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2007年8月 1日 (水)

心臓バイパス手術の思い出

 7月31日夜,ちょっとテレビをつけてみたら,たけしの番組で,なつかしい順天堂病院の心臓血管外科の病棟が映されていて私の命を救ってくれた天才外科医で"神の手"とも言われる天野篤先生が出ていました。

 確か退院した直後のゴールデンウィーク前にもテレビに出ていて5月初めの退院後最初の外来診察でそれを言ったら何かてれ笑いしてたような記憶があります。

 私は,今年の去る4月10日に心臓バイパスと僧帽弁の修復手術を受けたのですが,当日4月10日朝8時ちょっと過ぎにまな板の鯉の状態で手術室に入り手術が終わった後,夜にはICUで麻酔から目が覚めました。

 別に自分の命などどうでもよかったので全然不安などはなかったのですが,目が覚めた直後のときは体が全く動かなくて少し混乱してしまいました。

 翌日,唯一来ていた身内の還暦直前の兄に聞くと,普通5,6時間で終わる手術が10時間くらいもかかったらしい,ということでした。

 手足の血管を取って使うと言っていたのに手足が全く痛くなかったので胸の血管だけで足りたのだなと思って,後日,楽な手術だったのですねと先生に言ったら,そのときは先生は笑っていました。

 後で帝京大の内科の主治医に,順天大での手術結果や検査内容を書いてもらった書状を持っていったら,これは大変な手術でこんなのは見たことがない,と言われました。

 つまり,普通のバイパスというのは2,3本の血管をつなぐだけなのですが,私のは胸の血管の他に手足ではなくて胃などを切開して内臓の血管を取り,それで合計7本もつないだらしいのですね。

  道理で術後に胸以外の胃なんかの臓器もなんか不調だったわけです。

 まあ,術後の翌日11日朝10時半には車椅子で普通病棟に戻り,兄と談笑したりした後に,術後の最初の食事であった昼食前には自前の足で病室からかなり遠いトイレまで看護師の肩を借り点滴を引っ張って苦労してなんとか歩いてたどり着き,自力で排尿しました。

 尿道カテーテルを抜いた後なので術後4回までは排尿時に尿道が痛くて困りました。

 まだICUから戻った直後なのに,なんで車椅子でなくて歩かなきゃいけないのか?とそのときは看護師に対して少しうらみに思いましたが,回復を速くして病院の回転を速くするためかなどと邪推しました。

 そして手術後,リハビリなどをして12日経った日曜日の4月22日に1人で退院しました。

 当日は朝9時半頃に,病院で色々とたまった荷物=リュック1つと紙袋2つの合計3つをかかえて,苦労して御茶ノ水駅まで歩き,そこで力尽きて座りこんでしまいましたが,前日から決めていて,"シャバに出たらぜひ行くぞ"と楽しみにしていた駅前の丸善書店で立ち読みするという予定を断固実行しました。

立ち読みというより座り読みでしたが,1時間半ほど書店で過ごした後にタクシーを拾って昼ごろアパートに着きました。

 しかし,帝京大病院,順天大病院合わせて1ヶ月も留守にしていて,当座の生活必需品がほとんど何もなかったので少し休んだ後に数百メートル離れたスーパーまでゆっくり歩いて行って食料品などを買い込んで,また苦労して帰り着いてやっとひと心地ついて落ち着きました。

 こうしたことを昨日のことのように覚えています。1人暮らしのひとり者はこういうときは大変ですね。

 現在は,それから約3ヶ月に至っています。

 切開して骨折状態の胸骨の保護のためにギプス代わりに巻いていてた胸のバストバンドも,汗は掻くしほっとくと自然に腹巻きになるので面倒くさかったのですが,完治したと思われる6月の中旬にははずしました。

 そして,傷跡も清潔にする必要があって,結構シャワーを浴びて洗っていたにも関わらず,一時は痒くて困りましたが,今はもうほとんど何ともありません。

 しかし,実は,身体の状態が退院時には比較的元気だったと感じたのですが,なぜかいまだに通常人のようにはスムーズには動かないし,血圧も上が90くらいと低くときどきよろけるのが悩みの種です。

 帝京大の内科医の言うには心筋梗塞を2回も起こして心不全になったのだから,たとえ外科手術が成功したからといって,心不全という病気そのものが内科的に完全に治るというのはむずかしいので,ある程度は仕方ないということらしいですね。

 それと,天野先生の手術が通常と同じではないだろうけれど,通常は手術後数ヶ月はまだ体力回復期らしいというです。

 でもまあ,生きていてもしょうがないオヤジの身体に高額な手術代を捨てたようなものだけれど,代わりにどうでもよかったとはいえ命が助かっただけでもいいかなと思って,もらった命だから健康など全く無頓着な私も少しは身体を大事にしようかなと思っています。

 そういえば,あのとき少し自然科学関係の話をした,まだ若い内山先生や看護師で一番世話になった霊間(うるま)さんは元気かなあ,帝京病院ではまだ新米だった看護師の秋葉ちゃんや,山岸,郷間(ごうま)などもなつかしい。

 生来,私は女好きで,看護師さんはそう呼んではいけないのだろうけれど実際は若い女性ばかりで看護婦さんと呼んでいましたが,みななつかしいです。

 ただ,もう名前を覚えていない。

 順天堂では他には,やさしかった田尾さん,蓮舫と飯星恵子の両方に似ていた川邊(かわなべ)さんやフジTVの元女子アナと一字違いの中村やオッチョコチョイの森本がいました。

 帝京ではあとメガネをかけて真面目な感じの松村?や薄幸な感じの市村?(思い出せない)などが印象に残っています。

 帝京病院CCUの大部屋で同室だった品川の個人タクシー運転手でとても博学だった市川氏や順天堂で同室だった石井氏もなつかしいですね。

 風邪も直りにくくて,7月19日(木)にちょっとひいたのが今日までかかりました。やっと買い物に行けます。

 このままじゃ寝たきりになってしまう。

 昨日からココログのメンテのせいで書いておいたものが保存できず,書き直してやっとアップしたけど,何かフォントがおかしいです。

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