψσ+(r)ψσ(r)は各点rにおける電子数密度を表わす演算子と考えることができます。
そして,電子系も自由なジェリウム電子気体ではなく,外力が作用している,つまりポテンシャルが定数:U0ではなくてU(r)で与えられるときには,電子ハミルトニアンHeにおいて,U0を含む項を次の式で置き換えればよいことがわかります。
すなわち,∫drU(r)Σσψσ+(r)ψσ(r)=V-1∑k∑k'ΣσUk-k'akσ+ak'σで置き換えればいいわけです。ここで,Uk-k'はフーリエ展開U(r)≡V-1/2∑qUq exp(iqr)の係数です。
例えば,外場が不純物原子による遮蔽ポテンシャルU(r)=Qexp(-ksr)/rである場合なら,Uq=(V)-1/24πQ(q2+ks2)です。
そして,∫drU(r)Σσψσ+(r)ψσ(r)=V-1∑k∑k'ΣσUk-k'akσ+ak'σの右辺のakσ+ak'σは運動量がhck'の電子を消滅させて運動量がhckの電子を生成する働きを表わしているので,これは外力によって電子の運動方向が曲げられる散乱過程を表現しています。
これは,ファインマン・ダイアグラム(Feynman-diagram)でいえば,1本の電子線が位置rでポテンシャルの作用を受けて曲がるという,1本の折れ線軌跡を表わしていると考えられます。
もしも,電磁場の中での2個の電子の衝突のように,2本の折れ線が相互作用するダイアグラムなら,これは摂動の2次,つまり∫drU(r)Σσψσ+(r)ψσ(r)=V-1∑k∑k'ΣσUk-k'akσ+ak'σの形の項の2次の相互作用です。
位置r1,r2にある2個の電子に働く2体力のポテンシャルを改めてU(r1-r2)と書けば,それによるエネルギーは(1/2)∫∫dr1dr2U(r1-r2)Σσ1Σσ2ψσ1+(r1)ψσ2+(r2)ψσ2(r2)ψσ1(r1)=[1/(2V)]Σq∑k1∑k2Σσ1Σσ2Uqak1+qσ1+ak2-qσ2+ak2σ2ak1σ1となります。
イオン振動に伴なって電場が生じますが,電子はこの電場から力を受けるわけです。
このプロセスを量子論の描像で見ると,電子とフォノンの相互作用であると見なすことができます。この相互作用ハミルトニアンは以下のように求めることができます。
すなわち,イオン振動におけるイオンの変位u(r,t)のフーリエ展開をu(r,t)=V-1/2∑kik-1kηk(t)exp(ikr)とすると,この"変位=ゆらぎ"によって生じる電荷密度はΔρi(r)≡V-1/2∑kqkexp(ikr)=-V-1/2∑kZenikηkexp(ikr)で与えられます。
この電荷密度から誘起される電場のポテンシャル:A0(r)=V-1/2∑kAkexp(ikr)は,ポアソン方程式:-ε(k)k2Ak=4πqkを満たします。そこで,Ak=4πZenikηk/ε(k)です。
ここで,電子の雲で遮蔽された電場の誘電率は,ε(k)=1+ks2/k2,ks=(6πne2/εF)1/2で与えられます。
そして,イオンの満たすべき運動方程式M(∂2u/∂t2)=Ze(∂A0/∂r)の波数kによる表示は,d2ηk/dt2=-(Ze/M)kAk=-ωk2ηkなる"単振動=調和振動"の方程式に帰着します。
これの一般解としてのηkを,ηk=(2Mni)-1/2[Bk exp(-iωkt)+B-k*exp(iωkt)]と表現し,結果として得られるイオンの振動エネルギーの表現はHV =∑kωk2Bk*Bkです。
これをHV =∑khcωkbk+bkなる形に量子化する手続き:Bk→(hc/ωk)1/2bk,Bk*→(hc/ωk)1/2bk+を実行すれば,イオン振動によって誘起される電場のポテンシャルA0(r)のフーリエ係数Ak,したがってA0(r)そのものも,bkやbk+の1次関数で表わされます。
すなわち,bkとbk+によるηkの表式は,ηk={hc/(2Mniωk)}1/2[bkexp(-iωkt)+b-k+exp(iωkt)]となります。
それ故,Ak=-{hc/(2Mniωk)}1/2[4πZeni/{kε(k)}][bkexp(-iωkt)+b-k+exp(iωkt)]と書けます。
そして,電子-フォノン相互作用のポテンシャル:U(r)は上述の電場のポテンシャルA0(r)≡V-1/2∑kAk exp(ikr)を用いて,U(r)=eA0(r)=V-1/2∑keAk exp(ikr)と表わされます。
この表式から,電子-フォノン相互作用のエネルギーは:HeV=∫drU(r)Σσψσ+(r)ψσ(r)=V-1∑k∑k'ΣσUk-k'akσ+ak'σ=-V-1/2Σp∑kΣσαkap+kσ+apσ[bk exp(-iωkt)+b-k+exp(iωkt)]となります。
ただし,αk≡{hc/(2Mniωk)}1/2[4πZeni/{kε(k)}]です。
ここで,フォノンの生成・消滅演算子として,bk+,bkを用いる代わりに,それぞれ,bk+exp(iωkt),bkexp(-iωkt)を採用して,これらを改めてbk+,bkと表わすことにします。
つまり,時間tを陽には含まないシュレーディンガー表示の演算子から時間tを陽に含むハイゼンベルク表示のそれに移行します。
これはユニタリ変換による表示の違いに過ぎませんから,bk,bk+の交換関係や,それによる振動子ハミルトニアンの表現HV =∑khcωkbk+bk,および全フォノン数∑kbk+bkなどの表現は,もちろん,不変です。
しかしながら,この表示の変更によって,電子-フォノン相互作用のポテンシャル:U(r)=eA0(r)=V-1/2∑keAk exp(ikr)では,係数Akが,Ak=-{hc/(2Mniωk)}1/2[4πZeni/{kε(k)}](bk+b-k+)となって,tを陽に含まない形になります。
そこで,外見上は通常のクーロン場と同じく,定常状態の静電ポテンシャルに見えるようになります。
そして,その結果,電子-フォノンの相互作用ハミルトニアンも,HeV=-V-1/2Σp∑kΣσαkap+kσ+apσ(bk+b-k+)となって,外見上はtを陽に含まない定常形;となります。
既に注意したように,この相互作用は一方では高温(T>>ΘD)における金属の電気抵抗の主要原因となり,他方では電子間に引力を与え,この引力は超伝導を引き起こす原因になります。
そこで,まず電気抵抗の原因としてのフォノンの作用を考察します。
単純な電子気体モデルで考えるとき,電流の表式J=ΣkΣσ(ehcknkσ/m)において,電子の占有数nkσを熱平衡での平均値<nkσ>に置き換えても,結局これらは時間的には変動するわけではないので,仮にある時刻でJ≠0 であれば,この値がいつまでも持続して電気抵抗はゼロであるということになります。
ところが,有限温度での金属中ではフォノンが"熱的に=無秩序に"励起されているので,電子-フォノン相互作用を考慮すると電子はこれらのフォノンを吸収・放出することにより,その運動方向を不規則に曲げ,いわゆるブラウン運動を行なうことになります。
初め電子の運動方向がある程度揃っていて,その平均速度がゼロでない値vを持っていたとしても,ブラウン運動によって運動方向は次第に乱れvは減少してゆきます。
微小ですが,フォノンによる電子の散乱が十分多数回起こっているような適当な時間Δtを取り,Δtの間のvの減少高を-Δvとすると,ΔvはΔtとv自身に比例して,Δv=-(v/τ)Δtと書けると考えられます。
ここで,パラメータ(1/τ)はフォノンによる電子散乱の確率です。
つまりτは"平均自由運動時間=緩和時間"です。そして電子散乱の確率(1/τ)はフォノンの総数Nphに比例する量です。
緩和時間τを考慮すると電場内の電子の運動方程式がdp/dt=eE-p/τで与えられることは,既に何度か述べています。
ブラウン運動による速度減少を打ち消して,vを一定に保つためには金属内に電場:E=p/(eτ)=mv/(eτ)を恒常的に作るための外部起電力が必要です。
逆に,外部起電力による電場Eがあるとき,それと釣り合うための電子の平均速度はv=eτE/mとなりますから,電流密度はj=nev=ne2τE/mとなります。
そこで,σを電気伝導度,ρ=1/σを電気抵抗として,オームの法則(Ohm's law)をj=σE,あるいはE=j/ρと書けば,σ=ne2τ/m,ρ=m/(ne2τ)と表わすことができることがわかります。
ところで,常温Tでのフォノンの総数はNph=[3V/(2π2s3)]∫0ωmω2dω/[exp{hcω/(kBT)}-1];ωm=(6π2Ni)1/3sで与えられます。
T>>ΘDでは,1/[exp{hcω/(kBT)}-1]~kBT/(hcω)ですから,Nph=[3V/(2π2s3)](kBT/hc)∫0ωmωdω=[3ωm2V/(4π2hcs3)](kBT)=[9Ni/(2hcωm)](kBT)となります。
よって,常温T>>ΘDでは,フォノンの総数Nphは絶対温度Tに比例します。
そこで,電子散乱の確率(1/τ),それ故,電気抵抗ρ=m/(ne2τ)も絶対温度Tに比例します。
低温では励起されているのは,ωの小さい長波長のフォノンだけで,その数はT3に比例するばかりではなく,長波長のフォノンを吸収・放出したときに起こる電子の運動方向の変化は僅かであるため,電気抵抗ρはT5に比例して急速に小さくなります。
しかし,超伝導現象というのは絶対温度Tがゼロになる前の有限のTで急に電気抵抗ρがゼロになって消えてしまうという現象です。
これが起こるのは低温では,フォノンによる引力のため,電子が"電子対=クーパー対"を作って外見上は電子2個ずつのボーズ粒子になるためであると考えられています。
すなわち,電子対の総数N/2に対するボーズ分布の規格化条件は,N/(2V)=(2mkBT)1/2/(2π2hc3)F1/2(e-α) (ただしF1/2(e-α)≡Σn=1∞e-nα/n3/2;α≡-μ/(kBT))となります。
左辺の数密度N/(2V)を一定に保ったまま温度Tを下げていって,ゼロに近づけていくとF1/2(e-α)→∞ になるべきなのですが,μ≦0 が必要条件なので,F1/2(e-α)はα=-μ/(kBT)=0 の極限で有限な最大値F1/2(1)=ζ(3/2)≒2.612を取り,T→ 0 でも→∞ となることは不可能です。
そこで,温度Tがこの値を与える限界の温度Tcより低いときには,上述の規格化条件から,物理的に意味のある化学ポテンシャルμを見出すことはできません。
これは,実際には離散的なエネルギー状態密度を連続的な積分で近似することで規格化条件を表現したために生じた矛盾です。
T≦Tcでは,ε=0 の最低エネルギー状態に莫大な数のボーズ粒子が凝縮すると考えて,この最低エネルギー状態を占める電子対の巨視的な個数密度をn0と書き,正しい規格化条件がn0+(2mkBT)1/2/(2π2hc3)F1/2(e-α)=N/(2V)なる式で与えられるとすることで,矛盾は回避されます。
より詳しくは,2006年10月11日の記事「ボーズ・アインシュタイン凝縮とゼータ関数」も参照してください。
この凝縮現象をボーズ・アインシュタイン凝縮と呼びます。
これは,ボーズ粒子に特有な現象であり,単独の電子のようなフェルミ粒子では生じません。
有限のT~Tcで,金属の電気抵抗が急に消失する超伝導現象の主要な原因はフォノンによる引力のため形成された電子対が,ボーズ粒子となって低温でボーズ・アインシュタイン凝縮を起こすことであるとされています。
次に,フォノンによって生じる電子間引力を考察します。
ある電子が放出したフォノンを別の電子が吸収したとすると,その2個の電子はフォノンを介して運動量を交換する,つまり,"力=交換力"を及ぼし合うと考えられます。
この場合,フォノンは中間状態に現われるだけで始状態,終状態はフォノンの真空であってもよいので,フォノンを介した力は"絶対零度;T=0 "でも働きます。
後でわかるように,フェルミ面付近の電子に対しては,この力は引力となるので,これをフォノン引力と略称します。
これを数学的に扱うには量子力学の摂動論に頼るのがわかりやすい方法です。そこで,電子-フォノン系の全エネルギーを表わす全ハミルトニアンをH=He+HV+HeVとします。
このうち,H0=He+HVは電子系とフォノン系が相互作用しないで運動するときの非摂動ハミルトニアンで,その固有関数はHeの固有関数とHVの固有関数との積で与えられます。
そして,ここでは後者の状態としてフォノンの真空状態を取ることにします。
電子系については,"最低状態=真空"に限定せず,フェルミ面の近くで電子,または空孔が励起されていてよいとします。そしてさまざまな励起状態に対応するH0のさまざまな固有関数を,Φ1,Φ2,..とします。
そして,それらに対応するH0の固有値をE1,E2,..と書きます。
電子・フォノン相互作用HeV=-V-1/2Σp∑kΣσαkap+kσ+apσ(bk+b-k+)を,フォノンに関して真空であるΦiに作用させたときに得られる状態関数はフォノンが1個存在する状態を示します。
そこで,フォノンが存在していない状態Φjとは直交します。つまり,<Φj|HeV|Φi>=0 です。
また,H0の固有関数で,フォノンが1個存在する状態のさまざまな状態関数をχ1,χ2,..とし,対応するH0の固有値をW1,W2,..とします。もちろん,<χj|HeV|Φi>≠0 です。
そして,全ハミルトニアンの固有値を決めるシュレーディンガー方程式(H0+HeV)Φ=EΦにおいて,HeVを小さな摂動と見なします。
そして,HeV→0 の極限ではH0の固有関数Φiのどれかに帰着するような解を求めることを考えます。
このような解は,Φiの1次結合のみならず,χiの1次結合,さらにフォノンが2個存在する状態関数の1次結合,..を順次加えた形に展開された形を持つと考えられます。
しかしHeVが小さいとすると,フォノンが2個以上存在する状態は一応無視できて,近似的にΦ≡ΣiciΦi+Σndnχnと書けると仮定してもよいでしょう。
そして,これを(H0+HeV)Φ=EΦに代入すると,<Φi|H0+HeV|Φ>=Eciとなりますが,左辺=Eici+Σn<Φi|HeV|χn>dnですから,結局,(E-Ei)ci=Σn<Φi|HeV|χn>dnと書けます。
同様に,<χn|H0+HeV|Φ>=Edn=Wndn+Σi<χn|HeV|Φi>ciより,(E-Wn)dn=Σi<χn|HeV|Φi>ciを得ます。
そこで,未知係数ci,dnが満足すべき連立1次方程式系は(E-Ei)ci=Σn<Φi|HeV|χn>dn,(E-Wn)dn=Σi<χn|HeV|Φi>ciで与えられます。
これは,Eを固有値とする"固有値方程式=永年方程式"です。
この方程式系から,dnを消去すると,(E-Ei)ci=ΣjΣn<Φi|HeV|χn>[1/(E-Wn)]<χn|HeV|Φj>cjとなります。
これは,形式的には(E-Ei)ci=Σj<Φi|Heff|Φj>cj;Heff≡HeV(E-H0)-1HeVと書くことができます。
(これは厳密には正しい式ではないです。それは,|χn>が完全系(Σn|χn><χn|=1)ではないからです。しかし,中間状態がフォノン1個の状態に限るという条件付きでは正しいという近似式にはなっています。)
1次方程式:(E-Ei)ci=Σj<Φi|Heff|Φj>cjは,電子がH0+Heffをハミルトン演算子として運動している場合に,ハミルトニアンを行列と考え,波動関数をψ={ci}なるベクトルと同定したときのシュレーディンガー方程式の行列表示:Σj<Φi|H0+Heff|Φj>cj=Eciになっています。
行列要素<Φi|Heff|Φj>では,Heff=HeV(E-H0)-1HeVなので,まずΦjにHeVが作用します。
その結果はHeVの中のbk+を含む項の作用だけがゼロではなくて,これは定数係数を除いてap-kσ+apσbk+Φjとなります。
これに,(E-H0)-1を作用させるのは,(E-Ej+εp-εp-k-hcωk)-1を掛けるのと同じです。
そして,これにさらにHeVを作用させた結果がΦiと直交してしまわないためには,HeVの中のaq+kτ+aqτbkに比例する項がゼロでない行列要素を与えることが必要十分になります。
こうして,Heffはbkbk+を含むことになります。bkbk+をフォノンについて真空な状態に作用させるのは,単に1を掛けるのと同じです。
また,Heff=HeV(E-H0)-1HeVにおけるEは近似的にEiまたはEjで置き換えてよいので,行列をエルミート行列にするためにE=EiとしたものとE=Ejとしたものの相加平均を採用します。
さらに電子の生成・消滅演算子は,Heffにはaq+kτ+aqτap-kσ+apσの形で含まれます。
この項の積の順序を反交換関係を使って変更すると,δστδp-k,,qapσ+apσ+aq+kτ+ap-kσ+apσaqτとなりますが,電子間の相互作用を与えるのは,2番目の項です。
1番目の項は1電子エネルギーεpに補正を与えるに過ぎないので,無視します。
こうして,Heff~-{1/(2V)}Σ...Σαk2[1/(hcωk-εp+εp-k)+1/(hcωk-εq+k+εq)]aq+kτ+ap-kσ+apσaqτなる近似表現が得られます。
この表式において,特にフェルミ面の近くの電子,より正確にはエネルギーεpやεqとフェルミ面における値μとの差が,hcωmに比べて十分小さい電子,つまり|εp-μ|<<hcωm,|εq-μ|<<hcωmを満たすエネルギーεpやεqを持つ電子のみを対象と考えることにすれば,大部分のkについて,分母における電子のエネルギーはhcωkに比べて無視してよいことになります。
したがって,この近似では結局,Heff~-{1/(2V)}Σ..Σ[2αk2/(hcωk)]aq+kτ+ap-kσ+apσaqτとなります。
これは,2体相互作用(1/2)∫∫dr1dr2U(r1-r2)Σσ1Σσ2ψσ1+(r1)ψσ2+(r2)ψσ2(r2)ψσ1(r1)=[1/(2V)]Σq∑k1∑k2Σσ1Σσ2Uqak1+qσ1+ak2-qσ2+ak2σ2ak1σ1において,UqをUq=Uqph≡-2αq2/(hcωq)と置いたものに相当します。
そして,これの右辺の符号が負であることは,このポテンシャルによって電子間に働く力は引力であることを意味します。
一方,通常の電子間のクーロン反発力は遮蔽を無視したときには,UqC=4πe2/q2です。
Uqph=-2αq2/(hcωq)のおおよその大きさを見積もるため,q=|q|はフェルミ波数kF程度,したがってまたフォノンの波数の上限km程度とします。このような短波長のイオン振動に対しては電子雲のシールドは重要な寄与を与えないので,誘電率ε(q)は1と置きます。
このとき,αq2~ αkm2~ [hc/(2Mniωm)][(4π)2Z2e2ni2/km2]=[4Z2e4km/(3Mωm2)](hcωm)です。それ故,|Uqph|=2αq2/(hcωq)~ 8Z2e4km/(3Mωm2)程度になります。
音速をsとして,ωm~skmの程度なので,|Uqph|~ (4πe2/km2)[2Z2e2km/(3πMs2)です。
ここで,M ~ 10-22g,s ~ 105cm・sec-1とすれば,Ms2 ~ 10-11ergです。これはe2km~4.2×10-11ergと同程度ですから,|Uqph|~ 4πe2/km2です。
一方,クーロン反発力のオーダーも|UqC|=4πe2/q2~ 4πe2/km2程度ですから,この波長ではフォノン引力はクーロン反発力に打ち勝って電子対を形成することが可能となる程度の大きさになっています。
以上をもって,当面はこの項目「フォノンと多体問題(超伝導の基礎)」に関する記事を終了します。
参考文献:中嶋貞雄 著「超伝導入門」(培風館)
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