S行列とレッジェ理論(2)
前記事の続きです。
Born級数による扱いが可能になったので弾性的な散乱についての
見通しは幾分よくなりましたが,既述したように束縛状態の存在
や共鳴散乱のある場合に,それらを散乱振幅へと反映する手法と
しては,そうした扱いは有効ではありません。
そこで,一般的な散乱をも扱える別の手法を模索してみます。
まず,求めるポテンシャル:Vが球対称な一般的ケースでは波動関数
の角変数部分が球面調和関数で展開できることを利用し,
いわゆる部分波解析の方法を用いることにより,こうした種々の
散乱についても有益な情報が得られるかどうかを調べてみます。
そのため,散乱のポテンシャル:Vは球対称なV(r)である,
それもV(r)が核子-核子散乱の相互作用を,πのような中間子
の交換によるものと見なし,
1937年に湯川によって導入された湯川ポテンシャル:
exp(-μr)/rのようなものであるとします。
すなわち,V(r)は有効レンジ:r0≡1/μを持っていて,
r<r0ではr-1のような挙動をし,r>r0では急減少する
ようなrの関数とします。
このとき,有効ポテンシャルは角運動量:lがゼロでないときには,
hc≡h/(2π)=1の単位で,V(r)+l(l+1)/r2となります。
この,遠心力項,または障壁項と呼ばれる項:l(l+1)/r2は
r-2の効果を与えますから,この項と比較するとポテンシャル
V(r)のr<r0におけるr-1の効果は無視できます。
そこでV(r)として同じ性質を持つ一般的な湯川ポテンシャル
の重ね合わせ:
V(r)≡A1exp(-μ1r)/r+A2exp(-μ2r)/r+..
+∫μ0∞dμ'{B(μ')exp(-μ'r)/r}のような形を想定して
おきます。
粒子間の相互作用が全て種々の有効レンジを持つ粒子の交換に
起因すると見るなら,こうした形のポテンシャル設定はとりた
てて非現実的なものであるとはいえないと思います。
さてz軸を入射ビームの向きに取り,それを極軸とした極座標
を考えます。
動径をr≡|x|としxがz軸となす角をθとします。
このとき,波動関数Ψ(x)は,rとθのみに依存し角度φには依存
しません。
そして,Ψ(x)は角運動量演算子:Lの平方:L2の固有値l(l+1)
に属する固有関数であるl次のLegendre多項式:Pl(cosθ)によっ
て展開されます。
すなわち,Ψ(x)=∑l=0∞[yl(r)/r]Pl(cosθ)と書けます。
3次元のSchroedinger方程式:
∇2Ψ(x)+[k2-V(r)]Ψ(x)=0 は,
1次元の動径方程式の集まり:
d2yl(r)/dr2+[k2-V(r)-l(l+1)/r2]yl(r)=0
(l=0,1,2,..)に帰着します。
展開:Ψ(x)=∑l=0∞[yl(r)/r]Pl(cosθ)の右辺の(1/r)の
存在から,r~ 0 での存在確率は,
[|yl(r)|2/r2]r2drd(cosθ)dφ
~ |yl(0)|2drd(cosθ)dφ
となります。
それ故,Ψ(x)がx=0でも確率波であるという物理的解釈が保持
されて原点に特異性を持たないためには,|yl(0)|が有限である
必要があります。
しかも,後に示すように,結局全てのlに対してyl(0)=0 でなけ
ればならない,ことがわかります。
また,rが十分大きいところでは定数k2に比して指数的に減少する
V(r)と遠心力l(l+1)/r2は無視できるので,
Schroedingerの波動方程式の動径部分は,
d2yl(r)/dr2+k2yl(r)=0 となります。
この方程式は簡単に解けて正弦関数になります。
その解における積分定数の1つとして定数位相を指定してそれを
αlとすると,解は,sin(kr+αl)に比例します。
そこで,
yl(r)r→∞~ Glsin(kr-lπ/2+δl) と表現できます。
ここで,V(r)がないときの動径方程式:
d2yl(r)/dr2+[k2-l(l+1)/r2]yl(r)=0 の解は,
yl(r)=Alrjl(kr)=Al{π/(2kr)}1/2Jl+1/2(kr)
で与えられることがわかります。
これはr→ ∞で,yl(r)~ (Al/k)sin(kr-lπ/2)
となるので,これを考慮してαl≡δl-lπ/2 としました。
そして,いわゆる散乱波動関数の部分波における"位相のずれ
(phase-shift(=δl"は,ポテンシャルV(r)によって完全に
決定され,V(r)が消えるとδlも消えることになります。
散乱振幅:f(θ)と位相のずれ:δlの間の関係を得るためには,
動径波動関数:yl(r)を,全波動関数の漸近形:
Ψ(x)=exp(ikz)+f(θ)exp(ikr)/r+O(1/r2)
に関連付ける必要があります。
そのため,yl(r)やΨ(x)を構成する項を
内向き球面波:exp(-ikr)/rと,
外向き球面波e:xp(ikr)/r の重ね合わせとして表現する
ことを考えます。
まず,yl(r)r→∞~ Glsin(kr-lπ/2+δl)
={Gl/(2i)}[exp(ikr-ilπ/2+iδl)
-exp(-ikr+ilπ/2-iδl)]と
書けます。
また,exp(ikz)=exp(ikrcosθ)
=∑l=0∞[Yl(r)/r]Pl(cosθ)なる展開公式があります。
ただし,Yl(r)=il(2l+1)rjl(kr)
~ {(2l+1)/(2ki)}[exp(ikr)
-exp(-ikr+ilπ)] as r→ ∞ です。
散乱のプロセスは,外向き波のみを生成し,yl(r)の内向き成分
は,exp(ikz)を維持します。
それ故,yl(r)r→∞と,Yl(r) r→∞の対応する内向き項は一致
しなければなりません。
したがって,Gl={(2l+1)/k}exp(iδl+ilπ/2)と書けます。
その結果,
yl(r)r→∞
~ {(2l+1)/(2ki)}[exp(ikr+2iδl)
-exp(-ikr+ilπ)] となります。
ここで,yl(r)≡Yl(r)+ylsc(r)と書いて,
散乱状態波動関数:
Ψ(x) r→∞~ exp(ikz)+f(θ)exp(ikr)/r
=∑l=0∞[yl(r)/r]Pl(cosθ)
の展開級数における動径関数:yl(r)から,
平面波部分:exp(ikz)=∑l=0∞[Yl(r)/r]Pl(cosθ)の寄与:
Yl(r)を分離して,散乱部分波ylsc(r)を取り出します。
f(θ)exp(ikr)/r=∑l=0∞[ylsc(r)/r]Pl(cosθ)
ですから,散乱部分波:ylsc(r)は,散乱波動関数::
f(θ)exp(ikr)/rの角運動量lの部分への寄与を与える
ものです。
他方,ylsc(r)=yl(r)-Yl(r)
={(2l+1)/(2ki)}exp(ikr)[exp(2iδl)-1]
={(2l+1)/k} exp(iδl)sinδlexp(ikr) です。
以上から,散乱振幅:f(θ)をf(k2,cosθ)と書けば,
散乱振幅の基本方程式として,
f(k2,cosθ)=∑l=0∞{(2l+1)/k}exp(iδl)sinδlPl(cosθ)
なる展開形が得られます。
これはf(k2,cosθ)=∑l=0∞(2l+1)al(k2)Pl(cosθ);
al(k2)≡{exp(iδl)sinδl}/kと書き直すことができます。
このとき,al(k2)を部分波振幅と呼びます。
逆に,Legendre多項式:Pl(x)の直交性:
∫-11Pl(x)Pm(x)dx=2δlm/(2l+1)を用いると,
散乱振幅f(k2,cosθ)が既知のとき,
al(k2)=(1/2)∫-11Pl(cosθ)f(k2,cosθ)d(cosθ)
によって,原理的には,部分波振幅al(k2)を求めることが
できます。
あらゆる運動学的特徴を考慮し,数学的整合性のみに従って
散乱振幅の基本方程式を定式化しましたが,
位相のずれ:δlを実際のポテンシャルV(r)と関連付けると
いう本質的な動力学の問題が残っています。
そのための数学的な筋道としては,動径方程式:
d2yl(r)/dr2+[k2-V(r)-l(l+1)/r2]yl(r)=0
の解を見出し,その漸近形を求めて,
yl(r)r→∞
~ {(2l+1)/(2ki)}[exp(ikr+2iδl)-exp(-ikr+ilπ)]
との比較からδlを見出すという手続きを実行すればよい
と考えられます。
しかし,遠心力項l(l+1)/r2が存在するため,動径方程式は
原点r=0 では十分特異なので,まずr=0 の近傍における解
yl(r)の挙動から調べることにします。
rが小さいとき,limr→0|r2V(r)|→ 0 ですから,
遠心力項 ~ r-2に比してV(r)やk2は無視できて,
r~ 0 では,動径方程式が
d2yl(r)/dr2-l(l+1)yl(r)/r2=0 であるとする
ことができます。
そして,これは簡単に解けて独立な2つの解として,
yl(r)=rl+1,r-lを取ることができます。
そしてl≠0 のときには,limr→0r-l=∞ となるので
r-lは物理的な解から除外され,l=0 のときのr-l=1なる
定数解も除外されます。
なぜなら,l=0 のときyl(r)~ r-l=1は,確かに
d2yl(r)/dr2-l(l+1)yl(r)/r2=d2yl(r)/dr2=0
の解ですが,
正確な方程式:
d2yl(r)/dr2+[k2-V(r)]yl(r)=0 のr~ 0 において
は明らかに解とは成り得ないからです。
それに対して,yl(r)~ rl+1= 0 は正しい解と成り得ます。
そこで,r~ 0 での近似解としては,全てのlに対して
yl(r)=rl+1を採用すべきであると考えられます。
それ故,前に言及したように,yl(0)=0 です。
したがって,これまでの部分波解析の定式化に今得られた近似解
の情報を結合すると,
r~ 0 ではyl(r)~ clrl+1であり,
r~ ∞ ではyl(r)r→∞~ Glsin(kr-lπ/2+δl);
Gl={(2l+1)/k}exp(iδl+ilπ/2)であるということ
になります。
よって,後はこれらが連続的につながるようにr~ 0 での
規格化因子:clをGlから決める必要があるだけです。
しかし,動径波動関数の規格化因子の選び方は任意であると
いう自由度はなお残っています。
そして,もちろん位相のずれ:δlは規格化因子の選び方には依存
しません。
そこで,今新しい選択をしてr→ 0 でyl(r)=rl+1となるよう
に規格化します。
そしてこのように新しく規格化した動径波動関数yl(r)を
ul(k2,r)と書くことにします。
すなわち,ul(k2,r)/rl+1→ 1 as r→ 0 とします。
また,ul(k2,r)r→∞
~ φ-(l,k2)exp(ikr)+φ+(l,k2)exp(-ikr)
と表現します。
この係数:φ+,φ-は,Jost関数と呼ばれています。
ul(k2,r)は実数なので,φ+とφ-は互いに複素共役です。
そして,ul(k2,r)を,れと規格化因子だけ異なる関数:
yl(r)r→∞
~ {(2l+1)/(2ki)}[exp(ikr+2iδl)-exp(-ikr+ilπ)]
と比較することから,
S(l,k2)≡exp(2iδl)=2ikal(k2)+1
=(-1)l+1φ+(l,k2)/φ-(l,k2)
と書けることがわかります。
結局,位相のずれ:δlを決める問題は,Jost関数を求める問題に
置き換えられます。
動径波動関数:yl(r)の規格化を変えて,改めてul(k2,r)と
定義し直したのは,
動径方程式:
d2ul(k2,r)/dr2+[k2-V(r)-l(l+1)/r2]ul(k2,r)
=0 のこの規格化に従う解は,k2などのパラメータの任意の変動
に対し,滑らかに変動するため,
これを,パラメータk2の解析関数に拡張することが可能になるから
です。
その理由は,例えばk2を動かしたとき,r=0 のすぐ近傍で
ul(k2,r)は目立った変動をしないことが挙げられます。
l(l+1)/r2が減少するにつれ,ul(k2,r)のk2に対する変動
はrの増加と共により重要になってきますが,
次第に任意に与えられたrに対してk2の変動に対し異常項の出現
などが予期されないようになることが,常微分方程式の解の安定性
の理論からわかっているからです。
こうした微分方程式の解の解析はPoincare'によって,既になされ
ていて,適当な条件下で解は滑らかで,その方程式のパラメータの
解析関数になることが証明されています。
この定理は,わずかな拡張で今の我々のケースにおいても真となり,
そして先の規格化に基づくul(k2,r)は実際にパラメータk2の
解析関数になります。
そこで,まず第1にこうしたことが"位相のずれ"に何らかの条件
を課すかどうか,第2にその得られた条件が何らかの物理的意味
のある示唆をもたらすかどうか,を調べます。
それ故,パラメータに関しての物理的領域から,その外側へと出る
必要があります。
まず,k2を実数から複素数全体に拡張し,改めて,
動径についてのSchroedinger方程式:
d2ul(k2,r)/dr2+[k2-V(r)-l(l+1)/r2]ul(k2,r)
=0 を考察します。
この方程式において,r→ 0 でul(k2,r)r-(l+1)→ 1となる
ような解のみを考えると,これは解を完全に決定します。
そして,前と同じく,
ul(k2,r)r→∞
~ φ-(l,k2)exp(ikr)+φ+(l,k2)exp(-ikr)なる漸近形
から,k2の関数としてJost関数φ±を定義し,
それらの商として,S(l,k2)≡exp[2iδl(k2)]
=(-1)l+1φ+(l,k2)/φ-(l,k2)を求めます。
これから,複素関数として位相のずれ関数δl(k2)を決定します。
こうして複素関数論を用いた解析で数学的な問題を解いた後に,
k2を実数に制限すれば物理的な情報が得られると期待されます。
次回以降は実際に複素関数としてJost関数を定める問題などに
進む予定にして今日はここまでとします。
参考文献:R.omnes,M.Froissart
「Mandelstam Theory and Regge poles」
W.A.Benjamin,Inc,New York(1963)
http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。
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