S行列とレッジェ理論(13)
これまで論じてきた相対論的散乱振幅の異なる漸近的挙動の間には明らかに矛盾があるように見えます。
すなわち,要約すればsがエネルギーの平方であるようなチャンネルにおいてt=0 の前方方向へのs→ ∞での漸近的振幅の大きさはs(logs)2を越えない,ことが既に示されました。
一方,tがエネルギーの平方であるような交叉チャンネルで平方質量がt=M2の束縛状態が存在すれば,M2の十分近傍のtに対して束縛状態の角運動量をlとするとき,例えばπ-N散乱では同じs→ ∞での振幅がl=2 に対応してA(s,t)~(6G2s2)/{(t-M2)(t-4μ2)2}となることを見ました。
つまり,束縛状態の近傍のt>0 では漸近的振幅はslのように挙動します。
これらは,t=0 とt~M2の2つの異なるtの値に対する振幅なので,それ自身では矛盾ではありません。
しかしながら,例えば摂動論の項を調べるような場合には,事態はそれほど単純なものではないことがわかります。
実際,異なるtの固定値に対するsの関数として,散乱振幅を総体的に見るならば,確かに一見矛盾すると思われるこうした異なるs→ ∞での挙動を同時に採用する必要性があると思われます。
別の決定的なパラドックスも,Gribovによって発見されています。
ただし,その内容にはとても複雑な計算過程が含まれていて詳細に入る余裕はないのでここでは概略のみを述べておきます。
出発点は既に論じた半古典的回折模型です。彼は衝突粒子に多少は構造がある灰色模型の仮定で散乱振幅を計算しました。
そして半古典的回折模型での黒体を仮定した光学模型に対する光学定理ImA(s,0)=ks1/2σtot/(4π)における総断面積σtotが,高エネルギー:s→ ∞で一定になるように見えるように,σtotがsに依存しないと仮定します。これはごく常識的な仮定です。
こうすれば,灰色粒子の模型での散乱振幅A(s,t)の高エネルギーでの漸近形はとても簡単になります。すなわちA(s,t)~sg(t)と書けます。ここでg(t)は黒体に対する光学定理と灰色粒子の吸収係数から容易に計算できます。
この漸近形は確かにt=0 での漸近性条件:"s→ ∞でA(s,0)はs(logs)2を越えない。"を破りません。
しばらくの間,角運動量lが大きい状態のことは忘れ,相互作用の半径がRのとき-R-2<t<0 (物理的領域)に対応する回折散乱領域(すなわち,pR<1でt~ -p2)だけでなく,非物理的な領域,例えば 0<t<R-2なるtに対しても振幅の漸近形としてA(s,t)~sg(t)なる形が保持されると仮定します。
このとき,例えばπ-π散乱を想定するなら相互作用のrangeはR-2 ~4μ2です。それ故,振幅のs→ ∞での形:A(s,t)~sg(t)はt=4μ2で与えられる切断までのtに対応する,とすべきです。
そして,この切断は当然skipされなければならない部分ですが,実際Gribovによって,この切断上ではA(s,t)~sg(t)なる形は保持されないことが示されました。
したがって,再びtが変わると振幅のs→ ∞での漸近的振舞いが変わる必要がある,ことがわかります。これをGribovのパラドックスと言います。
そして,もしそうならそれは確かに動力学と非常に直接的な関連を持っています。
実際,最も明確な動力学的問題は束縛状態の束縛エネルギーを決定することです。
我々は既に角運動量lの束縛状態のエネルギーは漸近的挙動が正確に(cosθ)lとなるようなエネルギーであることを知っています。
これらのパラドックスを両方同時に解決する方法としては,単純な考え方から出発したA(s,t)~sg(t)なる漸近形を捨てて,1つの変動する漸近挙動を採用する手法が考えられます。
すなわち,s→ ∞でA(s,t)~g(t)sα(t)と仮定します。ここでα(t)はtのある関数です。
そして物理域ではt≦0 に対してα(t)<1となること,およびtチャンネルで質量がMの束縛状態の角運動量がlのときにはα(M2)がlに等しいこと,すなわちt>0 でt~ M2なるtに対してα(t)=lを要求すれば,束縛状態のパラドックスの方は解決します。
もちろん,t=M2における極は係数g(t)の方に含まれているとしています。
Gribovのパラドックスもまたtが切断の上にあるときにはα(t)が複素数であるとすれば,この方法で解決されます。ただしs→ ∞でA(s,t)~sg(t)を導いたときの回折散乱の描像は後述するような手法に変更する必要が生じます。
形式A(s,t)~g(t)sα(t)は最も簡単な方法でパラドックスを解決するために最初に導入されたものですが,これはポテンシャル散乱で存在する振幅の漸近的な挙動と著しい類似を示しています。
実際,既に見たように,非相対論的振幅ではk2の極kl2の近傍での振幅はF(k2,Δ2)=β(k2)Pα(k2)(-cosθ)/sin{πα(k2)}~β(kl2)Pl(cosθ)/[π(∂α/∂k2)k2=kl2(k2-kl2)]+(正則関数);cosθ=1-Δ2/(2k2)と書けることを見ました。
つまり,Δ2→ ∞での振幅の漸近的挙動はf(k2,θ)=F(k2,Δ2)~β(k2)Pα(k2)(cosθ)~φ(k2)Δ2α(k2)です。
そしてtがエネルギー変数k2に対応するような交叉チャンネルを考えると,sはΔ2に対応し,tチャンネルではA(s,t)=t1/2f(k2,θ)ですから,結局g(t)≡t1/2φ(k2)と定義すれば,確かにA(s,t)~g(t)sα(t)となって先に仮定した形と一致します。
もちろん.これは偶然の一致かもしれませんが,ある意味で形式:A(s,t)~g(t)sα(t)の導入にとってもっともらしい論旨が得られました。
非相対論的理論では,こうした漸近的挙動は,部分波間の内挿によって,すなわちレッジェ極を陳列して各極が漸近挙動に寄与するとして解釈する方法があることを見ました。
今度はそうした内挿が相対論的問題に対しても可能で有効であるかどうか,また,それに対してレッジェ極の存在を仮定するのが妥当であるかどうか,という疑問が生じます。
部分波間の内挿という問題だけを考えるなら,本来,そうした方法は"well-defined"ではありません。
実際,内挿関数として実に多くの関数が想定できて,一意的に内挿を決めることからは程遠い状況だからです。
しかし,我々はゾンマーフェルト・ワトソン公式の形に書けるような内挿法,すなわち複素l平面における積分での外周路が開いていて,しかも虚軸に平行になるように取れるような積分による関係式から漸近的挙動が得られるような内挿が望まれることを知っています。
この条件はとても強い拘束を与えるので,一意的な内挿を定めるに十分です。(Carlsonの定理)
途中ですが,今日はこのくらいにします。
この項目についてはほぼ終わりに近づいていますが,最近肉体的にも精神的にも忙しくて,この文章も駅前のネット喫茶で書いている状況なのでこれで失礼します。
参考文献:R.omnes,M.Froissart「Mandelstam Theory and Regge Poles」W.A.Benjamin,Inc,New York(1963)
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