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2007年9月20日 (木)

S行列とレッジェ理論(12)

前記事の続きです。

今日は不変散乱振幅(s,t,u)において核子のスピンを無視したπ-N散乱(π+N→π+N)を仮定して,いわゆる分散関係を導くことにします。

"(s,t,u)はs,t,uの解析関数であって,その特異性は各チャンネルでの中間状態の粒子のエネルギーの閾値に依存するというルールで決まる極と切断のみである。"という散乱振幅に対するマンデルスターム仮説は,複素変数s,t,uの関数としてのA(s,t,u)の解析性を与えます。

変数tを1つの負の実数値に固定したとき,A(s,t,u)は複素変数sのみの関数と考えられます。あるいは同じことですが,u=2m22-t-sの関数と考えることもできます。

このsあるいはuの関数の特異性は次のように読み取れます。

1. 点B:s=(m+μ)2から始まってs=+∞まで走るsの実軸上の切断がある。(これは実は幾つかの切断の重ね合わせです。しかし,ここではそのことは重要ではありません。)

2. 中間状態として核子1個の状態に対応する極Pがその留数g2を持ってs=m2に存在する。

3. もう1つの核子1個の極P'がu=m2に存在する。

4. 点B':u=(m+μ)2から始まってu=+∞ まで走るもう1つの切断がuの実軸上にある。

以前と同じように,振幅をA(s,t)≡A(s,t,2m22-s-t)=A(s,t,u)と置いて,tを固定するとこれは複素数sだけの関数と見なせます。

 

このとき,複素s平面上での切断は右切断((m+μ)2,∞)と左切断(-∞,-(m+μ)22m22-t)の2つになります。

 

そして左切断の始まりであるB':s=-(m+μ)22m22-tのすぐ右側に極P':s=-m22m22-tがあり,右切断の始まりであるB:s=(m+μ)2のすぐ左側に極P:s=m2があります。 

以前N-N散乱を想定した複素数tに関するマンデルスターム表示を導いたときに考えた複素t平面での特異性と,今のπ-N散乱での複素s平面での特異性はほとんど同じです。

 

実軸上の左右の切断を避けて無限遠を反時計回りにまわる閉じた経路で途中2つの極を時計回りにまわるものをCとして,コーシーの公式を用いると,A(σ,t)={1/(2πi)}∫Cds'{A(s',t)/(s'-σ)}と表現できます。

そして,A(s',t)の無限遠(|s'|=∞)での円周上での積分の右辺への寄与を無視すれば,マンデルスターム表示の導出のときと同様にしてA(σ,t)={g2/(σ-m2)}+{g2/(U-m2)}+{1/(2πi)}∫(m+μ)2ds'[{A(s'+iε,t)-A(s'-iε,t)}/(s'-σ)]+{1/(2πi)}∫(m+μ)2du'[{A(u'+iε,t)-A(u'-iε,t)}/(u'-U)]となります。

 

ここで,U≡2m22-σ-tと置きました。

 さらに,右辺の項:{1/(2πi)}∫(m+μ)2ds'[{A(s'+iε,t)-A(s'-iε,t)}/(s'-σ)]において,被積分関数の分子に見られる切断上での不連続性:As(s,t)≡{A(s+iε,t)-A(s-iε,t)}/(2i)を考えます。

 

 tが負の実数値のときには物理的領域:(m-μ)2-t<s<(m+μ)2に対しては,振幅A(s,t)は実数ですから,As(s,t)=ImA(s,t)です。

 

 それ故,この項は(1/π)∫(m+μ)2ds'{ImA(s',t)/(s'-σ)}と書けます。

なぜなら,一般に実軸上で実数値をとる複素数zの関数f(z)は実軸上ではf(z*)={f(z)}*であり,これを解析接続したときの全領域でもこの関係が保持されるので,f(x-iε)={f(x+iε)}*となり(x+iε)-f(x-iε)=2iImf(x+iε)が成立すると考えられるからです。

そして,一般に散乱振幅A(s,t)においては,既に非相対論での考察から,t<0,かつ Res>(m+μ)2ではエネルギーsの虚部が正の領域が物理的シートであることを知っています。

それ故,s>(m+μ)2の物理的領域ではA(s-iε,t)ではなくA(s+iε,t)の方が散乱振幅A(s,t)と同定されると考えられるからです。

したがって,A(σ,t)={g2/(σ-m2)}+{g2/(U-m2)}+(1/π)∫(m+μ)2ds'{ImA(s',t)/(s'-σ)}+(1/π)∫(m+μ)2du'{ImA(u',t)/(u'-U)}が得られます。

 

そして,σ=s+iεのときにε→+0 の極限をとる場合,つまりsが実数のときは振幅A(s+iε,t)の極限値:limε→+0(s+iε,t)が,現実の振幅A(s,t)を与えると考えられます。

右辺の積分項は被積分関数が適切な連続性を持つならε→+0 で有限な極限値を持つと思われます。

 

このとき,一般的に成立する等式A(s,t)={g2/(s-m2)}+{g2/(u-m2)}+(1/π)∫(m+μ)2ds'{ImA(s',t)/(s'-s-iε)}+(1/π)∫(m+μ)2du'{ImA(u',t)/(u'-u+iε)}の両辺で実部をとる操作をしてみます。

 

ここでは,右切断の近傍を考えているので,左切断の寄与を与える項では(1/π)∫(m+μ)2du'{ImA(u',t)/(u'-u+iε)}=(1/π)∫(m+μ)2du'{ImA(u',t)/(u'-u)}と書いていいです。

Re(1/π)∫(m+μ)2ds'{ImA(s',t)/(s'-s-iε)}=(1/π)∫(m+μ)2ds'[ImA(s',t)(s'-s)/{(s'-s)2+ε2}]=(1/π)(m+μ)2ds'{ImA(s',t)/(s'-s)}です。

 

最右辺のはコーシーの主値を示しています。この主値は|ImA(s1,t)-ImA(s2,t)|≦C|s1-s2|αのような非常に弱い連続性条件の下で存在します。

 したがって最終的な積分関係式 ReA(s,t)={g2/(s-m2)}+{g2/(u-m2)}+(1/π)(m+μ)2ds'{ImA(s',t)/(s'-s)}+(1/π)∫(m+μ)2du'{ImA(u',t)/(u'-u)}が得られます。これは分散関係として知られています。

 この分散関係式は運動量遷移tがゼロのときに特に興味深い形になります。例えばπ-p散乱を考えてみます。

 

 光学定理によれば,σ-(s)をπ-p散乱の全断面積とするとき,ImA(s,0)=ks1/2σ-(s)/(4π)です。

 

 同様にuチャンネルの交叉反応であるπ+p散乱からはImA(u,0)=qu1/2σ+(u)/(4π)が得られます。ここにs,uです。

 一方,前方散乱の微分断面積(dσ-el/dΩ)|θ=0|A(s,0)|2/s=[ReA(s,0)}2/s+{ImA(s,0)}2/sから,ReA(s,0)が導出されます。そこで分散関係は測定可能な量のみで表現できます。

 

 ReA(s,0)={g2/(s-m2)}+{g2/(u-m2)}+{1/(4π2)}(m+μ)2ds'{k's'1/2σ-(s')/(s'-s)}+{1/(4π2)}∫(m+μ)2du'{q'u'1/2σ+(u')/(u'-u)}なる表式を得ます。

 ところが,σ±の実験による測定値はエネルギーの大きい極限で定数に収束することを示しているように見えるため,このケースには右辺の積分は収束しません。

 

 しかし,分散関係の公式を,A(s,0)に対して書く代わりにある定数値をs0としてA(s,0)/(s-s0)に対してコーシーの公式を書くことにより,この困難は容易に解消できます。

 この公式を実際に求める手続きを行う代わりに,先の積分式が収束すると仮定して単に引き算を行うだけで,この手法による結果が推定されます。

ReA(s,0)-ReA(s0,0)=[g2(s0-s)/{(s-m2)(s0-m2)}]+[g2(u0-u)/{(u-m2)(u0-m2)}]+{(s-s0)/(4π2)}(m+μ)2ds'[k's'1/2σ-(s')/{(s'-s)(s'-s0)}]+{(s0-s)/(4π2)}∫(m+μ)2du'[q'u'1/2σ+(u')/{(u'-u)(u'-u0)}]です。

 上の手法は引き算法として知られています。そして最終関係式はこれも分散関係と呼ばれますが,この式を陽子pにスピン1/2があることを考慮して補正したものは,実際の実験結果と比較してかなり精度の良い一致を示しています。

 しかし,一般に分散関係をゼロ(=前方散乱)とは異なるtの値に対して実用的に用いるというのはとても難しい問題です。

 

 実際,その際にはImA(s,t)を測定から決定する必要がありますが測定可能なのは物理的領域のみであり,非物理的領域での値は直接的方法ではわかりません。

そこでA(s,t)のルジャンドル多項式による展開を用いて位相のずれδl(s)に対して物理的領域からの外挿がなされ,それによって非物理的領域でのImA(s,t)が表現されるような工夫がなされましたが,これは実験的測定でのかなりの大きさの不確実性を含んでいます。

最後に,tがゼロの近傍についてのπ-N散乱の分散関係は場の量子論の厳密な意味では,いわゆる因果性原理を用いた公理論的場理論から証明されています。

 

そこで上で導出した分散関係式は仮説に過ぎないマンデルスターム理論よりも堅固な理論的基礎に基づいているといえます。

当面の目的が達せられたので,今日はこれくらいにします。

参考文献:R.omnes,M.Froissart「Mandelstam Theory and Regge Poles」W.A.Benjamin,Inc,New York(1963)

 

http://folomy.jp/heart/「folomy 物理フォーラム」サブマネージャーです。

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