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2007年9月15日 (土)

S行列とレッジェ理論(10)

 ポテンシャル散乱の理論では弾性散乱のプロセスのみを対象としていました。しかし,実際の散乱では,高エネルギーの領域で非弾性過程が出現します。

  

まず,第一にはp-n散乱によるπ-中間子の生成が考えられます。

 

すなわち,p+n → p+n+π0,p+n → n+n+π,

p+n → p+n+πのような非弾性反応が考えられます。

 

これらの反応は,核子の質量をm,πの質量をμとするとき,1/22m+μなら直ちに起こると思われます。

 

理論に新たに出現したこの過程は,振幅A(s,t,u)の解析性にどのような影響を与えるでしょうか?

 

ユニタリ性によって,非弾性散乱の閾値より下(この反応なら,

<(2m+μ)2では,あらゆる入射粒子は散乱されるか素通りして

必ず終状態に見出されなければなりません。

 

μが強い相互作用をする粒子の最小質量なら,4m2≦s<(2m+μ)2

あらゆる実数sに対してこれは真です。

 

もしも,s=(2m+μ)2を越えて,振幅が解析的であれば,既述の弾性散乱の性質はs=(2m+μ)2より大きいsでも保持され,そこにおいて如何なる非弾性散乱も起こり得ないといえます。

 

 それ故,s=(2m+μ)2に振幅A(s,t,u)の特異点が存在して,それが 2N+πのチャンネルの始まりに関連していると考えられます。

 

同様なことは,別の新しいチャンネルの各々に対応する各エネルギーの閾値においても成立すると思われ,したがって不変散乱振幅は各閾値に特異点を持つと仮定することができます。

 

このルールを拡張すれば重水素核の極も2つの核子による'仮想反応'の閾値である,ということで説明できます。

 

こうしたやり方で,エネルギーが考えている粒子質量の和より大きかろうと小さかろうと,上述のルールをあらゆる実反応や仮想反応の閾値に当てはめていくことができます。

 

したがって,エネルギーの各閾値はsに関する特異点の位置を与えると考えられます。

 

このルールの特殊な場合は,通常の弾性反応の閾値での特異点の存在に対応しています。

 

すなわち,核子散乱については,s=4m2の極です。これは既にポテンシャル散乱で出会ったものです。

 

このルールは陽子-反中性子散乱p+n~→ p+n~の場合にはどうなるでしょうか?

 

我々はあらゆる可能な1エネルギー状態と,あらゆる可能な終状態のチャンネルを検討する必要があります。

 

以前やったように,p-nをs-チャンネルとしてp-n~のプロセスをu-チャンネルとします。

 

p-n~系は電荷が+1で,s軌道ではスピンは 0 か1のBose粒子(Boson)であり,バリオン数はゼロですから,核子-反核子対として同じ量子数を持つ唯一の1粒子状態はπ+-mesonです。

 

そこで,A(s,t,u)は,u=μ2に極を持つと予想されます。

 

そして,また強い相互作用の量子数が全て保存される反応としては,

p+n~ →π++π0も想定できるので, 

u=(2μ)22を閾値としてπ+0チャンネルも開きます。

 

それ故,ルールに従うなら,A(s,t,u)はu=4μ2にも極を持つ

はずです。

 

しかし,既に示したように,u-チャンネルでの物理的領域は,

u>4m2,s<0,t<0 ですから,u=4μ2はu-チャンネルでの

物理的過程ではなく仮想過程です。

 

しかし,A(s,t,u)がu=4μ2に極を持つことは交叉対称性と

先のルールから間違いないと思われます。

 

そこで,A(s,t,u)は一般にu=4μ2に孤立した単独の特異点ではなく,そこを分岐点とした切断を持ちます。

 

それは,一般に反応がその点だけで起こるわけではなく,その点がチャンネルの開始点となっているからです。

 

同様に,この切断上のu=(3μ)22にもπが3つあるというチャンネルが開くため,(s,t,u)の"特異点=分岐点"があります。

 

そこで,πについてはu=(nμ)2=n2μ2に無数の特異性があることがわかりました。

 

そして,π以外にもK-K~,K-K~-π,..などのチャンネルの開始によって,u=4m2に達するまでに無数の特異点があると思われます。

 

さらに,u=4m2ではp-n~の物理的チャンネルが参入し,弾性特異点という特別な特異性が生じます。

 

それから後には,N-N~-π, N-N~-π-π,..に対するuの特異点が続きます。

 

以上において,特に重要な特異性はπの極μ22πの切断,およびN-N~の切断です。

 

-チャンネルp+p~ → n+n~についても,同様な考察ができます。そこでもやはり1つの極はπ0であり,もちろん,2π,3π,etc.の切断もあります。

 

そして,Mandelstam(マンデルスターム)は,

 

"(s,t,u)はs,t,uの解析関数であって,その特異性は上述のルールで決まる極と切断のみである。"

 

という非常に簡単な仮説を提案しました。

 

これは,特にs,t,uの全てが複素数である(実数ではない)ような特異点,すなわち複素特異点は存在しないことを意味しています。

 

この仮説は摂動論の最初の2~3項まででは真であることが証明されています。

 

このMandelstamの仮説はA(s,t,u)のtとuにおける特異点の位置を与えますが,我々は既にこれらの特異性が非相対論的理論のポテンシャル散乱振幅からも決まることを知っています。

 

逆に,ポテンシャルの特性は交叉反応における可能な中間状態に関連したt,uの特異性によって決まるとも考えられます。

 

Mandelstamの仮説によれば物理的領域に最も近いA(s,t,u)のt特異性は,πが1個の極t=μ2です。

 

この極がsチャンネルのp-nポテンシャルに如何なる寄与を与えるかを見るためには,この極の留数となるものを知る必要があります。

 

 ところが量子論の摂動論は直ちにその答を与えてくれます。

 

 すなわち,以前に部分波振幅の分析で見たように,

 t~μ2(s,t,u)={g2/(t-μ2)}+(正則部分)

 と書けます。

 

 これは非相対論でのf(k2,cosθ)

 ={(2l+1)NPl(cosθ)/(k2+B)}+(正則部分)

 に対応しています。

 

 そしてπのスピンがゼロなので,B=-μ2の状態の角運動量lは

 ゼロです。すなわち,0次のLegendre多項式P0(cosθ)=1 に対応

 するので,留数はg2で定数です。

 

 こうして,A(s,t,u)へのt-チャンネルでのπの極の寄与は

 g2/(t-μ2)であることがわかります。

 

 これは既に見た有効レンジが,πのCompton波長:μ-1に等しい

 湯川ポテンシャル:2(exp(-μr)/rによる散乱の散乱振幅

 の1次のBorn近似に一致しています。

 

 すなわち,以前の記事で,ポテンシャル散乱の散乱振幅:

 f(k2,cosθ)=F(k22)が,F(k22)=-Σn=1n(k22)

 と展開され,-F1(k22)=-g2/(Δ2+μ2)なるBorn近似を

 得ました。

 

 これに重心系での等式t=-Δ2を代入すると,確かに,

 -F1(k22)=g2/(t-μ2)となるからですね。

 

 この結果の慣例的解釈はpとnが質量μのπ中間子を交換することができるということです。

 

 簡単な近似計算によれば,そうしたπの交換が実際に有効距離μ-1

 相互作用を引き起こすことがわかります。

 

 中性子はπを放出するとエネルギーが総量ΔE=μだけ変化しますが,このπ-nの状態は不安定でHeisenbergの不確定性関係で示唆されるように時間τ~ 1/ΔE=μ-1の間しか維持されません。

 

 この時間τの間,πが最大可能な光速c=1で運動すると仮定すると距離r=τ=μ-1だけ進み,そこで陽子に捕獲されます。

 

 それ故,p-n相互作用が到達可能な有効レンジはμ-1のオーダーであるといえるわけです。

 

 A(s,t,u)へのt-チャンネルでの次の特異性は,t=4μ2における切断です。

 

 上の論旨と同様,これは質量μの2つのπ中間子の交換によるものと考えられます。

 

 これが単独の孤立した極でない理由は,単独粒子では重心系でのエネルギーが一意的に粒子質量に一致するのに対し,複数粒子では交換粒子の質量和に閾値を持った連続的な範囲を持つことであると思われます。

 

 以上の考察から,A(s,t,u)はt=μ2に極を持ちtの正の実軸上にt=2から始まるt>2の切断を持つと考えられます。

 

 また,u=2から始まるu>2の切断は,s-t座標では,

 4m2-s-t=2から始まる4m2-s-t>μ2の切断に

 なります。

 

 今日はここまでにします。

 

参考文献:R.omnes,M.Froissart「Mandelstam Theory and Regge Poles」W.A.Benjamin,Inc,New York(1963)

 

http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。

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