ダランベールの背理(D‘Alemdert's paradox)
レイノルズ数(Reynords number)の大きい粘性流体の極限である完全流体(理想流体)について自分なりにまとめてみたのでそれを定式化しておきます。
ここでは対象とする流体を非圧縮性流体であると考えます。
すると質量保存の方程式=連続の方程式∂ρ/∂t+div(ρv)=0 と密度保存の方程式Dρ/Dt=∂ρ/∂t+vgradρ=0 から,ρdivv=0 が得られ,ρ≠0 なので結局,divv=0 が導かれます。
そこで非圧縮性流体では連続の方程式は,divv=0 です。
そして,特に3次元空間内のある1つの直角座標については全く考える必要がない場合,つまり流れの速度vが常に1つの平面Aに対して平行で,かつその平面に垂直な方向には全く変化しない場合を考えます。
このときには,面AがO:xyz座標系のxy面になるように選び,流れはz軸方向には変化しないものとします。こうした流れを2次元流と呼びます。
このとき,流れの速度ベクトルvはv=(u,v,0)と書けてx,y成分はu=u(x,y,t),v=v(x,y,t)と表わすことができます。
非圧縮性流体の場合,連続の方程式 divv=0 は∂u/∂x+∂v/∂y=0 となります。
任意の2回連続偏微分可能な関数Ψ(x,y,t)に対して,u≡∂Ψ/∂y,v≡-∂Ψ/∂xとおけば,divv=∂u/∂x+∂v/∂y=0 は自動的に満足されます。
この関数Ψ(x,y,t)を流れ関数と呼びます。
もしも流体が静止中に接線応力を持つと,それは耐えられずに流れてしまって静止状態であることに矛盾するので,流体であるなら静止中には接線応力を持ちません。
しかし,一般に運動中には接線応力を持ち,その応力は粘性と呼ばれます。運動中にも接線応力を持たない理想的な流体があると仮定して,そうした流体を完全流体あるいは理想流体と呼びます。
法線応力は常に存在しますが、流体の場合は圧力のみが存在し張力には耐えられません。
さて,非圧縮性完全流体を対象と考えると,最初それが無限遠では一様な流れであった場合には,そこでは一様流なので渦無し,つまりω≡rotvを渦と定義すると一様流である場所では,ω=rotv=0 です。
そして流体の従う運動方程式は通常のニュートンの運動方程式=運動量の保存方程式を流体素片に適用すれば得られます。
これは非圧縮性粘性流体についてはナビエ・ストークス方程式になります。特に非圧縮性完全流体なら,運動方程式はオイラーの運動方程式ρDv/Dt=-gradp+ρK,またはDv/Dt=-gradp/ρ+Kで与えられます。
ここでρは流体の密度,pは流体の圧力,Kは単位体積当たりの流体が受ける重力などの外力(体積力)です。
Eulerの運動方程式Dv/Dt=-gradp/ρ+K のラグランジュ微分Dv/Dtをオイラー微分に直すと∂v/∂t+(vgrad)v=-gradp/ρ+Kとなります。
熱力学の状態方程式からρ=f(p)と書ける場合,これは∂v/∂t=-grad(P+v2/2)+K+v×rotvと変形されます。
ここで,P(p)≡∫dp/ρ(p)で,これは例えば流れがDS/Dt=0 と等エントロピー的な場合などには,こう書けますから通常の断熱的な流れなら成立しています。
そして一般に重力などの外力Kは,摩擦などによるエネルギーの熱散逸がない保存力であるとすれば,rotK=0 であって,外力のポテンシャルΩが存在してK=-gradΩと書けます。
そこで,こうした通常の場合には,結局,運動方程式は∂v/∂t=-grad(P+v2/2+Ω)+v×rotvと表わされます。
流れvが,ある時刻tにある場所rで渦無し:ω=rotv=0 なら,そのとき,そこではv×rotv=0 です。
そして,Δtを微小時間とすれば運動方程式によって,v(r,t+Δt)=v(r,t)-grad(P+v2/2+Ω)Δtとなります。
両辺の空間回転:rotを取れば,rot[v(r,t+Δt)]=rot[v(r,t)]=0 が成立します。
つまり,非圧縮性完全流体では,ある時刻に元々は一様流のようであって,渦無しの流れであれば未来永劫渦が生じることはない,という定理が導かれます。(渦定理)
今,対象とする領域全体で渦無し,つまりω=rotv=0 であるような非圧縮性完全流体を仮定します。rotv=0 であることから,あるスカラー関数Φ=Φ(r,t)が存在してv=gradΦと書くことができます。
このスカラー関数Φを速度ポテンシャルと呼び,こうした速度ポテンシャルが存在する完全流体の流れをポテンシャル流といいます。
そして,非圧縮流体では連続の方程式はdivv=0 ,つまりdiv(gradΦ)=△Φ=0 となります。すなわち,関数Φはラプラスの方程式を満足します。言い換えると,速度ポテンシャルΦは調和関数です。
ここで,問題を2次元の流れに戻すと,速度ポテンシャルΦ=Φ(r,t)はΦ=Φ(x,y,t)と表わすことができて,v=gradΦはu=∂Φ/∂x,v=∂Φ/∂yになります。また,△Φ=0 は∂2Φ/∂x2+∂2Φ/∂y2=0 を意味します。
そこで,先の流れ関数Ψによる表現u=∂Ψ/∂y,v=-∂Ψ/∂xと合わせると,u=∂Φ/∂x=∂Ψ/∂y,v=∂Φ/∂y=-∂Ψ/∂xと書けます。
この式を見ると,これは点(x,y)を複素平面上の点z=x+iyと同一視しzの複素関数f(z)をf(z)=f(x,y)≡Φ(x,y)+iΨ(x,y)と定義したときのf(z)のzにおける正則性の条件と一致していることがわかります。
この条件f(z)=Φ+iΨに対し,∂Φ/∂x=∂Ψ/∂y,∂Φ/∂y=-∂Ψ/∂xなる式をコーシー・リーマンの関係式(Cauchy-Riemann's relation)といいます。
(ここでは便宜上,関数の時間t依存性を省略表記しました。)
複素関数f(z)が微分可能であるためには,Δz=Δx+iΔyが微小であるときの微小差分Δf=f(z+Δz)-f(z)において,Δz=ΔxのときとΔz=iΔyのときの両方で(Δf/Δz)が完全に一致することが必要です。
つまり,(Δf/Δx)=(ΔΦ/Δx)+i(ΔΨ/Δx)=[Δf/(iΔy)]=-i(ΔΦ/Δy)+(ΔΨ/Δy)であることが必要です。
そこで.Δx, Δy→ 0 の極限でu=(ΔΦ/Δx)=(ΔΨ/Δy),かつv=(ΔΦ/Δy)=-(ΔΨ/Δx)となることがf(z)が微分可能であるための必要条件となります。
さらに,実関数ΦやΨが2回連続微分可能ならこれは微分可能であるための十分条件にもなります。
この複素関数としての微分可能の条件:∂Φ/∂x=∂Ψ/∂y,かつ∂Φ/∂y=-∂Ψ/∂xをコーシー・リーマンの関係と呼ぶのです。
そして,この条件式が満たされるとき,f(z)は正則(微分可能)であるといわれ,f(z)を複素速度ポテンシャルと呼びます。
そして微分係数df/dz=(∂Φ/∂x)+i(∂Ψ/∂x)=u-ivを複素速度と呼びます。
このとき必然的に∂2Φ/∂x2+∂2Φ/∂y2=0 ,かつ∂2Ψ/∂x2+∂2Ψ/∂y2=0 が成立します。Φ,Ψは2次元調和関数となります。
複素関数論によれば,f(z)=f(x,y)≡Φ(x,y)+iΨ(x,y)は無限回微分可能であって,しかも解析的,つまりこの点のまわりでzのベキ級数として展開可能な解析関数になります。
すなわち,複素変数で考えると微分可能という性質だけで関数としての範囲が非常に厳しく限定されることになります。
したがって,正則な複素関数f(z)を1つ指定すれば,それによって直ちに速度ポテンシャルΦと流れ関数Ψが1つずつ決まって,2次元非圧縮完全流体のポテンシャル流が決まります。
これで決まる流れは∂2Φ/∂x2+∂2Φ/∂y2=0 ,かつ∂2Ψ/∂x2+∂2Ψ/∂y2=0 によって連続の方程式 divv=0と渦無し条件rotv=0 を確かに満足しています。
しかし,rotv=0 のときの運動方程式である∂v/∂t=-grad(P+v2/2+Ω)を満足しているのでしょうか?
v=gradΦですから,運動方程式はgrad(∂Φ/∂t+P+v2/2+Ω)=0 と書けます。これは,∂Φ/∂t+P+v2/2+Ω=(空間領域全体で一定),を意味します。
これは広義のベルヌーイ(Bernoulli)の定理です。もしも,定常流:∂v/∂t=0 であれば,v=gradΦのΦ(r,t)としてtを陽に含まない形のΦ=Φ(r)を取ることができて,∂Φ/∂t=0 とできます。
そこで,∂Φ/∂t+P+v2/2+Ω=(空間領域全体で一定)はP+v2/2+Ω=(空間領域全体で一定)となります。
つまり,非圧縮完全流体のポテンシャル流においては,流れに対する運動方程式とベルヌーイの定理は同じものになるのですね。
もう1つ忘れてならないのは境界条件です。普通,流体は無限に広がっているわけではなくて,どこかにその流体以外の物体でできた境界があります。
現実の粘性流体なら,その境界上で流体は粘着してその境界に対して静止します。
つまり境界が止まっていようと動いていようと流体はそこで境界に対する相対速度がゼロになるというのが現実に即した粘性流体に対する境界条件であるべきです。そしてそれ故,粘性流体なら境界があればそこで流線は途切れます。
実際の流体を非圧縮の"線型粘性流体=ニュートン流体"として近似した運動方程式であるナビエ・ストークス方程式で,上述の境界条件が解の存在と一意性にとって必要十分であるかどうか?というのは一般的な問題としてはまだ未解決です。
しかし,この方程式が解析的あるいは数値的に解けるときには多くの場合,これは肯定的であるとされています。
通常の微分方程式ではいわゆる力学系として初期条件を満たす一般解の描く曲線族は解の存在と一意性が成立するが故に,互いに決して交わることはないです。
ところが,先に述べたように粘性流体の問題では,境界で流線が途切れて終わってしまうことがあります。
これがナビエ・ストークス方程式で解の存在と一意性の問題を解決するためのネックになっているのではないかと推察します。
しかし,完全流体では粘性流体と同じ境界条件を仮定したのでは方程式の解を決めるのには過剰な条件になります。
そこで境界で流体がその表面から境界の内部へと侵入して対象領域の外へ出て行くような法線方向の速度成分を全く持たないという条件,つまり境界上ではすべっていく,というのが完全流体の境界条件です。
実際こちらの条件は,既にそれが解の存在と一意性のための必要十分条件であるということで解決しています。そして完全流体なら境界があっても,そこで流線が途切れたりすることはなくずっと続いています。
つまり,今のポテンシャル流の場合,境界条件は境界表面の法線方向をnとし境界速度をvbとすれば境界上で(v-vb)n=0 です。
境界が静止していろポテンシャル流の場合なら,境界上ではv=gradΦ=0 :境界上でΦ=一定,というのは過剰な条件で,境界上でvn=∂Φ/∂n=0 というのが必要十分な条件です。
この場合,速度ポテンシャルΦにとってはノイマン問題となるので解Φには定数だけの任意性があります。
いずれにしろ,2次元では境界に沿った任意の変分Δrに対してΔrn=Δxnx+Δyny=0 となります。
そして,2次元の定常問題では解は正則関数f(z)=Φ+iΨで与えられ,静止した境界形状であるなら境界条件はvn=∂Φ/∂n=0 なので,これはv=gradΦ=(∂Φ/∂x,∂Φ/∂y)=(∂Ψ/∂y,-∂Ψ/∂x)とΔrが平行であることを意味します。
すなわち,dx/(∂Ψ/∂y)=-dy/(∂Ψ/∂x),またはdΨ=(∂Ψ/∂x)dx+(∂Ψ/∂y)dy=gradΨΔr=0 ですから,境界上では流れ関数Ψ=一定です。
そこで,正則関数f(z)=Φ+iΨであって,Ψ=一定で与えられる曲線群のうちの1つが境界線に一致するようにf(z)を定めれば解が求められたことになります。
Ψ=一定で定まる境界線以外の曲線群は流線群を表わしています。
ここで,ポテンシャル流の流れの中に1つの境界を与えるものとして流れとは無関係な力によって固定された物体があって静止しているとします。
2次元なのでこの物体自身の領域をSとするとその境界はある閉曲線Cで与えられます。そこで物体に働く正味の力はF=ei∫CPijnjds=-∫C pndsです。
簡単のためにこの完全流体は単に非圧縮というだけでなく密度ρが一様であるとします。
そうすれば,P=p/ρであり,体積力=2次元では面積力である外力ρKはgrad(ρΩ)に等しく.運動方程式=ベルヌーイの定理は∂Φ/∂t+p/ρ+v2/2+Ω=A(t)(空間領域全体で一定)となります。
そこで,p=ρA(t)-ρ[∂Φ/∂t+v2/2+Ω]より,F=-∫C pnds=ρ∫C[∂Φ/∂t+v2/2+Ω]ndsです。
F=-∫Cpndsから,Fx-iFy=- i∫Cpdz*です。
∂Φ/∂t=Re(∂f/∂t),v2=|df/dz|2なので,∂Φ/∂t+v2/2+Ω=Re(∂f/∂t)+|df/dz|2/2+Ωにより,Fx-iFy=iρ∫C[Re(∂f/∂t)+|df/dz|2/2+Ω]dz*となります。
そこで,流れが定常であって外力がないときには,Fx-iFy=iρ∫C(|df/dz|2/2)dz*です。
ところで,物体表面=境界Cの上ではΨ=一定であって,df=dΦ=df*なので|df/dz|2dz*=(df/dz)(df*/dz*)dz*=(df/dz)2dzです。
したがって,Fx-iFy=iρ∫C[(df/dz)2/2]dzとなります。
これを,ブラウジウスの(第一)公式(Blausius)といいます。
ここで,境界となる物体が一様流の中の原点O:z=0 の位置を中心として置かれているとします。
物体の外部領域では流れは1価正則なポテンシャル流であってz→ ∞ で一様な流速Uになるとすればdf/dzのローラン展開はdf/dz=U+Σν=1∞aν/zνとなります。
そこで,複素速度ポテンシャルはf(z)=Uz+a1logz-Σν=1∞(aν+1/ν)z-νと書くことができます。
f(z)はz=0 を極や分岐点とし,z=0 の近傍では多価関数になったりしますが,物体の存在する境界Cの特異点z=0 の外側の対象としている流体領域ではf(z)は1価正則な解析関数です。
そこで,このf(z)の表わす流れが2次元非圧縮完全流体のポテンシャル流であることは間違いありません。
そして,(df/dz)2=U2+2Ua1/z+(1/z2)[Σν=0∞bν/zν]と書けます。
それ故,物体の受ける力F=(Fx,Fy)はf(z)=Uz+a1logz-Σν=1∞(aν+1/ν)z-νのlogzの項の係数a1のみを用いて,Fx-iFy=iρ∫C[(df/dz)2/2]dz=-2πρUa1と書くことができます。
また,∫C(df/dz)dz=2πia1=∫C(u-iv)(dx+idy)=∫C(udx+vdy)+i∫C(udy-vdx)=∫Cvds+i∫S(divv)dS=Γ+iQです。
すなわち,∫C(df/dz)dz=2πia1=Γ+iQ,あるいはQ-iΓ=2πa1となります。
ここでQ≡∫S(divv)dSは物体の領域で発生する流体体積の湧き出し量であり,Γ≡∫Cvdsは物体のまわりを反時計回りにまわる循環を表わしています。
Fx-iFy=-2πρUa1=-ρUQ+iρUΓですから,物体に働く力は物体の形などには関係なく,流体の運動方向であるx方向の力=抵抗力Fx=-ρUQは湧き出しρQに比例します。
また,物体に働く流体の運動方向に垂直なy方向の力=揚力(xy面を鉛直面と考えたときの上向きの力):Fy=-ρUΓは循環ρΓに比例することがわかります。
この関係式をクッタ・ジューコフスキーの定理(Kutta-Joukowskis theorem)と呼びます。
ここで,仮にz=0 のε-近傍の2つの特異点として同じ大きさの湧き出しと吸い込みの両方があって特異点以外ではポテンシャル流である2次元の流体,つまり,"双極子=2重湧き出し"のある2次元ポテンシャル流を考えます。
原点近傍の2つの特異点をz1,z2とすると速度ポテンシャルはf(z)=mlog(z-z1)-mlog(z-z2)=mlog[(z-z1)/(z-z2)]=mlog[(z-εeiα)/(z+εeiα)]となります。
ここで,ε→ 0,m→ ∞,2εm=μ(一定)の極限をとると,f(z)=-μeiα/zとなります。これの表わす流れをを2次元2重湧き出しと呼びます。
このときには,f(z)=-μeiαz*/r2より,imf(z)=Ψ(r,θ)=μsin(θ-α)/rですから,これは原点r=0 を通過するあらゆる円をΨ(r,θ)=(一定)の流線としています。それ故,このポテンシャル流は原点r=0 を通るある円を境界とする流れです。
f(z)=Uz-μeiα/zと書けば,この流れはr=∞での一様速度がゼロではなくUであるという違いだけでf(z)=-μeiα/zで与えられるものと同じ流れを表わしています。
このとき df/dz=u-iv=U+μeiα/z2=U+μe-i(2θ-2α)/r2 なので,u=U+μcos(2θ-2α)/r2,v=μsin(2θ-2α)/r2と書けます。
これは3次元で一様流の中に球が固定して置かれた場合と同様,2次元で一様流の中に円が置かれた場合に相当しています。
そして,この円のまわりの2重湧き出しの流れは,湧き出し+吸い込み= 0 なので,その他に特異点がないなら流れがあるにもかかわらず物体には全く抵抗力が働かない,という例になっています。
完全流体において必然的に生じるこうした非常識的な計算結果をダランベールの背理(D'Alemdert's paradox)といいます。
f(z)=-μeiα/z=-(μeiα)[d(logz)/dz]と書けば,3次元の場合の単湧き出しのポテンシャルΦ1=-m/r+Cに対して,2k重湧き出しのポテンシャルがΦk=μi1i2..ik∂i1∂i2..∂ik(1/r)で与えられるのと同様,2次元ではΦ1=mlogr+C, or f=mlogzに対してΦk=μi1i2..ik∂i1∂i2..∂ik(logr) or fk=μi1i2..i(dkf/dzk)が 2k重湧き出しのポテンシャルを示しています。
既に述べた論旨から完全流体の場合,物体にゼロでない抵抗力が働くのは単湧き出しΦ1=-m/r+C (3次元)や,Φ1=mlogr+C, or f=mlogz+C'(2次元)がある場合に限られ,2重湧き出し以上の多重湧き出しは物体に働く抵抗力への寄与はありません。
一方,揚力の方は物体が回転していて流体が引きずられるような場合などにもゼロでない寄与が生じます。
上に見てきたようにブラウジウスの公式とクッタ・ジューコフスキーの定理の組み合わせも,実は基本的な運動方程式であるベルヌーイの定理の単なる書き換えに過ぎません。
例えば飛行物体などで,循環Γ< 0 の存在のおかげで上向きの揚力が生じるというクッタ・ジューコフスキーの定理も,ベルヌーイの定理によってその物体付近の上部の領域より下部の領域の圧力が大きいことと同値です。
この圧力差が生じる理由は,結局上部のその領域での流速が下部の流速より大きいということを意味し,これは循環Γ< 0 と同じ意味です。
そして,運動量あるいはエネルギーの保存という意味では,これは何らかの理由で運動量あるいは運動エネルギーが下部領域から上部領域へと輸送される結果であると考えられます。
また,書き換えという意味では流体も含めて物理学の理論を数学的に定式化するプロセスでは,ある種の"トートロジー=同義語反復"という過程が多く含まれています。
流体でいえば同じことを別の表現で述べているだけであることが多く,例えばベルヌーイの定理は圧力差の話を流体の速度差あるいは運動エネルギーの差の話に置き換えているだけです。
圧力差による力とかベルヌーイの定理であるとか言っても,結局はニュートンの運動の法則や作用反作用の法則を書き換えた運動量保存則やエネルギー保存則などを流体力学特有の用語に置き換えて説明しているに過ぎない,と言えばその通りかもしれません。
こうして,これらの定理によって形式上は完全流体の揚力についても一応の合理的な説明ができたような気にはなります。
しかし,この説明において,揚力を生み出す源となる,循環Γ,あるいは上下の流速差がどういうメカニズムで生じるのか?,という本質的な問題に論及しなければ数学的整合性がある,というだけの理論=単なる同義語反復理論です。
元の複雑だった問題を比較的理解しやすい問題へと翻訳還元したに過ぎません。
しかし,こうした循環や流速差などの運動学的量の発生する起源として合理的な説明を与えることはかなりむずかしく単純な翼形状などにその理由を求めることができるのかどうかもわかりません。
過去には既存の教科書や通俗書などで翼の上部の領域での流速が下部の流速より大きい理由として「翼上縁が翼下縁より流体素片の進む行路が長いのに翼先端で分かれた流体素片が後端に同時に到着すべきであるから上縁における流速が下縁上の流速より大きいのである。」というような仮説による説明がまことしやかになされていました。
しかし,飛行中に必ずしも翼の上下の向きなどが所定の方向に決まっている必要はないし流体素片が後端に同時に到着すべきであるという主張に理論的な根拠も無く,また,これについては多くの実験事実で結果は否定的であるということで.この通俗仮説は現在では誤った説明であるとするのが主流です。
これよりもむしろ平板翼の迎え角の理論などを主眼とした説明の方が現実的であり実際に近くて理にかなっていると思われます。
さらに現実の流体は明らかに完全流体ではなく,たとえレイノルズ数が大きいとしても境界表面には層流境界層や乱流境界層があって境界条件を単純に完全流体のそれでおきかえるわけにはいきません。
また,境界層の剥離現象や失速,Wake(伴流;ウェーキ)の内部のカルマン渦列などの複雑な現象やさらにカオス的で解明のむずかしい複雑な乱流現象などもあります。
そこで,例えば翼理論についてもここで述べたような完全流体の模型による理論的扱いよりも現状では実験的あるいは数値的な扱いの方がより有効なことが多いと思います。
ここで最後に上記では簡単な話でもあるので省略していた重力など物体にかかる外力Fex=ρ∫CΩndsを計算しておきます。
これについてはCの内部の面積領域に外力Kの渦などの特異性があると考える必要はないので単連結領域に対して成立するストークスの法則∫∂S ω=∫Sdωを用いるとFex=ρ∫CΩnds=ρ∫SgradΩdS=-ρ∫SKdSとなります。
ここで最も通常の例として,外力Kが重力であるとすればK=-geyとなりFex=ρSgeyが得られます。
ただしeyは鉛直上向きの単位ベクトルでありρSgは物体の面積Sと同じ面積の流体の重さですからKが重力ならFex=ρSgeyは浮力を表わしています。
この記事の続きとなるような流体力学の話題については2006年9月25日の記事「ベナール対流の安定性とレイリー数」があります。
これは非圧縮性完全流体に浮力(つまり重力)の効果だけ圧縮性を与えたいわゆるブジネスク近似をした方程式において,上下に温度差があるために重力に起因する浮力が生じて対流=ベナール対流が生じます。
この対流の安定性の限界の臨界レイリー数において不安定な交代渦などが生じる条件などについて考察したものです。
参考文献:色々なので省略します。もっとも,ほとんど記憶だけに頼ったのですが。。。
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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