S行列とレッジェ理論(1)
今日から当分の間,古臭いけどなつかしい現象論的なレッジェ
軌跡(Regge trajectry),あるいはレッジェ極(Regge poles)の
理論をシリーズ記事として記述したいと思います。
Regge理論は,超弦理論(超ひも理論)の前段階の弦理論(ひも理論)
の基になった理論でもあり,主として強い相互作用における散乱
行列,つまりS行列の解析性を中心としてモデル化した有力な仮
説です。
以下,Sommerfeld-Watson(ゾンマーフェルト・ワトソン)変換や,
s-チャンネル,t-チャンネルの双対性(duality)などについて
論じてゆきますが,その後にできたらベータ関数から構成され
た弦理論の祖である"Venneziano(ヴェネツィアノ)模型
=双対共鳴模型(Dual resonance- model)"などにも言及したい
と思っています。
まずは,非相対論的な散乱(衝突)の一般理論から始めます。
(※下図は他のホームページから無断借用した散乱実験
の模式図です。)
まず,"始状態の粒子=入射粒子"の波動関数をφ(x,t)
とすると,これは自由粒子のSchroedinger方程式:
ihc{∂φ(x,t)/∂t}={-hc2/(2m)}∇2φ(x,t)
に従います。
ただし,hc≡h/(2π)はPlanck定数です。
これを満たすφ(x,t)は,事実上波数があるkの近傍にある
平面波の重ね合わせで与えられ,有限範囲のxのみに局所化
された波束であると考えられます。
この"波束=入射ビーム"は標的に当たるまでは,それ自身拡がり
歪みながら進行します。
そして,標的付近でのこの標的との相互作用を局所化された
ポテンシャルV(x)で表わすと,
相互作用を含めた全体のSchroedinger方程式は,
ihc{∂φ(x,t)/∂t}={-hc2/(2m)}∇2φ(x,t)
+V(x)φ(x,t) となります。
長時間の経過の後には,標的付近の粒子数密度はゼロになり,
φ(x,t)は再び自由粒子のSchroedinger方程式を満足する
ようになりますが,その終状態の波は2つの部分に分割され
ます。
(※下図は.どなたかのPDF:第22章散乱の量子論 の中の図を
流用させて頂きました。)
第1の部分は初期波束とほぼ同じ形の波数が初期のkの近傍
の重ね合わせの直進する平面波束です。
これは,ただ,"総確率=ビームの大きさ"が初期の入射波束より
小さくなった入射波と散乱を受けずに素通りしたと見なせる波
の和です。
第2の部分は,エネルギー保存則により波数の絶対値は初期の
k=|k|と同じですが,もはや真っ直ぐ進む平面波束ではなく,
見掛け上,爆発に伴う雲のように全方向に散乱されて出て行く
外向き球面波から成るものです。
そして,第1と第2の部分を総和した波束の総確率は入射波束
の確率に等しくなります。
すなわち,この散乱(衝突)は粒子の総存在確率,つまり,総粒子数
が保存される弾性散乱であると仮定します。
衝突時刻がwell-definedなら,その時刻に射出された出て行く波
の雲は空間に局在化され,その半径は速度v=hck/mで拡がる
でしょう。
そして,この雲の全確率:∫|φcloud|2dxは放出後も一定に保
たれるので,波動関数φcloudは"標的中心からの距離=半径r"
の逆数に比例して減少しなければなりません。
こうした波束の挙動の完全な数学的解析を与えることも可能
ですが,純粋に数学的見地から入射波束を純粋平面波で置き換
えて理想化する近似を用いた方がより単純で現実に即してい
ます。
そうした単純化に支払うべき代償は,
その近似では,運動量とエネルギーが絶対的に定義されて波は
無限空間全体に一様に拡がった存在となるので,仮に数学とし
て文字通りに解釈するなら,もはや時空における散乱プロセス
に従うことさえも不可能なことです。
以下では,簡単のためにPlanck定数をhc=1とし質量をm=1/2
とした単位を用いることにします。
粒子の定常な全波動関数をΨ(x)とすると,これが満足する
Schroedinger方程式は,∇2Ψ(x)+[k2-V(x)]Ψ(x)=0
となります。
ここで,ihc(∂/∂t) ~ E=hc2k2/(2m)=k2を
用いました。
つまり,φ(x,t)≡Ψ(x)exp(-iEt/hc) としました。
標的の外側(ポテンシャルがゼロ)の点に対応するxにおいては,
Ψ(x)は自由粒子Schroedinger方程式を満足します。
さらに,この標的の外側領域で,衝突前の入射から衝突後の
散乱までのプロセスが全て時間的に一定で定常的に続いて
いると見た描像を採用しています。
この描像では粒子の全体の定常波動関数Ψ(x)は次の3つ
の部分から成るように見えます。
a.入射波束に対応する平面波
b.入射波束と同じ運動量を持ち標的で衝突を受けず
素通りした平面波
c.散乱された粒子に対応する外向きの波
これらのうちa,bの2つの平面波は時間に依らない描像
では分割することができず,例えば規格化定数を無視すれば
単一の形:exp(ikx)に結合されます。
一方,外向き波については弾性散乱故,運動量の絶対値は,
k=|k|のままであって,r≡|x|とすると波の値は(1/r)
に比例して減衰していくことを既に知っています。
かくして必然的に外向き波は次の形を取ります。
つまり十分大きいrに対して,
f(θ,φ)exp(ikr)/rなる形です。
∇2=(1/r2)[(∂/∂r){r2(∂/∂r)}]+(θ,φ関連の部分)
なので,(∇2+k2){exp(ikr)/r}=0 により,
球面波:exp(ikr)/rはエネルギー k2を持ち,1/r)に比例して
減衰してゆく自由粒子の解になっています。
よって,全体の波動関数は,
Ψ(x)=exp(ikx)+f(θ,φ)exp(ikr)/r+O(1/r2)
と書けます。
そして,大抵の場合,ポテンシャルはrにのみ依存する
中心力場V(x)=V(r)であり,衝突した粒子は入射
運動量の方向と同じ角度θをつくる任意の2方向にのみ
散乱されます。
そこでf(θ,φ)は単にθにのみ依存します。
故に,
Ψ(x)=exp(ikx)+f(θ)exp(ikr)/r+O(1/r2)
となります。
散乱波;Ψ(x)がこの形に書けることを散乱の境界条件と
いいます。
そして関数:f(θ)=f(θ,φ)を散乱振幅と呼びます。
ここで,散乱振幅と散乱断面積σを関連付けておきます。
入射波動関数:exp(ikx)は入射粒子の単位密度に対応し
ており,それ故,入射粒子の速度v=2k(=hck/(2m))
に等しい値の流束に対応しています。
一方,θのまわりの立体角dΩの中に散乱される単位時間
当たりの粒子数は,
2k|f(θ)/r|2r2dΩ=2k|f(θ)|2dΩ
です。
定義によれば,このプロセスに対する散乱の微分断面積
dσは入射流束によるdΩへの散乱粒子数の比率で定義
されます。
そこで,今の弾性散乱では微分断面積は,
dσ/dΩ=|f(θ)|2によって与えられます。
ここで,Schroedinger方程式:
∇2Ψ(x)+[k2-V(x)]Ψ(x)=0 と,
散乱境界条件:
Ψ(x)=exp(ikx)+f(θ)exp(ikr)/r+O(1/r2)
と共に,平面波部分によって満足される自由粒子の波動
方程式:(∇2+k2)exp(ikx)=0 を考慮すると,
"散乱波動関数=[Ψ(x)-exp(ikx)]:波動関数の自明
でない部分を決定する方程式が得られます。
すなわち,(∇2+k2)[Ψ(x)-exp(ikx)]
=V(x)Ψ(x)です。
ここで,全く形式的に演算子(∇2+k2)の逆演算子:
(∇2+k2)-1=1/(∇2+k2) が定義できるとします。
これを左から両辺に掛けると次式が得られます。
すなわち,Ψ(x)=exp(ikx)+{1/(∇2+k2)}V(x)Ψ(x)
です。
これが無意味でないためには,(∇2+k2)-1=1/(∇2+k2)が正しく
定義される必要があります。
そのため,Diracの括弧(bracket)による表示を考えます。
この表示では,ケット|α>で表示される状態は,x空間では,
波動関数:φα(x)(=<x|α>)として実現されることを知
っています。
そして,x空間においては演算子(-ihc∇)は運動量演算子
Pを表わしているので,hc=1のとき,(∇2+k2)は演算子
(k2-P2)を表現しているといえます。
そこで,さっき導入した逆演算子(∇2+k2)-1=1/(∇2+k2)
は,(k2-P2)-1=1/(k2-P2)と同等です。
そこで,当面の問題は次のようになります。
|α>が任意の状態を表わすとき波動関数:φα(x)に
作用する1つの演算子として,(k2-P2)-1の作用はどの
ように表現されるか?ということです。
ちょっと考えると,この作用を表現するためには任意の
状態:|α>を運動量空間での波動関数φα(p)(=<p|α>)
で表わせばいいとわかります。
そこで,運動量演算子Pの固有状態:|p>のセットを,
P|p>=p|p>によって導入します。
|p>はx空間では波動関数:exp(ipx)(=<x|p>)
で表わされる状態です。
そして,(k2-P2)-1を|p>に作用させると,
(k2-P2)-1|p>=(k2-p2)-1|p>となります。
そこで演算子:(∇2+k2)-1はp2=k2を満たすpに対応する
状態:|p>に適用される場合を除いてwell-definedであるこ
とがわかります。
(k2-P2)-1|p>=(k2-p2)-1|p>をx空間に翻訳する
ために射影演算子による完全性:Σp|p><p|=(2π)3を
用います。
(※ただし,ここでは<x|p>=exp(ipx)と規格化されて
いるので,Σp|p><p|=1 ではありません。)
すなわち,(2π)3(k2-P2)-1|α>
=(k2-P2)-1Σp|p><p|α>
=Σp(k2-p2)-1<p|α>|p> です。
それ故,(2π)3<x|(k2-P2)-1|α>
=Σp(k2-p2)-1<p|α><x|p> です。
さらに,(2π)3Σy<x|(k2-P2)-1|y><y|α>
=ΣyΣp(k2-p2)-1<p|y><y|α><x|p>
となります。
そして,<x|P|y>=(-ihc∇)(2π)-3δ3(x-y)
なので,hc=1とすると,<x|(k2-P2)-1|y>
=(∇2+k2)-1(2π)-3δ3(x-y) ですから,
最終的に,(∇2+k2)-1φα(x)
=(2π)-3∫dp[exp(ipx)/(k2-p2)]
∫dy[exp(-ipy)φα(y)] なる表式が得られます。
これは,(∇2+k2)-1φα(x)=∫dyG(x-y)φα(y)
と表現できます。
G(x)はいわゆるGreen関数であり,
G(x)≡(2π)-3∫dp[exp(ipx)/(k2-p2)]
によって定義されます。
このGreem関数G(x)を与える上式の右辺の積分を実行
するのは,被積分関数がp2=k2を満たすpにおいて
well-definedではないので自明な作業ではありませんが,
これは今のところ用いていない散乱の境界条件を考慮する
ことで解決されます。
完全な波動関数:Ψ(x)から初期平面波:exp(ikx)を
除いた散乱波動関数:(∇2+k2)-1V(x)Ψ(x)は,|x|
の大きいところでは,純粋に外向き球面波として挙動し
なければなりません。
そこで,積分演算子(∇2+k2)-1,つまり,
G(x)=(2π)-3∫dp[exp(ipx)/(k2-p2)]に完全に
明白な意味を与えるためには,そうした物理条件を用いる
ことが必要です。
まず,G(x)=(2π)-3∫dpexp(ipx)/(k2-p2)は,
明らかに回転不変なので,これはr=|x|のみの関数です。
そこで,G(x)をG(r)と書けば,
G(r)=(2π)-3∫dp[p2/(k2-p2)]∫d(cosα)exp(iprcosα)
となります。
さらに,角度αによる積分を実行すると,
G(r)={1/(2π2r)}∫0∞pdp[sin(pr)/(k2-p2)]
={1/(4π2r)}∫-∞∞pdp[sin(pr)/(k2-p2)]
となります。
さらに,p/(k2-p2)=(-1/2)[1/(p-k)+1/(p+k)],
sin(pr)=[exp(ipr)-exp(-ipr)]/(2i)を用いると,
G(r)={-1/(8π2r)}∫-∞∞dp[exp(ipr)/(2i)}
[1/(p-k)+1/(p+k)]
+{1/(8π2r)}∫-∞∞dp[exp(-ipr)/(2i)}
[1/(p-k)+1/(p+k)]
と変形されます。
これら4つの積分についてwell-definedとなるように
複素p平面上の実軸上の極p=±kを迂回するp平面上
でのさまざまな積分経路を考慮して結果が外向き球面波
exp(ikr)/rとなるような経路を選びます。
これは,極p=-kにおいて経路を虚軸の上方に迂回する
こと,つまり実質上,極をp=-k-iεに移動すること,
そして極p=kにおいて経路を虚軸の下方に迂回すること,
つまり実質上,極をp=k+iεに移動することで実現され
ます。
※つまり,以下の図も留数(Residue)から,
{-1/(8π2r)}∫dp[exp(ipr)/(2i)}[1/(p-k)+1/(p+k)]
=-exp(ikr)/(2πr) (外向き球面波)
および,
{1/(8π2r)}∫dp[exp(-ipr)/(2i)}[1/(p-k)+1/(p+k)]
=-exp(ikr)/(2πr) (外向き球面波) です。
もちろん,εは正の微小量で積分後にはε→+0 とします。
すなわち,微分演算子:(∇2+k2)の逆演算子:(∇2+k2)-1
を与える積分演算子としての散乱境界条件を満たす,
well-definedなGreen関数は,
G(x)=G(r)=-exp(ikr)/(4πr)
=(2π)-3∫dp[exp(ipx)/{(k+iε)2-p2}]
=-(2π)-3∫dp[exp(ipx)/(p2-k2-iε)2]
で与えられることがわかります。
kにiεを加えることは.G(r)=-exp(ikr)/(4πr)が
r→ ∞ に対しexp(-εr)/(4πr)で減少することのみを
示していますが,
これは,いわゆるr=∞ において散乱のスイッチがオフになる
条件を予めGreen関数の内に組み込んだ断熱近似に相当しており,
因子:exp(-εr)を波動関数に掛けてもその本質的な性質には
影響しません。
こうして,Ψ(x)=exp(ikx)+{1/(∇2+k2)}V(x)Ψ(x)
という表式の陽な形は,
(∇2+k2)-1φα(x)=∫dyG(x-y)φα(y),および.
G(x)=G(r)=-exp(ikr)/(4πr)なる表現により,
Ψ(x)=exp(ikx)
-{1/(4π)}∫dy[exp(ik|x-y|)V(y)Ψ(y)/|x-y|]
となります。
得られた積分方程式は,一見したところSchroedinger方程式より
複雑に見えるかも知れませんが,これには重大な利点があります。
それは,この積分方程式が単なるSchroedinger方程式と違って
自動的に散乱の境界条件を含んでいることです。
そして,このΨ(x)=exp(ikx)+{1/(∇2+k2)}V(x)Ψ(x)
=exp(ikx)-{1/(4π)}∫dy[exp(ik|x-y|)
V(y)Ψ(y)/|x-y|]なる表式を用いて,
波動関数Ψ(x)をBorn級数として知られている1つの展開級数
として陽に表現する形式を与え,散乱が如何に進むかを詳細に
より厳密に導く手法を考えます。
そのためには必ずしもその平面波や球面波とかの具体的な形や
Green関数の完全に陽な形などは必要なく,
入射平面波:exp(ikx)の代わりに入射波をφiと書いた単純な
積分方程式の表式:Ψ=φi+{1/(∇2+k2)}VΨ みが出発点
となります。
この出発点となる最初の積分方程式の表式で,右辺の最後のΨ
に右辺全体を代入すると,
Ψ=φi+(∇2+k2)-1Vφi+(∇2+k2)-1V(∇2+k2)-1VΨ
という2番目の形の積分表式を得ます。
これを繰り返すことによって最終的なΨの積分級数展開として,
Ψ=φi+(∇2+k2)-1Vφi+(∇2+k2)-1V(∇2+k2)-1Vφi+..
が得られます。
この関係の物理的描像は次のように与えられます。
つまり全波動関数は散乱の詳細な歴史を記述する項のシリーズ
から成っています。
第1項φiは入射波と散乱を受けず素通りして出てゆく粒子に対応
する平面波の両方を示しています。
次の項はポテンシャルVと1回だけ相互作用する粒子を示して
いて初期波φiは粒子が相互作用して散乱が生じる頂点において
ポテンシャルVを掛けられ,衝突散乱後には引き続き外向きの球
面波として進行するように,積分核(∇2+k2)-1=1/(∇2+k2)が
掛けられています。
その次の項は初期波φiがある頂点で1回散乱Vを受け,その後,
(∇2+k2)-1={1/(∇2+k2)}の作用で外向き球面波となった後,
再び別の頂点で2回目の散乱Vを受け,さらに,(∇2+k2)-1
=1/(∇2+k2)を掛けられたという描像です。
以下の項も同様です。
これらは入射粒子から散乱が生じる頂点までラインを引き,頂点
での相互作用Vをドットで表現し,さらに1つの頂点から次の頂点
までの"Green関数(伝播関数)=(∇2+k2)-1"をラインで結ぶこと
を繰り返して,
最後に"放出(射出)粒子=出てゆく粒子"まで折れ線で結ぶことに
よって,散乱プロセス全体をその"標的との相互作用=摂動"による
級数として展開し,その摂動の各次数の項をグラフ,または,
ダイアグラムとして表現できることを示唆しています。
(※下図は本ブログの2010年5/22の過去記事:
「散乱の伝播関数の理論(7)」からの引用です。)
これは,いわゆる Feynman-diagram ですね。
ただし,上記の方法は相互作用が小さくて右辺の積分級数が
無限級数として収束する場合にのみ有効なもので,実際の強い
相互作用では,途中の有限次数までで区切れば,そこまでは正
しい表式ですが,無限個の項までこれを採用するのは得策で
はないと考えられます。
また,このBorn級数は散乱状態だけで完全系を作ると仮定して
形成されたのですが,実際の中間状態としては,散乱粒子は,
"散乱状態=外向き球面波"になるだけではなく,
原子の束縛状態に捕獲されたり,また"共鳴状態=粒子と標的の
準安定束縛状態"を形成して比較的長時間準安定となった後に放
出されたりする非弾性なプロセスも含みます。
先に与えた定式化では,こうしたプロセスは含んでいませんから,
これらを含む散乱は単純なBorn級数では記述できないと考えられ
ます。
さて,散乱状態波動関数を実際に計算して求めるには,
Ψ(x)=exp(ikx)-{1/(4π)}∫dy[exp(ik|x-y|)
V(y)Ψ(y)/|x-y|]~ exp(ikx)+f(θ)exp(ikr)/r
なる表式の第2項を具体的に計算する必要があります。
この計算では,相互作用Vが局所化されているとき,つまり,
V(x)が|x|が大きくなるにつれて十分急速に減少するとき
には次のような近似が有効です。
すなわち,分母の1/|x-y|は,1/|x-y|~ 1/|x|+O(1/|x|2)
より,yを無視して,これを1/|x|で近似し,
他方,位相因子:exp(ik|x-y|)については,
yに敏感に依存するので単純にyを無視するわけにはいかず,
|x-y|を|x-y|=[(x-y)2]1/2=[x2-2xy+y2]1/2
~ |x|-xy/|x|で近似します。
さらに標的からの距離r=|x|が大きいxで散乱粒子を観測した
とき,その粒子に対応する運動量をk'≡k(x/|x|)と書きます。
もちろん,|k'|=kです。
そこで,exp(ik|x-y|) ~ exp(ikr-ik'y)と近似されます。
こうして,Ψ(x) ~ exp(ikx)
-{1/(4π)}{exp(ikr)/r}∫dy[exp(-ik'y)V(y)Ψ(y)]
なるBorn近似が得られます。
ここで,散乱振幅:f(θ)のθはkとk'のなす角なので明白さの
ために,f(θ)をf(k,k')と書きます。
そうすると,
f(k,k')
={-1/(4π)}∫dy[exp(-ik'y)V(y)Ψ(y)
と書けます。
そして,exp(ik'x)を"出て行く平面波=終状態波動関数φf(x)"
であると考えれば,この表式は次のように散乱振幅をスカラー積で
定義できることを意味します。
すなわち,ffi≡f(k,k')={-1/(4π)}<φf|V|Ψ>と表現
できます。
そして,Born級数を用いると,
-4πffi=<φf|V|φi>+<φf|V(∇2+k2)-1V|φi>
+<φf|V(∇2+k2)-1V(∇2+k2)-1V|φi>+..
と書けます。
fのこの表現は以下で散乱振幅の主要な数学的性質を導くために
使用します。
これの物理的内容は明らかに,ΨのBorm級数と同一であり,同一の
グラフ的解釈を与えるものです。
演算子:(∇2+k2)-1は,その"固有ベクトル:運動量の固有ベクトル"
と固有値を用いて展開し,Diracの記法を用いると,
(∇2+k2)-1=(2π)-3Σp|p>(k2-p2)-1<p|
=(2π)-3∫dp|p>(k2-p2)-1<p| と表現できます。
そこで,-4πf(k,k')
=<k'|V|k>+(2π)-3∫dp<k'|V|p>
[(k+iε)2-p2]-1<p|V|k>
+(2π)-6∫dp1dp2<k'|V|p1>[(k+iε)2-p12]-1
<p1|V|p2>[(k+iε)2-p22]-1<p2|V|k>+..
となります。
ここで,さらに,<p1|V|p2>
=Σx,x'<p1|x><x|V|x'><x'|p2>
=∫dxexp(ip1x-ip2x)V(x)
です。
ただし,ここではexp(ikx)をφi(x)=<x|k>,exp(ik'x)
をφf(x)=<x|k'>と見なす表記を用いており,
自由粒子の平面波は<x|p>=exp(ipx)で与えられるとして
粒子密度が1であるという規格化を採用しているので,通常の定義
<x|p>=(2π)-3/2exp(ipx)における規格化因子:(2π)-3/2が
ない表現となっています。
今日はここまでにします。
現在は「朝に理を知かば夕に死すとも可なり」
(あしたにみちをきかばゆうべにしすともかなり)の心境ですね。
参考文献:R.omnes,M.Froissart
「Mandelstam Theory and Regge Poles」
W.A.Benjamin,Inc,New York (1963)
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