プランクの法則と零点エネルギー
歴史的には量子論の始まりとされているプランクの黒体輻射,または空洞輻射の法則の導出において,プランクが量子仮説を導入した際,プランク自身は零点エネルギーの存在を意識していたらしく,角振動数ωの輻射電磁波のエネルギーの値,またはエネルギー準位として,En=(n+1/2)hcω;n=0,1,2,..なる値を取るとしていたと言われています。(hc≡h/(2π)はプランク定数)
しかし,多くの書物を見るとEn=nhcω;n=0,1,2,..という表現がほとんどで,当面の理論にとって本質的ではない零点エネルギー(1/2)hcωを無視した表現になっています。
そして,絶対温度Tで熱平衡にある空洞内の角振動数ωの"電磁波=光子(photon)"が第n励起状態に熱的に励起されている確率Pnはエルゴード定理によって,実際には多数の相似な空洞内の全く同じモードから成る"アンサンブル=カノニカル集団(正準集団)"の分布によって決まる比率であると考えられます。
2007年2/8の記事「量子統計とグランドカノニカル分布」では,
"T,V,μは一定ですが「粒子数が一定でない系」を考えると,これは巨大な熱源=恒温槽と巨大な粒子槽に接触しているとみなすことができて,系を再び「区別できる巨大な分子のグランドカノニカル集団からなる理想系=孤立系」とすることにより系の粒子数がNでエネルギー準位がEr(N)に見出される確率はグランドカノニカル分布:wr(N)=(1/Ξ) exp[{Nμ-Er(N)}/(kBT)]で与えられます。
ただし,Ξ≡ΣNexp{Nμ/(kBT)}ZN, ZN≡Σr exp{-Er(N)/(kBT)}です。Ξを大きな状態和と呼びます。"
と書きました。
空洞内の"電磁波=光子気体"の場合は"粒子数が一定でない"系ですが粒子槽があるわけではないし粒子数Nは熱平衡でも全然確定しないので化学ポテンシャルμはゼロとなりグランドカノニカル分布というより,カノニカル分布で十分ですが,いずれにしても確率Pnは区別できない粒子に対するものではなく,区別できる巨視的粒子に対するボルツマン因子で与えられます。
すなわち,確率Pnは,Pn=exp{-En/(kBT)}/[Σnexp{-En/(kBT)}]で与えられることになります。
これにEn=(n+1/2)hcωを代入するとき,結局(1/2)hcωの項は相殺されるので確率分布を見るだけなら,En=nhcωなる表現でも同じものです。
ここで,U≡exp{-hcω/(kBT)}と置けば,Pn=Un/[ΣnUn]=(1-U)Un=exp{-nhcω/(kBT)}/[1-exp{-hcω/(kBT)}]と書くことができます。
そこで電磁波が励起準位nにあることを光子がn個あることと同一視すると,このモードの絶対温度Tでの平均光子数<n>は,<n>=ΣnnPn=(1-U)U(d/dU)[ΣnUn]=U/(1-U)=1/[exp{hcω/(kBT)}-1]で与えられます。
これがプランクの熱励起関数と呼ばれるものです。
ここで電磁波の境界条件によって空洞の体積Vに対して角振動数ωの電磁波の状態密度はVρ(ω)=[Vω2/(π2c3)]なので,零点エネルギーを無視すると平均エネルギー密度WT(ω)はWT(ω)=<n>hcωρ(ω)={hcω3/(π2c3)}/[exp{hcω/(kBT)}-1]となります。
これが輻射エネルギー密度WT(ω)に対するプランクの法則です。
そして,これはもちろん高温kBT>>hcωでは,hc → 0 の極限の式である1900年に発見されたレイリー・ジーンズの式WT(ω)~ ω2kBT/(π2c3)}になります。
一方kBT<<hcωのような低温ではウィーンの公式WT(ω) ~ {hcω3/(π2c3)}exp{-hcω/(kBT)}に帰着します。
そして,全てのモードωで総和すると,"単位体積当たりの総エネルギー=総エネルギー密度"は∫0∞WT(ω)dω={kB4T4/(π2c3hc3)}∫0∞dx[x3/{exp(x)-1}]=π2kB4T4/(15c3hc3)となります。
これは,絶対温度Tでの総エネルギー密度がT4に比例するという1879年に定式化されたステファン・ボルツマンの法則です。
とにかく零点エネルギー以外の輻射エネルギーの総和は有限です。
一方,無視していた零点エネルギーの各モードの平均エネルギーへの寄与は分布形がフラットであって,一様に(1/2)hcωなので全体を総和すると,V∫0∞{hcω3/(2π2c3)}dωとなり無限大になります。
つまり個々のモードについては,<En>=[<n>+1/2]hcω=1/[exp{hcω/(kBT)}-1]+(1/2)hcωであって,右辺第一項の実効エネルギーに対して右辺第二項の零点エネルギー(1/2)hcωの寄与は一般には非常に小さいのですが,総和すると無限大になってしまうのですね。
実際,kBT>>hcωの場合hc→ 0 に対する近似式である,レイリー・ジーンズの式WT(ω)dω ~ ω2kBT/(π2c3)}dωの基礎になっているのは通常のエネルギー等分配則です。
つまり,1次元調和振動子の自由度は2なので,1つのモードωごとに分配されるエネルギーはkBTであるべきですから,上の近似式はWT(ω)dω=<n>hcωρ(ω)dω~ kBTρ(ω)dωなる式になっているはずです。
しかし,細かいことを追求して,hc~ 0 においてhcの1次までの近似をすれば<n>hcω=hcω/[exp{hcω/(kBT)}-1]~ kBT/{1+hcω/(2kBT)}~ kBT-(1/2)hcωとなります。
この表式で(1/2)hcωはkBTと比べると非常に小さい値ですが,本当に正しいエネルギー等分配則の式を得るには,<n>hcωの代わりに零点エネルギーを加えた{<n>+1/2}hcωを採用すべきであることが示唆されています。
もっとも,理論的にはどうあれ,我々が観測装置などで実際に観測するエネルギー,あるいは太陽光線などから受ける恩恵としての熱などはいわゆる"真空のエネルギー=零点エネルギー"を原点として,そこから測ったものですから,総和から,零点エネルギーを除いたもの,つまり,T4に比例するステファン・ボルツマンの法則に従う通常の部分だけです。
ところで空洞を一辺Lの立方体としたときの輻射電磁波の最低の波数はkc≡2π/λ=21/2π/Lで与えられます。すなわち,最低の角振動数はωc=21/2πc/Lあるいはωc=21/2πc/V1/3であって空洞の大きさに依存します。
そこで,零点エネルギーを求める積分∫0∞{hcω3/(2π2c3)}dωの実際の下限はゼロではなく,ωcとなるため,空洞の大きさを変えることで零点エネルギーの総和をいくらか加減できる可能性はあります。
ただし,これはあくまで有限な変化量なので無限大の値を除去するというわけにはいきません。
ただ,ファン・デル・ワールス力などへの零点エネルギーの寄与は空洞壁での境界条件などに依存するようです。
参考文献:Loudon著(小島忠宣・小島和子 共訳)「光の量子論第2版」(内田老鶴圃)
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