S行列とレッジェ理論(5)
前回の続きです。
今回はRegge極(レッジェ極:Regge pole),あるいは,Regge軌跡
(レッジェ軌跡:Regge trajectory)に関して説明し,
ツールとしてSommerfeld-Watson(ゾンマーフェルト・ワトソン)
変換を紹介します。
例として,2つの異なるポテンシャル:Coulombと3次元調和振動子
のポテンシャルを考察することから始めます。
これらは幾つか共通の特徴を持っています。
これは,それらを相互作用ポテンシャルとするSchroedinger方程式
が共に正確に解けて,エネルギー固有状態として無数の束縛状態を
持つこと,しかもそれらのほとんどが縮退していることなどです。
Coulombポテンシャルにおける束縛状態には,
角運動量l,磁気量子数m,および,単にエネルギー列の階級を示す
主量子数nというラベルを付けるのが習慣です。
しかし,主量子数nの性質というのは,明らかに他とちょっと変わ
っていて,小さい摂動があるとエネルギーレベルの縮退が解けて
分離するので,主量子数の定義は完全に修正する必要があります。
一方,3次元調和振動子にも,角運動量lや主量子数nがあって,
これらには奇妙な関係式があります。
すなわち,(l-n)は常に偶数でなければならないという性質を
持っています。
実際,En=(n+3/2)hcωであって,
n=0 ならl=0;n=1 ならl=1;
n=2ならl=0,2;n=3ならl=1,3 etc.
です。
そして,nにはあまり物理的意味はありません。
ここで,hc≡h/(2π)でhはPlanck定数です。
ときには,主量子数の代わりに内部量子数,すなわち,節の数nr
を動径量子数と呼びnに置き換えます。
そして,nよりこのnrの方がより多くの意味を持つ可能性が
あります。
nrとnの関係は,Coulombポテンシャルでは,
n=nr+l+1(nr=0,1,2,..),
3次元調和振動子ではn=2nr+l(nr=0,1,2,..)
です。
正確な解による情報から,
原子番号がZの原子のCoulombポテンシャル内の電子の束縛状態
のエネルギー準位はEn=hc2k2/(2m)=-Z2B/n2
=-Z2B/(nr+l+1)2 (nr=0,1,2,..) (B≡me4/(2hc))
で与えられることがわかっています。
これにより,角運動量lをエネルギーk2 ~hc2k2/(2m)の関数
として表現すると,(nr+l+1)2=-C2/k2ですから,
l=[C(-k2)-1/2]-nr-1 (nr=0,1,2,..)
(C≡mZe2/hc3/2)と表現されます。
同様に,3次元調和振動子では,
En=hc2k2/(2m)=(n+3/2)hcω=(2nr+l+3/2)hcω
であり,l=[hck2/(2mω)]-2nr-3/2 (nr=0,1,2,..)
となります。
さらに無限に深い球対称な井戸型ポテンシャルでは,井戸の半径
をaとするときr<aでの動径方程式の解は,
l次の球Bessel関数をjl(kr)≡{π/(2kr)}1/2Jl+1/2(kr)
として,jl(kr)×(定数)で与えられます。
そして,エネルギー準位はjl(ka)=0 を満たすkから得られます。
jl(ka)の零点を小さい順にknra(nr=1,2,..)とすると,例えばka>>lなら,jl(ka)~{1/(ka)}sin(ka-lπ)と近似されるため,knra=(l+nr)πにより,角運動量lとエネルギーk2の関係はl=[ka/π]-nr (nr=1,2,..)なる式で与えられます。
それぞれのケースについて,l-k2平面上に束縛状態に対応する点(k2,l)をプロットし,内部量子数nrが同じである点をlの小さい方から順に結んで仮想的な連続曲線群を作ると各々のnrに対応する補間曲線がとても滑らかな曲線であることに気付きます。
そこで,これらが単に束縛状態の離散的な点の集まりではなく連続曲線になるように内挿補間し,それにwell-definedな意味付けをしたいという誘惑にかられます。
エネルギーk2は元々連続的な量ですから,この内挿補間は動径波動関数のシュレーディンガー方程式において角運動量lを整数でない値に拡張することを意味すると考えられます。
lを整数とは限らないパラメータと考えたときにも,動径方程式はなお解を持ち,lが実数である限り節の数nrでラベル付けできます。
そして,これによって仮想的な補間曲線に正確な定義を与えることができます。
しかし,非整数角運動量概念を導入するための便宜上で例として挙げたこれら無限に深い井戸とか調和振動子のような,中心力場としては幾分病的なポテンシャルにこれ以上の興味はありません。
それに,当面の問題である強い相互作用の物理学にとっては無数の束縛状態を持つポテンシャル一般にも大して関心はありません。
我々が本当に興味があるのは,これまで考察してきた湯川ポテンシャルなので,以下ではこうしたポテンシャルに対する補間曲線の解析に集中することにします。
lが整数であろうとなかろうと,何らかの意味で散乱振幅の部分波展開が可能であって,部分波振幅に対するこれまでの論議はそのまま成立するとします。
そして,常微分方程式の解に対するポアンカレの定理によってJost関数φ±(l,k2)は,k2の解析関数であると同時にlの解析関数でもあることがわかっています。
角運動量がlのときの束縛状態のエネルギーk2は,φ+(l,k2)の零点で与えられます。補間曲線はφ+(l,k2)=0 をlについて解くことで得られるはずです。その解曲線をl=α(k2)と記述します。
ところで,既に述べたようにul(k2*,r)=[ul(k2,r)]*ですから,k2が実数ならul(k2,r)も実数です。
負の実数k2に対してk=iK(K>0)とすれば,ul(k2,r) ~ φ-(l,k2)exp(ikr)+φ+(l,k2)exp(-ikr)~φ-(l,k2)exp(-Kr)+φ+(l,k2)exp(Kr)ですが,r→ ∞ではexp(Kr)>>exp(-Kr)なので,k2<0 ならφ+(l,k2)は実数です。
それ故,負の実数k2に対してはφ+(l,k2)=0 の解であるk2の関数l=α(k2)も一般に実数になります。
しかし,正の実数k2に対しては,もはやφ+(l,k2)は実数とは限らないので,その場合はφ+(l,k2)=0 の解l=α(k2)も一般に複素数になります。
そこで,lとしては非整数値だけではなく,複素数値をも考える必要があります。
この拡張は,既に部分波振幅として定義したal(k2)を複素変数lとk2の両方の複素関数と考えてよいことを意味します。そして,al(k2)はφ+(l,k2)の零点l=α(k2)を除いて解析的です。
これらの零点l=α(k2)はal(k2)の極であり,これを強い相互作用の場にはじめて導入したレッジェ(Regge)の名を取って,レッジェ極と呼びk2の関数としてのl=α(k2)をレッジェ軌跡と呼びます。
レッジェ軌跡l=α(k2)がlの整数値を通過するときにはいつでもその点が正確にエネルギーがk2<0 の束縛状態に対応することは既にわかっています。実際,その事実が非整数角運動量概念を導入する動機になりました。
ここで,より定量的な関連性を得るために現在ゾンマーフェルト・ワトソンの公式と呼ばれている式を導入します。
これは次の展開から導出されます。
すなわち,f(k2,cosθ)=∑l=0∞(2l+1)al(k2)Pl(cosθ)なる物理的な部分波展開式が出発点です。
これの右辺は,lを任意の複素パラメータに拡張するとき,動径方程式により定義される部分波振幅としてlの解析関数(2l+1)al(k2)を含みます。
また,Pl(z)もlの解析関数として定義できます。これはルジャンドの微分方程式の解でzの正則関数です。そしてz=1のときには1に等しい関数です。
整数でないlに対しては,この微分方程式の解Pl(z)はもはやzの多項式ではなく,z=-1 から∞ に分岐切断を持つzの超越関数でルジャンドル関数と呼ばれます。
そこで,最終的には角運動量lを非整数と考えたときには,f(k2,cosθ)=∑l=0∞(2l+1)al(k2)Pl(cosθ)なる部分波展開の右辺の級数表示を如何に解釈すべきか?という問題だけが残ります。
ところが,今の場合,"右辺の級数和を可算無限個の極を持つ複素関数の全ての留数の和と見なす"という方法を適用することで,lを複素数に拡張しても理解が可能な表式に直接移行することができます。
まず,{(2l+1)al(k2)Pl(-cosθ)/sin(πl)}なる式を複素数lの関数と見るとき,これはlの各整数値にsin(πl)の零点由来の極を持ちます。
そして,これはまたal(k2)をlの関数と見たときのlの極,つまりレッジェ極と呼ばれる非整数の極l=α(k2)を持つと思われます。
ここで,複素l平面上に,実軸上Rel=∞の無限遠の点を出発して実軸に平行で微小な負の虚数部(-iε)(ε>0)を持つ半直線上を実軸に沿って負の向きに原点Oを超えた点まで進み,そこでOを巻くように転回して今度は正の実軸のすぐ上の虚数部(+iε)を持つ半直線上を正の向きに進んでRel=∞まで戻る経路を想定して,これをC1と呼びます。
C1を実軸上Rel=∞の点で閉じた閉曲線と考えて,複素数lの関数{(2l+1)al(k2)Pl(-cosθ)/sin(πl)}を経路C1に沿って周回する複素積分を考えます。
閉経路C1は向きが時計回り(負回転)で,被積分関数はその内部に1位の極としてsin(πl)の零点l=0,1,2,..を持つ以外は正則ですから,留数定理によって,この積分の値はそれら無限個の極での全ての留数の和に(-2πi)を乗じたものになります。
lの各整数値におけるlの関数 1/sin(πl)の留数はlimx→l[(x-l)/sin(πl)]=(-1)l/πです。
そして,同じ整数lに対してはPl(-cosθ)=(-1)lPl(cosθ)ですから,被積分関数{(2l+1)al(k2)Pl(-cosθ)}/sin(πl)の留数の和は[∑l=0∞(2l+1)al(k2)Pl(cosθ)]/πです。
結局,f(k2,cosθ)=(i/2)∫C1[(2l+1)al(k2)Pl(-cosθ)/sin(πl)]dlなる複素積分形式で,lを複素数に拡張しても理解可能な"部分波展開"の式を得ることができました。
ここで,さらに有用な公式を得るために,正の実軸を囲んで負の向きに周回する経路C1を,別の経路に変形できる可能性を考えます。
C1上の実軸上の端点Rel=∞=Rの点を出発点として,原点Oを中心とする半径R=∞の円周上を反時計回りに進んでいくと直線Rel=-1/2にぶつかります。
そして交点-1/2+i∞=-1/2+iRで向きを変えて,直線 Rel=-1/2の上を-1/2+i∞ から下向きに-1/2-i∞=-1/2-iR まで直進します。そこで再び円Oに乗り換えて,円周上を進んで実軸上のRel=∞=Rの点まで戻ります。この経路をC2とします。
このとき,C1+C2,すなわちC1を通ったあとに続けてC2を通る経路を考えると,これも1つの閉曲線の経路です。
しかも,この閉曲線:C1+C2はsin(πl)の零点l=0,1,2,..による極を全て外部に避けて,逆に内部には直線 Rel=-1/2より右側:Rel>-1/2にある全てのレッジェ極を含みます。
そこで,(i/2)∫C1+C2[(2l+1)al(k2)Pl(-cosθ)/sin(πl)]dl=∑j[βj(k2)Pαj(k2)(-cosθ)/sin{παj(k2)}]なる表式が得られます。
ここでβj(k2)≡-π{(2αj(k2)+1)}Res{al(k2)}|l=αj(k2)と置きました。(Resは留数(residue)を意味します。)
故に,f(k2,cosθ)=(i/2)∫C1[(2l+1)al(k2)Pl(-cosθ)/sin(πl)]dl=(-i/2)∫C2[(2l+1)al(k2)Pl(-cosθ)/sin(πl)]dl+∑j[βj(k2)Pαj(k2)(-cosθ)/sin{παj(k2)}]となります。
さらに,Iml→±∞ のとき,l(2l+1)/sin(πl)=[2il(2l+1)/{exp(iπl)-exp(-iπl)}]→ 0 なので経路C2上の積分においては半径Rの円Oの上での積分は無視できるので,虚軸に平行な直線 Rel=-1/2 上の積分のみが残ります。
したがって,f(k2,cosθ)=(i/2)∫-1/2-i∞-1/2+i∞[(2l+1)al(k2)Pl(-cosθ)/sin(πl)]dl+∑j[βj(k2)Pαj(k2)(-cosθ)/sin{παj(k2)}]なる公式を得ます。
この公式をゾンマーフェルト・ワトソンの公式と呼び,これを求めた上の手順をゾンマーフェルト・ワトソン変換と呼びます。
簡単のためにゾンマーフェルト・ワトソンの公式におけるレッジェ極の寄与を与える項βj(k2)Pαj(k2)(-cosθ)/sin{παj(k2)}で添字jをはずした典型的な形の項:β(k2)Pα(k2)(-cosθ)/sin{πα(k2)}を考察します。
まず,散乱振幅f(k2,cosθ)は基本的にk2の負の実数の領域に束縛状態に対応するk2の極を持つはずですから,これを求めた積分路などの経緯は忘れて,ゾンマーフェルト・ワトソンの公式による表式においても,もちろんそうした極が存在するはずです。
そして,一般項β(k2)Pα(k2)(-cosθ)/sin{πα(k2)}は,明らかにsin{πα(k2)}が消えるところ,つまりα(k2)が整数になるところに極を持ちます。
このレッジェ極l(整数)=α(k2)に対応するエネルギーk2が負の実数なら,それは束縛状態に対応する極を示していると考えられます。
この極:α(k2)=l(整数)がk2のある値kl2<0 において生じると仮定します。
このとき,sin{πα(k2)}=π{α(k2)-l}cos(πl)+O({α(k2)-l}2)=(-1)lπ(∂α/∂k2)k2=kl2(k2-kl2)+O((k2-kl2)2),β(k2)Pα(k2)(-cosθ)=(-1)lβ(kl2)Pl(cosθ)+O((k2-kl2))と展開されるはずです。
そこで,k2 ~kl2では,β(k2)Pα(k2)(-cosθ)/sin{πα(k2)}~β(kl2)Pl(cosθ)/[π(∂α/∂k2)k2=kl2(k2-kl2)]+(正則関数)となります。
N≡β(kl2)/[π(2l+1)(∂α/∂k2)k2=kl2と置き,B=-kl2>0 と置けば,上式はk2~ -Bでf(k2,cosθ)=(2l+1)[NPl(cosθ)/(k2+B)]+(正則関数)となります。
こうして,前記事において求めた束縛状態に対応するk2の極(-B)の近傍での散乱振幅の表式F(k2,Δ2)=(2l+1)[NPl(1-Δ2/(2k2))/(k2+B)]+(正則関数)が再現されました。
物理的解釈を与えることができると思われるもう1つのケースは,レッジェ軌跡l=α(k2)がk2の正の実軸上を真っ直ぐに進むとき,lの整数値を通過するのではなくlの実軸の近傍を通過していく場合です。
そうしたk2の近傍でl=α(k2)がk2について解析的であると仮定すると,そこでは等角写像です。
そこで,k2が実軸で変動するとき,軌跡l=α(k2)がlの実軸からlの虚部が正の方向に曲がるときには,その近傍でのk2の変動の方向を実軸上からk2の虚部が負の方向に曲がる方向に変更すれば,l=α(k2)が丁度lの実軸上の値と一致するようにできるはずです。
しかし,前記事で述べたように,このときの極に対応するk2=kl2-iεは非物理的シート上の点です。これは実はl番目の部分波における非物理的シート上の1つのk2の極に対応しているので,前に述べた共鳴と考えることができます。
一方k2を物理的領域の方向に曲げたときにはlは非物理的になると考えられます。この選択は影状態と呼ばれる準安定状態に対応します。
この場合,k=kl+iε;kl,ε>0 で,かつφ+(l,k2)=0 なので,束縛状態の場合と同じく,r→ ∞でul(k2,r)~φ-(l,k2)exp(-εr)exp(iklr)となって減衰(崩壊)していく状態を表現しています。
ゾンマーフェルト(Sommerfeld)が最初にこうした問題に取り組んだきっかけは,ラジオ波の地球の周りの伝播に関することに関連してであり,水平線を越えての指数的減衰(トンネル効果)の現象を解析するのが彼の主要な研究対象でした。
そして,アンテナから非常に離れたところで生じることについて調べていたのですが,結局,最小の虚部を持つ極,すなわち減衰が最も遅いケースがこれに対する実際的な解答を与えたのでした。
そして,元々こうした無関係な動機から始まったこの種のアプローチがなぜ強い相互作用の物理学にとって興味深い結果をもたらしたのか?ということの理由についてはよくわかりません。
ただ強い相互作用の物理学にとっての最も興味深い極は,ゾンマーフェルトの研究対象とは対照的に最大の実部を持つ極です。
今日はこのくらいにします。次回はまず具体的な形のポテンシャルを想定してそれに対するレッジェ極を調べる予定です。
参考文献:R.omnes,M.Froissart「Mandelstam Theory and Regge Poles」W.A.Benjamin,Inc,New York(1963),猪木慶冶,川合 光 著「量子力学Ⅰ」(講談社)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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