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2007年9月22日 (土)

ゲーデルの完全性,不完全性

 ゲーデル(Kurt Gödel)と彼の証明した定理については,以前の2006年8月10日の記事「ゲーデルの不完全性定理」でも紹介しました。

 今日は,ゲーデル数を用いた不完全定理の,概略的ですが一応,具体的な少しは内容のある証明手順について記述してみたいと思います。

去年の暮れまで住んでいた巣鴨の昔の住居のすぐ近くのトランクルームの中に,かつて部屋の中で本の山古墳を形成していた千冊足らずの専門書,啓蒙書や辞書,資料,小説などが,いくらか整理された形で眠っていて,ときどき金に困ると数冊ごとに,現金に化けたりしています。

先日,ある物理の本を探しに入った際に,記号論理学,数学基礎論,あるいはゲーデルに関する本にちょっと目が止まりました。

 

そうした関係の本は啓蒙書,専門書を合わせて10冊以上もありますが,私的には理解しやすい王道的なものは今まで見た中には全くなかったと思います。

 

もっとも,この種の本は軽い啓蒙書以外は一冊通して精読したこともありませんが。。

 

一番最近では,一昨年に「形式論理学」という本を途中まで読んだくらいですかね。

この論題には定期的に興味が湧いて,そのときどきに本屋で思いつきで買ったりするのですが,大抵は途中で挫折することの繰り返しでした。

 

でも門前の小僧というのか,これを10回以上も繰り返していると,少しずつですが理解は深まってきているような気がします。

 

今回もトランクルームから1冊だけ持って帰って読んでみました。

 

それは野崎昭弘著「不完全性定理」(日本評論社)です。

 

ただし啓蒙書の類であって専門書ではありません。

さて,こうした数学の体系の論理的な無矛盾性の論議をする際に特に問題となるのは「排中律」です。 

 すなわち,「"~である。"という命題と,"~ではない。"という命題というのは,両方が同時に成立する」とすれば,これは明らかに論理的に矛盾するわけです。

 

 しかし,ちょっと微妙な表現ですが,そういう明らかな矛盾ではなくて,「"これらのどちらかであって,どちらでもないその中間である。"ということは有り得ない」というのが「排中律」です。

 例えば"ある性質を満たす実数が存在する。"という命題を証明しようとするときに,実際に具体的にこの性質を満たす実数を構成して,この命題の成立を証明する方法が困難なことがあります。

 

 そのとき,こうした正攻法ではなく「"そういう実数が存在しない。"ことを仮定して,その結果として矛盾に導く」といういわゆる背理法で命題が証明できると考えるのは「命題の否定が矛盾に至るならば逆にその命題は成立する。」という論理が正当であることを既に認めています。

 

 つまり"存在と非存在以外にはあり得ない。"という「排中律」の成立を暗黙裡に認めているというわけです。

 しかし,問題としている実数が存在することを証明するのに,それが存在しないことを仮定して矛盾を導くという"背理法=非構成的存在証明の手法"によってこれを行うことは可能でも,具体的にその実数を構成して存在を陽に示すという手法がどうしても不可能な場合があります。

 

 普通の感覚では,非存在の定義そのものが,存在の否定=存在しないことを意味し,逆もまたそうですから,わざわざ「排中律」のようなルールを言明しなくても自明なことで蛇足のように思えます。

 

 しかし,必ずしも存在しないことの否定が存在することを意味するとは言えないのではないか?との疑問が生じることがあります。

 

 特に,非可算集合に属する要素の存在証明などの命題に関しては,そうした疑問が顕在化します。

 すなわち,記号論理学においての証明手順は論理式を与える長さが有限の記号列を順に並べていく,という手続きを連続する行為ですから,普通の三段論法や帰納法など,あらゆる証明の集合の要素全体で,それらの記号の数を全部数えても高々可算無限個しかないと考えられます。

 したがって,証明の対象が非可算集合における存在,非存在に関するものなら,実際問題として「排中律」の成立は疑わしいことになります。

 

 例えば,体系を集合論で自然数全体の集合から始めるとしても,それの"全ての部分集合の集合=ベキ集合"を作ると,それは既に非可算集合です。

 そこで,そうしたものに関連した存在証明であれば,背理法は使えず,存在するという証拠としては具体的にそれを構成してみせる方法しかない,と考えられるわけです。

そして,次のように表わされる命題=ゲーデルの不完全性定理もそうしたデリケートな問題を含んでいると考えられます。 

(不完全性定理):自然数論を含む述語論理の体系Zは,それがもし無矛盾ならば形式的に不完全である。

 

(ここで完全というのは任意の論理式Aについて,Aあるいは¬Aのいずれかが必ず証明できることを言います。)

 

(証明)上述の命題の証明のために,ゲーデル文と呼ばれる次の論理式Gが存在することを具体的に示す,という手法を用います。

ここでゲーデル文とは,"この論理式Gは証明できない。"ことを表現している論理式Gのことを言います。 

もしもこのような論理式Gが存在することが示せたならば,Gが証明されれば,"Gが証明できない。"という命題Gと矛盾します。

 

一方,証明が不可能であるということが判明すれば,"Gが証明できない。"という命題が成立するので,論理式Gの内容である"Gは証明できない。"という命題が証明される,ことになるのでこれも矛盾です。

 

後者は,"Gと¬Gが共に証明できる。"ということを示しているのですから,記号論理学的にも明らかに矛盾です。

 

つまり,G∧¬Gは恒偽であるのは明らかですから,これが真であるという証明は矛盾そのものです。

 

それ故,体系が無矛盾であるなら,"Gと¬Gのどちらも証明できない。=体系は不完全である"ということが正当化されるわけです。

したがって,最初に述べたように,こうしたゲーデル文を示す論理式Gの存在が,具体的にそれを構成することによって示されたなら,体系Zが無矛盾ならGと¬Gのどちらも証明できない,ことが証明されたことになりますから体系Zが不完全であることが判明するわけです。

この定理は言い方を変えると,"Zが無矛盾なら,正しいとしても証明できない論理式がある。"ということもできます。

具体的にGの存在を示すため,既に述べたように,あらゆる論理記号とその記号列,あるいは論理式は高々可算個しかないので,それらを暗号化してその各々に自然数の固有の番号を附与し,それをゲーデル数と呼ぶことにします。

そしてゲーデルによれば,次のような性質を持つ論理式:W(n)が具体的に構成できます。

 これは,"W(n)⇔nはある論理式のゲーデル数である。"なる文です。

 

 ここで記号 ⇔ はこれの左辺の記号が右辺と論理的に同値である,ことを示しています。

 この論理式[W(n)の構成が可能であることに関連して,ゲーデルはGの存在証明に必要な以下のような論理式の存在をも具体的に構成可能なことを示すことに成功しました。 

Probable(m) ⇔ mはある論理式のゲーデル数であり,その論理式は

        Zの中で証明できる。

また,証明に必要となる次のような関数を定義しておきます。 

sub(m,n,k) :

 

"mが表わす記号列αの中の,nが表わす記号列βを,kが表わす記号

γで置き換えて得られる記号列"のゲーデル数

(m) :

 

"自然数mを表わす記号列"のゲーデル数

neg(m) :

 

"自然数mを表わす記号列の前に,否定記号¬を付加して得られる記

列"のゲーデル数

とします。

 

以下,証明手順です。

変数xのゲーデル数が仮に17であるとします。

 

そして2変数m,nの関数 sub(m,17,g(n))を考えます。

 

xの関数で与えられるある論理式P(x)のゲーデル数がmの場合,

  

まず,sub(m,17,g(1))は,"mが表わす記号列の中の17が表わす記号列をg(1)が表わす記号列に置き換えて得られる記号列"のゲーデル数を意味します。

 

これは,(mが表わす記号列)=P(x)の中の(17が表わす記号列)=xを(g(1)が表わす記号列)=1に置き換えて得られる記号列はP(1)ですから,結局,"P(1)のゲーデル数"のことです。

同様にして,sub(m,17,g(2))はP(2)のゲーデル数,sub(m,17,g(3))はP(3)のゲーデル数,sub(m,17,g(4))はP(4)のゲーデル数,..となることを示すことができます。

 

故に,一般にsub(m,17,g(n))はP(n)のゲーデル数となります。

  

ここで,今の話では論理式:P(x)のゲーデル数がmのときにはsub(m,17,g(n))はP(n)のゲーデル数ですが,これはP(x)でなくて,Q(x)のゲーデル数がsでもsub(s,17,g(n))がQ(n)のゲーデル数であることを意味します。

 

つまりP(x)とm,Q(x)とsのゲーデル数の対応がありさえすれば,論理式はG(x)でも何でもいいということです。

ここでpmnsub(m,17,g(n))と置いた自然数の2重数列{pmn}の表において対角線を取り,自然数値をとる1変数xの関数 xxsub(x,17,g(x))を作ります。(対角線論法)

そしてG(x)≡¬Probable(sub(x,17,g(x)))と定義すると,このG(x)も体系Zの中の1つの論理式なので,それに付随するゲーデル数があるはずです。

 

そこで仮に論理式G(x)を具体的に表わしたときのゲーデル数が,1117であったとします。(ゲーデル自身は,当然,このゲーデル数も具体的に求めています。)

このとき,論理式:G(1117)が求めるゲーデル文です。

なぜなら,

 

(1117) ⇔ ¬Probable(sub(1117,17,g(1117)))

sub(1117,17,g(1117))が表わす論理式はZの中で証明できない。

⇔ 論理式G(x)のxに1117を代入して得られる論理式は証明できない。

⇔ 論理式G(1117)は証明できない。

となり,G(1117)が先に述べた"存在を証明すべき具体的なゲーデル文G"になっていることがわかります。(証明終わり)

"何だ,簡単じゃないか。"と思われるかもしれませんが,実はゲーデル自身が行なったと仮定して省略した部分の労力は,人間業ではないと思われるほどの凄いものであったらしいです。 

背理法的感覚であれば,上の証明の中で使用したように変数xのゲーデル数が17であるとかG(x)のゲーデル数が1117であるとか,あるいは17,1117でなくても存在しさえすればこれら2つのゲーデル数がどんな勝手な数の組であってもよいわけです。

 

実際,別のどんな2つの数であっても証明に全く支障はなく同じ結論が得られます。

元々,論理記号や論理式であれば,それに付随したゲーデル数は必ず存在するという前提で考察しているわけですから,x,G(x)のゲーデル数も必ず存在すると考えるのは自然な考え方です。

しかし,最初に述べたように存在するから,といってそれを仮想して設定できるとするのは,"背理法=非構成的存在証明の手法"にも似た考え方であり,今は自然数論を含む述語論理の体系Zを考えているのでその部分集合の族が既に非可算集合であることからも許されません。

 

そもそも,今の場合は"存在すること"を証明するのに,"存在すること"を前提にするのは,いかにも馬鹿げています。

 

そうした論法が可能であるなら,ゲーデルの労力は全く不要であったということになります。 

クレタ人のウソつきのパラドックスなど,幾つかの論理パラドックスの存在なら大昔から知られていたわけですから,既に通常の体系は矛盾があるか不完全かのどちらかであることはずっと昔からわかっていた,とする立場を取るなら,ゲーデルの仕事は徒労だったということになってしまいます。 

まあ,他にもゼノンのアキレスと亀などの幾つかの背理(パラドックス)なども,高校の数列や級数の収束程度の論理,あるいは大学で習うコーシー(Cauchy)のε-δ論法などの論理で解決済みとする立場もありますが,

 

人によっては,より突き詰めた考察をしたり,"そうした論旨は解決にはなっていない。"とする立場もあるようですから,これも似たようなものかもしれませんが。。。

参考文献:野崎昭弘 著「不完全性定理」(日本評論社)

 

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302. 論理学・数学基礎論」カテゴリの記事

コメント

すみません。議論を蒸し返すつもりは、ありませんが、、、

ノイマンの定式化の2の方の議論が、意味のないことは、いいのですが、
「プサイ一元論」とか「波動一元論」とかで、Googleってみたら、いろいろありました。
例えば、http://www.mns.kyutech.ac.jp/~okamoto/education/quantum/particlewave050601d.pdf

ここで、議論を蒸し返すつもりは、ありませんので、Folomyの方に書こうと思いますが、
僕と違って、量子力学のNoticeが、わかっている方が、
「波動一元論」ではない、
「電子は質点であるが、確率波と言うものを伴っていると言う立場」で考えている方が、
かなりおられるということは、大変なことだと思います。

投稿: kafuka | 2007年10月21日 (日) 11時08分

すみません。
むきになってしまいました。
ご提示の記事を、ちゃんと、読みます。

投稿: kafuka | 2007年10月20日 (土) 18時10分

TOSHIさん。どうも申し訳ありませんでした。

投稿: 凡人 | 2007年10月20日 (土) 17時40分

 こんにちは,kafukaさん,凡人さんを中心にここをご覧になっている皆さん,TOSHIです。

 既に,本題の「ゲーデルの完全性,不完全性」とはかなり逸脱していますが,別にそれはかまいません。観測の問題と関わる量子論の解釈というのは本当は避けて通りたい論題ですが,私もときどきはまることがあります。

 ここは私の個人的ブログなので,こうした論題についての過去の私の記事を宣伝させてもらいます。できればそれに対する感想なども含めて議論いただけるとありがたいと思います。

 時系列で列挙しますが,2006年では5/4「公開キー暗号(神はサイコロ遊びをなさる)」(量子コンピュータの話),「量子通信(神はサイコロ遊びをなさる(つづき))」,6/3「多世界解釈と超選択則」,9/18「中心極限定理と多世界解釈」,10/23「観測の問題(デコヒーレンス)」,2007年が2/16の「ベルの不等式(量子論と実在)」です。

 また,光電効果に関連した霜田,宮沢らの理論の関連では2006年5/26の「光子の干渉とコヒーレンス」,2007年5/11「光電効果と光の量子論(1)」,5/13「光電効果と光の量子論(2)」を書いています。

 要するに私の主とした論点は我々の知ることのできる観測可能ないわゆる物理量についてはパラドクスが生じたら困るけれど,量子論の対象である波動関数や場の演算子は「観測可能で検知できる物理量=実在性のあるもの」ではないので,それらには矛盾=パラドクスが内在していて我々の知っている常識に当てはまる考え方で捉えるには無理がある,危険である,ということで,まあ要するに避けて通れということです。

こうしたものの例としては2006年10/6の「非共変ゲージの非局所性」という記事もありますのでよかったら参照してください。
                           TOSHI

投稿: TOSHI | 2007年10月20日 (土) 15時32分

貼り付けをミスしました。
>行列表示では、|ψ>は、表向きでてきません、、、<

投稿: kafuka | 2007年10月20日 (土) 14時39分

あっ、シュレディンガー表示では、|ψ>
は、表向き、でてきませね。
行列表示、シュレディンガー表示を、
状態ベクトル表示で、表したら、1元論ってことでしょう。

投稿: kafuka | 2007年10月20日 (土) 14時36分

行列表示、シュレディンガー表示は、等価であることを、
ノイマンが、証明しましたね。
他も等価だと思っています。
行列表示、シュレディンガー表示は、Notationでは、波とか粒子とか言っていますが、
理論の対象は、ψ関数や、|ψ>で、Noticeレベルでは、1つに思えます。
パイロット仮説では、粒子がパイロット波に
導かれて、粒子のXXXXが決まるという形だと、
僕は、解釈しています。

投稿: kafuka | 2007年10月20日 (土) 14時31分

ところで、これから私も良く分かっていない事を述べさせていただきますが、量子力学における、行列表示、シュレディンガー表示、経路積分表示、密度行列表示等は、全て等価な理論で、それぞれ、ケース・バイ・ケースで応用されているという事をご存知でしょうか?

投稿: 凡人 | 2007年10月20日 (土) 13時07分

>パイロット仮説
パイロット仮説は、従来の理論の結果と一致することが、証明されているようですが、
1つの要素(ψ)で完全に記述できる理論があるのに、要素を2つにして論理を展開して、
その結果が、1つの要素の場合の結果と一致するように、
わざわざ、理論を構成するというのは、
いかがなものでしょう。

投稿: kafuka | 2007年10月20日 (土) 11時51分

ボームの本は、昔、読みました。
Notitionな言い方ですが、量子力学の一応の完成により、粒子とそのドブロイ波の2元論が、プサイ1元論に、統一されたと、
僕は、思っています。

僕のいう「状態の収縮」というのは、
ノイマンの定式化:
1.シュレディンガー方程式に従う連続的・因果的変化
2.人間が系に関与したことに起因する非連続的・非因果的変化
の、2のことです。
http://www005.upp.so-net.ne.jp/yoshida_n/kairo11.htm
>学会の主流意見
観測理論が、理論として認められていない時代があったのは、事実です。その頃のことを、
http://blogs.yahoo.co.jp/scifimaniacs様(高エネルギーレーザの実験屋さんです)は、「学会に観測問題という部屋があって、浮世離れした議論をしている」と言っていました。
その時代、2を議論することは「タブー」だったわけです。

投稿: kafuka | 2007年10月20日 (土) 11時38分

>前期量子力学では、そうですね。
現在の量子力学では、電子が原子核に補足されている時に、エネルギー準位が飛び飛びの値をとるのは、電子が確率波を伴って運動している為ではないとされているのでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/量子条件
ところで、標準的な量子力学でもドブロイ波は否定していないと思いますが、パイロット波とドブロイ波の違いをご存知でしょうか?
>「収縮を否定する」のは、30年前(僕の学生の頃)は、学会の主流意見でした。
どんな学会かは存じませんが、その学会では、例えば、電子のスピン方向が(|↑><↑|+|↓><↓|+|↑><↓|+|↓><↑|)/2の状態から、観測によって|↑><↑|や|↓><↓|の状態に遷移するのを「(状態の)収縮」と呼ぶのを、禁止されていたのでしょうか?

投稿: 凡人 | 2007年10月20日 (土) 08時17分

前期量子力学では、そうですね。
宮沢博士は、プサイ一元論の立場です。
「粒子と場」として教えている先生や、
パイロット仮説を否定するのが、主意です。
「収縮を否定する」のは、30年前(僕の学生の頃)は、学会の主流意見でした。
当時は、観測理論は、「観測問題」と言われていて、「理論」とは、思われていませんでした。
>東京・大阪で同時に測ったらどうなるか<
ベルの定理の実験が、その結果です。
光円錐の外でも、「相関関係」は、成立しますね。

投稿: kafuka | 2007年10月20日 (土) 06時38分

電子は、確率波≡物質波≡ドブロイ波を伴って運動していると思っていたのですが、私の思い違いでしょうか?

投稿: 凡人 | 2007年10月20日 (土) 00時09分

>宮沢博士について<
「トンデモの僕が、この方は、まともな方です」と言う文は、形式論理学上では、意味を持ちませんから、
以下を、参照下さい。
http://ci.nii.ac.jp/search/servlet/Kensaku?dnum=25&sortType=year1&Text=&condition0=1&area0=auth&comb0=1&keyword0=%2F%B5%DC%C2%F4%2C%B9%B0%C0%AE%2F&conditionRange0=1&areaRange0=year&KeyRangeS0=&KeyRangeE0=&select=&pnum=1&mode=0&sortType_bottom=&AREACNT=1&JNUM=1&RANGE_AREACNT=1&SORTFLG=DESC&SORTKEY=year1&SORTMARK=0&USELANG=jp

http://www7.ocn.ne.jp/~miyazaw1/intro/introduction.htm

尚、「電子は質点であるが、確率波と言うものを伴っていると言う立場を、明快に否定している」ことは、立派な見識だと思います。
まさか、これを「トンデモ」と、言われてるわけでは、ないですよね。


投稿: kafuka | 2007年10月19日 (金) 23時45分

hirotaさん。私は、
http://www7.ocn.ne.jp/~miyazaw1/papers/probability.htm
の下の方の、「ノイマンの理論では測定の期待値が A~=(ψAψ) と言うだけで波束収縮云々は言っていない。しかし波束収縮描像でも彼と同じ結果が得られるので、事情を承知の上で使えば正しい答えが出せると思われる。しかし東京・大阪で同時に測ったらどうなるかと訊かれると即答しかねる。」
という部分が特に分からないですね。

投稿: 凡人 | 2007年10月19日 (金) 23時36分

>脳内にある色々な条件下での話<
現実の実験では、トンネル効果が問題になるって、ことですね。
でも、日立の外村博士の研究を調べましたが、トンネル効果の影響は、見つかりませんでした。
(300kVの電子線で透過できる薄膜の厚さは、せいぜい1500Åとあります)

投稿: kafuka | 2007年10月19日 (金) 22時14分

脳内にある色々な条件下での話でしたか。
ところで、これ
http://www7.ocn.ne.jp/~miyazaw1/papers/probability.htm
って、「トンデモ」じゃありません?

投稿: hirota | 2007年10月19日 (金) 13時23分

すみません。
>陰極から100万個出して、100万個、到達する<
というは、ナンセンスですね。

まぁ、1億個出して、その内の1%が到達するとして、
0.1mm厚の銅板を、トンネル効果で通過するのは、1個あるか、ないかでしょう。

投稿: kafuka | 2007年10月18日 (木) 21時13分

>まるっきり影響してる<
えっ???
仮に、スリットを、0.1mm厚の銅板で作ったとして、1個1個のポチポチの跡が衝突像として見えるようになるには、100万個以上は、必要でしょう。
計算は、おまかせしますが、100万個の内、トンネル効果で通過したものは、1個あるか、ないかでしょう。
光電効果で、陰極から100万個出して、100万個、到達するのでも、干渉縞は、当然、できます。
スリットの手前のψの振幅を、100万として、0.1mm厚の銅板の向こうでの振幅を計算すれば、いいです。

投稿: kafuka | 2007年10月18日 (木) 20時44分

>論点に影響しません
「まるっきり影響してるから、論点に影響しないようにするため、完全になくさないと元の議論が成り立たない」でしょ。

投稿: hirota | 2007年10月18日 (木) 10時33分

>トンネル効果で通過<
スリットの壁を、良導体にして、これを、
完全になくしても、論点に影響しませんです。

投稿: kafuka | 2007年10月17日 (水) 22時05分

以下に「東京」と「大阪」の議論があります。
参考までに、
http://www7.ocn.ne.jp/~miyazaw1/papers/probability.htm

投稿: kafuka | 2007年10月17日 (水) 21時55分

わがままを申して申し訳ありませんが、私の様な純朴な者(?)としては「(電子が)波なら1部が東京,1部が大阪に同時に存在できる」という事が、標準の量子力学の枠組みからだけでは、合点が行かない訳です。
また、電子が東京か大阪で観測された瞬間に、「波」の全ての部分が収縮して「粒子」になる(?)というのも、合点が行かない訳です。

投稿: 凡人 | 2007年10月17日 (水) 21時09分

大筋とは関係ないですが、トンネル効果で通過するかもしれないから、
「4.電子は、スリットAを通過しなければ、Bを通過したと言える。」
だってダメでしょう。

投稿: hirota | 2007年10月17日 (水) 13時18分

 こんにちは,kafukaさん、耕士さん、TOSHIです。すみません。傍観していました。

 いや、確かに電子を粒子であると考えると形式論理,あるいは排中律に矛盾しますよ。しかし波なら矛盾しません。

 こうした、いきさつが形式論理と同等なブール代数の成立、つまり「ベルの不等式」が成立しない=矛盾であることがわかり、波である=つまり波についての論理:量子論理なら成立するという非局所性のいきさつです。

 波なら1部が東京,1部が大阪に同時に存在できる,というのは矛盾じゃないから、テレポーテーションできる=光速より速い,といってEPRが批判しても関係ないのですね。

 ところで2007年2/16の記事に「ベルの不等式(量子論と実在)」も解説しています。
             TOSHI

投稿: TOSHI | 2007年10月17日 (水) 08時44分

>1が、不適切
僕もそう思います。

まぁ、ゲーデルの議論とは関係ない
ですが、TOSHI様が、記事の最初で、
排中律のことを書かれていて、
「量子力学的世界像」でも、丹念な言及が
あったので、形式論理学から見たらどうなるか、
興味があったわけです。

投稿: kafuka | 2007年10月17日 (水) 01時54分

議論の背景は、なんとなく了解しましたが、ゲーデルの議論とは関係ないと思います。単に古典論では現実の世界を十分にモデル化できてないというだけの話ではないでしょうか?

1については量子論では観測されてないときには電子がどうなってるかわからないので、観測したときに小さな点であっても電子そのものが小さな点とは言えません。

ということで1が、不適切だと思います。

投稿: 耕士 | 2007年10月16日 (火) 22時10分

スリットの大きさに比べて、電子の大きさが、無視できるほど、小さいなら、
干渉縞は、できないと思われている方がいるといけないので、
念のため書くと、
ψの波長が、スリットと同程度なら、できますよね。
で、ψの波長は、h/pで決まり、電子自体の大きさと、無関係です。

投稿: kafuka | 2007年10月16日 (火) 21時52分

>議論の背景
いわゆる2重スリットの実験で、電子が1個づつでも、時間を十分とれば、蛍光板の衝突像が干渉縞になるというものです。
で、古典力学に従う粒子の衝突像は、干渉縞には、なりえませんよね。
なんで、専門家のブログにこんなことを、
書いたかというと、上の文章は、形式的にはゲーデル数であらわせる、と思ったので、
排中律を保ったまま、このゲーデル数の真・偽を証明するには、どうするか。
それとも、「不健全な仮定」なら、それは、どれか?
と思ったのです。

1は、スリットの大きさに比べて、電子の大きさが、無視できるほど、小さいという意味です。
4の「通過」は、「あいまいな概念」です。
ただ、蛍光板に到達するには、AかBのスリットのどちらか(あるいは両方)を通らなければ、ならない。(電子が点なら、どちらかですね)
僕は、4は、「不健全な仮定」ではないと、
思います。

投稿: kafuka | 2007年10月16日 (火) 21時40分

>kafukaさん

議論の背景が不明なので、とんちんかんな回答かもしれませんが・・・

1は、「十分小さい点」と「点」とは違うので電子を点とみなしてよいとは言えませんよね?
また、「点」をどう定義しておくかにもよりますが、数学的には「点」には大きさはないと思いますので「十分小さい点」という表現がおかしいと思います。

4は、通過するというのがどういうことか定義しておかないとなんとも言えないと思います。

投稿: 耕士 | 2007年10月15日 (月) 22時57分

以下の例は、排中律が成り立たないのではなく、「不健全な仮定」と考えてよいでしょうか?
1.電子は、始点から終点の蛍光板まで、
どこで測定しても、十分小さい点として、
測定される。したがって、電子は点とみなしてよい。
2.電子を終点の蛍光板で、1個、観測した。
3.途中には、スリットが2つある。
4.電子は、スリットAを通過しなければ、Bを通過したと言える。
まぁ、不健全な議論ですが、、、

投稿: kafuka | 2007年10月15日 (月) 20時47分

「いいかげんな概念」
に依存した推論では、だめなんですね。
>46個の概念を再帰的に定義、、、
僕の猫頭(鳥頭よりまし?)じゃ、一生かかります。

投稿: kafuka | 2007年10月15日 (月) 20時07分

(本文より引用)
もしもこのような論理式Gが存在することが
(一部略)
後者はGとneg[G]が共に証明できることを示しているのですから記号論理学的にも明らかに矛盾です。
(引用終わり 文字化けすると困るので、否定記号を neg と書き換えました。ご容赦の程を)

この部分は微妙ですね。ゲーデルの真価は上記のような意味論的で内在的に「真」の概念に依存した推論ではなく、帰納的 (これが大切) で数論を含むω無矛盾な形式的体系において G と neg[G] の証明図がいずれも存在しないことを証明したことなので。
「真」の概念に依存しないためには、ゲーデルの論文の段階ではω無矛盾性の仮定も必要だったのです。この仮定は後日ローサーにより必要がないことが証明されましたが。
尚、公理系が帰納的であるという仮定は重要です。そうでなければ極大な無矛盾系を公理とすることにより、完全な理論が得られてしまいます。

投稿: 単因子 | 2007年9月29日 (土) 01時12分

> 何だ、簡単じゃないかと思われるかもしれませんが、実はゲーデル自身が行ったと仮定した省略した部分の労力は人間業ではないと思われるほどのものであるらしいです。

「不完全性定理」クルト・ゲーデル著 林晋/八杉満利子訳・解説, 岩波書店
に、ゲーデルの原著論文の日本語訳が載っています。
確かに人間業とは思えませんが、論文の肝心の部分は文庫本で10ページ程度で、46個の概念を再帰的に定義していって証明もその否定の証明もできない命題を表現します。解説と行ったり来たりしながら原著論文を読むと私でも何をやってるかの雰囲気はわかりました。

なお、参考文献にあげておられる本にはいくつか間違いがあるそうですので、御注意ください。
http://www.shayashi.jp/HistorySociology/HistoryOfFOM/Books/books.html

投稿: 耕士 | 2007年9月24日 (月) 00時08分

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